2018年9月 2日 (日)

20180825樹海を歩いてきました オムニバスはバスの起源

今日は9月2日。

  

もう1本投稿して、今日は終わりにしよう。

明日から2学期。準備をしなくては。

前投稿の続きで8月25日の登山報告です。

  

クニマス展示館を見学して、

再び青木ヶ原樹海の中を歩きました。

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中央に立つ木の枝ぶりが、ちょっと奇妙です。

首がなくて、万歳しているような姿です。

まっすぐ伸びていたのに、

何かあってそこが折れて、

両側に芽が出てそれが伸びたのでしょうか?

目にとまったので写真に撮りました。

  

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野鳥の森公園の隅に「丸木舟展示館」がありました。

鍵がかかっていて入ることはできず。

窓越しに見ると、中には大きな丸木舟がありました。

どんな丸木舟だろうと思い、調べました。

富士山NET 西湖の丸木舟

ここに書いてありました。

転載は許可がいるため、あらましを書きます。

くわしくはこのサイトを見てください。

  

展示館にあったのは、西湖の湖底から発見された丸木舟の一つ。

長さは11メートル近くあります。

見た感じも長かったです。

建物は、丸木舟の大きさに合わせて造られたと予想されます。

丸木舟が造られたのは、

13世紀末の鎌倉時代以降と予想されています。

けっこう古いものです。

  

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樹海の中に、広々とした公園がありました。

野鳥の森公園です。

古い民家風の建物の前にバス停があり、

ちょうどバスが来ました。

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のどかな風景だなあと思って見ていました。

少々暑かったけど、平和でした、野盗の森公園は。

バスに書いてある文字が気になりました。

「OMNIBUS」 オムニバス!

オムニバスCDというので聞いたことがある言葉です。

なぜバスの横に書かれているのか?

 

調べました。

Wikipedia オムニバス

この説明がよかった。

  

オムニバス(omnibus)は、元々、ラテン語で

「すべての人のために」を意味する語で、

1826年以降にはそこから派生して

「乗合馬車」の意味も加わったと言われる(語源の詳細は乗合馬車を参照)。

公共交通機関のバス(bus、英語)の語源にもなった

そこから発展し、種々の芸術分野で

「独立したいくつかのものを一つにまとめた」作品形態を指すようになった。

  

1826年に何があった?

「バス」の語源が「オムニバス」!

 

1826年にあったことは、Wikipedia 乗合馬車に書いてありました。

 

乗合馬車の意味でのomnibusという語が

最初に記録されたのは1826年12月2日付けの

雑誌Petit Bretonの記事である

  

  

ふだん当たり前に使っている「バス」は、

元々は乗合馬車「オムニバス」が語源。

なのに、今、バスの横に「OMNIBUS」と書いてあるのはいいのか?

でも、そのおかげでいい勉強ができました。

  

山の中を歩いていても、「OMNIBUS」のように、

言葉に関する小さな疑問は、ちょくちょく浮かびます。

 

その他、今回歩いていて気になったのは・・・

 

「北上、南下」と言うけど「北下、南上」と言わないのはなぜ?

  

これは地図が、あるいは地球儀が、

普通は北が上、南が下で表わされるからだと思います。

北に向かって行くのが北上、

南に向かって行くのが南下。

それでは、東に向かったり、西に向かうのは何と言う?

 

ありました。

東進(とうしん)、西進(せいしん)です。

ちなみに北進(ほくしん)、南進(なんしん)という言葉もあります。

  

  

「汗が引く」という言葉がありますが、汗が引っ込むわけではないよね。

  

「汗が引く」はやはり感覚から来る言葉だと思います。

汗が乾く状態ですね。

※参考:Yahoo!知恵袋 。「汗が引く」という言い方をしますが、本当にかいた汗が体内に戻ってしまうのでしょうか?

