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2019年8月

2019年8月 2日 (金)

樹木の入ったお名前「柳」

 

今日は令和元年8月2日。

  

前投稿に引き続き、7月11日放映の

ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ!

【樹木のおなまえ】」より。

「柳」は番組の写真・聞き書きを使って読み物化します。

  

レポーターの柳沢慎吾さんがやってきたのは、

地元愛知県の岡崎市の矢作川。

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教えてくれる先生が、この方。☟

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「河川と植物に詳しい山田先生」と番組では紹介されました。

  

ヤナギはどこにあるのかという柳沢さんの問いに、

山田さんは河川敷にあるある木を指して、

「これ全部ヤナギなんです」と言います。

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ヤナギにも何種類かありますが、

一番多いのはカワヤナギという種類だそうです。

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細くてあまり大きくならないヤナギだそうです。

ヤナギは「人の命を守ってきた」と言われているそうです。

なぜそうなのか?

山田先生の説明が始まります。

 

山田:川っていうところはね、特に日本の川は、

  一気に増水しますよね。

  人は生活を守るために土を盛った「堤」で、

  水に対抗するんですけど、

  増水でその土がみんな持っていかれてしまうんです。

  それをヤナギが止めてくれるのです。

ナレーター:昔から日本人は川の氾濫から集落を守ろうと、

  堤を築いてきました。そこにヤナギを植えると、

  洪水でも堤の土が流されないというのです。

  そのわけは、あることをすればわかると言います。

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そのあることとは?

山田先生が、足元にあるカワヤナギの幼木を抜いてみて下さいと

柳沢さんに提案しました。

力いっぱい引き抜こうとする柳沢さん。

でも抜けません。

 

山田:何してるんですか?さっさと抜いてくださいよ。

柳沢:本気で抜いちゃっていいんですか?

  知りませんよ。責任取ってもらうよ。

 

でも抜けませんでした。

 

山田:これだけしっかり地面に根付いているんです。

柳沢:へえ~。

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ナレーター:引っ張ても抜けないわけがこちら。

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  マツなどの多くの植物が、根を下に伸ばすのに対し、

  ヤナギは地表近くでひげ上の大量の根を広げて、

  ガッチリと土をつかみます。

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  さらにヤナギは、水の中でも根が育つ珍しい植物。

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  だから、川の水が増えても、土を抑え、

  堤を守ってくれるのです。

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  このヤナギの力は注目され、武将武田信玄が造った

  あの信玄堤にもヤナギが(使われていました)。

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  そして、江戸幕府は堤にヤナギを植えることを、

  法令で定めたほど。

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  そう、名字によく使われる柳は、

  自然界のコンクリートだったのです。

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山田:自然物で荒れ狂う自然を抑える。

  自然を使って自然を制するという、

  そういう考え方が、日本にはあるんですね。

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ナレーター:矢作川の堤防では、ヤナギの力を使った

  伝統的な工法が、昭和20年代から試されてきました。

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  その工事に携わってきた技術者の菊池さんに伺うと・・・

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山田:このヤナギを使った工法を何と言うんですか?

菊池:柳枝工(りゅうしこう)と言います。

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ナレーター:柳枝工とは、江戸時代以前からある工法。

  木の枝で編んだ枠に、石を敷き詰め、

  その隙間にヤナギの枝を打ち込むのです。

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  打ち込んだヤナギの枝から出た大量の根っこが、

  土や石を抱き込み、堤防を頑丈に固めてくれるのです。

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菊池:土台があって、川を守ってくれる。

  命を守ってくれる。皆さんの。

山田:菊池さんが造った堤は、実際の増水とかどうですか?

