2010年10月19日 (火)

読み・書き・そろばん/麻酔手術

  

今日は10月19日。今日も頑張った。

このところ頭がお疲れ気味の模様。

うっかり忘れのミスが続く。いかんなあ。

どこかで休まないと、周りにもっと迷惑をかけてしまう。

会議をしていても、どうも言葉が頭に染みてきません。

要注意。金曜日はしっかり寝よう。     

      

     

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二宮 皓

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教頭先生が貸してくれた本です。

こんな文に興味を持ちました。

   

世界で最初といわれる紀元前3千年頃のシュメールの学校では、

もう「読む(Reading)・書く(wRiting)・計算(aRithmetic)」、

いわゆる3R'sの初歩教育が行われ、

古代ギリシア・ローマの学校でも同様のことが教えられていた記録が残っている。(8p)

      

昔から大事にされていたのは、読み・書き・そろばん(計算)だったわけです。

今も基本は変わりません。

いや、パソコンの登場は、将来変化をもたらすかもしれません。    

    

中国の国語の教科書には、偉人として華佗(かだ)という人が紹介されています。

偉人から生き方を学んでほしいというのは、万国共通でしょうか。

偉人が外国人でもいいのですが、同じ国の人の方が子どもには影響力がありそうです。

華佗は中国人。208年没。外科手術で初めて麻酔薬を使ったと言われる伝説の名医です。

 

   

ここで疑問?

麻酔を使った手術は、華岡青洲が最初だったのでは?

調べたところ、実例として証明されている麻酔手術は、華岡青洲が初めてだそうです。

    

さらに疑問。「麻酔」の語源は?

「麻」は麻薬(モルヒネ)、「酔」は意識を失う意味。そこから生まれたという説。

※参考 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q148309684

    

なぜ「麻」?

華佗が作った麻酔薬の名前が、「麻沸散(まふつさん)」

そこから生まれた言葉とも言われています。

※参考 http://www011.upp.so-net.ne.jp/konita/rekisi2.html

そういえば、「まひ」も「麻痺」と書きます。

この「麻」も、「麻沸散」から来ているのでしょうか。

繊維としての「麻」ではない、他の意味の「麻」を実感できました。 

    

「麻酔」という漢字を造語したのは、杉田玄白の孫だと言われています。

1850年のことです。

華岡青洲(1835年没)も杉田玄白(1817年没)も、

「麻酔」という漢字は使用していないわけです。

 

    

    

 

2010年10月16日 (土)

内柴正人選手引退

  

今日は10月16日。

オリンピック2連覇の柔道選手、内柴正人さんが引退を表明されました。

Naitou1 ※北京オリンピック

今日そのニュースを見ました。

   

04年アテネ、08年北京の五輪2大会連続で

柔道男子66キロ級の金メダルを獲得した内柴正人(32)=旭化成=が、

国際大会など第一線から退くことが16日、分かった。

今春からコーチを務める九州看護福祉大女子柔道部(熊本)の指導を優先させるためで、

近く全日本柔道連盟に強化選手の辞退届を提出する。

内柴は熊本県出身。国士舘大から旭化成に進んだ。

当初は60キロ級だったが、減量に苦しみ、アテネ五輪直前に66キロ級に階級を上げた。

切れ味のいい技とパワーが持ち味で、アテネ五輪はすべて一本勝ちで優勝。

北京五輪で2連覇を達成した。

北京後も現役を続行したが、昨年の世界選手権ロッテルダム大会では3回戦で敗退。

今年4月の全日本選抜体重別選手権は1回戦負けした。

今年4月から道場に寝泊まりしながら、女子柔道部での指導をしている。【毎日新聞】  

 

     

2つのオリンピックの間で、内柴選手は不調になり、苦しみます。

その時の話の映像をかつてムッシュさんに教えてもらいました。

人は支え、支えられて生きているんだなとあらためて思った映像でした。

※2009年1月31日投稿 http://mitikusa.typepad.jp/blog/2009/01/post-15b0.html?cid=20233500#comment-20233500

