2018年11月25日 (日)

今年も行った定光寺・愛岐トンネル群

今日は11月25日。

  

11月23日に行ってきました。

昨年も行った瀬戸市の定光寺と愛岐トンネル群へ。

昨年は11月25日に行きました。山仲間と一緒でした。

ここでも道草 4連休の話/定光寺の紅葉(2018年12月3日投稿)

ここでも道草 4連休の話/愛岐トンネル群のパンフ 千歳楼 定光寺駅(2018年12月3日投稿) 

ここでも道草 4連休の話/愛岐トンネル群の写真群?(2018年12月3日投稿)

今年は親戚の叔父さん叔母さんと奥さんと一緒に。

ありがたいことです。

1年経って、また同じ場所に行ける。

生きている証拠です。

昨年行ったので、私が案内人でした。

  

今年の定光寺。

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遠く名古屋を望む。↑

  

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↓ 愛岐トンネル群の写真。今年も人が多かったなあ。

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今年も紅葉がよかった。

昨年がよすぎたので、今年は期待しないようにしていました。

昨年以上は、なかなか難しいので、

期待を裏切られることを恐れました。

 

しかし、よかった。

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昨年もこの木が主役でした。

幹や枝の形も魅力的なモミジの木です。

今回はシルエットもいいなと思いました。

2回目で、良さを再認識するのもいいけど、

新しい良さに気がつくのもいい。

     

  

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昨年よりも人が多かったように思えます。

愛岐トンネル群。だんだんマスコミにとりあがられ、

私のようにリピーターもいたら、年々にぎやかになるでしょうね。

 

この愛岐トンネル群の管理をしている保存再生委員会のHPに

トンネルにかかる大きな機関車の幕についての

記事がありました。

いかした幕ですが、2017年4月に設置されたようです。

入る前は、トンネルの闇がバックなので、

機関車がくっきり見えます。

その幕をくぐって、トンネル内から外を見ると、

機関車のデザインが透けて外の景色を見ることができます。

その景色も好きですね。

今回も撮影しました。

Photo 愛岐トンネル群保存再生委員会HP

 昨年との違い。

トンネル群の入口の上り階段が新しくなっていました。

急な階段だったのが、

階段を長くして勾配をゆるくしてありました。

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↑昨年まで使っていた階段も見えます。

左に上っていく階段です。

確かに老人にはきつい階段だったことを覚えています。

  

JR定光寺駅の急な階段が閉鎖してありました。

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何か事故があったのかな。

見学時には一度にたくさんのお客さんが来るため、

危険防止のためでしょうか。

階段に関することが昨年と違っていました。

  

 

今度はいつ行くことができるかな。

 

2018年11月24日 (土)

日めくりより/「あみだくじ」「欧米人のシャワー好き」

 

今日は11月24日。

  

連休2日目も日めくりから。

「雑学王」(TRY-X)より。

  

「あみだくじ」と阿弥陀様の浅からぬ関係とは?

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このようなサイトがありました。

禅の視点 - life - 「あみだくじ」の語源と阿弥陀如来 ~身近な仏教用語~

 

このサイトからの引用。

 

あみだくじが生まれた最初期、室町時代のあみだくじは、

今とはちょっと異なった形をしていたと考えられているのだ。 

あみだくじが世間に流行したのは江戸時代末期だとされているが、

その発生は室町時代にまで遡ることができる。

現代のあみだくじは上から下になぞっていく形態が一般的であるが、

当時のあみだくじはちょっと違う形をしていた。

どう違うのかと言うと、縦線にあたる線が、

放射状に引かれていたのである。

放射状に引かれた線の中心部分には金額が記されており、

その金銭を当てるくじが最初期のあみだくじだったという。

つまりが、博打だ。

  

あみだくじの歴史は室町時代までさかのぼるです。 

お茶や生け花、床の間などなど、日本らしいもののうち、

室町文化を起源とするものは多いです。

  

次は光背の写真が必要です。

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上記の「禅の視点」によると、

初期のあみだくじは、横線にあたるものがなかったそうです。

まさに光背の形をしたものだったのです。

 

  

もうひとつ。

 

欧米人は、なぜ「シャワー」が好きなのか? 

