2026年2月26日 (木)

「食紅」だけど赤だけじゃない/クチナシは香りだけじゃない

   

今日は令和8年2月26日。

  

授業でサイホン(サイフォン)のことや、

ヘロンの噴水のことを授業でやってみたいと思いました。

そのためには、まず色水を作る必要があると

思いました。

色水というと、私の体験では絵の具で作るぐらいしか

やっていなかったと思います。

他にもあるだろうと思って調べていったら、

新しい発見がいろいろあって面白かったです。

  

その一つが「食紅」

食紅といえば、赤色のみだと思っていましたが、

そうではなくて、いろいろな色があることを知りました。

料理をする人にとって、何を今さらと言われまそうですが、

私にとっては“発見“でした。

ここで疑問は食紅は多色なのに、なぜ「食紅』?

Geminiに聞いてみたことを引用します。

  

青や黄色なのに「食紅(しょくべに)」と呼ぶのは、確かに不思議で

すよね!とても鋭い疑問です。

   

こうやってGeminiとかChatGPTのAIは、

まず質問者を褒めてくれます。

うまくできています。

引用を続けます。

  

結論から言うと、「昔の日本で使われていた食品用の着色料が、圧倒

的に『赤(紅)』ばかりだったから」というのが理由です。

詳しくその背景をひも解いてみましょう。

1. もともとは本当に「赤い色素」のことだった

かつて日本では、食品に色をつける際、主に紅花(べにばな)から抽

出した天然の赤い色素を使っていました。着物などの染物や、化粧品

の口紅に使われる「紅」のうち、食品用の安全なものを区別して、そ

のまま文字通り「食紅(食べるための紅)」と呼んだのが始まりです。

2. 日本の食文化と「赤」の相性の良さ

日本には「紅白」でお祝いをする文化があるため、食を彩る色として

「赤」は昔から特別で、出番が非常に多い色でした。

• 紅白かまぼこ

• 和菓子(桜餅、お祝いの練り切りなど)

• お赤飯(小豆の色だけでなく、より赤く染める地域もあります)

• 梅干しや紅生姜

このように「色をつける=赤くする」という場面がダントツで多かっ

たため、一般家庭でも「食品に色をつける粉=食紅」という認識が

すっかり定着しました。

3. 言葉がそのまま「総称」になった

時代が進み、西洋から黄色や青、緑などさまざまな色の着色料が入っ

てきたり、作られたりするようになりました。しかし、その頃には

すでに「食紅」という言葉が「食品着色料」の代名詞として人々の生

活に根付いていました。

そのため、新しい色に対しても別の名前を作らず、そのまま「食紅」

と呼び続けた結果、「青色の食紅」「黄色の食紅」という、文字だけ

見ると少し矛盾した言葉が日常的に使われるようになったのです。

(※ちなみに、成分表示や正式な分類では「食用色素(しょくようし

きそ)」や「着色料」と呼ばれます)

ホッチキス(本来はメーカー名)や、セロテープ(本来は商品名)が、

文房具の総称として使われているのと同じような現象ですね。

  

なるほどです。 

食紅=赤色=紅しょうがのような固定観念を崩すことができました。

食紅を調べていたら、クチナシに行きつきました。

クチナシは現在関心を持っていた草木です。

クチナシは四大香木の夏担当。

今年は四大香木の香りを楽しもうと決めていて、

唯一、香りを私が記憶していないもの。

花の香りを楽しみたいと思っていました。

  

そのクチナシ。

食紅の一つであって、黄色(イエロー)が有名ですが、

下のサイトを見ると、赤色(マゼンダ)、青色(シアン)の色素も

得られるとのこと。

神戸化成株式会社 色鮮やか!クチナシ色素のグラデーション

なかなか重宝な草木です。

  

こんな動画もありました。


YouTube: 「たくあん」や「栗の甘露煮」の黄色にも? 天然色素、クチナシの実の秘密

この動画からのスクリーンショットを並べます。

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クチナシによる着色を授業でやってみたくなりました。

2026年2月25日 (水)

