日めくりより/木星の大赤斑
今日は令和4年1月29日。
日めくり「雑学王」(TRY-X)より。
木星に見られる赤い斑点模様の正体とは?
木星の写真を探しました。
https://www.mt-planning.com/products/taiyokei/mame08.html
そうか、この赤いのを「大赤斑」と言うのですね。
300年以上消えていないというのは興味深いです。
今日は令和4年1月29日。
日めくり「雑学王」(TRY-X)より。
木星に見られる赤い斑点模様の正体とは?
木星の写真を探しました。
https://www.mt-planning.com/products/taiyokei/mame08.html
そうか、この赤いのを「大赤斑」と言うのですね。
300年以上消えていないというのは興味深いです。
今日は令和4年1月29日。
番画です。
前記事の最後に紹介した映画「第五福竜丸」(1959年)を
見ました。
〈640〉
〇ビキニ事件から5年しか経っていない時に作られた映画。
その分リアルさがあると思った。
第五福竜丸に似ていることから使われた船での、
マグロ漁の様子は迫力があった。
実際もこんな感じで漁が行われたのあろう。
映像に出てくる、建物や道、自動車、列車などの風景も、
実際に近いものだったのだろうと想像する。
現時点で、「第五福竜丸」と撮ろうとしても、
これだけの風景を作るのは難しいだろう。
〇第五福竜丸が注目されたスクープ記事が掲載される
経緯についても映画では描かれていた。
「放射線を浴びたX年後」の記述と同じであった。
※ここでも道草 「放射線を浴びたX年後」①(2022年1月15日投稿)
〇久保山愛吉さんを演じた宇野重吉さんの演技がよかった。
最期の苦しみのたうち回る様、そして静かに息をひきとるシーン。
うまいなあと思った。
〇当時、全国にラジオで、久保山愛吉さんの病状は伝えられた。
危篤におちいって、息をひきとった時も伝えられた。
第五福竜丸のことが全国放送で伝えられて、
日本国8000万人が注目していたことがよくわかった。
熱に浮かされた状態にも思えた。
〇第五福竜丸で何が起こったのかを記録した映画として
十分価値があると思った。
今日は令和4年1月27日。
番画です。
〈635〉フィッシャーズ
YouTube: 【集合】7年ぶりに同世代YouTuberで集まったら今まで話せなかった本音ぶつけられた。
〈636〉フィッシャーズ
YouTube: 完走者0人の限定ぺヤング獄激辛5連マラソンがマジヤバかった…。【激辛】
〇今週も見たよ、フィッシャーズ2本。
以下、「ビキニ事件」に関する動画を並べてみます。
〈637〉ゆっくりするところ
YouTube: 【ゆっくり解説】ゴジラを生み出した歴史的事件『第五福竜丸事件』
〇ほぼ10分間で、「第五福竜丸事件」を解説してくれている。
「第五福竜丸事件」としながらも、
他の船もたくさん被災したことにも触れている。
〇ほぼ1年前の、2021年1月28日にアップされたもの。
グットタイミングだ。
〈638〉漆黒アカデミア
YouTube: 【実話】水素爆弾の威力…原爆の1000倍パワー。第五福竜丸事件。
〇これは2020年の作品。
不正確なところがあった。「遠洋」を「とうよう」と言っていた。
意図的であると思うが、久保山愛吉さんも別名であった。
〇しかし、放射能の被害についてはわかりやすい。
被災したのは第五福竜丸だけではないことも説明していた。
これも生徒に「ビキニ事件」を伝えるのにはいい。
〈639〉お岩さんのサイコスタジオ
【実話】広島原爆の1000倍…水爆実験に巻き込まれた第五福竜丸事件の真相。被曝者2万人を巻き込んだ地獄の実験
〇意図的なのか、この動画にも真相と異なる部分がある。
最初に死んだのは船長としている。
久保山愛吉さんは無線長だった。
〇しかし、第五福竜丸だけではない、2万人が被ばくしたことは
説明にあった。
伊東英朗さんらの活動は確実に広まっていると感じた。
映画「西から昇った太陽」を見せる機会を得ました。
※ここでも道草 20211226報告① 映画「西から昇った太陽」を借りて見ることができた 番画〈583〉(2021年12月29日投稿)
ただ「ビキニ事件」をある程度知った上で見ないと、
生徒には伝わらないと思いました。
ある程度知らせる方法として、動画を使おうと思いました。
上記3本が候補です。
どれにするか?
