2013年1月17日 (木)

今は朝焼けが楽しめる時

 

今日は1月17日。

 

私が出勤で家を出発するのは、

自転車でも自動車でも6時50分~7時くらいです。

日の出が6時58分くらいですから、

通勤途中に山並みの向こうから日の出を見ることができます。

 

つまり、今の時期は「日の出」と、日の出直前の「朝焼け」を楽しめる時なのです。

夕焼けもいいけど、朝焼けも心がうれしくなります。

 

最近の写真。

 

RIMG0083

1月10日の朝焼け。

雲がいいところに、そこだけにあったのが面白かった。

 

 

RIMG0038

7月16日の朝焼け。

撮影場所は違いますが、山は同じようです。

 

 

RIMG0156

1月17日の日の出。

雲がうっすらあって日差しがさえぎられた太陽。

きれいに見えました。

 

これからだんだん日の出時刻が早くなり、

今は普通に見られる朝焼け・日の出も見られなくなるでしょう。

今だから楽しめる物を楽しみたい。

 

 

 

 

兵庫での2日間1・・・まずは歴史館へ

 

今日は1月16日。

 

いろいろブログに書きたいことがありますが、

1月12日・13日に神戸に行ったことも書き始めたいと思います。

 

1月12日。

同じ学校に勤める新任の先生と一緒に、自動車で兵庫県へ。

午前中にやりたかったことは、一の谷の戦いゆかりの場所に行くこと。

特に、「歴史秘話ヒストリア」で見た

義経道」「多田行綱が通ったとされる道」を見たいと思いました。

※参考:テレビで勉強「一の谷の戦い」

しかし、事前の調べが不十分で、具体的にどこなのか不明でした。

 

そんな時に耳寄りな情報。

大河ドラマ「平清盛」放映に合わせて、

2012年1月から神戸に「歴史館」がオープンしていました。

閉館が2013年1月14日。やった、間に合う。

 

この「歴史館」に行けば、一の谷の戦いゆかりの場所について詳しい人がいる可能性あり。

「歴史館」がこの日最初の場所に決めて向かいました。

RIMG2230

・・・・これが歴史館。

 

ありがたいことに、ガイドさんがおられて、一生懸命教えてもらいました。

その時に教えてもらったことのあらましを言うと、

「多田行綱が通ったとされる道」は、

氷室神社の近くにある長福時付近が出口と思われるとのこと。

歴史秘話ヒストリアでの「義経道」は安徳宮の上であると教えてもらいました。

 

説明を聞いた後、あまりに時間がなく、

長福寺付近には行きましたが、駐車場を探す暇なく、安徳宮へ。

安徳宮に行きましたが、5分ほどしかいることができず、

「義経道」は確認できませんでした。

せっかく来たのにという気持ちはありましたが、

仕方がありません。

いつになるかわかりませんが、後日のお楽しみです。(つづく)

 

 

 

2013年1月15日 (火)

「ヒストリア 天文」より3・・・「さそり座」は「あきんど星」

 

今日は1月15日。

 

前日の投稿のつづき。

番組「歴史秘話ヒストリア いつだって天文ゴールドイヤー

星々と日本人 はるかな物語」(昨年9月12日放映)からです。

 

星々を見て、昔の日本人はこんなことを思い描いていたそうです。

 

RIMG2147

これは西洋では「さそり座」。

昔の日本人は、アンタレスを中心に3つの星で「あきんど星」と呼ばれたそうです。

RIMG2149

重い天秤棒をを担いで、赤い顔をしている行商人に

見立てたからです。

 

 

次は北斗七星。

RIMG2151

戦国時代には、剣の形に見立てられ、武将たちの守り神とされていました。

武田信玄が愛用したと言われる軍扇(ぐんせん)には、

北斗七星が描かれていました。

RIMG2152

実際にこの軍扇を使って、軍勢を指揮したようです。

 

 

次は清少納言の言葉。

 

星はすばる ひこぼし

ゆふづつ(金星)

よばひぼし すこしおかし

 

よばひぼし」とは流れ星のこと。

好きな女性の寝室に行きたいという男の下心が、

流れ星になって現れたとのこと。

 

