2020年9月 6日 (日)

「永田鉄山 昭和陸軍『運命の男』」④ 「一日の戦費があれば、数カ月の平和を維持することができる」

  

今日は令和2年9月6日。

  

前記事に引き続き、

「永田鉄山 昭和陸軍『運命の男』」

(早坂隆著/文春新書)より引用します。

  

 永田の信念は固い。皇道派の言動を永田は事あるごとに批判し、

過激な国家革新運動と、ソ連に対する「安易な開戦」を強く戒め

た。永田は言う。

「一日の戦費があれば、数カ月の平和を維持することができる」

 永田は「将来の戦争は世界戦争になりやすい」「その惨禍は想

像にあまりある」勝利者の利益は、払った犠牲に及ぶべくもない

」と今後の戦争の形を予測。「国民は戦争による利益を求めては

ならない」「最後まで外交工作によって極力、戦争を避けなけれ

ばならない」と持論を披瀝した。

 これこそが、彼の偽らざる戦争観であった。

 総力戦の恐ろしさを知悉(ちしつ)している永田だからこそ、

万が一の備えはしつつも戦争を回避する道を懸命に探り、安易に

開戦を叫ぶ勢力を牽制したのである。それが軍人・永田の「国防」

であった。

(155~156p)

 

今日はPCの調子が悪く、

文章をうってもいきなり消えてしまうことが数回ありました。

うち直す気力が湧かないので、以上で引用を終えます。

  

  

この本を読んで、

永田鉄山は風化させてはいけない人だと思いました。

戦争へと突入していった日本ですが、

それを制御しようと頑張った人がいたことを

伝えていかなくてはと思います。

  

銅像を見に行きたいなあ。

Photo Tripadvisor

「永田鉄山 昭和陸軍『運命の男』」③ 考え方の違いによる派閥の生成

  

今日は令和2年9月6日。

  

前記事に引き続き、

「永田鉄山 昭和陸軍『運命の男』」

(早坂隆著/文春新書)より引用します。

  

五・一五事件後の話です。

  

 暗殺された犬養毅に代わって首相に就いたのは、海軍大将で後備

役だった斎藤実(まこと)である。(中略)

 同時に非政党の斎藤内閣の発足は、大正七年(1918年)の原

敬内閣発足から続いた日本の政党政治が、一つの終焉を迎えたこと

を意味していた。戦前の政党政治は、僅か十四年間で幕が閉じたの

である。

 永田も、汚職を繰り返す腐敗した政党政治に幻滅し、その限界を

感じていた一人であった。

 日本に政党政治が復活するのは、敗戦を経た戦後のことである。

(139~140p)

  

最近授業で教えた原敬、政党政治。

五・一五事件の後に、終焉していたのですね。

勉強になった。

  

  

 永田が持論の一つとして「長州閥の一掃」を図ったことは、これ

までに幾度も触れた通りである。そして、その計画は充分な成功を

収め、出身地域による派閥の形成という事象は、陸軍内において大

きく減じた。

 しかし、この効果は皮肉な結果を招いた。即ち、出身地による派

閥争いが沈静化したのと反比例するようにして、思想や信条の相違

に端を発する立場の隔たりが、より鮮明な形で表れるようになった

のである。考え方の違いによる派閥の生成が、歴然と顕在化したの

であった。

(149~150p)

   

新しい派閥争いについては、この本でも、そして「NHKスペシャル

日本人はなぜ戦争に向かったのか」シリーズでも描かれていました。

ここでも道草 「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」シリーズを見た(2020年8月6日投稿)

  

  


 国際連盟から脱退(1933年3月27日)した日本であったが、

中国との二国間関係においては進展が見られた。

 5月31日、日中両軍の停戦協定が成立したのである。「塘沽(

タンク―)協定と呼ばれるこの合意により、柳条湖事件に端を発し

一連の両軍の軍事的衝突は暫く停止されるに至った。(中略)

