2013年1月21日 (月)

兵庫での2日間10・・・1月13日の氷ノ山3/3

 

今日は1月21日。

 

氷ノ山という「氷」のつく山

そして「こおりのやま」とは読まずに「ひょうのせん」

魅力ある名前です。

氷ノ山に登りたいと思ったのは、神戸によく研修に行くようになってからです。

神戸に行くのだから、近くの山に登りたいと思って調べました。

その時に知りました。

だから10年くらい憧れていた山です。

ついに頂上。

 

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到着は午前10時26分。

駐車場のスタートから3時間14分。

登山口から2時間20分。

雪の中、気持ちよく登れました。

 

 

頂上小屋の中で、宿「岳水」で作ってもらった弁当を食べました。

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これだけぎっしり詰まっていると、少しくらい傾いていても

中身はずれません。美味しい弁当でした。

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最近のマイブームは「甘酒」

家でも、そして山の頂上でも「甘酒」

これさえ飲めば、30分間は体が温かいと信じて飲んでいます。

 

鳥取県側からスキーで登ってきた人と小屋で過ごしました。

180センチの長いスキーで登ってきたそうです。

そんなことできるんだなあ。

下るのはひと滑り。早く下山できるだろうなあ。

 

午前11時に下山開始。

しばらくはゆるやかな坂で、スノーシューをはいて

新雪の上で雪遊びをしながら帰りました。

特上の贅沢でした。下山風景の写真です。

 

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見えにくいと思いますが、一番右側の足跡が私のです。

 

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登山口に戻ってきました。ここからはゲレンデを下ります。

 

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行きとは違って、ゲレンデにスキー客は思ったより多かったです。

駐車場もいっぱいでした。

元気なスキー場でした。

 

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駐車場に戻ってきました。午後1時11分。下山は2時間11分。

心地よい疲れ。

無事登れました、氷ノ山。

よかった、よかった。(つづく)







 

 





 

兵庫での2日間9・・・1月13日の氷ノ山2/3

 

今日は1月21日。

 

1月13日に登った兵庫県養父市の氷ノ山の報告その2。

頂上に至るまでの雪景色を並べます。

 

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樹木に雪がはりつくモンスター。

これが見られたら頂上はすぐでした。

 

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これが頂上。

とてもはっきりした頂上。

映画の名場面のような頂上。

森から出て、ぱっとこの頂上小屋が見えたときは感激でした。

疲れも吹っ飛びました。(つづく)














兵庫での2日間8・・・1月13日の氷ノ山1/3

 

今日は1月21日。

 

1月13日に登った兵庫県養父市の氷ノ山の報告。

 

起きたのは5時。朝の食事は6時から。

宿を出発する直前に、泊まった部屋の窓から氷ノ山をみました。

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氷ノ山との初対面。

こんなに近くに見えるんだと思いました。

雪さえなければ近いよ、この山。

しかし今日は雪があり、どんな状態で迎えてくれるか?

身が引き締まりました。

 

出発。

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駐車場でしたくをして、歩きだしたのがこの時刻。7時12分。

橋を渡ると、ジグザグの坂があって、登っていきます。

すぐにスノーシューを履きました。

 

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ジグザグの坂を登っている途中、

ふと見たら朝日が当たりだした山がきれいに見え始めました。

高丸山ですね。

 

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リフトの姿が見えてきました。いよいよゲレンデ歩きです。

 

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スキー場のゲレンデは、結構傾斜があって、登るのはきついです。

 

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リフトが動くのが8時なので、まだゲレンデにスキー客はいませんでした。

 

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鉢伏山にも朝日が当たって、目立ってきました。

スキー場のゲレンデの上にあるロッジまで、思ったより時間がかかりました。

さらに時間がかかったのは登山口を見つけるまでです。

踏み跡がすでにあったので、それを信じればよかったのに、

地図で見てしまい、右往左往しました。

ロッジ前に着いてから、登山口にたどり着くのに20分かかりました。

おそらく普通なら10分かかりません。失敗です。

 

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やっとたどり着いた登山口。

幸運にも踏み跡がしっかりあって、道もわかりやすく、

踏み込まないので楽に歩くことができます。

ラッキーです。

 

