2020年3月 4日 (水)

「赤めだか」② やっぱり毒がある毒蝮三太夫さん

  

今日は令和2年3月4日。

  

前記事に引き続き

赤めだか」(立川談春著/扶桑社)より

引用します。

  

昭和63年3月4日。

有楽町朝日マリオンホールは、なんと満席だった。豪華ゲスト

勢のお陰だったろう。談志、春風亭栄橋、毒蝮三太夫、山本晋

也、高田文夫、桂文字助、立川談四楼。この晴れの舞台で志ら

くは短命(たんめい)、談春は黄金の大黒(こがねのだいこく)、

関西改メ談坊は反対俥(はんたいぐるま)、談々改メのらくは

三人旅を演った。

(213~214p)

  

偶然にも同じ3月4日。今日です。

昭和63年は西暦1988年。

今から22年前の今日、談春さん他3人が、

二つ目昇進披露落語会を行いました。

 

この時の毒蝮三太夫さんの口上が面白かったです。

 

続いて毒蝮三太夫。談志(イエモト)の無二の親友。立川流一門

は上から下までお世話になっている。

「この四人よく頑張ったと思います。談志のところで務まれば何

処へ行っても大丈夫です。ヤクザも逃げ出す立川流の修業・・・」

ではじまり、「ここにいらっしゃる皆様方のお幸せと、いない奴

らの不幸を願いしまして毒蝮三太夫のご挨拶と致します」おなじ

みの台詞で次へと続く。

(215~216p)

  

こんな台詞がおなじみなんだ。

やっぱり毒を持っていますね、毒蝮三太夫さん。

1936年3月31日生まれ。もうじき84歳。

今も元気。

  

  

古典落語には”冬の噺”に名作が多いと云われている。

寒さは貧乏を際立たせ、共感させ、少々無理なシチュエーションま

でをも納得させる力を持っているからだろう。次に、正月、元旦に

日本人全員が一斉に歳をとるという風習が過去にはあり、それによ

って大晦日も新年も現代では想像できないほど神聖な儀式だったと

思う。

今年は悪い年だったと嘆く人には、「いつまでも過ぎたことを、グ

ズグズ云うねェ。除夜の鐘と一緒にきれいサッパリ忘れちめェ」で

あり、「良いことばかりあるわけじゃねェだろうが、悪いことばか

り続くと決まったもんでもねェよ。明日になりゃ一陽来福(いちよ

うらいふく)だ。生まれ変わってやり直しだ」となる。

忘れる、やり直せる、生まれ変わって幸せになれる。みんなが信じ

るなら自分だってそう思い込んでも恥ずかしくはない、と救いにす

がれる時代だったのだろう。

(242p)  

  

「時代だった」

古典落語ができた時代を指します。

昔の方が、単純だったのでしょうか。

情報過多の今、つながっているものが多すぎて、

比較するものがおおすぎて、

気に病むことが増えたことでしょう。

「生まれ変わってやり直しだ」と単純に

言えなくなっているのかもしれません。

   

以上で「赤めだか」からの引用を終了。

「赤めだか」① まくしたてる能力

  

今日は令和2年3月4日。

  

赤めだか」(立川談春著/扶桑社)を読みました。

談春さんが立川談志さんに入門をお願いするシーン。

  

(談志)「高校はどうするつもりだ」

(談春)「辞めます」

「そうか。学校というところは思い出作りには最適な場所だ。

同級生がいて遊び場がある。だが勉強は何処でもできる。俺の

側にいる方が勉強になる。学校では会えないような一流の人間

にも会える。学歴なんぞ気にしなくていい」

「はい」

(19p)

  

談志さんの言葉に、学校関係者なのに

「なるほど!」と思っています。

勉強は何処でもできるし、

一流の人と交わることは勉強になると思います。

でも学校はもっと良くなると言いたい。

学校もいい勉強ができるところだと胸をはって言いたい。

  

  

翌日、談春(ボク)は談志(イエモト)と書斎で二人きりにな

った。突然談志(イエモト)が、

「お前に嫉妬とは何かを教えてやる」と云った。

「己が努力、行動を起こさずに対象となる人間の弱みを口であ

げつらって、自分のレベルまで下げる行為、これを嫉妬と云う

んです。一緒になって同意してくれる仲間がいれば更に自分は

安定する。本来なら相手に並び、抜くための行動、生活を送れ

ばそれで解決するんだ。しかし人間はなかなかそれができない。

嫉妬している方が楽だからな。芸人なんぞそういう輩(やから)

