« 2020年11月 | メイン | 2021年1月 »

2020年12月

2020年12月19日 (土)

「自転しながら公転する」② 地球上にいるだけで十分回っている

    

今日は令和2年12月19日。

  

前記事に引き続いて

「自転しながら公転する」

(山本文緒著/新潮社)より。

  

(貫一)「お洒落って人と違うのがいいんじゃないのか」

(都)「浮かないのが何より大事なの。みんなと同じような服で、でも

細部がちょっと違うってところが大事なの」

(貫一)「じゃあ服屋なんてあんなに沢山なくてもいいんじゃね?」

(都)「でもさ、たとえば車なんかは私にはほとんど同じデザインに見

えるよ。みーんな尖った顔して釣り目でさ、でもいろんな会社でちょっ

とずつ違うのを売りたいんでしょ?それが商売なんでしょ?それと同じ

だよ」

(貫一)「なるほどな―、面白れえな」

(72p)    

  

車のたとえで貫一と同じように納得した会話です。

会社が違うけど、よく似た車はあるもんなあ。

自分は今はスバル重視。

  

(都)「(前略)でもさー、いざそうなってみると、私やっぱりママの

こととか家のこととか、目を逸らしたくなっちゃたんだよね。なんで私

がここまでやんなきゃならないとか、不平不満が爆発しそうでさー。家

事をやりつつ、家族の体調を見つつ、仕事も全開で頑張るなんて、そん

な器用なこと私にはできそうもない。でも世の中の、たとえば子供いる

人なんかは、みんなそうしているわけでしょ。ジャグリングっていうの、

あのボウリングのピンみたいなの、四本も五本も一斉に回しているみた

いな生活を毎日してるんでしょ。なのに私、これしきのことで、なんか

頭がぐるぐるしちゃって」

(貫一)「そうか、自転しながら公転してるんだな」

(都)「は?」

貫一はカウンター越しに自分と都の分の酒を頼んだ。

「なあ、おみや」

彼は顔を寄せて都に囁いた。

「地球はどのくらいの速さで、自転と公転していると思う?」

「そんなの知らないよ」

「地球は秒速465メートルで自転して、その勢いのまま秒速30キロ

で公転してる」

都がぽかんとする。

「地球はな、ものすごい勢いで回転しながら太陽のまわりを回ってるわ

けだけど、ただ円を描いて回ってるんじゃなくて、こうスパイラル状に

宇宙を駆け抜けてるんだ」

貫一は炒め物の皿に残っていたうずら卵を楊枝で刺し、それを顔の前で

ぐるぐる回した。

「太陽だってじっとしているわけじゃなくて天の川銀河に所属する2千

億個の恒星のひとつで、渦巻き状に回ってる。だからおれたちはぴった

り同じ軌道には一瞬も戻れない」

「さっきから何言ってんの?」

「いや、面白いなって思って。おれたちはすごいスピードで回りながら

どっか宇宙の果てに向かってるんだよ」

(74~75p)  

   

引用が長くなってしまいましたが、

本のタイトルの由来になった文章です。

地球上にいるだけで、十分回っているんです。

     

「自転しながら公転する」① 読後スッキリする完成品の本

   

今日は令和2年12月19日。

  

この本のタイトルは印象深い。

71whyw2zhnl amazon

「自転しながら公転する」

(山本文緒著/新潮社)

    

ある番組で、ゲッターズ飯田さんが、

悩みのほとんどは人間関係だと言っていました。

この本はまさにそのことを描いていました。

主人公の都が、周囲の人たちと出会い、悩み、言い合い、

ゆっくり事が進行していきます。

 

上記のamazonから、私の中にあるものにピントを合わせてくれたもの。

 

久しぶりの山本文緒の作品、読中なぜか気になったプロローグ、エピ

ローグでやっと納得できた、感情豊かな都、冷静な寛一、「明日死ん

でも百年生きても触れたいのは彼だけだった」という都の言葉は強烈、

そして最後に結婚する娘に言う言葉がかっこいい「別に幸せになろう

としなくてもいいのよ、幸せにならなきゃって思いつめるとちょっと

の不幸が許せなくなる、少しくらい不幸でいい、思いどうりにならな

いものよ」作者は作品を通じて読み手に素敵な言葉を与えてくれる、

今回も期待を裏切らない作品だった。

  

