2022年1月22日 (土)

「徳川15人の将軍たち」① 吉宗は「米将軍」と呼ばれていた

     

今日は令和4年1月22日。

     

この本を読みました。

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「徳川15人の将軍たち」

(小沢章友著/森川泉絵/集英社みらい文庫)

  

来週の月曜日に基礎学力テストがあります。

徳川15人の将軍を正確に書けるかのテストです。

ここでも道草 Co.慶応さんのラップで15人の将軍の名前を覚えさせたい(2022年1月17日投稿)

そのテストを作成する前に、この本は読んでおきたいと思い、

実行しました。

15人の将軍がどんな人だったのか、

その人が将軍の時にどんなことがあったのかなど、

あらましを知ることができました。

  

お江は、秀忠より六つ年上だったが、お市ゆずりの、きゃしゃな姿

で、うつくしい顔をしていた。しかし、性格はかなりきつくて、秀

忠にたいしてはやきもちやきだった。

「そなた以外は、妻はもたぬ」

秀忠は、側室をもつことをいやがるお江に、そう約束した。

このために、お静という女中とのあいだに生まれた男の子、のちの

会津藩主、保科正之をかくしとおし、お江が死ぬまで、正之とは、

対面しなかった。

(47p)

   

保科正之に関しては、こんなエピソードがあったのですね。

  

秀忠がやったこと。

  

家康がつくった尾張徳川家、水戸徳川家にくわえて、紀伊徳川家を

つくり、御三家体制をととのえた。

(54p) 

  

御三家が整ったのは、秀忠の時代だったのですね。

1月15日に放映された「ブラタモリ」は和歌山編。

なぜ和歌山に御三家が置かれたかがテーマ。

録画してあるけどまだ見ていない。

なぜ和歌山だったのだろう。気になります。

近いうちに見ます。

  

  

竹千代(家光)をまもろう、乳母のお福、のちの春日局は決意した。

お福は、信長を殺した明智光秀の家老、斎藤利三のむすめだった。

(61p) 

  

そうでした、復習。

  

  

慶安4年(1651年)、父の家光は死のまぎわ、異母弟にあたる

会津藩主の保科正之を呼んだ。

「くれぐれも、宗家(家綱)をたのむ」

まだおさない家綱を後見してくれるように、家光はたのんだ。

「わかりました」

正之は涙ぐんで、うなずいた。

会津藩は、このときのことをわすれず、幕末にいたるまで忠実に徳

川家につかえることになった。

(77p)

  

  

復習、復習。

  

  

家綱の時代。

  

明暦三年(1657年)、江戸を火の海がおそった。

本郷の本妙寺で、むすめの供養にと、火にくべられた振袖が風にあ

おられて、本堂へ落下してまたたくまに燃えあがったのである。

「振袖火事」と呼ばれた、この大火で、焼けたのは四百町、大名屋

敷が百六十、旗本屋敷が七百七十で、死者は十万人におよんだ。

江戸城にも飛び火し、天守閣が焼失し、本丸と二の丸も焼けた。

(80p)

   

最近調べた「今日は何の日」で、

振袖火事は1月18日のことだとありました。

今日は何の日 毎日が記念日 1月18日

つながった。

  

つづきです。

  

その年の九月、明暦の大火で燃えた江戸城本丸が建てなおされた。

しかし、天守閣は再建されなかった。

「物見の用しかない天守は時代遅れであります。たいせつな金銀は、

城下の復興に使うべきでしょう」

叔父の保科正之が、そう提言したからである。

(82p)  

   

なるほど、なるほど。

  

  

赤穂浪士たちをどうすべきか、綱吉はこまった。

江戸の庶民たちの人気と、柳沢吉保の主張する「浪士たちは切腹さ

せるべきだ」という意見のあいだでゆれたあと、ひと月半のちに、

浪士全員の切腹を命じた。

(96p)

  

「忠臣蔵」は綱吉の時代でしたね。

柳沢吉保の名前も久々に聞きました。

1975年の大河ドラマ「元禄太平記」の石坂浩二演じる

柳沢吉保が印象に残っています。

   

