2026年4月14日 (火)

この春もスズメバチトラップをつくるぞ!

   

今日は令和8年4月14日。

  

季節は巡る。

昨年の春、現在の勤務校に来て初めて体験したのが

スズメバチをトラップで捕まえること。

森に囲まれた自然豊かな勤務校。

たくさんのスズメバチの捕獲に成功しました。

  

スズメバチの生態はこんな具合。

Img_8031

ここから転載:みんなのハチ駆除屋さん

  

この図を見ると、今は越冬したスズメバチの女王蜂が、

1匹で巣を作り始める時期。

この時期に女王蜂を駆除すれば、

秋の危険な時に、スズメバチの絶対数を消し去れます。

  

昨年のトラップにかかったスズメバチの動画を紹介します。


YouTube: 2025年5月 トラップに捕まったスズメバチの女王蜂

  

今年も同じ勤務校です。

トラップを子どもと作ってみたいと考えています。

昨年調べた材料は以下の通り。


①果汁100%ぶどうジュース:500ml

②カルピス原液:100ml

③水:400ml

④白ワイン:500ml

⑤黒砂糖:150g

白ワインが高い。

でも動画のように、効果は抜群。

森の中に設置して、観察にも行きます。

2026年4月13日 (月)

4月4日 小田周二さんのお話を聴きに行く②

   

今日は令和8年4月13日。

  

前記事の続きで、東京で小田周二さんの話を聞いてきたことを

箇条書きで書いていきます。

  

◯国は遺族に対しては手が出せない。

 青山透子さんに対しては、たくさんの苦情が来ている。

◯JALの赤坂会長。社長を退いても、代表権を持っていて、

 JALをコントロールしている。

 女性の新社長を立てて、JALを操っている。

 

※これはいつのことだったか調べました。

 日本経済新聞 2024年1月19日

ここから一部引用。

 日本航空(JAL)は17日、鳥取三津子代表取締役専務執行役員

(59)が4月1日付で社長に昇格すると発表した。赤坂祐二社長

(62)は代表権のある会長に就く。客室乗務員(CA)出身、女

 性のトップはいずれも初めて。

  

2年前のことでした。赤坂会長が、ブッラクボックスの開示を拒ん

でおり、この赤坂社長の影響力がある限り、拒み続けるだろうと、

一緒に小田周二さんの話を聞く会に参加している人が言ってました。

赤坂会長は1962年1月3日生まれ。早生まれ。同じ学年だ。

まだまだ影響力を保つだろうなあ。

  

◯補償金が日航から遺族に渡されたけど、和解したという文書がない。

 まだ遺族と日航は和解していないのです。

 お金をもらっておいて、日光を追求するのはおかしいという

 意見もあるが、和解していないのだから、追求しても構わない。

◯日本の場合は、弁護士の費用が高い。

 40万円〜50万円がすぐ必要。なかなか訴えることができない。

 外国の場合は成功報酬。裁判に勝ったらお金を支払う仕組み。

◯ジェット燃料は引火して燃えたとしても、2〜3時間で消える。

 体が萌えたとしても、表面だけ燃える。

 それなのに翌日の朝まで、墜落現場では燃えていた。

 ジェット燃料以外の油が燃えていた可能性が高い。

◯火炎放射器で使われる油は、粘着性があり、付着して燃え続ける。

 証拠を隠滅知るために、火炎放射器を使った可能性が高い。

 体の中まで燃える可能性がある。

◯遺族の1人スザンヌ・ベイリー・湯川がいる。女性であり、

 赤坂社長に対して「日本は航空事故に関する国際条約に正式に

 合意しているのに、証拠を隠すのはおかしい」と迫っている。

 赤坂社長は、追い込まれた。

◯油圧系統が壊れ、垂直尾翼も破壊されたら、1分くらいしか飛べずに

 墜落するのが常識。それなのに日航123便は、1分で墜落しないで、

 駿河湾上空を飛び続けた。高浜機長、佐々木副操縦士は駿河湾上空で

 エンジンの出力を使って飛行機を操縦するテクニックを初めて習得

 したと予想する。この方法は後に「ポラリス賞」で表彰されている。

  

※「ポラリス賞」Wikipedia ポラリス賞

Wikipediaから一部引用します。

  