私も山本文緒さんの他の本を読みたくなりました。

女性の感情をぐんと深く描いていて、充実した本でした。

特に前半。女性が考えている心の声と、

実際に話している言葉が微妙にずれていたのも楽しかった。

女性って、よそ行きの話し方をするんだなと思いました。

   

amazonのレビューをもう一つ。

  

エピローグとプロローグは蛇足かな。著者が都と貫一が結婚した先ま

で書きたかったからなんだろうけど、小説全体に流れる雰囲気を壊し

てる気がする。でも、全体的によく出来た小説で、長いけど一気に読

める面白さがあった。私も自分は高学歴高収入だが、貫一みたいなあ

る意味すごく馬鹿だけど生き物として本質的に強いタイプの男に本能

的に惹かれる(一方で不安にも思う)ので、都の気持ちにも共感でき

た。幸せになりたいと思わなくていいというのはすごく共感。私は幸

せという概念は抽象的すぎて興味がない。彼氏が欲しい、正社員にな

りたい、海外に行きたい。そういう具体的な欲求なら良いが、漠然と

ただ幸せになりたいというのは、世界で一番美味しいものを食べたい

と言っているようなもの。霞を掴むようなものだ。幸せという概念に

あまり興味がないからこそ、逆説的に自分は幸せなのだろうと思う。  

  

一気に読むことができた本でした。

寛一に惹かれていくのは、男性だけど共感できました。

こんな男性になりたいという気持ちがあります。

  

本は、時間をかけてじっくり書かれ作られたものだから、

どの本もが、完結した完成品だと思いこみがありました。

でも、昨年からせっせと本を読んできて、

必ずしも完成品ではないなと思うようになりました。

ちゃんと完成したものを発行してよと突っ込みたくなる本もありました。

でもこの本は完成品だと思いました。

読後スッキリします。

   

  引用は次の記事で書きます。

2020年12月15日 (火)

手相をみてもらった/普通の人

   

今日は令和2年12月15日。

  

手相の本を読んでいる生徒がいました。

「先生の手相をみてよ」と頼んだら、さっそくみてくれました。

  

左手でみてくれました。

 

「生命線は長いですね。金運もあります」

 

それはいい。

生活に困らずに長生きできるかな。

    

「普通の人です」

「普通の人?」

「そう、標準的な線です」

  

そうか、普通なんだ。

なんかホッとしました。

生活に困らず長生きできて、普通ならば、

それでいいじゃんと思いました。

   

「理系ですね」

「社会科の教師だよ」

「でも理系の脳です」

  

そうか、理系なんだ。

納得するところもあります。

理科は好きだし、小学校に勤めている時は、

理科教師だと間違えられました。

教科を間違えた?

いやいや、社会も理科も「好奇心の教科」でひとくくり。

  

  

手相をみてもらってよかったと思いました。

   

  

2020年12月14日 (月)

「天使のゲーム 上」②/視線の威力?

   

今日は令和2年12月14日。

  

前記事に引き続き、

「天使のゲーム 上」

(カルロス・ルイス・サフォン著/木村裕美訳/集英社文庫)より。

  

  

ぼくも彼にあいさつを返した。助手席には、娘のクリスティーナがす

わっている。透けるような肌、筆で描いたような形のいいくちびる、

ぼくより一、二歳年上で、以前ビダルにビジャ・エリウスに招(よ)

んでもらったとき、ひと目で、ぼくの心を奪ってしまった女性(ひと)

だ。

「そんなにみつめてばかりいたら、彼女、こわれてしまうな」ビダル

がぼくの背後でつぶやいた。

(40p)

   

視線の威力ってどれくらいあるのだろう?

時々思います。

   

   

雨がちの、鉛のようにどんよりしたあの季節に、ぼくは『大いなる遺

産』を九回つづけて読みかえした。ひとつには、ほかに読む本が手も

とになかったこと、もうひとつには、これ以上のすごい本があるとは

思えなかったからだ。

(61p)

  

確かに、次を(次も)期待して新しい本を開きます。

次の本を期待させないような、すごい本には出合っていません。

  

  

「文学はね、すくなくとも、すぐれた文学は、芸術の血が入った科学

なんだ。建築とか、音楽もそうだけど」

(356p)

  

著者のサフォンは、文学というか読書を愛していた人だと思います。

「風の影」を読み、「天使のゲーム」を上巻まで読んで、

そう感じる箇所がいくつかあります。

読書は、人に影響を与える物体なのだと言っているように聞こえます。

  

