小坂井東尋常小学校の歴史を少々
今日は4月28日。
先日、ポタリングで近所の善住寺に行きました。
その善住寺で、こんな石碑と出会いました。
「旧小坂井東尋常高等小学校跡之碑」
ここに小学校があった!初めて知りました。
現在、旧小坂井町には、小坂井東小学校と小坂井西小学校がありますが、
それらの小学校のある場所とは離れた場所です。
少し調べてみました。
※地元の人でないとチンプンカンプンの内容。あしからず。
そもそも「尋常小学校」とは?
Wikipediaによると、1886年(明治19年)の「小学校令」で高等小学校とともに設置された義務教育の学校。
1941年(昭和16年)の国民学校令により、国民学校ができて、尋常小学校は消滅する。
尋常小学校の卒業生の多くが、高等小学校に進学した。高等小学校は義務教育ではない。
なぜ「尋常」?
尋常の意味に「ふつうであること、特別ではないこと」があります。
「高等」に対して「尋常」だったのでしょう。
それでは小坂井東尋常高等小学校について。
明治19年の「学校令」でいきなりできたわけではありません。
旧小坂井地内の合併などで、いろいろ尋常小学校ができたり消えたりしました。
手元にあった「小坂井町誌」を見ると、なかなか複雑です。
明治39年9月に合併により小坂井村ができて、
明治40年に、小坂井東尋常小学校の前身にあたる小坂井第一尋常小学校がスタートしています。
(現在の小坂井東小学校)
同時に小坂井西尋常小学校の前身にあたる小坂井第二尋常小学校もスタートしています。
(現在の小坂井西小学校)
小坂井第一尋常小学校は、今の善住寺付近にあり、校舎が手狭だったので、
善住寺の本堂を借用して仮校舎にしていた時期もあるようです。
さらに紆余曲折して、小坂井第一尋常小学校が小坂井東尋常小学校になるのが昭和4年。
そして新校舎を別の場所に造って、移転したのが”おそらく”昭和8年。
移転場所が、今の小坂井東小学校付近です。
「小坂井町誌」とにらめっこしてわかったのはこの程度。
つまり明治40年~昭和8年、善住寺の石碑がある場所に尋常小学校があったわけです。
まったく知らない事だったし、意外な場所でもあったので興味を持ちました。
明治40年は西暦1907年。
平成19年は西暦2007年。
平成19年には小坂井東小学校でも、西小学校でも、開校100周年のお祝いがありました。
その時に小学校の歴史資料が作成されました。
自分の母校であり、娘や息子もお世話になった小坂井西小学校の資料は手元にありますが、
小坂井東小学校の資料はありません。
復帰したら、東小学校に勤務している先生に頼んで資料をもらいたいと思っています。
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