2016年2月 6日 (土)

「PL学園最強世代」からの引用その3.巨大な壁「ALS」

 

今日は2月6日。

  

前投稿に引き続き、

「PL学園最強世代 あるキャッチャーの人生を追って」

(伊藤敬司・矢崎良一著/講談社)からの引用

  

 

そもそも過去の球歴や実績などを振り返ったり、

「凄いね」と言われることは正直好きではない。

そえはあくまでも過去であり、

今現在の評価とは何ら関係ないことですから。

ましてや、それで仕事ができるわけではないし、

そのことにしがみついても、

なんらプラスにはならないと思っていました。

ただ心の中で≪あれだけ苦しい思いをしたから乗り越えられる≫と、

どんなアクシデントが襲ってきても

私のバックボーンには常に野球がありました。

しかし、ALSという病はそのバックボーンをもってしても

適わない巨大な壁となり、

私に「絶望」という言葉の意味を嫌というほどわからせてくれました。

ALSは、今まで積み上げてきた小さなプライドや自信を

完膚なきまでにぶち壊してくれました。

そんな中で、私はもう野球を見る気を失くしていました。  (199~200p)

  

私に「絶望」という言葉の意味を嫌というほどわからせてくれました。

が特に印象に残りました。

とても残酷な病気だと思います。

  

  

野球を見る気を失くしていた伊藤さんが、

後輩たちの活躍を見たいために、

再び野球観戦に行くことになります。

そのための準備がたいへんでした。

  

そして、最大の障害は試合の日程であった。

平日に行われる初戦はスタッフのスケジュールが難しく、

休日前に組まれた2回戦が唯一観戦可能な試合だった。

夜の試合なので、10月28日~29日の1泊2日になる。

チームが初戦で負けたらどうするのか?

これだけの準備をしておきながら、中止するのも癪なので、

そのときには観光旅行に切り替えることにした。

初戦、JR東海はJR九州に3-1で勝ち、2回戦進出を決める。

エース川野慎也の完投勝利だった。

大会前の練習で、選手たちは

「なんとしても初戦を突破し、伊藤さんが観戦できるようにしよう」

と言葉を掛け合っていたという。

そんな話を聞かされ、敬司は胸が熱くなった。  (203p)

  

読んでいた私も胸が熱くなりました。

やっぱり人は「誰かのために」となった時に、

頑張れる生き物だと思います。

そしていよいよ試合観戦。

  

  

旧知の人たちと挨拶を交わすたび、敬司は思った。

≪変わり果てた自分の姿を見て、どう思ったのだろう?≫

みな、一様に驚きの表情を浮かべていた。

言葉には出さないが、「頑張っているんだな」と

喜んでくれる人もいれば、

「かわいそうに」と哀れむ人もいただろう。

ただ、敬司の心の中で、

≪どんな姿になろうとも、隠れるような行動は取りたくない≫

という強い決意があった。

この世の中には、原因さえもわからない得体の知れない難病が、

ALSを含めゴマンとある。

誰もが苦しい毎日を送っていたはずだ。

まずは一人でも多くの人に認知してもらえないと、

問題が山積している障害者への社会保障制度の改善にもつながらない。 (209p)

  

私が伊藤さんと同じ立場だったらどう思うだろうか?

そう思って読みました。

生き方の参考になる文書です。

2016年2月 5日 (金)

「PL学園最強世代」からの引用その2.重度訪問介護

 

今日は2月5日。

  

前投稿に引き続き、

「PL学園最強世代 あるキャッチャーの人生を追って」

(伊藤敬司・矢崎良一著/講談社)からの引用です。

  

