2010年8月25日 (水)

「秋味」発売日/チューブの中の白い粉

  

今日は8月25日。

キリンの「秋味」の発売日。

でも例年のように、コンビニでフライング発売しているだろうと予想。

24日にコンビニへ。

売ってました「秋味」。

さっそく買ってきて飲みました。

待ち望んでいた味ですが、これが発売されると夏休みもあとわずか。

    

    

自転車のタイヤとチューブが不調。取り替えました。

痛んだチューブを切って、中の白い粉を見てみました。

お世話になっている自転車屋さんに、

この白い粉について聞いていて、実物を見たいと思っていました。

RIMG0074自転車中の白い粉 RIMG0078白い粉2

乾燥したさらさらした粉でした。

   

この粉何だと思いますか?

   

アルミの粉だと教えてもらいました。

チューブを製造するときに、ゴムが癒着しないように、

アルミの粉を含んだ空気を送り込むそうです。

さらにアルミの粉からイオンが発生し、

内からゴムが劣化することを防いでいるそうです。

   

また実物を見ることができました。

  

名鉄豊川線市田駅

今日は8月25日。今回は地元ネタ。

先日、名鉄豊川線について調べていたら、

1972年まで市田駅があったことを知りました。


どこにあったんだろう?

   

年輩の人に聞いたら、今のいそ病院の奥あたり

川の横にあったと思うよと教えてもらいました。

その付近は、レンタルDVDやCDを借りに行く店の近くで、

お馴染みの道。

さっそく行ってみました。

     

RIMG0063いそ病院 RIMG0064いそ病院を過ぎて 
 

いそ病院前を通過して進むと、名鉄豊川線にぶつかります。

ここに市田駅があったのでしょうか。

つきあたって左に向いたところはこんな状態でした。

RIMG0065川の横の現場
    

川がすぐ近くにあり、条件ぴったり。

次は川向こうから撮影。

RIMG0066別角度から駅の撮影

手前に川。

線路の右手側が駅の場所だったと思われるところ。

Wikipediaによると、市田駅についてこんな説明。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%B9%A1%E9%A7%85_(%E6%84%9B%E7%9F%A5%E7%9C%8C)  

  

市田駅は東方の高架が終わるあたりの3kmポスト付近(ホームは北側)に存在した。

こちらは側道が閉鎖され旧駅跡に近付くことはできない

    

写真で見てわかるように、高架が終わるあたりではあるが、

近付くことはできる。

場所が違うのかな? 

違ったとしても大きくは違わないはず。

      

また情報を集めます。

比叡山に行きました

  

今日は8月25日。

本「今さら他人には聞けない疑問650」(知恵の森文庫)より。

   

昔の人は、どうやって琵琶湖を「琵琶の形」と知った?

日本最大の湖、滋賀県の琵琶湖は、

湖の形が楽器の「琵琶」に似ているところから、

鎌倉時代にこの名がついた。

しかし、飛行機どころか、飛行船も気球もない時代、

日本一の広さを誇る湖の形が琵琶湖に似ていると、

どうしてわかったのだろうか?

    

これは、琵琶湖の南西に比叡山がそびえていることが関係している。

比叡山に登り、その山頂から琵琶湖を見下ろして、

形を確認したようなのだ。(後略)(362p)

     

14日にその比叡山に行ってきました。

短時間だったので、頂上まで車で往復したのみ。

頂上から琵琶湖の形が見られたらよかったのですが、

霧で全く見られませんでした。

RIMG0063頂上は霧 RIMG0065頂上の霧2

比叡山と言えば延暦寺、延暦寺と言えば信長による焼き打ちが有名。

現場に来ることができました。

機会があったら延暦寺の現場中の現場、根本中堂に行ってみたいと思います。

    

    

比叡山(848m)から見たら、もちろん琵琶かは見渡せたと思いますが、

他にも見渡せそうな山はあります。

以前登った武奈ケ岳(1214m)とか、

景色が良いことで有名な蓬莱山(1174m)などです。

比叡山から見たとは限らないのではと思いました。

もちろん京都に近く、延暦寺があった比叡山が、

当時の人たちにとってはお馴染の山だったとは思います。

2010年8月24日 (火)

安土城跡に行きました4・・・天主跡

  

今日は8月24日。

13日に行った安土城跡の話のつづき。

登っていくと、信長廟あり。

RIMG0027信長廟
   

いくつかある信長のお墓の一つだそうです。 

    

そしていよいよ天主跡。

RIMG0032天主閣跡 RIMG0034上から天主閣跡
   

国分尼寺の勉強以後、礎石に関心あり。

見とれてしまう礎石の並びです。

この上に柱が乗り、組まれ、

地下1階、地上6階、五層七重の天主が建っていたわけです。

気持ち狭く感じましたが、それでも大きな天主を想像しました。

この場所もずっと放置され、平成になって整備されたようです。

 整備後に見ることができたのは幸運です。

    