民間航空に関係する賞としては最高位に位置する賞で、国際定期航空

操縦士協会連合会 (IFALPA) が民間航空機パイロットに対して、その

優れた飛行技術や英雄的行為を表彰するものである。場合により、英

雄的行為をとった乗客が表彰されることもある。IFALPAの年次総会で

発表されるが、毎年授与されるものではない。

  

最高位に位置する賞なんてすごい。

日航123便は、最後の32分間は迷走していたと報じるマスコミが

多いけど、こうやって賞をもらうほどに、操縦が効いていたのです。

Wikipediaのスクリーンショットです。

Img_8025

1987年に受賞しています。

私は今回の小田さんの話の中で、この駿河湾上空で、

新しい操縦方法を習得した話が最も印象に残りました。

前の記事でも書きましたが、日本航空からも、

アドバイスがあっての習得だったと思います。

ボイスレコーダーにその会話も残っているはずです。

でも、「操縦できた」「横手基地に着陸することができた」と

なっては困る人たちによって、コックピットや日本航空の努力も

なかったことになっているわけです。

  

今回の主催者の代表MAKさんが紹介していた動画を

もう少しここに載せます。


YouTube: 日航123便墜落事件から40年 執念の遺族小田周二氏×国際ジャーナリスト松井道男 激白ダイジェスト

これは7ヶ月前の動画。

  

次の動画は2ヶ月前。


YouTube: 日航123便墜落事件から40年 執念の遺族小田周二氏 今だから語る真実 パート1

これはパート1。現在は3つ動画が出ていますが、

3つ目の動画の最後に第4弾(最終章)の予告あり。

Img_8026

探したけど、まだパート4の動画は見つからず。

  

小田周二さんをしっかり見ようと最前列でお話を聴きました。

YouTubeが普通になり、出向かなくても、いろいろな人の

お話が聴ける世の中。

昔は、お話を聴くために、東や西や北に新幹線や車で出かけました。

その頃を思い出すような日でした。

 

 

  

  

2026年4月12日 (日)

4月4日 小田周二さんのお話を聴きに行く①

   

今日は令和8年4月12日。

  

珍しく先週の土曜日、4月4日に東京に行きました。

小田周二さんのお話を直接聞こうと思って、

出かけました。

この会に行きました。

Img_7219

小田周二さんは4冊の本を出されており、

そのうち2冊は読んだことがあります。

Img_7908

Img_7907

日航123便墜落事故の遺族です。

日航123便は、最後は自衛隊機に撃墜されたと主張する方です。

1937年生まれの89歳。

41年前は48歳。

事故当時48歳の方が89歳。

41年という年月がいかに長いかを感じます。  

  

小田さんの話を、すぐに記事にして書き留めようと思いましたが、

1週間が過ぎてしまいました。

覚えていることを書き留めます。

  

◯今回の会の主催者は「8.12連絡会 事故調査分科会」

 この会のMAKさんと言う方が中心でした。

◯YouTube「テレビディレクターここだけの話」に小田さんは

 出演しているとのこと。ちなみにMAKさんも出演していて、

 この動画で語っています。


YouTube: 日航墜落事件・執念の遺族小田周二氏をサポートするMAK氏が激白!闘いの真実とは?

