2020年4月17日 (金)

「コズミック フロント☆NEXT」小惑星衝突で地球上の生命が奪われた過程

  

今日は令和2年4月17日。

  

最近は3年ほど前の番組を見ています。

2017年6月8日放映の

「コズミック フロント☆NEXT 初公開!恐竜絶滅 

詳細なシナリオ」を見ました。

  

地球上で長く繁栄していた恐竜がなぜ絶滅したのか。

その有力な説が、隕石落下です。

落下したと思われる場所も発見されています。

ユカタン半島とメキシコ湾付近です。

その痕跡は、チクシュルーブ・クレーターと呼ばれます。

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直径14kmの小惑星が、秒速17kmで衝突します。

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衝突場所を中心に1000km以内の場所は、

核兵器の衝撃波と同様なものに襲われて、

生命の命は奪われてしまったと予測されています。

 

それでは1000km以上離れた場所はどうだったのか。

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上空高くあがった粉じんは、地球上を覆い、

再び大気圏に突入する時に燃え上がりました。

そのため陸上の大気は260度まで上がり、

森は燃えはじめ、生物も命を奪われました。

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さらに生命を脅かすことが起こったと予測されています。

小惑星が衝突した時の様子を、シュミレーションで示した図です。☟

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衝突によって、深さ32km!直径100kmの穴が開きます。

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もともと地上にあった石灰岩、硫酸塩岩は上空にあがりました。

石灰岩からは二酸化炭素、硫酸塩岩からは硫酸塩が放出されます。

そうすると太陽光は遮断され、酸性雨が地球上を襲います。

陸上のみならず、海でも影響を受けます。

海面近くに住むプランクトンは死滅し、食物連鎖の関係で、

海の生物の多くが命を奪われます。

6600万年の小惑星の衝突によって、

地球上の75%の生命が奪われたと言われます。

  

  

なぜ1つの小惑星の衝突によって、地球全体の生命を脅かしたのかが

見えてきた番組でした。

  

  

 

 

閑話休題。

4月11日(土)の晩から面白いドラマが始まりました。

「隕石家族」です。

何と、半年後に隕石が地球に衝突して、

人類は滅亡するという状況下でのホームドラマです。

  

次の記事で書きます。

2020年4月16日 (木)

「実践 ことばキャンプ」② 話をふくらませる質問をしたときは・・・

 

今日は令和2年4月16日。

  

4月後半戦です。

自粛は続く。

前代未聞の日々が続きます。

  

前記事に引き続き、

「コミュニケーション力を育てる 実践 ことばキャンプ」

(高取しづか著/主婦の友社)  より引用していきます。

  

●話をふくらませる質問

 What(何が?どんな?) Why(なぜ?どうして?)

 How(どのように?どうやって?)

(中略)

話をふくらませる質問は、相手に考えさせ、気づきや発見を与え、

行動を引き出します。自分のこととして考えるので、自発的な行

動を促すのです。

(中略)

話をふくらませる質問をしたときは、答えが出てくるまでに時間

がかかることがあります。答えが出るまでゆっくり待つゆとりが

大事です。

(14~15p)

  

ついつい待てないで、会話を進めようとしてしまうことがあります。

注意ですね。次も関連します。

   

質問をすると、答えが返ってくるまでに時間がかかります。大人だ

って、ほんとうの心の奥の気持ちを言うときは、さらっと口に出せ

る人のほうが少ないでしょう。自発的に発言するように導くには、

子どものペースに合わせること、待つことなのです。

(16p)

  

  

 小学生にやさしいクイズを与えます。テスト終了後、研究者たち

は生徒たちに点数を伝えます。半分の生徒には「あたまがいいんだ

ね」と賢さをほめ、残りの生徒には「一生懸命やったね」と努力を

ほめました。

 次に生徒たちに「前回よりむずかしいクイズ」と「同様の簡単な

クイズ」の2種類を見せて、どちらか好きなほうを選ばせました。

 すると、努力をほめられた子どもたちの90%近くがむずかしい

クイズを選び、賢さをほめられた子どもたちのほとんどは簡単なク

イズを選んだというのです。賢さをほめられた子どもは、まちがい

をおかすリスクをとれなくなるのだというのです。ほめ言葉の違い

は、劇的な影響力があったのです。

(19p)

   

ほめ言葉が、いつのまにか行動をしばることもあるわけです。

これは大人になって、その傾向が出ていると思います。

失敗を回避するか、新しいことに取り組めるかの違い。

子どもからの積み重ねは、どうしても出ると思います。

私は、失敗回避傾向。変えていきたいです。

  

  ほめるときの3つの視点

 