気になっていた模様が判明/スリットを入れる作業が見たい

   

今日は令和8年2月25日。

  

薬局の待合室。

高い所にテレビがあって、いつも私が待合室にいる時間は

ニュースが映っています。

今日のニュースは面白かったです。

東海テレビの「ニュースONE」でした。

  

神棚の道具を作っている職人が、

その技術を応用してヒノキの弁当箱を作っているという話でした。

全て見たわけではないけど、家に帰って調べたら、

NUSAという製作所のことではないかと予想しています。

NUSA

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このニュースで特に気になったのは、これらのヒノキの

製品では、1枚の板を折り曲げて作られていて、

その曲がった部分にある小さな模様が以前から気になっていました。

ネット上にいい写真はないか探しました。

Buyee

ここにありました。神棚に置かれる三方という道具の一部の

写真です。

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青印で示したこの模様、ずっと気になっていました。

それが思いかけず、待合室でテレビのニュースで紹介してくれました。

板材を曲げるところに2本の「スリット」を入れると言っていました。

その作業も映像で見せてくれましたが、

また見たいなあの映像。

そのスリットのおかげで、ヒノキの板材は曲がり、

製品が出来上がるのです。

そのスリットの入れ方は、ずっと昔から伝えられた技術であって、

職人技のようです。

  

さらに調べると、スリットを入れて曲げる方法を

「挽曲げ(ひきまげ)」というようです。

その説明があったサイトがここ。

古谷木工所

そこから写真を転載。

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私が欲しい写真は、出来上がったものではなく、

木材にスリットを入れているシーン。

「ニュース0NE」の映像が見られたら嬉しいけど、手に入るかな。

今の世の中、見逃し配信ができるからなあ。

待合室のクロトン・トビハから新しい葉っぱが出ていました

   

今日は令和8年2月25日。

  

今日は心療内科に通院。

月曜日に行くのが普通ですが、今日はイレギュラーで

水曜日でした。

心療内科の待合室って、あまり言葉を交わす人はいませんが、

いつも月曜日に行っていると、顔見知りの方、

名字までわかってしまう人もいます。

一度も話をしたことはないのですけどね。

でも今日は曜日が違ったこともあり、

全くアウエー状態だと感じました。

  

そんな待合室で、以前気になって調べた観葉植物に

変化があったことに気がつきました。

ここでも道草 待合室にあった観葉植物は「クロトン トビハ」と判明(2025年8月18日投稿)

調べたことをまとめた記事です。

名前は「クロトン・トビハ」

今日気がついたのは、新しい葉っぱが出ていたことです。

写真撮影の許可をもらって撮影。

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新しい葉っぱの「飛び葉」が可愛い。

GARDEN STORY クロトンはエキゾチックな観葉植物! 

このサイトによると、「グリーンベル」という別名があるそうです。

葉に鈴をつけているように見えるからです。

クロトンの中では希少種だそうです。

私は待合室では、いつもこの「クロトン・トビハ」の近くに座っています。

これからも観察していきたいです。

    

診察が済んで、次は薬局へ。

ここでも面白いことがありました。

次の記事で。

2026年2月23日 (月)

20260205財賀寺・観音山・杣坂峠・千両の周回⑤ 杣坂峠を見失う/ホウライチク

   

   

今日は令和8年2月23日。

  

前記事に引き続き、2月5日に歩いた記録を

書いていきます。

こんな登山道を歩きました。

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おそらくこの辺りが新東名の「観音山トンネル」の真上あたり。

下の地図で赤い矢印の場所です。

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この地図の青い矢印の三角点。

下の写真の場所です。

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可愛い道標(みちしるべ)を見ました。

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偶然持っていたのか、そのつもりで持ってきたのか、

そんなことを想像すると楽しくなります。

偶然、ザックの中に入っていたというものではないですよね。

  

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このハートは人工なのか自然なのか?