◯事故からまもなく41年。

 「一筋縄ではいかない」ことだったと語る小田さん。

 遺体が運び込まれたのは、最も事故現場に近い上野村ではなく

 藤岡市だった。これも政府にとって都合がいい場所だから。

 いろいろ小細工しやすいと言う意味かなと思って聞きました。

◯小田さんは、次男と長女を事故で亡くしました。

 親戚3名も失い、一度に5人の近親者を失った遺族。

◯藤岡市で遺体を引き渡された。それは「透明人間」だったそうです。

 遺体は顔の一部と足の一部のみ。包帯によって人の形をした

 遺体だった。だから「透明人間」

 思い出します。ドラマや映画の透明人間は、包帯に巻かれていて、

 その包帯を外すと姿が見えなくなることを。

◯事故調の目的は、本来、再発防止。

 証拠さえ公開すれば、事故の真相がわかる。

 事故調はそれをやっていない。

◯伊豆半島の手前で、123便は、垂直尾翼を破壊され、

 ACUなども脱落した。油圧も全てダメになる。

 垂直尾翼の右側の桁柱が短く、左の桁柱が長い。

 この破損状態から右から何か強力な物体がぶつかったと予想される。

 破壊工学で、右から破壊物がきたら、そちらが大きく破損する。

◯駿河湾上空では、123便のコックピットのメンバーが

 油圧がない状態で、エンジン制御をすることで、

 123便を操縦するやり方をマスターする。

 これはすごいこと。初めて彼らがこの操縦方法をマスターする。

 この時に日本航空の技術陣が、パイロットたちと交信して、

 墜落せず、飛行する方法を考えて指示していたと考えられる。

 しかし、その交信のやり取りは、ボイスレコーダーの記録が

 未公開。

◯操縦をマスターしたことで、123便は右旋回をして

 生きるための飛行を始める。

 垂直尾翼を破壊され、油圧がダメになったら、1分で墜落する。

 それなのに5分飛ぶことができていた。

 この5分でコックピットのメンバーは、難しい操縦技術を

 身につけたのです。

  

  

次の記事に続く  

  

今晩はここまで。

 

アオダモかマルバアオダモか?14日に同定

    

今日は令和8年4月12日。

  

ここでも道草 この木にも春が来た/マルバアオダモでいいかな?(2026年4月2日投稿)

この記事の続きです。

地元の豊川市のあるお宅で撮影した冬芽を

観察してきました。

4月2日に撮影しましたが、その後行けていませんでした。

そしたら、ありがたいことに、そのお宅の方が、

写真を送ってくれました。

4月7日撮影。

Img_8010

そして4月11日撮影。

Img_8011

Img_8012

白く細い花びらがいいです。

薄い緑色の葉っぱと合わせて、涼しげな木です。

これはアオダモの仲間だと思います。

アオダモか以前から予想していたマルバアオダモと

思われます。

その区別の仕方は、このサイトが参考になります。

葉と枝による樹木検索図鑑 アオダモーケアオダモーマルバアオダモーヤマトアオダモ

今度14日に、そのお宅に行くので、

実物の葉っぱを観察して、同定したいです。

  

アオダモとマルバアオダモの冬芽を紹介。

マルバアオダモの冬芽

Img_8019

岐阜聖徳学園大学 アオダモの冬芽

  

枝の頂上にできる冬芽を頂芽(ちょうが)、

枝の途中、葉の付け根にできる冬芽を腋芽(わきが)と言うそうです。

参考:山想花ブログ 樹の花と実 34 マルバアオダモの冬芽
  

  

マルバアオダモの冬芽

Img_8018

インスタグラム 冬芽の世界ではかなり渋い色合いのマルバアオダモ

  

冬芽の形からすると、マルバアオダモでしょう。

でも同定は実物を見て決めます。

2026年4月10日 (金)

2月のカレンダーで勉強/サルオガセ・ヤマタチバナ・ちょうど4列の月

   

今日は令和8年4月10日。

  

ちょっと前の写真です。

今年の2月のカレンダー。

Img_7331

3月になって剥がして、捨てようと思ったけど、

待てよと思って、折り曲げたのを伸ばして撮影しました。

裏面の説明も写真に撮りました。

Img_7332

  

これはサルオガセかな?と疑問。

サルオガセは特異な生き物で、地衣類ですが、

どこかに寄生して生きているわけでなく、

空気中から水分を吸収して生きています。

したがって、サルオガセは根を木にはりめぐらすわけでもなく、

うまいこと枝などに乗っかっている生き物です。

カレンダーのサルオガセは、古い枝から生えているように

見えます。

 

Geminiに聞いてみました。回答の一部を引用します。

 

カレンダーの写真(2月の梅の枝ですね)についているフワフワした

ものは、一般的なサルオガセのイメージとは異なります。

• サルオガセの特徴: 糸のように細長く、とろろ昆布やひげのように

 枝から下に垂れ下がるのが特徴です。

• 写真の地衣類: 枝の表面に比較的しっかりと張り付き、フワッと放

 射状や葉っぱのように広がっています。

これはおそらく、ウメノキゴケやカラタチゴケといった別の地衣類で

ある可能性が高いです。特に古い梅の枝にはこうした地衣類がよく付

着します。華道や盆栽の世界では、このように地衣類がついた趣のあ

る梅の枝を「苔梅(こけうめ)」と呼び、非常に珍重します。

  