〇可能性をほめる

 ほめポイント がんばっていること。

        やろうとしていること。

        意欲を持ってしていること。 

 ほめことば 「~しようとしているね」

       「がんばってる」

〇存在をほめる 

 ほめポイント 無条件でほめる。

        生きていてくれること。

 ほめことば  「いっしょにいて、うれしい」

        「大好き」

        「お帰り」

  

〇行動をほめる  

 ほめポイント できている事実

        成長した事実

 ほめことば  「できてるね」

        「~しているのがいい」など。

(21p)  

  

「お帰り」もほめことばなんですよね。

相手を認めているわけですから。

「存在をほめる」にはいろいろなバリエーションが

あると思います。

本当は井本陽久先生のように生徒を小突くのも、

いいんだけどなあ。

残念ながら、勤務校ではボディタッチ禁止。

積極的にはできません。 

  

  

 ケンカをおさめる指導はむずかしいでしょう。必ずしもセオリー

どおりにいかないことも多いはず。それでもなお、お互いの気持ち

を出し合うこと、相手の考えを聞くこと、お互いに歩み寄っていく

こと、妥協点をさがすこと、そんな経験ができる機会は貴重です。

 世の中に出れば、問題が起こったときに「ごめんね」「いいよ」

で終わらないことは、大人なら知っているはずです。

 けんかや仲直りを経験せずに世の中に出るのは、人との距離のと

り方を覚えていく練習期間がなく、免許なしでいきなり公道を走れ

と言われるようなものです。

(23p)

  

  

ここには書いてありませんでしたが、

時が経てば、気持ちも変わって、ケンカが解決することもあるという

体験もできると思います。これも大事だと思います。

2020年4月15日 (水)

「実践 ことばキャンプ」① 「そう思っているんだね」と認めること

   

今日は令和2年4月15日。

  

勤務校の同僚の先生から薦められて読んだ本です。

これが良かった。

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「コミュニケーション力を育てる 実践 ことばキャンプ」

(高取しづか著/主婦の友社)  

いいなと思った文章を書き留めてから、本を返そうと思います。

  

 子どもの意思は、どうしたら育つのでしょうか。それには、まず

子どもの気持ちを、親や周りの人たちが「そう思っているんだね」

と認めることです。

 例をあげます。2~3才の子ども同士のおもちゃのとり合いはよ

くあることです。そのとき、親はよく「貸してあげなさい」と言い

ます。思いやりのある子に育てたいからでしょう。協調性を重んじ

る日本社会では、自分の気持ちよりも相手の気持ちを優先させるよ

うに教えます。

 ところが、この年齢の子どもには、それは自分のものであたりま

えです。無理やり「貸してあげなさい」と言うと、子どもは貸して

あげたくないという気持ちを認めてもらえない、と受けとります。

まずは「あなたのおもちゃだものな」「貸したくないんだよね」と、

わかってあげることから始めましょう。

 でも、それだけではお友だちと遊べませんから、子どもの気持ち

を認めたうえで、「仲よく遊ぶにはどうしたらいいかな?」という

ように話をします。その順番がたいせつです。

 どんな小さな子どもでも、自分の意思を持っています。子どもが

思ったこと、感じたことを「そう思ったんだね」と、否定せずに認

めることがスタートです。

「そう思ったんだね」の積み重ねが、子どもの意思を育て、子ども

は成長するにつれて、自分の気持ちや考えを表現できるようになっ

ていきます。

(8~9p)

  

  

あなたは子どもの話を聞いていますか?幼稚園や学校であった楽し

かったこと、ビックリしたことなど、子どもが話そうとしていると

きに、耳を傾けていますか?子どもは表現しようとことばをさがす

うちに、自分の気持ちが整理され、考えを進めることができるよう

になります。大人の聞く力が、子どもの表現力を伸ばすといっても

過言ではないでしょう。

(10p)

  

  

 子どもは、親や大人がこう言ったら喜んでくれそうだとわかると、

ほんとうの気持ちにフタをして、「いい子」を演じることがありま

す。大人が聞き分けのいい、すなおで明るく、だれにでもやさしく

してあげられる子を望めば、子どもは敏感にキャッチし、そのよう

にふるまいます。自然に気に入られようとするのです。

 わがままを言ったり、憎まれ口をきく、ネガティブな自分をさら

け出すことができるのは、それができる相手だからです。子どもの

反抗や自己主張はてこずりますが、それくらいでいいのです。いい

子でなくても、ネガティブな感情を出しても、受け止めてくれる場

だからこそ、表現することに躊躇がなくなります。

(11p)

  

  