ネットで調べていて、新藤兼人監督の映画「第五福竜丸」を
見ることができることを知りました。
伊東英朗さんの本「放射線を浴びたX年後」を読んで、
この映画のことを知りました。
1959年の映画です。
事件から5年後。
私が生まれる2年前です。
今晩は見ることができないけど、今度の土日に見てみたい。
今日は令和4年1月25日。
前記事に引き続き「鎌倉殿の13人 完全読本」が
きっかけの記事です。
河津祐泰(すけやす)についての説明を引用します。
相撲の決まり手に名を残す
伊東祐親の長男。怪力で知られ、相撲の決まり手「河津掛け」に名を
残す。祐親を恨む工藤祐経に殺され、子の曾我兄弟による仇討ちに発
展する。
この説明を読んで、昔の記事を思い出しました。
ブログはすぐに検索できて読むことができるのがうれしい。
※ここでも道草 これからどうなる「曾我兄弟の物語」(2013年1月23日投稿)
※ここでも道草 「河津掛け(かわづがけ)」は残るかも?(2013年1月23日投稿)
☝ 9年ぶりにこの記事を読むと楽しい。
「曾我兄弟の物語」はきっと今に消えていくだろうと予想しています。
江戸時代や明治時代はこの物語は人気があったようです。
当時の記事を引用します。
しかし、これからこの話はどうなっていくのだろう。
図書室にあっても、手に取る子どもは少ないと思われます。
これを読み聞かせて、最後まで子どもたちの集中力を保たせるのは苦しい。
よっぽど平安時代末期鎌倉時代初期の勉強をしたあとならと思いますが、
そうなると、曾我兄弟は利用されたのだといった裏事情も耳に入って、
お話にのめり込めない。
テレビドラマでも見た覚えがありません。
9年前にこう書いていますが、
ついにテレビドラマで「曾我兄弟の物語」が描かれるのです。
それが「鎌倉殿の13人」です。
「曾我兄弟の物語」は復活するでしょうか。
9年前の記事は、「曾我兄弟の物語」は消えていくけど、
相撲の決まり手の河津掛けは残るかもと書いています。
9年前に「河津掛け」について書いているのに・・・・
※ここでも道草 河津掛け/1990年のドラマ「荒木又右衛門~決戦・鍵屋の辻~」(2017年5月6日投稿)
4年後のこの記事で、初めて知ったという気持ちで
「河津掛け」について書いていました。愚かだ。
記憶なんていい加減ですね。
「鎌倉殿の13人」で、河津祐泰が相撲で河津掛けをするのを
見てみたいです。
三谷幸喜さんの脚本だと、可能性がないわけではない。
この逸話も拾ってくれそう。
今日は令和4年1月25日。
この本を手に入れました。
「鎌倉殿の13人 完全読本」(産経新聞出版)
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の20話まで
ストーリーが読めてしまう本です。
まだ3話が放映されたばかりなのに。
今回の大河ドラマは、奥さんと娘もしっかり見ていて、
張り合いがあります。
映像を見ただけでは、?の思ったことも、
このようなガイド本を読めば理解が進むことでしょう。
3人で情報交換しながら見たら楽しいでしょう。
第3話に触れましょう。
〈634〉大河ドラマ「鎌倉殿の13人 3 挙兵は慎重に」
(2022年1月23日放映)
〇源頼朝と北条政子の間には早くも娘ができていた。
びっくり。
「完全読本」によると、この娘は「大姫(おおひめ)」
説明を引用する。
源頼朝と政子の愛娘。婚約者・義高の死をひきずり、その後の縁談
話を拒絶。後鳥羽上皇の妃にしようとする頼朝の野望に巻き込まれ、
夭逝(ようせい)する。
「義高」とはだれか?