自然でしょうね。ハートはホッとさせてくれる形です。

  

最近は蔓に目がいきます。

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太くて見事な蔓でした。

これはS巻きです。フジでしょうか。

   

  

どうも道を間違えてしまったようで、

こんな坂を下りました。

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坂を抜けて峠の道路に出ました。

斜面から道路に出たところを撮影。

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踏み跡もあったので、私と同じようにこのルートで下りてきて、

ここに出た人はいたようです。

  

私の判断はここで間違いをしました。

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私が歩いたのは、地図の緑色のコースです。

実際は杣坂峠まで到達していないのに、

私は、道路に出て右に曲がり、坂を下ってしました。

本当は道路に出て左に曲がって杣坂峠に

行かなくてはならなかったのです。

赤い点線コースが理想のコースです。

この判断ミスで、本当に見たかった佐奈川の源流を

この日、見ることができなかったことになります。

  

ストリートビューで、杣坂峠を見ておきたいです。

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ここが杣坂峠からほんの少しだけ南に下ったところ。

う〜ん、観音山からの尾根道の下り口は、

おそらくこの階段ではないかと思われます。

そして右の矢印の林道に入っていけば、

目的の佐奈川の源流に行き着いたと考えます。

  

私は緑のコースを進んでしまったわけで、機会を失いました。

  

舗装道路を歩いて下りました。

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山に入ると、いくらでも蔓植物が繁茂しています。

ここも壮観でした。

  

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新東名の大きな橋「新佐奈川橋」の下を歩きました。

人間はこんなすごいものを造るんですね。

それでも新東名を走っていたら、このような橋も、

気にせずにさっと走ってしまうんでしょうね。

  

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ホウライチクと呼ばれる竹がありました。

もし予定通り、杣坂峠から東の林道を歩いていたら、

出合わなかったホウライチクです。

東三河を歩こう 杣坂のホウライチク

ここから文章を引用、図も転載します。

  

県道334号千万町豊川線(千両街道)を 杣坂峠に向かい、左に大きく

カーブを曲がった所の左手、道路標識のそばにある。

正月の「蓬莱飾り」に使われたことから、ホウライチクと名付けられ

たイネ科/ホウライチク属の竹で、在来の竹のように地下茎が広がら

ず、株や小さな葉が密集して育つため、目隠しの生垣等に利用されて

いる。

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事前に調べてありましたが、実物に出合えて幸運でした。

2026年2月22日 (日)

20260205財賀寺・観音山・杣坂峠・千両の周回④ テイカカズラ

   

今日は令和8年2月22日。

  

前記事に引き続き、2月5日に歩いたことを

記事にします。

  

観音山頂上を午前10時55分に出発。杣坂峠を目指します。

こんな道標(みちしるべ)がありました。

赤くてよく目立ちました。

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家で作って、登山の時につけたんでしょうね。

  

やはり蔓が気になります。

登山道に、折れた枝に巻きついている蔓が垂れ下がっていました。

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この蔓植物の正体は? Geminiの回答です。

  

写真を拝見する限り、この蔓(つる)植物はテイカカズラ(定家葛)

の可能性が非常に高いです。

写真から判断できる主な特徴は以下の通りです。

• 葉の付き方(対生): 茎の同じ場所から、左右対称に2枚の葉がペ

アになって出ています。

• 葉の形と縁: 葉は少し厚み(光沢感)があり、縁にギザギザがない

「全縁(ぜんえん)」という滑らかな形をしています。

• 生え方: スギやヒノキなどの人工林で木の幹に吸着してよじ登り、

成長するとこのように枝を空中に垂れ下げることがよくあります。

キョウチクトウ科の常緑つる性木本で、日本の山林ではごく一般的に

見られる植物です。冬の間も緑の葉を保ちますが、日当たりが良く冷

たい風に当たる場所などでは、葉が赤茶色に紅葉することもあります

(写真のように森の中だと緑色を保つことが多いです)。

初夏(5〜6月頃)になると、スクリューの羽のような形をした白から

淡い黄色の花を咲かせ、ジャスミンのような甘くてとても良い香りを

漂わせますよ。

  