ある日のブログに、敬司はこんなことを書き込んでいる。

〈いろんなヘルパーさんがいるけど、

その中でも一生懸命にやってくれる人がいる。

ナニクソ根性がある。銭金で仕事をしていない人だ。〉

その時のメンバーが、今も敬司のシフトの主軸になっている。

彼らには、こうした言葉が何よりも活力源になる。

「最後は義理人情の世界です。やりがいです。

あの人は、身体が動かせないんです。

誰かが助けなければ生きられないのだから。」

(ヘルパーの)岡村は言う。そして、それだけではない。

心の中にあるこんな本音も口にする。

「僕も性格の悪いところがあって、他者のヘルパーが脱落していくなかで、

生き残れた自分がちょっと嬉しかったんです。

これだけ頑張っても、介護保険と重度訪問介護というのは報酬が倍以上違う。

そんなストレスを溜め込みながらも、

やれている自分に酔っていた面はあります。

まだ俺は残れているぞ、って。」  (190p)

  

ヘルパーの仕事が大変であると思った本でもあります。

  

「重度介護訪問」について全く知らなかったので調べました。

次のサイトが参考になりました。

全国障害者介護制度情報 重度訪問介護で暮らすー難病ALS-

引用します。

重度訪問介護とは:

障害者自立支援法の中の訪問系サービス(ホームヘルパー制度)の一つです。

24時間の連続介護が必要な最重度の障害者に、

24時間連続してヘルパーを使う(8時間勤務のヘルパーが3交代で)事を

想定して作られた制度です。

もちろん1日16時間や12時間の利用をして、

残りは家族が介護ということも出来ます。

重度訪問介護は身体介護とは違って、

ヘルパーが障害者に呼ばれるまですぐそばで座って待つ

「見守り待機」もヘルパーの仕事となっています。

介護保険や障害者自立支援法の身体介護のヘルパーは、

決められた身体介護を1時間~1.5時間程度の短い時間に

さっとやり終えて帰って行きますが、

障害者自立支援法の重度訪問介護は、

同じヘルパーが最低8時間障害者のそばに座って待ち、

排泄や体位交換や文字盤や水分補給などを障害者に言われたら、

言われたときに即座に介護を行い、それが終わったら、

次に呼ばれるまでまた傍に座って障害者を見守りながら待機します。

外出の介護も重度訪問介護のヘルパーが行えます。

重度訪問介護を毎日使っている障害者はいつでも外出したい時に

ヘルパーと外出ができます。

たんの吸引や体位交換など、いつ必要になるかわからない介助内容の多い

ALS障害者等には、介護保険や少ない時間数を細切れに支給されると、

大変危険ですし生活の質にも支障が出ます。

その点、重度訪問介護であれば、安全に暮らせます。

   

ALSと重度訪問介護は深い関係があるわけです。

ただ介護保険と重度介護訪問の報酬の格差については、

この本の中で何度か出てきますが、まだよくわかっていません。

  

「PL学園最強世代」からの引用その1.清水哲さんからの言葉

 

今日は2月5日。

  

清原和博元プロ野球選手が覚せい剤を所持していた疑いで逮捕。

2月2日の晩に、このニュースが流れました。

驚きましたが、「やっぱり」という気持ちもありました。

逮捕が大きなきっかけになって、

覚せい剤から縁が切れればいいと思います。

  

清原元選手の2年後輩のPL学園高校球児だった方の本を読みました。

「PL学園最強世代 あるキャッチャーの人生を追って」

(伊藤敬司・矢崎良一著/講談社)

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ALS患者の伊藤敬司さんの本です。

※参考:ここでも道草 ALS患者伊藤敬司さんのことを知る(2015年11月30日投稿)

 

この本からの引用。

  

病気の人間は、人の言葉に敏感になる。

医者や健常者の何気なく口にした言葉にも、

その裏にある意思を忖度し、ときには深読みしてしまうものだ。(32p)

 

「忖度」が読めませんでした。

「そんたく」でした。

意味は「他人の心を推し量る(おしはかる)こと」

「病気の人間は、人の言葉に敏感になる」

大事な教訓だと思う。病人に接する時には気をつけたい。

自分が病人になったら、きっと実感するだろうな。

  

  

