2019年6月15日 (土)

今晩、北海道厚真(あつま)町の番組がある

  

今日は令和元年6月15日。

  

最近昨年の番組を一つ見ました。

2018年11月5日放映の

NNNドキュメント”18 街も人も牛も…北海道ブラックアウト」です。

昨年9月6日午前3時7分に北海道厚真町を震源地に起こった

大きな地震による被害を伝えていました。

厚真町にあった苫東厚真発電所が、地震のために発電ができず、

連鎖して北海道全体で停電(ブラックアウト)が起こりました。

その時の様子を伝えた番組でした。

あらためて、あの地震で何が起こっていたかを知りました。

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厚真町では大きな地滑りが起こり、

多くの家屋が、飲み込まれました。

多発した地滑りは、尋常ではありませんでした。

自衛隊による土砂などの撤去作業が行われているところに向かって、

「頑張れよ」「お父さん」「お母さん」「ばあちゃん」

と声がかれんばかりにだしている兄弟。

実家に住む2人の父親と祖母が生き埋めになっているのです。

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地震発生20時間後、父親の遺体が発見。

つづいて母親の遺体が発見。

地震発生から2日後に祖母の遺体が発見。

この地震では41人が亡くなりました。

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Rimg2004 ↑ 笘東厚真(とまとうあつま)火力発電所 

北海道では、1か所の発電所が、多くの地域の電力をまかなうと、

そこが停止してしまうと、大型停電になってしまう。

その教訓を生かして、電力の分散化が行われているそうです。

 

実家のあったところにやってきた中村兄弟。

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この地震で大きな被害が出た厚真町という町を、

初めて認識しました。

 

   

今晩、その厚真町の番組があります。

Photo

ETV特集

希望の大地 北海道厚真町 ふたりの開拓物語

6月15日 午後11時~

ETV特集HPより番組紹介を引用します。

 

北海道胆振東部地震の被害を受けた厚真町で、

自宅に戻り農業を再開した夫婦がいる。

松平功さんと信子さん。

2人は傷ついた大地に新たな種をまく。

新たな命が芽吹くことを信じて。

厚真町高丘地区は明治の開拓期、

石川県の人々が新天地を求め渡ってきた

「希望の大地」だった。

その歴史は水害や冷害など自然災害との

苦闘の歴史そのものでもあった。

先祖から受け継いだ大地を慈しみ、

前へと向かう松平夫妻。

そのたくましい姿を見つめる

Photo_2地震発生直後の厚真町空撮

Photo_3厚真町開拓時代の写真(明治時代)

 

 

厚真町のことが知りたいと思いました。

どのような歴史があったのか。

地震の被害以後、現在はどうなっているのか。

社会科教師の血が騒ぐ?

今日、注目の番組です。

  

 

  

2019年6月14日 (金)

映画「ラ・マンチャの男」見る/運命の風が私を押し進める

今日は令和元年6月14日。

  

映画「ラ・マンチャの男」(1972年イタリア)より。

  

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ピーター・オトゥール!

身のこなしがいいなあ。

「アラビアのロレンス」で夢中になった俳優さんです。

※関連:ここでも道草 ピーター・オトゥールさん死去のニュース(2013年12月16日投稿)

ピーター・オトゥールがセルバンテスを演じる現実劇と、

ドン・キホーテを演じる妄想劇が織りなす映画です。

  

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妄想劇のラストシーンでは、ドン・キホーテとサンチョ、

そしてアルドンサ(ソフィア・ローレン!)の

3人で高らかに歌います。勇ましい歌を。

字幕の歌詞を書き写します。

  

栄光のラッパが我が心を駆る

ラッパが呼びかける

どこへ行こうと友と一緒

我が従者 そして我が君

私はドン・キホーテ

ラ・マンチャの騎士

運命が呼びかける

幸運の風が私を押し進める

前へ前へと

運命の風が私を押し進める

栄光への道へと

歌い終わって、ドン・キホーテは息絶えます。 

(ばらしてごめんなさい)

  

ラ・マンチャの男」では「見果てぬ夢」という曲が

超!有名なのですね。確かに耳にしたことのある曲です。

  

  

  

