2018年5月 8日 (火)

韓国の地図には、北朝鮮がない

今日は5月8日。

  

4月27日に、文在寅(ムンジェイン)・

金正恩(キムジョンウン)による南北首脳会談がありました。

歴史的な出来事になる可能性のあることでした。

その翌日に放映された「池上彰のニュースそうだったのか2時間SP」で、

北朝鮮と大韓民国の歴史について説明してくれました。

よくわかる内容だったので、授業でも一部子どもたちにも見せました。

一部聞き書きします。

  

篠山輝信(パネラー):池上さん、平和条約が結ばれたら、

  (北朝鮮と韓国の)国境が確定するという言い方が

   あると思うんですけど、今のところお互いは

   国として認めているんですか?

池上彰:お互いそれぞれ国連には入っていますが、

   韓国の地図を見ると、朝鮮半島は全部韓国のもので、

   韓国の憲法に、韓半島、朝鮮半島のことを韓国の人たちは、

   韓半島と言いますから、「韓半島はひとつである」と書いてあります。

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※直後に画面には次のようなテロップが映っていました。

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地図だけでなく、憲法でも、韓国では、

北朝鮮の存在を認めていないのです。

さらに池上さんの説明が続きます。

  

池上彰:私が北朝鮮に行った時に

  手に入れた北朝鮮の地図ですと、

  これは(朝鮮半島)全部、朝鮮民主主義人民共和国という国で、

  首都は平壌(ピョンヤン)になっています。

 

 

いい勉強になりました。

この番組については、まだまだ聞き書きしたい。

2018年5月 7日 (月)

「白夜」の対義語は「極夜」

今日は5月7日。

  

社会科の授業で使っている資料集を読んでいて、

「白夜」の対義語を知りました。

極夜(きょくや)」と言うそうです。

一日中太陽が昇らないことを言います。

知らなかった。

  

忘れないように、ここに書き留めました。

 

次のサイトも参考になります。

環境省 なんきょくキッズ 極夜と白夜

極夜の前後には、太陽が地平線を転がるように移動するそうです。

その写真を見ることができます。

2018年5月 6日 (日)

今はまっていること/ロケ地巡り(京都編) 新たに行きたくなった場所

今日は5月6日。

  

勤務校のPTAの広報係から、

自己紹介の原稿を書いてほしいと依頼されました。 

全先生が書きます。

 

自分の似顔絵を描くことになっていましたが、

とても無理なので、美術部の女の子に書いてもらいました。

照れくさいくらい、若々しく描いてもらいました。

お気に入りの絵となりました。

コピーして、日記帳に貼っておきました。

  

質問に答えて書きました。

①名前 回答:省略

②将来なりたかった職業(教師以外)

 回答:〇〇研究所の所長

③憧れの芸能人

 回答:沢口靖子(「科捜研の女」)

④今はまっていること

 回答:ドラマのロケ地巡り(京都編)

  

  

昨日(5月5日)の午後は、ゆっくり「科捜研の女」の

再放送をテレビで見ながら過ごしました。

そしたら!どこかの神社での撮影が行われていました。

さっそく録画スイッチをオンにしました。

 

その場面の写真です。

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どこかで見たような・・・・

どこの神社かは、画面に正解が出ました。

これは異例!次の写真に注目。

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豊国神社」でした。行ったことがある神社でした。

そう思って見ると、

馬印として千成瓢箪を使ったことに因んでか、

瓢箪型の絵馬があることに気がつきます。

もちろん本当にそうなのかは、

いずれ豊国神社に行って確認しようと思います。

ロケ地巡り候補がまた増えました。

ちなみに今回の再放送2014年2月に放映された

科捜研の女13 第11話」でした。

※参考:東映株式会社 科捜研の女13 第11話

  

  

科捜研の女」でもう一か所。

今回は今年(2018年)3月22日放映より。

この放映については以前にも話題にしました。

ここでも道草 20180304報告その6 金戒光明寺に行きました(2018年3月25日投稿)

この時には、金戒光明寺のことを書きました。

それ以外にもお寺がロケ地になっていました。

写真を載せます。

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竹林が素晴らしいこのロケ地はどこか?