 

  

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ちなみに野鳥の森公園の向こうにそびえるのも

御坂山地。

久々、登ったことのない山を1人で登ることをしてみたいと

この景色で決心しました。

決行は、2日後と、その時は思っていました。  

   

 

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↑ 幹がグイッと曲がったサルスベリ。

 

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この案内板、よく見て下さい。

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「悪路」とあります。

どんな悪路なのか、それはそれで興味あり。

  

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↑ スタートであり、ゴールでもある富岳風穴に戻ってきました。

8時15分頃に出発して、駐車場に着いたのは13時5分頃。

5時間近く歩きました。

  

この後、荷物を自動車にしまって、富岳風穴に入りました。

 

続く。

 

  

明日から2学期。

たくさん充電しようと思ったけど、

思ったより録画してあったテレビ番組を見ることができませんでした。

ブログも5888本を目指しましたが、

今回の記事が5864本目。24本足りませんでした。

夏休みに書いたのは78本。

この充電で2学期に突入。

思った通りできなくても、自信をもとう。

「根拠なき自信」をもって2学期はまた頑張ろう!

  

 

  

  

 

  

  

20180825樹海を歩いてきました クニマス展示館で長居

 

今日は9月2日。

 

前投稿の続きで8月25日の登山報告です。

  

離れ難かったけど、ここで暮らすわけにもいかず、

三湖台から西湖民宿村へ下山。

けっこう急坂でした。

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↑ ここが下りきったところ。登山口です。

目の前に公園があって、トイレを使わせてもらいました。

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↑西湖民宿村

 

ここからしばらく歩いて、西湖コウモリ穴へ。

ここも風穴の一つ。ここで昼食を食べましたが、

風穴には入りませんでした。

今回は富岳風穴のみ。

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ここでの注目は、ここに寄ったこと↓

西湖ネイチャーセンターです。

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↑ その一部が「クニマス展示館」です。

調べたら2016年4月27日オープンの新しい施設。

なぜここにクニマス展示館が出来たいか?

それは2010年の出来事が深くかかわります。

このサイトがいいです↓

紺色のひと ギョギョー!「クニマス絶滅してなかった!」の何が凄いの?(2010年12月15日記事)

このサイトで読んでみてください。

一部引用します。

  

・クニマスは、サケ科ヒメマスとごく近い種で、

 日本国内の秋田県田沢湖にしか生息していなかった。

・1940年頃まで生息していた。

・絶滅の直接の原因は、強酸性の水が湖に導入されたことによる水質悪化。

・絶滅する前に、他の水域への移殖放流も試みられたが、成功しなかった。

  

 

もう絶滅していると思ったクニマスが、

2010年に西湖で発見されたのです。

お手柄だったのは、さかなクン。

そのいきさつを、上記サイトの方はわかりやすくまとめて

くれてありました。

引用します。

 

なぜ絶滅したはずのクニマスとわかったか、

については記事を読んでいただければわかるのですが、

記事を参考に再現してみました。

 

京都大学・中坊教授「さかなクン、クニマスのイラスト描いてよ」

さかなクンさん「ギョギョー!いいですよ!」

「…でもホルマリン標本じゃうまく描けませんねー」

「ヒメマスと比較して参考にすればいいじゃない」

「そのアイディア、いただきです!」

「さっそく北海道や富士五湖からヒメマスのサンプルを送ってもらいましょう」

「あれ…? このヒメマス、なんか黒い。痛んでるわけでもないし」

「送り元は富士五湖ですか……あっ、ここは確か、田沢湖のクニマスが移殖された場所!」

「ひぇーっ! もしかしたらクニマスが生き残ってたのかも! 先生、確認してください!」

中坊教授「ギョギョギョギョー!!」

  

 

ここで「記事を読んでいただければ」とあります。

でももう8年近くも経って、記事は消滅しています。

これが残念なこと。

Web上の記事は、いつかは消える可能性が高い。

なので、大事なところは引用して、

自分のブログにとっておくのです。

 

上記サイトには、西湖での発見を伝えるニュース動画もありました。

こちらは消滅していません。

載せます。


YouTube: 生息確認!絶滅魚「クニマス」が山梨・西湖に(10/12/15)

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その他、動画で関連するものがあったので、ここに載せます。

2010年12月のさかなクンの会見シーン。


YouTube: クニマス発見立役者のさかなクン会見

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クニマス展示館にあった案内板です。

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マスコミとしては、さかなクンを取り上げていますが、

クニマス展示館にあるこれらの案内板とか、

クニマスに関する歴史年表の、西湖での発見のところに

さかなクンの名前は発見されません。なぜだろう?

