2024年4月16日 (火)

20240414各務原アルプス登山② ヒカゲツツジの花を見る

   

今日は令和6年4月16日。

  

前記事に引き続き、

各務原アルプスの登山報告です。

   

城山から明王山までの登山道です。

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3月10日に登った納古山と遠見山で、

蕾は見ているヒカゲツツジ。

今回、群生地があると地図には載っていたので、

楽しみにしていました。

ツツジは終わりかなと思っていましたが、

ヒカゲツツジで今なら咲いているのもありました。

白いツツジもいいなと思いました。

白というか黄緑色かな。

この場所で初めて見ましたが、後でも出合いました。

   

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木の柵があったのは、崖のあるところでした。

  

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半分以上のツツジは、花の盛りを終えていましたが、

中にはまだこれから咲くもの、

今を盛りに咲いているものもありました。

早く咲くのもあれば、遅く咲くのもあり。

登山者にとっては、ありがたいことです。

  

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葉の新芽もいい。

光沢があり、青々としていて、元気をもらえます。

  

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この木の新芽ですが、木の種類は不明です。

   

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みずみずしくて、美味しそうにも見えます。

  

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明王山の頂上近し。

  

続く。

20240414各務原アルプス登山① 猿啄城展望台から木曽川を見る

今日は令和6年4月16日。

  

今年になって、愛知県西尾市と岐阜県各務原市に縁がありました。

その縁があった場所にある山を登ってきました。

3月31日に西尾の山へ。

そして4月14日には各務原アルプスに初めて登りました。

まだ各務原アルプスの全体をつかめていませんが、

山仲間のKさんのお勧めのコースを歩きました。

奥さんと2人で登りました。

  

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猿啄城(さるばみじょう)のある山の麓にある駐車場に

駐車しました。山の名前は城山。

出発は午前9時。

駐車場は10台余りのスペース。

ありがたいことに、1台分のスペースが空いていて、

そこに駐車することができました。

  

この駐車場にはトイレがありました。

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このトイレは優秀でした。

和式の便器ですが、便器内を常に水が流れています。

どういう仕組みなのだろう。

川の水を引っ張ってきているのか。

おかげで清潔です。

トイレットペーパーは、予備も2つほどあり安心。

お尻を拭いたトイレットペーパーは、

設置されたゴミ箱に入れます。

どなたかが管理されているのだろう。

その方たちのおかげで、私は気持ちよく済ませることができました。

  

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看板には「御嶽教城山教会」とありました。

廃屋なのか、今でも稼働しているのかは不明でした。

 

さあ登るぞ。

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上り始めのところに、数取機が設置されていました。

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私たちが押して「4667」という数字。

いつからの数字なのだろう。

こういうのを押して登るのは、初めてでした。

 

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登山口から750mで頂上とありました。

ここはそのほぼ中間点。

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登山道途中で、開けた場所があり、

木曽川が見られました。

頂上からの景色が楽しみになりました。

  

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城山頂上に着きました。

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時刻は午前9時22分。

   

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展望台があったので、登って2階から見てみました。

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先日は飛騨川の雄大な景色を見ましたが、今回は木曽川。

あいにく遠くは霞んでいましたが、木曽川のおけがで、

満足できました。

  

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案内地図。

3月31日にキャンセルした山が見えました。

「鳩吹山」です。

  

景色を楽しんで、明王山を目指しました。

明王山は「みょうおうざん」と読みます。

これは帰って調べたもので、山中での会話では、

ずっと「めいおうさん」と言っていました。

  

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展望台を後にします。

  

すぐに目に入った植物。

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これはクヌギの花でいいのかな。

  

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登山道の傍でツツジが咲いていたが、

早くも花は終わりが近づいているように見えました。

  

しばらく歩いて振り返ったら、猿啄城の展望台が

思ったより小さく見えました。

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続く













  

こんなところにもハナミズキ/立体駐車場の横

   

今日は令和6年4月16日。今日も「即今着手」

  

こんなところにもハナミズキがあったんだと

驚くことが多い最近です。

昨日は月曜日。

ほぼ毎週、夕方には豊橋の病院に通っています。

自動車は病院近くの立体駐車場(2階建て)に駐めます。

車を駐車して、病院に向かう時に、「あれ?」と思いました。

もう5年ほど通っていますが、

ここにハナミズキがあったんだと気がつきました。

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右に下りていく階段があります。

壁の向こうにあるのは、ハナミズキ?