 日本と中国の紛争状態は、この協定により一旦、収束することに

なる。即ち、両国は満州事変から一直線に日中戦争(支那事変)へ

と突き進んだのではない。満州事変からポツダム宣言までを1本の

線で結ぶ「十五年戦争」なる表現は、この点において正確とは言い

難いのである。

(154p)

  

そうなんだ。

知らないことはいくらでもあります。

「永田鉄山 昭和陸軍『運命の男』」② 永田が唱える「軍民一致」

   

今日は令和2年9月5日。

  

9月3日の金曜日の晩に、この本を一気に読んでしまいました。

面白くて、自分としては夜ふかしの

12時くらいまで読んでいました。

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「永田鉄山 昭和陸軍『運命の男』」

(早坂隆著/文春新書)

  

引用していきます。

  

 諏訪市の東岸に位置する長野県諏訪市が、永田鉄山の故郷である。

 文禄元年(1592年)、日根野高吉によって高島城の築城が始

まった。慶長6年(1601年)以降は諏訪氏の居城となり、寛永

3年(1626年)からは徳川家康の六男である松平忠輝が過ごし

たことでも日本史に名を残す。

(11p)

  

少し前にテレビ番組で、松平忠輝のことを見たばかりだったので、

この文章にピピッときました。

そうでなければ、さらりと読んでいたでしょう。

縁(偶然)は大切にしたいです。  

  

 

 明治28年(1895年)4月17日、日清講和条約(下関条約)

が締結された。戦勝国となった日本は、清国から遼東半島や台湾な

どの領土を獲得。その他、多額の賠償金を得ることもできたが、そ

れらは開国以降、国力の増強に邁進してきた日本が手にした初めて

の具体的な成果であった。

 然(さ)して、日本国内は戦勝に沸いた。

 鉄山はそんな時代性の中で、少年時代を過ごしたことになる。

 しかし、その直後、フランス、ドイツ、ロシアによる「三国干渉」

の結果、日本は遼東半島を清国に返還せざるを得なかった。強力な

軍事力を背景とする三国の恫喝により、日本は血の代償として獲得

した地を強引に奪われたのである。東アジアの利権を巡り、欧米各

国の思惑が激しく交錯した時代であった。

 この不条理なる三国干渉という決着点に対して、日本の世論が激

昂したのは当然のことである。

 日本国内では「臥薪嘗胆」が、一種の流行となった。

(18p)

    

今から125年前に、日本で生きていたら、

私も激昂したのでしょうか。冷静ではなかっただろうな。

  

  

 無論、永田とて戦争を好んでいた訳ではない。寧ろ、その悲惨さ

は欧州滞在の経験を通じて、誰よりも深く理解していた。永田は戦

争を厭(いと)うからこそ、軍事に関する研究や分析を重ね、準備

の肝要なることを繰り返し説いたのである。

(68p)

  

この本では、永田鉄山については、

このような性格で描かれていました。

  

  

 永田が唱える「軍民一致」とは、聞きようによっては剣呑(けん

のん)な表現に受け取られるかもしれない。

 しかし、これこそが「軍部独裁」ではなく「デモクラシー時代の

軍隊のあるべき姿」であることを永田は定義していた。寧ろ、「国

防を一部の軍人だけが担う」という体制こそ、軍事力が暴走する危

険性を内包するのであり、「国防は国民全体で行う」という国家の

形が最も「民主的」なのだと永田は説くのである。

 これが彼の考える「公正」でもある。

 永田が長きにわたる欧州滞在で痛感した事柄の一つに、「ヨーロ

ッパ国民の国防に対する意識の高さ」があった。

 それに比して日本では、大正デモクラシーという耳触りの良い流

行の中で、「軍人が石を投げられる」ような風潮さえ広がっていた。

国民の国防意識をどうすれば高めることができるのか、永田は深く

苦悩した。

(80~81p) 