以上です。Geminiは私の考えに賛成で、ウメノキゴケ、カラタチゴケの

2つの名前を挙げてきました。

調べたところ、カラタチゴケに似ていると思いました。

「苔梅」という言葉があるかな。

これはネット上で発見。

いけばなライフ・Mirinegi. 苔梅って何に?いけばなによく使われています

この記事では華道での苔梅について作品を紹介しています。

転載します。

Img_8004

左下にあるのが苔のついた梅の木。

文字通り「苔梅」です。

  

次に注目は山橘(ヤマタチバナ)。

石木花(sekibokka) ヤブコウジ

この記事に素晴らしい写真があったので転載します。

Img_8005

万葉集ではヤマタチバナと呼ばれ、今はヤブコウジなのだそうです。

十両の別名もあり。

サイトから一部引用します。

  

万葉集や源氏物語にも登場するほどヤブコウジの歴史は古く、その

ころからお正月や長寿を願う儀式に用いられていたと言います。

また、江戸時代には葉に「斑」が入るヤブコウジが愛好家などの間

で人気となり、多くの品種が生み出されました。

そして明治20年ごろからは新潟県で再び流行し、明治27年頃には

全国的にヤブコウジが一大ブームとなります。やがて投機の対象と

して見られるようになり、趣味家だけではなく一般市民も巻き込み、

1株で1000万円もの高値で取り引きされるに至りました。そして、

この事態を重く見た当時の新潟県知事はヤブコウジの一切の売買を

禁止する法令が出されました。

特異な歴史ではありますが、ヨーロッパでも似たような例がありま

す。気になる方は「チューリップ・バブル」で調べてみて下さい。

モノの価値について考えさせられる出来事です。

  

チューリップが高値で取引された話は知っています。

同じような話が、このヤブコウジであったのですね。  

  

「ヤブコウジ」

この響きで思い出すのが、落語の「寿限無」

この映像が参考になりました。


YouTube: 【270話」落語(垂乳根と寿限無)/奥付と検印紙/ヤブコウジ【寄り道・脱線 生薬雑話】

Img_8006

子どもが生まれて、その子に名前をつけるにあたって、

和尚さんから縁起のいい名前をたくさん教えてもらいます。

どれも外すことができなくて、全てを名前にしました。

その中に「ヤブコウジ」があったのです。

それが「藪柑子のぶら柑子(やぶらこうじのぶらこうじ)」

ヤブコウジが縁起がいいので登場。

赤い実がブラブラするのを「ぶら柑子」と表現したのでしょう。

  

この画面大事です。

和尚さんが言った縁起のいい言葉の説明をしてくれています。

嬉しいですね。

  

Img_8007

正月の縁起のいいものとして「千両」「万両」「百両」があり、

このヤブコウジは「十両」というわけです。
   

ヤブコウジの赤い実を見たような・・・

光明山で見ました。

Img_4962

2月15日に登山道で見かけた飾り。

ここに赤い実をありました。

Img_4963

これってヤブコウジの実ではないかなと思います。

この写真を撮った時には、ヤブコウジの赤い実の知識は

なかったのが残念。

2月のカレンダーは見ていましたが。

  

  

最後に2026年の2月のカレンダーが特殊だった話。

2月は今年28日。2月1日は日曜日始まり。

そのため4列で、スッキリ納まっています。

他のカレンダーの写真も載せます。

Img_7299

この状態は2015年2月以来11年ぶりに起こったこと。

次回は11年後の2037年2月。

Img_8009

日めくり!カレンダー.com

このカレンダーを見たいな。その時は75歳。

3月3日に卵嚢から孵化したカマキリの在りし日の姿

    

今日は令和8年4月10日。

  

ここでも道草 子どもの「面白かったこと」をGeminiでイラスト化(2026年3月5日投稿)

この記事で、今年の3月3日に、教室に置いてあった

カマキリの卵嚢が、1つ孵化してしまい、

たくさんのカマキリが誕生。

発見した1年生の男の子と寒風の中、

校庭に逃したことを書きました。

その時にGeminiが作成した画像を再掲します。

Img_8003  

この時の写真をまだブログに載せていなかったので

ここで載せます。

この時に生まれたカマキリの赤ちゃんは、

おそらく全滅してしまったのでは。

在りし日の姿です。

  

