2020年12月31日 (木)

「比ぶ者なき」① 「日本書紀」「聖徳太子」は藤原不比等の捏造

  

今日は令和2年12月31日。

  

令和2年、2020年も最終日です。

この本を今年中に読み切りました。

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「比ぶ者なき」

(馳星周著/中公文庫)

  

藤原不比等関連の本を2冊連続で読みました。

  

この小説の巻末には、著者の馳星周さんと

漫画家の里中満智子さんの対談が掲載されています。

そこからの引用。

 

里中:私は、聖徳太子という名前は後世の創作かもしれませんが、モ

 デルになった人物がいたと考えています。馳さんは、聖徳太子も『

 日本書紀』もすべて不比等が作ったとされていますが、どこまで信

 じていらっしゃるのですか。

馳: 僕は確信犯で、最初から大山誠一先生の説で小説を書こうと決

 めました。古代史に興味を持ってから、色々な学説があることを学

 びましたが、やはり不比等が野望のために歴史を捏造したというア

 イディアは壮大で面白かったです。

(581p)

  

大山誠一さんの説を理解するのに適した本でした。

たとえば次の文章は生々しい。

『日本書紀』を作成する者たちの会話です。

  

「そういえば、首名がよき神を見つけたと小躍りしておりました」

肩を並べてきた百枝が言った。

「よき神だと」

「はい。天照大神(あまてらすおおみかみ)というのだそうです。太

陽のごとく、あまねくこの世を照らす神です」

史はうなずいた。

「男神なのですが、これを女神に変えれば、史様の望む新たな神話の

中心に据えられるのではないかと」

「時間がかかるのう」

「この国には数多(あまた)の神がいるのですよ、史様」

(106~107p)

  

天照大神は男神だったのを女神にしたという展開。

数多いる神の中から選ばれた神だったのです。

面白い話です。

  

  

蘇我馬子が成し遂げた偉業を、皇室のそれに書き換えなければならな

い。蘇我馬子など足もとにも及ばぬような偉大な皇族がいたのだと歴

史を書き換えなければならない。

(124p)

  

問題は蘇我馬子だった。あの者の功績を天皇家のものにすげかえる。

強大な権力をふるったあの者を卑小な存在に置きかえる。

それが難航していた。蘇我馬子はあまりに巨大で生々しすぎるのだ。

(194p)

  

蘇我馬子がやったこと、たとえば仏教を広めたこと、

遣隋使を派遣したこと、隋からの使者を迎えたことなどを、

皇族の誰かがやったことにしたいと藤原不比等は考えたのです。

これが大山誠一さんの説です。

  

ちょうどいい皇族が見つかりました。

  

「厩戸王(うまやどのおう)という皇族がおりました」

田辺首名が言った。

「斑鳩寺を建てたと言われているお方だな」

「はい。皇族であり、なおかつ蘇我氏と繋がりが深い。このお方であ

れば、蘇我馬子の成し遂げてきた功績を肩代わりさせるのに都合がよ

ろしいかと存じます」

不比等はうなずいた。縁もゆかりもない者に肩代わりさせるには、蘇

我馬子は巨大すぎ、生々しすぎるのだ。皇族でありなおかつ蘇我氏で

もあった者なら首名の言うとおり、都合がよかった。

(232p)

  

厩戸王は過去から掘り出され、こうしてロックオンされました。

そして「聖徳太子」が次のようにして捏造されます。

  

「厩戸皇子でございますが、仏教、儒教、道教に精通した聖人である

とするならば、それに相応しい名前を与えてはいかがかと考えており

ます」

「よい名が浮かんだか」

「はい。聖徳太子はいかがでしょう。聖なる徳を積んだ皇太子の意に

ございます」

「聖徳太子か・・・」不比等は腕を組んだ。「よい響きではないか」

(546p)

  

   

社会科の授業で教え、テストのために中学生(小学生も)覚える「聖

徳太子」はこんな打合せで生まれた名前なのか。

それも1300年余前のことなのです。

  

天孫降臨、聖徳太子・・・すべて捏造されたものというのが大山説で

あり、それを小説化したものが本作でした。

 

どうしよう、この説はとても面白い。

信じてしまいます。

私の中では2001年のドラマ「聖徳太子」が浮かびます。

ここでも道草 ドラマ「聖徳太子」・・・ビックリの共演(2018年10月3日投稿)

このドラマでは、聖徳太子が蘇我馬子を差し置いて

偉業を成し遂げていました。

まさに藤原不比等の目論見通りの「聖徳太子」でした。

それを疑うのは面白い。

さて真実はどうなのだろう?