母校PL学園の先輩方は、

甲子園やその後の野球界で実績を残された方はもちろんのこと、

人間として素晴らしい方が数多くいらっしゃる。

その中の一人に、清水哲さんがいる。

(中略)

同志社大学に進学し野球を続けていたが、

85年秋、盗塁で二塁にヘッドスライディングをした際に、

ベースカバーに入った野手と接触し首の骨を骨折。

首から下の神経が麻痺する大怪我を負い、

その後、車椅子での生活を余儀なくされた。

現在は不自由な身体で書籍の執筆や講演活動など、

多方面でご活躍されている。(中略)

清水さんには、心が折れそうになった時、

心のこもったメッセージをいただき、

何度も助けていただいた。その中の一部を紹介したい。

≪障害を持って生きるということは、それだけで大変で、

辛い、苦しいこと。

まして全面介護ともなると、介護する側の負担にもなる。

それは同時に、介護を受ける側の「心の負担」にもなる。

やっぱり、先のことを考えたりすると不安に負ける。

「早く死んだほうが楽や」とも思う。

だけど、応援してくださる方がおられる限り、

それは口に出来ない。

「なんでこんなことになったんだろう?」と、そう思うよな?

そうかといって、一人で死ねるか?

俺らに出来るのは、好きとか嫌いに関係なく、”生きる”こと。

それが、介護をしてくださる方、心配してくださる方、

応援してくださる方に対して出来ることやと思う。

自分の運命を恨んでもどうにもならない。

お迎えが来るまで生きよう!

辛い時には泣けばいい。楽しい時には笑えばいい。

伊藤が生きた証は絶対に無駄にはならない。

伊藤には娘がおるやろ。

今はわからないけど、大きくなった時に、

お父さんの偉大さがわかると思うよ。

ファイトや!                  清水哲≫

(73~76p)

  

この人のことは聞いたことがありました。

「俺らに出来るのは、好きとか嫌いに関係なく、”生きる”こと。」

「自分の運命を恨んでもどうにもならない。

 お迎えが来るまで生きよう!」

同じ全面介護の清水さんの言葉は、

伊藤さんの中にじわっと入っていったことでしょう。

  

  

清水さんのホームページを見てみました。

Top 哲の声/清水哲

  

伊藤敬司さんが亡くなった日の記事。

「PLの後輩が亡くなりました。本当に辛かったと思います。

特に死が迫ってくる恐怖は恐ろしかった事と思います。

後輩は本当に良く頑張りました。ご冥福をお祈りします。」(2015年10月8日)

  

清水さんは桑田さん、清原さんの1年上。伊藤さんの3年上です。

(つづく)

  

2016年2月 3日 (水)

83人が転校して先生が1人になってしまった学校の話

 

今日は2月3日。

節分ですね。

占いの世界では一区切りです。

明日からは別の運勢が始まります。

どんな1年間になるかな。

  

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「みんなのおばけ小学校」(市川宣子・作/石井聖岳・絵/佼成出版社)

を読みました。

入学式の記念写真に5人の幽霊が写ったことで、

83人が転校して、残った児童は5人。

「児童が5人しかいない学校には、先生はひとりでじゅうぶん。

 桜小の先生は、かほる先生、あなたひとりになります」

と役場の鈴木さんに言われてしまった花野かほる校長先生。

こんなむちゃくちゃな出来事で始まる物語です。

作者にも絵描きにも興味があった本です。

  

市川宣子さんは、ほぼ同年代。

今回で2作目の本ですが、しばらく読み続けたい作家です。

石井聖岳さんについては、以前書きました。

ここでも道草 「四角いクラゲの子」の絵を描いている人(2015年5月28日投稿)

ここでも道草 Y先生の講演のキーワードは「劣等感」(2015年8月30日投稿)

「おこだでませんように」の絵はよかったなあ。

石井さんの作品もこれから追いかけていきたい。

追いかけたいと言えば、二見正直さん。

2014年の「あなのはなし」の次の話が早く読みたいです。

2016年2月 2日 (火)