このボトルの中で孵化しました。

Img_5125

  

Img_5127

Img_5131

Img_5134

Img_5135

Img_5136 

最後は、私の膝小僧に乗っていた赤ちゃんカマキリ。

いつの間にかここにいてビックリ。

  

昨年はいつ孵化したのか調べました。

ここでも道草 2ボトル目のカマキリの赤ちゃんが産まれた(2025年4月28日投稿)

ここでも道草 卵嚢から出てきたカマキリの赤ちゃん(2025年5月2日投稿)

この記事を見ると、昨年の最初は4月11日。

その次が4月28日。

そしておそらく5月初旬に次々に産まれたと思います。

今年もたくさんの卵嚢がありますが、どうなるかな。  

2026年4月 8日 (水)

枝の折れたサクラの観察/次回は見捨てられた枝を剪定予定

   

今日は令和8年4月8日。

  

前記事の続きです。

丸山の頂上にあるサクラの木。

折れた枝の先についていたサクラの花は、

しっかり咲いていたし、葉っぱも出始めていました。

Img_7970

折れた場所はこんな感じ。

Img_7971

Img_7974

う〜ん、ちょっと傷口が少しひどくなったような気がします。

心配です。

折れた枝をよく観察したら、

気がついたことがありました。

折れたところから、最初の枝の分岐。

Img_7970_2

この写真の青線と赤の点線の分岐。

この枝は、分岐から青い線の方向には花芽・葉芽がありましたが、

赤の点線の方向には、花芽・葉芽が全くないです。

つまり、サクラは、赤い点線の枝は見捨てて、

青い線の枝に、水分と栄養を送ったのだと考えられます。

折れてしまったので、十分に水分と栄養を送れなくなったサクラは、

その栄養を1本の枝のみに送ったのです。

賢いです。

  

そこで私は余計なお世話をしようと思います。

次に登った時に、赤い点線の枝を剪定しようと決めました。

そうしたら、切り取った枝の重さがなくなり、

折れた部分にかかる荷重が少しでも減ると思うのです。

折れて脱落するのは、やっぱり防ぎたい。

  

  

丸山散歩/4月8日の写真/きっと今年ベストの丸山の花見

   

今日は令和8年4月8日。

  

今日は快晴。青空が素晴らしい日でした。

仕事が終わって、やっぱり足は丸山です。

葉っぱが出てきているサクラが増えて、

丸山全体の花の盛りは昨日(4月7日)だったようですが、

何といっても今日は青空がいい。

Img_7943

Img_7945

午後1時過ぎ。

昼過ぎの太陽が作ったサクラの木の陰が、

斜面に映っているのがいいなあと思いました。

斜面をアップで撮ろうと近づいて撮影。

Img_7946

やっぱりいい感じです。

この斜面は、子どものうち数人が頑張って登った斜面。

この勾配と長さが、子どもたちの冒険心をそそる魅力的な斜面でしたが、

このように陰を映すことでもお気に入りの斜面になってきました。

  

さあ登ります。

自動車をとめると、そこには自転車が4台。

自転車のカゴにはヘルメットがあったので、中学生かな。

山の上からは女の子たちの声が聞こえてきました。

登り口、ちょうど4人の女の子が下りてきました。

たくさんのおしゃべりをして下りてきた感じ。

今日、ここに来るのはいい選択です。

山に登ると、あいさつをするのが通例ですが、

ささやかな山なので、あいさつをせずにすれ違いました。

  

今までのベストは、やっぱり登山口。

今日もよかったです。

Img_7956

Img_7958

ここから少し歩いて鋭角に左に曲がり、登ります。

Img_7959

この道を登って、右に曲がって急登を登ると頂上ですが、

今回は寄り道して、いつもは撮らないような写真を撮りました。

Img_7960

Img_7962

Img_7961

Img_7963

Img_7964

花びらが舞っていたので、映せないか挑戦。


YouTube: 2026年4月8日 丸山頂上付近 舞うサクラの花びらが撮れるか?