  

2017年7月1日に田沢湖畔でオープンしたクニマス未来館。

西湖で発見されたクニマスが、そこで泳いでいるそうです。


YouTube: クニマス

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私は、展示館でクニマスの写真を撮りました。

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こんな写真より、はるかに上手に撮っている方のサイトがありました。

Hitoshi Diary クニマス展示館と千葉治平( 2016年6月記事)

この方も、年表にさかなクンのことが書いていないことに触れています。

みんなそう思うよね。

 

クニマスのこと。記録できました。

2010年に(もうそんなに年月が経つんだ)、

さかなクンが騒がれたのはうっすら覚えています。

でも当時は関心がありませんでした。

今回、クニマス展示館医寄ったことで、関心は高まりました。

世の中、面白いことはいっぱいあります、きっと。

全てに関心をもつのは不可能。

その代わり、縁があったことは大切にしたいですね。

 

 

思ったより長居をして、再び青木ヶ原樹海の中を歩き始めました。

  

つづく

 

20180825樹海を歩いてきました 離れ難かった三湖台

 

今日は9月2日。

  

前投稿の続きで8月25日の登山報告です。

  

紅葉台レストハウスで、従業員(オーナーかな?)から、

「今日は最高の天気ですね、行ってらっしゃい」と声をかけられて、

三湖台に向かいました。

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↑ 広々とした所に出ました。

すでに以前ここに来たことがある同行者さんが、

「すぐに振り向いたらダメだよ。

もう少し歩いてから振り向くといいよ」と教えてくれました。

振り向いた方向に富士山があるわけで、

どう見えるかが楽しみです。

 

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↑ 展望台です。

ここまで来て、振り返りました!

 

富士山が見事に見えました!

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そして展望台から見た大室山と樹海!も素晴らしい。

写真をつなげてパノラマ風にしてみました↓

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樹海を見下ろすのは、とても気分がいいものでした。

他にも展望台付近撮った写真を並べます。

  

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↑ 向こうに見えるのは、以前登った三つ峠山。

あそこからの富士山もよかったなあ。

  

三湖台から見て、西湖の向こう側に並ぶ御坂(みさか)山地を

見上げて見ることができました。

堂々とした姿でした。

登りたいと思いました。

 

この日の三湖台は、景色がよく、風が吹いて気持ちよく、

離れ難い場所でした。

でもいつまでもおるわけにもいかず、

そこから西湖民宿村までの急坂を下りました。

  

つづく

20180825樹海を歩いてきました 紅葉台で富士山を見る

今日は9月2日。

  

山のことを書きたい。

  

8月25日に、8月2回目の樹海歩きをしてきました。

8月4日と同じメンバーです。

※参考:ここでも道草 20180804樹海を歩いてきました1.1合目まで(2018年8月9日投稿)

 

今回は、下の地図の青で示したコースを歩いてきました。

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※地図は国土地理院の2万5千分の1地図

 

出発は富岳風穴の駐車場。

いずれ日陰になる場所に駐車しました。

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台風20号が通過した後、ぐずぐず天気が続いていたので、

晴れはあまり期待していませんでした。

実際、往路の高速道路では、雨が降っていました。

しかし、上の駐車場の写真のように、

予想外の好天気で・・・天気が良ければよかったで、

「こりゃあ、暑くなりそうだ」と言いながら出発しました。

  

Rimg0179_2 ↑ まだ富岳風穴の営業時間前。8時30分スタートです。

私たちは登山後に入る予定。

 

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↑ ここが富岳風穴入口。

私たちは、ここで左折。森の中を鳴沢氷穴方面に向かいます。

東海自然歩道でした。

 

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↑ 20分ほどで、鳴沢氷穴。

ずっと以前、家族で来たはずだけど、あんまり覚えなし。

今回はここは入らず。

さらに進みます。

 

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↑ 「借金の解決は必ず出来ます。

  私たちも助かりました

樹海というと、自殺のイメージがやはり強いです。

1人でも食い止めようと、こんな看板があるのでしょう。

 

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↑ 交通量の多い道路の下をくぐり、まず目指すは紅葉台。

「紅葉台」は何と読むのでしょう?もみじ?こうよう?