こうやって星を見ていろいろな想像をするのは、

昔の日本人が星をよく見ていた証拠でしょう。

明かりがあまり発達していなくて、テレビなんてもちろんない時代、

星を見る時間は昔の方が格段に多かっただろうなあ。

 

(つづく)  

追記:1月27日に続きをうちました。

「ヒストリア 天文」より4・・・渋川春海




 

 

2013年1月14日 (月)

「陽動作戦」の「陽」の意外な意味

 

今日は1月14日。

 

今日も久々、空凛(ソラリン) さんのメルマガ「言葉拾い」から。

昨日届いたばかりの内容は特によかったです。

」に関する内容でした。

 

一部引用。

 

■   陽動作戦(ようどうさくせん) ■


意表をついた挑発的な行動をとって敵の注意をそらせ、

情勢判断を誤らせようとする作戦。

「陽動」(ようどう)とは、

他人の注意をそらすために、わざと目立つように、

本来の目的とは違った動きをすること。

この「陽動」ですが、字面だけ見ると、

太陽の下で正々堂々と行動するようなイメージですが・・・

そこで「陽」の意味を再チェックです。

「陽」・・太陽のあたる山の側面の意

1、太陽

2、ひなた

3、山の南側

4、うわべ、表面

5、いつわる。いつわり。

「陽」のもつイメージとは反対の“うわべ”や“いつわり”の意味がありました。

「陽言」(ようげん)“いつわっていうこと”

という語も辞書にありましたが、ほとんど目にしたことがありません。

“うわべ”や“いつわり”の意味での「陽」はほとんど使われていないようです。

 

 

引用は以上です。

「陽狂(ようきょう)」という言葉も見つけました。

「佯狂」という漢字も使われます。

意味は「狂人のふりをすること」

これも”いつわり”の意味の「陽」の使い方ですが、

「陽狂」もあまり使われません。

「陽動作戦」が今も現役で孤軍奮闘している感じです。

 

「陽」にはこんな意味があったのですね。

それを「陽動作戦」から、疑問に思って調べて行きついたのが素晴らしい。

こんな追体験ができるから、メルマガ「言葉拾い」が大好きです。

 



「ヒストリア 天文」より2・・・天の異変は地上で起こる災いの予兆

 

今日は1月14日。

 

少し間が空きました。

12~13日の兵庫県に行っていました。

一の谷の戦いゆかりの場所調べ。

教育関連講座への参加。

そして氷ノ山登山。

なかなか充実した2日間でした。

その報告は、いずれこのブログで。

 

3連休ラストの今日は、やりたいこと・やらねばならないことがドッサリです。

でも一つ一つ片付けていきます。

 

以前少し書き始めたことを進めます。

1月9日の投稿のつづき。※「ヒストリア 天文」より1・・・昔もあった星座

 

天武天皇が国をあげて天体観測をした最初の人でした。

オーロラや彗星を観察したことが日本書紀に書かれています。(684年)

記録に残る彗星は、ハレー彗星が日本で最初に見た記録と言われているそうです。

ではなぜ、天武天皇は天体観測をしたのかというと、

中国の歴史書「晋書(しんじょ)」を参考にしたからだそうです。

 

晋書にはこう書いてありました。

 

RIMG2141

オーロラのあとには兵乱が起こる

 

RIMG2142

彗星が見えるとき大水害が起こる

 

天の異変は地上で起こる災いの予兆であって、

天が発する人間への警告とされていたからです。

特に恐れられていた天体異変は日蝕でした。

晋書にはこう書かれていました。

 

君主に過失があれば、

日は必ずそれを知らせる。

日の色が消えうせるとき、

国は衰退する。

 

日本でも同じように考えられていました。

なるほど。

これなら、天武天皇は天体観測をしたくなるなあ。

  

   

番組「歴史秘話ヒストリア いつだって天文ゴールドイヤー 

星々と日本人 はるかな物語」(昨年9月12日放映)からでした。

(つづく)

 

 

 

 

 

 

2013年1月10日 (木)

ドラマが目白押し

 

今日は1月10日。   

 