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そうかあ、そうだったのですね。

このこともネットで調べてみました。

このサイトが参考になりました。

世界遺産オンラインガイド カラカラ浴場

  

カラカラ浴場は心身をリフレッシュする場であったし、

社交の場でもありました。

皇帝や元老院議員も姿を見せ、市民と同じ浴室で過ごしました。

男女混浴でした。

  

引用します。

  

時代が下がるにつれ、退廃的な傾向が強まり、

公然と売春が行われるようになってしまいました。

柱の陰にはいつでも売春幹旋人が控えるようになったのです。

こうして、古代ローマの浴場は次第にキリスト教徒たちから

売春、飲酒、賭け事などの「罪悪の温床」と

非難されるようになっていきます

 

日めくりでは、キリスト教の禁欲的な面に視点がありますが、

浴場の退廃的な面も、浴槽に入ることがなくなっていった

原因のように思えます。

まだ見ていない映画『テルマエ・ロマエ』(2012年)が

見たくなりました。


YouTube: Thermae Romae -Trailer

ちゃんと2013年にテレビで放映された時に録画してありました。

 

 

2018年11月23日 (金)

昭和30年代には道路にたくさんゴミがあった?

今日は11月23日。

  

気になっていたことを、少し調べました。

以前、何かテレビ番組を見ていて、

日本は1964年(昭和39年)の東京オリンピック前は、

道路にゴミがたくさん落ちている国だったと

誰かが言っていました。

どの番組で、誰の発言だったか?

なかなか思い出せず。

でも気になっていました。

  

今の日本は、家庭で出たゴミは、

ゴミ袋に入れて、

ゴミの日に指定された場所に出しています。

それが当たり前になっています。

でも、それは昔からの日本の姿ではなかったのです。

  

私は昭和36年生まれですが、幼いために

昭和30年代の記憶はほとんどありません。

生存していたけど、知らない昭和30年代が気になりました。

 

インターネットを使って、

道路にゴミがたくさん落ちている国発言について調べました。

  

見つけました。

池上さんに聞いてみました 池上彰氏「日本人のマナーが良くなったのは1964年の東京五輪がきっかけだった」

  

う~ん、内容は一致しますが、

私が聞いたのは、池上彰さんの発言ではありませんでした。

でも内容は一致しているので、一部引用します。

   

いつ頃から日本人のマナーは良くなったと思いますか?

という質問に対して、池上彰さんが答えているサイトです。

池上さんは次のように答えていました。

  

きっかけは1964年の東京オリンピックでした。

当時、東京都は外国からのお客さんに見られても

恥ずかしくないようにと一大キャンペーンを張りました。

東京都内の各家庭に配布されたパンフレットには、

ゴミはゴミ箱に捨てること、痰を吐いたり、

立小便をしたりしないように呼び掛ける

注意事項が列記されていました。

当時、私は東京都内に住む中学生。

自治会総出で街の清掃作業をしたものです。

街頭にはゴミ箱が設置されました。

それまで道路に捨てていたゴミを、

きちんとゴミ箱に捨てる習慣がついたのは、その頃からです。

   

さらにこのサイトでも、池上さんの発言が紹介されています。

エキサイトニュース 

 

日本はいま街にゴミを捨てる人もいないけれど、

1964年の東京オリンピックの前に

一大キャンペーンが行われるまでは本当にゴミだらけで、

青山通りから渋谷は、風が吹くとゴミが舞っていた。

昔から日本は清潔好きで、行列はちゃんとつくる

優等民族だという発想がこわいですね。

民族の問題じゃない。発展段階や政治体制の問題なのに。 

   

今の日本では、道路にゴミを捨てることは、

皆無ではありませんが、あまりありません。

しかし、昭和30年代は道に捨てるのが

当然のようだったようです。

違うなあ。こんなに違うんだ。

昭和30年代、恐るべし。

「民族の問題じゃない」というのに共感。  

  

上記の「池上さんに聞いてみました」では

次のような発言もしています。

 

日本人は昔からマナーが良かった、

というのは過去を知らない思い込みに過ぎません。

ご質問者の指摘通り、海外での日本人のマナーも、

1970年代までは最低でした。

パリの高級ホテルのロビーをステテコ姿で歩いたり、

ブランドショップで爆買いしたりして、

ついでに顰蹙まで買っていました。 

海外で恥ずかしいことをして、

評判が悪いというニュースを日本国内で見聞きするようになって、

ようやくマナーの向上が始まりました。

同じことを韓国の人たちは1990年代に、

そしていま中国の人たちがしています。

 