※天主・・・「天主」は城を象徴する建物を指し示す語として、

信長によって用いられるようになった。

後に「天守・殿主・殿守」などとも記されるようになり、

いずれ「てんしゅ」と読まれた。「名城物語①信長の城」(Gakken)より


     

摠見寺跡を見ました。

RIMG0044三重塔
   

RIMG0054仁王門
  

三重塔と仁王門は当時の面影を残して現存しています。

摠見寺は江戸時代に焼失しています。

摠見寺跡からの琵琶湖方面の眺めがよかったです。

RIMG0045池の中の家 RIMG0047池の中の家アップ

これは西の湖の風景。

湖の中に突き出た半島に家々があるのが印象的です。

あの半島に立ってみたいです。

湖とはいえ、大丈夫なのかと心配する場所です。

下に安土城跡のある安土山と、西の湖の航空写真を載せます。


   
    

2010年8月23日 (月)

「幻の甲子園」より・・・「野球」「草野球」

  

今日は8月23日。

「幻の甲子園」(早坂隆著/文藝春秋)から引用したい文はたくさんありますが、

とりあえずこれがラスト。

  

「野球」という言葉についての記述が忘れずに頭に残っています。

しっかり引用します。

    

野球は自明の通り、元々はアメリカのスポーツだが、

「BASEBALL」という英語を「野球」と訳した日本人の感覚は、

考えてみれば興味深い。

「BASEBALL」を普通に翻訳すれば「塁球」であろう。

確かに「塁球」の方が、

野球という競技の内容を表す意味において的確である。

   

「BASEBALL」を野球と訳したのは、

中馬庚(ちゅうまん・かなえ/かのえ)という人物だったと言われている。

明治3年(1870年)、鹿児島県に生まれた中馬は、

第一高等中学校(後の一高)野球部で名二塁手として活躍。

その後、東京帝国大学(現・東京大学)在学中、   

「BASEBALL」の訳語として「野球」という言葉を生みだしたのだという。

この新語が、日本人の感覚に馴染み、広く定着していくこととなった。

    

日本人にとって「BASEBALL」は「野」でやるものであり、

これは緑豊かな国土を持つ日本人ならではの言語感覚と言えるであろう。

(中略)

日本人にとって野球とは、広い野原で駆け回りながら行うものである。

空き地(sandlot)などで行う遊びの野球のことを「草野球」と呼ぶのも、

日本人らしい表現と言える。(73~74p)

  

なるほど。「塁球」ではなく「野球」だもんね。

日本の野球をやる環境を表しているんだと思いました。

          

sandlot?

sandlot は英語辞典によると、「空き地」

sand は「砂」 lot は「多く」

英語圏の「空き地」は砂が多いイメージなのでしょうか。

日本の空き地は、やはり草が生茂るというイメージはあります。

sandlot baseball が「草野球」と訳す英語ですが、

日本のように草のあるところでやるイメージではないのでしょう。

「草野球」にも日本らしさが出ていることを知りました。収穫。

   

   

中馬庚については、6月にも書きました。

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2010/06/post-aa14.html?no_prefetch=1

安土城跡に行きました3・・・石仏も墓石も仏足石も

   

今日は8月23日。

前投稿のつづき。

大手道を歩いていて、ところどころ賽銭が置かれていました。

なぜだろうと思って見たら、こんな説明が。

RIMG0011石仏
    

 この石仏は、築城の際に大手道の石材として使われたものです。

城普請に使用する多くの石材は、

近郊の山々から採取しましたが

石仏や墓石等も含まれていました。

出土した石仏等は、

本来は信仰の対象になっていたものですが、

築城の経緯を示すために発見当時の状態で保存しています。

趣旨を御理解の上、見学してください。

滋賀県教育委員会

     

信長らしい仕業だと思います。

前投稿でも書きましたが、これが発掘で出てきたことが価値あると思います。

上の写真で、うっすら浮き彫りになっている石仏がわかりますか?

     

仏教にとって大事な「仏足石」も使われていて、

発掘によって発見されました。

RIMG0023仏足石 RIMG0024仏足石説明

  

   

頂上までの階段は約400段。

RIMG0016登り階段2

途中には次のような励ましの看板がありました。

RIMG0015あと190段の励まし 

読みにくいので書き写します。

此処は二百十五段目。

天守閣跡地あと百九十段

頑張って頂上まで行って見ましょう

  

暑い中、励ましを受けて登りました。(つづく)   



 

2010年8月22日 (日)

安土城跡に行きました2・・・復元された大手道

   

