2019年12月 6日 (金)

温暖化による干ばつに取り組んでいた中村哲医師

 今日は令和元年12月6日。

   

3泊4日の旅行から、昨晩無事に戻りました。

いろいろな体験ができ、収穫があったはずです。

その収穫を、このブログに書き留めて確認し、

次の行動につながっていけばいいなと思っています。

  

この記事は、出発した12月1日の朝日新聞朝刊の

「天声人語」を紹介します。

12月1日から始まった気候変動会議(COP25)に

関するものです。

天声人語

いまから16年前、ロシアのプーチン大統領が満天下に

恥をさらした。サンクトペテルブルク建都300周年

式典を青空の下で挙行すべく、軍用機から雨雲に溶剤を

散布したが失敗。土砂降りが来て、中止に追い込まれた。

▼「最新科学をもってしても雨雲すら人間には操作でき

ません」と水谷広・元日本大教授(70)。気候変動に

詳しく、『気候を人工的に操作する』という著作がある。

急ぐべきは雨雲を散らすのではなく、大気中の二酸化炭

素を減らすことだと話す。▼北海道では二酸化炭素を分

離・回収する施設の本格運用が来年度にも始まる。いわ

ゆる温暖化対策としては、海外で驚くほど急進的な案も

唱えられてきた。たとえば、巨大な板を打ち上げて地球

に日陰を作る、粉砕した小惑星の破片で太陽光をさえぎ

るーーー。さながらSFの世界である。▼だが現実は厳

しい。世界の二酸化炭素の濃度は昨年、観測史上最高に。

「私たちの世代が、若い世代に二酸化炭素を押しつけて

しまった。罪悪感で胸がふさぎます」と水谷さん。頭に

浮かんだのは、環境活動家グレタ・トゥンベリさん(1

6)の厳しいまなざし。気候危機を放置してきた各国の 

大人たちを非難した。きょうからスペインで始まる国連

の会議(COP25)に参加する。いまヨットで大西洋

を航行中だ。▼日本は世界5位の排出国。一足飛びに二

酸化炭素を回収するのはむずかしくとも、新たな排出を

減らすことはできるはずだ。若者たちの抗議に応えるの

は大人の責任である。

  

アフガニスタンで殺されてしまった中村哲医師も、

生前のインタービューで、「温暖化による干ばつ」を改

善するために、灌漑施設建設を行っていると言っていま

した。温暖化が形を変えて、今までの普通の生活を変え

てきています。変化に対する対応が急務ですが、変化が

急激です。二酸化炭素の排出を減らすことに、やっぱり

取り込むべきでしょう。

自分でさえ関心を持ち始めました。多くの人が意識した

ら、何かことが動き出しますよ、きっと。

  

  

 

話が少し変わりますが、中村哲医師が行ったことを知れ

ば知るほど、すごい人だったのだと思います。

「桜を見る会」で、ごまかしている人たちは、中村哲医

師の前で恥ずかしくならないのかなあ。

2019年12月 4日 (水)

今日も長野市「津野」でボランティア

  

今日は令和元年12月4日。

   

昨日に引き続き、旅先からの投稿です。

今晩も長野県にいます。

 

今日も、長野市台風19号の被災地に行き、

ボランティア活動をしてきました。

活動場所は、昨日と偶然にも同じ地区でした。

「津野」と呼ばれる地区でした。

1日目は作業に精一杯で周りが見えていませんでした。

2日目になって、堤防が決壊したところがすぐ目の前にあり、

現在は修復されて、ブルーシートに覆われていることに気づきました。

この偶然を大切にしたいと思いました。

「津野」で体験したこと、考えたことは、

また後日、しっかり書き留めたいと思います。

   

明日、帰ります。

午前中、山登りしてから帰ります。

2019年12月 3日 (火)

初めてのコインランドリーで読書

  

今日は令和元年12月3日。

  

珍しく旅先からの投稿です。

  

昨日、長野県千曲市の上山田ホテルに泊まりました。

ここでも道草 「肢体不自由児たちの学童疎開」引用5/疎開先が上山田村に決まる(2014年8月27日投稿)