上から見ました。

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ハナミズキです。街路樹でハナミズキが植っています。

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手前のハナミズキに焦点を合わせたつもりでしたが、

2つ目のハナミズキにピントが合ってしまったようです。

  

  

今の時期、ハナミズキのあるところを確認して置いて、

また来年以降、ハナミズキの花が見たければ、

そこに行く。

そんな小さなお楽しみをストックしておきたい。

2024年4月15日 (月)

本「恰好いい老い方、みっともない老い方」⑤ たまに一緒に あとは一人で行動

   

今日は令和6年4月15日。

  

4月13日の続きで、

「恰好のいい老い方、みっともない老い方」

(川北義則著/PHP研究所)より、

引用していきます。

  

夫が夫の世界を生きてきたように、妻は妻の世界をつくってきたとい

うことだ。結婚生活が長ければ長いほど、その傾向は強くなる。

だから、退職しても友人もいなくなったからといって妻の時間を奪っ

てはいけないのである。

妻が一人で趣味の会に出かけるというなら、喜んで送り出す。そして、

自分は自分で 楽しい時間を過ごす。 間違っても、「俺も一緒に行っ

てはいけないのか」とか「俺の昼飯はどうなるんだ」などと言わない

ことだ。

(189p)

  

う〜ん、この考え方は、自分は納得しているつもりです。

間違っても「一緒に行ってはいけないか」なんて聞かないし、

「俺の昼飯はどうなるんだ」なんて言わないでしょう。

それぞれが、楽しむことをどんどん促して、

帰ってきて「今日は楽しかった」「面白かった」と言う声を聞くと、

それはよかったと思います。

たまに一緒に山に登ったり、たまにたまに一緒に庭の草取りをするのが、

夫婦での楽しみであって、その程度でもいいのかなと思っています。

  

  

もちろん、夫婦仲がいいのは素晴らしいことだ。しかし、必ずどちら

かが先に逝く。 それは運命である。いまから覚悟しておく必要がある。

そのときに残された一方がバランスを失ってはいけない。それには退

職後は自立した二人の男と女がベタベタせずに必要なときに助け合え

る態勢でいれば一番いいのではないかと思う。

(190p)  

   

  

そんなことを考える年代になってきたんだなあと思います。

四六時中、いつも一緒にいるのは、夫婦としてよくないです。

少しで十分。

もう長く一緒に住んできたんだから。

  

  

どれほど会社で出世した人でも、人生の最後の日々を共に過ごすのは

仕事関係者ではなく連れ合いだ。だから、お互いにささいな行き違い

でギスギスすることは避けたい。

そのために、ぜひ身につけたいのが一人行動だ。 一人で予定を立て、一

人で出かけ、一人で遊んで、一人で帰ってくる。なにも、妻に怒られる

からそうするのではない。定年後はそれが恰好いいからだ。 そして、

それなりのお金を確保する。

私の知人は、先に退職した先輩からさんざん脅かされていたので、定

年後の夫婦のあり方を早くから模索していた。 そして、お互いにどの

ように過ごせばいいかについて、定年前に正直に妻と話し合った。

すると、案外、意見は割れなかった。

月に二回くらいは、映画鑑賞やハイキングなどの行動を共にする。そ

の日になにをするかは話し合って決め、もう一方は気持ちよくそれに

従う。

半年に一度は、泊まりがけで旅行に出かける。 温泉旅行など行き先は

交互に決める。

どちらかが体調を崩したときなどは、最優先で病院に付き添う。

親戚づきあいは、常識的な線を守る。

こうしたことを決めた後で、「これ以外は、基本的に一人行動でどう

だろう」と提案すると、妻はあっけなく「いいわね」と言ったそうだ。

(193p)