これも「完全読本」で調べた。
木曽義仲の長男。義仲が源頼朝と和睦した際、人質として鎌倉に送
られる。頼朝と政子の娘・大姫と婚約するが、義仲の死後、頼朝に
粛清される。
〇そうか、大姫にはそのような運命が待っているんだ。
このドラマでは、木曽義仲のウエイトがだいぶ重たいようだ。
それもありがたい。
木曽義仲の勉強もしたい。
今日は令和4年1月23日。
明日いよいよ基礎学力テストが行われます。
テストは昨晩作成しました。
シンプルです。
徳川15人の将軍の名前を順番に書きなさいという問い。
15人の将軍名がランダムに書かれた語群を設けました。
そこから選んで順番に書けばいい・・・
基礎学力テストですから、みんなにいい点をとってもらいたい。
先週の授業は、15人の将軍に関する授業ばかりでした。
巨大カードで覚えたり、「今夜はヒストリー」を見せたり、
覚えるためのラップを見せたりしました。
このラップとの出合いはよかった。
【日本史ラップ〜江戸時代ver.〜】Co.慶応&Junと徳川15代将軍を覚えよう!
私はこのラップで15人を覚えました。
でも生徒には不評でした。
う~ん、なぜだろう。
きっと学級全体で聴くものではないのだろう。
1人で聴いて、声に出してみて、暗記するものなのかなと
勝手に思いました。
Co.慶応さんの動画をいくつか見てみました。
レベルの高い動画でした。
飽きさせません。
そしてこの本を手に入れました。
「ラップで暗記 中学歴史」(Co.慶応/Gakken)
この本を購入したことで、
あらたに10本の動画を見ることができました。
この本、「2022年1月4日 第1刷発行」とありました。
まだ出来立ての本なのです。
2013年の上の動画と出合って、
この本を入手して最新の動画をみる。
この1週間の出来事です。
面白い展開でした。
この本を買ったから見ることができた10本の動画も、
一挙番画扱いします。
〈624〉日本の歴史RAP ~日本の歴史ラップ~
〈625〉旧石器to古墳 ~旧石器~古墳時代ラップ~
〈626〉アスカ・ナラ・ヘイアン・ソング ~飛鳥~平安時代ラップ~
〈627〉学ぶか!アガるか!KAMAKURA! ~鎌倉時代ラップ~
〈628〉ワビ☆サビ ムロマチの巻 ~室町時代ラップ~
〈629〉武士’s選曲in戦国 ~戦国・安土桃山時代ラップ~
〈630〉大江戸ラップfeat.徳川 ~江戸時代ラップ~
〈631〉明治維新 AGE BEGIN ~明治時代ラップ~
〈632〉TAISHO-ROCK ~大正時代ラップ~
〈633〉激動のときを駆け抜けろ! ~昭和・平成時代ラップ~
私が昨年夏くらいから頑張っているのは「暗記」
巨大カードでの暗記を生徒に勧めてきました。
この本のタイトルもいい。「ラップで暗記」
暗記することで社会科は面白くなる。
今日は令和4年1月23日。
番画です。
〈622〉「池上彰のニュースそうだったのか!!2022年
注目ポイントまとめ」(2022年1月22日放映)
〇寒さはまだ続く。花粉症は多くなる。
〇オミクロン株、4月までは落ち着かない。
重症と軽症の違い。
〇本格的な値上げラッシュは2月から。
大豆の値上げ ステルス値上げ
〇マイナンバーカード 普及率41%
〇今年は5Gが流行
〇学歴を問わなくなった宇宙飛行士資格。
3月4日最終募集日
〇4月民法改正で18歳から成人
少年法も変わる
成人式はどうなる