この記事で書いたように、戦時中、光明学校の疎開先になった

ホテルです。いい取材ができました。また後日書きます。

そして今日は、長野市の台風19号の被災地に行き、

ボランティア活動をしてきました。

東日本大震災以降、被災地に行くことをしたいと思いつつも、

できずにきてしまったことがやっとできました。

明日はもう1日、ボランティア活動をしてきます。

ボランティア活動で学んだこともまた書きます。

社会科教師として、少しだけ胸がはれます。

  

いい体験をしていますが、その中でひとつだけ報告。

コインランドリーを初めて利用しました。

記念すべきコインランドリーは、

戸倉上山田温泉街にありました。

ドキドキしましたが、使い方は簡単でした。

洗濯・脱水・乾燥の時間、機械の横で読書。

今、読んでいるのは「出口のない海」(横山秀夫著/講談社)

「初めてのコインランドリーで読書」をやってみたいと思い、

実行しました。自分を演出しました。

  

以上です。

明日また頑張るために寝ます。

   

2019年12月 2日 (月)

今日から「出口のない海」「気候変動会議」

  

今日は令和元年12月2日。

  

今日からの読書は「出口のない海」(横山秀夫著/講談社)です。 

人間魚雷回天の話です。

「新十津川物語」シリーズで、回天のことが描かれていたので、

この本のことを思い出しました。

回天出撃のシーンは、緊迫感があり、

読んでいる自分の寿命が縮んだのではと思うほどでした。

再び読みたくなりました。

   

 

今日からスペインのマドリードで、気候変動会議が行われます。

第25回。やっと関心持って見ていこうという気になりました。

昨日の朝日新聞朝刊です。☟

Epson149  

繰り返し5回読みました。

7回が目標でしたが、また別の日に読みたいと思います。

忘れかけたころに読むことで、定着が高まるでしょう。

日本の小泉環境相がどのような発言をするのか注目です。

視点の一つに脱石炭を加えておこうと思います。

  

2019年12月 1日 (日)

「ボクの自学ノート」⑤/日本とスウェーデンの比較

  

今日は令和元年12月1日。

  

前記事の続きで、5月1日・11月30日に放映された

ボクの自学ノート~7年間の小さな大冒険~」を

読み物化していきます。

  

 

明日佳君の「自学ノート」を読まされている、いや失礼、

読んでいる人たちの声を拾ってみました。

  

Rimg2128

Rimg2129  

吉田さんは、明日佳君の探究心に感動していました。

 

メーテル(吉田):本当にこういうことをしてるんだ!

  

自学ノートを見て、実際の明日佳君の行動を見たら、

こう思うんですよね。

吉田さんは、明日佳君に出会う前から、明日佳君のことを知っていて、

初対面で「梅田くん!」と声をかけました。

明日佳君、ビックリです。

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岡林さんは、教師としては考えさせられる発言をしています。

 

岡林:彼(明日佳君)の長所、これ(自学ノート)、すごいと

  思うんですよね。

  私、スウェーデンの方でずっと、うちの息子が10才から

  25才まで。私自身は13年間、スウェーデンにいて、

  子どもの教育を見てきたんです。

  スウェーデンの人口って、900万人くらいしかいないんですよ。

  日本と比べて、15分の1とかくらいしかいないんですけど、

  いろんな分野で優秀ですよね。

  これ何が違うのかと言うと、やっぱり「個を伸ばす」という

  考えだと思いますね。

  たとえば、明日佳君がやっている自学ノート。これをもっと

  伸ばしていこうという教育をスウェーデンはやると思うんですね。

  ところが、日本の場合は、どうしても、個々を大切に

  するんじゃなくて、アウトプットとして、全員が同じになるように

  教育をしているような気がします。

   

それぞれの子らしさを見つけるのを手伝って、伸ばしてあげたいなとは

思います。

そのためには、教師も生徒も忙しいかな。

教師も自分らしさを出せずに、

周りに合わせようとするので精一杯だったかも。

  

  

 

私は病気になって長く休み、社会的な信用を失ったかもしれません。

「あいつはつぶれやすい」なんてね。

でも休んで立ちどまって、少し自分らしさを出せるようになった気がします。

  

  

今晩はここまで!