テイカカズラなんですね。なるほど。

ではなんで「定家葛(テイカカズラ)」という名前がついたか。

これがなかなか面白い。

Wikipedia テイカカズラ

ここから引用します。

 

和名は、式子内親王を愛した藤原定家が、死後も彼女を忘れられず、

ついに定家葛に生まれ変わって彼女の墓にからみついたという伝説

(能『定家』)に基づく。

  

これがまた次の調べのきっかけになります。

能「定家」が気になります。

能の「定家」を見ました。


YouTube: 能楽『定家』が描く愛欲地獄 | nippon.com

この動画の写真を載せます。

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この能には、舞台上にお墓を表す装置があります。

その装置の上には蔦葛(ツタカズラ)が絡んでいます。

  

この「定家」という能をより知りたくて、

この動画を参考にしました。


YouTube: 第19回奥川恒治の会「定家」 徹底解説!

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この方の説明が、能に疎い私にもよくわかりました。

  

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能「定家」の作者は金春禅竹(こんぱるぜんちく)

後世の人が作ったお話です。

  

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すでに舞台上にあった作り物だったけど、その場面まで

そこになかったことにするというのは、能ではよくあることだそうです。

こんなルールがあることを知るのも楽しい。

  

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ここで「定家葛」が出てきます。

墓にまとわりついた蔦葛のことを「定家蔓」

ここに「テイカカズラ」の語源があります。

  

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式子内親王(女性)は、自分のお墓に定家葛が纏わりつくことを

否とせず、自ら再びお墓の中に姿を消していくお話。

  

以上、舞台装置やおおよその筋を知って本物の能「定家」を

見たら、面白いだろうな。

  

テイカカズラの写真

みんなの趣味の園芸 テイカカズラとは

ここから転載。

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この栽培種のハツユキカズラはご近所でもよく見ますね。

  

このテイカカズラの蔓のことをまた記事にしたいです。






  

20260205財賀寺・観音山・杣坂峠・千両の周回③ 螺旋状のミミズバレのある幹 Z・S巻き

    

今日は令和8年2月22日。

  

前記事に引き続き、2月5日に歩いたことを

書いていきます。

  

「地獄の階段」もこれがラスト。

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娘と娘の合格祈願でここに来たことがありました。

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階段の上には観音堂。

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登山道は左に行きます。

  

ここは右から来て階段を登ります。

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この螺旋状のミミズバレの幹は圧巻。

かなり太い蔓が巻かれていたために、

このような形の木になったと思われます。

以前の記事で書いたように、この蔓の巻き方は、

左手で幹を持って親指の巻き方なので左巻き。

考えられる蔓はヤマフジやクズが考えられます。

待てよ。

太い蔓が朽ちることは稀だと思うので、

細い蔓の時代に朽ちて亡くなり、

幹の成長とともに凹凸が肥大した可能性はないのかな。

  

Geminiで次のことを知りました。引用します。

  

💡ちょっとした植物トリビア

実は、植物の「右巻き・左巻き」の定義は、図鑑や時代によって「上

から見るか」「横から見るか」で長年混乱が続いていました。そのた

め、現在では世界共通のルールとして、アルファベットの形に例えて

「Z巻き(左下から右上)」と「S巻き(右下から左上)」と呼ぶこ

とが推奨されています。

  

本当かな?と確認。

複数の他の記事でも使われているので、確かに存在します。

  

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ベンチのあるちょっとした広場。

勤務校の2月14日の遠足では、

子どもたちの休憩の場所となり、ごった返しました。

  

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この看板を見たら、頂上は近い。  

  

その前に面白そうな蔓。

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これは右巻き。S巻きです。フジの可能性が高いです。

  

この急登を登ったところが頂上です。

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頂上です。

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50分ほどかかったかな。

  