〇プラスチック製品の有料化 今までただだったものが。
〇新しい育児法 男性が育児休暇を取りやすくなる
〇高齢者ドライバー75歳以上 5月から実技試験
〇小学校で教科担任制 先生の働き方改革の一環
〇高校では金融教育が始まる
〇5月 飼い犬飼い猫 マイクロチップの装着義務。
すでに飼っている場合は努力義務
〇北京オリンピックのエンブレム 何を意味する 「冬」という漢字
〇外交的ボイコット
対抗策 映画「スパイダーマン」中国公開中止
〇日韓関係 3月 韓国大統領選挙 5年ごと
親日残滓(ざんし)清算プロジェクトをしている候補。
日本征服時代のものを清算しよう。
「修学旅行」→「文化探訪」 「遠足」→「現場体験実習」
薄毛治療を保険適用にしようという公約
〇日本も7月に参議院選挙。
授業ではどこからでも使えるかな。
映画「スパイダーマン」のことが最近耳によく入る。
1月7日から上映が始まっている模様。
YouTube: 『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』予告3 1月7日(金)全国の映画館で公開! #全ての運命が集結する ──
いつか見ることがあるのかな。
中国では公開中止となった映画として思い出すだろう。
〈623〉「ニュース地球まるわかり」
(2022年1月23日放映)
〇特集:アメリカバイデン大統領就任1年。
支持率低調。
〇世界のニュースランキング
大噴火によるトンガの被害の様子。
インドネシアの首都移転
アンネの隠れ家 ユダヤ人男性が密告か
〇地球ノート:アフガニスタンのスキー選手
タリバンの復権でドイツに難民として移住
国の代表としてオリンピックに出場すれば国が一つにまとまる。
でも北京オリンピックへの参加を断念。
〇旅する世界:ロシア ウラジオストクの寒中水泳
今日は令和4年1月23日。
番画です。
〈620〉「ブラタモリ 和歌山 和歌山に御三家が置かれた鍵は?」
(2022年1月15日放映)
〇この番組の詳細は、次のサイトを読むとわかる。頼る。
※gooな話し ブラタモリ「和歌山~和歌山に御三家が置かれた鍵(キー)は?~」
〇御三家の一つが紀州にあるのは不思議だった。
その解決ができたかな。
〇二代将軍秀忠は江戸にいて、駿河には大御所の家康と十男頼宣がいた。
秀忠としては、その状態がいいと思わなかった。
そこで頼宣を家康と引き離して、遠方の紀州に行かせた。
紀州徳川家ができたのは秀忠の時であったというのは、
本「徳川15人の将軍たち」の記述と一致する。
家康が紀州徳川家を作ったのではなく、秀忠だったのだ。
紀州ならば、西国の外様大名に動きがあったとしても、
すぐに対応できる。
秀忠は頼宣を信頼していたとも言える。
〇紀州は紀ノ川によって交通の要所にもなっていた。
南海道上であった。
〈621〉「チコちゃんに叱られる」
(2022年1月22日放映)
〇疑問:山芋を食べると口のあたりがかゆくなるのはなぜ?
〇チコちゃんの回答:無数の小さな針が刺さっているから。
〇シュウ酸カルシウムという物質が針のようになっている。
皮の部分に多いので、それを取り除けば、かゆみは少なくなる。
〇疑問:なんで鍵はギザギザしているの?
〇チコちゃんの回答:ギザギザの数ぶんの金属の棒の切れ目を
一定の高さにそろえるため。
〇鍵の仕組みを初めて知った。こんなに身近にあるのに。
〇疑問:1mはなんの長さ?
