2024年4月12日 (金)

映像4本 ハネハネ ピアノ弾きながらのモノマネ ハチドリ

   

今日は令和6年4月12日。

  

毎日いろいろな動画を見ています。

例えばこれ。

電話の練習がヤバイwwww

チャンネル登録している「ハネハネ」と言う動画。

たった一人の人物が、いろいろな人になって

コントをします。

同一人物に見えません。

Img_5163

Img_5164

  

  

この子すげーー

Img_5166

こんなことできちゃうんですね。

素晴らしい。

小学校でやったら、子どもたち大喜びですよ。

  

  

この生き物も興味があります。

ハチドリ 脳筋すぎて生物の限界を超えてしまった動物  

Img_5167

飛んでいる間はずっと栄養を取っていないと、死んでしまうのですね。

新陳代謝が尋常ではないです。

太ることを知らない生き物です。  

もう1本。

ハチドリが寝てる途中に死ぬ理由

Img_5168

4月9日 地元で撮影 カナメモチ 正体不明

   

今日は令和6年4月12日。

  

最近よく見かける垣根。

新しい葉っぱが赤色です。

Img_5403

Img_5405

4月9日の撮影です。自宅近所です。

これも10年前の植物ブームで名前を調べたのに、

全く思い浮かびません。

調べました。カナメモチ。

そうか、カナメモチか〜。

  

なぜカナメモチか?

六甲山系電子植生図鑑

ここには次のように書いてありました。

  

カナメモチという名前の由来は、この木の材が鎌の柄や扇の要(かなめ)

に使われており、「要に使う、モチノキに似た木」からカナメモチになっ

たといわれています。

   

他にも、芽が赤いことから、「アカメモチ」

それが変化して「カナメモチ」になったという説もあり。

ヤサシイエンゲイ

  

  

家の庭で育っている植物です。

奥さんが植えましたが、名前を忘れてしまったそうです。

Img_5399

Img_5396

小さな球が今に開花するそうです。

  

この段階で、画像検索しても、これか〜と思えるものに

ヒットしません。

開花したら、あらためて画像検索してみたいです。

9月10日は「愛する小倉トーストの日」ですよ

   

今日は令和6年4月12日。今日も「即今着手」。

  

今までも記事に書いてきましたが、

最近は“あんこ“がおいしくて、

あんこのあるものにはついつい手が出てしまいます。

  

今年度は、午前中出勤が多いスタイル。

給食を食べません。

唯一、1日勤務の火曜日も、給食をカットしてもらいました。

自分の人生で、給食を食べない1年間なんて、

保育園入園前以来ではないでしょうか。

ほぼ60年ぶり。特別な1年間です。

ダイエットのために、毎日の昼飯は、

ナッツの小袋3つという生活を、実は昨年度から始めています。

昨日もスーパーにナッツを買いに行きました。

(木曜日は勤務はお休みです)

その時に、つい買ってしまったパンがありました。

それでは、昨日の昼食紹介。

Img_5480

このパンを見かけたら、やっぱり買ってしまいます。

ダイエットになりませんね。

これが美味しかったです。

    

そんな昨日。

夕方のニュース番組NHK「まるっと!」で

名古屋の小倉トースト特集をしていました。

先週から予告があった内容で、録画するつもりでしたが、

すっかり忘れていました。

かぶりつくように見ていました。

でもね、このサイトを見ると、ちゃんと内容がまとまっているのです。

NHK名古屋放送局 名古屋で愛され進化する「小倉トースト」金子紗也のグルメ紀行

感謝。

  

このサイトがいつまでもあるとは限らないので、

転載・引用をしていきます。

  

Img_5153

小倉トーストの発祥のお店は、ここなんですね。

名古屋の円頓寺(えんどうじ)商店街の喫茶「まつば」

円頓寺商店街は歩いた覚えがあります。

でもブログに記事は存在しなかったので、

ブログを書き始める2007年以前のことでしょう。

「まつば」の創業は昭和8年(1933年)です。

昨年死んだ父親よりも2歳年下です。

  

元祖小倉トーストはこんなのでした。

Img_5154

パンにあんこをはさんでいました。

これはこれでおいしそうです。

  

3代目店主の舟橋和孝さんいわく、小倉トーストが生まれたのは大正時

代。この喫茶店の初代店主が働いてたお店で誕生したんですって。

気になるきっかけは、なんと学生がパンをぜんざいに浸して食べていた

こと! 