 質問されることで、子どもは自分の隠れた気持ちに気づくことが

あります。大人も子どもの気持ちを知ることで、お互いにわかり合

える関係になってきます。

 子どもが自分で考えられるように、しつこくならない程度に、い

ろいろな場面で自問自答の回路ができてきます。

「どうしてだろう?」と理由を考える。

「何か違うぞ?これでいいのかな?」と立ち止まって考える。

「ほかの方法はないのかな?」と複数の方法を考える。

「これは事実なのかな?」と事実と推測をかぎ分ける。

「どんな方法があるのかな?」と解決策を考える。

子どもの思考力が伸びてくるのです。

(12~13p)

  

  

子どもに限らず大人にも通用することもあります。

質問されることで、頭の中に隠れている思いが出てきたことは

大人になっても体験したことです。

 

このようなきめ細かいことばに関することが書いてある本です。

  

つづく

2020年4月14日 (火)

「昭和の選択 中島飛行機の戦争」を見る

今日は令和2年4月14日。

  

前記事に引きつづいて、

最近見た番組についてまとめます。

2016年12月8日に放映された

昭和の選択 太平洋戦争 幻の航空機計画

軍用機メーカー 中島飛行機の戦争」です。 

  

この番組は、放映当時見ています。

3年半ほど前のことです。

でも多くを忘れていました。

軽くショックです。

これで2回目を見て、ブログに書き残すことで、

記憶に少しでも残ってほしいです。

  

〇中島飛行機創設者 中島知久平

〇日本で初めて飛行機が飛んだのが1910年。

 中島飛行機創設は1917年(大正6年)。

〇中島知久平は日露戦争に参加。

 その頃から、飛行機が戦争で重要な役割を果たすと考えていた。

〇横浜海軍工廠の長となり、軍部の主流であった

 大鑑巨砲主義を否定し、軍用機の製作に勤しんだ。

 しかし、思うようにいかない。

 中島知久平は軍を辞し、民営で軍用機を作ることにする。

 その時の気持ちを書いた文章。☟

 「民営をもって行う時は1か年に12回の改革を行ない得るも

 官営にては正式に言えば僅かに1回のみ。

 故に官営の進歩は、民営の12分の1たるの理なり」

  

〇中島飛行機の試作機は、なかなか飛ぶことができなかった。

 当時は、第1次世界大戦のため日本では好景気であった。

 試作機が落ちてばかりだったことから、次のように言われた。

 「札はだぶつく

  お米はあがる

  何でもあがる

  あがらないぞぃ

  中島飛行機」

  

〇それでもやがて試作機は成功し、

 陸海軍からも大量発注がくるようになった。

 日本初の金属製飛行機「軽銀号」も製作。

〇群馬県太田市が本拠地であったが、東京にもエンジン工場を造る。

〇1937年(昭和12年)日中戦争勃発。

 中島飛行機の九七式戦闘機が、陸軍の軍用機として活躍する。

〇1941年(昭和16年)真珠湾攻撃

 中島飛行機の九七式艦上攻撃機が、海軍の攻撃の主力となった。

〇アメリカへの参戦に中島知久平は「困ったことになったぞ」

 と思っていた。

 中島飛行機では、当時アメリカの技術者に指導してもらっていた。

 技術力でも、資源においてもアメリカには勝てないと思っていた。

 実際に、日本はだんだん追い詰められていく。

 アメリカでは、重爆撃機B-29が実戦配備されようとしていた。

〇日本が起死回生するには、B-29を上回る超大型爆撃機を作って、

 アメリカ本土を戦略爆撃して、工場などを破壊するしかないと

 中島知久平は考えた。

〇「戦略爆撃」=軍需産業の生産設備や都市など戦場以外への爆撃。

〇中島知久平は軍部を説得して、超大型爆撃機の製作に取り掛かる。

 設計でも時間がかかる。

 B-29は4発(エンジン4基)の重爆撃機。

 中島飛行機は、1941年(昭和16年)に、

 4発の重爆撃機「深山」を試作しているが失敗している。

 今回は6発の超大型爆撃機製作をめざした。

 非常に難しいことであった。

 飛行機の名前は「富嶽」

〇Bー29による日本への戦略爆撃が1944年11月から始まり、

 エンジンを作っていた東京の中島飛行機武蔵製作所が

 最初の標的となった。

〇「富嶽」の設計は放棄される。

〇終戦。

〇中島知久平は、1949年(昭和24年)10月29日に

 脳出血で急死。享年65歳。

 

〇戦後、「富嶽」に関わった人たちは、平和な世の中での

 エンジン製作・モノづくりに携わった。

 その人たちと一緒に仕事をした人が次のように語った。

 「”富嶽”をやった方たちは、それを誇ることはなかった」

〇「富嶽」は戦略爆撃機。兵士以外の人たちも狙う兵器。

 兵器は、結局誰も望まないもの。それに技術が使われた。

 誇れない。

〇500年ほど国どうしの戦争の結果、兵器・武器は進化して、

 ついに戦略爆撃機を人類はつくってしまった。  

 