やはり錯覚しているところはあるよなあ。

今の日本人が、昔からの日本人だと思ってしまいます。

職員会議の時に職員室がタバコの煙でもうもうとしていたのは、

つい30年ほど前のことです。

私は体験してきたので、そのことを知っています。

目にも浮かびます。

でも30年前を知らない若者は、

今の状況から、そんなこと想像できないことでしょう。

私が、ゴミだらけの道路が想像できないように。

  

こんな映像がありました。


YouTube: 昭和31年05月16日 皆さんのあと始末 0067

道路にあったゴミ箱が映っています。

このゴミ箱、見たことがある・・・うっすらと思い出します。

Photo

右に映っているのは、ゴミ収集車。

ゴミ箱に入っているゴミを集めています。

ゴミ袋に入れて、指定された場所に出すようになったのは、

いつからなのだろう?

日めくりより/「車のタイヤが黒い理由?」

今日は11月23日。

 

昨年に引き続き、愛岐トンネルとか定光寺に行き、

紅葉を見てこようと思います。

ここでも道草 4連休の話/定光寺の紅葉(2017年12月2日投稿)

2018aki_chirashiomote 愛岐トンネル群保存再生委員会 公式サイト

  

  

出発前に1本投稿。

日めくりより。「雑学王」(TRY-X)より。

 

クルマのタイヤが黒い理由は?

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タイヤの黒は、補強材のカーボンの色。

 

しかし、この常識が変わってきているようです。

次のサイトが参考に成りました。

ゴム報知新聞 タイヤは黒いがカーボンブラックはほとんど入っていない?

引用します。

  

タイヤの色が黒いのは中にカーボンブラックが入っているからです。

カーボンブラックはタイヤの補強材です。

昔からそう言われていました。だからタイヤは黒いのです。

しかし最近はそうも言っていられなくなったようです。 

(中略)

おおざっぱに言えば、現在日本で生産されている乗用車用タイヤは、

ほとんどすべてが低燃費タイヤです。

この低燃費タイヤのトレッドゴムには、

カーボンブラックはあまり入っていません。

大袈裟にいえば、カーボンブラックがほとんどはいっていません。

その代わりシリカ(ホワイトカーボン)が補強材として入っています。

しかしタイヤは白くありません。

それは少しだけカーボンブラックが入っているからです。

  

このサイトも参考になります。

車のタイヤ ホワイトカーボン(湿式シリカ)

ホワイトカーボンとは、名前にカーボンと付いていますが、

白い炭素では無く、白色のケイ素の酸化物で、

ゴムの補強剤として使われています。

このホワイトカーボンとは、

カー ボンブラックに対しての呼称であって、

カーボンブラックに次いで補強性がある為、

ホワイトカーボンと呼ばれています。

  

出発前の短い時間で勉強ができました。

それでは、行ってきます。

私の車のタイヤはどうなのだろう?

 

日めくりより/「追いかけてくる月」

今日は11月23日。

  

さあ、今日から3連休。

やりたいことをたくさんやりたいなあ。

道草も10本はやりたい。

まずは1本目。

久々日めくりより。「雑学王」(TRY-X)より。

  

なぜ、車窓から見る月は後ろから追いかけてくる?

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なるほど!と思った1枚。

ちなみに明日が満月。

空気が澄んで、昨晩の月もきれいに見えました。

Pixabayで月の写真を拾ってきました。

月は絵になります。

Fullmoon415501_1920

Dog647528_1920

Earth1365995_1920

Moon2762111_1920

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Spacestation60615_1920 pixabay

  

こんな曲もありました。

曲名が「追いかけてくる月」


YouTube: 内田有紀 内田有紀/愛のバカ 01 追いかけてくる月

こんな歌詞でした。

  

どこまでも追いかけてくる月よ

僕と同じ速さで歩く

僕のこと見捨てないでおくれ

心臓が止まって 冷たくなってきて

この場所から 消えてしまうまで

 

月がどこまでも追いかけてくるように見えるのは

錯覚ですよと言ったら、興ざめですね。

  

詳しくはこのサイトへ。

科学で毎日を楽しくしませんか? 第19回 お月様が追いかけてくるように見えるのはなぜ?