  

船橋さんはこんな人。

Img_5155

いつか、このお店にいくかもしれないので、

お顔を覚えておこう。

  

記念日に、「愛する小倉トーストの日」が認定されたそうです。

  

そんな小倉トーストを愛してやまない人がいると聞き、やってきたのは

北区の「大曽根商店街」。

Img_5156

このお店の名前は紹介されていませんでした。

画像検索したら、一発でわかりました。

「喫茶はじまり」でした。

喫茶はじまりHP

Img_5158

「そういえばあのお店がはじまりだったよね」

と言われるような場所にしていきます。

  

いろいろなはじまりになるといいですね。

このお店に高野さんという方がいます。

  

小倉トーストの普及を通して喫茶店文化を盛り上げることを目的に結成

された「小倉トースト普及委員会」。委員長の高野仁美さんです。

県内外の喫茶店と一緒になって活動をすすめた結果、なんと!
  

Img_5157

「愛する小倉トーストの日」が制定されたんです!

「9月10日=0910=オグトー(小倉トーストの略)」。

…なんだかむりやりな気もしますが、名古屋から新たに記念日が誕生

したのは喜ばしいですね!

 

これはすごい。

そこで愛用サイトの「今日は何の日 毎日が記念日」の

9月10日を見てみました。

残念、まだ載っていませんでした。

  

日記の9月10日のところに書いておこうと思います。

その日には、ブログで書きたいですね。

  

今回のレポーターは、昨年度まで「まるっと」のキャスターを

やっていた金子紗也さんでした。

愛知県3年目。いつかは熊本県に戻るのかな。

Img_5159

 

最後に、いろいろな小倉トーストの写真を載せます。

どれも美味しそうです。

Img_5160_2

Img_5161_2

Img_5162


西尾の抹茶が使われているそうです。
 

  

2024年4月11日 (木)

本「書いてはいけない」/本当のことを言って、独立国を目指しましょう

   

今日は令和6年4月11日。

  

この本を読みました。

Img_5150

アマゾン

「書いてはいけない 日本経済墜落の真相」

(森永卓郎著/三五館シンシャ)

  

たくさん売れている本です。

特に日航機123便墜落事故の記述をじっくり読みました。

森永さんは、青山透子さんや小田周二さんたちの説を支持し、

吉備素子さんが裁判に勝って、

ボイスレコーダー/フライトレコーダーが開示されれば、

すべての真相がわかると言っています。

この本の内容を、次の動画で、森永さんが語っています。

三橋TV 日航機123便墜落の真実 なぜ日本は未だに対米従属おままなのか?

Img_5151

特に印象に残ったのは、日本政府は、

ボーイング社に泥を被ってもらったので、

アメリカに大きな弱身を握られてしまったことです。

アメリカの言うことを聞かないといけなくなったのです。

  

映像の32分20秒付近からの語りが、

経済アナリスト、エコノミストの

森永卓郎さんらしい語りです。

  

全くミスをしていないボーイング社に泥を被ってもらい、

520人の命が失われたというストーリーを作ってもらい、、

その通り進めたのです。

日本政府は大きな借りを、アメリカ政府に作ってしまいました。

事件のあった1985年は、戦後発展した日本が、

世界第2位の経済大国になった時です。

たいへんな借りをした日本は、

すぐにツケを払わされることになります。

4ヶ月後、プラザ合意が結ばれます。

ここで、円だけを急激な円高にしましょうと決まります。

これは日本の輸出製品に100%の関税をかけるのと

同等のことだそうです。

日本が転落していくきっかけになりました。

1986年、日米半導体協定が結ばれます。 

これによって、半導体のシェアが、世界でダントツに多かった

日本は、転落していきます。現在のシェアは、10パーセント。

1990年代から日米構造協議なるものが始まります。

アメリカから日本に対して要望が届くようになります。

その要望を日本は受け入れていくのです。

今だに、日本はアメリカに頭が上がりません。

郵政民営化とか、投資を積極的にしようと言うのも、

アメリカの要望が元だったのです。

ありとあらゆることが、アメリカの言いなり状態。

1985年の日航機123便墜落事件がきっかけで、

日本は衰退しているのです。

  

森永さんは言います。48分50秒ほどから。

「39年も経ったのだから、本当のことを言って、

独立国を再び目指しましょうよ」

  