調べました。「こうようだい」です。

秋になると、紅葉も楽しめるということで、

紅葉台と言うのでしょうか。そこは今のところ不明。

登ります↓

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↑ちょっと歴史を感じさせる看板でした。

この看板を左にしながら巻いて上がっていくと頂上でした。

そこでの富士山です↓

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傘雲ががかっているなんて文句は言いません。

十分に格好がいい富士山です。

これで文句を言ったら、罰(ばち)が当たります。

 

次に向かったのが紅葉台レストハウス↓

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NHKの番組「ブラタモリ」でも、

タモリさんがやってきたそうです。 

このサイトで、紅葉台からの景色が見られます。

なるさわ散策ガイド 紅葉台

Photo  

このサイトにも、たくさんの自動車が駐車しているし、

実際に8月25日に広場に駐車している自動車を見ています。

レストハウスまでは、自動車で来れそうです。

親戚の叔父さん夫婦が登山をしたい、

でもきついのは無理という要望があり。

レストハウスまで自動車で来て、

そこから三湖台まで登るのが、お勧めかな。

  

では次の投稿で三湖台での景色を書きます。

  

つづく

 

 

 

子どもたちを取り巻く環境を「エコマップ」に表す

今日は9月2日。

  

前投稿の続きで、

8月9日の研修会のことを書いていきます。

 

動画「貧困を背負って生きる子どもたち 仁の物語」

視聴後に、講師の先生が示してくれた図です↓

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こういうのを「エコマップ」と言います。

援助者が子どもを支援するために、

子ども、家族、社会資源の関係性を図にしたものです。

動画を見た後に、この図を見てください。

  

さらに動画「貧困を背負って生きる子どもたち 智の物語」

視聴後に作成されたエコマップです↓

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「エコマップ」

いずれ使うこともあると思います。

ここに記録します。

  

同じく動画「貧困を背負って生きる子どもたち」を見た後に

エコマップを作成した例が下のサイトにありました。参考までに。

ひみつ基地 一歩踏み込んだ次の「子どもの貧困対策」とは?-「対子どもだけ」から「対家庭」へ支援を広げて深める 

  

  

スクールソーシャルワーカーさんが、

子どものことで、学校の先生と相談をすると、

驚くことがあるそうです。

それは、先生から出るアイデ尽きないのだそうです。

素晴らしいそうです。

きっと、学校の先生は、子どもを取り巻く環境が

よくわかっていないのだと思います。

その環境を、SSWさんが教えてくれたことで、

先生たちの頭は動き出すのだと思います。

やっぱりSSWさんの配置は必要です。

  

  

8月9日は神奈川LD協会でいい講座があったのですが、

1か月前に参加予約をしようとしましたが満席。

その代わりに行った出張でしたが、収穫ありました。

 

  

初めて知った?「自己効力感」/「根拠なき自信」をもちたい

今日は9月2日。

  

前投稿の続きで、8月9日の研修会のことを書いていきます。

  

講師の先生が、自己肯定感の前に、

自己効力感が必要だと言っていました。

初めて聞く「自己効力感」

講師の先生は「自分はできるよ」「自分はきっとできる」

「うまくいくかもしれない」という気持ちだそうです。

何かやる時に、自己効力感があれば、活動が始まるけど、

なければ結局やらないで終わってしまう。

環境の悪い状況の子どもの中には、

褒められる機会が少ないせいもあってか、

この自己効力感が少ないと言われます。

  

なるほど。

  

少し調べて、次のサイトを発見。

モチベーションアップの法則 自己効力感

 

引用します。

 

自己効力感は、カナダ人の心理学者

アルバート・バンデューラによって提唱されました。

この自己効力感は、人が行動を起こす際に大きな影響を及ぼします。

「きっとできる!」であれば行動を起こしますが、

「どうせできない!」であればなかなか行動には移れないものです。

(中略)

自己効力感が低いと、「自分はきっとうまくできない」

「どうせまた失敗する」などと考えますから、

やる気も起きずに行動を起こす気力も湧いてきません。

また、そうした気持ちで臨むと

やっぱり良い結果も生まれにくいものです。

逆に、自己効力感の高い人は、「できそうだ!」「自分ならやれる!」

と考えていますから活動的で、ポジティブな気持ちで行動するので

良い結果にもつながりやすくなります。

成功すればまた自己効力感が高まるので、

さらにやる気が出てくるといった正のスパイラルも発生していきます。

「自己効力感→モチベーション→行動→結果→自己効力感」というわけです。

この自己効力感の違いは、日常の小さな行為から

人生をかけた大きなチャレンジにまで影響を与え、

物事に対するその人の取り組む姿勢を決めます。

  