   

最近「大正デモクラシー」のことを授業で教えたが、

軍人が軍服を着て街中を歩くのをはばかられたとか、

石をなげつけられたとか、その時代の風潮がわかりました。

この文章のつづきが、また興味深いです。☟

  

 誤解を恐れずに言えば、このような動静の基盤は、現代社会にも

通じる側面があろう。「国防を他人任せ」のように考える日本国民

の声は、今も珍しくない。

(81p)

   

ふだん全く「国防」について考えていない私は、

確かに他人任せにして、他のことに時間を割いています。

さらに続く。☟

  

 戦後の日本社会において、安易な「平和主義」を鼓舞する層の中

には、永世中立国であるスイスの例を持ち出して国防を語る者が少

なからずいる。しかし、実際のスイスは「非武装中立」ではない。

 現今のスイスは「有事の際には、焦土作戦も辞さない」という国

家意志を明確に表明している。国民皆兵が国是であり、徴兵制度が

採用されている。男性の大半が予備役軍人であるため、多くの家庭

で自動小銃が管理されている。

 狭い国土の各所には、岩山をくり抜いて建設された軍事基地が張

り巡らされ、国境地帯の橋やトンネルには、有事の際に国境を封鎖

する目的から、解体処分用の爆薬を差し込む設備が整えられている。

2006年までは、家屋の建築時に核シェルターを設置することも

義務づけられていた。

 以上のような国防体制は、抑止力としても大きな効果を発揮して

いる。スイスに存する美景と秩序は、こうした国防体制を土台とし

て守られている。

 而(しか)して、斯(か)かる国家の形こそ、永田が唱えた「軍

民一致」の正体だったのではないだろうか。スイスは戦前から「非

武装中立」ではなく「武装中立」であったが、この国に駐在した経

験を持つ永田が、こうした姿に自らの理想を重ね合わせたとしても

何ら不思議ではない。

 永田の「総動員体制」という思想の内実を理解するための手掛か

りは、スイスの国防体制にあると思われる。

(81~82p)  

  

  

スイスが参考になっていたことがよくわかりました。

日本の今の平和は、「自分たちで守る」という意識は低いです。

大正デモクラシーの時の庶民もそうだったのではないかと予想します。

他国に囲まれたスイスのような気持ちには

なりにくい国だと思います。

  

  

つづく

2020年9月 3日 (木)

「永田鉄山 昭和陸軍『運命の男』」を読み始めました

  

今日は令和2年9月3日。

  

昨日から「永田鉄山 昭和陸軍『運命の男』」

(早坂隆著/文春新書)を読んでいます。 

 

永田鉄山は長野県諏訪市の出身です。

諏訪市にある諏訪護国神社には永田鉄山の銅像があるそうです。

引用します。

  

 本殿に向かって右側の木立ちの中に佇む永田像は、「永田鉄山中

将像」と刻まれた台座の上にある。眼鏡をかけた静やかな表情だが、

その視線は鋭く正面を見据えている。

 しかし、昨今、この像の存在も次第に風化しつつあるという。諏

訪市教育委員会生涯学習課課長の亀割均氏はこう話す。

「今では、この街でも多くの方が永田鉄山の存在を知らないと思い

ます。永田が割合と早い自分に諏訪を出て上京したこともあり、こ

の地に残っている資料なども少ないのです。ですから、市としても

何か冊子のようなものを纏めたいという気持ちはあるのですが、な

かなか思うように進展していないのが現状です。学校などで永田に

ついて学ぶ機会があっても良いのかもしれませんが、現在のところ

はそのような授業は行われておりません」

「陸軍の至宝」は、生まれ故郷でも歴史の誇りを被っていた。

(12p)

  

現在の関心事は、日本が戦争に突入していった歴史です。

その歴史に深く関わっているのが、永田鉄山です。

どんな人だろうと思って、この本を読み始めました。

  