新学期始まって慌ただしい中、今晩から始まったドラマ「科捜研の女」

のスペシャルを見てしまいました。

1月は困ったことに、気になるドラマがどんどん始まります。

6日(日)ー「八重の桜」

10日(木)ー「科捜研の女」

11日(金)ー「信長のシェフ」

        「火怨 北の英雄 アテルイ伝」

12日(土)ー「ネオ・ウルトラQ」

13日(日)ー「とんび」

14日(月)ー「ハンチョウ」

16日(水)ー「相棒」

3学期、これらのドラマと上手につきあいながら、仕事がちゃんとできると良いのですが。

いやいや、やらなくてはね。

さっそく今晩は夜ふかし。

まだもうひと仕事しないと寝られない。

 

2013年1月 9日 (水)

「ヒストリア 天文」より1・・・昔もあった星座

 

今日は1月8日。

 

学校から自転車で帰るときになって、懐中電灯を家に忘れてきたことに気がつきました。

こんな場合に役に立つのが、iphoneの懐中電灯のアプリです。

Iアプ~1

 

右手で光を放つiphoneを持ちながら自転車に乗って帰ってきました。

しかし、頚椎症には良くなかったようです。

右手でiphoneを持ちながら、ハンドルを握れずに押さえただけの状態は、

右腕に変な緊張感をもたらしました。

それが頚椎症には良くなかったようで、今晩はひときわ右腕が痛いです。

これは頚椎症の痛みです。まいった。

 

 

それでも1本投稿。

最近みた番組「歴史秘話ヒストリア いつだって天文ゴールドイヤー 

星々と日本人 はるかな物語」(昨年9月12日放映)のことを書きます。

とても良かったです。その内容を忘れないため、少しは血や肉になるように書き留めます。

 

日本で、国をあげて天体観測に取り組んだ最初は、天武天皇だったそうです。

天武天皇は、占星台を作りました。日本初の天文台です。

天武天皇治世のころの有力者の墓と言われるキトラ古墳(奈良県明日香村)から、

星が350個金箔であらわされた天文図が描かれた天井が発見されました。

RIMG2137

RIMG2138

赤い線で結ばれて、60近い星座が表されています。

その中にはおなじみの星座があります。

 

RIMG2139

北斗七星

RIMG2140

オリオン座

 

7~8世紀に造られたと思われる古墳。

1300年ほど前にも、天空では北斗七星・オリオン座が輝いていたわけで・・・

星座の不変さに感激。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2013年1月 7日 (月)

「多田行綱」で検索→今日から休載のブログに行きつきました

 

今日は1月7日。

 

12日に兵庫県に行きます。

「歴史秘話ヒストリア」を見て、一の谷の戦いのゆかりの場所に行きたくなりました。

※参考:テレビで勉強「一の谷の戦い」

そこで、いろいろ調べていて、すごいブログに偶然行きつきました。

 

検索窓に「多田行綱 進軍 コース」とうって、「検索」ボタン。

そして行きついたのが、

神戸のしがない開業医さんが開いているブログ「新小児科医のブログ」です。

最初に目に入ったのは、「事情によりしばらく休載します」という記事。

あれれ?開いた途端に「休載」

よく見たら、「2013年01月07日」とあります。

なんと今日。

初めて訪れたのが休載する日とは~その偶然に驚き。

新小児科医のつぶやき

その後、下にスクロールしていって、さらに驚き!

一つ一つがすごい量の投稿です。

 

1月4日の投稿は、伝説の豪速球の話。

映像や写真も織り交ぜて文章量たっぷり。

ブログ開き・伝説の豪球

面白い内容でした。

一の谷の戦いに関する記事は年末にたっぷりうってありました。

年忘れ歴史閑話・前編

年忘れ歴史閑話・後編

年忘れ歴史閑話・追補編「一の谷はここじゃないか!」

さらに2011年のGWにも一の谷の戦いについての投稿があります。

GW歴史閑話「一の谷の合戦」

 

一つ一つ投稿の文量がたっぷりだし、写真などの資料も豊富。

さらにコメントのやり取りも大量。

「一の谷の戦い」に関する記述はまだ全て読めていません。

時間がありません。多すぎます。

でもいずれ読みたいので、ここにリンク先をつくったわけです。

 