 

番組最後の「撮影協力」に注目しました。

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旧嵯峨野御所 大覚寺」でした。

これもまたいずれ確かめたいです。

次のサイトに掲載されている大覚寺の竹林の写真は

見ごたえありますよ。

Photorait 梅・大覚寺ロケーション

こんな写真を見ると行ってみたい気持ちが高まります。

  

今はまっているもの。

やはりロケ地巡り(京都編)ですね。

「チキショー」で始まる応援歌「きのう、今日、あした」

今日は5月6日。

  

生活のBGMはカサリンチュの10曲。

その中の「きのう、今日、あした」の歌詞。

(ミニアルバム「待つ、うらら」所収)

  

♪ チキショー また東の空 あざ笑うように上ってらぁ

 くり返すだけの毎日 今日がきのうになるだけ

  

いきなり「チクショー」で始まる曲です。 

「太陽」とは書いていないけど、

東の空を上ってくるのは、明らかに太陽。

もっと現状をどうにかしたいのに、

また次の日が来てしまった。

頑張った「今日」が、また「きのう」になってしまった。

そんな焦りも含んだ気持ちかと想像しました。

  

♪ チキショー また東の空 あざ笑うように上ってらぁ

 くり返すだけの毎日 ほんのわずかしか進めねぇ日々

 一生懸命迷って その坂道を上ってらぁ

 その先に見える風景 今度はこっちが笑うだけ

  

ほんのわずかしか進めねぇ・・・

でも間違ったコースでなければいい。突き進める。

でも今のコースが本当にいいのかどうかなんて、

だれも保証してくれない。 

だから迷う。

このやり方でいいのか、エネルギーを注ぎ込むのは

このことでいいのか。

そんな機微を、憎いくらいに歌詞で表現して歌っています。

一度だけ西の空を見ています↓

 

♪ チキショー また茜の空 わざとらしく染めてやがる

 過ぎ去ってゆくだけの日々 振り返っても自分の影しかねぇ

 

その影の本人(実態)は「今日」の自分。

やっぱり、「今日」の自分が大切だと言っているように

聞こえてきました。

そしてクライマックス。

  

♪ チキショー また東の空 あざ笑うように 上ってくんだろう

 くり返し続ける強さ あしたが今日になるだけ

  

この言葉がうれしかった。

くり返し続ける強さ

何をくり返すかはおおいに悩むけど、

これぞと決めたことのくり返しが、

誰でもない「自分」を作り上げていくのだと思う。

「今日」がきのうになり、「あした」が「今日」になる。

「今日」は去って「きのう」になってしまうけど、

「あした」が「今日」になってくれる。

いつ結晶になって輝くかわからないけど、

毎日、泥臭く信じることをくり返していこう。

今も確かに自分の中にある「やる気」を大事にして。

  

応援歌です。

   

  

今日から生活のBGMを変更。

竹原ピストルのアルバム「GOOD LUCK TRACK」 

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2018年5月 5日 (土)

「なぜ2種類の葉の柏餅があるのか?」その2

 

今日は5月5日。

  

前投稿に続いて、4月17日放映の「この差って何ですか?」より。

  

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この理由を予想してみましたか?

  

それでは聞き書きをまた続けます。

 

ナレーター2:明治時代になると、外交が盛んになり、

  日本は海外の文化をどんどん取り入れていったのですが、

  その時、非常に困ったことが起こったのです。

  それが暦(こよみ)。

  もともと日本では旧暦が使われていました。

  しかし、西洋の新暦を取り入れたことから、

  暦におよそ1か月のズレが生じてしまったのです。

  そのため、旧暦の5月5日は、

  新暦だと6月上旬ごろになるのですが、

  新暦に変わっても、端午の節句は5月5日と決まっているので、

  旧暦の時に比べて、およそ1か月、時期が前倒しに

  なってしまったのです。

  そんな中、大変困ったのは、柏餅屋さん。

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柏餅屋さん:まだ全然葉っぱが育っていない。

  

ナレーター2:本来、柏の葉っぱは、6月になると

  およそ20cmまで成長していたのですが、

  新暦の5月では、半分のおよそ10cmまでしか

  大きくなっていないため、柏の葉っぱで

  お餅が包(くる)めなくなってしまったのです。

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柏餅屋さん:どうすればいいのだろうか。

  

ナレーター2:その時です!

