2020年11月 2日 (月)

11月1日は「〇〇〇”〇記念日」

   

今日は令和2年11月2日。

  

今日の授業で、「今日は何の日」クイズをやりました。

  

昨日、11月1日は「〇〇〇”〇記念日」でした。

 

ノーヒントで「〇〇〇”〇」に当てはまる言葉を考えさせました。

  

これがたくさんあるのです。

  

こくばん(黒板)

みかづき(三日月)

はんげつ(半月)

まんげつ(満月)

かくじつ(確実)

とうばん(当番)

かんばん(看板)

おおがた(大型)

てんどん(天丼)

かつどん(かつ丼)

とつぜん(突然)

いしがき(石垣)

おてだま(お手玉)

とくがわ(徳川)

はんざわ(半沢)直樹

とつぜん(突然)

こんごう(混合)

あんぜん(安全)

  

皆さんも思い浮かべることができるのではないでしょうか。

  

日本語には多いのかもしれません。

3文字目に濁点のついた字のある4文字言葉が。

3文字目の濁点文字は座りがいいのかもしれません。

    

  

アイドル

かきぞめ(書き初め)

けしごむ(消しゴム)

せいぶつ(生物)

そうじき(掃除機)

せんざい(洗剤)

よこづな(横綱)

ねこじた(猫舌)

れんごう(連合)

ひしがた(菱形)

にちべい(日米)

    

  

ノーヒントでも生徒がいろいろ浮かんで発言するのが楽しいです。

でも少しずつヒントを言います。

  

1文字目が「と」だよ。

  

 

ともだち(友達)

トラブル

とりごや(鳥小屋)

とんじる(豚汁)

  

   

2文字目が「う」だよ。

  

  

とうざい(東西)

とうがん(冬瓜)

とうげい(陶芸)

とうだい(東大)

  

  

正解は「灯台記念日」

詳しくはここを見てください。☟

今日は何の日~毎日が記念日~11月1日

  

 

2020年11月 1日 (日)

「角川映画1976-1986」 みんな若い!/文庫戦争

   

今日は令和2年11月1日。

  

昨晩、この本を読みました。

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「角川映画1976-1986 日本を変えた10年」

(中川右介著/KADOKAWA)

  

読むきっかけになったのは、この時 ☟。

ここでも道草 「復活の日」は「見てから読む」でした(2020年10月11日投稿)

  

10月中に実行しました。

  

この本を読んで、映画を作るにはいろいろな思惑(おもわく)が

あるのだなと思いました。

映画上映によって文庫本を売りたいとか、

お気に入りの新人女優を売り出したいとか、

読んで思い入れがあるものを映像化したいとか・・・。

お金がかかることなのですが、けっこうプロデューサーや監督、

時には俳優といった個人の意見で映画が作られるのだなあとも

思いました。

 

36~46年前のことだけに、誰もが若いです。

今年亡くなった大林宜彦監督、松田優作、草刈正雄、浅野温子、

渡瀬恒彦、夏八木勲、真田広之、みんな若く、自己主張してました。

大林監督はすごく尖った人でした。

俺を使えるなら使ってみろという発言もありました。

そしてチャンスをきちんと掴んできた人でした。

もちろん、薬師丸ひろ子、渡辺典子、原田知世もまだ子どもでした。

   

1971年7月、出版業界最大手の講談社がいよいよ文庫本市場に参

入することになり、角川文庫は最大の危機を迎えていたのだ。

2010年代にはほとんどの大手・中堅の出版社が「文庫」を出して

いるが、1970年代に入るまで、総合的な文庫といえば、岩波文庫、

新潮文庫、角川文庫の3つしかなかった。これ以外にも創元推理文庫、

ハヤカワ文庫、春陽文庫などもあったが、ジャンルが限られていた。

3つの文庫のうち、岩波文庫は古典を専門としていた。新潮文庫は海

外の古典の翻訳もあれば、現役の作家たちの作品まで幅広いが、小説

を中心とした文芸ものがほとんどだった。角川は、創業者の角川源義

が国文学者であったことから、日本の古典が充実していたが、これは

岩波とぶつかり、現役の作家は新潮社がほとんど押さえていたので、

そこから漏れたものを出すしかなかった。「三大文庫」と言われなが

らも、角川は岩波・新潮にはかなり差を付けられていた。

(29~30p)