  

宝永六年(1709年)、綱吉は死のまぎわに、家宣を呼んだ。

「よいか、家宣。生類憐れみの令は、自分が死んでも、なお百年は

つづけるようにするのだぞ」

綱吉は、家宣にせつせつと言った。

「よいな、わかったな」

「わかりました」

家宣はそのときは、おとなしくうなずいた。

綱吉が死んだあと、家宣は四十八歳で、第六代将軍となった。歴代

将軍のうち、最年長の即位だった。

苦労して将軍となった家宣は、「君子仁厚(くんしじんこう)」を

かかげて、善政をしこうとつとめた。

まず、手をつけたのが、庶民を苦しめつづけた「生類憐れみの令」

を廃止することだった。

綱吉が死んだ七日後に、「大赦令」を発したのである。

「生類憐れみの令は、廃止する」

これにより、犬を虐待したとして、牢獄につながれていた八千六百

人が解放された。

(102~103p)  

     

このエピソードは、生徒にも教えました。

  

  

こうして家宣の時代は、「正徳の治」と呼ばれ、江戸庶民たちによ

ろこばれたが、その在位はたった三年と短かった。

君主は慈悲深くあらねばならぬと考え、善政をしいた家宣は、正徳

二年(1712年)、インフルエンザにかかって死亡した。

五十一歳だった。

(104~105p)

   

今回のテストの準備で、一番興味をもったのは、

この6代将軍家宣でしょう。

この人を主人公にした小説を読みたくなりました。

  

   

吉宗の時代。

  

「享保の改革」をおしすすめた。

それは、経費節減と倹約が基本だった。

吉宗はみずから着衣を木綿にして、食事は、紀伊藩のときと同じく、

朝夕二回、献立は一汁三菜の玄米と野菜中心の食事にした。

(125~126p)

  

綱吉の時代に、一日三食が始まったと、先日生徒に教えたばかり。

吉宗の時に二食に戻ったのですね。

  

  

「うぬ、幕府の方針にたてつくとは、ゆるさぬ」

元文四年(1739年)、吉宗は、(尾張の)宗春に隠居・謹慎を

命じた。

とりつぶしをおそれた尾張藩は、幕府にしたがう気持ちをあらわす

ために、幕末にいたるまで、宗春の墓には金網をかぶせた。

(129~130p)

   

なるほど、なるほど。

  

  

だが、順調だった「享保の改革」も、しだいに、かげりがみえてきた。

新田開発によって、米がたくさんとれすぎて、あまってしまい、値が

急落したのだ。米によって俸禄(給料)をえていた武士の暮らしは、

苦しくなった。

「これはいかん」

幕府は米を買いあげて、米の値段を調整しようとしたが、今度はいな

ごの大群が発生し、ききんがおとずれ、米の値段が急騰した。

あわてて、幕府は米をかきあつめようとしたが、つぎの年には、また

米あまりで、値が急落した。

このように、吉宗の治世の後半は、米にふりまわされたため、「米将

軍」と呼ばれた。

(131p)

   

そんなこともあったのですね。

  

  

家重の時代。

  

この「宝暦事件」こそは、百年後に徳川幕府をたおすことになる「尊

王思想」のはじまりといえた。

(140p)

  

初めて知った事件。

1758年のこと。

  

  

家治は、吉宗が期待したような、側近まかせにしない、みずからの強

い指導力で、まつりごとをひっぱっていく将軍になるかと思われたが、

そうはならなかった。

父の家重が、死のまぎわに、遺言したのだ。

「よいか。主殿(田沼意次)を重用するようにな」

意次は、十六歳で家重の小姓になってから、とんとん拍子に出世し、

宝暦八年(1758年)には一万石の大名となり、二十七年間、家重

をささえてきた側近だった。

「ならば、父の言葉どおり、しばらくは主殿にまかせようか」

家治は、好きな将棋や絵画にうちこんで、政治のことは、もっぱら意

次にまかせることにした。

(145~146p)

