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2018年8月12日 (日)

「ブラタモリ 10」で勉強/貞観噴火 青木ヶ原樹海の範囲

今日は8月12日。

  

ブラタモリ 10」(NHK「ブラタモリ」制作班監修/角川書店)

が入手できたのでさっそく書き留めます。

※参考:ここでも道草 20180804樹海を歩いてきました3.富士風穴へ(2018年8月10日投稿)

  

まずは、「青木ヶ原樹海」の範囲について。

富士山の麓にある樹林帯は、

全て「青木ヶ原樹海」と思っていました。

違いました。

 

引用します。

 

単に「樹海」と略されることも多い青木ヶ原樹海ですが、

実は富士北西麓に広がる森の一部。

大室山(おおむろやま)という展望台の

南西方向に見えるお椀形の山から

本栖湖にかけての一帯が青木ヶ原樹海です。

(8p)

   

その青木ヶ原樹海の範囲について書かれた場所が、

13pにありました

引用します。

  

青木ヶ原樹海の正体は、1100年前の大噴火

「貞観噴火(じょうがんふんか)」で流れ出た

大量の溶岩の上に、長い年月を経て再生した

森だったのです。

(13p)

(大室山の裾野を流れた溶岩)

この溶岩を流した噴火は、

864~866年に起こった「貞観噴火」。

平安時代の歴史書にも、

その巨大さが記されています。

「富士山の噴火で、文字記録に残っているなかでは、

最大級の溶岩を出したんです」と吉本さん。

(13p)

吉本さんは、タモリさんたちを案内した

山梨県富士山科学研究所主任研究員。

 

平安時代の歴史書とは「日本三代実録」(国立公文書館)

その中に「炎の高さは二十丈(30m)」

「長さは三十里(14.5km)」と記録されています。

(13pに写真あり)

※このサイトで見ることができました↓

サブやんの気まぐれ調査研究 富士山噴火 貞観6年 864の大噴火

  

では、どのくらい溶岩が広がったかがわかる地図を

見つけました。

そのサイトはここ↓

西田進のHP 富士山の青木ケ原樹海----山の自然学シリーズ(1)

その地図です。

Photo

この地図は、このサイトでは

「レーザープロファイラによる立体画像」と呼ばれています。

「ブラタモリ 10」では、「赤色立体図」と呼ばれ、

その発明者である千葉達朗さんも、タモリさんたちの

案内人で、番組に登場していました。

 

この溶岩を出した火口は、地図中の氷穴火口列と、

大室山の麓の北西付近にあった火口列だそうです。

「ブラタモリ 10」を参考にして、

上記地図に「樹海を生んだ火口」を書きこんでみました。

Photo_2  

火口列から出た溶岩は、大室山に迫りますが、

大室山にかけあがることなく、その山麓を流れます。

上の地図を見て、黄色の部分が溶岩が流れた跡です。

大室山は溶岩に覆われていません。

そのことがわかります。

そのことが、大室山と周囲の植生に影響しています。

引用します。

  

実は樹海と大室山は、植生自体が異なっています。

樹海の木々がヒノキやツガなどの針葉樹である一方、

大室山にはブナやミズナラといった

広葉樹の森が広がっているのです。

ではなぜ、2つの性質が異なる森が隣り合っているのでしょう。

その理由もまた、溶岩にありました。

結果、大室山にはもともとの豊かな土壌が残り、

それが広葉樹の森へとつながりました。

一方、溶岩が流れた土地には厳しい環境にも

適応できる針葉樹が根を張ったのです。

(11p)

  

 

私たちは、4日に大室山の山麓を歩いて、

本栖風穴まで歩きました。

今思えば、広葉樹と針葉樹の境界を歩いていました。

もったいなかったなあ。

知っていたら、もっとしっかり観察していたのに!

  

  

「ブラタモリ」でいい勉強ができました。

録画していなかったのが残念。

  

次は富士風穴について書きます。

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