2020年10月13日 (火)

NHKにお世話になっています/「サラメシ」録画

   

今日は令和2年10月13日。

  

NHKを批判する人もいますが、

私はNHKの番組にとってもお世話になってきました。

 

火曜日の晩は、午後7時30分からの「サラメシ」を見ます。

NHK サラメシHP

週が始まって、まだ火曜日かあと思いたくなる晩に、

ナレーターの中井貴一さんのはつらつとした声は、

元気をくれます。

そして、世の中にはいろいろな人がいて、

皆さん頑張っているんだなあ~、

俺も頑張ろうと思います。

  

こんなに元気をくれる番組なのに、

今まで一度も録画していませんでした。

そこで先週初めて録画しました。

私の録画ライブラリーの中に加わりました。

大事な1本です。

  

  

今晩の「プロフェッショナル 仕事の流儀 

当たり前が、当たり前であるために 路線バス運転手 大森透」

も注目です。今晩10時30分から放映予定。

この記事がまたいい。☟

Epson505  

今日(10月13日)の朝日新聞朝刊です。

見たくなる、そして録画したくなる内容です。

  

感謝の言葉が返ってくることはまれだとしても、

信じる事をやり続けることは大事だと思っています。

もしかしたら卒業の日に感謝の言葉が聞けるかも。

そんなことを心の支えに最後まで頑張るのが教師

・・・・かな。

2020年10月12日 (月)

「アクロイド殺し」/思いついたことを実行する

   

今日は令和2年10月12日。

  

毎週心療内科に通っていますが、

待合室でけっこう待たされます。

こうなったら、開き直って、読書タイムにしています。

今日はこの本を読み終えました。

Epson502

「アクロイド殺し」

(アガサ・クリスティー著/田村隆一訳/ハヤカワ文庫)

  

このハヤカワ文庫は1979年2月に初版発行されたものの、

2002年8月37刷です。

訳者による解説から引用します。

  

クリスティーの長編探偵小説の輝かしい歴史は、1916年、第一

次世界大戦のさなかに書かれた。彼女が二十六歳のとき。名探偵エ

ルキュール・ポアロが、この世にはじめて誕生する。もっとも、こ

の処女作が出版されるのは、いろいろな出版社をたらいまわしにさ

れたあげく、1920年、彼女が三十歳のとき、ボトリー・ヘッド

社から出版される。

(351p)

  

1920年。100年前です。

「アクロイド殺し」を読むきっかけなったについて書いた記事です。☟

ここでも道草 アガサ・クリスティー作家デビューして100年(2020年9月13日投稿)

この時に読みたいと思ったことを実行できました。

  

訳者の解説を読むと、「アクロイド殺し」は、

このような犯人(詳細は書きません)の探偵小説を書きたいという

思いつきを、アガサ・クリスティーが実行に移したものだと知りました。 

  

思いついたことを実行する。

 

人生って、大なり小なりこの繰り返し、

というか積み重ねなのかなと思いました。

  

  

私と同じ1961年生まれの三谷幸喜さんが脚本を書いて

このようなドラマが放映されていたのですね。

1 FOD

原作は「アクロイド殺し」

三谷さんはたくさんのことを思いついて実行しています。

楽しそうです。

私も頑張る。

思いついたことはできるだけ形にしたい。 

「今日は何の日」クイズの復活/麻酔の日

    

今日は令和2年10月12日。

   

復帰してから、授業のやり方に悩んできました。

いや、悩み始めたのは、中学校に転勤して、

特別支援学級で社会科を教え始めてからです。

  

何をどうやって教えるか。

ずっと揺れています。

  

今日から、授業の冒頭に

「今日は何の日」クイズをやることにしました。

通常級での社会科の内容を少しでも教えようと思って、

「今日は何の日」クイズを削除していました。

  

でも・・・「今日は何の日」クイズでの生徒とのやり取りは、

授業には必要だったようです。

授業が死んだようでした。

苦しかった。

  

まだ試行錯誤は続きますが、「今日は何の日」クイズは続けるでしょう。

 

明日は「麻酔の日」

1804年のこの日、華岡青州が世界で初めて全身麻酔による

乳癌手術を成功させました。今日は何の日 毎日が記念日

全身麻酔ができなかった時の様子を伝える文章を

次のサイトから引用します。

和歌山県立医科大学紀北分院HP

 

全身麻酔が実用化される前の外科手術とは、どのようなものだった

のでしょうか。1811年にイギリス聖トーマス病院で膀胱結石の摘

出術を受けた患者さんの記録を紹介します。

私は激烈な痛みでショックを受けることに備えていた。痛み

を過大評価していたので、切開が始まったとき顔がゆがむこ

とはなかった。しかし、私はこうしたショックに耐えるつも

りはないと宣告していた。我慢すればさらに疲労困憊しかね

ないと確信していたからである。それゆえ、次の瞬間、私は

痛みで泣き叫んだ。しかし、断固として手術は続けさせた。

(中略)