何とこの動画に、「見果てぬ夢」3パターンも、

上記の3人で歌うシーンも、

見ることができます。お得です。


YouTube: The Impossible Dream-Man of La Mancha

 

今晩は、この動画を見て寝ます。

映画「ラ・マンチャの男」見る/巨人ゴリアテ

今日は令和元年6月14日。

  

「ドン・キホーテ」がマイブームになっている勢いで、

映画「ラ・マンチャの男」(1972年イタリア)を

すべて見ました。

 

映画の冒頭は、セルバンテスが逮捕され牢獄に入れられる場面。

そこで、気になるセリフ。

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「ペリシテ人の巨人 ゴリアテの事を」

「身の丈が4メートルを超す巨大なる男だ」

  

昨日、「ヒツジ飼い 石」で検索して出てきた

巨人ゴリアテが唐突に出てきてビックリしました。

こんな絵がありました。

Osmar_schindler_david_und_goliath upload.wikimedia.org

迫力のある絵です。

ヒツジ飼いがスリングを使って、巨人ゴリアテに石を

投じる瞬間の絵です。

旧約聖書にあるお話だそうです。

英語の発音でゴライアスと言うこともあるそうです。

 

この話から、巨大な物に「ゴリアテ(ゴライアス)」の名を

つけることがあるそうです。

※参考:世界最大生物の名には巨人「ゴリアテ」がふさわしい。

そうか、映画「天空の城 ラピュタ」の飛行戦艦も

「ゴリアテ」だったんだ。


YouTube: 記録映画「飛行戦艦ゴリアテ」..天空の城ラピュタ

  

 

 

「ドン・キホーテ」完読/床屋と帽子

今日は令和元年6月14日。

  

 

ドン・キホーテ」(ミゲール・デ・セルバンテス作/

草鹿宏訳/スズキコージ絵/集英社)

昨日完読した本について、もう少し引用します。

  

この本は、親切にも、ページの上下の余白に、

本文中の意味や、その時代の解説などが書いてあり、

じっくり読むと、とても勉強になる本でした。

  

例えば、サンチョのセリフ。

おらは、*からきし学問がきれえで、

あたまもかなりいかれてるらしい。」

(99p)  

次のような意味説明がありました。

 

*からきし=まったく

  

 

ドン・キホーテのセリフ。

  

「なんと、姫おんみずからこのわしに?

*よもや、わしを*かつぐのではあるまいな。」

(175p)

次のような意味説明がありました。

 

*よもや=まさか

*かつぐ=だます

 

私ぐらいの年代なら、この意味説明は不要ですが、

子どもたちが読むなら、適切な意味説明だと思いました。

  

  

ドン・キホーテとサンチョが雨をさけて

木かげで休んでいると、

向こうから駄馬にのった男が、

なにやらキラキラ光る物をかぶってやってきました。

それは村の床屋であって、かぶっていたのは

*しんちゅう金だらいでした。

頭が雨に濡れないように金だらいをかぶっていたのです。

(*しんちゅう=銅や亜鉛の合金。細工がしやすいので、

いろいろなところに使われる。)

でもドン・キホーテには、床屋は騎士に、

駄馬は優れた馬に、しんちゅうの金だらいは、

金のかぶとに見えました。

馬とかぶとを手に入れるために、

ドン・キホーテは、勝負を挑みます。

この話が語られているページの上の余白には、

次のような「床屋」の解説がありました。

解説の写真を載せます。

Epson025_2

 (73p)

これで、なぜ床屋が金だらいを持っていたかがわかります。

グッドな解説、図絵です。

ちなみに、映画「ラマンチャの男」(1972年イタリア)でも、

床屋は出てきます。映画の写真です。

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金だらいが欠けているのは原作通り。

床屋から奪い取ったドン・キホーテが

こう言っています。

「その男(床屋)は金に困り、純金のかぶとの半分を、

売ってしまったのじゃ。情けないご時勢よな。

わしが鍛冶屋を見つけて、もとの由緒あるかぶとに

作りかえるとしよう。」

(75~76p)

  

これを知っていると、映画の中で床屋がかぶっている

不思議な帽子の意味がわかって楽しいですよ。

 

 

ついでに、床屋の「あめんぼう」の青が静脈、

赤が動脈は覚えていましたが、

白は包帯だったんだと思いました。

Hairdressing2142482_1920 pixabay

6月12日は「日記の日」でした

 

今日は令和元年6月14日。

  

6月12日(水)は「日記の日」でした。

なぜ日記の日であるか?