ショックだったのはMRJの話。

スペースジェットのこと。

三菱重工が目指した国産旅客機。

これもアメリカに没にされたのだそうです。

優秀な飛行機なのに。

そこで三菱重工を守るために、日本政府は戦闘機を、

三菱重工に作らせるようにしているのだそうです。

そんな裏があったんですね。ショックですよ。

  

関連してこの動画もお勧め。

三橋貴明さんが、森永さんの講演について

補足しています。

森永卓郎氏が暴露!「日航機123便墜落事故」と「対米従属」に隠された恐ろしい関係

Img_5152

1985年当時、自衛隊の標的機が尾翼に当たったことになると、

自衛隊もそして日本政府も壊滅する状況だったそうです。

それだけ、自衛隊は不評だったようです。

私もうっすら覚えています。

だから中曽根首相は、隠蔽することを決断したのでしょう。

  

本を読んで、2つの動画を見ることで、

理解が深まります。

お墓参り/タネツケバナのタネ飛散、悲惨

   

今日は令和6年4月11日。

  

今日はお墓参りに行きました。

3月は行かなかったので、

お供えの花はすっかり枯れていて、

見苦しいくらいでした。

お墓の周りにも、雑草が生えていました。

  

変な草がありました。

Img_5482

ちょっとピンボケですが、この雑草です。

摘み取ろうとすると、種子がぴょんぴょん飛び出してきて

ビックリさせられました。

よく見ると、先端には、種子が入った鞘があります。

Img_5483

Img_5485

鞘の中の種子が飛び出してきて、顔とかにも当たってきます。

なんだこれは?

録画してみることにしました。

2024年4月11日 タネツケバナのタネが飛散するシーン

映像のここに注目。

Img_5145

Img_5147

  

私の映像は、やっと1個のタネが飛ぶシーンでしたが、

この方の映像は、気持ちよく大量にタネを飛ばしています。

タネツケバナの種が弾け飛ぶ

Img_5148

音楽も効果音もついて、楽しい映像になっています。

弾け飛んでいるのは、種と鞘の半分が丸くなったものです。

鞘の半分が、くるっと丸くなる勢いで、種が飛ぶようです。

  

  

今回の植物は、タネツケバナなのかミチタネツケバナなのか

迷いました。

このサイトのこの図が参考になりました。

Img_5149 HatenaBlog 身近な自然もいいね

  

  

外出すると、面白いものが目に留まります。

春は楽しい。

4月10日午後のお花見④ 豊川市のいつもの場所でナシの花

   

今日は令和6年4月11日。

   

前記事の続きです。これが4個目の記事で、ラストになります。

  

豊川市に戻ってきて、梨畑に行きました。

ナシの花を見るためです。

前々々勤務校の校区で、初めて見たナシの花。

2009年のことでした。

ここでも道草 初めての校外学習/白い花はナシの花(2009年4月14日投稿)

  

今年感じたのは、いつまでもナシの花を見ることは

できないかもという危機です。

15年前に比べて、ナシの畑は、減少していると感じました。

あそこにも確かあったぞという場所が、更地になっていたり、

畑はあるのだけど、剪定とかされていなくて、

手入れがされていないぞと感じた場所がありました。

来年くらいに、畑はなくなって、住宅ができているのではと

思いました。

ナシの花。貴重になるかも。

  

今年のナシの花です。

Img_5453

Img_5455

Img_5456

Img_5457

  

  

住宅街の中の剪定されていなかったナシ畑です。

Img_5458

Img_5460

Img_5462

Img_5463

ハナモモといい、ナシといい、

なんでお花見が楽しいんですかね。

今まで何度も見ているじゃんと言われそうですが、

それでも行きたいんですよね。

季節を感じたいのかな。

季節が巡ってきたことを、味わいたいのかな。

  

平日の午後、暖かい日。

奥さんとドライブして、お花見してきました。

贅沢しました。

明日、死んでもいい?