かくして、文庫戦争が勃発した。

講談社の参入により、これまで新潮文庫や角川文庫に自社で出した本

を文庫化されるのを指をくわえて見ていた他社も文庫市場への参入を

決め、1973年には中央公論社が中公文庫を創刊、74年には文藝

春秋が文春文庫を、76年には集英社文庫と続く。これらの文庫は、

70年代に入るまでは存在しなかった。

(31p)

  

文庫ぐらいしか買うことができなかった高校生や大学生の時に、

背表紙がつやつやした文春文庫、集英社文庫を買った覚えがあります。

このような文庫戦争中だったのですね。

あとは徳間文庫も印象に残ります。

調べたら1980年創刊でした。

今度本屋に行って、文庫本棚の前に立つを、

かつての文庫戦争に思いをはせそうです。

  

  

角川映画は、忘れ去られていた横溝正史をクローズアップさせました。

ユーミンも、映画「ねらわれた学園」(1981年)の主題歌

「守ってあげたい」を歌ってから、ユーミン時代を迎えました。

  

  

こんなことを知った本でした。

私は15歳から25歳だったので、おそらく多感だったから、

角川映画のブームの渦中にいました。

   

私は「自己犠牲」「他人ファースト」タイプですね

   

今日は令和2年11月1日。

  

さあ11月だ。

  

昨日の朝日新聞朝刊別冊「be on Saturday」より。

「悩みのるつぼ」のコーナー。

姜尚中(かんさんじゅん)さんに次のような相談がありました。

  

  

20代女性です。「友人」との関係性について、姜尚中さんにご意

見をうかがいたいです。

祖母と両親と同居しています。私は小さな頃から家事を任され、学

生時代は友人を作る余裕もありませんでした。社会人になって、S

NSを始め、初めて一緒にカラオケに行ったりする「友人」ができ

ました。

その友人の一人から距離を置こうと言われました。友人いわく「共

依存をやめたい」そうです。友人は恋人と同居を始めるため、ひと

りの時間がなくなるから、とも言われました。

友人はSNSで「自分がどれだけ大変になるか」「自分の時間がど

れだけなくなるか」と愚痴ります。それ自体に罪は無いのですが、

私には心の底から「それは大変だね」と言えず、周りの気遣いの声

に冷めた感情を抱いてしまいます。

祖母は認知症で介護を必要とします。両親は協力的ではなく、私が

世話してきたのですが、私も煮詰まってしまい、実家を出て一人暮

らしをする決心をしました。ただ祖母の介護、家事をしに朝晩は実

家に通う、という条件が付いています。

そんな私は友人の愚痴に、「大変だね」「つらいね」と返す気にな

らず、しかし、不幸自慢をすることも、自分で許せません。友人と

断絶するにはコミュニティーとも縁を切ることになります。私はど

うすれば良いのでしょうか。

  

 

この相談に対する姜尚中さんの回答です。

新聞の写真を載せます。

Epson533  

私にとって、ズキリと胸に刺さることががいくつもありました。

 

悩む人には二つのタイプがあるようです。「自己チュー」の人と「

自己犠牲」の人です。あなたの場合は、どうやら後者のタイプのよ

うです。このタイプの場合、親族や兄弟、友人ら他人がどう感じ、

考えているかを先に慮(おもんぱか)り、自分のことは二の次にな

りがちです。

   

私はまさに「自己犠牲」タイプで、くよくよ悩んでいると思います。

 

愚痴りたいのはあなたの方で、それでも聞き役に徹して友人に本音

を語り得ないとしたら、あなたは何事も「他人ファースト」の習癖

が身についているとしか言いようがありません。

  

