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2022年8月 9日 (火)

「日本史の大事なことだけ36の漫画でわかる本」④ 三大怨霊のひとり崇徳天皇

     

今日は令和4年8月9日。

  

前記事に引き続き、

「東大教授が教える 日本史の大事なことだけ36の漫画でわかる本」

(本郷和人監修/堀田純司漫画原作/瀬川サユリ漫画/講談社)より。

  

今回は崇徳(すとく)天皇の話。

三大怨霊といえば、菅原道真、平将門、そして崇徳天皇です。

崇徳天皇のことをあまり知りませんでした。

この本をきっかけに勉強しました。

  

白河上皇が、自分の愛人を孫の鳥羽天皇に与え、しかも結婚後も関

係を持つ。生まれた子が崇徳天皇(1119年)。

建前上は鳥羽天皇の子ですが、本当の父は白河上皇であるという噂

が当時から根強かった。

なにより鳥羽天皇自身が、そう信じていた。崇徳天皇はそうした不

幸な運命を背負った人でした。

即位しても鳥羽上皇によって政治の場から排除され、同じく孤立し

ていた藤原頼長と手を組む。

そして「保元の乱」(1156年)を起こすが敗北、讃岐へと流さ

れる。

讃岐で崩御した後、怨霊、さらには妖怪となったと物語では描かれ

ます。

(124p)

  

もう少し詳しく知りたくて、動画を見ました。


YouTube: 【ゆっくり解説】日本で最も恐れられた天皇がヤバい…/なぜ「源頼朝」と「後白河院」は崇徳天皇を恐れていたのか?

28分ほどの動画を見ました。

三大怨霊のこと、崇徳天皇の生い立ちに関する噂のこと、

父親の鳥羽上皇に疎まれて、政治の場から外されていったこと、

保元の乱で敗れ、流罪になったこと、

そして崇徳天皇の呪いと思われる数々のことなど知りました。

政治の場から外された崇徳天皇は、歌の世界に没頭します。

崇徳天皇の歌は百人一種にも選ばれています。

 

瀬をはやみ 岩にせかるる滝川の われても末に あはむとぞ思ふ

川の浅瀬の流れが速く、岩によって2つに分かれた急流が、

いずれ1つになるように、今は愛しいあの人と離れ離れになっても、

いつか必ずまた会える。

  

覚えのある歌です。怨霊と呼ばれた崇徳天皇の作品だったのです。

  

本からの引用を続けます。

  

僕らが「〇〇天皇」と呼ぶときの「〇〇」は、

崩御した後に追号された「諡(おくりな)」です。

この「諡」にある法則が見られるのをご存知でしょうか?

京都からはなれて亡くなった人には、

「崇」や「徳」の文字がおくられているのです。

たとえば壇ノ浦で亡くなった「安徳」天皇や、

佐渡に流された「順徳」天皇がいらっしゃる。

また謀反を疑われて淡路に流された「崇道(すどう)」天皇。

史上唯一あきらかに暗殺された「崇峻(すしゅん)」天皇など。

非業の最期を遂げた人には「崇」の字がおくられている。

そうみると「崇徳」天皇は「崇」と「徳」のふたつの字が

おくられている。

よほど深い深い非業悲運のお方とみられていたと

いうことでしょう。

(125p)

  

「崇」「徳」に関するルールを初めて知りました。

上記の動画では24分すぎに、呪いを鎮めるために、

讃岐院だった諡を崇徳にしたことがでてきます。

最高の名前をつけてもらった天皇と言えます。

  

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