2020年12月30日 (水)

「ポパイとオリーブ」再生回数現時点で2727回

   

今日は令和2年12月30日。

  

前記事に載せた「ポパイとオリーブ」です。


YouTube: ポパイとオリーブ - THE HEART -

  

詳しく見ると2015年4月11日にアップされていました。

最初に見た時は再生回数は2722回だったと思います。

まもなく6年が経つのに、この回数は寂しいと思いました。

現時点で2727回。

私がこの数日聴いたからでしょうか。

  

アルバム「黄熱」の中の他の曲と比べてみます。


YouTube: 最後の砦 - THE HEART -

 

同じ日にアップされていて、こちらは11009回。

これはなかなかの数です。

シングルで発売されたのはこの曲だったようなので、

知名度が高いかな。

 

ところがアルバムで2番目にいいなと思う「TOKYO」が少ない。


YouTube: TOKYO - THE HEART -


同じ日にアップされていて、2158回。

いい曲なのになあ。

  

「TOKYO」の冒頭や間奏で出てくる楽器の音が何か懐かしく、

心地がいいんです。

あれってハーモニカの音でいいのかなあ。

試しに聴いてみてください。

そして楽器を教えてください。

  

これらのTHE HEARTの曲を、YouTubeにアップしている人は、

NAOAKI  KOMINEとあります。

関係者なのだろうか、ファンなのだろうか。

私としてはネット上でもTHE HEARTの曲が聴けてありがたかったです。

  

「ポパイとオリーブ」をループ再生して視聴回数を増やしちゃおうかな。  

  

 

2020年12月28日 (月)

「ポパイとオリーブ」(THE HEART)

    

今日は令和2年12月28日。

   

先日から生活のBGMはアルバム「黄熱」(THE HEART)です。

  

31年ぶりに聴きましたが、思った以上にはまっています。

  

一番強く覚えていた曲は「ポパイとオリーブ」でした。

 

こんな歌詞です。

  

♪ お前と出会った頃には すべてが輝いて見えた物さ

 長い黒髪なびかせて 突然俺の前に現れた

 LADY こんなチャンスは LADY 2度と来ないだろう

 車もビデオもすぐに 36回のローンで揃えた ♪

   

長い黒髪ですよ。

染めた色ではありません。

そして車とビデオ。

同じ時代を生きた人たちだと思いました。

  

さらにこんな歌詞が続きます。

  

♪ 毎晩のディスコ通いも バーゲンセールの荷物持ちだって

 だまってついて行く 俺はお預けくらう飼い犬の様さ ♪

   

「ディスコ」も登場。

私は数回しか行ったことがありませんが、

すごかったよなあ。

  

   

曲のラストがまたいい。

 

♪ お前ぐらいの女なら 網ですくう程いるのさ

 ガラスの靴失したら また拾うのはこの俺(チクショー)

 いつか来る日を夢みて ホーレン草を買い込んで

 ポパイの力をつけたら お前のその高い鼻へし折ってやる ♪

   

間奏の後のここの歌いっぷりがいい。

歌詞にはなかった「チクショー」が、ある意味優しさだよね。

「へし折ってやる」で啖呵をきって、

ラーラララララ ラララララーのリフレイン。

盛り上がっちゃいます。

 

この2人はその後どうなったのだろう。

腐れ縁という関係で、この歌詞がウソのような

つれ合いになっているのではないだろうか。

  

   

なんかすごく楽しい世界を描いた曲です。

しばらく口ずさんでしまいます。

 

ここで聴けます。

試しにどうぞ。


YouTube: ポパイとオリーブ - THE HEART -

  

 

「天孫降臨の夢」② 「聖徳太子」を創り出した人物

   

今日は令和2年12月28日。

  

前記事に引き続き、

「天孫降臨の夢 藤原不比等のプロジェクト」

(大山誠一著/NHKブックス)より。

   