以上です。

  

「戦略爆撃」が印象に残りました。

今までも聞いたことがあったが、自分の中で重き言葉になってきました。

原子爆弾も、この戦略爆撃の作戦の一つだったわけです。

工場や都市を爆撃して、相手の戦意を失わせようという発想を

人類は持ってしまったのです。

そして現在も行われています。シリアのように。

そうだ、番組では言っていませんでした、

中島飛行機の後継が富士重工であって、スバルなのですね。

ずっとフォレスターを乗っている身としては、

繋がりに気がついて、どちらかというとうれしい気持ちです。

 

「歴史秘話ヒストリー 東大寺 七重塔」を見る

 

今日は令和2年4月13日。

  

先日、「ETV特集  緊急会談 パンデミックが変える社会

をまとめたやり方が、自分でも気に入りました。

写真なし、聞き書き最小限のやり方。

  

2017年1月3日放映の「歴史秘話ヒストリア 古代ミステリー

東大寺 七重塔」を見ました。3年前の番組。

大事なことを書き留めます。

  

〇東大寺大仏殿、大仏、そして七重塔建立を命じたのは聖武天皇。

〇七重塔は高さ100mあったと記録に残っている。

 (高さ70mだったという説もある)

 現在最も高い五重塔は東寺のもの。55m。

〇1180年の源平合戦の時に、七重塔は消失。

 その後再建されたが、雷が落ちて消失。それから600年が経つ。

 

※ということは、1417年頃。室町時代ですね。

  

〇現在の東大寺大仏殿の中に、七重塔の模型が作られている。

 明治時代に作られたもの。

 問題点がある。その形で、高さ100mのものを造ったら、

 瓦などの荷重によって、七重塔は崩壊するそうだ。

  

〇七重塔の痕跡を調査している。

 塔の中心に立つ柱は「心柱(しんばしら)」と呼ばれる。

 「心柱」の下に敷く石を「心礎(しんそ)」と呼ばれる。

 心礎を抜きとった跡が発見される。直径4.5m。巨大。

  

〇「生きている」・・・考古学者にとって、

 その遺跡が昔のままの場所にあることをさす言葉。

 「生きている」階段の遺跡から、七重塔の1階部分の柱の数は

 1辺6本の合計36本。五重塔の倍以上。

   

  

〇唐から届いた豪華な経典が、七重塔の宝珠の中に納められていた。

 

〇同じ頃に作られた元興寺(げんこうじ)五重小塔

 高さ5m50㎝。同じ建て方をすると、七重塔は70m。

  

〇法隆寺の五重搭。五重といいながら、屋根を数えると6。

 1階部分を覆う「裳階(もこし)」があるから。

 七重塔が100mあったとすると、1階部分に安定のために

 裳階が備えられていた可能性がある。   

  

以上です。

番組では、大仏殿が左右に七重塔を配している景色が

CGで再現されていました。

昔はこんなのが本当に立っていたんだと想像することは

とっても楽しい。

2020年4月13日 (月)

「長期ひきこもりの現場から」⑦ ひきこもりの人を海外旅行に連れ出す理由

  

今日は令和2年4月13日。

  

こうやって書き写していることも、

強迫観念のなせる業なのでしょうか。

この本で勉強になった文章は、ブログに書き留めておきたい、

書き留めておかないといけない。

そう思ってうっています。

前記事の続きで、

ドキュメント・長期ひきこもりの現場から

(石川清著/洋泉社)より引用します。

   

 1990年代にひきこもっていた当事者の多くは、親になじられ

たり、冷たくされたりした経験をもっている。それは高度経済成長

を経験して自信に満ち溢れた親の世代と、バブル崩壊後の不景気に

よって繊細な時期を経験する子の世代とのギャップのせいかもしれ

ない。一方で最近の長期ひきこもりの場合、親になじられた経験を

もつ人は、いることはいるのだが、それほど多くはない。逆にひき

こもり状態に陥っても、親に優しくされ続け、どちらかというと過

保護・過干渉の呪縛からひきこもり状態に陥っていく人がかなり増

えているようにみえる。

(149p)

  

いかん!