なぜコーヒーを飲むと目が覚めるか

 

今日は2月2日。

  

昨年12月27日放映

夢の扉+ 快眠のヒントはこの男にあり!?  眠研究のパイオニア」より。

  

筑波大学教授の裏出良博さんは

なぜコーヒーを飲むと目が覚めるかを解明していました。

そこの部分を聞き書きします。

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ナレーター(向井理):

二人(裏出教授・フレッドホルム教授)考えた仮説はこうだ。

睡眠物質アデノシンが、睡眠のスイッチにはまることで眠くなる。

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このアデノシン、実はコーヒーに含まれるカフェインと似ている。

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そのためカフェインを摂取すると、先に睡眠のスイッチが塞がれてしまう。

睡眠物質アデノシンは合体できず、睡眠が妨げられる。

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結果、カフェインが眠気を覚ますのではないか。

  

  

この仮説を裏出教授は、マウス実験で証明して見せました。

  

カフェインがなぜ眠気を覚ますのかずっと分からなかったそうです。

それが判明。

そしてこのことが次の研究につながります。

コーヒーを飲んでも眠くなってしまう私は、

慢性の寝不足で、アデノシンが眠気スイッチに入ったままなのでしょうか。

したがって、カフェインが弾き飛ばされているかも。

2016年1月31日 (日)

シリーズ真田丸7.「ふざけて書いているわけではない」「目線を下げる」

 

今日は1月31日。

  

今晩は大河ドラマ「真田丸」の第4話を見ました。

織田信長、明智光秀、徳川家康など有名武将が出てきました。

子どもたちにもあらかじめ紹介しておきました。

はたして見たかなあ?

完成した人物相関図を使って、

空いた時間には「真田丸」の話をしています。

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「主人公の名前が真田信繁」

「お兄さんが信幸で、お姉さんが松。

 お父さんは昌幸だよ」

まずは家族構成を覚えさせています。

  

  

「NHK大河ドラマ・ストーリー 真田丸 前編」(NHK出版)からの引用。

今回は、脚本を書いている三谷幸喜さんのインタビュー記事からです。

  

(真田)信繁は、人生の大半が明らかになっていない。

それも(脚本を)書きたいと思った理由の一つです。

分からないところを想像で埋めていける楽しさ。

とはいえ、突拍子もないことを書くつもりはありません。

「新選組!」のときも、荒唐無稽だというご批判を受けました。

僕自身はそんなふうには思っていなかったし、実際、

できるだけ史実に近い形で描き、記録が残っていない部分だけ、

想像力を膨らませたつもりでした。

ところが、僕自身が世間に持たれているイメージが、

邪魔をするんですね。

僕が書くものはすべてふざけていると思われがち。

確かにふだんは喜劇専門ですが、

あれだって別にふざけて書いているわけではないのですが。132p)

  

「ふざけて書いているわけではない」が印象に残りました。

この点を、他のインタビューでは、もう少し語っていました。

 

参考:マイナビニュース

引用します。

 

僕が書く以上、もしかしたら通常の大河ドラマより

ユーモラスなシーンは多いかもしれませんが、

コメディーにしようとか、笑わせようというつもりは全然ありません。

僕にとってのユーモアとは「人」を描くことにほかならないんです。

年表はあくまで歴史を俯瞰で見たものであって、

そこには「笑い」も「人物」もいません。

そこから目線をどんどん下げていくと、

それぞれの登場人物たちの顔や言葉、息づかいが見えてくる。

僕にとってのユーモアは、彼らをひとりの人間として描いた結果にすぎないんです。

  

わかった気がします。

目線を下げて、登場人物の中に入って脚本を書いている感覚になると、

いろいろな喜怒哀楽が思い浮かんでくるのではないでしょうか。

そりゃあ、きっと愉快なこともあったはずです。

「目線を下げる」はキーワードのように思えます。

ー記事には、もう一か所「目線を下げる」が出てきます。

その文章の引用はまた後日。

  