また明日。

「ボクの自学ノート」④/明日佳君は押しが強い

 

今日は令和元年12月1日。

  

前記事の続きで、5月1日・11月30日に放映された

ボクの自学ノート~7年間の小さな大冒険~」を

読み物化していきます。

  

明日佳君の「自学ノート」を読まされている、いや失礼、

読んでいる人たちの声を拾ってみました。

 

Rimg2110  

片峰:最初、変わっている子がノート持ってきた、と私たちは

  一番最初は言いましたね。変わっているけれども、

  べつに怪しくはない。誠実さが見えるので。

   

  梅田君のためには、読んでコメントを返すのが必要かなと

  思いました。

  

  

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リリー・フランキー:こいつには話が通じるぞと思ったら、

  グイグイと来ますからね。押しが強いんですよ、もう。

  押しが強いんです。

   

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轟:たぶん、押しが強いと思います。

    

  

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石井:彼は、シャイではないのかな。

  アピール力、すごくあると思いますね。

    

  

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田中:無茶苦茶、積極的ですね。

    

  

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檜垣:ノートを読むことになったのは、明日佳君が「よかったら見てください」

  とノートを貸してくださって、ものすごく楽しくて、全部じっくり

  読まさせてもらいましたね。

  

栁原:文化施設では有名じゃないでしょうかね。

檜垣:北九州市の文化施設では、明日佳君は有名だと思いますね。

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梅田明日佳君は、一見シャイに見えます。

しかし、上記のように、グイグイと行く押しの強さがあるのです。

この点は、見倣いたいと思いました。

ある映画が見たいと思って、映画監督に直接連絡して、

再上映する時を教えてくださいとお願いしました。

粘り強くお願いしたら、DVDを売ってあげようとということに

なりました。飛び上がるほど喜びましたが、それ以後1か月、音信なし。

たびたびメールすると、催促のように思われて気を悪くするかなと考え、

あまり動いていません。

でも明日佳君のように動くべきだと思いました。

今晩、メールしようと思います。

「ボクの自学ノート」③/目がキラキラした子

今日は令和元年12月1日。

  

前記事の続きで、5月1日・11月30日に放映された

ボクの自学ノート~7年間の小さな大冒険~」を

読み物化していきます。

  

明日佳君:小3の時から、新聞の切り抜きをし、感想を書いている。

  先生や友達に、「梅ちゃん、物知り博士だね」と言われたのが

  うれしくて、宿題として始まった自学ノートは、すぐさま趣味に、

  やがて習慣へと変わった。

  

ここも共感です。すぐ自分に当てはめてすみませんが、「ここでも

道草」は趣味です。習慣です。

明日佳君は、番組中に、自学ノートを書くのは「遊んでいる」とも

言っていますが、私もその気分です。

  

  

時計屋の社長、吉田清春さんの言葉。

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吉田:とにかく目がキラキラした子だなと思いましたよね。

  

  

また自分の話です。私も生涯で一度だけ、目が輝いていると

言われたことがあります。

就職前に実行した北海道40日間の徒歩旅行の終わり、

稚内のパブで雇ってもらい、皿洗いをした時。

パブのマスターに唐突に言われました。

きっと私は好奇心の塊だったのでしょう。

好奇心の強さは目に現れると思います。

それ以後、目が輝いていると言われていないので、

その時に比べて、好奇心は萎んでしまったのかな。

でも、おじさんに向かって「目が輝いていますね」なんて

言う人もいないでしょうね。

  

 

時計店で珍しい時計を無料で展示していることを、

新聞記事で知った明日佳君は、時計店に出かけて行きます。

そこで、吉田社長が親切に話をいっぱいしてくれました。

明日佳君は、帰宅して、時計店でのことを全力で自学ノートに

まとめました。そしてこう思いました。

 

明日佳君:ぼくは、社長さんに自学ノートを見せたら、

  喜ばれるんじゃないかと思いついた。

  

これも共感です。テレビ番組を見て、ただそれだけでは物足りない。

聞き書きしたりして、番組から学んだことをブログに書き留めたのなら、

自分のためにもなるけど、番組を作った人たちも喜ぶのではと

思っています。

  