  

  

来年もこの日めくり「雑学王」を使うことにしました。

注文しました。

Photo amazon

好奇心を刺激してくれる日めくりです。

次も日めくりより。

2018年11月20日 (火)

11月19日は「世界トイレの日」でした

 

今日は11月20日。

  

昨日(1月19日)行った「今日は何の日」クイズ。

 

「世界〇〇〇の日」

  

正解は・・・

  

  

  

  

  

  

「世界トイレの日」

 

「トイレ」が正解とわかって、生徒たちは楽しく笑うのですが、

「世界トイレの日」ができた理由は笑えるものではありませんでした。

  

次の動画をまずは見てください。


YouTube: トイレのない生活とは? ユニセフ「世界トイレの日プロジェクト」 /日本ユニセフ協会

Photo  

聞き書きします。

 

トイレがあるのが当たり前だと思っていませんか?

 

世界ではいまだ、3人に1人がトイレを使えない現実があります。

  

トイレがない人たちは、外でうんちをしたり、

バケツやビニール袋に排泄をしているのです。

 

うんちには様々な病気を引き起こす細菌が含まれています。

そしてトイレがないところでは、

その細菌たちは4つの「F」を通じて、

体内に侵入してくるのです。

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例えばうんちに触れてしまった指(Finger)や、

トイレの代わりになる川や水(Fluid)のまわり、

うんちだらけの床や地面(Field)、

いたるところに細菌を運搬するハエたち(Fly)。

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これらの不衛生な環境が下痢などを引き起こします。

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特に抵抗力の弱い子どもたちには、

大きな問題になります。

下痢が原因で、1日に1600人もの幼い命が

奪われているのです。

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そんな世界の現実にもっと目を向けてもらいたい。

そして一緒に考えてもらいたい。

11月19日は「世界トイレの日」です。

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そしてもう1本。


YouTube: トイレがないなんて 考えたこともなかった /日本ユニセフ協会

 あまりナレーターの語りの少ない動画です。

  

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私たちの生活では、トイレに困ることはありません。

外にいても、どこかしこにトイレはあります。

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「もし、日本からトイレがなくなったら?」

 

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「茂みでする?」

  

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「排水溝でする?」

  

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「バケツでする?」

  

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「穴にする?」

  

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「ビニール袋にする?」

  

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「川にする?」

  

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「トイレがないなんて 考えたこともなかった」

  

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トイレを使って排泄をする。

私たちにとっては当たり前のこと。

 

けれども世界では、いまだトイレが使えない生活を送る人が

たくさんいます。

そんな世界の現実を、一緒に考えてほしい。

世界の3人に1人はトイレを使えない

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「『トイレがあるのは当たり前』

だと思っていませんか?」

  

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11月19日は、世界トイレの日です。

 

「世界トイレの日」の詳細はここ↓

世界トイレの日プロジェクト

ここで紹介されていた動画を読み物化しました。

 

  

 

 

  

  

 

2018年11月19日 (月)

「不老不死の気持ちで、知識の習得を!」/アンドラと出会う

今日は11月19日。

  

調べものをしていて行きついたブログ「慶喜」。

「心意気」がすごく共感できます。

Photo ブログ「慶喜」

心意気

「明日迄の命の気持ちで、人生を!」

「不老不死の気持ちで、知識の習得を!」

 

う~ん、すごくわかります。

いいこと言うなあ。

もう定年間近の57歳の今だから、

この心意気は共感できると思います。

死ぬ日の直前まで、不老不死の気持ちで、

好奇心にしたがって調べ、このブログを書いていきたいです。

 

上の画面をスクロールしていくと、

この地図が出てきます。

Photo_2  

ヨーロッパの地図です。

この地図で目にとまったのが、

フランスとスペインの国境です。

2  

アンドラ」?

ここに国があったんだ。

失礼ながらそう思ってしまいました。

他の地図で確かめます。

Photo_3 Yahoo!地図

 

ピレネー山脈の山中にある国です。

新しい国なのでしょうか?