の固まりみたいなもんだ。だがそんなことで状況は何も変わら

ない。よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の

中がおかしいと云ったところで仕方ない。現実は事実だ。そし

て現状を理解、分析してみろ。そこにはきっと、何故そうなっ

たかという原因があるんだ。現状を認識して把握したら処理す

りゃいいんだ。その行動を起こせない奴は俺の基準で馬鹿と云

う」

(116p)

  

現状の理解と分析、そして処理。

その通りですよね。

嫉妬するエネルギーを、それらの行動に向けたいです。

きっと改善される。

嫉妬している時間がもったいない。

  

  

来た、高田文夫だ。

トレードマークと云ってもいいギョロ目は近くで見るとほんと

にデカイ。目にもまぶしい真っ赤なスタジャン。袖の部分の白

は革で談春(オレ)達が着てるスタジャンが何枚も買えるほど

高いのだろう。

「高田先生、ほ、本日は、お、お忙しい、と、ところを・・・」

志らくの挨拶をさえぎって高田が云う。

「志らく、お前なんか云わなくていいから。相変わらず口が不

自由だな。可哀そうな噺家だよ。来ちゃったよ。馬鹿野郎。前

座の会なんか観に来るのは初めてだよ。俺に歴史をつくらせや

がって憎いねどうも。こっちの兄(あん)ちゃんは?談春?フ

ーン、しっかりやってくれよ、頼むよホント。お前等何席ずつ

演るの、二席ずつ?災難だなァ。何が悲しくて前座の落語を四

席も聴かなきゃならないんだ。俺そんなに悪いこと何かしたか」

速い。自己完結する会話のスピードと、売れている人間独特の

オーラとでも云うのだろうか。妙なまぶしさで談春(オレ)は

息苦しくなった。

(171~172p)  

    

これだけまくしたてる能力をもつ高田文夫さんは、

すごい人なんだと思った文章です。

  

ページが戻ってしまうけど、立川談志さんが、

弟子たちに指示を出すところも圧巻です。

まくしたてています。

  

ひととおりの掃除をしているうちに談志(イエモト)が起きて

くる。揃って朝の挨拶に伺った途端、指示が飛ぶ。

「二階のベランダ側の窓の桟が汚れている、きれいにしろ。葉

書出しとけ。スーパーで牛乳買ってこい。庭のつつじの花がし

ぼんで汚ねェ、むしっちまえ。留守の間に隣の家に宅急便が届

いている、もらってこい。枕カバー替えとけ。事務所に電話し

て、この間の仕事のギャラ確認しとけ。シャワーの出が良くな

い上にお湯がぬるい。原因を調べて直せ。どうしてもお前たち

で直せないなら職人を呼ぶことも許すが、金は使うな。物置に

写真が大量にある。外枠の白い部分が俺は嫌いだ、きれいにカ

ットしろ。豚のコマ切れ百グラム買ってこい。戸袋に鳥が巣を

作ったようだ、うまく処理しろ、これは談々にやらせろ。スリ

ッパの裏が汚ねェ、きれいにふいとけ。家の塀を偉そうな顔し

て猫が歩きやがる。不愉快だ、空気銃で撃て。ただし殺すな。

重傷でいい。庭の八重桜に毛虫がたかると嫌だから、薬まいと

け。何か探せばそれらしきものがあるだろう。なきゃ作れ。オ

リジナリティとはそうやって発揮してゆくもんだ」

立て続けにここまで云われると人間おだやかな気持ちになるこ

とを僕は知った。なんとか覚えようとはするが無理なものは無

理。スーパーへのお使いはこれとこれ、掃除はココとココ。急

ぐ用事はあれで、時間をかけてもいいのは庭のものと、いくら

か系統だててくれれば、覚えられる可能性を若干残すだろうが、

談志(イエモト)は思いつくままに云い立てるからひとつも頭

に残らない。一番恐ろしいことは、談志(イエモト)は云いつ

けた用事をひとつ残らず覚えていて、一日の終わりに全てチェ

ックが入るという事実。

(45~46p)

  

この出来事も含めて、この本を読んで、

立川談志さんはやっぱり天才だったんだと

思うようになりました。

でも談春さんも、よく思い出してこの指示を書いたなあ。

この指示の後に起こった珍事の数々が、

忘れられない出来事だったのでしょう。

2020年3月 3日 (火)