上記の投稿に、映像の入口があります。

     

スポーツはいい。

下記の投稿にはバスケットボールの映像の入口あり。

※2010年1月28日投稿 http://mitikusa.typepad.jp/blog/2010/01/post-3d17.html

   

この2本の映像から学ぶこと多し。

道徳の授業で子どもたちに見せたい映像です。

 

    

スーパードライ発売以後のキリン

   

今日は10月16日。

ビールの話をもう少し。

6月30日の「シルシルミシル」より。

 

1907年に設立された現在の「キリンホールディングス」

業界1位のシェアを誇っていましたが、

その地位を脅かしたのが、アサヒの「スーパードライ」でした。

1987年のこと。

就職したのが1985年だったので、スーパードライの凄さは実体験で味わいました。

当時はスーパードライばかり飲んでいました。

    

キリンがスーパードライに対抗して発売したのが「一番搾り」

1990年のことでした。

これはあまり飲みませんでしたが、世間ではよく売れたようです。

もちろん今も売れています。

   

時代が発泡酒を求めるようになると、「麒麟淡麗<生>」を発売。

1998年のこと。これはおいしかった。

しかし、キリンは、2001年シェア1位の座を奪われます。

    

さらに第3のビール、新ジャンルと言われる区分ができると「のどごし<生>」を発売。

2005年のこと。これもよかった。

    

そしてキリンは2009年、シェア1位に復帰。

そして今年第3のビール「本格<辛口麦>」を発売。

けっこうキリンは、この飲料に気合を入れているようです。

霊獣「麒麟」の大きさが最大です。

数本飲みましたが、まだ「ストロングセブン」の方がいいなと思っています。

     

番組では、こんな「キリンホールディングス」の歴史をこんな感じで紹介してくれました。

スーパードライ発売に始まる大変な時期が、

私の就職・ビールを飲んできた時期と重なるため、

興味深く見ることができました。

「キリンホールディングス」が生き残るために工夫したことがわかります。

    

ちなみにキリン「秋味」の発売開始はは1991年。

キリン「良質素材」の発売開始は2007年。

おいしかったのに、もう売っていません。

6a0133f2a604a3970b013485ca1c89970c-800wi ※2007年8月9日の投稿から


キリン「ストロングセブン」は発売開始は2008年。

     

最後に私が最近お世話になっている4種類のビール・ビール風飲みモノ。

自分の記念で写真掲載。どれだけ生き残るかな。

RIMG0001ビール4 
    

今年の秋味もあと1本。

 

100年前に「麒麟麦酒株式会社」設立

  

今日は10月16日。

昨晩はビールのことをうとうと思いましたが、疲れのために寝てしまいました。

今晩頑張る。

前投稿のつづき。

6月30日放映の「シルシルミシル」より。

    

「龍馬伝」でもお馴染みのグラバーが、日本国産ビールに貢献します。

ウィリアム・コープランドの会社は倒産しますが、

グラバーは、ビール産業は日本で成功すると考え、

岩崎彌太郎の弟彌之助に声をかけ、会社を作ります。

RIMG0043ビールとグラバー RIMG0044ビールと岩崎彌之助

    

◇会社の名前はジャパン・ブルワリー・カンパニー。

 1885年設立です。

RIMG0045ジャパンブルワリーカンパニー 

   

ここで気になったのが「ブルワリー」の意味。

調べました。

breweryと書き、

「醸造所の意味で、特にビール醸造所をいう。醸造だけでなく販売およびパブを兼ねたものもある」とありました。

    

◇日本人にはイギリスビールの味は合わないので、

この会社はドイツビールの味を採用しました。

RIMG0046ドイツビール日本人好みの味RIMG0047ドイツから最新設備 

    