 

「日常の小さな行為」にも影響を及ぼすという発想に賛成です。

小さな行為ができないと、環境が悪化します。

それはまた自己効力感を奪ってしまうと思います。

 

さらに引用。

  

ここで大事なことは、自己効力感については

それが事実かどうかは関係がないということです。

つまり、実際に「勉強や仕事ができるかどうか」や

「イケてるか、モテてるか」は関係なく、

そう思い込んでいるかどうかということです。

事実は違うのにそう思い込んでるなんて

「ただの勘違い野郎じゃないか!」と思うかもしれませんが、

控えめで謙遜することが美徳とされる環境で育った日本人は、

実際より自分がダメだと思う傾向が強く、

世界的に見ても自己肯定感の低さが突出しています。

少し勘違いしてるくらいがちょうど良いのではないでしょうか。

なにしろその方がモチベーションが上がります。

(中略)

 

成功者の共通点は、「根拠のない自信」を持っていること。

つまり高い自己効力感を持っているということです。

彼らは、「私ならできる」「私はツイてる」と心の底から思っています。

一方、なかなか成功できない人は「根拠のない不安」を持っています。

どちらも根拠がないのは同じです。

(中略)

 

根拠があろうがなかろうが、自信を持って臨めば

「やる気」だけでなく「気迫」や「勢い」が違ってくる

ことは想像に難くありません。

もちろん、根拠のない自信だけを持ってなんの努力もしなければ、

メッキはすぐに剥がれてしまうことでしょう。

でも、「私はきっとできる」という自己効力感を胸に

努力を積み重ねていけば、

いずれ本物になっていくということも紛れもない事実。

まずは「根拠のない自信」から始めましょう。

 

 

「気迫」や「勢い」が違ってくるというのは、

いいなあ。

私自身ももっと「根拠なき不安」を捨てて、

「根拠なき自信」をもたねばならないと思います。

そして、目の前で担任している子どもたちにも、

この気持ちをもたせようという視点をまず持ち、

そのための工夫を心がけようと思います。

  

講師の先生が言ってくれた「自己効力感」でいい勉強ができました。

 

続く

 

動画「貧困を背負って生きる子どもたち」 3本目を見たい

今日は9月2日。

  

前投稿の続き。

研修会で紹介された動画「貧困を背負って生きる子どもたち」について

調べていて出会ったサイトより。

  

多治見ききょう法律事務所 泣かずに見られますか?~Mama’s基金

 

ここから引用。

 

今回は,そういう2人の子「仁,智」のお母さんが,

なぜ虐待をしてしまうのか・・その幼い頃の経験を動画(公表準備中)にした
 

貧困を背負って生きる子どもたち 礼の物語」の発表もあった。

私たち弁護士は「なぜ悪人を弁護するの?」

と言われることが多い。
 

けれど・・事件を起こす背景,虐待をする背景には,

その人自身のつらい体験も多い。
 

私が同じ境遇で過ごしていたなら,

やはり同じ事をしてしまったかもしれない・・。

子ども達の行動・その親の言動の原因に思いを巡らせる人が増え

「こども食堂」など,「子ども達」を直接地域で支援する方法が

広まると良いなと改めて思いました。

(中略)

子供を虐待から守るには,子供を育てている親への支援が必要だな・・と

「礼の物語」を見て,改めて感じました。

虐待をする母親が,テレビや新聞に報道され,

「それなら,なぜ産むんだ?」と激しく非難される・・

けれど,弁護士として,その生い立ちや夫との関係,孤独な状態を知ると,

もちろん虐待された子は本当にかわいそうなのだけれど,

親への強い非難も出来ない気持ちになる。

  

 

 

仁と智のお母さんの話もあるのですね。

見てみたいけど、今もYoutubeでの公開はない模様です。

虐待する親にも原因があり。

そこに目を向けて欲しいと作成した映像なのでしょう。

いつか見たい。

   