授業で教える人物であるかどうかは、

もっと勉強してから決めたいです。

 

でも、きっと、戦争をしないためには、

この人のことを知らなくてはいけないと、

今は思っています。

   

2020年9月 2日 (水)

「完全ガイドシリーズ 296 独ソ戦」 T-34/捕虜の命

  

今日は令和2年9月2日。

  

この本を読みました。

_h1_large_152548 晋遊舎

「完全ガイドシリーズ 296 独ソ戦」

(白石光・文・監修/晋遊舎)

  

以前、映画「T-34 ナチスが恐れた最強戦車」を見ました。

ここでも道草 「独ソ戦」② 「大祖国戦争」 報復感情を正当化(2020年3月11日投稿)

「T-34」と呼ばれるソ連戦車の映画でした。

独ソ戦において、戦車は重要な兵器であって、

T-34のように、ソ連軍の戦車が優っていたようです。

この本にT-34の1940年型が紹介されていました。

  

Epson435 (35p)

     

このような戦車の性能を読んでいくと、

この戦車と対峙しなくてはならなかった兵士のことを思います。

この戦車が敵意をもって迫ってきたら、

兵士は恐ろしかったことでしょう。

もう1本の映画「T-34 レジェンド・オブ・ウォー」も

近日中に見ておきたいと思いました。

 

独ソ戦の中で、スターリングラードでの攻防は、

死闘でした。

最後はドイツ6軍が降伏します。

捕虜が9万6000人。

降伏の後が辛い。

Epson436 (49p)

  

戦争はこうなってしまうのです。

非人道的な出来事があったことをまた知りました。

  

 

  

  

2020年8月30日 (日)

「私の考え」④ 「手間暇」をかけた教育

    

今日は令和2年8月30日。

  

前記事に引き続き、

「私の考え」(三浦瑠麗著/新潮新書)より引用していきます。

   

 うちの子は何で〇〇ができないのかしら。この子はなぜ一度で教

師の言う事を聞けないんだ。こうした子たちには、他と同じ行動を

強いるだけではなく、試行錯誤しながらそれぞれに合った指導方法

を考え出していかねばならない。その子たちにはその子たちの良さ

や個性があるのだから。困難だって一つ一つ違う。

 ただその過程で気を付けたいことが一つだけある。困難を抱えて

いる子たちを美化しすぎるあまり、何か特別な才能と引き換えに困

難が与えられているのだと考えてしまいがちなこと。そう思うこと

は、困難に対する具体的な対策を放棄することになりかねないし、

「ダメな子」を受け入れているようでいて、どこかに優れているこ

を要求する安易な態度だと思う。そんなことよりも、字が読めな

子がどうしたら読めるようになったか、集中できない子がどうし

ら何かに集中できるようになったか。そういう経験から科学的に

見を溜めて、共有していくことこそが重要だと思う。

 これからの世界は、集団から立ち遅れてしまう子たちに手間暇を

かけ、そこで得た知見を新しい教育対象へと応用していくことに注

力すべきではなのではないだろうか。平均値を伸ばすことだけでは

なくて、一人一人に合った教育で、全員が自己実現できる社会を作

ること。それが豊かさのフロンティアなのだから。

(164~165p)

  

前記事に引き続き、教育について書いてあった文章の引用です。

特別支援教育について書いてあるように思えます。

何か才能があるのではないかと期待することは確かにあります。

そこを見つけて伸ばしたいと思います。

でも、だからといって、困難に対する具体的な対策を

放棄することはないです。 

三浦さんの言うように、

「手間暇」をかけるのが原則だと思います。

少人数だからできることをやりたいです。

  

  

 (水島治郎さんの)お話の中で重要な点を抜き出すと、ポピュリ

ズムには弊害もあるが、一概に「悪」で困ったものだという考えは

あやまりである、ということ。また、近年は大衆迎合主義という訳

が定着しているけれども、本来は人民主義であって、日本の報道に

おけるポピュリズムの解釈はニュアンスがずれているのではないか

ということ。

(189p)

