2016年9月22日 (木)

「PRESIDENT」より 非認知能力

  

今日は9月22日。

  

前投稿に引き続き、

「PRESIDENT プレジデント 2016年10月3日号」

(プレジデント社発行)より。

  

今回も、「学力の『経済学』」の著者である中室牧子さんの文章を引用。

  

米コロンビア大学のミューラー教授らが

公立小学校の児童に対して行った実験によると、

IQテストのあとで「努力」をほめられた児童は、

その後に行われたIQテストでさらに成績を伸ばしましたが、

「能力」をほめられた児童は、

逆に成績を落としてしまったのです。(図2)

Epson699_2 これは、能力をほめられた子供たちは、

テストの結果を「自分の(生まれつきの)能力のせいである」

と考えるようになり、

次のテストでよい点を取るための努力を

しなかったからだと考えられます。(76p 図は75p)

  

  

つい「頭がいい!」と言いがちですが、気をつけたいです。

そして 最近よく耳にする「非認知能力」についての文章です。

  

将来の子供の成功を考えると、

学力(認知能力)と同等かそれ以上に大切な要素があります。

それは「非認知能力」と呼ばれる力です。

いくつかある非認知能力のうち、

非常に大切だと言われているのが「自制心」や「やり抜く力」です。

研究者によっては、自制心は「筋肉のように」後天的に

後天的に鍛えることができるという人もいます。

「背筋を伸ばせ」と指導され、それを忠実に守ることのできた学生は、

成績が伸びたことを示した研究があります。

これは、背筋を伸ばすというような

普段意識しなければやらないようなことを継続したことで、

自制心が鍛えられ、それによって成績が伸びたと考えられます。

(76p)

   

「学力(認知能力)と同等かそれ以上に大切な要素」が非認知能力。

将来を考えればそうなのでしょう。

「非認知能力」とは?

次のサイトから次々引用してみます。

「非認知能力」が何か見えてきます。

Up to you 「非認知能力」って何?

 

ペーパーテストで測ることができる「認知能力」に対して、

”学力”では測れない協調性や忍耐力、計画性、心身の健康などの

”生きるためのスキル”は、「非認知能力」と呼ばれます。

この非認知のスキルは幼児期に育まれ、

その後の人生を大きく左右する重要な力。

人生の成功のカギを握っています。

 

 

最近の経済学の研究蓄積により、「認知・非認知能力」が、

賃金など労働市場で計測される成果をはじめ、

結婚、生活保護の受給、投票行動、健康にまで

影響を及ぼすことが明らかになってきた。

認知・非認知能力の個人差は、年齢とともに拡大し、

この過程で親や教員の果たす役割の重要性もわかってきた。

出典:www.nikkei.com

 

 

ヘックマンの著書など最近の教育論を読むと、

IQよりもむしろ、この非認知能力が社会的成功に結びつきやすく、

また、幼児期のしつけ、就学前教育に

投資または質のよい介入をすることが、

この非認知能力を高めるとされています。

また、2020年からの大学入試でも、

この非認知能力を評価の対象とすることが決まっています。

出典:conobie.jp

 

 

EQ(Emotional Quotient)とは、心の知能指数のことを言います。

自己認識、感情の自己抑制、対人スキルや社会的な交渉術、

共感力、意欲をも含み、上の非認知能力の一部であると考えます。

出典:conobie.jp

 

 

以上です。

「EQ」も出てきました。これも非認知能力。

EQはちょくちょくこのブログに登場していた言葉です。

2008年の段階で

「学力が叫ばれているけど、EQを上げることも考えよう

といった会話もしました。」とブログに書いています。

ここでも道草(2008年1月26日投稿) 

結局、具体的な作戦をもっと考えておかないと、

実践に結びつかないんだよなあと反省。

平成28年度後半は、もっと具体的に考えよう。

 

  

「PRESIDENT」より インプットに対してすぐに”ご褒美”

  

今日は9月21日。

  

「PRESIDENT プレジデント 2016年10月3日号」

(プレジデント社発行)より。

  

「学力の『経済学』」の著者である中室牧子さんの文章を引用。

  