岩手県田野畑村/「ラジオ文芸館 梅の蕾」

  

今日は令和2年3月3日。

  

2011年7月にNHK「ラジオ文芸館」で放送された

吉村昭さんの短編小説「梅の蕾」を勧められて聞きました。

検索すると次の記事がヒット。

放送されたのが7月17日だとわかります。

masami71の日記 ラジオ文芸館「梅の蕾」 (2011年7月17日)

ネット上で聞くこともできました。

ニコニコ動画 【ラジオ文芸館】吉村 昭 「梅の蕾」

  

いい話でした。

内容はここには書きません。

よかったら聞いてみてください。

  

このお話は、岩手県田野畑(たのはた)村がモデルになっています。

「ラジオ文芸館」の一部聞き書きです。

  

村を訪れる者は、村の前面に広がる海の景観に驚嘆する。

岸をふちどるリアス式海岸は、

全国随一と言われる屹立(きつりつ)した断崖の連なりを形成し、

海は澄み、磯も砂浜も自然のままの姿を保っている。

  

どんな景観なのだろうと、田野畑村のHPに行ってみました。

驚きです!

32 田野畑村HP

  

HPの表紙で、いきなり上記の文章通りの景観を見ることができました。

  

村を紹介する動画です。☟

リアス式海岸の美しさは素晴らしい。  

  

 

しかし、この地形だからこそ、津波は高くなります。

9年前の東日本大震災で被災した村です。

たのはたジオワールド ジオの脅威! 東日本大震災「平成の三陸大津波」

  

 

  

今晩は、川内村に引き続き、

田野畑村を記事にしました。

全国に村は183(2018年10月現在)あるそうです。

そのうちの2つです。

みんなの知識 ちょっと便利帳

福島県川内村/7年ぶりに記事にします

今日は令和2年3月3日。

  

人間の脳は、新しいことでどんどん上書きをされると言いますが、

すっかり上書きされて、その下に隠れていたものが、

偶然浮かび上がってきました。

この記事です。☟

ここでも道草 2年後の福島県川内村/これからも注目(2013年3月10日投稿) 

 

7年前のこの記事を読み直して、愕然としました。

記事のタイトルに「これからも注目」と書いたし、

記事の最後には、次のように書いています。

 

アンテナを立てて、川内村情報はキャッチしていきたい。

このブログにも書き残していきたい。

  

こうやって書いたのに、川内村に関して全く書きませんでした。

なにやっているんだ、自分。

今回の福島旅行で、大熊町とか富岡町に行ったのに、

すぐ横の川内村に行っていません。

すっかり忘れていました。

Epson251 ☝ 2月25日朝日新聞朝刊より

  

聖火リレーのルートにもなっている川内村。

  

事前に思い出すことができていたら、今回行けたのになあ。

また行きたくなった福島県。

 

7年前、川内村は人口を増やすことを目標にしていました。

2012年10月現在で1163人でした。

現在はどうなったのか調べました。

川内村HP

31 2月29日現在で2507人でした。

増えた!

元の人口が3000人で、

目標が5000人だと7年前に言っていました。

そこに向かって増えている状態だと思いたいです。

  

   

 

  

ブログもまもなく7000記事となります。

川内村のように上書きの下に沈んでしまうこともあるでしょう。

でも、ブログにうってさえおけば、

今回のように浮き上がってくる可能性もあります。

やはり、気になったことは、

ブログに書き留めておきたいと思います。

それが私に与えられた時間の使い方です。

2020年3月 2日 (月)

「生き物の死にざま」② チョウチンアンコウの場合

  

今日は令和2年3月2日。

  

前投稿に引き続き、

生き物の死にざま」(稲垣栄洋著/草思社)のことを

書いていきます。

  

引用します。

  

チョウチンアンコウのオスは、メスの体に噛みついてくっつき、

吸血鬼のようにメスの体から血液を吸収して、栄養分をもらっ

て暮らすのである。本当に寄生虫のような存在なのだ。

(67p)

  

  