  

確かに、訳によってイメージが違ってきます。

「大衆迎合主義」だったら、安易さが際立ってしまい、

良くないもののように感じてしまいます。

  

  

以上で「私の考え」からの引用を終えます。

  

  

  

「私の考え」③ 子どもたちは反抗しながらも従いたがっている

    

今日は令和2年8月30日。

  

前記事に引き続き、

「私の考え」(三浦瑠麗著/新潮新書)より引用していきます。

  

 

 トランプ大統領が登場してひとつだけよかったところを挙げると

すると、何か停滞した感じが微塵もしないことだ。彼は、世界は放

っておいたら壊れかねないことを教えてくれたし、このままなんと

なく、社会が似たような均質なところへ収斂(しゅうれん)してい

くのではないかという幻想を打ち砕いた。私たちたちは進歩のため

の努力がまだまだ必要だと気付いたのだ。靴下を手にはめて踊って

いる子どもたちのために。

(84p)

  

※【収斂】=一つにまとまる 

トランプ大統領の「分断」政策は、

全員にあまねく支持を得る方法ではなくて、

一部有権者のためのものでした。

とんでもない大統領だと思いましたが、

熱烈な支持者が存在することに驚きました。

世界にはいろいろな立場の人がいて、

それぞれの考え方があり、共存していたのだと思いました。

その人たちをバランスよくやらなくては、紛争が起こり、

全体が瓦解していく可能性があると感じました。

  

  

次は少々長めに引用します。

   

 そんな活発な子どもに読んであげると、大人しくじっと聞いてい

る本がある。メアリー・ポピンズのシリーズものだ。メアリー・ポ

ピンズは家庭教師(ガヴァネス)といわれる職業婦人で、ロンドン

に住むバンクス家の子どもたちの面倒を見に、ある日突然やってく

る。黒いこうもり傘で空から降りてきたその人は、鼻がツンと上を

向いていて、地味だけどスマートな着こなしをしている。口を開け

ばそっけなく、ぴしゃりとやり込めたり皮肉を言ったりする。子ど

もたちがやいのやいと理屈を言うと、「口を閉じてくださいさっさ

と着替えて、さもないと・・・」というような味も素っ気もない脅

しを突きつけ、子どもたちの質問にはあまり答えない。巷でいわれ

ている最近の理想の子育ての真逆をいくような規律と教育方針だが、

子どもたちはメアリー・ポピンズが大好き。

 一つの理由は、メアリー・ポピンズといるとたまに素敵なことが

起こるから。魔法のようなことが現実に起き、規律正しいメアリー・

ポピンズの印象と真逆に、世間の常識を覆すような行動をしてもよ

いことになるんだ。あべこべベターヴィーさんのように逆さになっ

てみたり、星を空に糊でぴしゃぴしゃと貼付けてみたり、夜の動物

園で動物たちが檻から出てきて会話したり。たわいのないことなの

だけれども、日常の規則や同じことの繰り返しに飽き飽きしている

子どもは、目を輝かせる。

 想像力というのは、伸ばしてやるとどんどん膨らむけれど、やっ

てみないと育たない能力のひとつだ。考え、夢想する時間がないと、

育まれないから。子どもの退屈は、そういう意味で貴重な時間でも

ある。バンクス家の子どもたちには、いままで面倒をみてくれたり

甘やかしてくれたりする人はいても、そんな自由な発想を見せてく

れる人がいなかったのだ。

 もう一つの理由は、やはりある種の規律。こういうと変に聞こえ

るかもしれないけれど、子どもたちは反抗しながらも従いたがって

いる。やはり人間は集団行動が好きなのだ。ただし、そこには尊敬

できる確固とした人がいて、自分たちをきちんと見てくれている、

話を聞くべき時には聞いてくれる、という安心感がなければならな

い。

 集団行動や規律は、私たちの自由を明らかに制限してしまうが、

同時に「自由」を際立たせてくれる。日常生活に張りを与え、そこ

で初めて非日常に意味が与えられるからだ。

(129~130p)