さらに引用。

この会を主催したMama’s Cafeの

支援する相手,支援する場面は明確でした。

子供への直接支援ではなく,

,(特に,母親と感じました)の支援をする。

そして,支援する場面は,既に,虐待をしてしまった親,

ではなくて,そうなる前に,援助を必要としている親を助ける,ということ。

Mama’s Cafeの事業の一つである

「ファミリーサポート事業」は,多治見市の補助を受けながら,

子育てする親を援助しています。

 

 

動画を見ると、親を支援する必要を感じます。

学校に勤務する身としては、

親に対してできることはなかなか難しい。

だからスクールソーシャルワーカーという

職業が生まれたと思います。

もし勤務する地区でSSWが配備されたら、

一緒に活動したいですね。

 

  

次のサイトからも引用します。

仁藤夢乃の”ここがおかしい” 貧困を背負って生きる子どもたちに寄り添う(1)

  

イベントでは、幸重さんが作成したヴィジュアルノベル

「貧困を背負って生きる子どもたち」の3つの物語が上映された。

いじめ、病気、障がいのこと、周囲からの冷たい言葉、

わかってもらえない気持ち、寄り添ってくれる大人との出会いや

素直になれなかったこと、

貧困を背負って生きる子どもの体験や気持ちが物語にまとめられ、

同時に地域として何ができるのか、

寄り添うとはどういうことなのかを考えさせられる動画である。

3つのうち2つの物語はネットにアップされているので、ぜひ見てほしい。

(中略)

私が中高生の時に感じていたことや、今、出会い関わっている

中高生の体験とリンクする部分がたくさんあり、

映像を見ていると、自分のことのように胸が苦しい気持ちになる。

そして自分は今、大人として中高生に寄り添えているだろうかと、

自分の行動を問われているような気にもなる。

上映が始まってすぐ、同席した高校生の一人が

「ちょっと頭痛くなってきたから外に出てる」と

私に声をかけて会場を出て行った。

「仁の物語」には、彼女の体験とも重なるところがあり、

つらくなったのだと思う。

他にも、机につっぷして寝たふりをする人もいた。

普段の生活では、逃げることを許されない状況にある人もいるけれど、

彼女たちがその場を離れようとしたり、見ぬふりをしたりすることも、

自分を守るために必要な力であると思う。

(中略)

私は中高時代の自分の体験を「ケータイ小説みたい」と

言われることがよくあったが、

もしかしたらこの動画も「ドラマみたい」と思う人がいるかもしれない。

しかし、この動画をリアルだと感じたり、

そこで描かれているような今を生きていたりする子どもが、

たくさんいることを知ってほしい。

   

  

この動画と同じような今を生きている子どもがいると

知りましたよ、そう思って見たいです。

 

そして、この仁藤さん(社会活動家 詳しくはここ→プロフィール)のように、

自分は目の前の子どもたちにできることをしているかと

自問させられた動画でした。

  

もう少し続く。

スクールソーシャルワーカーさんのお話を聴く

今日は9月2日。

  

8月9日のことを書きます。

この日は人権に関する出張研修会に参加しました。

書き留めておきます。

 

研修会の講師の方は、スクールソーシャルワーカーという職業。

どのような職業かというと、いただいた資料から引用します。

 

学校を基盤に児童生徒の問題に寄り添い

家庭環境などの環境面への働きかけを行う

福祉の専門職です。

社会福祉士や精神保健福祉士の資格を

もっています。

 

SSWと略して言ったり書いたりするようです。

SCと略されるスクールカウンセラーと似ています。

違いを次のように説明していました。

 

スクールカウンセラーは、カウンセリング等を通して、

心理的側面から、子どもたちの抱えている悩みや問題の

解決に向けて支援する職業。

それに対して、スクールソーシャルワーカーは、

子どもを取り巻く「環境」に働きかけ、

家庭・学校・地域の橋渡し等により、

問題解決に向けて支援する職業。

「環境」とは、様々です。

資料によると、「家族関係」「個人特性」「学校での生活」

「地域での人間関係」「過去の経験」など。

表面化する子どもたちの問題「非行」「忘れ物」「遅刻」

「いじめ」「無気力」「不登校」「虐待」「発達障害?」等の背景には、

上記のような「環境」が影響してる場合があり、

そこに働きかける仕事というわけです。

  