いやいや、まだまだ死にたくないですよ。

4月10日午後のお花見③ 2024年山が笑った日

  

今日は令和6年4月11日。

  

前記事の続きです。

  

玖老勢のハナモモを見た後、ナシの花も見に行くかということに。

ナシの花は地元豊川市で見ることができます。

  

豊川の帰り道。

山はもう新緑だねと奥さんと話しました。

山が笑っている状態でした。

新城市内で撮った写真です。

Img_5452

2024年の山が笑ったと認定した日は、4月10日とします。

昨年の記事はここです。

ここでも道草 2023年「山が笑った日」(2023年4月21日投稿)

  

今までの記録一覧。

 

平成17年 4月21日

平成18年 4月21日

平成19年 特定できず

平成20年 4月19日

平成21年 4月10日

平成22年 4月14日

平成23年 4月18日

平成24年 4月16日

平成25年 4月 8日

平成26年 4月10日

平成27年 4月11日

平成28年 4月 8日

平成29年 4月18日 

平成30年 4月 8日

平成31年 4月26日

令和 2年 4月 7日

令和 3年 4月 6日

令和 4年  4月 9日

令和 5年  4月 2日

令和 6年 4月10日 

  

昨年は早かったけど、今年は平年並みかな。

  

  

2年ほどやらなかったけど、

恒例の言葉の復習です。☟

  

春・・・山笑う

夏・・・山滴る(したたる)

秋・・・山装う/山粧う(よそおう)

冬・・・山眠る

  

続く   

4月10日午後のお花見② 初めて対岸を歩く はちみつのかかったソフトクリーム

  

今日は令和6年4月11日。

  

前記事の続きです。

  

玖老勢のハナモモは、いつも国道側しか歩いていませんでしたが、

今回は対岸も歩きました。

Img_5432

Img_5433

ここのハナモモは、枝垂れ花桃です。

上の写真は、シモクレンとの競演。

  

Img_5434

Img_5435

幼木も花を咲かせていました。

  

Img_5437

Img_5438

Img_5439

Img_5441

Img_5443

Img_5444

Img_5447

お店がありました。

今まで一度も入ったことのない店でした。

Img_5448

寄ってみました。

ソフトクリーム、はちみつがけに目がいきました。

あまり、アイスを食べちゃいかんと思いつつ、

今日は食べて、明日から控えようと、

にわかに決意して、注文しました。

  

そしてよくある写真を撮りました。

Img_5449

日差しが暖かく、どっかり椅子に座って、甘いアイスを食べる。

それも平日の午後。

贅沢な時間を過ごしました。

冒頭で書いた、退職している自分の身を自覚しました。

Img_5450

いい空間を与えてくれたお店です。

  

  

以前も記事にした覚えがありますが、

その記事は見つかりませんでした。

駐車場の「駐」の字が違う看板を昔から使っているのです。

馬へんに車の漢字が使われています。

今回も見つけました。

Img_5133

他の看板は直した後があります。

Img_5407

でも直していない1枚は、昔から残っています。

まあ、いいんですけどね。

是が非でも直せとは思っていません。

この字を見るのが楽しみにもなっています。

馬車の漢字として馬へんに車という漢字を使おうと

明治時代には考えられていたようです。

人力車は人偏に車というように。

Img_5134


  

誰か馬車でやってきて、この看板の前に停めていたら、

素晴らしい絵になると思います。

  

続く

4月10日午後のお花見① 玖老勢のハナモモ 昭和11年の二宮金次郎像

   

今日は令和6年4月11日。

  

昨日の午後は、自分はもう退職しているんだなあと思った

体験をしました。

私の水曜日の勤務時間は昼の12時40分まで。

家に着いたのは午後1時頃。

午前中勤務の奥さんと、お出かけです。

新城市の玖老勢(くろぜ)のハナモモを見に行きました。

  

今年は花の進行が早いようです。

もう満開が過ぎて、花は衰退期に入っていました。

写真を並べます。

Img_5408

平成19年春に500本のハナモモが植えられたと書いてありました。

当時から楽しませてもらっています。

管理が大変とのこと。ささやかに100円寄付。

節穴からお金を入れるのが楽しい。

  

Img_5409

Img_5413

Img_5414

Img_5416

Img_5418

Img_5419

Img_5420

Img_5423_2

Img_5424_2

Img_5425_2

Img_5427_2

小学校跡地が駐車場になっている場所に来ました。

Img_5428_2

鳳来小学校跡地です。

私が山の学校に勤務した時には、聞かなかった名前です。

Wikipedia 鳳来寺小学校

このサイトで、鳳来小学校の歴史を見てみます。

1879年(明治12年)