この次のページをコピーしないで、本を図書館に返してしまいました。

 

前者はともかく、後者は、子どもの心をもったまま

体は大人になった状態と書いてあったと思います。

う~ん、150pが読みたい。

同じひきこもりでも、時代によって事情が違うのです。

   

  

石川さんは、ひきこもりの人を、

なんと海外旅行に連れ出してしまいます。

いきなり!と驚いてしまいますが、ちゃんと理由があるのです。

長いけど、2p分引用します。

  

 海外へのハードルはかなり高いが、いざ行ってしまうと、変な目

で見られるとか、ちゃんとしなければいけないとか、自己紹介をし

なければいけないとか、そういった気遣いや悩みがほとんど消える。

だからかえって気軽に普通の人と普通に触れ合える。

 いきなり日本国内をひきこもりの若者と一緒に歩いても、なかな

かうまくいかないし、得るところも少なかったりする。というのも

民宿やゲストハウスに泊まったとき、同宿の旅人との団らんですぐ

に問題が生じるからだ。

 まず自己紹介のとき、どう話したらいいのか、どう答えていいの

かわからなくてとまどう。正直に「ひきこもっています」とだけ答

えるの苦痛だ。なぜなら、プライドが許さないからだ。軽蔑された

り、バカにされているような”冷たい目線”を向けられると、辛くて

どうしようもない欝々した気分になってしまう。

 かといって、嘘をついて「運送業やっています」とか「フリータ

ーやっています」と答えて、深く突っ込まれた質問をされたら、と

んだ墓穴を掘ってしまう。同宿の旅人のなかにたまたま運送業経験

者がいることもあるのだ。

 では、愛想笑いを浮かべて、自己紹介では自分の名前だけ言って

黙っているのがいいのだろうか。しかし、そうすると話の輪に入っ

ていけず、孤立しやすい。自己紹介は、自分をアピールする絶好の

機会であり、仲間をつくる最大のチャンスでもある。自分に関する

”いい情報や面白い情報”を披露して、ちょっと自慢したいものであ

る。

(158~159p)  

  

  

ひと休み。ふーー。

  

  

 だから、日本国内で普通に対話できるようになるためにも、その

前にある程度の社会性やコミュニケーション力、それにほかの人に

自慢したり、興味をもたれるような体験を2つ、3つくらいはもっ

ていたい。

 そのためには、思い切って海外に出かけたほうがよかったりする。

海外にはもともといろいろな人がいるうえに、こっちは外国人なの

だから、多少不自然な振る舞いをしても許される。変な目で見られ

ることはまずない。言葉が通じないので、無理にこちらから話しか

けなくてもいい。相手のほうから、親切に声をかけてくれることが

多いので、受け身でもかまわない。自己紹介では、名前と出身国く

らいで十分だ。仕事と出身国くらいで十分だ。仕事と略歴まで話す

必要はない。

 慣れてしまえばストレスはかなり減る。

 そのうえで、普通の海外旅行者も経験しないようなエピソードを

2つ、3つ体験できるといい。日本に戻って、何かの拍子に自己紹

介をする羽目に陥ったとき、その海外での面白いエピソード話を披

露すればいい。面白ければ、周りの人たちは感心して耳を傾けてく

れる。なかには「すごいね」と言って評価してくれる人も出るだろ

う。

 そうすれば自分の自信やプライドは守れるし、仲間や友達もでき

やすい。嘘をつく必要もない。万事OKだ。

(159p)

  

  

説得力があります。

ひきこもりの人と海外旅行・・・この発想は、

石川さんの生い立ちに関係します。

ここには詳細を書きませんが、この本では書いています。

やっぱり「プロフェッショナル 仕事の流儀」以上の内容でした。

  

つづく

 

追記:間が開いて、5月3日の続きをうちました。

「長期ひきこもりの現場から」⑥ ひきこもりの人たちは、毎日忙しい

今日は令和2年4月13日。

  

前記事に引き続き、

ドキュメント・長期ひきこもりの現場から

(石川清著/洋泉社)より引用します。

  

長年ひきこもりの人と対峙してきた石川さんだからこそ、

わかることがあります。

  

(前略)読者の皆さんも違和感を覚えたと思うが、ずっと引きこも

っているのに、タモツ君が「とにかく忙しくて」と言ったのはなぜ

だろうか。実は長期ひきこもっている当事者が、このように「忙し

い」、「ほかのことをやるヒマがない」と語ることはよくあること

だ。

 ひきこもっていない人からみると、あたかもひきこもり続ける人

たちは、日ごろ”何もやっていない””何も考えていない”ようにみえ

るかもしれない。だが、それは誤りであることが多い。

 長期間ひきこもっている当事者の場合、ひきこもっていても自分

の精神がなるべく歪まないように、いろいろな”ノルマ”や”作業”を

1日の時間割のなかにたくさん組み込むことがある。筋力トレーニ

ングをたっぷりこなす、筋骨隆々のひきこもりは案外珍しくないし、

学生時代の問題集や語学をひたすらやり直している人もいる。ネッ

トの掲示板を複数閲覧して、いつもきっちりコメントや返信を返す

人もいれば、ネットゲームの神様としてゲームの世界に常に君臨し

続ける人もいる。時にはそれが”強迫障害化”してしまって、日々の

自分のノルマをこなすのに忙しいから、とても働くヒマなどない、

という状況になってしまうこともある。

(143~144p)