観音山はおそらく3回目。

1回目は今から25年ほど前。

登山を始めた直後でした。

観音山に一人で登り、頂上で出会った人と景色を見ながら

横に並んで座って話していたことを思い出します。

年輩の方でした。今の私ぐらいかな。

そうそう、地元の人ではありませんでした。

四国の人だった記憶があります。

そんな遠方から来て、このような低山に登ることに

驚いた覚えがあります。

現在の頂上は見通しは効かず、

樹木に覆われた場所です。

あの座っていた場所はどこなのだろうと思います。

  

当時、登山を始めた私のザックは新しく、

その方のザックは使い古されて年季を感じました。

ザックについて話すと、「あなたも登山を続けたら、

こうなりますよ」と言われました。

それから25年。ずっと同じザック。年季は出てきましたね。

  

ここを下って杣坂峠を目指します。

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今回はここまで。

2026年2月20日 (金)

20260205財賀寺・観音山・杣坂峠・千両の周回② 「地獄の階段」「潜伏芽」 

    

今日は令和8年2月20日。

  

2月12日の記事の続きで、2月5日に歩いたコースの紹介です。

  

自動車は財賀寺の駐車場にとめました。

歩き始めは午前9時54分。

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仁王門。

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この山門にある仁王像が、奈良で修理されて戻ってきたのは、

平成10年(1998年)のことなんだ。

28年前かあ。

当時の横綱貴乃花がやってくると聞いて、

本当かな、こんな地方の山のお寺に、

そんな現役力士が来るなんて信じられないと思っていましたが、

本当に来てしまい、びっくりした覚えがあります。

そんな昔のことに思えないのですが、28年かあ。

  

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立派な仁王像です。

  

子どもたちが、「地獄の階段」と評する直登階段。

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この幹の模様は気になりました。

渦巻き模様があちこちにあります。

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なぜこのような模様ができるのか。

  

かつて枝があったところが、枝が何かの理由で落ちた時に、

その部分から気に良くない菌が侵入しないように、

木は枝が落ちた部分を塞ごうとします。

塞いだ後も、幹は成長します。

塞いだ部分は、素直に成長できずに、

波紋のような模様になる可能性があると、

Geminiが教えてくれました。

    

Geminiは面白いことをさらに教えてくれました。

「潜伏芽(せんぷくが)」です。

引用します。

  

木の幹の樹皮のすぐ下には、緊急事態(台風などで葉が全て失われた

場合など)に備えて、成長を止めたまま眠っている「潜伏芽」という

小さな芽が無数に存在します。

木が太く成長する際、栄養や水分の通り道はこの硬い潜伏芽のポイン

トを迂回するように作られます。そのため、細胞の並び(木目)が乱

れて複雑にうねり、表面の樹皮にも渦を巻くような模様が浮かび上が

ります。

  

私が今回見た木の渦巻きは、潜伏芽の可能性は低いと思いますが、

こんな芽があることにびっくり。

昨年夏休みに剪定したカラスザンショウから、新しい枝ができている

のを見ています。それってあらかじめ用意されていた潜伏芽なんだ。

2026年2月19日 (木)

教室の日あたりのいい場所にウメとネコヤナギ

    

今日は令和8年2月19日。

  

勤務校の私の駐車場の近くに、3本の梅の木があります。

蕾が膨らんできて、しばらくしたら咲くだろうなと思ったので、

許可を得て、剪定をして教室の花瓶に生けました。

2月10日(火)のことです。

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2月11日(水)は建国記念の日。

父親の命日です。もうあの日から3年が経ちます。

奥さんとお墓参りに行きました。

仏花を買いに、豊川市江島のJA直販所へ。

1月の墓参りの時にもここに寄って、

ロウバイを見かけて、これはいいと思って買ったお店。

ここでも道草 ロウバイ(蝋梅)の練り香水を作り始めました(2026年1月18日投稿)

今回も面白いものを発見しました。

ネコヤナギです。

  