ご褒美についてです。

「子供をご褒美で釣る」ことに抵抗がある保護者の方も

多いかもしれません。

しかし、最近の経済学の研究には、

ご褒美やボーナスなどの金銭的なインセンティブ(誘因)を与えることで、

さまざまな習慣を形成できることを証明したものがあります。

(中略)

なかでも有名なのは、約3万6千人もの児童・生徒が参加した、

米ハーバード大学のローランド・フライヤー教授による

大規模実験です。

フライヤー教授の実験には、

大きく分けると2つのタイプがありました。

1つは「学力テストや通知表の成績がよくなったら報奨金を出す」

というもの。つまり「いい成績」というアウトプット(成果)に対して

報酬を出したのです。

その一方、「本を読む、宿題を出す、きちんと出席する、

制服を着る」といったインプット(投入)に対して

報酬を与えるという実験も行いました。

結果を簡単にまとめると、大人に対する実験では、

アウトプットにインセンティブを与えることで

禁煙や運動を習慣化することに成功したものが多いのに対して、

子供の学力を上げるためには、

インプットのインセンティブを与えることが有効だということが

わかりました。(75P)

  

次の図1の写真も参考になります。

Epson699a (75P)

 

  

インプットに対して、近い将来(すぐ)に”ご褒美”が

とても効果的と言うわけです。

  

これはいい情報だと思って読みました。

  

中牧さんの文章からの引用は次の投稿につづく。

 

2016年9月19日 (月)

フェルメール盗難事件/史上最大の奪還作戦

 

今日は9月19日。

  

8月24日放映の番組

アナザーストーリーズ 運命の分岐点 フェルメール盗難事件

」を見ました。

  

Rimg0354

1986年5月21日。

アイルランドで20世紀最大の名画盗難事件がありました。

その中の一品が上のフェルメール作「手紙を書く女と召使い」。

犯人はギャングのボス、マーティン・カーヒル。

Rimg0353

犯罪の天才でした。 手下を使って、多くの犯罪を行い、

「将軍(ジェネラル)」と呼ばれていました。

  

警察は名画奪還に向けて動きます。

その中心人物が、ミスター・リスクの異名を取る

スコットランドヤードの捜査官で、

美術犯罪スペシャリスト、チャーリー・ヒル。

かれはおとり捜査と言う手法で、命を懸けた捜査を継続します。

  

一度はアメリカのFBIと組んで、

名画奪還に迫りましたが、FBI側にミスがあって失敗します。

しかしヒルは継続捜査。

7年経って、チャンスが到来。

今度は奪還に成功しました。

Rimg0348  

犯人カーヒルは、翌年殺されました。

犯罪の天才も、名画を盗んでからはうまくいかなくなり、

最後は殺されてしまいました。名画に呪われたようになりました。

Rimg0349

番組はその名画奪還までの緊迫のストーリーを紹介してくれました。

面白かった。

名画奪還の陰に、命を懸けた捜査官の活躍があったことを知りました。

ヒルが言った言葉です。

  

あの失態(FBIとの捜査)は予想できなかったし、

こんなに時間がかかるとは思わなかった。

でも奪還できると確信していた。

私には哲学があるんだ。

やってみて、失敗しても、そんなこと気にするな。

また挑戦し、失敗しても、前よりうまく失敗すればいいんだ。

Rimg0352 ↑ヒル

  

これって、昨日の投稿で書いた

「幸せを構成する四つの因子」のうちの、

①「やってみよう!」因子 へ導く言葉と言えます。

 

番組のラストで、案内人の真木よう子が語ります。

  

(盗まれたフェルメールの絵画など)その絵は、

かかわった人たちの運命を大きく揺さぶりました。

子どものように愛情を注いだ者(絵の持ち主だったバイト卿夫妻)、

絵に呪われ破滅した者(カーヒル)、

そしてその奪還に人生を捧げた者(ヒル)。

世界的名画は、人々の運命を飲み込みながら、輝き続けます。

  

 