  

ここまで

  

   

「天使のゲーム 上」①/ピントを合わせてくれたレビュー

今日は令和2年12月14日。

  

2020年12月12日朝日新聞の記事で、

読書について書かれたものがありました。

読書会「猫町倶楽部」代表の山本多津也(たつや)さんの

文章です。抜粋です。

  

「本を読む」というと孤独な営みというイメージがありますが、半分

くらいしか正しくないと思います。

本の作者との対話はもちろんですが、本に書かれた自分の知らない世

界に、他の人たちの視点という「助け」を借りて出会う。

実は読書の本質は、この「出会い」にある。一人で読んでもつかみき

れなかった内容が、他の人の感想や視点を聞くことでピントが合い、

分かってくる。他の人の読み方や意見に反発や違和感を抱いてもいい。

「同じ本を読んできた」という理由だけでその場にいる。

  

何か本を読んだ後に、その本のamazonのレビューを読むと、

ピントが合い、「そう、私もそう思う」ということがよくあります。

読後にもやもや見えるものが、すっとクリアになります。

「ピントが合う」という表現はいいなと思います。

そしてレビューを読む段階では、皆が「同じ本を読んだ」体験者。

本を読み切るのは簡単じゃない。でも読み切った。

同じ本を読んだ仲間の文章だと思えば、レビューは貴重です。

 

山の頂上からの景色は、登った人でないとわからないと同じ発想です。 

読んだことで「その場」にいる資格があるのです。

  

  

今日、この本を読み切りました。

61apbfcbxcl_2

「天使のゲーム 上」

(カルロス・ルイス・サフォン著/木村裕美訳/集英社文庫)

  

  

ピントを合わせてくれたレビュー。

  

『風の影』を読み、再びバルセロナを舞台にした本作品へ。「忘れら

れた本の墓場」という共通の場所も登場するとの触れ込みでだが、そ

の関わりは僅かでしかない。しかし、またしても独特の重々しい描写

に吸い込まれていく。途中「風の影」にはなかった哲学的な会話がビ

ュンビュンと繰り広げられて、ストーリーの進行に取り残されないよ

うに、流さずに読み返さなくてはならないことがしばしばあり、少し

疲れつつ、でも心地よい感じで読み終えました。下巻に期待!

   

私も読み流しするところもあれば、

思い直して読み返したところもありました。

ストーリーの進行は、

どちらかというともっと早めてほしいと思ったかな。

回りくどいと思うけど、でも「風の影」で思ったのは、

じれったいと思ったエピソードが、布石なんですよね。

後で効いてきます。

  

  

引用は次の記事で。

2020年12月13日 (日)

11年半ぶりに新城市庭野のムクノキ

   

今日は令和2年12月13日。

  

昨日、2020年12月12日朝日新聞の記事です。

Epson566  

新城市庭野の道路中央にあるムクノキが伐採されるという記事です。

このムクノキは、以前見に行った覚えがあります。

検索したらこの記事にすぐに行きつきました。

ここでも道草 6月8日/新城市庭野のムクノキ(2009年6月9日投稿)

11年半ほど前にこの木を見に行きました。

ムクノキの葉っぱの様子を観察しました。

その時の写真を転載します。

P6080002

P6080014_5  

木の寿命は長い。

木は生き続け、人間の幾代の生活の様子を見守るものと思っています。

でもこのムクノキは、400年生きたところで

伐採されることになりました。

道路の中央で頑張っている木として思い出のある木でした。

  

  

偶然、新聞を見て知ったこと。

新城市を通る機会には、少し足を伸ばして、

現場を見に行きたい。

伐採前になるか、伐採後になるかはわかりませんが。

   

日めくりより/「おいそれ」の言葉の由来は?

    

今日は令和2年12月13日。

  

日めくり「雑学王」(TRY-X)より。

   

2013年の日めくりより。

「おいそれ」の言葉の由来は?Epson565

  

この日めくり「雑学王」は、ふだん見過ごしていることに、

目を向けさせてくれます。

「おいそれ」の語源なんか、まったく注目していませんでした。

「おい」は呼びかけに対する答えであったことがミソですね。

「おいそれ」は、ブログのサブタイトルのひとつ「即今着手」と

同じ意味です。

「おいそれ」と仕事をやりたいところですが、

ついつい道草してしまいます。

  

  

いいなと思った日めくりは、めくった後、捨てずにとってあります。

それが山になっています。

2013年から日めくりは「雑学王」です。

8年分の山です。

ときどき読みなおして取捨選択します。

そして選ばれたのが、こうやってブログに載ります。

貴重な1枚です。

日めくりより/「奥の手」は右手?左手?