  

自分たち夫婦も、この感じがいいかなと思います。

一緒に楽しむのは、頻繁でなくていい。

それぞれが楽しめばいいのです。

それぞれが楽しむためには、安定した夫婦であることが必須。

夜は、それぞれが楽しかった体験を言い合ったりすればいい。

でも相方が病気になったら、ここは夫婦の大事なところ、

最優先で考えたい。この考えは、大賛成です。

  

以上、最後は夫婦のあり方が参考になる本の内容でした。

以上で引用は終了。

明日は図書館に本を返します。

越冬蛹からキアゲハが羽化しました

   

今日は令和6年4月15日。

  

昨年秋に蛹化した越冬蛹が2つ。

その一つ、アオスジアゲハは、無事に羽化しました。

ここでも道草 越冬蛹からアオスジアゲハが羽化しました(2024年4月8日投稿)

もう一つ残ったキアゲハの越冬蛹。

先週、指で触れてみたら、ゴソゴソ動いたので、

生きているのは確か。

夏のような暑さだった土日に、

アオスジアゲハのように羽化してしまうのではと思っていました。

その予感は当たってしまいました。

今朝、鍵を開けて、教室に入ったら、

巣箱の中でパタパタしている生き物が。

そうです。キアゲハが、この土日で羽化してしまったのです。

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確かに、キアゲハです。

さっそく逃すことにしました。

その時の動画。

パタパタして、すぐにでも逃げるかと思いましたが、

じっとして動かなかったので、指で摘んで逃しました。

2024年4月15日 キアゲハが羽化しました

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でもよかった。

越冬蛹は、寄生虫にやられることがなく、

無事に蛹の中で成虫になって、春に飛び出してきてくれました。

2つ越冬蛹を入手して、2つとも羽化。

できたら、カマキリの卵嚢からも、

無事にカマキリの子どもたちが生まれてきてほしいし、

カブトムシの幼虫も夏には成虫となって

土の中から出てきてほしいです。

富士フィルムのCM/これも宮崎あおいさんでした

   

今日は令和6年4月15日。今日も「即今着手」

  

今日から始まった通級学級。

子どもに対して、週に1時間のみの授業。

子どものために有意義な時間にしたい。

試行錯誤が始まりました。

  

先日、これは宮崎あおいさんなのか?

と、CM検証したことがありました。

ここでも道草 マクドナルドのCM/宮崎あおいさんの登場(2024年3月21日投稿)

マクドナルドのCMでした。

今回は、もう1本CM検証です。

「これは宮崎あおいさんなのか?」2本目です。

今回は富士フィルム、アスタリフトのCM。


YouTube: 宮崎あおい、岡田将生を睨み「ケンカ売ってるの?」 金髪変装にも注目!  アスタリフト新CM公開

こんなの見ればわかるじゃん!と言われそうですが、

私は迷いました。

宮崎あおいさんに似ている新しい女優さんなのかと思ったりして、

宮崎あおいさんだと断定できませんでした。

しかし、次の映像で、確かに宮崎あおいさんだとわかりました。

CMに出演する宮崎あおいさんと岡田将生さんのインタビュー映像です。


YouTube: 宮崎あおい×岡田将生、初共演でふしぎな列車の旅へ 松田聖子「赤いスイートピー」がCM曲に アスタリフト新CM「列車のふたり ナノテクノロジー」編

   

そうかなと思った2本のCMは、ともに宮崎あおいさんでした。

確認終了です。

  