  

  

私も、休んでいるときには筋トレをやっていました。

わかる気がします。

さらに続きます。

   

 タモツ君の場合、日々の掃除やペットの世話、新聞を読むことが

何より優先される”ノルマ”になってしまっていた。ノルマを達成し

続けることが、いつのまにか毎日の目標となってしまい、社会参加

や社会復帰ということを考えなくなってしまったのである。ノルマ

をこなし続ければ、それなりの達成感を味わえるので、一時的に落

ち着くことができるのだ。

 これはあまりに孤立的な生活を長く続けていたからこうなったの

であって、孤立状態が崩れて、日常的に第三者と交流する機会が増

えてくれば、また変化していく可能性は、もちろんある。ただ、日

常的なノルマの量があまりにも多く、時間も取られるので、なかな

かその状態から自力で脱出するのが難しくなってしまったのだ。

 そもそも、当事者自身がそのサイクルを壊したくない、壊すのが

怖い、という心理状態になって、生活に変化を起こしづらくなって

いる。もし今のサイクルを壊してしまったら、その後自分は何をや

っていいのか、わからない。根っこまで染み付いた強迫的な行動や

思考は、すべて自分自身の一部になってしまっており、切り離すこ

となど考えられない状態なのだ。

(144p)  

  

  

このような人にどう接したらいいのか?

長くなっていますが、さらに続きを引用します。

  

  

 そういった状態の当事者と接するときに必要なのは、そんないび

つかもしれない日々の”ノルマ”に支配されている当事者を決して否

定せず理解することなのかもしれない。かといって、僕も一緒に同

じことをやってしまうと、時には相手の歪んだ日常や価値観を拡大

させ、ミイラ取りがミイラになってしまうこともあるので、注意が

必要だ。

 状況によっては、正論を貫くような接し方もあるかもしれない。

ただ、その場合は、一時的に当事者が不安定になって日常生活を送

ることが困難になってしまうことも考えられる。あらかじめ丁寧で、

きちんとしたサポート体制を整えておくことが大事になる。

 つまり、ひきこもり傾向の強い人の場合、自分なりに正しいと思

ってやってきたことが突然無価値なものとして瓦解してしまうこと

はゆるされないのだ。無理すると、抑うつ状態になったり、言動が

荒れて暴力的、攻撃的になってしまうことがある。家族だけでは、

とてもそんな混乱した当事者に対処できなくなってしまう。

(144~145p) 

  

  

ひきこもりも、不登校も、

指導はとてもデリケートなものだと思います。

やるからには、その覚悟が必要です。

  

  

つづく

 

  

「長期ひきこもりの現場から」⑤ 路地の奥の家ほどひきこもりやすい

  

今日は令和2年4月13日。

  

前日の記事に引き続いて、

ドキュメント・長期ひきこもりの現場から

(石川清著/洋泉社)より引用します。

  

 密集した住宅街の一角に義雄君の家はあった。密集した住宅街の

路地の奥の家は、ほかの家に比べて長期間ひきこもる人が多いよう

だ。実際、現在僕が訪問している家のなかでも、このような条件の

位置にある家が、5,6軒ある。

(112p)  

  

驚いた。私にも心当たりがあるのです。

石川さんは、理由まで述べています。

  

 路地の奥の家ほどひきこもりやすい、というのには理由がある。

 奥まった家から外に出ると、必ずその路地を通らなければ表通り

に出られない。しかし、路地の両側には近所の家が軒を連ねている。

すると、路地を抜けるときに、両側の家々の人に、”見られている”

ような気分になってしまうことがある。もちろん、実際にはそんな

ことはないかもしれない。だが、一度”見られている”という感覚に

苛まれると、頭の片隅に」から振り払えなくなってしまうことがあ

る。そうなると、路地を通りたくないがために、自宅内にひきこも

ってしまうことがあるのだ。

(112p)  

  

実践者が語ることです。傾聴に値します。

  

  

 僕が最初に訪問支援をしたのは、太郎君だ。2001年のことだ

った。当時は訪問支援という意識はなく、僕は長期間ひきこもって

いた当事者と個人的に接する機会を得て、どうしていいかわからず

にちょっととまどっていたように思う。

 当時、ひきこもり問題の専門家はごくわずかしかいなかった。精

神科医の斎藤環(たまき)さんが『社会的ひきこもり』を出版し、

ひきこもり問題を世に投げかけたのは、1998年11月のことだ

った。

(120p)