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登山口から200mを急坂で一気に登って、休憩小屋へ。

ここからこれから登る氷ノ山の頂上付近が見られました。

 

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あそこまで行く、あそこに立つと思うと、

ワクワクしてくる景色です。

 

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再び鉢伏山。スキー場のゲレンデから見たのと比べたら、

高度が増したことがわかると思います。

 

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こんな山肌を歩くこともありますが、頂上付近になってくると

傾斜がゆるくなり、雪遊びをしたくなるような場所になってきます。

きつかったのは一の谷休憩所からの登り。

この写真の道も、その一部。

 

(つづく)

 














兵庫での2日間7・・・氷ノ山登山前夜

 

今日は1月21日。

 

1月12日・13日に兵庫県に行って体験したことを書いています。

 

12日の晩は養父(やぶ)市へ。

これで「やぶ」は読めないなあ。

目的の山、氷ノ山の麓の宿にたどり着きました。

養父市に入って、道路には雪が残っているのを見かけました。

せっかくスタッドレスタイヤを直前に買ったのだから、こうでなくっちゃ。

あんまり雪があるのは嫌ですが、うっすらなら歓迎でした。

 

午後7時半すぎについたので、氷ノ山は闇の中。

初対面は翌日に譲り、宿の人から氷ノ山の情報をもらいました。

 

年末年始は雪が多く、登った人は引き返してきたそうです。

しかし、その後はしばらく雪がふらず、

それ以後の登山客が雪を踏んでくれているとのこと。

天気も13日の午前は大丈夫。午後から崩れる予想。

昼過ぎに戻ってくればOK。

コースは、布滝・氷ノ山越えコースは冬季は登山禁止。

東尾根越えのコースを登ることになりました。

2万5千分の1の地形図をベースにしたいい地図をいただきました。

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スキー場の駐車場からスタート。

スキー客が最後に駐車場まで降りてくるルートを登り、

リフトの下を歩いて、ロッジが3軒ある場所へ。

その近くに、東尾根越えルートの登山口があると聞きました。

 

昨年10月に放映された

「日帰り!グレートサミット ~秋の絶景 兵庫・氷ノ山~」(NHK)を見せてもらいました。

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この番組に出演した濱田まりさんやマギーさん、ガイドさんは、

私が泊まった宿「岳水」で前泊して取材に出かけて行ったそうです。

そんなことも聞きながら、この番組を見て、氷ノ山情報を得ました。


 

いよいよ明日。(つづく)

 

 

兵庫での2日間6・・・サーティのできるまで

 

今日は1月21日。

 

第2回『朝まで語ろう!M&M(俵原正仁&古川光弘)パワーアップセミナー』の報告第3弾。

 

第3講座 サーティからみるICT教育の極意 金川秀人先生

・2010年12月26日に金川先生の講座に出席している。

 ※12月26日に勉強したこと1「Flash教材」

・その時にいただい「サーティ」製作秘話のような講座でした。

 さんざん使わせていただいている「サーティ」は、

 すぐにできたわけではなく、まず色。

 どうしたら見やすいか考えられていた。

 次は動き。音声。

 そして発想が大きく変わって、大人数でできるように改良。(これを2年前にいただいた)

 思いつくとやりきってしまう金川先生らしいなと思って聞いていた。

 

・今回もFlash教材のCDをいただいた。感謝。

 歴代のサーティが入っていた。

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・こんなのがあった。「笑っていいとも」の転用だと思われる。

 お題を書いて・・・たとえば「今日、朝ごはんで納豆を食べてきた人」とうつ。

 子どもたちにたずねて、「はい」「いいえ」を入力していく。

 「笑っていいとも」では、解答者に端子が渡されているので簡単。 

 この場合はどうやっていいか検討中。金川先生にお聞きしたい。

 

 入力後 

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30人が入力したことになる。

それで「結果発表」を押す。

そうすると、「笑っていいとも」と同じ曲が流れて、「はい」が何人であるか明示される。

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・さあ、どうやって使おう。

 教室で楽しく使いたい。

 金川先生が、講座の中で言っていたこと。

 子どもの頃、新しい筆箱や鉛筆を手に入れると、学校に持っていくのがワクワクした。

 授業に新しいものを持っていくワクワク感を味わいたいと。

 Flash教材を次々に開発されている金川先生ならではですね。

 でも私もこのワクワク感は知っている。

 子どものために常に新しいことを考え、

 授業に持ち込む。その態度は忘れないようにしたいなと思った。

 