〇チコちゃんの回答:1/2億9979万2458秒の間に
光が真空中に伝わる長さ
〇地球の1/4周の1000万分の1の長さがまずは基本。
それが1m。フランスで考案された。
授業で使えるとしたら、鍵の話かな。
山芋は食べたことがない生徒もいるかもしれない。
1mの話は、だんだん難しくなっていった。
今日は令和4年1月22日。
前記事に引き続き
「徳川15人の将軍たち」
(小沢章友著/森川泉絵/集英社みらい文庫)
より引用していきます。
家斉は、まつりごとにはほとんど関心をもたず、ひたすら遊び暮ら
した。
家斉の頃の大奥は、側室が四十人を数え、産ませた子は五十五人に
ものぼった。
この子たちを、家斉は、大名のもとに、養子や嫁として送り込んだ。
将軍がこんなふうであったから、庶民の暮らしも、享楽的になった。
「江戸っ子は宵越しの金はもたぬ」
という、刹那的(その瞬間だけを考えて生きること)なことばが流
布するのは、この時代からだった。
それでも、この「文化文政時代」には、元禄時代に肩をならべるほ
どの芸術文化が、江戸と上方に花ひらいた。
浮世絵師では、風景画の葛飾北斎、安藤広重、そして役者絵の東洲
斎写楽、美人画の喜多川歌麿らがけんらんとした作風をつくりだし
た。
「南総里見八犬伝」を書いた読本作家の滝沢馬琴、「東海道四谷怪
談」などの歌舞伎脚本を書いた鶴屋南北、俳人の与謝蕪村、小林一
茶、そして「浮世床」を書いた戯作者(げさくしゃ)の式亭三馬、
「東海道中膝栗毛」を書いた戯作者の十返舎一九など、庶民を楽し
ませる芸術文化が生まれた。
(158p)
化政文化は生徒に時間をかけて教えたところです。
どれほど伝わっているかな。
六十五歳になった家斉は、天保八年(1837年)に、五十年つづ
けた将軍を隠居し、大御所となって、次男の家慶を将軍につけた。
しかし、大御所として、実権をにぎりつづけた。
その年に、モリソン号事件が起きた。
これは、日本人漂流民を送ってきたアメリカ船のモリソン号を、「
異国船打払い令」により、撃退したものだった。
「おろかな」
「なんということをするのだ。いまの世界情勢をしらなすぎる」
幕府の対応を、蘭学者の渡部崋山、高野長英ら、蛮社と呼ばれる尚
歯会(しょうしかい)の面々はきびしく批判した。
「幕府批判はゆるさぬ。あやつらをとりしまれ」
幕府は、崋山らを、天保十年(1839年)に粛清し、獄に入れた。
これが、いわゆる「蛮社の獄」と呼ばれるものだった。
(161~162p)
地元近くの田原にゆかりのある渡辺崋山。
蛮社の獄は、家斉が大御所、家慶が将軍の時のことだったのですね。
家慶の時代。
(水野)忠邦は、倹約を奨励し、綱紀を粛正(国家の規律などをた
だすこと)し、みだれきった風俗をただそうと、南町奉行所に鳥居
耀蔵をばってきした。
耀蔵は、絹織物の製造や使用を禁止し、寄席の制限、歌舞伎の弾圧、
好色本の出版禁止など、つぎつぎと、きびしくとりしまっていった。
江戸市中にスパイをはなち、違反者をかたっぱしから逮捕していっ
たので、伝馬町の牢獄はすぐにいっぱいになった。
「なんて野郎だ」
「妖怪だ」
その非情さで、妖怪とあだなされた耀蔵は、江戸庶民からきらわれた。
(171~172p)
鳥居耀蔵の名前は、悪者のイメージで残っていました。
こういう理由なのですね。
鳥居耀蔵は仕事熱心だったのでしょう。
家慶の子は、二十七人と家斉についで多いが、ぶじに成長できたのは、
家定ひとりだった。
(177p)
そうだったんだ。
今日は令和4年1月22日。
この本を読みました。