知らなかった国です。

在アンドラ日本国大使館の「アンドラ紹介」の記事を

引用します。アンドラ紹介

  

アンドラ公国は,フランスとスペインの国境にある

ピレネー山脈の中腹に位置する,面積468平方㎞,

人口約84000人の小さな国です。

公用語はカタルニア語ですが,スペイン語,フランス語,

ポルトガル語も話されています。(中略)

山間の美しい国であるアンドラ公国には,

世界各地からの観光客が訪れ,その中にはフランス南西部や

バルセロナから足を伸ばす日本人旅行者もいます。

土地柄,スキー等のウィンタースポーツで有名ですが,

それ以外の時期はハイキングを堪能することができます。

また,欧州最大規模の温泉遊園地「カルデア」や

ロマネスク礼拝堂,美味しい料理とワインも魅力の一つです。

アンドラ公国の歴史は古く,839年にウルヘル大聖堂の

聖別証書により,アンドラ人に自治を与えたとされています。

10世紀以来,宗主のウルヘル司教と,

司教から封土としてアンドラを与えられていた

フォア伯爵との間で統治権をめぐる争いが発生した結果,

両者は,1278年に対等の封建領主権(徴税権,裁判権,徴兵権)を

共有する「対等の宗主契約」を結び,以後,

両者がアンドラの共同領主となりました。

共同領主の地位は,司教側で現在に至るまで

代々ウルヘル司教に引き継がれていますが,

フォア伯爵側では当時のフォア伯爵が

フランス王(ブルボン朝初代のアンリ4世)として即位して以来,

フランス国王に引き継がれ,フランス共和国となった後は

フランス大統領に継承されています。

その後,1993年2月に新憲法がアンドラ国会で可決,

同年3月住民投票で賛成多数で承認され,

アンドラは国家として正式に独立しました。

その後,1993年12月に日本はアンドラ公国を国家承認し,

1995年10月に外交関係が開設されました。

このように外交関係の歴史は比較的浅いですが,

基本的価値を共有する日本とアンドラの関係は非常に良好であり,

様々な分野での関係強化が着実に進んでいます。

  

起源は古い国ですが、

1993年に国家として独立したというので、

新しい国なのでしょう。まだ独立して25年。

やっと認識できました。

 

重要な産業として観光業があるようです。

最後にアンドラの写真を載せます。

Photo_4 旅を夢見て・・・アンドラ公国

 

Src_10919103 4travel.jp アンドラ旅行

 

2018年11月18日 (日)

今度はアラブ首長国連邦/世界一のビルから飛び降りる動画

今日は11月18日。

  

午前中、地元のマラソン大会のお手伝いに行きました。

好天気。日差しが強く、コースの傍らで立っているのには

暖かくて幸いでした。

手当を2000円いただけたので、

帰り道に、いつかは行ってみたいと思っていた

とんかつ屋に初めて入り、ロースかつ定食を食べてきました。

1400円。600円のおつり。

おいしいとんかつでした。

日曜日も地域のために働いた自分へのご褒美。

  

  

前投稿に引き続き西アジアの国の国名と

首都名について。今回は

国名:アラブ首長国連邦

首都名:アブダビ

です。  

Photo_6 Yahoo!地図

  

アラブ首長国連邦は7つの首長国が手を組んでいる国。

国際サッカーの試合では、略称UAE(英語: United Arab Emirates)が

よく使われています。

ちなみに2019年1月から始まるAFCアジアカップの

開催国はアジア首長国連邦です。

4f832b28d597f94793da42cb6071590b800 サッカーキング

このボールにも「UAE」があります。

   

7つの首長国国のうち、最も面積があり、人口も多いのが

アブダビ首長国。その中心がアブダビ市で、アラブ首長国連邦の首都です。

アブダビ市よりも有名なのが、ドバイ市。

ドバイ市が実質ドバイ首長国。

都市国家です。

21世紀になって、目立つ建造物が造られて、

目を瞠る(みはる)都市になりました。

現在世界一の高さを誇るビルもドバイにあり、

教科書にも載っています。

Dubai2930004_1920 pixabay

この写真の最も高いビルが、世界一の高さ(828m)を誇る

ブルジュ・ハリファです。

pixabayからもう1枚。

Uae3653887_1920 pixabay

 

授業では世界一のビルを見せて、

生徒に「何をしたい?」と唐突に尋ねました。

そうすると、教えている3クラスで「飛び降りたい」という答え。

「そうなんだ、それなら飛び降りている映像を見せるね」

と言って、次の映像を見せました。

この動画の写真を19枚並べます。

もしこの動画が見られなくなっても、

写真を見ることで動画のスリルが少しでも伝わるように。

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Photo_25  

以上です。

アラブ首長国連邦のアブダビ市よりも

ドバイ市が印象に残ってしまいますね。

でも、こうやって少しずつイメージが浮かぶ国名や

都市名になっていってほしいと願う。

 