このインタビュー動画で知ったことですが、

印象に残ったのは、あの列車は、セットだったそうです。

本物かと思っていました。

あの列車の揺れは、担当係が揺すっていたそうです。

びっくりです。

そう思って、CMを見直すといいかと思います。

   

2024年4月13日 (土)

本「恰好いい老い方、みっともない老い方」④ べったり一緒にいない

  

今日は令和6年4月13日。

  

前記事に引き続き、

「恰好のいい老い方、みっともない老い方」

(川北義則著/PHP研究所)より、

引用していきます。

 

東日本大震災が起きる前の二〇一〇年のデータで比べてみると、日本

人男性の平均寿命約八〇歳 (七九・六四歳)であるのに対し、健康寿命

は一〇年下がって七〇・四二歳。女性は、平均寿命約八六歳 (八六・

三九歳)で、健康寿命は約七四歳 (七三・六二歳)である。つまり、男

性で約一〇年、女性では約一二年もの間、なんらかの介護を必要とし

ている高齢者が多いということだ。

見方を変えると、おそらく七〇歳前後に、その人の健康寿命を決定づ

けるなんらかの山場があるのではないか。 寝たきりになってしまう人

の多くが、その頃に介護を必要とする病気に罹るのだろう。一方で、

健康に過ごせた人は、八〇代になってもかくしゃくとしている。私の

周囲を見回しても、そんな傾向があるように思う。

このように、無事に山場を乗り越え、自分の健康寿命を平均寿命まで

持っていけた人は幸せだ。男性なら八〇歳、女性なら八六歳まで介護

を必要とせずに過ごせたら、充分に人生をまっとうしたと言える。

それにもかかわらず、「まだお金がいる」と考えて、やりたいことも

我慢するなどバカげている。とにかく平均寿命まで生きたのだ。充分

ではないか。あとはお金を使って好き勝手なことをすればいい、

日本人の平均貯蓄額は、六〇代以降が突出して多い。 二〇一四年の総

務省家計調査によれば、二〇代以下は二六八万円、三〇代でも六一〇

万円に留まっている。ところが、六〇代は二四八四万円、七〇代以上

も二四五二万円の貯蓄がある。ともに二〇〇〇万円以上の貯蓄がある。

これはあくまで平均だから、もちろん五〇〇〇万円、あるいは一億円

以上も持っている高齢者もいるということだ。

そんなに貯め込んでどうするのか。 自分の年齢が平均寿命に達したな

ら、お金は徹底的に使う方向に徹してはどうか。

(166〜167p)

  

「まだお金がいる」とやりたいことを我慢する高齢者には

ならないようにしたいですね。

  

  

私は、高齢者の一番の責務は、「人生とは、それなりに楽しいものだ」

「年をとることは、決して絶望的なことではない」ということを、次の

世代に向けて発信することにあるのではないかと思う。 「下流老人」

などという言葉に脅え、使えるお金も使わず、グチばかり言っていたの

では誰も喜ばない。

(178p)

  

山登りすると、高齢の方に多く出会います。

あの年までは登りたいと思います。

高齢者の行為が、励みになるんですよね。

歩くペースは遅くとも、山を楽しんでいる姿は、うらやましいです。

  

  

「結婚は、デザートより前菜が美味しいコース料理である」と言った

のは、オーマリーである。

若い頃はどれほど燃え上がった男女でも、夫婦として長い年月を過ご

すうちに恋愛感情は薄れていく。定年退職する年齢になれば、結婚し

て三〇年くらい経過していることが普通だろう。ケンカはしなくても、

お互いに「うんざり」という部分がないと言ったら嘘になる。すべて

がマンネリになっているのだ。

それでも、どちらかがあの世に行くまでは一緒にいるのだから、お互

いが少しでも快適に過ごせるような工夫が必要だ。

その工夫とは、いつも「べったり一緒にいない」ということに尽きる。

(186p)

  