    

今日は令和2年12月13日。

  

日めくり「雑学王」(TRY-X)より。

  

「奥の手」は右手?左手?

この問いはいいなと思いました。 

答えはこれ。☟
Epson564

そうか「右に出る者がいない」は中国の発想なのですね。

少し調べてみました。

中国語スクリプト 右に出る者はいない

  

このサイトによると、中国でも王朝によって、

左右の重みが違ったようです。

漢代は、右が上でした。

「右に出る者がいない」はその時にできた故事成語。

唐代になると、左が上になりました。

日本は唐にならって、左を上にしました。

 

先日紹介した動画のように、平安京は唐の長安にならって作られ、

左京が発展しました。

【平安時代】55 初期の平安京の雰囲気をつかもう!【見て覚える日本史シリーズ】

1

  

日めくりでいい勉強ができました。

2020年12月13日の大イチョウ

今日は令和2年12月13日。

  

今日、大和の大イチョウを見に行きました。

墓参りの帰りに寄りました。

奥さんと父親と一緒でした。

Rimg1849

Rimg1851

Rimg1853

Rimg1856  

昨年は12日に見に行っています。

ここでも道草 2019年12月12日の大イチョウ(2019年12月21日投稿)

 

昨年は木曜日でした。

今年は日曜日。

木の下はにぎやかでした。

  

少し遅かったかな。

来年は11月下旬に行って、違う様相を見てみたい。

8年前の記事です。

ここでも道草 ついに「大和の大イチョウ」の紅葉がピーク(2012年11月30日投稿)

     

  

父親は駐車場の車の中からの鑑賞でした。

父親は元気です。

まだまだ長生きするぞ、きっと。

2020年12月10日 (木)

平安時代を5分でわかる動画/これからの社会科授業は?

   

今日は令和2年12月10日。

  

最近ネット上の動画で教材研究をしたり、

授業で生徒に実際に見せたりしています。

 

この動画もわかりやすい。


YouTube: 【平安時代】53 忙しい人のための平安時代【見て覚える日本史シリーズ】

声がいいし、テンポもよくて、ついつい最後まで見てしまいます。

視覚的にも工夫がされていてわかりやすいです。

見た後に、頭の中の知識が整理されている感じがあります。

現在教材で使っている「ホントにわかる」シリーズと相性がいいです。

ここでも道草 教科書代わりに「ひとつずつ すこしずつ ホントにわかる 中学歴史」を利用し始めた(2020年8月23日投稿)

「ホントにわかる」シリーズも、

この動画も、内容が精選され、

視覚的にひと目でわかるような構図なのがいいです。

動画を見せて、「ホントにわかる」シリーズに書き込みをして

定着をはかることができるように思えます。

 

どうやって授業をしようかな。

  

関連して次の動画も絡めたい。


YouTube: 【平安時代】54 桓武天皇の一生 仏教勢力と早良親王の怨霊【見て覚える日本史シリーズ】


YouTube: 【平安時代】55 初期の平安京の雰囲気をつかもう!【見て覚える日本史シリーズ】

  

特別支援学級では、通常学級と同じ社会科の時間数を

確保することはできません。

そして異学年がいる教室での授業です。

そのような状況では、こういった動画は役に立ちそうです。

いや、実際に役に立っています。

先日のカズレーザーさんの「班田収授法」は生徒に好評でした。

ここでも道草 動画によって定着をめざす/奈良時代編(2020年12月5日投稿)

カズレーザーさんの動画は、

最後に復習問題があったのがよかったです。

  

  

特別支援学級での社会科の授業の形態が変わりつつあると思います。

「ホントにわかる」シリーズは正解だったと今は思っています。

最近の写真

  • Img_4032
  • Img_4031
  • Img_4030
  • Img_4027
  • Img_4025
  • Img_5335
  • Img_5653
  • Img_5650
  • Img_5649
  • Img_5647
  • Img_5615
  • Img_4213

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