20170902報告その12.キミヤーズの「考える」
今日は9月26日。
前投稿に引き続いて、キミヤーズ塾で勉強したことを書いていきます。
こうやって勉強したことをもう一度咀嚼して、
ここに書くことで、自分の血や肉に少しでもなってほしいと思います。
しかし、もう第12回。9月2日はいい体験・勉強ができた日でした。
いよいよ今回が最終回(の予定)。
〇今回のキミヤーズ塾のテーマはこれ↓
「考えることを楽しむ:コミュニケーションの巻」
赤木和重先生はこう書いています。引用します。
キミヤーズの魅力とは(その2)
・「考える」ことを大事に。「できる」ことよりも。
・でも、多くの先生は、「考えさせている」と思っている。(かもしれない)
・でもでも、キミヤーズの「考える」と、
一般的な(特別支援)教育の「考える」とは違うような・・・・
「考える」の中身が違う
・閉じていく「考える」(収束的思考)
論理的に唯一の適切な解答や解決に収束(集中)させる思考
IQを出す知能検査が測定しているのはこちらの思考
(例:表情理解/大小比較/単語の意味/了解課題)
・開いていく「考える」(拡散的思考)
創造的思考の1つ。必ずしも論理的にではなく、
広げてさまざまな解決の可能性を練る思考。
・知能検査では、測定しにくい。
※そしてキミヤーズは「拡散的思考」を目指しています。
〇赤木先生の記述をさらに引用します。
赤木先生はキミヤーズ、村上先生の考え方を解説してくれてありがたいです。
でも・・・普通に考えれば無理
・障害のある子ども、とくに、自閉症(ASD)の子どもは、
拡散的思考は難しい気もする。
・理由:同一性保持 パターンを崩すのが難しい。
・だからこそ、「あいまいなことを教えてはダメ」「人によって対応が違えば混乱する」
「マッチング的に1対1対応で」という助言も多いはず。
・創作熟語もたぶんうまくいかないはず(指導したとおりにしてしまう)
・しかし、キミヤーズで育った子どもは、めちゃ拡散思考しまくり。 なんで?
拡散的思考を創発させるものはなにか?
・リアリティのある知識や生活
創造性は「無」からは生まれない。豊かな経験が基礎になる(ヴィゴツキー)
・創造的つながり
創造性は、個人の「内部」からは生まれない。
新たなかかわりのなかで生まれてくる。
【例】創作熟語(自分でつくってわからないのに問題を出す)
目の前の子どもたちは、集団の中で、自分は正しいことを言えるだろうか、
また間違えてしまうのでないかと恐れています。
周りの人たちが、発表した時に自分を馬鹿にせず、
受け入れてくれることを期待しています。
それなのに、聞く側になると厳しいことを言ってしまいます。
それではますます発表することを嫌うし、
なにか新しいことを生み出して、みんなに伝えようとは思わなくなってしまいます。
黙って過ごそうと思います。
自分が何を考えているか誤解されないように、表情を隠そうとします。
今回のキミヤーズ塾で村上公也先生が、
予定せずに(?)数分話してくれた思い出話が印象に残ります。
参考:ここでも道草 20170902報告その6.(2017年9月9日投稿)
村上先生の教育の原点を垣間見た思いでした。
今回のキミヤーズ塾では初めてのラウンドテーブルで
参加者の前で自分の体験・実践を話すことをしました。
この「ここでも道草」を紹介できました。
何人かの人が「ブログを見ますね」と言ってくれました。
見てくれてるかな?
私はこうやってまとめましたが、
同じキミヤーズ塾に参加した人たちはどうでしたか?
コメント欄を通して、そんなやりとりができたらいいなと思います。
今のところ、参加者でコメントを送ってくれたのは赤木先生のみ。
次の人が楽しみです。
以上で「20170902報告」完了。
村上先生にお礼のメールを今頃送ろうと思います。
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