「徳川15人の将軍たち」
(小沢章友著/森川泉絵/集英社みらい文庫)
来週の月曜日に基礎学力テストがあります。
徳川15人の将軍を正確に書けるかのテストです。
※ここでも道草 Co.慶応さんのラップで15人の将軍の名前を覚えさせたい(2022年1月17日投稿)
そのテストを作成する前に、この本は読んでおきたいと思い、
実行しました。
15人の将軍がどんな人だったのか、
その人が将軍の時にどんなことがあったのかなど、
あらましを知ることができました。
お江は、秀忠より六つ年上だったが、お市ゆずりの、きゃしゃな姿
で、うつくしい顔をしていた。しかし、性格はかなりきつくて、秀
忠にたいしてはやきもちやきだった。
「そなた以外は、妻はもたぬ」
秀忠は、側室をもつことをいやがるお江に、そう約束した。
このために、お静という女中とのあいだに生まれた男の子、のちの
会津藩主、保科正之をかくしとおし、お江が死ぬまで、正之とは、
対面しなかった。
(47p)
保科正之に関しては、こんなエピソードがあったのですね。
秀忠がやったこと。
家康がつくった尾張徳川家、水戸徳川家にくわえて、紀伊徳川家を
つくり、御三家体制をととのえた。
(54p)
御三家が整ったのは、秀忠の時代だったのですね。
1月15日に放映された「ブラタモリ」は和歌山編。
なぜ和歌山に御三家が置かれたかがテーマ。
録画してあるけどまだ見ていない。
なぜ和歌山だったのだろう。気になります。
近いうちに見ます。
竹千代(家光)をまもろう、乳母のお福、のちの春日局は決意した。
お福は、信長を殺した明智光秀の家老、斎藤利三のむすめだった。
(61p)
そうでした、復習。
慶安4年(1651年)、父の家光は死のまぎわ、異母弟にあたる
会津藩主の保科正之を呼んだ。
「くれぐれも、宗家(家綱)をたのむ」
まだおさない家綱を後見してくれるように、家光はたのんだ。
「わかりました」
正之は涙ぐんで、うなずいた。
会津藩は、このときのことをわすれず、幕末にいたるまで忠実に徳
川家につかえることになった。
(77p)
復習、復習。
家綱の時代。
明暦三年(1657年)、江戸を火の海がおそった。
本郷の本妙寺で、むすめの供養にと、火にくべられた振袖が風にあ
おられて、本堂へ落下してまたたくまに燃えあがったのである。
「振袖火事」と呼ばれた、この大火で、焼けたのは四百町、大名屋
敷が百六十、旗本屋敷が七百七十で、死者は十万人におよんだ。
江戸城にも飛び火し、天守閣が焼失し、本丸と二の丸も焼けた。
(80p)
最近調べた「今日は何の日」で、
振袖火事は1月18日のことだとありました。
つながった。
つづきです。
その年の九月、明暦の大火で燃えた江戸城本丸が建てなおされた。
しかし、天守閣は再建されなかった。
「物見の用しかない天守は時代遅れであります。たいせつな金銀は、
城下の復興に使うべきでしょう」
叔父の保科正之が、そう提言したからである。
(82p)
なるほど、なるほど。
赤穂浪士たちをどうすべきか、綱吉はこまった。
江戸の庶民たちの人気と、柳沢吉保の主張する「浪士たちは切腹さ
せるべきだ」という意見のあいだでゆれたあと、ひと月半のちに、
浪士全員の切腹を命じた。
(96p)
「忠臣蔵」は綱吉の時代でしたね。
柳沢吉保の名前も久々に聞きました。
1975年の大河ドラマ「元禄太平記」の石坂浩二演じる
柳沢吉保が印象に残っています。
宝永六年(1709年)、綱吉は死のまぎわに、家宣を呼んだ。
「よいか、家宣。生類憐れみの令は、自分が死んでも、なお百年は