でも、学校への配置率は高くありません。

42.6%です。

ちなみに地元愛知県はさらに導入が遅れていて、

実際私が勤務している市は。

まだ配置されていません。

隣市は3名配置されているそうです。

まだ私には身近になっていない職業です。

だから研修会でお話が聴けて良かったと思いました。

  

いつから始まった制度なのだろうと思い、調べました。

学校保健 「チーム学校」~スクールソーシャルワーカーの活動に光をあてて~

ここには次のように書いてありました。

  

文部科学省で2008年にSSW活用事業を始めました。

その時いじめや不登校等の問題がすごく複雑化していて、

学校の中だけでは対応しきれない。

特に家庭や学校外の専門機関と連携をしていく、

共同していくというときのシステム作りをするための専門家として

SSWが必要だよねという話になりました。

SSWが配置されることによって、

学校がより開かれた生徒指導体制ができるのではないかというのが目的、

それを期待してSSWが導入されました。 

 

10年が経ったわけです。

研修会の冒頭で見せてもらった映像。

滋賀県のスクールソーシャルワーカーさんが作ったものだそうです。


YouTube: 貧困を背負って生きる子どもたち 仁の物語(前編)


YouTube: 貧困を背負って生きる子どもたち 仁の物語(後編)


YouTube: 貧困を背負って生きる子どもたち 智の物語 前編


YouTube: 貧困を背負って生きる子どもたち 智の物語 後編

映像に付けられたコメントです。

 

貧困を背負って生きる子どもたち 

このヴィジュアルノベルはスクールソーシャルワーカーとして

出会ってきた子どもたちの様子やエピソードをモデルに

幸重社会福祉士事務所で教材として

作られたフィクションの物語です。

子どもの貧困を背負っていきていくこと

そのことで子どもは学校生活においてどのような

生きづらさを抱えているのか

学校の中にいる大人たちは何が出来るのか

そのようなことを考える

一つのツールとして多くの人たちに視聴し

また活用していただければ幸いです。

またこのヴィジュアルノベルを使った

「子どもの貧困」を学ぶ教材セットも販売しています。

興味のある方はこちらのサイトを参照ください。

http://yukishige.jp/kouen_book.html

  

 

この映像について、次の投稿で。

2018年8月31日 (金)

野球部全員の顔の写った写真が届く

 今日は8月31日。

  

こうやってブログを書いていると、

予期せぬ人とのつながりができることが、

たまにあります。

それがとても面白い。

 

今回、次の記事にコメントが届きました。

ここでも道草 「8月15日のプレーボール」その6.芦屋中/ポール・ラッシュ中佐が贈った記念ボール(2018年8月24日投稿)

 

この記事で、芦屋中学の野球部メンバーの写真を載せました。

8月1日放映の「歴史ヒストリア」で使われた写真です。

Rimg0152_2

野球をやっていて楽しい!

そんな気持ちがあふれた写真です。

微笑ましい写真です。

ただ、「歴史ヒストリア」のマークで、

画面左の生徒の顔が消えているのが残念、

左端の部員さんの顔を、原本で見てみたい、

機会があれば・・・・、でもそんな機会はないかな?

と書きました。

そしてら、次のようなコメントが届いたのです。

 

この写真の左端の部員の顔がマークで消えていますが、

あなたのメールアドレスをご連絡くだされば、

芦高野球部五十年史に掲載された写真を

メールに添付して送信できます。

 

コメントの主は「兵庫県立芦屋高等学校同窓会」とありました。

ビックリです。

何と、その「機会」が舞い込んできたのです。

ありがたいことです。

ブログで発進したことが、届いたのです。

ブログをやっていると、たまにこういうことがあって面白い。

 

さっそくメールアドレスを送りました。

晴れて、「翠球」(兵庫県立芦屋高等学校野球部五十年史)

56ページに掲載されて写真の完全版を見ることができました。

これです↓

5056_2

左端に立つ生徒の顔がわかりました。

眼鏡をかけていたのですね。

右端の生徒の姿も全て写っています。

いい写真じゃないですか。 

この写真は、私のブログ上の宝物となりました。

 

この写真を送ってくださった方は、

翠球」の58pも一緒に送ってくださりました。 

Photo

第28回の大会の試合結果が一目でわかります。

試合の「戦評」の「己の体を知って」という言い回しに、

時代を感じました。

 

今日は出校日。

明日(9月1日)はキミヤーズ塾(京都)に行きます。

9月2日は新学期の準備。

そして9月3日から2学期。

台風がその頃やってくるらしい?