ネコヤナギは思い出があります。

13年前に勤めていた学校の校庭にあり、

これがネコヤナギの花なんだと初めて確認したことです。

ここでも道草 H25 2月の花々6 ネコヤナギ2(2013年3月1日投稿)

この時の写真を転載します。

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こんな不思議な花を子どもたちに見せたいと思いました。

剪定されてたネコヤナギを購入。

これも教室で花瓶に生けました。

2月13日(金)の写真です。

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ネコヤナギのある教室。

思いもしなかったシチュエーションです。

  

2月16日(月)梅の開花が始まりました。

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教室で、最も日当たりのいい場所に置いたウメ。

元の木よりも少し早めに咲きました。

ネコヤナギの冬芽は、若干ふっくらしてきたなと思いました。

  

翌日の2月17日(火)ネコヤナギの開花が

思ったより早く始まりました。

ウメの開花も増えました。

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通級の学級にやって来る子どもに花を見せていますが、

「この花なんだ?」と聞いても「ウメ」と答えられる子は

いません。「サクラ」と答えます。

そうだよね、子どもは気にしていないもんね。

でも「ウメだよ」と言ってあげると、「そうかウメか」と

腑に落ちます。

そんな子どもにとって、ネコヤナギなんて、別次元の植物です。

でも冬芽の肌触りは喜びます。

触らせたいですね。

  

最後に動画の紹介。


YouTube: ネコヤナギの花


ネコヤナギの雄花、雌花をじっくり見ています。

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そうか、芽鱗をじっくり見たことがないですね。

観察するなら、この芽鱗の状態から見るべきでしょう。

また来年です。

  

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ネコヤナギは花びらのない、雄しべと雌しべのみの形態です。

なるほどです。

教室にあるのは雄株ですね。

自ら「高齢者」と言っている動画制作者。

とてもわかりやすく、鮮明な映像を提供してくれています。

時間のある高齢者は、こうやって貴重な映像を作ることで、

世の中に貢献できると感じました。

私にはとても勉強になる映像です。

この映像で得た知識を踏まえることで、

観察がより充実しそうです。  



  







  

2026年2月17日 (火)

52年余前に製作された冊子にあの山の名前が載っていました

    

今日は令和8年2月17日。

  

勤務校にあるこの山についての調べが進みました。

ここでも道草 校区にある全山桜の謎の小山(2026年2月10日投稿)

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勧められて豊川市生涯学習課文化財係に電話して、

さらには実際に豊川市の旧音羽町にある文化財係に出向いて

いろいろ教えてもらいました。

この山は「平尾遺跡」の一部だと思っていたので、

平尾遺跡についての資料を見せてもらいました。

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青い線は私が書きました。

「散布地」は、土器などが発見されたが、

「集落跡」だとは断定できない場合に使う言葉だと

教えてもらいました。

  

地図で確認していて、おや?と思いました。

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この地図で、青印のところが、今、私が注目している山。

「平井遺跡」とは場所が違いました。

そのことを文化財係の方に伝えたら、

「ああ、あの山ね。あの山は気になっているけど、

遺跡かどうかはまだ判定してないですね」とのこと。

かたちから、古墳の可能性もあるのだけど、

古墳の場合、当時の工事技術の関係で、斜面の角度が

およその範囲内に収まるのだそうです。

今回の山の傾斜は、その範囲内よりも角度が大きいそうです。

急だということです。

確かに、登った時に、直登はけっこうきついと思っていました。

  

平井遺跡ではないことを知って、調べは振り出しに、

と思いましたが、文化財係の方が「そういえば」と言って

資料を出してくださいました。

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「ここに載っていたぞ」「きっと学校にもあるよ」と

見せてくれました。

これは昭和48年の資料。

小学校のPTAが作成した異色の資料です。

そこにちゃんと山のことが書いてありました。

その部分を載せます。

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あの山は「丸山」でした。

この文書を書いた「寺部小一」さん。

文章の中に出てくる「寺部実」さん。

この方たちに会って、話を聞きたいと思いました。

   