  

田沼意次は家治の時代だと思っていましたが、

家重の時代も活躍した人だったのですね。

  

  

「放射線を浴びたX年後」⑤ 山下さんから「本当によかった」と言われる

             

今日は令和4年1月22日。

   

昨日の記事に引き続き、

「放射線を浴びたX年後」(伊東英朗著/講談社)より

引用します。

   

どうしても映画にしたかった理由はほかにもある。映画となれば観

客も映像に集中してくれる。テレビのように途中でチャンネルを替

えられることもない。映画ならば最初から最後まで映像だけを追っ

てくれる。そして、なにより視聴者の息づかいが感じられる。面白

いのか面白くないのか、感動しているのか、退屈しているのか。手

に取るように分かる。それは、制作者にとっては、何より怖い反応

だ。だが、これまでテレビをやってきて、視聴者がどう見ているの

かを知る手段は、視聴率だけ。それだけでは、作り手としては十分

に納得できない部分があった。

(209p)

   

テレビ番組を制作している側の人の気持ちがわかる文章です。

視聴者がどう思って見ているのかは、知りたいところなのですね。

そりゃそうだ。苦労して制作しているのだから。

  

   

アメリカ、イギリスの太平洋上での大気圏内実験は1962(昭

和37)年まで120回以上繰り返されている。放射線降下物は

日本全土をすっぽりと包み、放射能の雨を降らせた。だが1954

年12月31日、わずか10カ月で港での放射能検査は打ち切ら

れ、その後も事件は続いたにもかかわらず検査は一度も行われず、

すべての魚が食卓へと運ばれた。現代史に残る大事件のはずなの

に、教科書では「ビキニ事件=第五福竜丸の被ばく」と矮小化さ

れている。そこが私にとって何よりも最悪なのだ。半永久的にハ

ッピーエンドにならない。

事実の解明はいまだ終わらない。いや、まだ始まったばかりであ

る。

(217~218p)

    

数カ月前まで、私は矮小化された内容で記憶していました。

勉強が大事なのですね。

   

  

「よかった、よかった。本当によかった。事件が動きはじめたが

よ。僕も諦めかけとった。やけど、伊東さんがおらんかったらこ

こまでいかんかったがよ。本当によかったが」

私は、胸が熱くなるのを感じた。山下(正寿)さんからそんな言

葉をかけてもらうのは初めてだった。

(225p)

 

このシーンを、和気一作著「放射線を浴びたX年後」から転載。

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うれしかっただろうな。

  

  

映画を見るためにこの土日は動きたいです。
   

  

  

2022年1月21日 (金)

番画〈618〉〈619〉:「ウェイウェイらんど」でフィッシャーズが酔っぱらう 人形操演を「生涯現役」でと言っていた

      

今日は令和4年1月21日。

   

番画です。

   

〈618〉フィッシャーズ

【大爆笑】新ウェイウェイらんど!全員ゴールするまで終われない飲み会がバカすぎるwww
YouTube: 【大爆笑】新ウェイウェイらんど!全員ゴールするまで終われない飲み会がバカすぎるwww

  

〇お酒とセットのすごろくがあった。

 すごろくで入ったマスの指示に従って、同封のお酒を飲む。

 こんなことを考える人がいるんだな。

 「ウェイウェイらんど」と言うらしい。

 これだ☟

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〇フィッシャーズがすごろくをやりながら酔っぱらっていた。

  

  

〈619〉「プロフェッショナル 仕事の流儀 心をこめる

  人形を生きる 人形操演 山田はるか(42)」

  (2021年10月12日放映)

  