柏餅屋さん:そうだ!大きく育った柏の葉っぱを、

  保存して、来年使えばいいんだ。

ナレーター2:そこでお茶の葉同様に、柏の葉っぱを蒸して殺菌し、

  乾燥させることで、長期間保存することを考えついたのです。  

  しかし、実際に蒸してみると・・・

柏餅屋さん:なんだこれは!

ナレーター2:何と、蒸すことで、緑色の柏の葉っぱが、

  茶色く変わってしまいました。

柏餅屋さん:でもまあ、柏の葉っぱを使うためには、しょうがないか。

ナレーター2:こうして、明治時代には全ての柏餅の葉っぱが

  茶色へと変わり、茶色の葉っぱの柏餅が定番になっていったのです。

ナレーター:その後、およそ120年間。日本で売られていた

  柏餅のほとんどが、茶色の葉っぱだったのです。  

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ナレーター:ではなぜ、現在緑色の葉の柏餅が売られているのでしょうか?

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梶山校長:それはここ20~30年くらいで、真空パックの技術が、

  飛躍的に発達したからなんです。

ナレーター:そう、真空パックの技術が進んだことで、

  緑色の葉っぱのまま、長期間保存できるようになり、

  緑色の葉っぱの柏餅を作れるようになったのです。

樫山校長:しかし、今でも柏餅のイメージが強い茶色の葉っぱも

  需要があるので、茶色と緑色の2種類が存在するのです。

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明治時代に旧暦から新暦に移行したことで、

柏餅の葉っぱの色が変化しただなんて、

とっても面白いことだと思いました。  

いい勉強ができた番組でした。

 

「なぜ2種類の葉の柏餅があるのか?」その1

今日は5月5日。

  

もう夜更けですが、今日ならではのことを書いていきます。

テレビで勉強したことです。

4月17日放映の「この差って何ですか?」より。

  

在日外国人の方の疑問。

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「なぜ2種類の葉の柏餅があるのか?」

 

知らなかった!

  

教えてくれたのは、この方↓

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聞き書きしていきます。

 

ナレーター:和菓子の歴史に詳しい、東京製菓学校校長

  梶山浩司先生にその理由を聞いてみました。

梶山校長:これは柏餅の誕生と深いかかわりがあります。

 

ナレーター:ということで、こちらをご覧ください。

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ナレーター2:柏餅誕生物語。

  時は江戸時代中期。この頃、5月5日の端午の節句には、

  身の安全とたくましい成長を祈って、鎧や兜を飾ったり、

  激流を上る鯉のように出世してほしいという願いを込めて、

  こいのぼりを上げたり、男の子の成長や出世をねがう

  様々な縁起を担ぐようになりました。

  そして、その中の一つが、柏餅を食べることだったのです。

  ではなぜ、柏餅を食べることが縁起かつぎなのかというと、

  柏の木の葉っぱは枯れても、新しい芽が出てくるまでは、

  なかなか落ちないという特徴があり、子どもが生まれるまでは、

  親が死なない、つまり家系が途絶えないという縁起物として、

  柏の葉でくるんだ柏餅を食べるようになったと言われています。

  そして当時の柏餅は、全て緑色の葉っぱだったのです。  

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ナレーター2:時代は進み、明治時代になると、

  ここで柏餅にある異変が・・・

  何と端午の節句に食べる柏餅の葉っぱが全て

  茶色の葉っぱに変わったのです。

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ナレーター:ではなぜ、緑色の葉っぱから茶色の葉っぱに

  変わったのか。皆さん、予想をしてください。

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番組を見ていなかった人、予想をしてみてください。

私には予想外の理由でした。

でも実に面白かった。

  

次の投稿で書きます。

  

6年前の「世界ふしぎ発見」5/ポリネシア人が屈強な理由

 

今日は5月5日。

  

前投稿に引き続き、

2012年6月23日放映の「世界ふしぎ発見!南太平洋クック諸島

ラストフロンティア 海の冒険者たち」のことを書いていきます。

  

  

聞き書き。

  

ナレーター:偉大なる遠洋航海者ポリネシア人の祖先、

  ラピタ人とは、いったいどんな人たちだったのか?