2006年7月スタートのブログです。

他の投稿を見ていませんが、どの投稿もきっと「たっぷり」だと予想します。

うつだけでもすごい時間がかかると思います。

さらに資料集めの時間まで考えると、ブログにかけるエネルギーは想像を越えます。

そりゃあ、休まないと疲れちゃいますよ。

 

でもこうやって書き残してもらえると、

私みたいな者が参考にします。ありがとうございます。

一度、コメントを投稿してあいさつをしなくては。

 

「鍛え、育てる」を今一度

 

今日は1月7日。

 

おそらく最も日の出が遅かった日。

いかがでしたか。

明日からは日の出は早くなります。

もう上向きですよ。

3学期。子どもと接することができるのは52日間だそうです。

(卒業生は49日間)

今年はこの日数が少なく思えます。幸せなことです。

(昨年はとても長く思えました。疲れていました)

この短い期間で、ベストを尽くしたい。短距離走の感覚。

1日1日を大切にしたいです。

今日もまだ終わってはいません。

もう少しやる。

 

昨年3月に退職された群馬の深澤久先生。

講義を2回受け、本も読んで、勉強させてもらいました。

 

教師のチカラ 2012年夏 10号」(日本標準)より。

深澤先生の最後の公開授業を見られた方の「授業見学記」には、

印象的な文章がたくさんありました。

 

ある参観者は、こんなふうに語っていました。

「教科を教える教師というより、スポーツ選手のコーチのように育てているんですね。

何かに気づいたら、子どもが納得するまで指導を続ける。

鍛えているんですね」

マラソンやバレーボールなど、

厳しい指導をする監督と選手の間にある「信頼感」「ある種の愛」と同じような関係が、

クラスを包んでいる気がしました。

まさに「鍛え、育てる」なのだと言えるでしょう。57p)

 

深澤先生の著書「鍛え、育てる」(日本標準)がすぐに浮かびます。

この本から、たくさん引用しました。

いい機会だと思って、次の投稿を読み直しました。

「鍛え・育てる」抜粋その1 目指すべき具体的行動像

「鍛え・育てる」抜粋その2 力量を上げるための自己鍛練

「鍛え・育てる」抜粋その3 行動してこそ「力」が付いていく

(この3本は2009年8・9月に投稿)

 

本の中で、深澤先生が書いていることが身にしみます。

しみるどころか突き刺さってきます。

読んで、ブログにうちこんだ時には意識していたのに、

今は意識が少々薄れていました。反省。

もう一度ここに一部コピーします。

 

やればできる事をしていない状態を“見逃す“教師を、

鍛えられていない子どもたちはたまに「優しい先生」と呼ぶ。

 

子どもたちが何と言おうが勝手なのだが、

実はこう考えた瞬間、その教師は子どもたちに“敗北”したのだ。

同時に、子どもたちの持つ力を見切ったのだ。

「こいつらはダメだ」と子どもたちを見捨てた事に他ならない。

これが「優しい教師」か?

否!

力量ナキ「甘い教師」に過ぎない。

 

「優しい教師」とは、子どもたちの近未来を考えた上で

「これだけは絶対に身につけさせたい力」を定め・

妥協することなく指導し・その「力」を身につけさせていく教師である。

 

  

厳しい言葉だけど、やる気を出させてくれる言葉です。

「鍛え、育てる」発想を、今一度根底に据えて3学期を突っ走りたい。

 

 

 

上記の「教師のチカラ」から、さらに引用。

 

1日の公開授業を見ただけで、すべてがわかるわけではないので、

子どもと公開授業に来た保護者に、

「深澤先生って、どんな先生ですか?」と聞いてみました。

(中略)

・うちの子は、いろいろなことにやる気がない子だったのですが、

苦手なことを「やってみる?」「はい!」と変わった。

マラソンが苦手だったのに、やる気が出て、市民大会に自分から参加するように。

深澤先生に会わなければ、絶対、チャレンジしていなかったと思います。57p)

 

これが鍛えられた子なのでしょう。

我がクラスには、「できない」を連発している子たちがいます。

すごく簡単なことなのに。

甘いぞ自分。妥協しない工夫と努力を。

 