  

私が教員になってからのことです。

「不登校」は若い時から聞いていた言葉ですが、

「ひきこもり」はやはり後から聞いた言葉です。

  

 悩みに悩んだ太郎君は、自分が人とうまく付き合えないのは背が

低いせいだと考えた。しかし、当時の太郎君の身長は約170セン

チで、同年代の男子の平均。決して低いわけではなかった。

 太郎君は、典型的な”醜形恐怖”の症状に襲われていた。自分の顔

や外見が悪いため、人に嫌われたり、受け入れられないと頑なに信

じ込み、際限なく悩んでしまう症状だ。

 太郎君の視界には身長の高い人たちの姿しか入らない。自分より

低い身長の人は視界に入らない。いや、もちろん視界には入ってい

るのだが、背の低い人たちの存在は記憶に残らない。だから、太郎

君の頭の中では「自分は世界で最も背の低い、醜悪な男」というふ

うに固定されてしまった。

(122~123p)

  

こういう人もいるのです。

そう思って生徒に接していきたい。

  

 中国や韓国、香港、シンガポール、東南アジアでも、最近は”ひき

こもり”の問題が深刻になってきているという。条件が重なれば、日

本以外でも”ひきこもり”は発生してしまうようだ。

(131p)

  

日本だけではないようです。

今の時代が、ひきこもりを増やす理由があるのでしょう。

  

  

石川さんは、時々ひきこもりの人を海外旅行に連れ出します。

旅行してみて次のような声もありました。

  

「日本にいるときは、周りが皆、忙しそうに動いているので、ひきこ

もっている自分だけがどんどん取り残されてしまうような感じがして、

終始不安でしょうがなかったんです。でも、その島では周りの人が全

員、何もしないで1日じゅうゴロゴロしていて、まるで時間が止まっ

たようでした。いや~、リラックスするってことを初めて体験できま

した。こんなところに長期滞在すれば、なんか癒されそうですね」

 日本人の若者グループ、特に元気のよさそうな男性のグループが近

寄ってくると、すぐに調子が悪くなってしまったが、これも無意識の

うちについ”ひきこもり”の自分と、元気な相手を比較してしまい、嫉

妬と自己嫌悪の念に打ちのめされてしまうからだ。

(135p)

  

こういうひきこもりの人の微妙な気持ち。勉強になります。

私も休職中ににた感情を持ちました。

  

  

タモツ君は職場で同僚とささいなことで喧嘩をしました。

  

 私物のハサミを同僚が勝手に使ってそのまま持ち続けていたことを、

タモツ君が注意したことがきっかけだった。そのことだけみると、タ

モツ君が悪いわけではない。

 しかし、なぜか取っ組み合いの喧嘩となり、タモツ君はつい「こん

な会社、やめてやらぁ!」と啖呵を切って、本当に辞めてしまった。

上司からはもちろん慰留されたが、「男が一度公言した以上、あとに

は引けません」という言葉を残して、タモツ君は会社を去った。

 実はひきこもりがちになる若者の場合、こうした傾向はたまにある。

黒か白か、敵か味方か、行ったか言わないか、の両極端な二者択一、

その中間を考えられない窮屈な思考に陥るのだ。そして、こういう人

ほど、自分が発した言葉に翻弄されて、不器用な生き方しかできなく

なってしまう。社会人としては、当然幼いということになるのだが、

そんなことはもちろんわかっている。しかし、それでも自分をコント

ロールできなくなってしまうのだ。

(138~139p)

これも心当たりがあります。

こういう児童や生徒はいました。

 

「世界」5月号がやっと手に入りました

 

今日は令和2年4月13日。

  

新型コロナウイルス感染防止を言われている時に、

先週木曜日から日曜日まで毎日大きめの本屋に出かけ、

5店目でやっとめざす月刊誌を手に入れました。

Epson291 「世界」2020年5月号(岩波書店)

※購入のきっかけになった記事掲載:ここでも道草(2020年4月8日投稿)

途中、ネットで手に入れようとしましたが、

予想外にスムーズにいきませんでした。

アマゾンでは、送料1800円!になっていてビックリ。

岩波書店のHPでは、注文の仕方が不明でした。

新聞に大きく宣伝していたのに、簡単に手に入りませんでした。

 

近所の図書館の休館日がさらに延長して、5月6日までとなりました。

3月初めに予約した本が、なかなか私の手元にやってきません。

とりあえず、今日からの読書は、この「世界」です。

2020年4月12日 (日)

「長期ひきこもりの現場から」④ 強烈なストレス→際限なくループ

   