結石を引き出すために必要な力が加えられたとき、その痛み

は言い表せないほどだった。まるで全臓器が捻られたかのよ

うだった。しかし、この手術で本当につらいところの時間は

短かった。「さあ、すべて終わりましたよ」という言葉が耳

を打ったとき、「ありがたや、ありがたや」と絶叫が心の奥

底に鳴り響き、ほかのことは考えられなかった。この時の感

じはまったく筆舌に尽くしがたい。(WJ Bishop著、「外科の歴史」)

麻酔なしの手術は患者さんにとってまさに地獄の責め苦でした。一

方、外科医にとっても痛みに耐えかねて暴れ、泣き叫ぶ患者の手術

を続けることは大変なストレスです。痛みのない手術を可能にする

麻酔の開発は患者さんだけでなく、外科医にとっても待ち望まれて

いました。

    

麻酔のある時代に生きていることが、とっても幸運に思えます。

映像や写真がない時代、状況を伝える文章は貴重です。

  

2020年10月11日 (日)

飽きさせない脚本/毎時間の授業の流し方で悩む日々

   

今日は令和2年10月11日。

  

昨日の朝日新聞「be on Saturday」版の「フロントランナー」では

ドラマ「相棒」が始まって20年の主演水谷豊さんへの

インタビューが掲載されていました。

  

一部引用します。

 

問:過去と比べない?

答:ええ、毎年、新シーズンに入るときに前と比べて変えようとか、

  思ったことがない。いつも、さてさてこれから先に何が待って

  いるのか楽しみで、先に向かっていこうと。その時その場で感

  じることが一番だと思っています。

   

今日は何があるか、どうなるかを楽しめたらいいなと思います。

最近の私はどうも未来を楽しんでいないので、

水谷さんのように思えたらいいな。

日々学校で起こることは、

だれにだって予測不能のことです。

その状況で自分のベストを尽くせばいいのです。

とは思います。

 

でも水谷さんが上記のように思えるのは、

次の発言にヒントがあります。

   

問:放送期間は半年、撮影期間は7カ月。

  マンネリ化させないのは大変です(ね?)。

答:やっぱり脚本が飽きさせないのです。監督陣、撮影も毎回、

  何か新しいことをやってくれる。新しい世界が出てくるの

  で、僕を、右京を、飽きさせない。(中略)

  毎回、役者としては今までにない経験ができるんですね。

  台本を読むと意表をつかれ、こんなことがあるんだなあと

  いつも新鮮ですし、緊張もします。

  

「脚本」に注目します。

最近は私は「脚本」にこだわってドラマを見ています。

面白いか面白くないかは「脚本」を重視しています。

昨年が20年目だった「科捜研の女」は脚本が不調でした。

※ここでも道草 「科捜研の女」を見るのを、しばらくやめます(2020年1月8日投稿)

「相棒」では、飽きさせない脚本が、

そしてスタッフの新たな試みがあるようです。

それが水谷さんがこれからを楽しみにしている要因だと思います。

  

自分の仕事で考えるなら、

授業の流し方が脚本だと思います。 

毎時間の授業の脚本で悩みます。

うまくいけば、生徒たちは知的に楽しめます。

次の授業も楽しみにします。

  

ただ最近は脚本に悩むことに少々疲れ気味です。

心療内科の先生には、もっと気楽に授業をやったらどうですか

と言われます。

そうなんですよね。

今の状況を変えたいです。

  

  

そんなことを思った記事でした。

「復活の日」は「見てから読む」でした

    

今日は令和2年10月11日。

  

昨日の朝日新聞では、「角川映画」について書いてありました。

角川春樹社長の下、映画「復活の日」(1980)をはじめとして、

「犬神家の一族」(1976)、「人間の証明」(1977)、

「野生の証明」(1978)、「戦国自衛隊」(1979年)、

「セーラー服と機関銃」(1981)、「蒲田行進曲」(1982)、

「時をかける少女」(1983)、「探偵物語」(1983)、

「Wの悲劇」(1984)、そして「天と地と」(1990)

などの映画が連発されました。

こうやって並べてみても、ほとんど見ています。

映画館で見たものもあれば、テレビ放映で見たものもあります。

  

記事を読んで「角川映画」には次のようなコピーがあったことを

思い出しました。

  

「読んでから見るか、見てから読むか」

  

角川春樹社長の目的は、映画をヒットさせるだけでなく、

本を買ってもらうことでした。

 