菊池:知っている限りでは、決壊はないです。

ナレーター:工事を終えて以降、矢作川は、

  昭和34年の伊勢湾台風や、平成12年の東海豪雨など、

  大きな災害に見舞われてきましたが、

  ヤナギで固めた堤防は、決壊することはありませんでした。

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菊池:(柳は)命を守る木であってね、

  幸せを運ぶ木であってね、もまれても、

  何の苦もなく育っていく。幸せな名字だね。

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柳沢:ありがとうございます。(菊池さん、山田先生と握手)

  

  

ここで場面はスタジオになります。

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アナウンサー:名字自体に、ヤナギが水に強いということが

  込められています。

 

確かに水に関係する漢字が、柳と組み合わされています。

  

矢作川は同じ県内であるため、

その気になれば日帰りで観察することができます。

具体的にどこに行けば、柳枝工の堤防が顕著にわかるか調べて

出向きたいと思いました。

 

 

以上で、ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ!

【樹木のおなまえ】」の読み物化は完了です。

 

  

  

樹木の入ったお名前「杉」「楠」「漆」「桧」「樫」「松」

 

今日は令和元年8月2日。

  

今日も番組の読み物化をします。

7月11日放映の「ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ!

【樹木のおなまえ】」をやってみます。

45分間番組をすべて写真つきで読み物化をするのは

時間的に難しい。

したがって、番組の一部は写真つき・聞き書きもやって読み物化。

他の部分で、書き留めておきたいところは箇条書き。

そんなやり方でやってみたいです。

  

〇樹木の名前が入った名字は700種類以上ある。

〇身近にあったから名字につけたのではなく、

 その樹木が大事だったから名字につけた。

〇名字に使われる樹木のベスト10

Rimg1939 

〇今回番組で紹介された樹木は

「杉」「柳」「楠」「漆」「桧」「樫」「松」

この中で「柳」については次の記事で紹介する。

「杉」

〇室町時代まで焼き物の甕(かめ)や壺が主流。

 水を入れたりすると重く、落とせば割れてしまう。

〇杉桶が発明される。軽くて水が漏れない。

 海や川の水が簡単に運べるようになる。

05204be2230125778001 観るなび 秋田県

〇杉はまっすぐに伸びる樹木。

 「直(すぐ)な木(き)」→「すぎ」

 まっすぐに割れて加工しやすい。割り箸も割れやすい杉が使われる。

〇杉桶には酵母菌が住む。酒桶・・酵母菌のおかげでおいしくなる。

〇同じように醤油や味噌も、杉桶に入れておくことで、

 酵母菌の働きでおいしくなる。

〇その結果、蕎麦、蒲焼(かばやき)、寿司などの

 和食の味を深めた。

  

「楠(くす/くすのき)」

〇飛鳥時代に、仏像の材料として使われた。

 樟脳(しょうのう)を含む。虫が寄って来ない。

  

「漆(うるし)」

〇樹脂が昔から塗料に使われる。

  

「桧(ひのき)」

〇法隆寺、伊勢神宮などの建材として使われる。

 美しく、耐久性の高い樹木。

  

「樫(かし)」

〇室町時代に、鉄製の鍬(くわ)や鋤(すき)が普及した。

 鍬などで耕した時の衝撃に耐えられる硬さの樹木として

 「樫」が使われるようになった。

〇樫は日本一硬い樹木。

〇木刀、金づちの柄にも使われている。

Dougu_kuwa_hira               鍬

Dougu_kuwa_bichu              備中鍬

Dougu_suki

  

 

「松」

〇北海道から沖縄まで松が入った名字が多い。

 全国で松が大事であった証拠。

〇「たいまつ」を漢字で書くと「松明」

 夜の明かりとなり、日本人の時間を長くした樹木。

 奈良時代には使っていた記録がある。

〇松脂(まつやに)は簡単に火がつき長持ちする。

 最高の照明具であった。

〇戦国時代以降、刀をつくる時に松炭が一番適していた。

 松炭=鍛冶屋炭と呼ばれた。

〇栄養のない海岸の海岸の砂地でも育つ松

 海岸防災林として日本の生活を守ってきた。

 

「柳」については次の記事で。 

 

 

2019年8月 1日 (木)

「私何だか死なないような気がするんですよ」その4/生きるということは動くということ

 

今日は令和元年8月1日。

  

前投稿に引き続き、

私何だか死なないような気がするんですよ」

(宇野千代著/海竜社)から引用します。

もう1度書きます。98歳の方が書いたエッセイです。

  

林の中を歩いて、しばしば立ち止まり、

天風会で教えられた深呼吸をする。

人はあんまり気にしないが、

食べ物によって摂取する栄養は全体の15パーセント、

あとの85パーセントは空気によるという話である。

山の空気はそのまま肺を洗う。

ここにいる間、腹がへって堪らなくなるのも、

この空気のせいである。  (143p)

  

今月は山の空気を吸いに行くぞ!