中国では、皇帝は、政治・文化・社会のすべての場で唯一絶対の偉大

な権力者である。ところが、そのような唯一絶対というような人物は、

過去の日本の歴史には存在しなかった。実は、その後にも登場してい

ない。日本の歴史・風土にはそぐわない人物像なのである。だから、

当時の日本人には想像すら困難であった。そこで、それらしい理想的

聖天子の見本のような人物像を想定し、過去の皇族の一人をそれに見

立てて『日本書紀』の中に据えることにした。それが、厩戸王で、そ

の結果誕生したのが〈聖徳太子〉だったわけである。

(54P)

   

厩戸王は実存し、選ばれて、聖徳太子とされたという説です。

厩戸王が知ったら、ビックリですよね。

「聖徳太子」という名前は後世つけられたということで、

教科書の表記を「厩戸王」にしようと議論されたとのこと。

聖徳太子が「厩戸王」になりかけた、歴史教科書の不思議な改定基準

当たり前だった「聖徳太子」が、この本を読んで揺らいでいます。

  

結局のところ、『日本書紀』の聖徳太子は儒仏道の聖人であるが、そ

の人物像の成立に大きな影響を与えた人物としては、儒教関係は藤原

不比等、道教関係は長屋王、そして太子関係記事の大部分を占める仏

教関係と中国的聖天子としての表現は道慈と考えてよいであろう。ほ

かにもさまざまな人が参加したかもしれないが、重要なのは『日本書

紀』の記述の方向性を示し得るリーダーの存在である。それが、この

三人であることは明らかと思われる。

(57p)

   

3人の中でも中心は藤原不比等でした。

「聖徳太子」を創り出した人物でした。

ビックリです。

    

  

年末は藤原不比等の本をもう1冊読んでいます。

馳星周著「比ぶ者なき」(中公文庫)です。

順番は「天孫降臨の夢 藤原不比等のプロジェクト」→

「比ぶ者なき」でよかったようです。

「比ぶ者なき」は大山誠一さんの説をベースにした

藤原不比等が主人公の小説でした。

大山さんの説を復習するのにうってつけの小説でした。

年内に読み終えて、ブログにまとめるのが目標です。

  

2020年12月27日 (日)

「天孫降臨の夢」① 法隆寺再建非再建論争

   

今日は令和2年12月2日。

  

この年末は藤原不比等について勉強しようと決めて、

まずはこの本を読みました。

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「天孫降臨の夢 藤原不比等のプロジェクト」

(大山誠一著/NHKブックス)

  

2009年に発刊された本です。

藤原不比等のことを知ろうとした本ですが、

前半は聖徳太子のことが中心に書かれていました。

  

聖徳太子は実存しないという説は聞いたことがありましたが、

大山誠一さんは、まさにその説の発信源でした。

偶然にも、そのことを知りました。

  

引用していきます。

  

法隆寺の建立そのものが問題である。古来、聖徳太子の建立と伝え

られてきたが、実は『日本書紀』の天智9年(670年)四月任申

条には「夜半之後(あかつき)に、法隆寺に災(ひつ)けり。一屋

も余ること無し。大雨(ひさめ)ふり雷(いかずち)震(な)る」

と記されている。そのため、今日の法隆寺は、雷火でいったい消失

し、のちに再建されたのではないかという見解があった。ただ、そ

れを認めない人もおり、有名な法隆寺再建非再建論争というものが

展開されたのであるが、実は、すでに戦前のうちに発掘によって創

建法隆寺(若草伽藍とよばれている)の存在が確認され、今日の法

隆寺は再建後のものである。また、最近の発掘によっても金属が溶

解するほどの千度を越える高温で焼失したことが明白となっている。

つまり、激しい雷火があったことは確実なのである。

(34~35p)

   

まずは法隆寺に関する疑問。

激しい火災があったので、

法隆寺にあった仏像も燃えてしまっただろう。

したがって仏像に記された聖徳太子に関する記述は、

後の時代に再建された時に記されたものだというわけです。

  

再建非再建論争。

よく分かっていませんが、今晩、こんな番組があります。

 

「令和の法隆寺~千四百年の伝承と聖徳太子の残響~」

BSフジ19:00~20:55

   

2020年1月に放映されたものの再放送です。

いい機会なので、見てみて、最新情報を手に入れたい。

 

2020年12月25日 (金)

今年ラストの生活のBGM「黄熱」(THE HEART)

   

今日は令和2年12月25日。

   

きっかけは、12月19日放映の「世界一受けたい授業」でした。

ジョン・レノンのことをやっていました。

1980年12月8日に殺されてしまったジョン・レノン。

今年は没後40年です。

  

ジョン・レノンを殺したのはマーク・チャップマン。

  

ここで思い出しました。

 

このマーク・チャップマンのことを歌っていた人たちがいたぞと。

  

日本人のグループ。

  

誰だっけ?