う〜ん、満足いかず。

また撮影の勉強をします。

頂上のサクラの木。

マークした花の撮影。

Img_7968

目印の色の紐が目立たないくらいに、花盛りです。

  

折れた枝については、次の記事でクローズアップして書きます。

ここでは省略。

  

下山。

Img_7978

Img_7979 Img_7980

↑ 頂上から下る道です。

  

Img_7981

Img_7984

Img_7985   

今度は年輩の女性3人を見かけました。

今、写真に撮ったばかりの上の場所を勧めました。

Img_7986

 

丸山を離れたところで撮影。

Img_7989

きっと今日が今年の丸山のベストの花見だったと思います。

青空に感謝。

もうすぐブログが19年/最近のアクセス数が異常

   

今日は令和8年4月8日。

  

最近気になっているのが、このブログへのアクセス数。

ブログ「ここでも道草」は、2007年4月21日が誕生日。

19年が経ちます。

このほぼ19年間で、ブログへのアクセス数は

今日現在で、1日平均289です。

アクセス数が289も来ているなんて、

私にとっては励みになる数です。

ところが最近のアクセス数は異常です。

見てください。1ヶ月のグラフです。

Img_7993

3月26日から異常が始まりました。

アクセス数が2676に跳ね上がりました。10倍です。

でも時々あるんですよ。

稀にアクセス数が急に跳ね上がって、2〜3日続くことが。

きっと一時的だと思っていましたが、続きました。

4月5日にはアクセス数6500を越えました。

なぜだろう?

このブログのアクセス解析を見ても、

どの記事が読まれているのかは、よくわかりません。

4月6日にアクセス数が640に減ったので、

これでまたふだんに戻るかなと思いきや、

4月7日、8日はアクセス数12000越え。

4ヶ月のグラフを見てください。

Img_7994

このグラフで見ても、3月26日からが異常であることが

わかると思います。

理由がわかりません。

1日にアクセス数10000越えなんて、滅多にないこと。

気になります。  


  

昨年初めて認識した「オヤブジラミ」今年も発見!

   

今日は令和8年4月8日。

  

4月4日に町内会の月例美化活動に参加。

公園の草取りをしました。

その時の写真です。

Img_5959

ドクダミにもギョッとしましたが、そのドクダミの間に生えている

葉っぱに嫌な予感がしました。

これってオヤブジラミじゃないかなと思いました。

昨年5月に、同じ公園で苦しめられたひっつき虫です。

Img_7941

昨年の5月に厄介なひっつき虫だなと初対面。

調べた覚えがあります。

このひっつき虫は、昨年勤務校でも出合いました。

その時の写真。

Img_2311

Img_2313

オオオナモミと同じ仕組みでひっつくのかな。

「ひっつきむしの図鑑」(トンボ出版)のページの写真です。

Img_2359

Img_2360

この本によると、実は2つに分かれるとのこと。

本当に分かれるのか、教室に持ってきて観察していました。

分かれました。

Img_2474

Img_2470

1つの花から2つの実ができるオヤブジラミでした。

  

変な名前ですよね。

語源はわかるかな。

living for today…on the earth. オヤブジラミって 変なネーミング!

私と同じように思った人がいました。

このサイトから引用します。

  

名前の由来は この果実の表面には鈎状の棘毛が密生し シラミのよ

うに衣服にくっつくことから来ています。

オヤブジラミ の ”雄” というのは ヤブジラミ より果実が大

きいので ”雄薮虱” となったようです。

日本では 2種 が分布し 2種 (ヤブジラミ オヤブジラミ)が帰化し

ています。冬期はロゼットで過ごします。

ヤブジラミとよく似ていますが 春にだけ花を咲かせることや、花

や果実がほんのりと紫色を帯びることなどの違いがあります。

  

そうか、ヤブジラミがあるんだ。

さっそく調べましたが、確かによく似ています。

花期は5〜7月。

7月に花が咲いていたら、ヤブジラミですね。

  

昨年初めて認識したひっつき虫「オヤブジラミ」

アレチヌスビトハギ以外にも、ひっつき虫がいました。

最近の写真

  • Img_7148
  • Img_7147
  • Img_7144
  • Img_7142
  • Img_7141
  • Img_7140
  • Img_7139
  • Img_7138_2
  • Img_7138
  • Img_7137
  • Img_6896
  • Img_6894

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