この後、吉田社長はすごく喜んでくれます。

その成功体験が、明日佳君の「自学ノート」継続の力になりました。

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中学生になって、ほぼほぼ先生に「自学ノート」を見てもらえなくなった

明日佳君がとった行動が、またすごい。

文化施設に行って、見聞したことを「自学ノート」にしっかりまとめ、

それを文化施設の人たちに読んでもらうのです。

そしてどうやらそれ以後、読んでくれると思った人たちには、

定期的に通って、「自学ノート」を読んでもらっています。

  

明日佳君:資料館とか、そういうところに行って、

  (自学ノートを)読んでもらおうと、図々しく考えるように

  なりました。

  

  

やはり、読者がいることが励みになりますよね。

私も、毎日平均200のアクセスがブログにあります。

時たまコメントが届きます。

励みになります。

明日佳君の図々しさがいいなあ。

  

  

つづく

「ボクの自学ノート」②/明日佳君の新聞の読み方

  

今日は令和元年12月1日。

  

昨日の記事の続きで、5月1日・11月30日に放映された

ボクの自学ノート~7年間の小さな大冒険~」を

読み物化していきます。

  

昨晩は、この番組が放映されるということで、

特別な晩になりました。いい日になりました。

あらためて「NHKスペシャル」としてもう1度、

じっくりと見ました。

  

  

全てを読み物化するのは無理なので、印象に残った言葉を

書き留めていく方針で行きます。

  

梅田明日佳君の最初の「自学ノート」☟

Rimg2098  

小学校3年生の時に、宿題で提出したもの。

JR小倉駅前の祇園太鼓銅像のバチが盗まれたという記事。

コメントは悩んだ末に、母親に言われた「とった人は、

ばちがあたるぞー!!」

Rimg2099  

1か月後に、バチが新しく取り付けられる記事を見つけた明日佳君は、

その日のうちに、銅像のところに行っています。

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新聞記事を見ただけでは終わらなくて、実際に行くところが

素晴らしい。

そしてこの銅像に関する記事との出合いで、明日佳君はこう書いています。

 

明日佳:僕は新聞に、自分にも分かることが載っていることを知った。

  僕は新聞が好きになった。

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新聞に対するこの気持ちは大事です。小学生にこの気持ちを抱かせる

工夫が、教師には必要だと思います。

 

 

明日佳君が新聞を読んでいるところ。☟

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毎日、朝刊も夕刊も読んでいます。

  

明日佳:何となく自分が面白そうだなというものを、パーッと付箋貼って、

  読み返して、自学にするか処分するか考えて(自学を)作っています。

  

今の私の読書と同じやり方です。

付箋貼る→読み直す→ブログに書き留めるかどうか決める→ブログを書く。

  

明日佳君に、すごく親近感が湧きます。

「星の見える家」②/広島カープの4番小鶴誠さん

 

今日は令和元年12月1日。

  

前投稿に引き続き、

星の見える家 -新十津川物語9-

(川村たかし著/偕成社)より引用していきます。

  

この巻では、けっこう野球の描写が多かったです。

フキの孫である泰男たちが野球をやっていたり、

泰男たちが、北海道に来たプロ野球を見に行ったりしてました。

 

名古屋ドラゴンズと広島カープの試合がさっきからはじまっていた。

はじめての公式戦のせいもあって、滝川球場はとっくに満員だった。

(214p)

昭和28年8月、巨人は2位の阪神を9ゲーム半はなして、

首位を独走している。ドンジリの国鉄スワローズは、

なんと38.5ゲームもひらかれ、金田正一投手のがんばりも

むなしかった。

(215p)

 

金田正一投手も亡くなってしまいました。

今年の10月6日でした。

現役の時は覚えがありませんが、ロッテの監督として躍動していました。

  

  

広島の攻撃で、具体的に名前が出てきます。

  

ワンナウトのあと大沢がヒット、4番小鶴が2塁打で2、3塁のとき、

5番の門前が内野安打して逆転、6番打者がまたヒットして3人めも、

ホームインした。ドラゴンズびいきの千代松はがっかりして声が

小さくなる。

(216~217p)

  

きっと作者の川村さんは、当時の試合展開まで調べて、

書いているのだと思います。

30年以上前の試合を再現しています。

新聞記事を参考にしたのかそれとも

注目は小鶴選手。小鶴誠選手。

以前調べたぞ・・・・。

ここでも道草 小鶴誠の言葉「ボールが止まって見えた」(2012年4月23日投稿)

この人が、実は「ボールが止まって見えた」と言った人だと

思っていましたが、やっぱり川上哲治さんだったのかなあ。

  

 

 

ちなみに昭和28年のプロ野球のチーム成績表です。

Photo NPB!