その予定です。

  

  

どんなに忙しくても構わない。

それが雑用であれ、何であれ、忙しいことに身を入れるから

生きていけるのである。(中略)

生きるということは動くということである。

(147p)  

忙しすぎるのは体に良くないけど、

雑用であっても、身を入れて取り組むことは大事です。

ブログのサブタイトルにある「シングルタスクで行こう」に

つながります。

「生きる=動く」も賛成。

よく日記に書いて自分に発破をかけています。「動く!」と。

 

 他人からの中傷というのは無責任な代物です。

同じ事をしても、それに対して感心する人もいれば、

眉をひそめる人もいます。

他人の顔色に振り回される事はないのです。

大切なことは、自分がそれをやりたいか、

やりたくないか、です。

そういう強い、陽気な生き方が、

自分の肉体も強くし陽気な方向へ導いて行くのです。

(182p)

  

98歳の先輩に応援してもらっているような文章です。 

頑張ります。

  

 

あとがき

(中略)

私は、これからも長生きし、

そして21世紀を見たいと念じているのです。

平成7年11月 

                宇野千代

  

平成7年は1995年。

宇野千代さんの願いは通じず、

平成8年(1996年)6月10日に亡くなります。

98歳。21世紀には届きませんでした。

「私何だか死なないような気がするんですよ」

と言っていた人にも死は来ました。

どのような表情で亡くなったのかな。

いい表情だったことでしょう。

 

  

薄墨桜を見に行ったおかげで、いい本に出合えました。

「私何だか死なないような気がするんですよ」その3/一歩前に踏み出すのです

 

今日は令和元年8月1日。

  

前投稿に引き続き、

私何だか死なないような気がするんですよ」

(宇野千代著/海竜社)から引用します。

何度も書きますが、98歳の方が書いたエッセイです。

  

 

仕事は私の生命の源です。

ささやかでも仕事を続けることは、

世間とのつながりを持つということになる。

人と人とのつながりをもたらす喜びは、

老年の私の生命力を引き出してくれるのです。

(83p)

  

毎日誰かが読んでくれているブログをうつことは、

私には大事な仕事です。

元気をもらえる仕事です。

  

  

好き勝手に生きて来たように見える私ですが、

私なりに生きるための方策というものはあったと思われます。

方策とは何でしょうか。

いやなことは何ごとも忘れると言う私の特技を生かしたのです。

何がおこってもすぐに私は忘れる。

いや意識して忘れようとするのではない。

一歩前に踏み出すのです。

一歩踏み出すことによって、新しい世界はひらけました。

すべての行動は愉しいものになったのです。

(91p)

   

一歩前に踏み出す」は強く印象に残りました。

案外、これがいやなことを忘れるいい方法かもしれません。

  

  

年になったのだからもう死ぬなどと考えたこともありません。

死んだ後のことは、死んでから考えればよいと思っています。

(91~92p)

  

格好いいなあ。

  

 

自分の気に入った表情のまま、死ぬ事が出来ることが

私の何よりの願望です。

(100p)

  

なるほど。この発想はいい。

 

 

ほんとうの親孝行とは上げ膳、すえ膳で

親の面倒をみることではありません。

本当に、あなたがお母さんを長生きさせたいと思っているなら、

どうか、次の事を忘れないで下さい。

この家にとって、彼女は一時も欠かせない有用な人間である、

と思い込ませるようにして下さい。

お母さんは、どんなにか溌溂として、

生き生きと生き長らえることでしょうか。

あなたの老いたお母さんには、

それが唯一無二の長生きの方法であることを、

あなたはしっかりと思いとめて下さい。

(103p)