  何とその姿を日本で見ることができる。

 

国立民族学博物館(大阪・千里)

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ナレーター:これは、フィジーで発掘された頭蓋骨をもとに、

  粘土と樹脂で復元した世界で唯一のラピタ人女性の

  復顔像だ。

  制作したのが、人類学者の片山一道京都大学名誉教授である。

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レポーター(諸岡のぶ子さん):ラピタ人は身体的には

  どのような特徴を持った人たちなのですか?

片山教授:非常に骨太で、非常に筋肉質で、

  アゴが非常に頑丈なのです。

  現代のポリネシアの人なんかで見るような

  顔立ち、体形をしていたわけです。

レポーター:そうなんですね。ラピタ人はいったいどこから

  やってきたのですか?

片山教授:基本的には西の方から。

  インドネシアの東部の島々。

  更にさかのぼると、ひょっとしたら台湾あたりとかです。

  ひょっとしたら台湾のあたりの人と

  日本列島南部の人は同じような人だったかもしれないので、

  日本人とも従兄弟(いとこ)かはとこの関係かもしれません。

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ナレーター:現在の日本人とポリネシア人には、

  赤ん坊の時に蒙古斑の出る確率が高いなど、

  共通する部分が見られる。

  元々同じモンゴロイドである可能性が高い。

  しかし、我々アジア人とは体格がまるで異なる。

  それはいったいなぜなのか?

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それに対しての片山教授の答えが興味深い。

このことを知ったのが、この番組の最大の収穫です。

聞き書きします。

  

片山教授:なぜ(体格が)違うかということに関しては、

  論理的に整合性をもって考えられることは、航海です。

  遠洋航海です。

  波やしぶきや雨に打たれながら、

  とんでもなく寒い世界なわけです。

  その寒さに耐えうるような体形というのが、

  今のポリネシア人の体形だったのではないでしょうか。

  (中略)

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  さらには遠洋航海ですから、これは大冒険です。

  その時どうしても大きい人・大きい人を選ぶじゃないですか。

  実際にそういうことがあったのではないかと思います。

  よくポリネシアの島々は惑星に例えられます。

  これから将来、月に行ったり水星に行ったり

  金星に行ったりということがあると思いますが、

  そういうふうな大冒険をして広がっていった

  代表選手であっただろうと考えられます。

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ナレーター:ラピタ人は、現代の宇宙飛行士のように、

  鍛え抜かれた肉体と知恵を最先端のカヌーに詰め込んで、

  未知なる島をめざした。

  

この結論が驚きでした。

ラグビーが強い理由は、3500年前のラピタ人の出現から

今に至る移動の歴史が裏付けだったようです。     

かねてから持っていた、なぜ太平洋の島々が少人数なのに

ラグビーが強いのかという疑問。

解決した気分です。

  

  

人類の大移動の証拠ともいえるポリネシアでの

料理が紹介されました。

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ウムカイです。

地面に穴を掘り、焼いた石で食材を蒸す料理です。

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ウムカイに使われる食材は、ポリネシア人が、新しい島に

自ら持ち込んだものです。

注目は次の食材。

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サツマイモ。

古代ポリネシア人たちが優れた遠洋航海者である証拠です。

聞き書きです。

 

ナレーター:中米原産と言われるサツマイモは、

  紀元1000年頃には、

  すでにポリネシアで栽培されていました。

  何と、コロンブスが新大陸にたどり着いた15世紀より

  500年近くも前に古代ポリネシア人が南米に到達し、

  持ち帰ったと考えられているのだ。

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番組の最後に、伝統継承者のマイケル・タビオニさんの言葉を

紹介しています。

ポリネシア人の海に対する考え方です。

  