そうです。この相談者の女性は20代ですが、私はまもなく60歳。

「他人ファースト」がベッタリ「習癖」になっています。

  

  

それがあなたの優しさの表れだとしても、自分がハッピーだと思え

ないでいるはずです。不満がたまり、悩みは雪だるま式に大きくな

るばかりだとすれば、あなたはずっと「不幸な意識」に苛(さいな)

まれることになるはずです。

  

悩みが雪だるま式に増えていくのは、日々感じることです。

   

  

あなたに必要なのは、「自己本位」に徹することです。

「自己本位」とは(中略)何よりもまず、自分自身の中に判断や行

動基準を置き、自分を手放さないということです。と同時に、それ

は肉親にも友人にも「自己本位」があることを認め、それを尊重す

ることを指しています。

  

「自己本位」に徹する。

単純明快な指示です。

  

まず「自己本位」の立場で、自分の考えや判断を相手に伝え、その

上で相手の「自己」を尊重し、違いや齟齬(そご)があるなら、し

っかり相手と向き合ってとことん話し合う。そうした間合いの取り

方があなたには必要です。

  

まずは「自己本位」の意見を表明するのです。

それから相手の意見を聞く。

相手を慮って、自分の意見を引っ込めない。

  

  

そもそも成人に達したあなたがなぜ、認知症を患うおばあさまの世

話をしなければならないのでしょう。負担を家族で分担することや、

ケアの制度を利用することはできないのか。そうした可能性を、あ

なたは「自己本位」の立場から、家族に伝えたことがあったのでし

ょうか。

もし、何となく消極的に自分に御鉢(おはち)がまわり、何となく

いつも「貧乏くじ」を引くことになっているとしたら、あなたから

不遇感はなくなることはないかもしれません。

  

 

私が昨年休職した理由は、介護の負担が大きかったです。

介護は仕方がないものとして受け入れ、身体はヘトヘトでした。

休職してから、ショートステイを利用するようになり、

負担がぐんと減りました。

なぜ早めにショートステイを利用するということを

考えなかったのか。

私の中にある「自己犠牲」の考えがあったのでしょう。

「とてもできない。他の手はないのか」と考えられなかったのでしょう。

 

「他人ファースト」の習癖をどうにかしたい。

くよくよ悩む自分を抜け出たい。

この記事や本「還暦からの底力」を読んで、

そう思います。

行動に移したい。

  

   

  

2020年10月31日 (土)

「還暦からの底力」⑥ 「今この時が一番若い」

 

今日は令和2年10月31日。

  

前記事に引き続き、

「還暦からの底力 歴史・人・旅に学ぶ生き方」

(出口治明著/講談社現代新書)から引用します。

今回がラストです。

  

社会の変化するスピードが速くなったのだから、それに追いつくた

めにも仕事一辺倒の「飯・風呂・寝る」の生活から今すぐ脱却し、

勉強しなければならない。勉強するのは子供や学生だけではなく、

大人になっても一生学び続けなければいけない。知は力であり、そ

の力は「人・本・旅」で勉強しなければ身に付かない・・・。

こういう話をすると、年齢が高くなればなるほど「何をいまさら」

と思う人がいるかもしれません。しかし、皆さんが一番若いのはい

まこの時です。明日になったらまた1日、年を取ってしまいます。

どんな年齢の人でもいまこの時が一番若いのですから、思い立った

らすぐ行動することが大切です。

(233p)

  

「今この時が一番若い」は、なるほどと思いました。

勉強は続けていこうとは思っています。

このブログが続いているうちは、勉強している証拠。

  

  