   

親の介護をしている身に、印象深い言葉です。

 

 

私が長生きしたかったのは、若い時には書けなかったことを、

ゆっくり生きて、心ゆくまで書きたいと思っていたからなのです。

時間がなくっちゃ、よい仕事はできませんもの。

(106p)

  

最近、ブログを更新するペースが上がっています。

ずっとこうやって書きたいと思ったことを

実行している感じです。

仕事を休んでいる時に申し訳ないと思いつつも、

こうやってうつことで心が元気になっていくのです。

 

10年ほど前のことであったか。

古い友達の瀬良正太郎さんから、或るとき、

京都の大徳寺の尾関宗園の作である

「長寿十則」というものが送られてきた。

その中に「九十になって迎えが来たら、

百まで待て、と追い返せ」というのがあった。

その一種ユーモラスな表現の中に、

私は多くの積極的な意思のようなもののあるのを

感じたものである。  (110p)

 

不肖ながら、私も感じました。

  

  

私はこのところ、耳がかなり遠くなった。

しかし、不思議なもので、

人々がにこにこと話している中にいると、

たとえ、聞こえなくとも、その雰囲気が伝わってきて、

私はとても、しあわせな気持ちになる。

心で見る、心で聞く、とはこのことなのだな、

と最近分かってきた。

心は伝わる。心は伝染する。

私たちは幸せだけを伝染させたいものである。

(116p)

  

再び父親を思いだします。父親は耳が遠い。

食卓で、家族が楽しい会話をしている時に

きっと内容は十分聞き取れていない父親が、

ニコニコしているのです。

「こうやって家族がそろって話すのはいいなあ」と

よくつぶやくのです。

そういう機会をこれからも増やさないといかんなあ。

  

まだつづく

「私何だか死なないような気がするんですよ」その2/休養することも”頑張る”

 

今日は令和元年8月1日。

  

前投稿に引き続き、

私何だか死なないような気がするんですよ」

(宇野千代著/海竜社)から引用します。

何度も書きますが、98歳の方が書いたエッセイです。

  

まず心、そして体です。

健康健康といって体にばかり注意を向けても、

心の方が不健康では、自然な生命力を保つことは出来ません。

長生きをしたい方は心の持ち方が大事であると

肝に銘じて下さい。

では、どんな心の持ち方をしたらよいのでしょうか。

それは、いつでも平常心でいること。

平常心とは、常に平らかな心でいるということです。

ヒステリーやかんしゃくを起こさない、

怒りやいらいらにとらわれない、悩みや心配事を抱え込まない、

いつでも静かで平らかな気持ちで暮らしていくことです。

執着から解き放たれることです。

その境地で暮らして行けば、長生きをし、

楽な死に方ができると言うのです。

(44p)  

  

その心が病み中の私。徐々に回復中。

  

私は九十歳をすぎたころから、とても、耳が遠くなりました。

目の方も弱くなりました。

年齢を考えれば、やむを得ないことでしょう。

百歳近い今は歩くのも不自由になりましたが、

いざとなれば車椅子だってあると割り切っています。

何よりも、毎日のごはんがうまい。テレビをみるのも不自由はない。

ないものねだりして、老い、を嘆かないことです。

(55p) 

 

ないものねだりをしないのは、今からでも。

  

人はいくつになっても、心持ちは変わりません。

肉体は年をとっても心が年をとることはないのです。

もし自分がおばあちゃんだという人がいれば、

その人は、心でそう思っているだけのことです。

(56p)

 

私は毎日、自分のすることに、これはバカなことか、

バカなことではないかという標準をつくらないようにしています。

その時、自分が一番したい、と思ったことを、

思わずしてしまうような気がするのです。

今、この時が人生ではないでしょうか。

(56p)

  

私は今、思わず本を読破し、

書き留めたいことをブログにうっています。

  

 

ストレスの少ない暮らし方をしたいと思うのでしたら、

自分のまわりの人に対して、あまり多くの事を

期待しなければいいのです。

他人が、自分の思い通りに動いてくれない時に生まれるのが

ストレスだからです。

(60p)