 

ブログに書いた深澤先生に関する他の投稿もここに載せます。

読み直して、気持ちが高まりました。

深澤先生の奥さんの文章から学んだこと(2007年6月26日投稿)

ついに生の佐藤先生に出会えた・・・高崎にて(2007年8月6日投稿)

第13回教育の鉄人実践講座・・う~ん長い投稿になりました(2008年7月24日投稿)

 

 

 

 

 

 

 

2013年1月 6日 (日)

「天地明察」より・・・男女の縁

 

今日は1月6日。

 

前投稿に続いて、11月に読破した「天地明察」(冲方丁著/角川書店)より。

 

映画「天地明察」をまだ見ていません。

レンタルが始まったら、借りて見たいと思っています。

調べたところ、2月2日がレンタルスタート日です。

 

ちなみに投稿で書いてきた人の配役を調べました。

 

建部昌明伊藤重孝は、笹野貴史さん(右)と岸部一徳さん。

Web_sub5_large

なるほど。

 

 

関孝和市川猿之介(四代目いちかわえんのすけ)さん。

Web_sub4_large

いいですねえ。

 

 

次は保科正之

これは松本幸四郎さん。

Web_sub1_large

これまたいいですね。

やっぱり考えられていますね。

 

主人公渋川春海は、岡田准一さん。

そしてお互い2度目の結婚で結ばれるえんを、宮崎あおいさん。

Tenchi_meisatsu_webmain_large

 

物語の最初で、春海とえんが出会うので、この2人は結ばれると思っていました。

しかし、2人は別の伴侶を得て別れます。

男女の場合、こうなると縁は遠のきます。

それから10年余りして、2人とも伴侶に死なれて再会します。

遠のいていた縁が、再び近づいて2人を結びつけました。

 

この小説で、この男女の縁も楽しみました。

男女の縁って不思議です。

どこかで神様みたいな絶対的な支配者が操っているのでしょうか。

 

春海とえんが再会し、数年して夫婦になる約束をした場面を引用します。

 

「あなたの亡き奥方様に代わり、今日から私があなたを見張っておりますから」

「うん・・・・。それで、あのう・・・・もう一つ、頼んで良いかな」

「いったいなんですか」

「私より先に、死なないでくれ」

えんはしばらく春海を真っ直ぐ見つめ、それから、おもむろに吐息した。

「無茶ばかり頼まないで下さい」

「すまない・・・・でも頼む。頼みます」

「分かりましたから、あなたもしっかり長生きをして下さい。いいですね」

「うん。けど、えんさんも・・・・」

はいはい、と素っ気なくあしらわれた。

そして、またじっと春海を見た。春海もえんを見た。

塾で12年ぶりに再会したときのような不思議な沈黙が降りた。

いい歳の男女が、本当に今このとき、青年と娘に戻って見つめ合っている気分だった。

春海はほとんど初めて、この女性がこれから自分の妻になることを意識した。

そんなことを正直に言えば、えんは滅茶苦茶に叱られそうだが、無我夢中の勢いだった。

それが今やっと冷静になり、実感が湧いた。

初めて出会ってからおよそ15年。

実現を願うどころか想像すらしなかった想いの成就だった。

「あの・・・私も、お頼みしたいのですが」

「な、なんだい。なんでも言ってくれ」

すると、えんは、ちょっと目を逸(そ)らして、その頼みごとを口にした。

「早く、この帯を解いていただけますか」

春海は真顔のまま、こっくんと大きくうなずいた。418~419p)

 

名場面でした。映画では・・・そりゃあこの場面は外せませんよね。

小説のラストに驚きが待っていました。

知りたくない人は、ここより下は読まないように。

 

 

 

 

 

 

 

なんと、春海とえんは同じ日に亡くなります。

約束を守ったのです。

これって本当のこと?

 

最近の写真

  • Img_6560_2
  • Img_6560
  • Img_6557_2
  • Img_6557
  • Img_6556_2
  • Img_6556
  • Img_8207
  • Img_8223
  • Img_8216
  • Img_8215
  • Img_8206
  • Img_8205

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