  

頭に引っかかっていました。

  

  

今日、天井裏の倉庫に入り込みました。

 

そこにはものすごい数のCDがあります。

現在は月に1枚アルバムを聴き込んでいる日々ですが、

思えば、若い頃は、月に10枚ほどの音楽を聴いていたと思います。

 

その中に、チャップマンのことを歌った人たちのCDがあるはず。

  

しばらくして、1枚のCDを発見。

 

「黄熱」(THE HEART)

 

アルバムの写真です。☟

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1989年のアルバム。

  

この人たちだった気がする。

このアルバムの中には、目的の曲はありませんでした。

   

ここまでわかると、ネットで調べることができます。

 

これだ!


YouTube: CHAPMAN - THE HEART -

  

そしてこの曲も思い出深い。


YouTube: マーガレット - THE HEART -

  

ボーカルの井口一彦さんは1966年生まれ。

現在は50代のおじさんだ。

THE HEARTは1988年デビュー。

1992年解散。

  

ほぼ30年ぶりに聴きました。

最初は違和感がありました。

でも繰り返し聴くうちに、耳触りが良くなってきて、

確かにこの曲を聴いていたと思えるようになってきました。

  

過去を振り返ることに、マイナスのイメージがありました。

でも「弘兼流 やめる!生き方」(弘兼憲史著/青春出版社)を読んで、

気が変わりました。

昔に浸るというのは、今までの自分の過去をプラスに考えている証拠。

いいことなのです。

 

THE HEARTの曲を夢中で聴いていた時がありました。

すっかり曲を忘れていましたが、再会して、聴き込んでみたい。

忘れていた曲を思い出し、当時のことを思い浮かべてみたい。

  

今日、天井裏の倉庫で見つけたアルバムが、

2020年ラストの生活のBGMです。

  

2020年12月23日 (水)

「やめる!生き方」③ 「思い出に浸る」=「過去をプラスにとらえる」

  

今日は令和2年12月23日。

  

前記事に引き続き、

「弘兼流 やめる!生き方」

(弘兼憲史著/青春出版社)より。

  

60歳を過ぎたら、もう反省するのも後悔するのもやめたほうがいい。

過ぎてしまった時間は変えることができないのですから、マイナスに

とらえてもいいことは何もありません。過去は、どうあろうと自分に

都合よく考えたほうが、この先の人生をプラスに展開できるはずです。

(145~146p)

  

  

「思い出に浸る」という行為は、後ろ向きなイメージあるかもしれま

せんが、脳内で楽しい記憶を強化することで、過去をプラスにとらえ

られるようになるという点で、とてもいい方法なのです。

(中略)

思い出があるものだったら、写真に限らず絵画や映画などもいいでし

ょうし、視覚以外の情報、音楽、香り、味というものでもプラス思考

の脳トレになります。

(146p)

  

「思い出に浸る」=「過去をプラスにとらえる」は

いいことだと思います。私にとって、音楽は「思い出に浸る」有力な方法のひとつです。

今月の生活のBGMであるブルース・スプリングスティーンの曲も

思い出に浸らせてくれます。


YouTube: WHAM!  ラスト・クリスマス Last Christmas☆☆.。.:*・゚*:.。. (1984年)

こんな曲を聴くと、教師を始めた頃を思い出します。

浸ってしまいます。

天井裏にしまってある音楽も、聴いてみたいですね。

  

  

私にとって、このブログも過去をプラスにしてくれます。

過去の記事を読むと、その都度頑張って書いた記事は、

読み甲斐のあるものです。

  

   

引用はここまで。

  

  

のこりわずかの2020年。

藤原不比等に関する本を2冊読む予定です。

  

  

今日は朝から活動できた。

これが本来の自分です。

  

  

「やめる!生き方」② 思い出の品は絞ったほうが価値が上がる

   

今日は令和2年12月23日。

  

前記事に引き続き、

「弘兼流 やめる!生き方」

(弘兼憲史著/青春出版社)より。

  

「人と言い争ってプラスになることはない」「人とぶつからないよ

うにしよう」と思うようになったのは、その頃(大学時代)からで

す。

(67p)