〇ラストシーンの言葉がまぶしかった。

 「生涯現役」で人形操演の仕事がしたいと言っていた。

 体が動かなくなるまでやりたいと。

 とてもまぶしい言葉だ。うらやましいと思う。

〇私もそう思ってこなかったか。

 「生涯現役」で教育にたずさわろうと思わなかったか。

 今の自分はそうは思っていない。

 まだ遅くない。「生涯現役」でやることを見つけたい。

〇人形の下で操演している人たちのことがわかった。

 操演する人が人形を動かした途端に、人形に表情ができる。

 瞬時だ。驚きました。技を感じた。

〇この番組を見て「ねほりんぱほりん」という番組のことを知る。

 顔出しNGの人たちから、話を掘り出して聞く番組。

 本人たちが登場する代わりに、人形が演じるのである。

 いい番組は日々放映されては消えていく。 

  

「放射線を浴びたX年後」④ そして映画化が実現する

    

今日は令和4年1月21日。

  

前記事に引き続き、

「放射線を浴びたX年後」(伊東英朗著/講談社)より

引用します。

   

アメリカ政府からの見舞金の四分の三は、魚の廃棄や魚価の暴落へ

の補償に充てられ、残りの四分の一は第五福竜丸の被ばく船員の治

療などに振り分けられた。その他の被ばくした末端の乗組員への補

償はなかった。

言い添えておけば、船主がすべて懐に入れたのは必ずしも悪いとは

言えない。そもそもの補償額として、微々たるものだったのだから。

被災した船を廃棄し、新たに買い直せる額でもなかった。船主が船

を手放せば漁労長以下、全員が職を失うことにもつながる。親族が

中心の村社会でもある。血のつながった人間にあこぎな真似はそう

しまい。

はっきりと分からなかったが、漁協の方が口にしたように、当時、

口利きをした政治家の懐にかなりの部分が流れたと考えるのが妥当

だ。もちろん真相は分からない。幻と言われた資料のコピーがある

だけだ。

ただ、これだけは言える。末端の乗組員は被ばくして、健康を害し、

その対価は何ももらっていない、ということだけは。

(158~159p)

  

第五福竜丸は特別だったのです。

偶然によって注目を浴びて、補償も受けたのです。

でも実態を考えたら、見舞金の使い方は偏りがありました。

そもそもその金額では補償できない出来事が起こっていたのです。

今からでも核実験をした国々に反省を求めるのは

遅すぎないと思います。

もう遅いと思って行動しない方がおかしいと思います。

  

  

内外の浦(ないがいのうら)は今日もどんよりしていた。だが、かつ

てここから意気揚々と漁に出て行った若者たちがいたのだ。しかし何

人もの若者が被ばくし、最後までそのことを知らずに死んでいった。

無念だったことだろう。私は取材当初の思いを強くする。

「この海はビキニの海につながっている。亡くなった方々の死を無駄

にすることはできない。この重大な出来事を、なんとしても世に広め

なければ・・・」

思いを馳せ、防波堤をあとにした。

(166p)

  

現場ならではの気持ちなんだろうと思いました。

だいぶ時間は経ってしまったけど、

出漁した場所に立つとこのような気持ちになるのでしょう。

現場は大事です。

  

   

「NNNドキュメント」とは、1970年代から日本テレビ系列の

地方局制作の番組を放送し続けている、まさに私の生きがいであり

憧れとも言える枠である。2013(平成25)年12月1日の放

送で2200回を超えた長寿番組でもある。その秘密は、系列局が

多様な視点で現代社会を切り取ってきたからにほかならない。

東京に比べ、時代のしわ寄せが強く出る地方だからなのか、問題に

正面からぶつかる地方のディレクターの息吹が聞こえてくる作品が

多い。定点的に地域を見つめ続けた地方局だからこそ切り取れる、

時代の合わせ鏡と言える作品が多々ある。戦争や核といった私が手

がけたような内容もあれば、知的障害を持つ愛娘を描いた作品や、

個人の生活に寄り添ったものまで、間口が広いのも特徴だ。制作側

として実際に参加していて感じ入ることは、見せ方への注文はあれ

ど、あれダメ、これダメ、という内容への介入がいっさい無いこと

だった。これには驚きの一言だ。

(169~170p)

   