今日は何の日~毎日が記念日~には次のように書いてあります。

 

Anne20frank THE UNKNOWN ANNE FRANK

1942年のこの日、ユダヤ人の少女アンネ・フランクによって

「アンネの日記」が書き始められた。

アンネの家族は、ナチス・ドイツのユダヤ人迫害を逃れて、

アムステルダムの隠れ家に身を隠した。

日記は隠れ家に入る少し前の、

この日の13歳の誕生日に父から贈られたものだった。

1944年8月1日、アンネらは隠れ家から連れ出されて、

ポーランドのアウシュビッツに送られたため、

日記はこの日で終わっている。

そして、1945年3月に

ドイツのベルゲン・ベルゼン強制収容所で病死した。

 

 

アンネ・フランクさんのことは、誰もが知っていて当然。

そう思っていますが、時代が進むと、だんだん目に触れなくなるのでしょうか。

こうやってアンネ・フランクさんのことを書き、写真を載せておくことで、

ささやかに風化を避けたいと思います。

 

  

私にとって、日記は2つあります。

手書きノートの日記と、このブログです。

なぜ日記を書くか?

以前の記事を、読み直しておこうと思います。

得意の「たぐる」ことをします。

ここでも道草 後押しされてブログをやり切りたいです(2015年11月29日投稿) 

↑ここに書いてあることは、折に触れて読みかえし、

自分の血や肉になってほしいと思います。

「好奇心の筋肉みたいなものを、

素振りで練習していくには、書いていくことですね。」

糸井重里さんのこの言葉は、素晴らしい。

 

  

最後に、pixabayで「日記」関連の写真を並べます。

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2019年6月13日 (木)

「ドン・キホーテ」完読/ヒツジ飼いと石

  

今日は令和元年6月13日。

  

久々に本を完読。(最近は拾い読み多し)

31m98j6r18l Amazon

ドン・キホーテ」(ミゲール・デ・セルバンテス作/

草鹿宏訳/スズキコージ絵/集英社)

 

今年度は、授業で扱いました。

有名な話ですが、215ページの長編として読んだのは、

おそらく初めてだと思います。

最後は、ドン・キホーテさんはお亡くなりになります。

 

印象に残った場面・・・・・

砂煙をあげて移動するヒツジを群れを、

軍隊と勘違いして、果敢に突撃をするドン・キホーテ。

 

おどろいたのはヒツジ飼いたちで、

「危ねえからやめろ、やめろ。」

と、どなったが、ききめがあるはずがない。

とうとうヒツジ飼いたちは怒って、

腰につけていたこぶしほどの石を、

雨あられとドン・キホーテに投げつけた。

それにもかれは目もくれず、

砂ぼこりにまみれて、かけめぐりながら・・・

(中略)

そのとき、風をきってとんできた石の弾丸が、

ドン・キホーテの横っ腹に命中し、

あばら骨を二本へし折ってしまった。

(54~55p)

  

今回読んでい、石が武器になって、

ドン・キホーテは、何度か痛い目にあっています。

石が武器・・・今は滅多にありませんが、

日本でも、太平洋戦争の時代まで、

石を投げ合って争うことがありました。

「印地(いんじ)」「石合戦」と言ったそうです。

この記事で、そのことを書いたのを思い出しました。たぐります。

ここでも道草 初めて「タイムスクープハンター」を見る/印地(2010年7月21日投稿)

きっと、「ドン・キホーテ」の舞台であるスペインでも、

石は武器だったのでしょう。

  

ここで注目は、次の文章。

 

腰につけていたこぶしほどの石を、

雨あられとドン・キホーテに投げつけた。

 

石を拾って投げたのではなく、

腰につけていた?

それもたくさん?