いつも「べったり一緒にいない」はふだんの体験で感じます。

適度な距離感が長続きするんだろうなと思います。

どっちが先に死ぬかわかりません、

おそらく自分が先だと思うけど、

「添い遂げる」は魅力的な言葉だと思うし、

成し遂げたいことです。少なくとも私は。

  

今晩は、これで寝ます。

明日は奥さんと登山。

本「恰好いい老い方、みっともない老い方」③ 好奇心を満たすための贅沢をするぞ

   

今日は令和6年4月13日。

  

前記事に引き続き、

「恰好のいい老い方、みっともない老い方」

(川北義則著/PHP研究所)より、

引用していきます。

  

   

印刷会社に勤める四〇代の知人男性が、上顎部のがんに罹ったことが

ある。

耳に水が入ったような違和感があると感じた彼は、会社の近くの耳鼻

科に行った。しかし、薬をもらって飲んだが一向によくならない。三

度目の診察で、「長引くのを放置しておいては心配だから精密検査を

受けてください」と、医者が近くの有名大学病院に紹介状を書いてく

れた。

「大げさだな」と感じながらも従うと、がんが見つかったのだ。手術

のできない場所だったが、早期発見が幸いし、放射線治療で完治した。

彼はまだ四〇代だったから、「まさか自分が」という思いもあったろ

う。医者にすすめられなければ放置してしまったのではないかと思う。

このように、若くてもがんに罹る。とくに若いときは進行が早いから

早期発見が必須だ。もちろん六〇歳を超えたら「いつ、なにが起きて

もおかしくない」という心構えも必要である。

大切なのは、医者まかせにせず、自分の体の変化に敏感でいることだ。

いままで長く生きてきたのだから、「どうもおかしい」という体の変

調が自分自身の経験でわかるはずだ。 それを大丈夫だろうと勝手にス

ルーしてはいけない。  

(122p)

長く生きてきたのだから、自分の変調に自分で気がつけと言うのは、

なるほどです。長く体とつきあってきたのだから。

気づきたいなあ。

そして信頼するお医者さんとつきあいたいな。

すぐに相談できるようなお医者さん。

8年間通っている内科のお医者さんは、

候補ですね。

  

  

アメリカの心理学者コーエンが、面白い指摘をしている。

五〇代半ばから七〇代前半にかけて、人間はそれまでとはまったく違

うことをしてみたくなるのだそうだ。そういう時期を、コーエンは

「解放段階」と定義している。

五〇代半ばを過ぎれば、自分の人生の残り時間を意識するようになる。

となれば、「なにかやり残したことがあればやっておきたい」と思う

のだろう。

航空会社に勤める知人によると、定年退職後に海外旅行に出かけるシ

ニア層夫婦が、エコノミークラスでなくビジネスクラスに乗ることが

増えたという。ヨーロッパ路線ともなるとかなりの代金になるが、

「何度も行けるものではないので」と奮発する。ホテルの部屋を、ス

イートタイプにする人もいる。 旅行代金プラス二〇~三〇万くらいに

なる。

このような傾向はいいことだと思う。人生は一度限り。そういう気持

ちには素直に従って、やりたいことはやったらいい。そのためにお金

を使っていいのだ。死んでからお金を残しても意味がない。お金は自

分のために使うべきだ。

私たちは、小さいときから「贅沢を言ってはいけません」と育てられ

てきた。贅沢をするのは、下品なことのように思い込んでいる人もい

る。しかし、下品になるかどうかは人による。 正しい贅沢は、恰好よ

く美しいものである。人生の後半に、そういう贅沢を体験すべきだろ

う。かつて戦時中は「ぜいたくは敵だ」と言われたが、平和な世の中

では贅沢は素敵なのだ。

もちろん、無理をする必要はない。なにか一つでいいから、「自分は、

これだけは贅沢をしている」というものがあるといい。

(161〜162p)   

  

好奇心を満たすための贅沢はしたいな。

スマホ、タブレット端末を充実させたいと思っています。

一眼レフカメラも欲しいと思っています。

自転車は諦め気味かな。

いい自転車は諦めて、他にお金を回したい。

  

