今日は11月4日。
前投稿の最後に紹介したこのサイトについて
書いていきます。
※自然から学ぶアイデアの源泉 ネイチャーテック どんなに群れてもぶつからない
引用します。
鳥の群れは、美しいV字型の雁行を描いたり、
何かをきっかけにいっせいに飛んだりと、
鳥達はお互いにぶつかりもせず、集団で行動します。
水族館の大きな水槽では、サンマやアジなどの魚の大群を
見ることができます。無数の魚の群れが、
互いに衝突することなく水槽の中を泳ぎ回っています。
これらの群には指揮をとるリーダーのような者は存在しませんし、
私達のように言葉でコミュニケーションを
とっている訳でもありません。
実は、群れを形成する個体が、周囲環境を認識し、
三つの行動ルールに従うだけで一糸乱れない群れが生まれるのです。
「三つの行動ルール」が気になりますよね。
次のように書いてありました。
アメリカのアニメーションプログラマーが、
鳥の群れをコンピューターで再現できないかと考えました。
鳥の群れを観察した結果、そこにはリーダーが存在せず、
それぞれの鳥は何か簡単な規則に従っている、
と彼は考え、下記の三つのルールに辿り着きました。
この三つのルールで作った
鳥のシミュレーションモデル「ボイド」(birdoid、鳥もどきという意味)は、
見事に群れを再現しました。
これはその後、映画「バットマン リターンズ」で、
コウモリの群れとペンギン軍団の動きを
CGで再現する時にも使用されました。
三つの行動ルールとは、エリアごとに見られるもので、
次のように決まっています。
ルール(1)ある距離よりも近くに他の鳥が来ないように飛ぶ
ルール(2)最も近い鳥までの距離を一定に保とうとする
ルール(3)一定距離にいる鳥と並行して飛ぶ
さらに・・・
日産自動車は、ぶつからない車の実現に向け、
魚群をヒントに、群走行しながらお互いがぶつからない
ロボットカーを開発しました。
面白いことがたくさん書いてある文章でしょ。
まずは魚群を見てみたいですね。
便利なYoutubeに頼ります。
YouTube: 屋久島吉田ダイビング★魚群大群回遊魚!壮絶な捕食シーンに釘付け!!
魚群の群れも注目ですが、
3分過ぎに表れるウミヘビも目を奪われます。
狭い水族館の方が、魚群の群れはすごいのではと思って、
映像を探しました。
地元愛知県の名古屋水族館が、
マイワシのトルネードを見せていました。
YouTube: 癒され空間、マイワシのトルネード【名古屋港水族館】
トルネードをする理由は、エサのやり方です。
そのことがわかる映像です。
YouTube: 【名古屋港水族館】マイワシのトルネードを水中から撮ってみた
さらに映画「バットマンリターンズ」を見たくなりました。
まだ見たことがない映画。
コウモリの群れとペンギン軍団を見てみたいです。
1992年の映画。
Wikipedia バットマンリターンズには次のように書いてありました。
当時まだ珍しかったCGが導入され、
オープニングタイトルの三次元的変形、
コウモリや武装ペンギンの大群、バットモービルの
シールドモードやバットミサイルへの変形などに使用されている。
初期のCGとしても、注目のコウモリとペンギンのようです。
見たいなあ。
ネットでも見ることはできるけど、
私としてはレンタル店で借りたい。
明日実行?
今日は11月4日。
11月の初日は朝から夕方まで
雲が楽しめた日でした。
朝! 東を向いて撮影。↓
同じ場所で西を向いて撮影。↓
東から西に向かって雲が走っていました。
出勤時に赤信号で止まった時に撮影。↓
東の方向を撮影。
勤務校の駐車場でも撮影。↓ 東の方向を撮影。
この東西を走る雲は、昼近くなっても健在でした。
昼!勤務校で撮影。東の方向を撮影。↓
振り向いて西の方向を撮影。↓
この東西を走る雲は、12時30分に出張に出かける時には
忽然と姿を消していました。
朝から昼まで頑張った雲も、なくなるとなると素早い。
でも雲のショーは終わらず。
出張がすんだ後も楽しめました。
きっと夕焼けは期待できると思い、
私の家の近所の、夕焼けを見る場所に急行しました。
そこでの撮影。↓
私が撮影していたら、ジョギングしていた人も、
携帯で撮影していました。
顔を見合わせ、「キレイですね」と言い、
「そうですね」と答えてくれました。
共感者がいるとうれしい。
かつて同じ場所で、自己最高の夕焼けを撮った時は、
傍らを歩く人たちは、夕焼けに関心をもってくれませんでした。
※ここでも道草 今日の雲もよかったなあ/8月21日/自己最高の夕焼け(2012年8月22日投稿)
今、目の前には滅多に見ることができないものがあるのに、
なぜ皆さんは見ないんだ。
自分の感性を疑いました。6年前の思い出です。
夕焼けもよかったのですが、
無数の鳥のダンスに注目しました。
(拭いても取れないカメラの汚れが気になりますが・・・)
鳥がたくさん飛んでいるでしょ。↓
鳥の群れがうねるんです。
うっすらと消えかかるのですが、
何かの加減で、またぐわっと黒い粒が目立ちます。
そしてまた薄らぐ。
とても写真・文章では表現できないので、
iPadをカバンから出して、動画で撮影しました。
これです↓
いかがですか?