人生を楽しくしたいなら、そうではなく、人間の喜怒哀楽は絶対値

でとらえるべきです。シェイクスピアの翻訳で知られる小田島雄志

(おだしまゆうし)さんは「人生の楽しみは、喜怒哀楽の総量であ

る」と日本経済新聞の「私の履歴書」で語っていました。

私たちはうれしいことや楽しいことはたくさんあったほうがよく、

つらいことや悲しいことは少ないほうがいいと思いがちです。でも

よくよく考えてみれば、そんな人生は味気ないものではないでしょ

うか。

小田島さんがいう通り、人生には「喜」「楽」はもちろん「怒」「

哀」もあったほうがいい。喜んだり怒ったり、哀しんだり楽しんだ

りがたくさんあるほうが面白いし、人生は豊かになるはずです。だ

から喜怒哀楽はプラス・マイナスで計算するのではなく、その総量

の絶対値でとらえたほうがよいのです。

(237p)

  

自分の生き方の中で「怒」はセーブしてきました。

そのことについて出口さんは次のように書いています。

  

自分の感情も、基本的には素直に表出すればいいと思います。腹が

立ったら怒ればいいし、あとになって「どうでもいいことで怒って

しまった」と気付いて反省したら、それもまた勉強です。

人はなぜ感情をコントロールしようと気にするかといえば、他人に

よく思われようと思うからです。でも、パワハラは論外ですが、過

度に攻撃的になるほど他人に迷惑をかけることがない限り、感情は

素直に出していけばいいと思います。

(239p)

  

  

他人の目を気にしすぎている自分に嫌になることもあります。

感情をもっと表出する。できたらいいです。

  

  

幸せな社会とはみんながそれぞれ他人に気兼ねなく、自分の好きな

ことに打ち込める世界です。私たちがつくり、次世代に引き継いで

いくのは、そういう社会でなければなりません。

(243p)  

   

今の自分は、まだ自分の好きなことに打ち込めていない状況です。

まずは自分をよい状況に置きたいです。

そのためには、他人の目を気にしすぎているところを

少しでも治したい。

自滅を繰り返してきた教師の仕事ですが、

充実した気持ちで終えたい。

  

今日の新聞にも、参考になる記事がありました。

次の投稿で載せたいです。

他人がどう思っているかを重視して「他人ファースト」に

なっているのを戒めてくれた記事です。

2020年10月30日 (金)

「還暦からの底力」⑤ 第一次世界大戦の勉強『夢遊病者たち』

  

今日は令和2年10月30日。

  

前記事に引き続き、

「還暦からの底力 歴史・人・旅に学ぶ生き方」

(出口治明著/講談社現代新書)から引用します。

  

指導者がいかに重要かを知るうえでは、バルカン半島の紛争が史上

初の総力戦、第一次世界大戦へと展開する過程をまとまたクリスト

ファー・クラークの『夢遊病者たち』という本がとても参考になり

ます。この本は誰も戦争などやりたくないのに、みんなが優柔不断

で愚かな小さい決定を繰り返していくうちに大戦争になっていく様

子を描いた傑作です。

(199p)

    

第一次世界大戦は現在の私の興味関心の一つです。

この「夢遊病者たち」はどのような本だろう?

さっそく図書館で予約しました。

  

  

名目GDPを見るとアメリカは中国よりも上ですが、購買力平価

ベースのGDPで見ると、中国はすでにあめりかを上回っており、

もうすでにアメリカを上回っており、もう既に米中の経済力はほ

ぼ拮抗しているといえます。経済的にはすでにG2の世界に突入

しており、歴史を振り返ってみるとナンバー1にナンバー2が肉

薄すると、ナンバー1はナンバー2の頭を叩こうとするのが通例

です。米中関係は基本的にこのような構図に則(のっと)ってい

ます。

ただ、かつての米ソの冷戦の二の舞いになるかといえば、僕はそ

うはならないと思います。その理由は2つあって、一つはアメリ

カと中国にはたくさんの人の交流があることです。アメリカとソ

連の間にはほとんど人の交流がなく、その象徴がベルリンの壁で

した。人の行き来がないということは当然、商売の関係もなく、

冷戦時代は自由主義圏と共産主義圏がそれぞれ経済的に独立して

いました。

ところが、現在は中国からアメリカに行って学ぶ留学生数だけで

もおよそ37万人。国境を超えた人的ネットワークが形成されて

います。(中略)