  

  

体の具合の悪い時、人は快活に振る舞えません。

それは、ある程度仕方がない事ですね。

私が不思議に思うのは、体の具合が悪くないのに、

快活に振る舞わない人がいることです。

それは、心や、体中の全組織を窒息させて、

病気になるのを待っているようなものではないでしょうか。

(63p)

 

 

私は”頑張る”ということが好きだけれど、

いつもいつも頑張ったからといって、

良い仕事ができるとは限らない、と言う事も知っています。

休養することも”頑張る”ことの一部だと認識しています。

(75p)  

  

  

年を取っても若さのある人は行動的である。よく動く。

やろうと思ったことはすぐ実行する。

いや思ったとたん体が動いている。

素早い行動が、ひょっとしたら、

若さにもつながるのではないだろうか。

(81p)

  

  

ブログのサブタイトルにずっと掲げている「即今着手」

これからも心掛けたい。

 

 

つづく

「私何だか死なないような気がするんですよ」その1/病気を顕微鏡でのぞく?

  

今日は令和元年8月1日。

  

岐阜県本巣市の淡墨桜を見たことが縁で、

この本を読みました。

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私何だか死なないような気がするんですよ」

(宇野千代著/海竜社)です。

98歳の方が書いたエッセイです。

  

そう、近ごろ、私はふと思うのですが、私は、

何だか死なないような気がするんですよ。

こんな私はおかしいでしょうか。ハハハハ、ハ。

(13p)

 

一緒に笑っちゃいます。

自分も98歳になったら言ってみたいセリフです。

  

 

生きている限り、人間は、百パーセント健康という人はいない。

百パーセント病気という人もいない。

健康と病気を合わせ持つのが人間である。

私たちは、病気を探しながら生きるのではなく、

健康を信じて生きなければならない。

ちょっとした病気をあげつらって

まるで顕微鏡でものぞくように拡大してみれば、

少しの病気も大きくなってしまう。

(17p) 

  

このことを実感することを最近体験しました。

うつの薬の副作用で毎日出ていた便が出なくなりました。

2日も出ない!大変だあと思ったら、腹痛になり

寝込んでしまいました。

この時は、病気を顕微鏡でのぞいていたのでしょう。

でもお医者さんから、4日出ないのが便秘であって、

2日ぐらい出ないのは普通ですと言われたら、

気が楽になり、何と再び毎日出るようになりました。

気持ちが楽になれば、薬の副作用も吹っ飛ばしてしまいました。

不思議なくらいです。

   

あれは、昭和48年のことですから、

もう22年も前のことになりましたが、

一度枯れかけた、幹回り約11メートルもあるという桜の大木が、

何百本もの若木の根の接ぎ木によって蘇生したという話を

友人の小林秀雄から聞いた私は、たちまち、

その桜のとりこになってしまいいました。

話をきいているうちに巨大な枝を空いっぱい広げた桜が、

万朶(ばんだ)と咲き誇っている有様が

目の前にありありと浮かびました。

その桜は、薄墨の桜とよばれる樹齢1200年の老樹で、

岐阜県の根尾村にあるといいます。

(38p)

   

宇野千代さんと淡墨桜との出合いです。

千代さんはさっそく淡墨桜を見に行きます。

しかし、淡墨桜は再び枯れかけていました。

千代さんは、いろいろな人に働きかけて、

この老樹を救ってほしいと呼びかけます。

岐阜県知事に直接会いに行きお願いしました。

千代さんの働きかけで、淡墨桜再生への動きが

本格的に始まりました。

  

 

宇野千代が、死にかけた淡墨桜を助けた、

という人もありますが、

それは違う、とはっきり申し上げておきましょう。

私はただ、自分が好んで、大騒ぎしただけなのです。

私の癖である大騒ぎが、いつもよい結果を生むとは限りませんが、

この時ばかりは、皆さんの喜ぶことにつながってよかったなあ、

と思っています。

(40p)