 

教育に関連する内容です。

自分の解釈で、自分にあてはめたい。

  

授業は規律正しくやっていきたい。

教科書代わりの本をなぞるように教えます。

その中に、映像を持ち込んで、非日常の時間にします。

ふだんのテレビ放送でも勉強ができることを示します。

その気になれば、テレビ番組で、

授業で見たことをふくらませることができる可能性を示します。

授業で教えたことなんて、その事象のほんの一部であって、

もっといろいろなことがあるぞと示したいです。

想像することを始めないだろうか。

  

思えば、この方針はずっとずれていない。

「私の考え」② 手間暇をかけた教育・・と言われましても

    

今日は令和2年8月30日。

   

今日の目標は「世界恐慌」の教材研究。

教えたいと思えるレベルまで、いろいろ調べたいです。

  

2日前の記事の続きで、

 「私の考え」(三浦瑠麗著/新潮新書)より引用していきます。

  

 博士課程でイラク戦争を研究している最中、死体や拷問の写真

を見すぎて感覚がマヒしてしまったことがあった。映画と違って、

本物の写真には劇的さは少ない。亡くなってしまった人には尊厳

などないかのごとく、土くれと同じようにただそこにあるだけだ。

自分の感性が鈍くなっていくのではないかと怖くさえあった。

 死んでしまった人たちの耐えられない軽さに比べると、残され

た者の味わう苦しみと衝動はリアルで重たい。いつの世も、報復

感情は戦争の主要なきっかけとなる。

(39p) 

   

昨日見た映画「1917 命をかけた伝令」の死体は、

およそ土くれのように扱われていました。

報復感情については、ガンジーの非暴力を思い出します。

非暴力は簡単ではない。

  

  

 多くの場合、体罰は手間暇をかけられないから生じているのだと

思う。もしこの国が人材は貴重だと感じるのなら、手間暇をかけれ

ばいい。それだけでは協調性や暗記力や耐性が身につかないと思う

なら、色々な方策を試してみればいい。子どもは短時間しか集中で

きないのだから、プログラムのやり方が間違っているのかもしれな

い。それでもついていけない子が出てしまうのなら、プログラムが

向いていないのかもしれない。

(53p)

  

「手間暇」

手間暇はかけてきたつもりですが、

まだ集団の統率力が私にありません。

集団をピリッとさせられないんだよなあ。

この年までやって身についていないのだから、

諦めかな。

それを補うことを目指します。

明日は、世界恐慌のことを1時間、

生徒を集中させることが目標です。

手間暇かけます。

  

  

 NHKのウェブサイトによれば、都道府県ごとに分析したところ、

外国人が増えているのは大都市圏だけではなく、様々な地域で急速

に増えていることが明らかになったという。産業別では担い手不足

が深刻な20代~30代に絞ると、農業で14人に1人が外国人労

働者に頼っており、漁業では16人に1人、製造業では21人に1

人、宿泊や飲食などのサービス業、と続く。三ちゃん農業と言われ

て久しいが、もうこんなに外国人に頼っているのだという事実は、

多くの人にとって驚きなのではないだろうか。

 日本の農家はかなりの数が小規模な兼業農家。稼げる農業は一部

の大規模な農業でしかない。そして、研修生をはじめとする外国人

労働者に依存しているのが、こうした私たちの食事を支える大規模

農家なのだ。

 日々当たり前に目にするもの、口にするものは、彼らの労働力で

支えられている。ありていに言えば、様々な産業の「持続可能性」

を考えると、もはや外国人労働者なしにはやっていけない国になっ

ているということ。

(62~63p)

   

少し前のテレビニュースで、

長野県の高原野菜の出荷作業が映し出されました。

驚いたのは、多くが外国人労働者でした。

私が36年前?に従事した時は、外国人は1人もいませんでした。

今はそのような状況なのかと思いました。

  

退職したらどうするか?