  

「正義に」によって戦争をするということは、「自分は正しい」と

いう大前提のもと、「対立するやつらは悪だ」「だから懲らしめる」

という論理。お互いの国に正義があるから戦争になるのです。だか

ら、正義を声高に主張するのは、相手の立場を受け入れないという

意思表示でもあるわけです。

こういうことに気づいた時から、正論を主張したり正義をかざした

りすることはやめました。そういう「議(自分の中にある意思)」

というものは口に出さず、自分がやるべきことを黙ってやればいい

と思うようになったのです。

「自分からは争いに参加しない」という考え方は、今も変わりませ

ん。誰かとぶつかりそうになったら、その場から逃げるか、話題を

変えます。

(68p)

  

「争いを避ける」「黙ってやる」に共感です。

それでもいいんだと思いました。

  

  

プラスの感情が湧くことに没頭して、ストレスの元になっているマ

イナス思考やマイナス感情を忘れさせる、ということです。プラス

の感情とは、マイナスの感情の反対ですから、「楽しい」「うれし

い」「心地よい」「美味しい」といった前向きになれる感情のこと

です。

(80p)

   

これは先日まで読んでいた坂口恭平さんも書いていました。

坂口さんは「つくる」ことを勧めていました。

マイナス感情を忘れること、マイナス感情から遠のくこと、

実際にできるんです。

  

  

「いい人」というのは他人基準

(88p)

「いい人」というのは、まわりの人間の願望を満たす存在なのです

ね。

(89p)

60歳からの人生では、誰かの願望を満たすための「いい人」であ

ろうとするのはやめて、自分の幸せのために生きたいですね。

(91p)

  

ごもっとも。

  

  

長い間生きていれば、どうしても持ち物が増えてきます。これは、

自分が生きてきた証として思い出を形に残しておきたいという心理

と、何かあった時に備えてモノをためておこうとする本能的な心理

が影響しているんですね。

とくに思い出の品は、それを捨てたら自分の過去がなくなってしま

うような気がして、なかなか思い切れないものです。

でも、生きていれば思い出は増えていくものなので、本当に大切に

したい思い出の品は、むしろ絞っていったほうが、一つひとつの思

い出の価値が上がるんですね。

(97~98p)

   

本や音楽CD,映画のDVDなどは、「観たい、聴きたいと思った時に

ないと困るから、手元に置いておきたい」という人間の心理をくす

ぐるので、ため込みやすいアイテム。

これは、思いのほか場所を取って生活空間を圧迫するものですから、

思い切った引き算でスッキリ生活を目指したものです。

(104p)

  

私にとっての課題です。

納戸にある13000越えの番組があるビデオカセットテープ、

DVD-R、BD-Rをどうしたらいいだろう。

私が死んだら処分してもらうのも手ですが、

絞り込む作業を自分でやってみたいと思うところもあります。

でもどのような方法で絞り込んでいくか。

  

引退したらやりたいことを一つですね。

  

  

「やめる!生き方」① 65歳までが楽しめるとき

今日は令和2年12月23日。

  

60歳まであと3カ月余り。

こんな本を読みました。

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「弘兼流 やめる!生き方」

(弘兼憲史著/青春出版社)

      

「オレは、もうそんな年になっちまったのか」とネガティブな受け

取り方をする人もいるでしょうが、これはやめたほうがいい。年齢

を重ねて、今日生きているということは喜ぶ話であって、年をとっ

たということを残念に思う理由はないのです。

(中略)

「そんな年になれてよかった。自分も成長したものだ」とうれしく

思えばいいのです。

そもそも僕は、”老いは成長”ととらえています。いいことが起こる

ばかりが成長ではありません。他人の名前が思い出せなくなるのも、

目が疲れやすくなるのも、成長といえば成長。人間のあるべき姿と

して正しく成長している、と僕は前向きに考えています。

(19~20p)

   

「老いは成長である」と思いたいですね。

耳が悪くなるのも、成長の証。

私も成長しています。成長させてもらっています感覚かな。

  

  

日本人は楽しみを後にとっておくタイプが多いようです。「後々の

ために我慢しておこう」という考え方です。

でも、60歳を過ぎたらそれは考えもの。もう十分に我慢して頑張

ってきた人が多いはずですから、これからは「老後に楽しみをとっ

ておく」なんて発想は、きっぱりやめてしまいましょう。

(41p)