 

 

以上でセミナーの報告終了。

この後、同行者の新任の先生は鉄道で帰路へ。

私は自動車で養父(やぶ)市へ向かう。

新任の先生にとって、セミナーはとても良かったみたいで、

さっそく次のセミナーも申込みたいと言っていました。

次は飲み会まで参加とのこと。火をつけちゃったみたいです。

 

 

兵庫での2日間5・・・ももクロから学級づくり

 

今日は1月21日。

 

第2回『朝まで語ろう!M&M(俵原正仁&古川光弘)パワーアップセミナー』の報告第2弾。

 

第2講座 「ももクロ」からみる学級づくりの極意 俵原正仁先生

・ももクロの映像でスタート。ももクロの映像から教育の話へ持っていく展開。

 発想が楽しい。

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・「ももクロ」では、誰かが人気が高いとかではなくみんなが応援されている。

 AKB48では、そうではない。スポットの当たる人もいればそうでない人もいる。

 全員がいい・・・ファンのこういう態度は「箱推し(はこおし)」というらしい。調べてみる。

 次のサイトからの引用。

 ※ももパワー研究会 モノノフ用語辞典

 

 《箱推し》

 誰推しでもなく、ユニット全体・グループ全体を応援しているヲタ。

 全員大好きなので、指名制イベントは困る場合が多い。

 ももいろクローバーは特色のあるユニットであり、

 パフォーマンスの質も全体として高いことから、

 他のアイドルに比べて箱推しの比率が非常に高い。

 

・教育もこうあるべきだと俵原先生。学級を箱推しすべき。

・全員が好きだといいが、そうはいかない時は「嫌いじゃない」になればいい。

・嫌いになりそうな子どもをよく見て、いいところを小さくても見つける。

 その小さないいところを拡大解釈して、嫌いでなくなる。さすがの発想。

・「~よりの箱推し」(みんな好きだけど、○○○○が好き)

 一人だけを褒めていては、他の人は気分が悪い。

 一人を褒めたら、その列を褒める。

 その一人を褒めたら、同じネタで他の人を褒める。 

 

・教師の視線。

 教師は無意識に同じ方向を見ながら授業をしてしまう。死角ができて見ていない場所がある。

 視線を意識することが大事

・教師の立ち位置。

 これも上と同じ。教師は無意識に同じような場所に立っている。

 いろいろな場所に立ってオーラを発すべき。

・期間巡指

 最初から一ヶ所で長く止まらない。他の子が視野から消える。

 スタートがきれない子がクラスには複数いる。

 さっと巡って状況把握、

 2回目にヒントを与えてそれらの子にスタートをきらせる。

 その後に少し時間のかかる子に指導する。 

・音読指導・・・最初は必ず教師が読んで追い読みさせる。リピート・アフター・ミー。

 

・黒板に式と答えを書く授業。

 書いた式と答えを読ませるのは本人ではなくて隣の人。

 言いやすい。自分の式や答えではない。間違っていても隣の人の解答。

 丸つけは式に丸、答えに丸。できるだけたくさん丸つけをする。

 

・古代日本の数の読み方も紹介された。

 これは以前、ブログで書いたぞ→※FM豊橋は、1月23日「123・・」の話でした

 100は「もも」、1000は「ち」、10000は「よろず」

 思い出した~。

 

・できたかできなかったかを見るのではなく、伸びたか伸びていないかを見ていく。

 だから子どもによって注意が違ってくる。・・俵原先生が毎回言っていること。つまり大事なこと。

 

・いろいろな実践・・・自分のキャラに合わないと続かない。

 

・配布されたプリントで気になった文章。

 「『ごめんね』『うん、いいよ』は、人を許す練習でもある」

 「Bの理論を上げよ」

 「失敗を笑い飛ばせるクラス」

 「声に出して読みたい算数」

 「笑う門には学来たる」

 「意味のない会話の大切さ」

 「文章題変化のある繰り返しで定着」

 「水泳指導シャワーで寿限無」

 「とにもかくにも声をかける」  

 