  

こういう贅沢は、あくまで自分のためのものであって、人に見せびらか

すわけではない。贅沢が下品でみっともなくなるのは、人に見せようと

するからだ。

金持ちにも、庶民にも、恰好いい贅沢ができる人と、みっともない贅沢

しかできない人がいる。恰好いい贅沢ができれば、恰好いい大人になれ

るのだ。

自分がセレブのつもりの女性タレントは、なにかにつけて贅沢自慢をす

る。自宅にどれだけたくさんのブランドバッグや宝石があるかをひけら

かし、あげくはお手伝いさんにそれを盗まれたと嘆く。

はたしてそんな彼女を、どれだけの人が「うらやましい」と思うだろう

か。「彼女のようになりたい」という人は案外少ないのではないか。そ

れは、彼女がちっとも幸せそうに見えないからだ。

人に見せびらかすために贅沢をする人は、贅沢によって幸せは得られな

い。「もっと、もっと見せびらかさなくちゃ」ときりがない。

自分だけ納得する、自分のための贅沢こそする価値があるのだ。

(163〜164p)

   

  

お金を使わずに死んだらもったいない。

そういうことを考えるタイミングに、

自分は来ているのだと思います。

贅沢して、後悔しない毎日を過ごしていきたいなと思います。

  

本「恰好いい老い方、みっともない老い方」② 不快な過去は忘れてしまう権利があなたにはある

    

今日は令和6年4月13日。

  

前記事に引き続き、

「恰好のいい老い方、みっともない老い方」

(川北義則著/PHP研究所)より、

引用していきます。

  

一方で、一〇〇パーセントの理不尽というのは、会社ではまず起きな

い。道ですれ違った通り魔に刺されるというのは理不尽そのものだが、

会社の人事などは、そこそこ道理にかなっているものだ。なにもかに

も理不尽というのはあり得ない。

「人間は、自分が他人より劣っているのは、能力のためではなく、運

のせいだと思いたいものだ」とプルタルコスは言っている。運のせい

だと考えるから、いつまでも「ついていない」「悔しい」と思う。だ

が、別の見方をすればかえって楽になれる。

私たちは、一日一日経験を積み重ねている。その中には、嬉しい経験

もそうでないものもある。どちらかと言えば、嬉しくないことのほう

が多いかもしれない。

しかし、いずれにしてもそれらは済んだことなのだ。過去である。し

たがって、それを掘り返してつくり変えることはできない。私たちに

できるのは、また別の経験を積み重ねていくことだけである。

日々新たに経験を重ねることこそ人生だが、その新たな経験を、過去

に引きずられることでひどいものにしている人が少なくない。

前述の男性は、なにをやっていても以前、役員になった同期の人間の

ことを憎々しく思い出してしまう。毎日の食事も人生の新たな経験だ

が、それを心から楽しめない。いつも不機嫌な顔をして、妻とはほと

んど会話も交わさずに食べるだけだ。なんというつまらな人生を送っ

ているのかもったいないと思う。

人生の残り時間が少なくなってきたら、過去の悔しい思いなどさっさ

と手放すに限る。どれほど理不尽に思えることでも忘れるべきだ。

(49〜50p)

  

最後の2行がいいですね。

人生残り少なくなったら、過去を手放す。

こういう生き方をしてもいい年になったと思うし、

これだけ年を取った特権だと思います。

  

 

また、自分自身の失敗などもいつまでもくよくよ悔やまないことだ。

約三二年にわたり「笑っていいとも!」の司会を務めたタモリは、長続

きのコツに「反省しないこと」を挙げている。 実にいいアドバイスだ。

完璧を目指し、少しのミスをいちいち反省していたら、とても前には

進めないということだろう。(中略)