 

これが疑問です。

 

「ヒツジ飼い 石」で検索すると興味深いことに行き当たります。

聖書の中に、ヒツジ飼いが投石で巨人を倒す話があったのです。

ヒツジ飼いは、ヒツジがオオカミやハイエナに襲われないように、

石を常備していたようです。

※参考:聖書の時代と風物 パレスティナの羊飼いの装備

  

  

調べていて、「スリング」という言葉に出合いました。

遠心力を利用した紐状の投石機のことです。

こんな映像がありました。

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ヒツジ飼いが、このスリングを使ったなら、

ドン・キホーテはもっと大変だったでしょう。

  

  

 

いい道草ができました。

京都市 あじき路地

今日は令和元年6月13日。

  

前投稿に引き続き、3月5日放映の

京都ぶらり歴史探訪 歩いて楽しむ路地7選」より。

  

今回は「あじき路地

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いい感じじゃないですか。歩いてみたいですね。

  

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レポーターの2人が歩いていたら初老の女性と

あいさつを交わしました。

 

原田龍二:こちらでお住まいなんですか?

安食:住んでいるのは違うところなんですけど、

  ここの路地を守っているお母さんです。

(路地の大家さんでした!)

ナレーター:この路地に連なる長屋の大家さん。

  安食弘子さん。

原田:ここはどういった場所なんですか?

安食:15年ほど前に空き家がいっぱいできたんで、

  主人と一緒に、ここをちょっときれいにして、

  若いアーティストを募集させてもらいました。

  住んで、ものを作っています。

  

そのような通りがあるのですね。

何人かの職人が紹介されました。 

☆帽子職人 

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☆革職人

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☆三味線職人

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☆手作りノートを製本する職人

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安食弘子さんも、アーティストを目指していた方でした。

今は若いアーティストを応援しているのだそうです。

いずれここから巣立っていくのでしょう。

いずれ大成しようと頑張っている人たちの住む

この路地の雰囲気を味わいたいですね。

  

やっぱりグーグルアースで出向きます。

グーグルアース あじき路地

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やっぱり行き止まりになっているようです。

路地ですね。

ストリートビューで下ります。

ストリートビュー あじき路地入口  

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番組でもそう思いましたが、とっても地味な入口です。

  

   

ずっと忙しかった日々。

行きたい場所が、このブログ上で

どんどん積み重なっていきます。

一覧にしたら、すごいことになるだろうなあ。

100、200、もっとかな?

リストアップした時に、最新なのがこの「あじき路地」です。

京都市 巽橋からの石畳の辻子がいい

今日は6月13日。

  

前投稿に引き続き、

3月5日放映の「京都ぶらり歴史探訪 歩いて楽しむ路地7選」より。

2時間番組です。

すべてをここに書き残したいけど、割愛します。

  

番組の旅人は、最近お騒がせの原田龍二さんでした。

聞き書きをします。

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ナレーター:ここ白川南通は、初めて京都に訪れる人に

  お薦めの通り。ゆったりと流れる白川沿いには、

  趣のある建物が軒を並べます。

  川にかかる巽橋は、京都らしい風景を求める観光客が

  数多く訪れる場所。

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石畳のいい小路だと思います。

この道は行き止まりにはならないようなので、

「辻子(すし)」と考えていいのでしょうか。

 

グーグルアース出動です。

グーグルアース 巽橋

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ストリートビューで下りてみます。

巽橋から石畳の道を南下してみます。

巽橋から奥へ1

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巽橋から奥へ2

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巽橋から奥へ3

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歩いてみたいですね。

次は「あじき路地」のことを書きます。

10年前のあじき路地の様子は、

昨晩紹介したサイトに、写真が載っていました。

◆Akira's Candid Photography

2019年6月12日 (水)

京都市の「路地」「小路」「辻子」

 

今日は令和元年6月12日。

  

4月18日放映のドラマ「科捜研の女」の一場面です。

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キミヤーズ塾に通うようになって、

京都市に行くことが多くなりました。

京都市についていろいろ感じることがありますが、

この写真のように、細い道が多いなあと思います。

ただ細いだけでなく、景色に歴史を感じます。

  

  

そんな京都市の細い道に興味があったので、

3月5日放映の「京都ぶらり歴史探訪 歩いて楽しむ路地7選」を

録画して見ました。 

この番組の冒頭で、ナビゲーターの中村芝翫(しかん)さんが

次のように話していました。

聞き書きです。

  