前々記事に書いたけど、今年は「NNNドキュメント」に注目したい。

その中から、自分でも取材してみたいものに出合いたい・・・

なんてことも考えています。

  

  

私は言った。

「一度放送したら終わり。これでは事件のことを十分に知ってもら

えない。番組を映画化したい」

大西は、ビールを一口飲むと答えた。

「Nドキュの一時間の拡大枠でやれたら、映画に挑戦しよう!」

「どうせ酔いが醒めたら忘れとんでしょ!」

ぬか喜びとならないように、私はあえて軽く聞き流していた。

(207p)  

   

テレビ番組を制作している人も思っているんだよなあ。

「一度放送したら終わり」

見る側だと「見逃したら終わり」「録画しそこなったら終わり」

その点、映画作品はいい。

伊東さんはこの後、映画化を実現させます。

その映画を見てみたいです。

   

  

  

   

2022年1月20日 (木)

「放射線を浴びたX年後」③ イギリスもクリスマス島で核実験 マグロ放射能検査の中止

      

今日は令和4年1月20日。

        

1月16日の記事の続きで、

「放射線を浴びたX年後」(伊東英朗著/講談社)より

引用します。

   

イギリスがクリスマス島で核実験を行った際、近くで操業していた

あるマグロ漁船の乗組員からは、こんな話を聞いた。

その頃は、すでに何十回も水爆実験が行われていたので、どのよう

な周期で実験が行われるのか、乗組員たちは学習ずみだった。つま

り、一回爆発したら次の爆発までインターバルがある、ということ

を理解したわけだ。だから実験が行われると、「それ行け」とばか

りに船を出し、爆心地で魚を獲った。乗組員たちはもちろん被ばく

するし、獲った魚は、とんでもない被ばく魚ということになる。そ

の魚はどこに行ったのだろうか。

(148p)

   

イギリスも核保有国です。

そして太平洋で核実験を行っていたのですね。

この本を読んで初めて知りました。

日本原水協 生涯つづく「クリスマスプレゼント」 ──論議を呼ぶ1958年のイギリス水爆実験─

☝ これは1997年の記事ですが、イギリスがクリスマス島で

行ったひどいことが書かれていました。

社会科の授業で、地図帳で何か地名を探す時には、

「クリスマス島」はきっと出てくる島です。

「え、そんな名前の島があるの?」と喜んで探します。

1997年の記事によると、1777年のクリスマス・イブに

キャプテン・クックに「発見」されたことで

この島の名前がついたようです。

いいイメージのある島名ですが、実際はひどい場所になっているようです。

核実験に参加した1万2千名の兵士も、そして島民も被ばくしました。

そして1997年時点で、核実験の後片付けはできていないのです。

放射線を発する遺物が存在している可能性が高いのです。

   

   

原爆マグロのパニックを収拾するために、日本政府は荒技に出た。

1954年12月28日、鳩山内閣は、マグロ放射能検査の中止を

閣議決定した。(中略)

築地の中央卸売市場をはじめとする全国の市場での検査は取りやめ。

マグロは流通し、食卓に運ばれた。広島市立大学の高橋さんは眠り

についた赤ん坊を一瞬見つめ、噛みしめるようにこう語る。

「調査が打ち切られたことにより、日本人科学者の間で批判が強か

ったにもかかわらず、被ばくしたマグロは再び市場に出回った。

1954年を通じて日本全土に広がったパニックは収拾したが、そ

の代わりに、被ばくマグロによって再び潜在的な被ばく者が生み出

されていった」

(148~149p)

   

時として政府はとんでもないことをします。

歴史から学ぶ。

政府とはそういうものだと知っておいた方がいいです。

2022年1月18日 (火)

番画〈615〉〈617〉:今年1本目のNNNドキュメント シルク救急車を呼ぶ 綱吉の勉強から初代~6代を見る

    

今日は令和4年1月18日。

    

番画です。

   

〈615〉「NNNドキュメント 1Fリアル あの日福島第一

  原発は・・・」(2022年1月10日放映)

  