私の頭にすぐに浮かぶのは、高原野菜の出荷作業です。

就職前に体験したあの作業を、再び体験したいと思っています。

それはきっと面白い体験になると思います。

可能だろうか?

2020年8月29日 (土)

映画「1917 命をかけた伝令」を見ました

    

今日は令和2年8月29日。

  

いい映画を見ました。

  

「1917 命をかけた伝令」

Photo 「1917」HP

   

この映画については、新聞記事で知っていました。

ワンカット撮影に興味を持ちましたが・・・・

その後すっかり忘れていました。

  

思い出させてくれたのは、生徒でした。

生徒が見て、面白かったよと教えてくれました。

勉強したばかりの第一次世界大戦の話だったとのこと。

「ひとつずつ すこしずつ ホントにわかる 中学歴史」

教科書代わりに使うことにして、

教え始めたのが第一次世界大戦でした。

ここでも道草 マハトマ・ガンジー、原敬を教えたくなりました(2020年8月23日投稿)

  

この映画を見たなら、第一次世界大戦で兵士が味わったであろう

恐怖が、感じられるだろうと思いました。

ワンカットのように見せる映像によって、引き込まれていきます。

こんな映画を作ったなら、もう死んでもいいと思っちゃうだろうな。

完璧な映画だと思いました。

映画「プライベート・ライアン」を思い出しました。

カメラマンがどうやって撮影しているのだろうと興味をもった点が

共通します。完璧な映画だとその時も思いました。

「プライベート・ライアン」が1998年の映画なので、

22年ぶりの体験かもしれません。

    

  

私も、「もう死んでもいい」と思うことをやってみたいです。

それが何なのか、今までのやってきたことの延長上にあることを

願っています。

  

  

この映像をお薦めです。☟

『1917 命をかけた伝令』<異次元の没入感はこうして出来上がった!>11分超え豪華特別映像

できたら映画を見た後に見るといいです。

メーキング映像があるからです。

まずは映画を楽しみましょう。

  

生徒がいいきっかけをくれました。

ちょうど読む本が手元にないタイミングでした。

本があったら、つい本を読んでいたでしょう。

もちろん映画もいい。

いい日になりました。

 

明朝「大河ドラマ 太平記 22 鎌倉炎上」再放送

    

今日は令和2年8月29日。

  

まだ「8月かあ」という思いがあります。

8月1日~8月17日の夏休み期間は駆け足で過ぎ、

その後の期間は牛歩のようにゆっくりでした。

暑さが異常でした。 

  

明日は朝から楽しみな番組があります。

録画お薦めです。

  

午前6時~6時45分 NHKBSプレミアム

「大河ドラマアンコール 太平記 22話 鎌倉炎上」

  

以前この番組について書いた記事です。☟

ここでも道草 高倉健さんと鎌倉幕府滅亡との奇縁(2019年3月24日投稿)

1991年6月2日に放映されたものを、

ビデオテープに録画して、授業でも使ってきました。

鎌倉幕府滅亡を教える時には、使いたくなる映像です。

それが明日再放送され、

画像がいいものをBD-Rに録画できるのです。

29年3カ月ぶりの録画のチャンスです。

逃しません。

  

   

晩には大河ドラマ「麒麟がくる」も再スタートします。

6月7日放映以来です。

担任している学級では、6月7日放映の映像を使って、

桶狭間の戦いを教えています。

ここでも道草 「桶狭間の戦い」を「麒麟がくる」で教えた(2020年6月26日投稿)

再スタートについては、昨日学級で宣伝しました。

どれくらいの生徒が見てくれるかな。

   

   

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