  

今晩の「真田丸」で、本能寺の変までやってしまいました。

明日は本能寺の変の話を子どもたちの前でしよう。

  

春まで高橋優/新登場「正対する」

 

今日は1月31日。

  

生活のBGMを29日から変更。

高橋優のアルバム「僕らの平成ロックンロール②」です。

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3月9日に高橋優はシングルを出すようです。

「さくらのうた」

期間生産限定盤に興味あります。

その期間とは3月9日〜2016年4月8日までです。

DVDが加わるようで、その内容は次の通り。

  

高橋優デビュー5周年記念 ベストアルバム発売記念祭

「秋田で笑う約束」2015.7.25

地元秋田で初めて開催され、

5000人を集めたフリーライブの模様を全14曲網羅、

90分を超える大作特典DVD!

  

手に入れたいですね。

昨年11月からほぼ毎日聴いてきた高橋優の曲。もう3か月。

やっぱり春まで高橋優の曲が生活のBGMになりそうです。

  

  

このブログのサブタイトルを変更しました。

今までは「継続は力なり 即今着手 一気呵成 堂々と!」

でしたが、2つ削除して1つ加えました。

「継続は力なり 即今着手 正対する」

「継続は力なり」・・・これはブログを続ける限り掲げるでしょう。

ブログを続けることでどのような力がつくのかいまだに楽しみです。

「即今着手」・・・だいぶできるようになってきました。

年をとって昔より忙しくなくなってきたからかもしれません。

そして新登場の「正対する」

何かで見た覚えもないのに、

なぜか最近ちょくちょく頭に浮かんできます。

”降りてきた”感があります。

きっと今の自分に必要なのでしょう。

〇誰とでもしっかり正対してつき合おう。

〇どんな仕事も正対してベストを尽くそう。

〇ささいなことでも、正対してよく見よう。

  

2016年の1月も間もなく終了。

2月もいい月にするぞ。

2016年1月30日 (土)

粘菌(変形菌)の本を読んでみた

  

今日は1月30日。

  

今年は読書が順調です。

こんな本を読みました。

71w7ekcx2cl 「かしこい単細胞 粘菌」(中垣俊之・文 斉藤俊行・絵

福音館書店)

  

粘菌に興味を持ったのは、

このブログでも何回か書いてきた番組

「完全版 明治神宮 不思議の森」(1月2日放映)を見たからです。

  

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明治神宮の森では、粘菌が100種近く発見されたそうです。

映像で粘菌がだんだん巨大化していくのを見ると、

気持ち悪いとも思いますが、好奇心の方が上回ります。

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↑枯れ木や落ち葉の上をゆっくり動きながら、

バクテリアなどを食べるそうです。

上の写真はきのこを襲って食べている粘菌です。

  

アメーバーのように動いていた粘菌は、

ある時、突然姿を変えます↓

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きのこのような形に変身して、胞子を飛ばして、

子孫を残したのです。

胞子を飛ばしている映像もありました↓

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この映像を見て粘菌に興味を持ち、本も読んでみました。

胞子を飛ばす仕組みも本にありました。

そのページの写真を載せます。

Epson668 粘菌の一生を図示したものです。

全てが見たい人は本を手に入れて見てくださいね。

  

驚きは、粘菌は単細胞だということです。

人間は60兆憶個の細胞からできています。

粘菌はたった1個の細胞からできています。

なのに巨大化したり、変形したり、移動します。

不思議な生きものです。

上記の本を読むと、粘菌は効率よく変形する生き物だとわかります。

その動きは「自律分散方式」に乗っ取っています。

この方式の説明を引用します。

  