今日は令和2年4月12日。

  

不登校・ひきこもりの生徒に対応する場合に、

知っておいた方がいいことがたくさん書いてある本でした。

前日の記事に引き続き、

ドキュメント・長期ひきこもりの現場から

(石川清著/洋泉社)より引用します。

  

  

 今日はこれから外秩父の敏幸君の家を訪ねるところだ。おそらく、

ゴールデンウィーク中は、調子が悪かっただろう。一部のひきこも

りの当事者にとって、毎年のゴールデンウィーク中は大きく気分が

落ち込む。

 同年代の若者が、羽目をはずしてレジャーや恋、仕事を勤(いそ)

しみながら充実した人生を謳歌しているのに、なぜ自分はひとり取

り残されて、自室で鬱々とした日を過ごしているんだろう・・・・

そんな自問自答を1日じゅう頭の中で延々と反芻しているからであ

る。

 ゴールデンウィーク以外にも、鬼門の時期がいくつかある。まず、

クリスマスから年末年始、成人式にかけての日々。次いでバレンタ

インデー前後。夏のお盆前後の行楽シーズンや、秋のシルバーウィ

ーク、最近ではハロウィンの前後にも調子を落とす人が出ている。

 寒暖の差が大きかったり、気圧が低くなると、抑うつ状態になる

人もいる。

(98~99p)

  

  

敏幸君は自分の後頭部の形が気になり、それを隠すためもあって

髪の毛をずっと切らずに、ひきこもりの生活をしていました。

髪の毛の長さは2メートル近くになりました。

しかし、石川さんと東南アジアを旅した後に、

ばっさりと髪を切ってしまう。

なぜ切ったのかという石川さんの問いに、敏幸さんが答えます。

  

「イシさんとタイの北部のパーイっていう山の中の盆地の町に行っ

たじゃないですか。あそこにレゲエ系の髪の長い人がいっぱいいた

でしょ。それこそ、なかには4、5メートルまで髪を伸ばして、直

に地面にひきずって、歩くような人がいたじゃないですか。髪の毛

の先に泥がまとわりついて玉になって、そのまま歩いている人もい

たでしょ。それを見たら、髪の毛へのこだわりがなぜか消えちゃっ

て、どうでもよくなりました。あの人たちには、もう勝てないし。

ああなりたいわけでもないんです。それで、ちょっともったないけ

れど、切っちゃったんです。もっと普通でいいかなって。いやー、

すがすがしいですし、自分の頭がこんなに軽いもんだって初めてわ

かりました」

(101p)

  

後頭部の形はいいのかと石川さんが聞きました。

  

「いや、前は気になっていたんですけれども、タイの北部で首にリ

ングをはめて長く伸ばした人たちに会ったでしょ。他にも耳たぶを

長く伸ばしたり、下唇に大きな皿をはめている人たちもいたじゃな

いですか。旅行者でも、刺青したり、動物みたいな格好をしている

人もいたりして。ああいう人たちのなかにいたら、あまり外見のこ

とが気にならなくなっちゃったんです。」(中略)

 とにかく、敏幸君はタイの奥地で、さまざまな外見で暮らす、い

ろいろな人たちに出会って、醜形恐怖(自分の容姿や外見を過度に

気にして生活に支障が出ることもある脅迫神経症状の一種)がかな

り減じたようである。

(102p)

  

 

優君と父親の相性はよくありませんでした。

酒に酔うと父親は、ひきこもりの優君に、

「怠け者!」「いい年してごろごろするな」「早く働け!」と

叱咤しました。

優君は黙って我慢していましたが、

時にくってかかることもありました。

 

そんなとき、決まって泣きながら仲裁に入るのは母親だった。優君

はなんとなく申し訳なくなって、母親とも顔を合わせるのが辛くな

ってしまい、逆にしばらく母親を無視してしまった時期もあった。

そうすることで、今度は母親の心が傷ついた。

 閉塞的な家庭環境のなかで、家族の誰かが発した強烈なストレス

は、このように家族のメンバーの間で際限なくループしてしまう。

(103p)

  

辛いループです。

閉塞的な家族の雰囲気を、第3者が壊してあげる必要があります。

   

  

 長期間ひきこもる当事者と接するとき、十分な信頼関係が構築さ

れていないと、たった一度のわずかな言葉のかけ違いや意識のすれ

違いで関係が断絶してしまうことがある。そのまま二度と回復しな

いこともある。(中略)

 幸い、マモル君との関係は断絶せずに修復できたのだが、それま

でに3、4ヶ月かかってしまった。

(111p)

  

焦らず、手探りで関わっていかなければいけないと思います。

 

つづく

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