誰でもなにかしら「あのときは失敗した」という思いがある。 しかし、

反省すれば時間が元に戻せるというわけではない以上、もう過ぎたこ

とはどうでもいいではないか。

坂口安吾の『不良少年とキリスト』の中に、「人間生きることが全部

である。死ねばすべてなくなる」という一節がある。残された時間が

少なくなった高齢者は、いまを楽しむことだけを考えたらいい。過去

なんかもうどうでもいいではないか。

「久しぶりに、あの店のロールキャベツが食いたいな」

そう思ったら食べに行く。そのために、電車に乗ってわざわざ出かけ

る。そのことに全力を傾ければいい。

過去は変えられないが、その過去にどう関わるかは今日の自分が決め

られる。愉快な過去には積極的にコミットし、不快な過去は忘れてし

まう権利があなたにはある。その権利を大いに行使していくべきだ。

(52p)

  

過去なんかもうどうでもいいではないか。

愉快な過去には積極的にコミット。

不快な過去は忘れてしまう権利があなたにはある。

  

仕事が現役の時には、反省して同じミスを冒さないようにと

心がけます。

ある程度、仕方がないことです。

でもね、今は退職した身。

過去なんてもうどうでもいい、今やっていることに

夢中になる権利が、私にはあるぞと思わせてくれる文章でした。

  

  

いま六五歳の人が、仮に八五歳まで生きるとして二〇年、約七三〇〇

日である。途中で病に倒れてしまうかもしれないから、残された日々

はもっと少ないかもしれない。

七九歳でこの世を去った作家の山田風太郎は、七〇歳を過ぎてから朝

日新聞に「あと千回の晩飯」というエッセイの連載を始めた。食べ物

のことはもちろん、女のことや死生観についてなど幅広く取り上げら

れていて実に面白かった。単行本にまとめられたものがいまは文庫に

もなっているから、興味があったら読んでみてはいかが。

このエッセイのタイトルは、「自分に残された時間はそれほど長くな

かろう」と考えてつけられたのだと思う。もちろん、彼に限ったこと

ではない、すべての生き物にとって、すべての行いは「あと○○回」し

かないのである。

「この世を去るときになって後悔しないように、貴重な日々を精一杯

楽しみたい」

これは、誰もに共通した願いだろう。しかし、願ってはいても、実際

にはなんとなく毎日を過ごしている人が多い。自分の毎日を「楽しく

してくれるもの」を見つけられないのだ。これでは淋しい。

私たちを楽しませてくれるものは、黙って座していて向こうからやっ

て来るものではない。自分で探すしかない。いや、感じ取ると言った

ほうが正確かもしれない。

日本社会は、恵まれている。高齢者が楽しいと感じられることがたく

さんあるが、好奇心がないと気づかない。 本来、好奇心は誰にでもあ

るが、それが活性化されている人と眠ったままの人がいるのだ。

仕事が現役のうちは、関心はもっぱら仕事関係のことに向かっている。

専業主婦であれば、家庭のさまざまな仕事、そして子育てだろう。四

六時中それらに追われて、頭も体も休まるヒマがない。「もっと、自

分の趣味のことも考えたいのに」とグチも出るだろう。

だが、実際にそれらから解放されると、頭が休眠状態に入ってしまう。

どう好奇心を働かせていいかわからなくなる。 

(84〜85p) 

  

教師の仕事は、好奇心がとても役立つと思います。

就いた仕事が良かったと思います。

いやいや、好奇心が役立つから自分で選んだ仕事だと

思っています。

好奇心は自信があります。

この好奇心が、これからの死ぬまでの人生を楽しむ

最強の武器ですね。

私の好奇心は起きています。

2024年4月12日 (金)

本「恰好いい老い方、みっともない老い方」① 80歳まで働く

   

今日は令和6年4月12日。

  

今晩は勤務校の歓送迎会があります。

家を午後6時に出発。

それまでに記事を1本うってしまおう。

  