私は映画「復活の日」は、1980年に映画館で4回見ました。

最初に1回見に行って、

後日、オールナイトで3回連続で見ました。徹夜でした。

しかし、原作を読んだのは、40年後の先日でした。

「見てから読む」でした。

それも図書館で借りた本でした。

  

AERAdot. 「読んでから見るか、見てから読むか」の時代――角川映画40年

この記事によると、角川春樹社長の目的はもう一つあって、

主題歌をヒットさせることもあったようです。

それに私は乗っかりました。

「復活の日」の主題歌ジャニス・イアンの「ユー・アー・ラブ」を

何度聴いたことか。ここでまた1回 ☟

You Are Love【訳詞付】- Janis Ian

    

上記「AERAdot.」の記事から一部引用します。

  

角川書店の二代目社長・角川春樹が映画製作に乗り出したのは

1976年の「犬神家の一族」からだ。

しかし角川書店が「映像化によって原作の本が売れる」ことを

実感したのはその7年前の69年だ。

この年のNHKの大河ドラマは「天と地と」で、

海音寺潮五郎の原作は角川書店から出ていた。

当時、同社は経営不振に陥っていたが、

『天と地と』がベストセラーになったことで立ち直った。

翌70年、角川は無名の作家エリック・シーガルの

『ある愛の詩(うた)』の日本での版権を取得し翻訳出版すると、

映画が大ヒットしたので、翻訳小説としては異例の

100万部を超えるベストセラーとなった。

テレビドラマや映画がヒットすればその原作も売れる──

そんなことは出版界の人間なら誰でも知っていた。

だが、自分で映画化しようと考え、実行した出版人はいなかった。

角川春樹はそれをやってのけた。そして成功した。

角川映画が生んだ最大のスターとは、薬師丸ひろ子でも原田知世でもなく、

角川春樹その人だった。

あの時代、そしていまにいたるまで、映画プロデューサー、

あるいは出版社社長で角川春樹ほど知名度のある人はいない。

講談社や小学館の社長の名は出版業界では知られていても、

一般の人は知らない。しかし、角川春樹は有名だった。

その点でも、角川はアップルのジョブズに先駆けている。

    

なるほどです。

当時、角川春樹社長は目立っていて、

名前も顔もわかっていました。

映像化によって原作の本が売れることに実感したのは、

1969年の大河ドラマ「天と地と」だったのですね。

1990年に「天と地と」を映画化したのは、

こんな因縁があったのですね。

  

その時代を過ごしてきた身として、「角川映画」について

もっと知りたくなりました。

角川映画 1976-1986(増補版) (角川文庫)

この本が面白そうです。

きっと読みます。

  

 

2020年10月10日 (土)

日めくりより/「柚子胡椒」には胡椒が入っていない?

    

今日は令和2年10月10日。

  

日めくり「雑学王」(TRY-X)より。

Epson498

   

「柚子胡椒」には胡椒が入っていない?

  

そうだったのですね。

今まで、胡椒が入っているものだと思っていました。

現に黒い粉が入っているように見えます。

 

これはすぐに確認できること。

家の冷蔵庫にある柚子胡椒を調べました。

ハウス食品の「柚子こしょう」です。

Rimg2342  

あの黒い粒は胡椒ではありませんでした。

 

そうなると、「柚子こしょう」という商品名にも引っかかります。

「胡椒」と漢字ではなくて「こしょう」とひらがな表記にしたのも、

胡椒が入っていないことをやわらかく示したように思えます。

  

 

インドが数学教育に力を入れた理由

   

今日は令和2年10月10日。

  

地理の教材研究でこの動画を見ました。

NHK for school 10min.box 地理 なぜインドではICT関連産業が急速に発展したんだろう?~アジア州~

  

なぜインドにICT関連産業が急速に発展したのだろうかという

問いに対して、いろいろな角度から理由を考える番組でした。

その理由の一つに注目しました。

それは教育。

インドは数学教育に力を入れました。

以下、番組から引用します。

  

どうして数学教育に力を注いでいるかというと、それは、1947年、

インドがイギリスから独立したときにさかのぼります。

独立した当時、インドには第一次産業以外に大きな産業は

ありませんでした。そこで教育に力を入れ、

頭脳で国を興そうと考えました。

その答えが、長い歴史を持つ数学です。

そして、パソコン技術者の教育、育成にも力を入れることで、

ICT関連産業が飛躍的に発展したのです。

1

  

  

少し前に、ガンジーのことを調べて関心があったインド独立。

ここでも道草 マハトマ・ガンジー、原敬を教えたくなりました(2020年8月23日投稿)

数学教育に力を入れたのは、そのインド独立に関連があったのです。

このつながりがうれしかったので書き留めました。

 

 

  

思い出しました。

ブログのサブタイトルに書いてある「明日迄の命の気持ちで、人生を!