興味があるのはこの冊子もです。

作成したのは「平尾小PTA」とあります。

PTA活動で145ページの冊子を作ってしまうパワー。

すごいなと思います。

「はじめに」の写真を載せます。

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まだ未完成とのこと。

確かに表紙を見ると、「第1回 まとめ」とあり、

この「はじめに」の中でも、「第二回目には、もっとよいものに

したい」と書いてあります。

でも勤務校の図書館で、「第1回 まとめ」の冊子はありましたが、

「第2回 まとめ」はありませんでした。

もし存在するなら、見てみたいです。

  

昭和48年。西暦1973年。

52年余り前の冊子です。


「寺部小一」さん、「寺部実さん」

いかがお過ごしでしょうか。

お年寄りのくだりに名前が書かれているので、

ご存命かどうか。

 



  

2026年2月16日 (月)

動画「アボガドとは何者なのか?」を読み物にしてみました

   

今日は令和8年2月16日。

  

今朝は、朝7時から開いているスーパーに行って、

授業の浮き沈みの実験で使うアボガド等を買って、

出勤しました。

そして授業で実験をしました。

今朝買ったアボガドは、水に入れると沈んだり浮いたりして、

最後はゆっくり水槽の底面に沈みました。

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このアボガドは、まだ熟していなくて、

油分が行き渡っていないといいうことでしょうか。 

 

アボガドに関する動画を昨晩、今朝と何本か見てきました。

この動画の内容を、ここに記録しておきたいです。


YouTube: 【ゆっくり解説】13000年前に絶滅するはずだった…?「アボカド」とは何者なのか?を解説/繁殖の謎と人間社会の弊害

  

今回のスクリーンショットは、▶️つきで作りました。

効率的だったので。

邪魔だという人は、動画を見てください。

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Pear=梨

アボガドの表面を触らせて、どの動物なのか予想させるのは面白い。

今日は2人に聞いたけど、ワニが出ませんでした。

  

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なるほど。

この点は私は知識として得ておいて、子どもには言わないでおこうかな。

男の子には言っていいかな。

  

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これは意外でした。

それだけ栄養を取り込むから、栄養価の高い果物になるんですね。

  

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そうだよね。子どもの頃、若い頃には食べた覚えがないです。
  

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最近、よくアボガドを持つので、「ヘタが浮き、皮との間に隙間」は

実感としてよくわかります。

  

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「森のバター」と言われているのは、

今回のアボガドの勉強をしていて初めて知りました。

  

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今回私は省略しましたが、アボガドの含む栄養素が

動画では数多く紹介されていました。

その挙げ句の「こうしたことからアボガドは」です。

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「ペルシン」初耳です。
  

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「人間は体内で無毒化」

人間てすごい。

ダイオキシンも人間には毒性がないと言われます。

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マンモスだけでなく、巨大な哺乳類がいた時代だったのですね。

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また後日、記事にします。

  

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今、こんなことができる動物はいない。

そもそも他の動物には有害なアボガド。

メガファウナたちは大丈夫だったようです。

巨大ですからね。毒も回らなかったかも?(勝手な予想です)

  

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動物を介さずに、落下しただけだと、親木の下で目が出ます。

栄養面でも、日光量の面でも、育つのが難しかったようです。

あとで出てくるかな?メガファウナの糞がいい栄養になったようです。

  

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メガファウナが絶滅した原因は、気候変動説と人間による説が

あるそうです。

メガファウナの絶滅で、アボガドの命運は尽きたという事態に。

  

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「命運が尽きた」よりも「存亡の危機」と言った方が良かったですね。
  

  

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アボガド。

調べたら、すごい果物だとわかりました。

アボガドと人間は縁があった食べ物でした。

日本人は2000年頃からの付き合い。

食べられて良かった。

以上の歴史を踏まえて、これからはアボガドを食べよう。


  



  




  

  

 







  








  

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