どうして、こんなに黒くなったり、
薄くなったりするのでしょうね。
でもその変化が面白い。
同じような動画があるだろうと思ったら・・・
思ったら実行。ありました。
これはすごい。
興味深いサイトに出合いました。
※自然から学ぶアイデアの源泉 ネイチャーテック どんなに群れてもぶつからない
このサイトのことは次の投稿で。
以上、11月1日は雲がいい日でした。
鳥の群れというおまけまでつきました。
今日は11月2日。
今回も「曲水の宴」について書きます。
次のサイトを参考にします。
※民俗学伝承ひろいあげ辞典 羽觴 /曲水宴のデコイ・ペルシア ~イスラム文化と古代日本
ここには羽觴のアップ写真が載っていました。
羽觴の窪みに盃を載せます。
次はこのサイト。
このサイトには城南宮所蔵の「曲水の宴図屏風」(吉田元陳 作)
が紹介されています。
曲水の宴の式次第も参考になります。
引用します。
式次第
参宴者参進
時刻 社務所前庭に整列 本殿へ向う
神前列拝
本殿正面庭上に列立 拝礼、終って平安の庭会場に向う(道楽を奏す)
会場整列
歌人・朗詠者・楽人等 庭上に著座
一、歌題拝見
所役 歌題を歌人に進む
歌人 拝見一揖す
一、水辺著座
歌人 各々遣水の座に著き、詠歌の用意をなす
白拍子の舞 楽人 楽を奏し今様をうたう
一、流觴曲水
童子 盃に酒を満たし羽觴を流す
一、一觴一詠
歌人 各々最初の羽觴を見送り和歌をよみ短冊にしたたむ
一、神酒拝戴
歌人 流水の羽觴をとり盃をいただく
童子 歌人の短冊をあつめ供物案に捧ぐ
一、披講(和歌朗詠)
朗詠者 披講の席に進み朗詠す
参列者退下
最後に2012年11月3日に行われた曲水の宴の映像。
今まで勉強してきたことで、
文字解説なしでもよくわかる映像です。
YouTube: 平安朝の優雅な遊びを今に「城南宮・曲水の宴」
ネットのニュースを読んでいたら、
11月3日に北野天満宮で行われた曲水の宴には、
乃木坂46のメンバーが、歌人として参加したことが
書いてありました。
京都にいたらもっと身近な行事なのでしょう。
「歴史ドキリ」に始まった「曲水の宴」の勉強。
これで終了。
今日は11月3日。
この映像で「曲水の宴」を勉強してみたい。
ちなみに、この映像は2015年4月の「曲水の宴」です。
前投稿で次のように引用しました。
歌人7名が紹介され、
歌題「秋の暮れ」が一人一人に告げられました。
7人全員の前で「今日の歌題は”秋の暮れ”です」と
言ったなら、「一人一人に告げられました」では
おかしいなあと思っていました。
今回の映像で判明しました。
つまり、7人の歌人が並んで座っているところへ、
神官が歌題を書いた紙をささげ持って移動。
歌人は一人一人順番に立上がって、
その歌題の書いた紙を開いて確認していました。
こういう少々面倒なやり方だったのですね。
映像で判明しました。
ちなみに、この日の歌題は源氏物語に因んで
「若紫」でした。
童子は上の写真の左に写っています。
引っかかった羽觴を流す重要な役目があります。
細い棒をもって歩いていました。
最初の羽觴。誰も飲みません。
このお酒を下流の農民が飲んだ?
「お流れ頂戴」という言葉の語源になったのではといった
解説が、映像中に聞こえてきます。
(正確には聞き取れませんが・・・)
盃(羽觴)が来るまでに詠むのではなく、
詠んだら盃(羽觴)を取る感じに思えます。
飲み干した盃には菊の花でしたが、
4月は山吹(ヤマブキ)の花のようです。
なるほど。
以上、youtube映像の説明でした。
今日は11月3日。
前投稿のつづきで、「曲水の宴(えん/うたげ)」について。
10月16日に放映された
「京都ぶらり歴史探訪 都を守る最強の神々 5大神社を巡る」
の中で「曲水の宴」が登場しました。
「京都ぶらり歴史探訪」HPより引用します。
約1000年にわたり続いた京の都は、
東西南北を四つの神が守る「四神(ししん)相応」を
配してつくられました。
五社めぐりとは、平安神宮を中心に各方角に鎮座する
4つの社をめぐる、新しい京都の楽しみ方。
四神と5つの社がわかるのがこの写真。
四神・・・玄武(北)、蒼龍(東)、朱雀(南)、白虎(西)
5つの社・・・平安神宮、上賀茂神社(北)、八坂神社(東)、
城南宮(南)、松尾神社(西)
城南宮の説明の中で「曲水の宴」は出てきました。
聞き書きします。
ナレーター:こちらが、平安の遊びを今に伝える
曲水の宴が開かれる場所。
朝廷や公家が参加した年中行事で、
水の上に浮かべられたお酒の盃が、
目の前を通り過ぎる間に、歌を詠みます。
毎年11月と4月、平安の世界がよみがえるのです。
城南宮では11月3日と4月29日の2回、
曲水の宴が行われています。
今日は11月3日。
つまり今日、城南宮では曲水の宴が行われていました。
今日はどうだったのかな?