タビオニ:すべてはカヌーから始まりました。

  我々の伝統的な考え方に、

  「ひとつの空 そして ひとつの海」

  というのがあります。

  海には小さな島々が散らばっていると思われがちですが、

  それは違います。

  なぜなら、全ての島はひとつの海でつながっているからです。

  けっして海によって隔てられているのではないのです。

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海への認識が違いますね。

隔てるものではなくてつなぐものなのです。

  

以上で6年前の「世界ふしぎ発見」のダイジェストは終了。

中学校での社会の授業でも役立ちました。

6年前の「世界ふしぎ発見」4/遠洋航海を可能にする知識

 

今日は5月5日。

  

前投稿に引き続き、

2012年6月23日放映の「世界ふしぎ発見!南太平洋クック諸島

ラストフロンティア 海の冒険者たち」のことを書いていきます。

  

遠洋航海に乗りだす知識とは?

  

1992年に古代と同じ技術を使って

巨大カヌーで、クック諸島からハワイまでの

4500kmの遠洋航海に成功した元船長の

パウヤ・ピラケさんの話から聞き書きスタート。

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パウヤ・ピラケ:古代の人たちは、島での生活で

  培われた風や天気を予測する力が我々よりも、

  ずっと優れていたのだと思います。

  自然はたくさんの情報を与えてくれます。

  例えば、グンカンドリは、65kmほどしか飛べません。

  しかも、海の上には下りられません。

  だから、グンカンドリを見つけたら、陸地がだいたい

  65km以内にあることがわかります。

  さらに、島が近ければ食べ物を食べたばかりで、

  体が重く、低く飛んでいます。

  逆に高く飛んでいれば、お腹の中が空っぽなので、

  遠くまで飛んできてて、島に帰る途中であることがわかるのです。

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見渡す限りの水平線の上で、羅針盤もないのに、

目指す方向に進んで行けたのか?

  

それは星でした。

星を使って正確な方角をつかめました。

  

その星に関するクエスチョン。

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少女が乗るには、あまり似つかわしくない生き物でした。

なんだと思いますか?

この生き物に乗った少女の絵が、クック諸島のお札に使われています。

  

  

  

 

正解は「サメ」です。

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次の投稿では、ポリネシア人がなぜ体格がいいのか、

なぜ少人数でもラグビーが強いのかに迫ります。

 

つづく。

  

  

 

  

6年前の「世界ふしぎ発見」3/古代ポリネシア人の移動ルート

 

今日は5月5日。

  

前投稿に引き続き、

2012年6月23日放映の「世界ふしぎ発見!南太平洋クック諸島

ラストフロンティア 海の冒険者たち」のことを書いていきます。

  

オークランド博物館の考古学部部長の

ルイース・フューレ博士の説明の聞き書きから・・・

  

フューレ博士:ポリネシア人の祖先は、ニューギニアの

  ビスマルク諸島周辺から来たラピタ人と呼ばれる

  人々と考えられています。

  彼らは、ラピタ時と呼ばれる特徴的な模様の施された

  土器を残していることから、ラピタ人と名づけられたんです。

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レポーター:そして、出土したラピタ土器の年代から、

  彼らの移動ルートがわかると言います。

フューレ博士:およそ3200年前に出現したラピタ人は、

  数百年かけてカヌーで島伝いに、3000キロ以上離れた

  フィジーやトンガ、サモアにまで到達しました。

  でも、そこから先には進まず、1500年以上も留まっていたのです。

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レポーター:先生、なぜサモアやトンガのあたりに

  長い間留まっていたのでしょうか?

フューレ博士:そこから東は、島と島の距離がとても離れているからです。

  まさに、広大な海の世界です。

  そのため、カヌーでの移動が困難になったのだと思います。

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ナレーター:しかし、かれらの冒険はここで終わることはなかった。

  ラピタ人を祖先に持つ古代ポリネシア人が最後の島々に

  乗り出したのは、紀元800年頃。

  それから数百年かけてポリネシア全域に広まったと考えられている。

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したがって、約1000年前には、

ポリネシア全域の島々に人が移り住んだというわけです。

   

1500年以上も留まっていた古代ポリネシア人が、

なぜ太平洋全域に移動することができたか。

その理由を説明するところの聞き書き。 

  