今日は8月22日。

安土城跡に行った時の報告。

大手道を登っていくと、左手に豊臣秀吉邸跡がありました。

信長は、安土城直下に有力な武将の邸を構えさせました。

RIMG0008秀吉邸宅跡 RIMG0009秀吉邸復元図 
 
その他、徳川家康、前田利家等。

大手道を登って振り返ったところ。

RIMG0010大手道上から望む    

    

この大手道は好奇心を高めます。

広くて、まっすぐな道。

これはお城の道としては例外だと思います。

敵が攻めやすいためです。

信長が天皇をお迎えするための道だったという説があります。

攻められるなら攻めてみろという信長の自信も感じます。

     

この大手道は、実は一時期完全に消滅していました。

発掘によって復元された道です。

それを知ってますます好奇心が高まりました。

信長が作ったものでさえ、年月は消し去ってしまうんだと。

    

4056055793 
「名城物語 第1号 信長の城」(Gakken)

安土城の入門編としてお薦めの本です。

この本に、大手道の変遷が紹介してありました

写真の大手道模型は安土城考古博物館所蔵のものです。

EPSON003最初の大手道 

       

 EPSON003江戸時代の大手道

  
   

EPSON002発掘調査中の大手道

      

EPSON002復元整備後の大手道 
 

こういった過程で復元されたと知って、

歩くのがとても楽しみでした。

2度3度往復したい気持ちでした。


  
  


 

2010年8月21日 (土)

安土城跡に行きました・・・拝観料500円

  

今日は8月21日です。

8月13日と14日は、

息子の入っている少年野球チームが京都の大会に参加して試合がありました。

子どもたちは泊り込みで試合に臨みましたが、

私と奥さんは泊まらずに、2日連続で京都まで車で往復しました。

     

その際、少し時間に余裕があったので、

13日は安土城跡、14日は比叡山の頂上にそれぞれ初めて出向きました。

    

映画「火天の城」を見て、原作を読んで、俄然行きたくなった安土城跡。

13日に実行しました。

奥さんと娘と、私の車に同乗した同じチームの子どものお父さんお母さんと5人で。

   

行きつくまで、安土城跡を案内する看板はなく、

本当にこの道なのか不安に思いつつ迫りました。

しかし、直前の交差点には案内板がありました。

   

さあいよいよ着いて、頂上まで400段あるという階段を登り始めることに。

意外にも入り口で料金を取られました。

山なので料金は取られないと思い込んでいたので、

拝観料500円(小中学生は100円)は高く感じられました。

山にはお寺があるし、きっと安土城跡の保存にも使われるだろうから仕方ないです。

    

RIMG0005城跡入口
いよいよ安土城跡へ。

入り口左手で拝観料を支払います。

    

    

RIMG0006大手道のスタート 
ぐっとまっすぐに上にのびる大手道。

みんな杖を借りて登り始めました。(つづく)    



サルスベリは元気だけど・・・トウカエデの危機

   

今日は8月21日。

前投稿で暑さの中サルスベリは元気だと書きました。

しかし、調子の悪い木があります。

昨年も話題にした街路樹のトウカエデです。

※昨年7月の投稿http://mitikusa.typepad.jp/blog/2009/07/post-925b.html

   

秋になると色づいてとてもきれいな街路樹なのですが、

昨年は7~8月で葉っぱは全滅。

紅葉は全く味わえませんでした。

今年は大丈夫かなと思っていたら、

ダメです。

だんだん葉っぱが蝕まれ始めました。

RIMG00236トウカエデの街路樹  
 
RIMG00236トウカエデのアップ

  

昨年は何かの幼虫が葉を食い荒らしていると思いましたが、

暑さによって幹の中で異常なことが起こっているのではと思うようになりました。

このままでは、今年も紅葉が楽しめません。

    

実は2年前の秋に、とても紅葉がきれいだったのですが、

写真を撮りそこねました。

後悔しています。

今度こそと思っています。

どうにかならないのかな~。

暑いけどサルスベリは頑張っている

   

今日は8月21日。

RIMG00218百日紅の街路樹

街路樹だけでなく、こんなにもみんな庭に植えているんだと思うほど、

あちこちで見かけるのがサルスベリ(百日紅)。

(我が家にも小さなサルスベリがありました。灯台もと暗し)

「百日紅」は、花もちがいいことからついた名前と思われます。

「千日紅」という花もありました。

センニチコウと読みます。これも花もちがいいそうです。


先日午前中の出張がすんで、学校に戻る途中、

たくさんの百日紅がある場所を見かけました。

RIMG00186百日紅がたくさん RIMG00175百日紅に近づく

どうしてこんなにと思えるほど。

売るほどありました。

販売しているのかな?

     

よく見ると花の構造が変わっています。

RIMG00163百日紅の花のアップ
 

花(花弁)のもとが棒状になっているため

スケスケの花になっています。

    

暑い夏ですが、サルスベリは頑張っています。 


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