・短いけどヒントになる言葉ばっかりです。これも収穫。

(つづく)

 

 

 

兵庫での2日間4・・・斎藤喜博先生の映像

 

今日は1月21日。

 

安徳宮を少し見たあと、急いで相生市に向かいました。

第2回『朝まで語ろう!M&M(俵原正仁&古川光弘)パワーアップセミナー』に出席するためです。

1時開始で、会場に入ったのが1時。ギリギリでした。

懐かしい人にもすぐに何人か会いました。

40歳以後、神戸市で一緒に勉強してきたメンバー。

今回は相生市ですが、人を見て、またここに来たと感じました。

 

 

3人の講師の先生の話を聞きました。

内容をここにまとめ、自分の血や肉にしたいと思います。

 

第1講座 斎藤喜博から今、改めて学ぶプロの極意/古川光弘先生

・斎藤喜博先生の映像を見ながらの講座

・この映像は、2005年1月20日放映の番組だと後からわかる。

 「わくわく授業 私の考え方 表現させ学ぶ力を伸ばす 斎藤喜博先生の表現学習」

・なんと!この番組、私は録画してありました。近いうちにまた見てみよう。

・斎藤先生の授業から見えてくるポイントとして4つを挙げられた。

 ①子どもが見える

   できない子がいると、できない原因が「見える」

 ②手入れをする(これは斉藤先生の言葉 「指導する」と置きかえてもいい)

 ③引き出す

   子どもたちの中にある無限の可能性を引き出す

 ④ゆさぶる

   発問によって子どもをゆさぶる。

   「出口の授業」・・ゆさぶり論争。同じ言葉でも、解釈はいろいろであること。

・詩の音読授業・・・変化のある繰り返しが行われていた。

・教師が朗読するのを斉藤先生が指導する映像

 「すぐに指導するのが大事」

 「何回注文できるかが教師の力量」

 子どもに対して、即座にどれだけ的確な指導ができるかが力量。

 さらに、子どもの前で教師が模範を示さなくてはならないので、

 「教師は一流の表現者でなくてはならない」

・斎藤先生の言葉・・・教師の仕事とは何か。

             教師も一緒になって考えていくのが授業。

             浅はかな知識を教えて評価するのではダメ。 

・古川先生が中心になって作られた本が紹介された→「『ゆさぶり発問』の技」(明治図書)

・さらに桔梗友行先生の発問の本も紹介→

 「子どもの力を引き出す新しい発問テクニック」(ナツメ社教育書ブックス) 

 いい機会をもらったので、映像を見たり、本を読んでみよう。 (つづく)

 

 

 

2013年1月20日 (日)

兵庫での2日間3・・・歴史館/松王丸

 

今日は1月20日。

 

神戸の歴史館の中で見たものを紹介します。

 

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十二単の重さを味わうための装置。

2つのレバーを肩で持ち上げます。

ナイスアイディア。重さを実感できました。

10kgを常に身につけているのは確かに重い。

 

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松王丸と言われる人の像。

誰であるか全くわかりませんでした。

像の下にあった説明を読みました。

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こう書いてありました。

 

松王丸像  勝福寺蔵(須磨区)

大輪田泊の改修工事は困難を極めたため、

清盛は陰陽博士の阿部秦氏に占わせた。

「島を築くには、海中の龍神の怒りを鎮めねばならぬ。

そのためには、生きながら三十人の人柱を海中に沈めて龍神に捧げ、

それを基礎として工事をすればよい」

ということであった。

そこで、生田の小野に関を設けて旅人狩りが始まった。

捕らえられた人々の声が、和田の松原に響きわたったという。

清盛の侍童に、讃岐の大井民部の子で、

松王丸という十七歳の少年がいた。

松王丸は、「人柱などというむごいことはやめてください。

私がよろこんで三十人の身代わりになりますから」と、

くり返しくり返し清盛に訴えた。

ついに清盛もその申し出を聞き入れ、

白馬にのせた石櫃に入れられて、松王丸は海中に沈められていったという。

人々は大小の石に一切経を書き写し、松王丸とともに海中に投げ入れ、

それをいしずえとして、やがて築島(つきじま)を完成することができた。

この書き写されたお経から、

築島は「経ヶ島(きょうがしま)」と呼ばれるようになった。

参考書籍 神戸の伝説

 