このような動きをみれば、アメリカと中国の結びつきは非常に強

いことがわかります。それを全部断ち切って、どこかにベルリン

の壁のようなものを作ることは難しいでしょう。

(199~201p)

  

参考になる思考方法です。交流に目をつけて、未来を予測する。

なるほどです。

   

今晩はここまで

2020年10月29日 (木)

「還暦からの底力」④ 江戸末期の日本人の身長が低い理由

  

今日は令和2年10月29日。

  

前記事に引き続き、

「還暦からの底力 歴史・人・旅に学ぶ生き方」

(出口治明著/講談社現代新書)から引用します。

   

  

日本は非常に恵まれた国です。気候が温暖で四季があり、よく雨が

降るしたくさんの魚も獲れる。自然条件にとても恵まれているので、

人間が生きていきやすい環境にあります。

ところが、世界商品がありません。水や魚は世界のどこにでもあり

ますから、海外の人にとってぜひ欲しいというものではありません。

世界商品の典型が胡椒やお茶や絹です。原油もそうです。つまり、

世界中の人が欲しがるものが世界商品で、それが存在すると世界商

品の獲得のために外部から人がたくさん来訪し、場合によっては国

が乱れる元になったりします。イラクになぜ米軍が入ったかといえ

ば、石油があるからだという人がいます。同じように反米政権であ

っても、スーダンには入りませんでした。

日本にはこれといった世界商品がなかったので、外部からあまり人

が訪ねて来ませんでした。それは商売ができないので、豊かな国に

はならない、ということではありますが。

ところが安土桃山時代に銀という世界商品が大量に発見されました。

その代表が石見銀山です。当時の銀は世界通貨だったので、海外か

ら銀を求める人々がわっと押し寄せてきました。

しかし信長や秀吉の時代をピークとして、乱掘によりだんだん銀は

とれなくなりました。そのタイミングでちょうど鎖国が始まります。

なぜ日本が鎖国ができたかといえば、日本に世界商品がなくなった

ので、海外の人が日本を放っておいてくれたからです。

(165P)  

  

そうかこういう見方もあるんだと思いました。

石見銀山の銀は世界を動かしたんだ。

さらに江戸幕府に対して手厳しい見方をしています。

  

徳川政権は中国の明に似た退嬰(たいえい)的な政権で、人々の自

由な移動や物資の移動を禁止しました。これが意味するところは、

幕府の許可がない限り、鹿児島で飢饉が発生しても熊本から米を送

れないということです。徳川政権は大名同士が勝手に結び付くこと

を嫌ったので、すべて幕府の許可が必要でした。だから飢饉が発生

すると、どこでも惨憺(さんたん)たる状況になりました。江戸に

報告して許可を待っている間に、みんなが死んでしまうからです。

また人々の移動を禁止したので、人々が通婚する範囲が狭くなりま

した。移動ができなければ、自ずと同じ村か隣村くらいでしか通婚

できません。それが続けば血が濃くなるので、人々の身体は小さく

なっていきます。江戸末期は日本の長い歴史のなかで日本人の身長

と体重が一番小さくなりました。

政治の基本はそこで暮らしている人たちに腹いっぱいご飯を食べさ

せることですから、餓死者を大量に出し(現在の人口スケールで考

えれば、500万人レベル)、日本人の身長・体重を一番小さくし

た江戸時代は史上最低の政権だったといえます。

(165~166P)

  

 

江戸末期の日本人の身長の低さは気になっていました。

その原因は、江戸幕府の政策によるんだ?

出口さんが書いていることなので、なるほどと思ってしまいます。

江戸幕府に対する新しい見方です。

  

  

つづく 

2020年10月28日 (水)

「還暦からの底力」③ 10年後、思いがけない世界が広がっているかな?