ナレーター:彼ら(古代ポリネシア人)は、もともと優れた

  移動手段を持っていた。

  それが古代カヌー。

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レポーター:でもこの大きさでは、数千キロにも及ぶ航海は、

  不可能です。実は彼らは、トンガやサモアに留まっていた

  1500年の間に、あるものを開発していたのです。

  そのあるものを見ることができると聞き、アイツタキ島に

  向かいました。

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それが巨大カヌーです。

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現在修復中のこの巨大カヌーは、全長22m。

古代ポリネシア人が遠洋航海で利用したものを考えられています。

巨大カヌーが発見され掘り出されている様子↓

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この発掘された板材は、約1000年ほど前のもので、

この側面が使われたカヌーの大きさは、

約25mと予想されています。

 

これだけ大きなカヌーなら、数十人の人間が1か月以上の

遠洋航海に出ることが可能になったわけです。

そして遠洋航海に必要な知識も、古代ポリネシア人は

身につけることができたのです。そのことは次の投稿で。

  

つづく   

6年前の「世界ふしぎ発見」2/キャプテン・クック

 

今日は5月5日。

 

前投稿に引き続き、

2012年6月23日放映の「世界ふしぎ発見!南太平洋クック諸島

ラストフロンティア 海の冒険者たち」のことを書いていきます。

  

番組の聞き書きをしていきます。

  

レポーター:毎週、日曜日の朝。

  協会では日曜礼拝が行われます。

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ナレーター:クック諸島の人々は、およそ98%がキリスト教徒。

  キリスト教は18世紀末、イギリス人によって伝ええらえた。

  そもそもクック諸島という名は、1773年、

  この海域を訪れたイギリス人、キャプテン・クックに由来している。

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  しかし、彼らの祖先は、ヨーロッパで大航海時代が始まる

  500年以上も前に、大海原を越えて、

  ポリネシアの島々にやってきた。

レポーター:そもそも彼らの祖先は、どんな人たちなんでしょうか?

  ニュージーランドのオークランド博物館で、ポリネシア文化を

  研究しているフューレ博士におうかがいしました。

フューレ博士のお話の前に、キャプテン・クックについて。

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キャプテン・クックことジェームズ・クックの

生涯は次のサイトで読むことができます。  

英国ニュース 英国の偉人の生涯をたどる 『Great Britons』未踏の地を追い求めた男 キャプテン・クック

太平洋に3回航海に出かけ、

最後はハワイで殺された生涯にも興味がありますが、

若き頃に測量で活躍した話も面白そうです。

七年戦争の中で起ったイギリス・フランスとの植民地を

めぐる戦いの一つ、(カナダの)ケベック包囲戦では、

クックが、当時敵地であったセントローレンス川河口の測量を

命がけで行い、その地図がイギリスの勝利に貢献しました。

勝利に導いた若きジェームズ・ウルフ将軍は

この戦いで命を落とします。

この辺りの話は、Wikipediaがよかったです。

  

上記の「英国ニュース」に掲載されていた地図を

転載させていただきます。

Photo クックの通った3航路

は第1回航海(1768 - 1771年)

は第2回航海(1772 - 1775年)

は第3回航海(1776 - 1780年)

  

キャプテン・クックに関する番組があります。

5月7日午後10時放映の「世界の村のどエライさん」

という番組で、ニウエという国が紹介されます。

フジテレビHPには次のような番組紹介が載っていました。

引用します。

 

1974年に誕生し、日本では2015年に国家として承認された

ニウエは、南太平洋の孤島の国。

ポリネシアの岩と呼ばれ、人口は1500人程度で、

面積は大阪市とほぼ同じという小さな国。

お隣のニュージーランドで聞いても知らない人が多い。

そんな手つかずの自然が残る未知の楽園であり、

日本にとって1番新しいこの国を庄司智春がリポートする。

 

このニウエに、キャプテン・クックも来ていました。

Wikipediaには次のように書いてありました。

 

1774年 - キャプテン・クックが来航する。

しかし、現地人によって上陸が阻止され、

「未開の島」と名付けられる。

 

クックに関連しているので、見たくなりました。

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