ジャイアンツが断トツの年だったのですね。

  

以上です。

  

いよいよ「新十津川物語」も10巻を残すのみ。

「星の見える家」①/「イズコ」「ニオ」 馬の出産シーン

 

今日は令和元年12月1日。

  

昨日は「NHKスペシャル ボクの自学ノート

~7年間の小さな大冒険~」の放映を知って、

以前録画してあったのを見て少し道草したり、

そして晩はまたじっくりと本放送を見たりと

「自学ノート」中心の日でした。

梅田明日香君のやっていることには、無関心ではおられないです。

今から私がやることは「道草」

明日佳君がやっていることは「自学」

そう思えます。

  

そんな11月30日でしたが、本を1冊読み終えました。

 

星の見える家 -新十津川物語9-

(川村たかし著/偕成社)です。

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引用します。

  

稲こきをしたあとのわらは、俵やむしろ、ときにはイズコとよぶ

保温具を編む。わらは雪靴にもなれば、ぞうりにもなった。

質のよいのは〈水をみせない〉ために小屋の天井にあげておく。

敷きわらや馬に食わせる分は塚にして野外にたくわえた。

ニオとよんだ。

(79p)

 

「イズコ」をイメージしたいと思って調べました。

野外博物館 北海道開拓村 嬰児籠(いずこ/いずみ/えじこ)

☝ こんないいサイトに行きつきました。そこからの転載。

Izuko 幼い子を入れておく道具。藁(わら)などで編(あ)まれた

大きな容器で、底部(ていぶ)に藁や籾殻(もみがら)を

敷(し)いて尿(にょう)や便(べん)を吸収(きゅうしゅう)

するようにしていた。子どもが動かないように布などを

巻(ま)きつけて使用した。 

  

 

次は「ニオ」

これはなんとなくイメージが浮かびます。

こんな感じだったのでしょうか。

Img_0 植物と生物防除のお話 和田哲夫

  

  

「信子、室(むろ)からうんとニンジンをだしておけ、はだか麦も

炊いてやれ。青い物をさがしてこい。お産は女の大役やさけ、

ごちそうをはずんでやるからな。」

あとのほうはアオにささやきながら、フキはおきくふくらんだ腹に

両手をそえていた。馬は敷きわらの上にからだをかたむけ、

しきりにふとい息を吐いた。前足で床をかこうとしては

思いとどまり、おしりのほうをふりかえる。フキの手の下で

熱い血がとくとくとさわぎ、新しいいのちがすこしずつ

あらわれてくるのが感じられた。

やがて、信子がおけいっぱいのニンジンをはこんできたとき、

よこたわった母馬のそばにぬれた子馬がしきりに立ち上がろうと

しているところだった。

「えーっ、生まれたんだ。すごい。20分もたってなかったでしょ。」

「がんばったよ。汗だくでアオはがんばったよ。」

とフキはからだをずらした。

「これなら安産だ。獣医さんのお世話にならずによかった。

牛の赤ちゃんはこうはいかないもんじゃから」

乳牛の子が生まれるときは、人間が両足をつかんでひいた。

ときには、はじめから獣医の世話になった。

「めんこい子っこ馬だね。」

その間にも母馬はしきりになめている。子馬の前身から

ほのかな湯気が立ちのぼった。生まれる瞬間には出あわなかったけれど、

信子のからだの中にはあたたかいものがあふれていた。

小さな新しいいのちががひっつ、この家の家族としてやってきたのだ。

(80~82p)

Epson148 (80p) 絵:鴇田幹

  

雌馬から子馬が生まれ、絵のようにさっそく歩こうとする。

生で見てみたいものです。この年になって、いまだになし。

生まれたての娘・息子は見たことがあるけど・・・

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