〇「放射線を浴びたX年後」を読んで、

 NNNドキュメントが大事な番組だと

 あらためて思うようになった。

 日曜日の深夜。次の日に備えて、寝ていることが多いけど、

 いい番組が連綿と続いていたのだ。

 今年からは録画していこうと思った。

 その1本目。

 あの日あの時、放射線が飛び交う中、

 怖いけどやるぞ、と思った人たちが数多くいた。

  

   

〈616〉フィッシャーズ

傷つくわ。
YouTube: 傷つくわ。

 

〇新年早々救急車で運ばれたシルクロード。

 その病院で辛いことを言われる。

 「死ぬか生きるか以外で、救急車を簡単に呼ばないでください」

 でもシルクロードは言っている。

 そう言われようとも、自分が命が危ないと思ったら、

 救急車を呼ぼうと。

  

   

〈617〉「世紀のワイドショー!ザ・今夜はヒストリー

  徳川綱吉 天下の悪法誕生!?生類憐みの令が発令」

  (2011年6月20日放映)

  

〇それは貞享2年(1685年)7月14日としていた。

〇来週の月曜日に基礎学力テストで徳川15人の将軍の名前を

 テストする。

 そのためには、この番組を見せるとよいだろうと考えた。

〇家康の息子が秀忠(2代)。秀忠の息子が家光(3代)。

 家光の長男が家綱(4代)。綱吉は四男だった。

 もう将軍にはならないだろうと思っていた綱吉。

 29年後に順番が回ってくる。

 家綱が40歳で亡くなり後継ぎがなかった。

 三男もすでに亡くなっていたが、その息子家宣と将軍争い。

 綱吉が選ばれて5代。そして綱吉が亡くなって次が家宣(6代)

〇初代から6代目までが勉強できる可能性がある。やってみたい。

〇綱吉の母桂昌院は八百屋の娘(玉という名前)から、

 将軍の側室になり、

 将軍の息子を産んだ。「玉の輿」のいわれ。

 そうだったんだ!

 

2022年1月17日 (月)

番画〈613〉〈614〉:Co.慶応さんのラップで15人の将軍の名前を覚えさせたい

     

今日は令和4年1月17日。

   

1月24日(月)に基礎学力テストがあります。

今度は社会科でと言われました。

どんなテストにするか考えました。

社会科の基礎学力とは何か?

以前は都道府県や時代名・年号をテストにしました。

今回は・・・・

江戸幕府の徳川15人の将軍の名前をテストすることにしました。

今日はこんなプリントを配付しました。

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プリントに添付した問題は、「社会科あそびファックス資料集」

(近野十志夫著/民衆社)のコピーです。

そして明日は次のプリントを配付します。

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「徳川15人の将軍たち」(集英社みらい文庫)の表紙を

利用させてもらいました。

   

ラスト一行にこう書きました。

「授業ではラップでおぼえることに挑戦してみたいです」

   

今晩、15人の将軍を覚えるための動画を何本も見ました。

その中で、最もよかったのを番画扱いで紹介します。

  

〈613〉Co.慶応@お勉強ラッパー

【日本史ラップ〜江戸時代ver.〜】Co.慶応&Junと徳川15代将軍を覚えよう!
YouTube: 【日本史ラップ〜江戸時代ver.〜】Co.慶応&Junと徳川15代将軍を覚えよう!

 

〇上の2枚目のプリントで、5つのグループで分けているのは、

 この日本史ラップで区切っているから。

〇これを何回も繰り返し聞かせて、声に出させて覚えさせたい。

 今晩、実際に何度も声に出してみて、私は覚えることができた。

 2013年の動画。9年後に役に立つ。きっと。

〇Co.慶応さんの他の動画も見てみた。

 こんないい活動をしている人がいるんだと思う。

 令和になっても活動している。☟

  

〈614〉Co.慶応@お勉強ラッパー

【新日本史ラップ】ラップのみフルバージョン #ラップで覚える中学歴史

 