手紙を書く女と召使い」は、

2008年、2011年に日本に来ています。

このような出来事を知ったことで、

本物の「手紙を書く女と召使い」の輝きを味わいたくなりました。

次の機会は見に行くぞ。

(やはり、テレビ番組は、自分の行動のきっかけになります)

  

最近、5月21日放映の「美の巨人 フェルメール 『デルフトの眺望』

人生のすべてを込めた風景画」を見たばかりでした。

ブログにも何回も登場しているフェルメール。

ほっとけない人です。

近いうちに行きたい伊良湖射場

 

今日は9月19日。

  

8月21日の朝日新聞朝刊の記事です。

Epson689  

伊良湖射場については以前から関心があります。

ここでも道草 ペリリュー島に関するニュース5/父親の記憶がない遺族、戦車地雷(2015年4月12日投稿)

ここでも道草 8月23日 田原市に行ってきました(2015年8月27日投稿)

 

この伊良湖射場ができたのは明治34年(1901年)。

参考:トリップ管理人の部屋Version2 旧陸軍実射試験場伊良湖射場(田原市)

この記事によると、日露戦争で伊良湖射場は拡張されることになり、

多くの住民が移転させられることになったのですね。

この記事で、また新しいことを知りました。

  

いつかは行ってみたいと思っている伊良湖射場ですが、

行った時には、柳田国男氏の碑も見てきたいですね。

  

  

このサイト↓も参考にして、訪れたいです。

寄る辺ない軍事遺産の旅

日めくりより 大道具と小道具の違い/ムササビとモモンガの違い

今日は9月19日。

  

TRY‐X株式会社の日めくり「雑学王365」より。

 

「テレビ番組における小道具と大道具の境界線とは?」 

Epson704  

小道具=日常生活に必要な品物

大道具=背景を作るための装置

  

なるほど、そうだったのですね。

  

こんなサイトがありました。

Oodougu.com(大道具.com)

畳も大道具と知って、「大道具 畳」とうって検索したら、

このサイトが出ました。

畳・壁・床の間・障子がセットで15万円でした。

Wa11  

こんなのを注文するような生き方?はしていないなあ。

  

  

「ムササビとモモンガの見分け方は?」

Epson705  

こういうのを読むと、ムササビとモモンガの顔を見比べたいです。

ムササビ↓

Member NPO法人都留環境フォーラム ムササビ応援団奮闘中!

  

モモンガ↓

Img_0 エゾモモンガのフォトアルバム 円山動物園

 

どう思いますか?

2016年9月18日 (日)

「PRESIDENT」より 幸せを構成する四つの因子

  

今日は9月18日。

  

コンビニでふと買った本。

51hvcena7rl 「PRESIDENT プレジデント 2016年10月3日号」

(プレジデント社発行)

  

今は「脳」が絡むと、読みたくなります。

新しいことがどんどんわかっている時なのでしょう。

興味が湧きます。

  

いろいろな内容があった雑誌でした。

  

「朝に晩に口ずさめば 心が軽くなる『魔法の言葉』」

このコーナーでは、慶応義塾大学大学院の前野隆司教授が、

「幸せを構成する四つの因子」を紹介しています。

この四つを満たすよう心がけていれば、

幸せになれる確率は高いそうです。

その四つとは?

  

①「やってみよう!」因子

②「ありがとう!」因子

③「なんとかなる!」因子

④「あなたらしく!」因子

  

これだけだと因子についてよくわからないと思います。

この因子と、名言やことわざは一致するというのです。

それぞれの因子を満たすことを促すようになっているのです。

例を一つずつ。

これを見ると、因子の内容がわかると思います。

 

アイデアのいい人は世の中にたくさんいるが、

 いいと思ったアイデアを実行する勇気のある人は少ない。

 (盛田昭夫 ソニー創業者)

 

朝起きたら新しい日に感謝して、

 それから何か建設的なことをする計画を立てなさい。

 (チャールズ・M・シュルツ 漫画家、スヌーピーの生みの親)

  

人生を近くで見ると悲劇だが、

 遠くから見れば喜劇である。

 (チャールズ・チャップリン アメリカの俳優・映画監督)

  