まさにチョウチンアンコウのオスは、女性に養われているひも

のような存在なのだ。

それにしても、チョウチンアンコウのオスのひも生活は徹底し

ている。

メスの体についたオスは、メスに連れられていくだけで、自分

で泳ぐ必要もない。そのため、泳ぐためのひれは消失し、餌を

見つけるための眼さえも失ってしまう。それだけではない。メ

スの体からオスの体に血液が流れるようになれば、餌を獲る必

要もないので内臓も退化する。そして、メスの体と同化しなが

ら、子孫を残すための精巣だけを異様に発達させていく。

(中略)

チョウチンアンコウのオスは、受精のための精子を放出してし

まえば、もう用無しになる。

(68p)

  

  

生命の進化を顧みれば、生命は効果的に子孫を残すことができ

るように、オスとメスという性の仕組みを作り上げた。メスは

子孫を産む存在である。そして、オスは繁殖を補う存在として

作られたのだ。そもそも、すべての生物にとってオスは、メス

が子孫を残すためのパートナーでしかない。誤解を恐れずに言

えば、生物学的には、すべてのオスはメスに精子を与えるため

だけの存在なのだ。

(69p)

  

  

前記事で、オス(男)としての自己肯定感は少々失うと書きましたが、

チョウチンアンコウのこの生態が、

人間も結局のところそうなのかと思えたからです。

「生き物の死にざま」① 目次をずらっと・・・

今日は令和2年3月2日。

  

この本を読みました。

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生き物の死にざま」(稲垣栄洋著/草思社)

   

面白い本でした。

オス(男)としての自己肯定感は少々失いますが、

それぞれの生き物の生態は興味深く、

たくさん引用したくなる本でした。

この本は、図書館で借りた本ですが、

もう買ってしまおうと思います。

買って、身近に置いておいて、隙あらば再読したいと思います。

  

ここに目次をコピーします。

  

1 空が見えない最期──セミ

2 子に身を捧ぐ生涯──ハサミムシ

3 母なる川で循環していく命──サケ

4 子を想い命がけの侵入と脱出──アカイエカ

5 三億年命をつないできたつわもの──カゲロウ

6 メスに食われながらも交尾をやめないオス──カマキリ

7 交尾に明け暮れ、死す──アンテキヌス

8 メスに寄生し、放精後はメスに吸収されるオス──チョウチンアンコウ

9 生涯一度きりの交接と子への愛 タコ

10 無数の卵の死の上に在る生魚──マンボウ

11 生きていることが生きがい──クラゲ

12 海と陸の危険に満ちた一生──ウミガメ

13 深海のメスのカニはなぜ冷たい海に向かったか──イエティクラブ

14 太古より海底に降り注ぐプランクトンの遺骸──マリンスノー

15 餌にたどりつくまでの長く危険な道のり アリ

16 卵を産めなくなった女王アリの最期──シロアリ

17 戦うために生まれてきた永遠の幼虫──兵隊アブラムシ

18 冬を前に現れ、冬とともに死す“雪虫”──ワタアブラムシ

19 老化しない奇妙な生き物──ハダカデバネズミ

20 花の蜜集めは晩年に課された危険な任務──ミツバチ

21 なぜ危険を顧みず道路を横切るのか──ヒキガエル

22 巣を出ることなく生涯を閉じるメス──ミノムシ(オオミノガ)

23 クモの巣に餌がかかるのをただただ待つ──ジョロウグモ

24 草食動物も肉食動物も最後は肉に──シマウマとライオン

25 出荷までの四、五〇日間──ニワトリ

26 実験室で閉じる生涯──ネズミ

27 ヒトを必要としたオオカミの子孫の今──イヌ

28 かつては神とされた獣たちの終焉──ニホンオオカミ

29 死を悼む動物なのか──ゾウ

      

  

目次を見ると、面白そうでしょ。

この中で、1つだけ引用するとなると

チョウチンアンコウを選びますね。

次の記事で。

「手洗い」にも歴史あり/「天声人語」

   

今日は令和2年3月2日。

  

出勤前に道草しておこうと思います。

最近の「天声人語」で、書き留めておきたいものがありました。

2月28日朝日新聞朝刊です。

  