バクー(アゼルバイジャン)のイメージが浮かぶように

  

今日は11月18日。

  

地理の授業で、

国名と首都名を覚えさせることをしています。

でも生徒たちにとって、何もイメージが浮かばない名前の

暗記は辛いと思います。

でもでも、こうも思います。

とにかく覚えれば、テレビ等でその名前を聞いたら

好奇心のアンテナに引っ掛かる可能性がアップすると。

だからやっぱり暗記させたい。

  

  

覚えさせているひとつが、

国名:アゼルバイジャン

首都名:バクー

です。

Photo_2 Yahoo!地図

 

昨日放映された「ウェークアップ!ぷらす

(中京テレビ/日本テレビ系)で、バクー関連の

ニュースをやっていました。

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大阪が万国博覧会開催に立候補していて、

その投票が11月23日にあります。

そしてバクーも立候補しているのです。

対抗馬のひとつなのです。

  

番組の中で、キャスターの辛坊さんが、

映像でバクーを紹介していました。

それがこれ↓

Photo_5

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バクー郊外にある観光地「ヤナルダグ(燃える丘)」

辛坊さん曰く、

今から50年くらい前に、

羊飼いがタバコを捨てたところ、

いきなり火が燃え始めて、

それ以来燃え続けている。

今は観光資源になっている。

雨が降っても消えないそうです。

 

天然ガスが燃えているのでしょう。

アゼルバイジャンの天然ガスの輸出量を調べたところ、

世界30位でした。堂々とした順位です。(2017年)

※参考:グローバルノート 最近よくお世話になっているサイトです。

  

 

授業で、こんなことを紹介することで、

生徒たちはイメージが浮かぶでしょうか?

  

  

さあ、今日もいい日にしよう。

2018年11月17日 (土)

キルギスの続き/チューリップの野生種

 

今日は11月17日。

  

前投稿に引き続き、キルギスのことを書いていきます。

 

9月29日放映の「世界ふしぎ発見!玄奘三蔵の足跡を追って 

シルクロード大紀行」で、何とキルギスを紹介していました。

玄奘三蔵は今のキルギスを通過していました。

Photo_23 哲学・宗教関連サイト 玄奘三蔵

イルククル湖周辺がキルギス。

「世界ふしぎ発見!」の写真だと、

往路は次のように示されていました。

Photo

  

玄奘三蔵は往路で天山山脈の峠越えをしています。

峠であっても4000mを超える標高。

番組の写真や引用で読み物化。

Photo_24  

Photo_25

↑ スエク峠(4028m)

玄奘が超えたとされる峠です。

撮影時は5月だけれども、雪が残り、氷点下の気温。

Photo_26  

春を待って峠越えをしたけれど、

同行者の中には凍死した者もいたと、

玄奘三蔵の日記には書き記されているそうです。

  

峠を下ってキルギス側には金鉱山がありました。

世界屈伸の露天掘りの金鉱山だそうです。

教科書にも、キルギスの主な輸出品のトップは

金であることを示す資料が載っていました。

場所を、久々グーグルアースで示します。

グーグルアース クムトール鉱山

写真の湖はイシククル(イシククリ)湖。

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この鉱山は、1997年から本格的に生産を開始した

新しい鉱山です。

   

さらに下っていくと、草原になります。

そこでは牛や羊を飼育することが行われています。

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その草原からクエスチョンでした。

(バックには、前投稿で載せたブラナの塔が見えます)

このクエスチョンの答えにビックリ。

  

まずは問題を言わなくては・・・

Photo_30  

キルギスで春の訪れを告げる花は何かという問題。

日本では園芸用で有名だけど、キルギスでは自然に咲くのだそうです。

2005年、キルギスの民主化の時には、

その花の名前をつけて「〇〇革命」と言ったそうです。

Photo_31  

 

  

  

正解は・・・

チューリップでした。

Photo_32

↑ チューリップの野生種です。

トルコが原産国だと思っていましたが、

中央アジアが原産国として有力なようです。

 

最近、映画「チューリップ・フィーバー」に出合ったばかり。

チューリップに縁のあったこの2~3日です。

   

  

キルギスの知識が少し蓄積できました。

イシククル(イシククリ)湖のことも書きたかったけど、

タイムオーバー。

琵琶湖の9倍の広さです。

最近の写真

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楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