世間体を気にしたり、常識に縛られたりしてはいけない。

 自分に正直な道を迷わず進め。

 好きなことをしないと、笑って死ねないぞ。

 (大場満郎 冒険家、世界初の両極単独徒歩横断者)

                       ・・・・・引用:40~43p

日めくりより オーストラリアとカンガルー

 

今日は9月18日。

   

日めくりより。

  

TRY‐X株式会社の日めくり「雑学王365」より。

  

「カンガルーは後ろ向きに飛ぶことができる?」  

Epson703  

このような日めくりを見ると、

オーストラリア海軍のシンボルマークを見たくなりますよね。

インターネットは、それが実現できるのがうれしい。

  

探しました。

赤い色のカンガルーのシルエットだそうです。

思ったより見つからず・・・・・

ありました。

41b37c28375f816f4a72e6f9d5dc740a good day to Die 佐世保地方隊 艦艇一般公開

 

オーストラリア海軍フリゲート艦「スチュアート」の船体にある

シンボルマークです。

予想外にシンプルでした。

もっといろいろ飾りがあるかと思っていました。

  

調べていくついでに、国籍マークというのを見つけました。

  

軍用機の機体または軍用車両の車体に、

所属する国籍を識別するために塗装・貼付される標章。(Wikipedia

 

これもオーストラリアはカンガルーでした。

Img57168261 楽天市場 

  

「真田丸」シリーズ23.大野泰弘さんのインタビューから引用

  

今日は9月18日。

  

前投稿のつづきです。

  

9月4日放映の大河ドラマ「真田丸 35話 犬伏」で、

竹筒を投げられて歯を折った河原綱家役を演じた

大野泰弘さんの話です。

NHKの「真田丸」HPのインタビューが良かったです。

NHK「真田丸」 さなイチ 別冊!インタビュー 河原綱家役 大野泰弘さん

私がもった疑問を解決してくれました。

  

疑問:歯が折れたシーン。歯は本当に折ったのか?

 

インタビューから引用します。

  

あれだけ昌幸さんに「来るな」と言われても、

我慢できなくてのぞいてしまうというのは、

”真田愛”以外の何物でもないと思うんですよ。

その結果、歯が折れてしまう。

河原綱家は、すごく真面目で、悪い人ではないけれど、

空回りをしてしまう人、という男なんでしょうね。

実はてっきり歯を抜くものだと思っていたんですよ。

歴代の俳優さんで、役作りのために歯を抜かれた方が

いらっしゃるじゃないですか。

僕にその役目が来たのかなと思い、

抜く気満々だったのですけれど、

監督やスタッフのみなさんに全力で止められました(笑)。

  

役作りのために歯を抜いた!

誰だろう、その役者さんは?

  

調べましたが、わかりませんでした。

でも次のようなサイトがありました。

銀座HINA矯正歯科 役作りのために、歯を抜いてしまった俳優・女優達

  

  

  

  

疑問:抜いていないなら、どうしているのか?

  インタビューから引用

  

当初は、折れてしまった歯を隠してお芝居をするという

お話だったのですが、歯にマニキュアを塗ることを提案したら、

採用していただけました。

おそらく、今後はずっとマニキュアを塗り続けることになると思います。

   

第36話での映像では、歯が抜けた様子が、

実はよくわかりませんでした。

しかしNHKのHPの写真はよくわかります。

これです↓

Photo_4

Photo_3 NHK「真田丸」HP

また投げつけられたのが竹筒であることもよくわかる写真があります。

これはHPを見てください。

  

  

  

疑問:歯が抜けた時のしゃべり方は、工夫しているのか?

私はしばらく歯が抜けていないので

抜けた直後のしゃべり方を忘れています。

大野さんはどうしたのか?

ドラマでは「小山(おやま)」を、「うやま」と言っているのが工夫かな?