第九中学区第二十三番小学副川分校玖老勢校として開校。

1906年(明治39年)鳳来尋常高等小学校。

1941年(昭和16年)鳳来国民学校。

1947年(昭和22年)鳳来寺村立鳳来小学校。

1956年(昭和31年)鳳来町立鳳来小学校。

1970年(昭和45年)閉校。

私が勤務する前に完結しているので、知りませんでした。

  

1970年に、鳳来町で一緒に閉校している門谷小学校は、

まだ校舎が残っています。

昨年、旧校舎で行われた絵の展覧会を見に行っています。

ここでも道草 ロケ地になった旧門谷小学校前の橋(2023年6月1日投稿)

鳳来小学校と門谷小学校が閉校、統合して、

鳳来町立鳳来寺小学校が誕生しています。

  

注目は、小学校跡地に残された二宮金次郎像です。

Img_5430

立派な二宮金次郎像です。

台座に書かれている言葉はなんだろう。

「勤倹力行」

goo辞書 

このサイトから引用。

読み方は「きんけんりっこう」

意味は、仕事に励みつつましやかにし、精一杯努力すること。▽「勤

倹」はよく働き、つつましやかにすること。勤勉に働き倹約すること。

「力行」は努力して仕事などに励むこと。

大事ですが、知らない4文字熟語でした。

Img_5431

できたのは昭和11年10月とあります。

大正13年の前芝小学校、昭和2年の牛久保小学校の

二宮金次郎像よりはもちろん遅いけど、

昭和10年代にたくさん像が作られたというので、

その流れに乗って作られたのでしょう。

  

続く













 

4月10日 引率下校帰り道の植物等 石仏 上善寺 ノイチゴ カツラ? スズカケノキ

   

今日は令和6年4月11日。今日も「即今着手」

   

前記事の続き。

  

昨日は何十年かぶりに1年生の引率下校。

かつて1年生の担任もしたことがあるので、

その時にはやったはずです。

私の教員人生で、ちょっと誇れるのは、

小1〜中3までの担任をしたことがあること。

特別支援学級の担任もしたこと。

山の学校では、複式学級担任をしたこと。

そして今回は通級学級の担任を体験すること。

算数のT2もやりました。

平の教員が体験できることをかなりできたと思っています。

そんな話を、昨日、何かのきっかけで、

音楽専科の先生に話して、すご〜いと言われ、

気分よくさせてもらったのですが、

思えば、音楽専科をやったことがないなと思いました。

これは無理です。音楽専科こそすごい。

明日出勤したら、すぐに言おう。

  

   

1年生引率下校の帰り道に出合ったものを紹介します。

  

Img_5077

Img_5078

何度も走っている南大通り。

かつて豊川海軍工廠と豊橋を結ぶ軍用道路。

その南大通り沿いに、小さな石仏がありました。

屋根があり、花も新しいものが供えられていました。

大事にされている石仏です。

  

     

Img_5066

勤務校の校区には、たくさんのお寺があります。

東三河を歩こう 上善寺 豊川市

法憧山上善寺。

このサイトを見ると、かつて徳川家康が宿泊したお寺だそうです。

そのため、あちこちに葵の紋があるそうです。

山門入って左手方向に、キンモクセイがあるそうです。

今回は、表から写真を撮っただけですが、

次回は、中に入って探索したくなりました。

「法憧山」という山号(さんごう)を調べましたが、

わかりませんでした。

これは寺の住職に直接聞いた方がいいようです。

  

  

Img_5075

Img_5076

これはノイチゴと思われます。

小学生が、道草をして食べる?

今はそんな小学生はいないかな。

  

  

Img_5083

Img_5085

Img_5086

学校に戻ってきて、この木に注目。

丸い葉っぱは、大きくなっていました。

カツラの木と見込んでいますが、どうなんだろう?

観察していたら、今に証拠が出てくると思っています。

  

スズカケノキ。

冬芽から飛び出してきたもの。

そう「飛び出してきたもの」と表現したくなるものです。

Img_5091

Img_5088

Img_5090  

こういうポツポツした突起があるのが雄花

  

  

Img_5092

そうでないのが雌花らしい。

雌雄同体。

雌花は赤く色づくようです。

見逃さないようにしたいです。

最近の写真

  • Img_8810
  • Img_8809
  • Img_8808
  • Img_8807
  • Img_8806
  • Img_8805
  • Img_8804
  • Img_8803_2
  • Img_8796
  • Img_8784
  • Img_8783
  • Img_8782

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