【自律分散方式】

遠足などで大勢が一緒に行動する時には、

引率の先生が全体を見渡していて

列が乱れると注意し、みんなを進むべき方向にみちびきます。

そのように誰かが全体をまとめて

進むべき方向を指示するやり方を「集中管理方式」といいます。

一方、魚やアリの群れが、引率役もいないのに、

みごとにひとつにまとまって動くことがあります。

その時、魚やアリは、それぞれの周りにいる仲間の動きを見て

自分の進む方向を「自分の判断で」決めているように見えます。

このようなやり方を、「自律分散方式」と言います。 (32p)

  

粘菌の変形は、細胞内の原形質の流れが活発だと

太くなります。

流れが不活発だと細くなり、最後はなくなってしまいます。

これで効率のいい変形をしていくのです。

本の作者は、この方式は人間の脳も同じだと言っています。

脳内でよく使われる部分は電気信号がたくさん流れ、

つながりが良くなります。

使わない部分はつながりにくくなります。

作者はこう書いています。

  

粘菌とヒトはおおいにちがう生き物ですが、

生き物としては共通しているところがあるということなのでしょうか。

(33p)

  

脳は指令を出して体を動かしますが、

その脳を動かす司令官のようなものはいなくて、

脳は「自律分散方式」なのです。

不思議なことです。

  

  

次のサイトも参考になりました。

※参考:日本変形菌研究会

  

昭和天皇や南方熊楠が粘菌の研究で

有名だったということも書いてありました。

言われてみれば、そうだったと思い出します。

  

最後に、このサイトに書いてあったことを引用します。

変形菌(粘菌)の魅力についての文章です。

〇集める楽しさ

変形菌は小さいので見つけるのは難しいですが、

虫と違って逃げないので、確実に採取できます。

採取した変形菌の子実体は乾燥させて、

防虫剤などで虫やカビを防いでいれば、

見つけた時の形のまま50年ぐらいは

標本として保存することができます。

自分が死ぬまで、標本に囲まれて過ごすのも良いでしょう。

  

まだまだこの気持ちにはなっていません。

ほんの少しかじったくらいです。

この文章を書いた人は、粘菌にどっぷり何だろうなあ。素晴らしい。

「終戦前日の悲劇を後世へ」授業の記事

 

今日は1月30日。

  

20160123_095953 「東愛知新聞」2016年1月23日より

 

生き証人を招いての授業。

価値があると思います。

  

この授業に関して後に聴いたこと。

今回の授業づくりの中心になった

サークルの先輩が言ったことです。

  

もし今のように情報が世界中を瞬時に飛び回る世の中だったら、

この事件は起きなかったかもしれないという話。

日本が降伏勧告であるポツダム宣言を受諾したのは、

1945年8月14日の午前に行われた御前会議です。

渥美線の電車が機銃掃射を受けたのは、

同じ日の8月14日の午後1時過ぎです。

日本が受諾したことが相手国に伝わり、

作戦中の兵士に伝わるのに、今の時代だったら

そんなに時間がかからなかったと思われます。

降伏勧告を受諾している国に対しての攻撃は

きっとしなかったと思います。命は救われる可能性が高いです。

情報が速いことは、役に立つはずです。

  

受諾後に渥美線で機銃掃射で命を落とした人だけでなく、

空襲によっても多くの人命が失われています。

※参考:ここでも道草 昭和20年6月19日~10月15日の出来事(2011年6月25日投稿)

 

速やかに戦争を一斉に終了させる。

情報網の発達は、この点では全体に役立つと思います。

大山祇神社の「一人角力」

  

今日は1月30日。

  

2015年10月31日放映の

「世界ふしぎ発見!美味しいご飯をいただきます 

再発見!日本のお米」を見ました。

番組冒頭で紹介された一人角力(ずもう)が面白かったので、

聞き書きしました。

  

  

愛媛県で行われる不思議な角力。

土俵の上には力士が一人。

実は目に見えない稲の精霊と角力を取っているという。

稲の精霊が勝てば、その年の米の出来は良いと信じられてきた。

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そして今年も・・・・・

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(精霊が勝って)上々のようだ。

  