つづけるようにするのだぞ」
綱吉は、家宣にせつせつと言った。
「よいな、わかったな」
「わかりました」
家宣はそのときは、おとなしくうなずいた。
綱吉が死んだあと、家宣は四十八歳で、第六代将軍となった。歴代
将軍のうち、最年長の即位だった。
苦労して将軍となった家宣は、「君子仁厚(くんしじんこう)」を
かかげて、善政をしこうとつとめた。
まず、手をつけたのが、庶民を苦しめつづけた「生類憐れみの令」
を廃止することだった。
綱吉が死んだ七日後に、「大赦令」を発したのである。
「生類憐れみの令は、廃止する」
これにより、犬を虐待したとして、牢獄につながれていた八千六百
人が解放された。
(102~103p)
このエピソードは、生徒にも教えました。
こうして家宣の時代は、「正徳の治」と呼ばれ、江戸庶民たちによ
ろこばれたが、その在位はたった三年と短かった。
君主は慈悲深くあらねばならぬと考え、善政をしいた家宣は、正徳
二年(1712年)、インフルエンザにかかって死亡した。
五十一歳だった。
(104~105p)
今回のテストの準備で、一番興味をもったのは、
この6代将軍家宣でしょう。
この人を主人公にした小説を読みたくなりました。
吉宗の時代。
「享保の改革」をおしすすめた。
それは、経費節減と倹約が基本だった。
吉宗はみずから着衣を木綿にして、食事は、紀伊藩のときと同じく、
朝夕二回、献立は一汁三菜の玄米と野菜中心の食事にした。
(125~126p)
綱吉の時代に、一日三食が始まったと、先日生徒に教えたばかり。
吉宗の時に二食に戻ったのですね。
「うぬ、幕府の方針にたてつくとは、ゆるさぬ」
元文四年(1739年)、吉宗は、(尾張の)宗春に隠居・謹慎を
命じた。
とりつぶしをおそれた尾張藩は、幕府にしたがう気持ちをあらわす
ために、幕末にいたるまで、宗春の墓には金網をかぶせた。
(129~130p)
なるほど、なるほど。
だが、順調だった「享保の改革」も、しだいに、かげりがみえてきた。
新田開発によって、米がたくさんとれすぎて、あまってしまい、値が
急落したのだ。米によって俸禄(給料)をえていた武士の暮らしは、
苦しくなった。
「これはいかん」
幕府は米を買いあげて、米の値段を調整しようとしたが、今度はいな
ごの大群が発生し、ききんがおとずれ、米の値段が急騰した。
あわてて、幕府は米をかきあつめようとしたが、つぎの年には、また
米あまりで、値が急落した。
このように、吉宗の治世の後半は、米にふりまわされたため、「米将
軍」と呼ばれた。
(131p)
そんなこともあったのですね。
家重の時代。
この「宝暦事件」こそは、百年後に徳川幕府をたおすことになる「尊
王思想」のはじまりといえた。
(140p)
初めて知った事件。
1758年のこと。
家治は、吉宗が期待したような、側近まかせにしない、みずからの強
い指導力で、まつりごとをひっぱっていく将軍になるかと思われたが、
そうはならなかった。
父の家重が、死のまぎわに、遺言したのだ。
「よいか。主殿(田沼意次)を重用するようにな」
意次は、十六歳で家重の小姓になってから、とんとん拍子に出世し、
宝暦八年(1758年)には一万石の大名となり、二十七年間、家重
をささえてきた側近だった。
「ならば、父の言葉どおり、しばらくは主殿にまかせようか」
家治は、好きな将棋や絵画にうちこんで、政治のことは、もっぱら意
次にまかせることにした。
(145~146p)
田沼意次は家治の時代だと思っていましたが、
家重の時代も活躍した人だったのですね。