  

体力が必要なことは、それができる時間とお金が作れるのだったら、

躊躇せずに早くやったほうがいい。僕の経験から言うと、65歳く

らいまでの5年間が安心して楽しめる時期だと思います。

(42p)

 

なるほど、65歳かあ。

具体的に年齢が示されました。

65歳までせっせと山登りをしてみたいと思いました。

  

  

60歳からの人生も、箱根駅伝と同じように最後のほうで逆転する

のは難しい。

だから、エネルギーを最後の追い込みのために温存するのではなく

て、60歳から先行逃げ切りを狙うのがいいと思うのです。

(44p)

  

なるほどなるほど。

体力のある65歳までに活動を活発にさせたい。

65という数字がクローズアップされてきました。

  

  

僕の理想は漫画を描きながら死ぬことだと書きましたが、「どう死

ぬか」を考えることは、「どう生きるか」を考えることと同じだと

思っています。

(47p)

   

私にとって「道草」がキーワードになっています。

好奇心によって、何か夢中になっていることをやっている時に、

ばたりと倒れるのがいいですね。

  

   

老親の世話を抱え込まない

(60p)

 

ちなみに、介護をするために仕事をやめてしまう介護離職は、年間

10万人にも及んでいます。離職する人は、そうせざるを得なくな

ったのでしょうが、辞める前にもう一度視野を広げて、何か方法は

ないか考えてみてほしいと思います。

(61~62p)

  

  

私は辞める直前でした。

辞めなくてよかった。

視野を広げることができて、今があります。

  

  

2020年12月21日 (月)

「鬱は通り過ぎるもの」と確信

    

今日は令和2年12月21日。

  

私はまた少しうつ病のことがわかってきたように思えます。

ほぼ1カ月前に「仕事を辞めたい」と思いましたが、

再び昨日と今日、「仕事を辞めたい」と思いました。

ここでも道草 この1週間の気持ちは波乱万丈でした(2020年11月23日投稿)

うつ病が再び発症したと感じました。

今日は学校に行けませんでした。

休むことを朝、学校に連絡して、それだけで疲労感がありました。

父親が使っている介護用ベッドの布団の中に、

避難するようにもぐりこみました。

寝ました。

変な夢を見ました。

行ったことがないのでイメージですが、

東南アジアの国らしき場所を自転車で走っていました。

家に帰るのに、国境をいくつも越えました。

フリーパスでした。

上り坂の向こうから、水が押し寄せてきて焦りましたが、

自転車で水流に逆らって走っていました。

目が覚めたら昼を過ぎていました。

    

寝たけど、まだ気持ちは波立っていました。

明日教師をやっている自分の姿がイメージできませんでした。

夕方、このブログをうつことにしました。

坂口恭平さんの本で、印象に残った文章を、必死に?うちこみました。

ここでも道草 「苦しい時は電話して」④ 死にたいというのは向上心

ここでも道草 「苦しい時は電話して」⑤ 否定的なエネルギーを外に吐き出す

タイムリーにこの本が読めてよかったとしみじみ思います。

  

坂口さんが言うように、「悩んだ時にはつくる」がよかったようです。

記事をうちこむ作業で、だいぶ気が晴れました。

もんもんと悩むことから、離れることができました。

同じく坂口さんが言うように、

「鬱は通り過ぎる」ことに確信がもてました。

  

晩に心療内科に行きました。

その時点では、明日は出勤できる気持ちになっていました。

「鬱は通り過ぎた」ようです。

でも薬は増量されました。

お医者さんからは「危なっかしいですね」と笑われました。

確かに危なっかしい。

   

坂口さんのように、

自分の病気のうつ病にしっかり対面したいです。

現在の仕事の状態では、

1カ月ごとにうつ病がやってくる可能性があると、

今回の体験で思いました。

きっと問題に正面からぶつかり過ぎているのでしょう。

明日から改善できるなら改善していきたい。

「鬱が通り過ぎた」今なら、元気があるので動きたい。

ただ改善されなければ、再び「鬱は来る」

覚悟したい。

その時にはきっと「仕事を辞めたい」と思うだろうけど、

必ず「鬱は通り過ぎる」と信じて待ちたいです。

  

     

うつ病とうまく付き合って、教師をやりきりたい。

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