大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)の「一人角力」については

Wikipediaに載っていました。

Wikipedia 大山祇神社

  

ここからの引用。

  

毎年春の御田植祭(旧暦5月5日)と

秋の抜穂祭(旧暦9月9日)において、

大山祇神社の御淺敷殿と神饌田の間に設けられた

土俵で行われる相撲神事である。

「稲の精霊」と「一力山」による三本勝負で行われ、

稲の精霊が2勝1敗で勝つ。

「すもう」は一般に「相撲」の字を当てるが、

ここでは、相撲を含めた広義の力くらべである

「角力」の文字を用いて一般の相撲とは違うこと、

神との力くらべを表すとされる。

  

  

そうか、「世界ふしぎ発見」では1回だけの勝負でしたが、

本当は3番勝負なんだ。

映像もありました。

2010年の映像です。


YouTube: 20100616大山祇神社 御田植祭3 (一人角力)

2014年の映像です。3番勝負が見られます。


YouTube: 大山祇神社 一人角力

  

こうやって見てくると、2010年、2014年、2015年と

力士は同じ人のようです。

その辺りも調べてみました。

ここ↓が参考になりました。

愛媛県生涯学習センター 愛媛の祭り(平成11年度)

  

このサイトによると、

一人角力は昔から行われてきた神事だったそうです。

しかし、力士や行司役の人が高齢になったため、

昭和59年(1984年)を最後に途絶えていたそうです。

平成になって、中学校の先生だった越智秀雄さんが働きかけて、

中学生による一人角力を始めました。

それがきっかけになって、平成11年から青年による一人角力が

15年ぶりに復活したそうです。

その時に行司と力士が募集されて選ばれたの次の2人です。

行司:多和祥栄さん(昭和47年生まれ)

力士:菅 貞之さん(昭和49年生まれ)

 

2014年のニュースを見る限り、

少なくとも2014年までは(おそらく今も)、2人が演じているようです。

Photo 愛媛新聞

  

復活にあたって越智さんや菅さんの話が

愛媛県生涯学習センターのサイトで紹介されていました。

引用します。

  

「(越智さん)今年(平成11年)復活するに当たって苦労したのは、

一人角力を、一人ではなく間違いなく稲の精霊と一力山の二人で

角力を取っているらしく見せることの難しさでした。

また、ワンパターンになって、見る者が退屈することのないように

気を遣いましたが、これも苦労しました。

一人角力の復活といっても、

決まっているのは行司の口上と

2勝1敗で精霊が勝つということだけです。

それで、今までの一人角力のビデオテープを検討し、

多くの方々の話に耳を傾けながら、

お互いに意見を出し合って、

どのようにするかを話し合いで決めてきました。

練習は、大三島町のコミュニティセンター2階の会議室に、

太い白い綱で土俵を作ってしました。

本格的な練習は5月の10日前後から始めて、

6月18日(旧暦5月5日)の本番に備えました。」


「(菅さん)最初はどうしていいか分からなかったけれど、

まずは四股(しこ)を踏むことから始めました。

その四股がなかなか踏めないんです。

大相撲のビデオを見ながら練習してもなかなか形にならないんです。

初めは1、2日でできると思っていたのですが、

その四股を踏むことだけに何日もかかりました。

次には相撲の形を作っていこうということでした。

とにかく相手なしで一人で角力を取るわけですから、

戸惑いました。

時々、だれかに実際に相手になってもらって、

仕切り、立ち会い、組み合うわけです。

相手がいて、組み合った手の位置、投げの打ち合いで足が上がる、

その上がり方、体の倒れ方、あるいは投げを打たれた瞬間に

どうこらえるか等々いくらも形が出てくるわけです。

組み合って、その状態で相手がのいた時、

腰の位置は、手の構えはどんな形になっているのか、

どこに力が入っているのか、

それを一つ一つ体で覚えていったんです。」

  

こんなことを知ると、映像をより真剣に見てしまいます。

ここにも歴史あり。

  

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