〇感動ものの動画。5分31秒。2020年の作品。

今晩はCo.慶応さんと出会えた意義ある晩でした。

明日の授業が楽しみ。

2022年1月16日 (日)

番画〈609〉〈612〉:卓球ロボット「ポンボット」 食後のコーヒー モルドバのワイン 頼朝の腹 

     

今日は令和4年1月16日。 

   

番画です。

   

〈609〉ワールドワイ動ショー

  (2022年1月15日放映)

  

〇昨年の11月20日に放映して以来、

 ずっと放映していなかったので、

 番組が終わってしまったのかと心配していた。

 1時間SPで戻ってきた。ほぼ2カ月ぶり。

〇中国の映像が多く、興味をもって見ることができた。

 卓球の練習で、多球練習というのがある。

 20年以上前に卓球部の顧問をしていた時には、

 多球練習で、球出しをした思い出がある。

〇その球出しを、ラケットによって打ち出すロボットが

 紹介されていた。ロボット名は「ポンボット」

 これを見せたいと思った。

   

   

〈610〉「チコちゃんに叱られる」

  (2022年1月15日放映)

  

〇疑問:食後にコーヒーを飲むのはなぜ?

〇チコちゃんの回答:ワインの酔いをさますため。

  

〇疑問:なんで平熱は36℃ぐらいなの?

〇チコちゃんの回答:それが一番省エネで動けるから。

〇疑問:なんでマンホールは曲がり角に多いの?

〇チコちゃんの回答:下水道を曲げるため。

   

今回の3本はどれを授業で見せても勉強になりそうです。

  

     

〈611〉「ニュース地球まるわかり」

  (2022年1月16日放映)

  

〇特集:人権侵害 対応を迫られる企業

 「人権デュー・ディリジェンス」 

   

〇地球ノート:水中ドローン 中国

 中国は進んでいると最近は思う。

 昔の安かろう悪かろうの中国ではない。

   

〇旅する世界:モルドバのワイン

 モルドバという小国は、以前「ニュース地球まるわかり」でも

 紹介された。まだ年末のことだ。※ここでも道草(2021年12月26日投稿) 

 その時には、大国ロシアに翻弄される小国の辛さが描かれていた。

 EU諸国と関係を持とうとしていた。

 そのモルドバが誇れるのがワイン。

 ワインの発祥の地とも言われているらしい。

 

    

  

〈612〉大河ドラマ「鎌倉殿の13人 2 佐殿の腹」

  (2022年1月16日放映)

  

〇今回も工藤祐経(すけつね)が少しだけ登場した。

 伊東祐親を襲ったが、蹴散らされた。

 ※Wikipedia 工藤祐経によると、

 祐経は、伊東祐親に所領も妻も奪われたようだ。

 この後、祐経は源頼朝に近づいていくようだ。

 その点に注目している。

〇頼朝の真意を知った北条義時が、頼朝に丸め込まれた? 

   

「放射線を浴びたX年後」② NNNドキュメント 山下幸男さんの証言

      

今日は令和4年1月16日。

    

前記事に引き続き、

「放射線を浴びたX年後」(伊東英朗著/講談社)より

引用します。

   

この事件にかかわる最初の番組制作を後押ししてくれたのは、日本

テレビ系列で44年にわたって放送している「NNNドキュメント」

だった。第四章で詳述するが、私たち地方放送局が全国の人に向け

て放送できる貴重な枠である。制作費も提供される。この枠で放送

するということで、番組制作のゴーサインをもらうことができたの

だ。

(34~35p)

   

時々は録画していたNNNドキュメント。

これからは積極的に録画しようと思うようになりました。

  

  

「昔はキノコ雲を見た人間が何人もいたんだが」

聞き込み開始からわずか15分間でその証言を得た。この内外ノ浦

には、第五福竜丸とともに被ばくした新生丸の乗組員やその家族が

今も暮らしていることが裏づけられた。そう、第五福竜丸以外の漁

船員も、当たり前のようにキノコ雲を見ていたのだ。

(37~38p)

    