  

人が多いと思いますが、桜の花がきれいな時の

淡墨桜を見に行きたいです。

 

 

つづく

 

漢字の勉強をしました/江守賢治さん 

  

今日は令和元年8月1日。

  

他の先生に貸してもらった本を読みました。

う~ん、読みましたというか、

目を通した程度の理解かな。

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私には難解な本でしたが、楽しんだ面もあります。

著者の方法が良かったです。

古代からの漢字を、書き写したものだけではなくて、

文献に載っている字の写真根気よくを並べていきます。

そうすることで、漢字は古代から徐々に固定されてきていたのに、

清の時代に康煕字典なる漢字字典が出版され、

字体が混乱してしまったことを証明しています。

その粘っこさが楽しい。

現在頻繁に使っている「高」という字も、

古代から「髙」が使われてきたのに、

康煕字典で「高」としたため、現在はそちらが普及しています。

「高」は、古代の文献には見受けられず、

どこから出てきたのか不明です。

  

時には、テレビ番組の写真も掲載して、

自分の考えを証明していきます。

30年以上前の本であり、テレビ画面の写真は鮮明に

写っていませんが、ふだん私がブログでやっていることと同じであり、

そこも楽しめました。  

著者の江守賢治さんについて調べていたら、

次のサイトに出合いました。☟

ネタフル 「右」と「左」の書き順の違いを決めたのは江守賢治氏

詳しくはここを読んで見てください。

そもそも「右」「左」の「ー」「ノ」の長さの違いがあるために

書き順が違うようです。

基本は「短い画→長い画」です。

普通の活字では区別が難しいです。

そしたら、とってもいい動画がありました。


YouTube: 「右・左」楷書の書き方(筆順) How to write "Migi・Hidari"(Right&Left)

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勉強になった!

 

 

4月1日の『雑学王』より/「広辞苑」の意味の記載のルールとは

 

今日は令和元年8月1日。

さあ8月だ。8月もいい月にするぞ。

 

前日の記事に引き続き、4月1日放映の

「芸能人雑学王最強No1決定戦2019春!」より。

これがラストとしたい。

  

聞き書きです。

  

ナレーター:昨年1月、10年ぶりの改訂となり

  話題になった「広辞苑」。

  その「広辞苑」を見ると、1つの言葉でも、

  複数の意味を解説している場合があり、

  ①②③と意味の項目に順番をつけて記載しています。

  実は発行当初の1955年から意味の記載順に

  ルールを設けているのです。

  では、「広辞苑」が言葉の意味を記載する

  順番に設けているルールとは何でしょうか。

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Rimg1972  

 

考えてみてくださいね。

解答は次の通り。

岩波書店辞書編集部の平木靖成さんの言葉を

聞き書きします。

 

平木:一つの言葉に複数の意味が発生している場合は、

  現在の意味を優先するのではなく、もともとの

  古い意味から順番に伝えるようにしています。

  このことによって、言葉の歴史がたどれるように

  なっています

  これが「広辞苑」の魅力の一つです。

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と、いうわけです。

「優しい」の変遷。☟

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「凄い」の変遷。☟

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そして正式解答。☟

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国語辞典は関心があって、ブログにもたくさん書いてきました。

岩波書店の平木さんは、この記事でも登場しています。☟

ここでも道草「知られざる国語辞書の世界」その1・・・各辞書の紹介(2013年4月4日投稿) 

ここでも道草 「知られざる国語辞書の世界」その2・・・「恋」の語釈(2013年4月7日投稿)

「その2」の記事には、今回の解答を自分が書いていました。

 

広辞苑では、語釈を古いものから順番に表記しているようです。

 

「知られざる国語辞典の世界」シリーズはその7まであります。

たぐっておきたいです。

 

次の記事もたぐっておきたいです。

ここでも道草 「ケンボー先生と山田先生~辞書に人生を捧げた二人の男~」を見た その1(2013年5月11日投稿)

これはその2までです。

  

  

以上で、「芸能人雑学王最強No1決定戦2019春!」の読み物化完了。

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