手を洗う回数が日ごとに増えていく。悩ましいのは、どれくら

い洗えば新型コロナウイルスを防げるのか、確信が持てないこ

とだ。自分の手や指なのに疑いの目を向けてしまう▼感染症の

予防に手洗いが有効なことを知らない人はいまい。しかし医学

史をさかのぼれば、そんな常識が広まったのは19世紀も半ば

以降のことだ。ハンガリー生まれの産科医ゼンメルワイス(1

818~1865)が提唱するまで、医師の間にも手洗いの習

慣はなかった▼ゼンメルワイスは出産直後の女性が高熱に苦し

む産褥(さんじょく)熱の予防に取り組む。注目したのは医師

の手や指の汚れ。解剖や手術をしたばかりの医師から診察を受

けた産婦に患者が多かった。同僚に手洗いを熱心に呼びかけて、

石けんや爪切り、塩素水を常備した▼病原菌の正体すら謎に包

まれていた時代である。「産科医たちはまるで殺人者呼ばわり

している」と医学界は猛反発。大学を追われ、失意のうちに亡

くなったという。「感染防護の父」と称されるのは死後のこと

だ(南和嘉男/わかお著『医師ゼンメルワイスの悲劇』)▼「

入館時は手指消毒を」。わが勤務先にもそんな掲示がある。だ

が入り口に置かれた消毒液を見て考え込む。何人もが触れた容

器にウイルスの付着はないか。疑心暗鬼はとどまるところを知

らない▼〈はたらけど/はたらけど猶(なほ)わが生活(くら

し)楽にならざり/ぢつと手を見る〉と啄木は嘆いた。洗えど

も十分に清潔かどうか自信が持てない。毎回ぢつと手を見る。

  

 

何にでも歴史あり。手洗いにも歴史があったのですね。

本「医師ゼンメルワイスの悲劇」に興味を持ちましたが、

アマゾンで調べると1988年発刊の本で、新刊はなく、

中古で7900円でした。

ちょっと手が出せません。

近隣2か所の市の図書館で検索しましたが、ありませんでした。

残念です。

本1冊になるほどの、手洗いに関するお話を読んでみたかったです。

  

  

そしたら、類書がありました。

51yna8lklal__sx350_bo1204203200_ amazon

手洗いの疫学とゼンメルワイスの闘い

(玉城英彦著/講談社/2017年)

1980円。

 

これなら手を出せます。

手を出しちゃおう!

2020年3月 1日 (日)

2020福島報告(12)大熊町教育委員会で話を聞いてきました

  

今日は令和2年3月1日。

  

大熊町教育委員会に行ってお話を聞いてきました。

学校を休んでいる私が突然訪れたのに、

忙しい方が話を聞いていただき答えてくれました。

ありがとうございました。

  

私の目的は、2022年に開校予定の学校について

教えてもらうことでした。

ここでも道草 ゼロ歳児から百歳までを対象とした教育施設(2019年12月17日投稿)

いただいた資料のコピーです。

Epson268  

「学び直し」という言葉を聞きました。

幼保小中の子どもだけでなく、大人が「学び直し」の場となる

学校を目指しておられました。

これはこれからの教育の流れだと思います。

他の国では「学び直し」は普及しているのに、

日本ではまだまだです。

大学がそういう場になっていくと思っていましたが、

大学とは別の流れの学校もいいかな、

大学ではできないことができるのだと思います。

学ぶ人は、大熊町民に限らないとのこと。

どんな学校になるのだろう?

そして校舎はどのような形になるのだろう?

  

  

「少人数だからできること」という話にもなりました。

令和2年度の大熊中学校在校生は3人。

大熊町立小学校在校生は12人です。

大震災から9年経っての結果です。

少人数だから有利なこと、できることをしていくべきだと思うし、

もう実際にやられていると思います。

ICT機器を使うこと。

学びでは傍観者ではなく主役になりやすいこと。

学年をこえた学び合いができること。

学年にしばられず、自分にあった教育をしてもらえること。

私も新任で務めた小学校は、全校で12人だったので、

あの頃を思い浮かべます。

どんな教師が雇われるのかも聞きました。

「関心がある人ですね」と言われました。

そうですよね、新しい教育の学校だから、

関心をもって、いろいろアイデアを出せる柔軟な人でないと

困っちゃいますよね。

 

大熊町が被災して、会津若松市に幼小中学校がほぼ1カ月で

開校したことを教えてもらい、

詳しくは本「大熊町学校再生への挑戦」を読むことを

勧められました。

実際に読んでみて、その時のたいへんさがわかるし、

大熊町の教育について聞くなら、

新庁舎ではなくて、会津若松出張所に来るべきでしょうと思います。

不勉強の状態で、2月18日と19日は動いたなあと反省しています。

でも実際に行ったことで、より関心をもてたし、

大熊町のこと、福島県のことが好奇心のアンテナに

引っかかるようになりました。

学びは今からです。

  

