20170902報告その11.そもそも、行きづらい(生きづらい)学校こそが、元凶
今日は9月26日。
19日の記事の続きで、9月2日の報告を書いていきます。
赤木和重先生の話、要項より。
〇9月1日に自殺者が多い。
長期の休み明け、子どもの自殺が増える傾向
要項より引用。
「9月1日」は毎日ある
・9月1日「(死ぬくらいなら)学校に行かなくてもよい。
・とても大事
・でも・・・「9月1日」だけの問題ではない。
・1)行きづらさは、続く。根本的解決にならない。
・2)そもそも、行きづらい(生きづらい)学校こそが、元凶。
どこに原因がある?
(中略)
「日本の学校は、できなことをできるようにさせる。だからそれがつらい子が出てくる」
※「できなかったことができるようになる」
このことに疑問をもたなかったが、簡単にいかない子どもの存在があり、
日本の教育のやり方だと、そのような子どもが目立ってしまう現在。
本当にそれでいいのか?
特別支援学級担任になり、キミヤーズ塾に通い、赤木先生の本を読み、
その点が最近ぐんぐん疑問に思えます。
〇赤木先生の要項より引用
キミヤーズ
・「できないことをできるようにする」=直接的能力向上教育
・「楽しむ(その副産物としてのびる)」=今こそ充実教育
※この考え方は、村上先生に出会った最初の講座(2013年11月24日)の
冒頭で言っていたこと。
ここでも道草 11月24日の講座/「嫌なことを我慢する力」は×(2013年11月30日投稿)
この時に聞き取った村上先生の言葉をここに再引用します。
〇(中略)村上先生の発言
「授業は、将来のための我慢の練習ではないのです。
今が大事で、今を幸福にするために教育はあると思います。
その教育の副産物として、あるいは副作用みたいなものとして、
知識、技能が身につき、魅力ある人格が形成され、
その結果として、それが将来につながるわけです。
成果ばかり追求するのは愚かなことです。
生きる力の育成というのは嫌なことを我慢する力でも、
何かができるようになる技術の習得でもない。
生きていて楽しいと思える子どもたちに育てることです。」
〇副作用を目標にする人はいないと村上先生。
知識い技能を身につけさせるのは副作用との発言。
※村上先生はぶれていません。
何度もこの考えに触れて、私の中にだいぶ染みてきているとは思います。
しかし、それまでの前提を崩すことでもあるので、
すぐには入ってこない考えでした。でも・・いい考えだと即思いました。
〇赤木先生は「キミヤーズの魅力とは(その1)」として
次のように書いてます。
・「笑顔」=楽しむ(に徹底的にこだわること)
・多くの先生は「できる」「ちゃんとする」ことにこだわっている(ように見える)
・もちろん、どちらも大事だし、両立しうるかもしれない。
しかし、どちらが軸なのかで、全てが変わる(例:料理店)
※「料理店」は「注文をまちがえる料理店」をさすのでしょう。
確かにあの料理店は「笑顔」重視。その結果の副産物は多そうです。
しかし、それをカリキュラムが決まっている教育活動でどう応用する?
〇赤木先生がキミヤーズのような「楽しむ」こと重視のやり方と
「(1人で)できる」こと重視のやり方の比較表を作成していました。
比較することでキミヤーズのやり方が認識されます。
大事な表です。転載します。
(つづく)
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