スゴイ証言なんですよね、これって。

山下幸男さんの証言です。

   

  

山下(幸男)さんは何気なく「空に広がる火の塊」「船に降り注ぐ

死の灰」「次々と亡くなった仲間たち」と口にした。教科書にはな

い歴史の言葉の数々を耳にした時は、驚きとともに興奮した。

(45p)

   

埋もれていた声が表に出てきた瞬間です。

興奮したでしょう。

山下幸男さんに関しては、和気一作さんの

「放射線を浴びたX年後」(創風社出版)から転載。

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これは原作本でも名シーンです。

取材後7年して、山下幸男さんは亡くなります。

  

この七年後、山下幸男さんは亡くなった。19名もいた新生丸の乗

組員は、今ではもう、ほぼいなくなってしまった。もう一人いると

言われている生存者も今は不明だ。

私はこの日から、10年にもわたり取材を続けることとなった。

(46p)

    

でも「NNNドキュメント」で山下さんの声は紹介されたと思います。

2022年1月15日 (土)

「放射線を浴びたX年後」①/社会科教師冥利に尽きる人

     

今日は令和4年1月15日。

   

この本を読み中です。

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「放射線を浴びたX年後」(伊東英朗著/講談社)

  

引用します。

   

第五福竜丸が新聞で取り上げられる大きな「事件」となったのは、

実は偶然の所産であった。帰港した第五福竜丸の関係者から流れた

噂話を聞きつけた者が、その家の下宿人だった「読売新聞」記者に

手柄を立てさせようと経緯を話したことが大スクープにつながった。

(13p)

  

この本は、アメリカの核実験で被爆したのは、

第五福竜丸だけではなかったということに迫る本です。

以前に記事にした漫画本の原作です。

ここでも道草 20211226報告⑥ 「放射能を浴びたX年後」(和気一作著)(2021年12月31日投稿)

第五福竜丸が目立ったのは偶然の所産であって、

「ビキニ事件」は私の知識を越えた巨大なものでした。

原作本の大事なことは、漫画本にきっちり表現されています。

原作本を読んで、再び漫画本を読み直すと、

理解が深まります。

この読み方で、あと4~5日かけてこの本を読み切りたいです。

   

一方で、第五福竜丸だけは保存され、事件はさまざまな形で書籍や

絵本になり、教科書にも載り、記憶や記録として残そうと少なくな

い人たちが立ち上がった。

だが、第五福竜丸の乗組員以外にも大勢の人間が被ばくしていたこ

と、久保山愛吉さんより前に亡くなった方もたくさんいたこと、操

業中に近くの島に緊急入港し、急性の盲腸だと診断されそのまま日

本に帰れず病死した船員もいたこと、ほかにも被ばくのため亡くな

った可能性の高い人たちが無数にいたこと・・・、こうした事実は

ほとんど知られていない。

(15p)  

    

久保山愛吉さんより先に死んだ人がいたこと、

日本に帰れずに病死した人がいたことは、

この文章を読むまでは知らないことでした。

  

  

元高校教師山下正寿さんの言葉。

  

「福竜丸以外の船が延べ992隻、実数548隻も被災しています。

一隻に20人の乗組員として、ざっと計算しても一万人を超える乗組

員が被災している」

「一万人以上」と聞いて内心の驚きを隠せなかった。アメリカ軍によ

るビキニ環礁での水爆実験で被災したのは第五福竜丸だけではなかっ

た。それどころか一万人を超える漁師が被災している可能性がある、

というのだ。

(25p)

  

著者の伊東さんが、山下さんの言葉で驚いた場面です。

山下さんは社会科教師。

高知県にも被爆した船がいると思って、

生徒と一緒に調査をした人です。

社会科教師として立派な人だと思います。

社会科教師冥利に尽きる人です。   

   

私も現役の社会科教師。

生きているうちに、何かルポルタージュの仕事をしてみたいです。

若い時に本多勝一さんに憧れたのを思い出します。

私がやりたいことはこれなんだと思うのです。

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