◇ジャパン・ブルワリー・カンパニーが東洋の霊獣「麒麟」をラベルに描いた「キリンビール」を発売しました。

1888年のことでした。

RIMG0049キリンビール誕生 
   

◇1889年、グラバーの提案で、霊獣「麒麟」のデザインが変更されます。

RIMG00501889年ラベル変更 
     

◇お馴染みのデザインですが、2010年と比較すると変わってきていることがわかります。

RIMG00532010年のラベル比較 
   

◇1907年、ジャパン・ブルワリー・カンパニーは、

新会社「麒麟麦酒株式会社」として生まれ変わります。

会社「キリンホールディングス」は2007年で誕生100年だったわけです。    

    

グラバーに岩崎彌太郎の弟彌之助がキリンビール誕生にかかわったのが面白い。

さらに、霊獣「麒麟」は、頭が竜、体は馬であることから、

坂本龍馬が関係するという都市伝説があるそうです。

心躍る話でした。

幕末・明治始めの大きな時代のうねりの中で生まれたビール。

そう思うと、毎日ビールを飲むことが楽しくなります。

 

 

2010年10月15日 (金)

日本ビール産業の祖

   

今日は10日15日。

金曜日の晩。とっと気楽な晩です。ビールのこと書いていきます。

    

6月30日の番組「シルシルミシル」が良かったです。

キリンビールの特集でした。

   

新しいことをいろいろ知りました。

◇日本人が初めてビールを飲んだのは江戸時代。

◇日本でビールを製造することを初めて挑戦したのが、

 ウィリアム・コープランド。日本ビール産業の祖と呼ばれています。

RIMG00382日本ビール産業の祖
  

◇彼の作ったビールはイギリスビール系のビールでした。

 日本に来ていた外国人には好評でしたが、

 日本人には合いませんでした。

RIMG00404イギリスビールは日本人には合わない 

  

◇何より、値段が高かったです。

 大瓶1本8000円!これは無理。

RIMG0041大瓶1本8000円 

  

◇ウィリアム・コープランドの会社は倒産してしまいます。

 しかし彼のもとでビールづくりを修業した日本人は、

 ビール国産化の流れを形作っていったそうです。

   

さらに話は続きますが、次の投稿へ。   

 

給料日/ストロングセブン購入

  

今日は10月15日。

給料日。ストロングセブンを12本買ってきました。

ストロングセブンの種類は、「リキュール(発泡性)①」とあります。

面倒くさいので、ビールと呼びたい。

0422b_01_b 

ほぼ1年前の投稿。

※「ストロングセブン1周年」http://mitikusa.typepad.jp/blog/2009/10/post-5163.html

によると、平成20年10月23日にストロングセブンの初めて飲んでいます。

そして次のように書いています。

新製品が泡のようにいつの間にか消えていってしまうビール関係商品にあって、

1年間生き残った発泡酒です。

来年の10月23日にはまだ生き残っているかな。(平成21年10月24日)

    

今日12本買ってきたため、2年目の10月23日は、

ストロングセブンは飲めそうです。来年はどうかな?

もう売っている店も限られてきています。不安です。

お気に入りのビールなので、飲み続けたいです。

2009年、このビールを作っているキリンの工場は次の5か所だそうです。

頑張ってください。

仙台工場、取手工場、横浜工場、名古屋工場、岡山工場、福岡工場。(つづく)

自販機の小さなプレート

  

今日は10月15日。

(前投稿のつづき)

RIMG00399自販機2台

自販機の片隅についている小さなプレートを見ました。

さっそく富士電機リテイルシステムズのプレートを見つけました。

RIMG00419富士電機看板 
      

5台中2台がそうでした。

シェア40%通りでした。

 

その他どんなメーカーがあるのか。

RIMG00429クボタの看板 RIMG00439松下電器看板 
 

松下電器(松下冷機)とクボタでした。

クボタが作っているのは意外でした。

   