  

今日は令和2年10月28日。

  

前記事に引き続き、

「還暦からの底力 歴史・人・旅に学ぶ生き方」

(出口治明著/講談社現代新書)から引用します。

   

  

大切なのは「人・本・旅」で、たくさんの人に会う、たくさんの本を

読む、たくさんいろいろな現場へ出かけていき、たくさんの出会いを

つくることです。すると、その中から運と適応により、思いがけない

世界が広がるかもしれません。

(118P)

  

いろんな手を使って、出会いを増やしていきたいです。

たとえば5年後、10年後、自分はどうなっているだろう?

定年があるので、今までとの出会いとは種類が違ってくるでしょう。

その結果、どんな人生になっているだろうか?

思いがけない世界が広がっているだろうか。

楽しみ。

  

  

山本義隆さんという在野の科学史家で、『磁力と重力の発見』(みす

ず書房)などすばらしい本を何冊も執筆している人がいます。元・東

大全学共闘代表であり、予備校の物理の名物講師として長年、教鞭を

とっていたのでご存知の方も多いでしょう。

山本さんはあるインタビューで「人は何のために勉強するのか?」と

いう質問に対し、「専門のことであろうが、専門外のことであろうが、

要するに物事を自分の頭で、自分の言葉で自分の意見を表明できるよ

うになるため。たったそれだけのことです。そのために勉強するので

す」と答えています。

つまり人が「考える葦」になるために、自分の頭で考え自分の言葉で

自分の意見を言えるような人間を育てることが、教育の根源的な目的

ということです。

(151~152P)

  

生徒に「なぜ勉強するのか」と聞かれたら、このようには言えません。

ピンと来ない説明だと思います。

でも、学校での勉強を離れた大人の身としては、納得の説明です。

  

  

考える力も料理と同じで、最初は考える力の高い人の真似から入り、

試行錯誤を繰り返しながら自分のものにしていく。具体的には考える

力の高い人が書いた本を読むことです。(中略)

本を読む意味は単なる知識の獲得にとどまらず、先人の思考のパター

ンや発想の型を学ぶことにあります。料理のレシピとまったく一緒で

す。先人の思考のプロセスの追体験からはじめるのです。

(155P)

  

  

読んで、こうやって書き写すのは、先人の思考パターンや発想の型を

血や肉にしたいと思っているからです。

そうなってほしい。

  

  

また明日。

  

  

「還暦からの底力」② 直感は大事/自己投資

 

今日は令和2年10月28日。

  

前記事に引き続き、

「還暦からの底力 歴史・人・旅に学ぶ生き方」

(出口治明著/講談社現代新書)から引用します。

  

直感というものは、いままでの人生で積み上げてきたデータをフルに

使って脳が判断しているわけですから、直感以上に正しいものはない

と思っています。もちろん時間があれば十分に分析、検討することが

できますが、時間がないときは直感で受け答えするしかありません。

(82P)

  

直感がそうであってほしいと思う文章です。

直感は大事です。

これと同じような文章に出合ったことがあるぞという直感。

「直感」で検索したら、5年前の記事に行きつきました。

ここでも道草 「たった一人の熱狂」から引用 その2/直感とヒラメキは耳を澄ます(2015年8月9日投稿)

「直感とヒラメキに耳を澄ます」と書いていました。

再読して確認。

  

  

世の中でこのような大きな変化が起きているのですから、個人とし

てもこれまでの経験の蓄積に頼らず、新しい物事を勉強し、チャレ

ンジしていくことが大切になってきます。すなわち、「人・本・旅」

による自己投資が非常に重要で、還暦からのお金の使い方としても

適切だと思います。何しろ、マラソンのコースはまだ半分残ってい

るのですから。

(109P)

  

「自己投資」という言葉が魅力的です。

自分にお金を使うことに対して、無駄遣いと思わずに、

「自己投資」だと思えば、使いやすいです。

正当なお金だと思うし、お金を使ったからには、

自分の何かに活かそうと積極的に思えます。

  