この本を読みました。

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「恰好のいい老い方、みっともない老い方」

(川北義則著/PHP研究所)

  

親戚の叔父さんがこの著者の「みっともない老い方」という本を

読んでいました。

75歳の叔父さんです。

その姿が良かったので、真似をしました。

いい老い方をしたいですね。

 

引用していきます。

  

作家の五木寛之さんは、「日刊ゲンダイ」の連載の中で、老人が「老

害」として嫌がられる世の中を「嫌老社会」と呼んだ。そして、そう

いう風潮に対抗していくためには「賢老社会」を目指すべきだと述べ

ている。

長く生きてきた老人たちは本来、若者より賢いはずなのだから、その

経験を生かして働き、社会に貢献することで尊敬される存在になるべ

きだと五木さんは提案している。

私も理想論としては異存はないが、大事なところを読み間違えないで

ほしいとも思う。「これまでの経験を生かす」に固執すれば、現実的

に仕事は見つからない。理想と現実は違うのだ。

もし見つかったとしても、そこで得られる収入は、かつてのものとは

次元が違う。 フルタイムで働いても月に二〇万円にも満たないケース

がほとんどだ。だから、これまでの延長線上に考えていたらダメなの

である。

私は、「経験」とは同じことを積み重ねることではないと思っている。

肩の力を抜いて新しいことをやってみたり、若い人たちに教えを請う

ことができるのも、人生経験があればこそではないだろうか。

(18〜19p)

  

新しいことをやろうと言う気持ちが大事なのだと思います。

新しいことをやろうとした時に、きっとそれまでの経験は

生きるのです。

同じことをやっていては、経験は実際は活きていないです。

経験が勿体ない。

そう考えます。

今年度、通級指導を初めてやるのはいいこと。

その気になれば、自分の経験が後押ししてくれる。

  

  

日本を代表する大女優であった高峰秀子は、まだまだ活躍できる五五

歳で女優業からきっぱり足を洗い、一人の人間として「老い支度」を

始めた。立派な自宅を三間だけの小さなモノに改築し、家財道具も夫

婦二人に必要な最低限だけ残し、人にあげてしまった。八六歳で生涯

を終えたとき、見事なほどになにも残さなかったという。見習うべき

老後の整理の仕方である。

(33p)

  

私が先日、たくさんの本を処分したのは、

この文章がきっかけだったかな。

ものをたくさん残した両親の反動かもしれません。

だんだんものを減らして、最後は録画したものだけが残るのが

理想かな。う〜ん、このブログも残るか。

人生の大部分を、このブログに入れているからね。

でもかさばらないのがいい。

  

  

ある携帯電話のショップで、七〇代前半の男性が働いている。彼は、

IT関係の企業に勤めていたときの知識を生かし、シニア客の質問を中

心に受け付けている。「説明がわかりやすい」と客から評判がいいの

で、三〇代の店長からも一目置かれ大切にされている。彼なら八〇歳

まで働けるかもしれない。

このように、高齢者にも仕事はある。威張りたいだけのジジイでなけ

れば、あちこちから必要とされる。業務内容も時間帯も個別に対応し

てくれるはずだから、仕事をしたい気持ちがあるなら、思い切って扉

を叩いてはどうだろうか。

採用されなくても、「こことは縁がなかった」と割り切って次を当た

ってみればいい。「この俺が落とされた」などと、いちいちプライド

を持ち出さないのが、仕事探しがうまくいくコツである。

(37p)  

   

やりたいこともやるけど、仕事もする。

やりたいことの合間に、仕事をする。

仕事は、何らか他の人のためになるから、やるべきです。

現在、町内会の仕事が3年目。

電子回覧板の仕事。

新しいことですが、自分の経験が後押ししてくれている仕事です。

町内会に縁がなかったのに、やり出したら面白い。

1年働いて、3万円の報酬。

報酬がなくても、やるだろうな、この仕事。

自分も80歳まで働くぞ。

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楽餓鬼

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