夜の8時に、店先で自販機の観察。

怪しかったです。
 

2010年10月14日 (木)

自販機の疑問が解決しました

 

今日は10月14日。

自動販売機についての疑問が解決しました。

9月30日の投稿で初めて書きました。

6a0133f2a604a3970b013487d62170970c-800wi 
    

レバーやコイン投入口の下にある逆Uの字の溝について。

三重県の富士電機リテイルシステムズ(株)から回答をいただきました。

飲料メーカーのキャンペーン用応募はがきなどを吊るすフックでした。

予想が当たりました。

缶自販機のほぼすべてについているフックだそうです。

どこかで実際に吊るされているところを見てみたいです。

     

    

富士電機リテイルシステムズ(株)は、

自販機製造の大手企業です。

シェアは40%だそうですが、

どの種類の自販機かは尋ねそこないました。

   

学校の帰りに、店先に5台の飲料自販機があるところで調べてみました。

次の投稿で。

2010年10月13日 (水)

ヒガンバナの定点観察スタート

  

今日は10月13日。

ヒガンバナの葉の観察をするために、

得意?の定点観察をすることにしました。

通勤路の傍らにあるヒガンバナにしました。

RIMG0057ヒガンバナ定点観察場所 ※10月11日撮影

   

    

葉は茎の根元から出てきます。

現在はこんな状態です。これも10月11日の撮影です。

RIMG0055ヒガンバナアップ RIMG0056ヒガンバナアップのアップ 

  

よーくみると、細い葉が出始めています。

「彼岸花 見ず見ず」

と言われますが、花があるうちに葉が出始めています。

    

    

こんな本を手に入れました。絵本です。

4338161035 
  

(かこさとし作 小峰書店)

    

ヒガンバナの蘊蓄がたくさん入っています。 

   

 

    



2010年10月11日 (月)

修学旅行5  金閣/陸舟の松/さらに銀閣 

   

今日は10月11日。

    

修学旅行の話のつづき。

竜安寺から金閣に向いました。

    

金閣は久々。

ちゃんと輝いていました。

RIMG0086金閣と池 
    

        

この日乗ったタクシーの運転手さんに、金閣に行ったなら、

陸舟(りくしゅう/おかふね)の松は見逃さないように」と言われました。

以前行った時は意識しなかった陸舟の松を今回はじっくり見ました。

金閣のすぐ横にありました。

RIMG0092松の全体像 RIMG0093陸舟の松看板
  

足利義満の盆栽を移した松と伝えられています。

樹齢は約600年。

確かに帆かけ船の形の立派な松でした。

金閣に目がくらんで見逃していた松を今度は見ました。

    

     

金閣と言えば・・・・・・・銀閣。

9日(土)に見たNHKの番組「ワンダー✕ワンダー」は銀閣特集でした。

RIMG0029今の銀閣全体 

なぜ銀閣が「銀」なのかという説を紹介していました。

    

現在銀閣は解体修理中。

その際銀閣の壁のあちこちから白い塗料が発見されました。

それは「白土」でした。

RIMG0031白土 
     

その白土の成分を調べたところ、ミョウバンが多く含まれていたそうです。

この白土とミョウバンが素晴らしいものを生み出します。

    

壁に白土を下塗りした後に、ミョウバンを溶かした溶液を塗ります。

そうすると、ミョウバンに光が反射して光輝くのです。

RIMG0032ミョウバンの輝き 
      

    

このことから、銀閣の2階の壁は、

白土とミョウバンによって白く輝いていたという説です。

RIMG0033二層が輝く銀閣 
     

    

なぜ銀閣と言うのかは、ずっと疑問でした。

足利義政は、金閣に対して銀閣を作り、

ミョウバンの輝きによって銀の輝きを生み出したわけです。

信じたくなるいい説だと思いました。     

     

 

    

         

 

 

 

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