 

最後にもう一つ。

「大熊町」のことを「おおくまちょう」と言っていたら、

おおくままち」ですよと教えてもらいました。

言われてみれば昨年の番組「中間貯蔵施設に消えたふるさと」でも

「大熊町(おおくままち)」と言っていたと思い出します。

ここでも道草 「中間貯蔵施設に消えたふるさと」①/中間貯蔵施設とは?(2019年10月8日投稿)

失礼なことをしました。

 

  

ここまでが自分主導の旅でした。

これ以後奥さん主導の旅になり、

次のところを訪れました。

  

猪苗代湖で遊覧船

飯盛山

鶴ヶ城

大内宿

  

福島県、よかった。

行けてよかったです。2020福島報告も終了です。

 

2020福島報告(11)実際に柏屋に行き、まんじゅうを食べました

  

今日は令和2年3月2日。

  

2月18日は郡山市内のホテル泊。

2月19日にレンタカーを運転して

最初に訪れたのは柏屋です。

ここでも道草 福島県に行くなら、郡山市の「柏屋」に行くことができるよ(2020年1月21日投稿)

☝ この記事で迫った「福島県郡山市朝日1-13-5」の

開成柏屋です。

 

Rimg2147

Rimg2148

最新号の585号の表紙の児童詩が飾られていました。

ストリートビューでみた掲示板の実物を見ました。

触りました。

店内に入りました。

どうもテレビ局の取材が入っているようで、

お菓子作りの様子をカメラで撮っていました。

Rimg2149

ちょっと静かにしないといけない雰囲気でした。

それでも「青い窓を30年程購読していて、

いつかは来ようと思っていて実行しました」と言いながら、

名物の薄皮まんじゅうを買いました。

30 柏屋HP

  

店内にも児童詩が飾られていると聞いていたので、

探しました。

あった~!

Rimg2150  

写真の左手の方にテーブルと椅子が置いてあって、

児童詩を鑑賞しながらまんじゅうを食べたりすることが

できるようになっていました。

実際にそうしました。

  

飾ってあった児童詩です。

  

ぼくは虫

          小学校4年男子

ぼくは「ヌクヌクボウシ」。

ふとんにくるまって、

「ぬくぬくー、ぬくぬくー、もうすこーし」

となく虫だよ。

セミのツクツクボウシじゃないよ。

あったかいから、このまま

出ていきたくないよ。

とても気持ちがいい。

お気に入りのタオルケットのなか。

ゴロゴロしてると、

セミのさなぎみたいになっちゃった。

それがヌクヌクボウシ。

  

ぼくは「コタツムリ」。

こたつに入って、出てこない虫だよ。

カタツムリににているけどちがうよ。

頭だけ出してゲームするの。

とても気持ちがいい。

姉に

「宿題しなさい」

と言われて、

頭もかくしてじっと動かない。

それがコタツムリ。

「コタツムリ」は特に楽しい。

  

まんじゅうを食べていたら、携帯に電話がかかってきました。

大熊町役場会津若松出張所の教育委員会に、

午前中までに行くことになりました。

時計を見ると午前10時。

郡山市から会津若松市までは1時間かかります。

柏屋の雰囲気を味わうのはここまで。

出発です。  

2020福島報告(10)フレコンバッグが流された現場付近を走る

  

今日は令和2年3月1日。

  

中間貯蔵工事情報センターを出発。

来た時と同じコースで、大熊町経由で、

国道288号線を東進して、

宿泊地である郡山市に向かいました。

  

行きは大熊食堂の閉店時間よりも早く行くことに

夢中だったためか気づかなかったことに、

東進している時には気がつきました。

  

国道沿いの川が氾濫した跡、崖が削られた跡が見受けられました。

そういえば台風19号のために川が氾濫して、

フレコンバッグが流されたという

ニュースがあったことを思い出しました。

 

※河北新報 昨年10月14日のニュースです。☟

28    

ニュースでは、具体的にどこで起こったことかはわかりません。

国土地理院の地形図を見ると、田村市に古道川は流れていました。☟

赤い道が国道288号線です。

29   

ニュースの現場を走っていました。

フレコンバッグにはタグが付けられて管理されていたので、

きっと流された数が判明するのではないかと思います。

中間貯蔵工事情報センターに行った後なので、そう思えます。  

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