と思いました。

  

インタビューから引用

  

しゃべり方については、声優もなさっている小山田茂誠役の

高木渉さんにも相談させていただきました。

渉さんはすごく優しい方なので、

「あー、そうか」と快諾してくださって。

スタジオ前の壁にあるいろいろな文字を見ながら、

渉さんにレクチャーをしていただきました。

その後は自宅で、歯が抜けた芝居のある映画などを見て、

研究もしながら練習を続けていたのですが、

「おっ、うまいな」と思うお芝居はすべて老人役なんですよね。

河原綱家は老人ではないので、誰かいい人がいないかなと思い、

たどり着いたのが長州小力さんです。

途中で舌足らずは違うな、と気づき、

ちょっと手直しをさせていただいたんですが、

歯に舌が付いている感じなどがヒントになりました。

渉さんや小力さんのおかげです。

犬伏の別れのシーンは、

昌幸さんがセンチメンタルになっている場面でしたので、

あくまでも流れを邪魔しないように、信幸ラブを忘れずに、

精いっぱい演じさせていただきました。

  

  

予想以上に準備をされていてビックリです。

映像は後世に残る可能性があるので、

たとえわずかなシーンでも、

このように燃えちゃうんですよね、きっと。

ちなみに、第36話の信幸との会話シーンは、36秒ほどでした。

  

  

教員の仕事でも、準備・練習は怠らないようにしたいですね。

日々消えていってしまう仕事ではあるのですが・・。

 

「真田丸」シリーズ22.犬伏の別れ

 

今日は9月18日。

  

9月16日の研究授業の準備のため、

9月11日放映の大河ドラマ「真田丸 36話 勝負」

やっと昨日見ました。

その中で、真田信幸と家来が話すシーンで?と思いました。

  

Rimg0337

家来:徳川内府様、まもなく、”うやま”の宿に入られるとのこと。

信幸:んん?

家来:小山です。ここから五里ほど東に行った所です。

信幸:お前、話し方がおかしいな。

Rimg0338

家来:はは、歯が欠けただけでございますので、ご心配なく。

  

この会話。

くすっと笑えるシーンでしたが、唐突に思えました。

なぜ歯が抜けた?何かあったっけ?

しばらくして思い出しました。

9月4日放映の大河ドラマ「真田丸 35話 犬伏」です。

  

真田親子の「犬伏(いぬぶし)の別れ」の有名な絵です。

真田親子がこれからの進み方を協議し、

親子が、そして兄弟が敵味方に分かれる決断をした場面です。

Photo http://www.asahi.com/special/timeline/sanada/

  

大河ドラマ「真田丸」での「犬伏の別れ」です。

Rimg0321

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Rimg0334  

3人の座る位置は、上の絵と同じです。

ここにあの家来がのぞきに来るのです。

  

家来の名前は河原綱家です。

3人の話し合いが長引くので、様子を見に行きました。

絶対に近づくなと言われていたのにです。

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扉を開けてのぞいてしまったために・・・

信幸に何かを投げつけられます。

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↑歯が折れて、口から吐き出すシーンです。

 

いったい信幸は何を投げたのか?

投げた映像はよくわからず。

上の綱家がのぞいたシーンの写真では、

甕の横にあるのがわかりますが、何であるかは判別がしにくいです。

他の場面ではないかと探しました。

ありました。

Rimg0336

竹筒でした。

水が入っているのでしょうか。

これを綱家は投げつけられ、歯を折りました。

  

昌幸に下駄を投げつけられたという説もあります。

戦国籠城伝 Vol.3  第二次上田合戦 『犬伏の別れ』Ⅰ

下駄の方がいたそうですが、竹筒もいやですね。

  

信幸が竹筒を投げつけた本人なのに、

「お前、話し方がおかしいな」と綱家に声をかけ、

歯が折れたことを言っても、何も心配せず、

次の話に移ってしまいました。

9月4日に35話を見て、昨日36話を見て間が開いたので、

すぐに思い出されませんでした。

  

この歯が折れたシーンには、次のような絵があります。

Photo_2 マグマグニュース 真田丸「第35話」裏解説

この絵について、次のような文が添えられていました。

  

今週のワンポイントイラスト

準主役級の高い出席率ながら

存在すら認識されていなかった河原綱家、

やっと日の目を見る時 が…!