 

つづく

 

  

 

2020年10月26日 (月)

「還暦からの底力」① この労働慣行は、独特のものなんだ

  

今日は令和2年10月26日。

  

明日にはきっとこの本を読み終えると思います。

71rqqgledal amazon

「還暦からの底力 歴史・人・旅に学ぶ生き方」

(出口治明著/講談社現代新書)

  

59歳がいかにも読みそうな本でしょ。

  

まだ読み終えていないこの本からの引用。

  

老後の資金を貯めようという発想は、定年という戦後のガラパゴス

的な労働慣行に原因があります。日本の一括採用、終身雇用、年功

序列、定年というワンセットの労働慣行は、戦後の高度成長で人口

が急増した社会だからこそ成立した独特のものです。

世界に目を向けるとアメリカや連合王国(イギリス)をはじめ、ほ

とんどの国では定年がありません。なぜなら人間が大人になるとい

うことは、自分の食い扶持は自分で得るということです。だから人

間は一生働くのが自然の姿であり、実は働き続けることによっての

み健康寿命も延びるのです。

(29p)

    

そうなんだ。

どっぷり漬かっている労働慣行は、独特のものなんだ。

定年は大きな転機になると思います。

働くとしても、やったことのないことを

してみたいなあと今は思っています。

新しいことに挑戦する機会にしたいです。

  

   

今晩はここまで。

2020年10月25日 (日)

My古典 ミツカン「純玄米酢」

   

今日は令和2年10月25日。

  

この記事に関連したことを書きます。

ここでも道草 「思考の整理学」③ 時の試練(2020年10月25日 今日! 投稿 )

忘却の濾過槽をくぐり抜けたものが古典。

30年、50年が経過したもの。

作者自らが古典を作ることはできない。

 

そのようなことが書いてありました。

  

したがって、古典ではないけれど、

自分の中で30年以上忘却されずに、

続いているものを考えました。

「道草」というタイトルで発信してきたのは、

新任以来なので、30年以上です。

36年目ですね。

学級通信、社会科通信、そしてこのブログ。

  

  

もっと続いているものがあります。

高校生の時に、顔にニキビができて閉口しました。

クレアラシルなどを使いましたが改善されず。

何で聞いたか不明ですが、酢を飲むといいですよということで、

手ごろな値段のミツカンの「純玄米酢」を買って飲みました。

そしたら、驚き。

ニキビがなくなったのです!

それ以来、「純玄米酢」は身体にいいと信じこみ、

ほぼ毎日毎朝食後に飲み続けています。

 

高校何年生の時かは忘れましたが、高3としても、

もう40年以上が経ちます。

飲み続ける私もすごい?と思いますが、

商品がずっと販売されているのもすごいです。

10010004902106238539_1 楽天

昔は角ばった瓶(ビン)だったと思いますが、

今は丸っこい瓶です。

ラベルはずっとこのままだと思います。

ミツカンが愛知県に本社があるので、

愛知県のスーパーでは売っているのかな。

他県ではどうなんだろう。

まただれか教えてください。

  

11年前に、愛知県半田市にある

ミツカンの博物館「酢の里」に行っています。

ここでも道草 「味ぽん」の歴史/博物館「酢の里」(2009年12月5日投稿)

こういう過去の記事がすぐに検索できるのが、

ブログのいいところです。

この記事を読むと、「味ぽん」については書いてあるけど、

「純玄米酢」については書かれていません。

その時、ミツカンの人に、

「高校生の時から『純玄米酢』を飲んでいます」と言った覚えがあります。

  

 

昨日は近所のスーパーで、「純玄米酢」3本を購入しました。

(3商品10%割引券を使いました)

  

酢が身体にいいのだったら、

絶対に自分は酢の恩恵を受けていると思います。

  

ミツカンが販売を続けてくれるなら、

死ぬまで飲むと宣言したいです。

ミツカンの「純玄米酢」

my古典です。

 

 

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