「赤めだか」② やっぱり毒がある毒蝮三太夫さん
今日は令和2年3月4日。
前記事に引き続き
「赤めだか」(立川談春著/扶桑社)より
引用します。
昭和63年3月4日。
有楽町朝日マリオンホールは、なんと満席だった。豪華ゲスト
勢のお陰だったろう。談志、春風亭栄橋、毒蝮三太夫、山本晋
也、高田文夫、桂文字助、立川談四楼。この晴れの舞台で志ら
くは短命(たんめい)、談春は黄金の大黒(こがねのだいこく)、
関西改メ談坊は反対俥(はんたいぐるま)、談々改メのらくは
三人旅を演った。
(213~214p)
偶然にも同じ3月4日。今日です。
昭和63年は西暦1988年。
今から22年前の今日、談春さん他3人が、
二つ目昇進披露落語会を行いました。
この時の毒蝮三太夫さんの口上が面白かったです。
続いて毒蝮三太夫。談志(イエモト)の無二の親友。立川流一門
は上から下までお世話になっている。
「この四人よく頑張ったと思います。談志のところで務まれば何
処へ行っても大丈夫です。ヤクザも逃げ出す立川流の修業・・・」
ではじまり、「ここにいらっしゃる皆様方のお幸せと、いない奴
らの不幸を願いしまして毒蝮三太夫のご挨拶と致します」おなじ
みの台詞で次へと続く。
(215~216p)
こんな台詞がおなじみなんだ。
やっぱり毒を持っていますね、毒蝮三太夫さん。
1936年3月31日生まれ。もうじき84歳。
今も元気。
古典落語には”冬の噺”に名作が多いと云われている。
寒さは貧乏を際立たせ、共感させ、少々無理なシチュエーションま
でをも納得させる力を持っているからだろう。次に、正月、元旦に
日本人全員が一斉に歳をとるという風習が過去にはあり、それによ
って大晦日も新年も現代では想像できないほど神聖な儀式だったと
思う。
今年は悪い年だったと嘆く人には、「いつまでも過ぎたことを、グ
ズグズ云うねェ。除夜の鐘と一緒にきれいサッパリ忘れちめェ」で
あり、「良いことばかりあるわけじゃねェだろうが、悪いことばか
り続くと決まったもんでもねェよ。明日になりゃ一陽来福(いちよ
うらいふく)だ。生まれ変わってやり直しだ」となる。
忘れる、やり直せる、生まれ変わって幸せになれる。みんなが信じ
るなら自分だってそう思い込んでも恥ずかしくはない、と救いにす
がれる時代だったのだろう。
(242p)
「時代だった」
古典落語ができた時代を指します。
昔の方が、単純だったのでしょうか。
情報過多の今、つながっているものが多すぎて、
比較するものがおおすぎて、
気に病むことが増えたことでしょう。
「生まれ変わってやり直しだ」と単純に
言えなくなっているのかもしれません。
以上で「赤めだか」からの引用を終了。
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