そんな話があったのですね。

人柱という発想が怖い。

旅人狩りを命じた平清盛もむごい。

今ではありえないことですが、当時はあったのでしょうか。

龍神などという物の怪もしっかり存在していたのでしょうか。

 

最近映画「陰陽師」(2001年)を見たためか、

現代の人が見ることができない物の怪を、当時の人たちは見ることができた?

 

17歳で亡くなった松王丸。

このブログに書き記しました。



大鵬さん、亡くなる

 

今日は1月20日。

今晩から明日の午前中にかけてブログを頑張る。

 

昨日、大相撲の横綱大鵬が亡くなったというニュースを聞きました。

我が家は相撲が大好きだったので、子どもの頃は相撲中継をよく見ていました。

大鵬も見ていました。ヒーローでした。

貴ノ花に敗れて、引退したことも知っていました。

僕よりおそらく4~5歳若い人に、大鵬の話をしたら、

よくわからないという返事。

え!そうなの?

私は鮮明だったのに・・・・あの引退した取り組みがいつだったのか知りたくなりました。

 

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今日の新聞にちゃんと書いてありました。

1971年夏場所のことでした。

5月13日のことでした。

私は10歳。

確かに、ここで4~5歳の違いは大きい。

記憶にないのも納得。

 

ちなみに1971年の夏場所の番付表を見て、懐かしい名前を並べてみます。

生まれ年、亡くなった年も調べてみました。

 

横綱 大鵬(1940~2013年)

    玉の海(1944~1971年 蒲郡出身!)

    北の富士(1942年~ )

大関 大麒麟(1942~2010年)   

    清国(1941年~ )

    琴櫻(1940~2007年)

    前の山(1945年~ )

関脇 大受(1950年~ )

    長谷川(1944年~ )

小結 貴ノ花(1950~2005年)

 

その他で覚えている人は・・・

陸奥嵐(1943~2002年)

龍虎(1941年~ )

黒姫山(1948年~ ) 

高見山(1944年~ )

金剛(1948年~ )

増位山(1948年~ )

三重ノ海(1948年~ )

輪島(1948年~ )

富士桜(1948年~ )

魁傑(1948年~ )

 

夢中になった力士の面々。

皆さん、いいお年になりました。

 

 

 

 

兵庫での2日間2・・・安徳宮

 

今日は1月20日。

16日の投稿のつづき。

安徳宮に行った時の写真を載せます。

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上の表示版には次のように説明が書いてありました。

 

安徳宮

祭神 安徳天皇(第81代) 1178~1185

源平の戦で源氏に追われた安徳帝は平家一門に奉じられて

西走の途中、一の谷に内裏を置かれたと伝えられている。

この地に安徳帝のご冥福を祈るために祀られたのが安徳宮である。

安徳帝は寿永4年(1185)下関壇ノ浦の戦にて

祖母二位の尼(平清盛の妻・建礼門院の母)に抱かれ、8才で海中に身を投じられた。

御神徳 子供守護  水難厄除  学業達成

年祭4月24日

 

この場所が、内裏があった跡地だったようです。

 

細い道が入り組んだ小さな住宅街の中にありました。

この住宅街の上に「義経道」があるのですが、

時間がなくて確認ができませんでした。

 

その義経道に至る手前に、ヤシの木などの南洋系の植物が

ジャングルのようになっている場所があると、

歴史館のガイドさんが教えてくれました。

かつてその場所に「南洋植物園」があったのですが閉園。

そこに植わっていた植物が育っているとのこと。

それも確かめたかったです。

 

「義経道」「南洋植物園跡地」も、次の機会のお楽しみ。

 

 

安徳天皇といえば、この投稿に出てきた「横倉宮」も気になります。

壇ノ浦の戦いで死なずに生き延びた安徳天皇が過ごしたと言われる、

高知県越知町の神社です。 ※参考:テレビで勉強「壇ノ浦の戦い」

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