/ 不老不死の気持ちで、知識の習得を!」は

ガンジーの言葉が基でした。

ここでも道草 あの言葉はガンジーの言葉が基でした(2018年12月31日投稿)

再認識しました。

  

2020年10月 8日 (木)

日めくりより/「stain(さび)」「less(ない)」

  

今日は令和2年10月8日。

  

日めくり「雑学王」(TRY-X)より。

  

ステンレスがサビにくいワケは?

Epson497  

昨日の日めくりです。

久々「そうか!」と思えて、ここに記録しようと思いました。

ステンレスのあの銀色の光沢は、

サビによって作られているのですね。

「ステンレスがサビに強いのは、もともとさびているからなのだ」

いい結論です。

  

「そうか!」と思える気持ちがまだあることがうれしかった。

そろそろ好奇心も老いるのではと不安に思っていました。

  

2020年10月 7日 (水)

「復活の日」原作を読破

   

今日は令和2年10月7日。

  

「復活の日」を読破しようと、昨晩から思っていました。

昨晩までに「第一部 災厄の年」302pまで読みました。

残す「第二部 復活の日」は76p。

それを先ほど読み切りました。

 

71opkgr7jal amazon

「復活の日(新版)」

(小松左京著/早川書房)

  

「復活の日」が発刊されたのは1972年10月。

この「新版」が発刊されたのは2018年1月です。

装丁がなかなか格好のいい本でした。

  

映画「復活の日」は思い出があります。

その思い出はここに書きました。☟

ここでも道草 「復活の日」が放映される(2017年2月6日放映)

やっと原作を読みました。

  

ほぼ50年前の作品なのですね。

たった3カ月で人類が滅亡することを表現してしまう筆力に驚きです。

人類の断末魔を見させてもらいました。

心臓麻痺でポックリ死んでいく様は恐怖でした。

新型コロナウイルスはそうではないことに

ホッとしている自分がいます。

ラストのホワイトハウスでの出来事や、

南米まで歩くところは、

映画のシーンがどんどん浮かんできました。

原作に忠実に描かれていたことを知りました。

大きな違いは、原作では初老の女性だったのが、

映画ではオリビア・ハッセ―でした。

  

  

休職中に習慣になった読書は、今も続いています。

でも仕事の時間を確実に奪っています。

これでいいのかと自問します。

でも6分以上の読書も魅力は捨てがたいです。

ここでも道草 「6分の読書でストレス7割減!」・・・確かにそう思います(2020年8月17日投稿)

 

印象に残った文章を1つだけ引用します。

  

「どんなことにも・・・終わりはあるさ・・・」

土屋医師は、はっきり寝言とわかる声でいった。

「ただ・・・どんな終わり方をするかが、問題だ」

(210p)

  

「辛いことがあっても、どんなことにも終わりがある」と

自分を励ますことがあります。

でもその次に「どんな終わり方をするかが、問題」と

付けたことがありませんでした。

いかんなあ、知りたくなかったセリフかもしれません。

  

  

  

さあ仕事をしよう。

きっと効果があると信じている仕事をまた一つ積み重ねます。

2020年10月 6日 (火)

右足ふくらはぎ外側痛/整形外科に行く

   

今日は令和2年10月6日。

  

先週から右足ふくらはぎ外側が痛み出しました。

今週になっても治らず、歩行も困難になってきたので

整形外科に行きました。

お医者さんからは筋肉が硬い。

ストレッチが必要だと言われました。

そうか自分の筋肉は硬いんだと認識しました。

硬い状態で、先週は体育でバレーボールを頑張ったりしたので、

そら見たことかと体が悲鳴をあげたようです。

 

筋肉の固さを和らげる漢方薬を処方してもらいました。

ヒマさえあればストレッチをこころがけたいと思います。

でもやっぱり病院に行ったのはよかった。

リハビリをしてもらったり、痛み止めの軟膏を処方してもらって

患部に塗ったりしたら、痛みがやわらいだように思えます。

もちろん漢方薬も飲みました。

明日にはスタスタと歩けるのではと思えてしまいます。

  

痛みを我慢するのではなく、病院に行くのがいいですね。

  

  

そうだ、今回私が痛めた場所は、

兵隊さんがたくさん歩き過ぎた時に痛める場所だとも教えてくれました。

だから兵隊さんは、ふくらはぎにゲートルを巻いているのだそうです。

0m0e126620e84d280e363e604c2561657e2 北村有起哉公式ブログ

 

 

最近の写真

  • Img_7935
  • Img_7933
  • Img_7932
  • Img_7931
  • Img_7930
  • Img_7929
  • Img_7928
  • Img_7927
  • Img_7926
  • Img_7925
  • Img_7911
  • Img_5578

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