33 話で福島正則にぶっ飛ばされていたのは

完全にフリでしたね。 (みかめ) 

  

福島正則にぶっ飛ばされたシーンは、後日また見ておきたい。

綱家役は大野泰弘さん。

NHKの「真田丸」HPには、大野さんへのインタビューが載っています。

ここには自分の疑問への答が勢ぞろいしていました。

次の投稿で。

  

  

 

2016年9月17日 (土)

蔚山倭城での籠城戦

  

今日は9月17日。

  

前投稿に引き続いて、

解明!片岡愛之助の歴史捜査 真田丸への道②

秀吉チルドレンの分裂の真相を追え」(2016年9月8日放映)より。

  

石田三成と加藤清正の仲を決定的に悪くした戦いとして、

慶長の役の「蔚山(うるさん)倭城(わじょう)での戦い」

が紹介されました。

全く知らない戦いでした。

興味を持ちました。

  

番組から、この戦いについて書いてみます。

 

豊臣秀吉は、朝鮮出兵の文禄の役後の停戦中も、

朝鮮半島南部に次々に日本式の城をつくらせました。

その城のことを、朝鮮側が「倭城」と呼んだそうです。

現在でも、その城跡が30ほど残っているそうです。

  

  

明との交渉が決裂に終わり、

再び朝鮮との秀吉との戦いが始まりました。

慶長の役と言います。

その頃できたのが、蔚山倭城。

ここは、慶長の役の中で、最も激戦が行なわれた場所でした。

Rimg0305

Rimg0308   

蔚山倭城での戦いを描いた屏風が残っていました。

Rimg0306  

戦いは慶長2年12月22日に勃発。

直後に、加藤清正が蔚山倭城に入りました。

5万7千人の明・朝鮮連合軍に包囲され、

蔚山倭城の秀吉軍は、籠城戦を強いられました。

充分な兵糧や水の蓄えがないままの戦争突入でした。

Rimg0307

Rimg0311

 

極寒の中の飢餓地獄。

軍馬を殺して肉を食い、壁土を水に浸して口にし、

小便も飲んだそうです。

援軍はなかなかやってこず、

加藤清正は死を覚悟しました。

慶長3年の正月。清正は次のような書状を書きました。

Rimg0312  

その時、黒田長政ら援軍がやって来ました。

援軍を見て、明・朝鮮軍は倭城に総攻撃をかけましたが、

陥落させることができず、援軍に退路を断たれる前に退却しました。

加藤清正は、一度は死を覚悟しましたが、生きのびました。

Rimg0313 ↑2万の援軍(黒田長政ら)

  

Rimg0314 ↑敗走する明・朝鮮軍

  

  

しかし、この戦いが、三成と清正の間の亀裂を

表面化させたそうです。

  

異国で戦うことの悲惨さ、苦しみ、そして無意味さを味わった

最前線で戦う武将たちは、「戦線縮小案」をまとめ、

秀吉に具申しました。

ところがこれに激しく異を唱えたのが、

目付として同行していた、福原長堯(ながたか)。

石田三成の妹婿と言われる福原が、

「戦線縮小案」は秀吉の意に背くものとして非難しました。

さらに、蔚山倭城の戦いで、敗走する明・朝鮮軍を、

黒田長政ら援軍が追わなかったことも非難しました。

その結果、黒田ら武将の領地は削られ、

その一部は福原に渡りました。

   

さらに、厳しい籠城戦を戦いぬいた加藤清正まで、

秀吉から厳しい叱責をされました。

福原長堯の報告が、秀吉をそうさせたようです。

  

この時、加藤清正らは、

福原長堯そして石田三成に恨みを持つようになったというわけです。

  

  

福原長堯はどうなった?

調べました。

関ヶ原の戦いの際には、西軍に加わり、大垣城を守って戦いました。

敗れてとらわれて、助命嘆願もしたが、

東軍の武将に恨みを持つ者が多く、石田三成の縁者でもあったので、

自刃させられました。殺害されたという説もあるそうです。

※参考:Wikipedia

 

 

蔚山倭城跡については、ここが参考になりました↓

倭城の旅(3)草梁倭館 蔚山倭城

  

3連休の初日は、こんな勉強ができました。

最近の写真

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