芝翫:京都の町は、碁盤の目と言われるように、

  通りが縦と横に整然と並んでいます。

  そこから少し入ると、入り組んだ路地(ろうじ)や

  小路(こうじ)がたくさんあります。

  そして、そんな道を歩くと、それぞれの町の魅力を

  色濃く感じることができるんです。

  今回は、そんな路地や小路を歩く旅に出かけてみましょう。

Rimg1961  

「路地」を「ろじ」と読みたくなりますが、

「ろうじ」と言っています。

「小路」はあまり目にしない熟語です。

読むなら「こみち」と読むかな、

でも「小道」だよなと思いました。

「こうじ」という読み方に驚きです。

  

でも「小路」が「大路」の対義語だと知ったら、

少々納得しました。

「朱雀大路」は「すざくおおじ」であり、

「おおじ」の対義語は、やはり「こうじ」でしょう。

細い道は全て「小路」のようです。

  

 

「路地(ろうじ)」は、もう少し調べました。

京都路地散歩には次のように書いてありました。

 

京都に多い路地、読み方は「ろじ」の他に「ろうじ」、

「ろーじ」とも読みます。

  

芝翫さんの言い方は「ろーじ」でしたね。

京都の突抜・辻子・図子・路地(ろうじ) - Alleys in Kyoto

↑ このサイトからも引用します。

 

家と家の間に通じた細い道のうち、

次の通りまで突き抜けているものを辻子(図子)、

行き止まりになりコの字型に家が並び、

通りの入口に家の数だけ表札が掛けられている所を

路地(ろうじ)と呼ぶ。

  

「辻子」「図子」は「ずし」と読むそうです。

でも、だんだんわかってきましたよ。

行き止まりになる小路が「路地」なんですね。

疑問は「通りの入口に家の数だけ表札が掛けられている所」です。

イメージができません。

  

でも調べればわかるものです。

次のサイトに、写真がありました。

◆Akira's Candid Photography

このサイトに行って、上から11枚目の写真を見ると、

「通りの入口に家の数だけ表札が掛けられている所」が

理解できます。

::追記::上のサイトの管理者さんから許可をいただいたので、

写真を転載します。(6月15日記)

Photo_4 表札によると、この奥には3軒あるようです...

 

 

今度、京都市に行ったら、見てみたいです。

  

今晩はここまで。

次の投稿では「京都ぶらり歴史探訪」のことを

もっと書きたいです。

4月1日の「雑学王」より/置き忘れを減らすための小物置き

 

今日は令和元年6月12日。

  

「4月1日の『雑学王』より」シリーズは、

何と4月18日以来です。

書きたいことが次々出てくるので、

やっと順番が回ってきました。

4月1日放映の「芸能人雑学王最強No1決定戦2019春!」より。

 

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高速道路のSAで置き忘れを減らすため

 個室トイレのどこに小物置きを設置した?

  

この問いは気になりました。

私は以前、SAの個室トイレに財布を置き忘れ、

泡を食ったことがあるからです。

どこに設置したのだろうと想像しながら、

解答を見ました。

(想像しながら見たけど、結局浮かびませんでした)

解答を見て、すばらしいアイデアだと思いました。

  

 

解答の写真を並べます。

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ね、素晴らしいでしょ。

これなら忘れる人はいない。

  

これは教育にも通じます。

生徒が忘れ物をしたことを注意することも大事ですが、

忘れないようにしてあげる工夫も必要だと思います。

  

 

私はまだこのドアのカギが小物置きになっている実物を

見た覚えがありません。

番組では「有珠山」SAでした。

北海道ですね。景色のいいSAのようです。

さっそくグーグルアースで行きます。

グーグルアース 有珠山SA

Photo

グーグルアースなら簡単に行けますが、

実際にはすぐには行けない場所です。

  

 

いつかどこかで小物置きの実物を見たら、

必ず写真に撮ってブログに載せます。

他にも何か考えてみようかなと思わせてくれる

素晴らしいアイデアだと思います。

今に当たり前になるのかな。

最近の写真

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楽餓鬼

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