どうなる?

2018年8月30日 (木)

注目したい2人のインタビュー記事に出会う

今日は8月30日。

  

この夏は野球のことを記事にすることが多いです。

今日もきっと何本か書きます。

仕事もやらねばと思いつつ、道草多しの日々。

  

昨日のこの記事に注目。

@niftyニュース 【高校野球】金足農のサヨナラ2ランスクイズ 近江の2年生バッテリーが今明かす真相と心境

 

↓先日ブログで、近江高校の2年生バッテリーは

注目したいと書きました。(林優樹投手/有馬諒捕手)

ここでも道草 金足農業、秋田県勢で103年ぶりの決勝進出(2018年8月21日投稿)

その2人へのインタビュー記事なので、もちろん注目です。

  

引用します。

  

2-1で迎えた9回裏。

球場の九割ほどは金足農に対する大声援に包まれていた。

近年、甲子園でよく起こっている劣勢のチームを後押しする、

いわゆる“判官贔屓”のムードである。

だが、そんな空気の要因を有馬はこう見ていた。

「9回にああいう展開になってしまったのは、

自分たちが8、9回のチャンスを作っておきながら、

そのチャンスを生かせなかったからだと思います。

吉田投手のピッチングが、

観客を引き寄せるようなピッチングでしたし。

それがもう、勝敗を決める“流れ”になったんだと思います」

 

確かにそうです。

このように分析した有馬君に感心します。

 

さらに引用します。

 

「8回にピンチを三振で断たれたことで、

“吉田投手を応援しよう”みたいな空気になっていたので…。

それにしてもすごい声援でした」。

7番・菊地彪吾(3年)にも左前安打を許し、

続く菊地亮太(3年)にはストレートの四球。

無死満塁になった。

「ボールカウントが先行するだけですごい拍手と声援があって。

目に見えない圧力を感じました」。

バックネットを背にしている有馬でさえ

これだけのプレッシャーがかかっていたのだから、

視界にバックネット裏の観客が広がる林には

相当な重圧がかかっていた。

いつも聞こえる有馬の声が聞こえず、タイムも使い切っていた、

まず、どう投げればいいのか分からない。

いつもは淡々と投げる林の顔がこわばっているのが分かった。

  

すごい体験をあの場所でしていたんだなと思います。

  

「負けたことは悔しいですけれど、

8回と9回の自分たちのチャンスを抑えられた時も、

9回に2ランスクイズを決められた時も……

向こうはこういう場面を想定した練習を

ずっとやってきたんやなって思いました。

そんなチームとこんな試合ができましたし、

吉田投手のマウンドでの姿勢を見ていたら……

自分も見習うところがありました。

自分ももっと真っすぐのキレとスピードを上げていきたいです」

と林は誓う。

激戦から一夜明けて宿舎を発つ朝、

多賀章仁監督から新チームのキャプテンを命じられたという有馬の目は、

もう来夏に向けられていた。

「これからもっとしんどいこともあると思います。

注目されることで、厳しい試合も増えると思いますし……。

でも、自分がもっと林をうまくリードして、

来年も甲子園には必ず帰ってきたいです。

というより、甲子園は帰らないといけない場所だと思っています」

2年生バッテリーにとって、

あの空気の中にいたことは酷だったのかもしれない。

でも2人の受け止め方はむしろポジティブで、

“甲子園はこんなこともある”とさえ言っているようにも感じた。

「自分たちは、まだ来年があります」。

そう言って元気にグラウンドに駆け戻っていく有馬の後ろ姿に、

来年の楽しみがまたひとつ増えたような気がした。

(沢井史 / Fumi Sawai)

 

あの場面で、2人が思っていたことがすごくよくわかり、

さらにポジティブな発言も聞けました。

いい記事に出会いました。

見逃さなくてよかった。

このブログに書き留めておかないと、

手元から永遠に離れて行ってしまいそうで、

引用しました。

やはり、来年の甲子園が楽しみです。

大騒ぎせずに、息長く注目していきたい。

最後に、この記事に掲載されていた写真です。

林投手は、甲子園ですごいピッチングをした投手とは思えないほど、

あどけなさがあります。

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