「城南宮」「曲水の宴」で調べて、
曲水の宴について詳細に書いてみたいです。
まずはこのサイト。
wakasa15thfd 城南宮・・・曲水の宴2014A(2014年の記事)
引用します。
歌人7名が紹介され、
歌題「秋の暮れ」が一人一人に告げられました。
この年は「秋の暮れ」ですが、
毎回お題は違うようです。
歌人は7名。男性5名、女性2名です。
童子達によって川に流された羽觴(うしょう)を
最初は見送り、次に来るまでに和歌をしたためます。
羽は鳥の羽、觴は盃の意味だそうです。
詠み終わった人が盃のお酒を飲んで、
菊の花を盃に入れます。
これが飲んだよという合図。
7人が、歌を詠んで飲み終わったのがわかったら、
終了。
「羽觴」は、こんなクイズになっていました。
正解はもちろん②です。
説明は上記サイトを見てください。
羽觴が川の何処かにひっかからないよう
童子が絶えずチェックしています。
男性は自分で羽觴を取り飲みますが
女性は神子(みこ)がやってくれ、飲むだけです。
最後童子が歌を集め、神官によって朗読されました。
曲水の宴が少し詳しくなりました。
今日は11月3日。
NHK for schoolで見ることができる番組「歴史にドキリ」
その中で「藤原道長」のことを扱った放送を
ここで見ることができます。↓
この番組で、平安時代の貴族のくらしとして、
優雅な遊びが紹介されていました。
蹴鞠(けまり)とともに紹介されていたのが、
曲水の宴(きょくすいのえん)でした。
聞き書きします。
ナレーター:庭では貴族たちが、
優雅な遊びをしていました。これは蹴鞠です。
鹿の皮を合わせたボールを蹴って、
地面に落とさないようにする遊びです。
これは曲水の宴。
地域によっては「ごくすい」とも
「こくすい」とも呼びます。
盃(さかずき)が流れてくる間に、歌を作るという
貴族たちの優雅な遊びです。
蹴鞠については、以前からよく知っていましたが、
曲水の宴については知りませんでした。
この番組で初めて知りましたが、
今一つ具体的に見えてきませんでした。
Wikipediaで勉強。
引用します。
水の流れのある庭園などでその流れのふちに出席者が座り、
流れてくる盃が自分の前を通り過ぎるまでに詩歌を読み、
盃の酒を飲んで次へ流し、
別堂でその詩歌を披講するという行事である。
ということは、上流に座っている人ほど、
早く詩歌を作らなければならないということだろうか?
そんな野暮ったい質問をしたくなります。
どうなのだろう?
偶然、他の番組で「曲水の宴」を見ることがありました。
次の投稿で書きます。
今日は11月1日。
初回は見なかったドラマ「僕らは奇跡でできている」
毎週火曜日9時から東海テレビで放映されています。
奥さんに言われました。
「そっち(私のこと)が好きそうなドラマだよ」
試しに見たら、奥さんの予想通りはまってしまいました。
主人公の相河一輝(高橋一生)は、都市文化大学の講師。
動物に関することを楽しそうに学生に教えている日々。
第4回(10月30日放映)で、次のような場面がありました。
群馬県で学生4人と一緒に天体観測をしていた時の会話を
聞き書きします。
鮫島教授は、相河を講師に迎え入れた人。
相河:星がよく見えます。
琴音:そうなの?
龍太郎:わかんねえのかよ。東京と全然違うだろ。
琴音:空なんか見ないもん。見る?
桜:見ない。
琴音:先生はどうして大学の先生になったんですか?
相河:鮫島先生に誘われました。
最初はあまり気が進みませんでしたが、
自分が面白いと思うことを話せばいいって言われました。
琴音:ふ~~ん・・・
桜:その前は何をしてたんですか。
相河:フィールドワークです。
鮫島先生や他の先生に声をかけてもらって参加しました。
バンクーバーでシャチの個体数調査とか、
タイの森でゾウの食性調査とか、
国内では屋久島サルの群れの行動調査とか・・・
巧:それってお金もらえるんですか。
相河:はい。日当というかたちです。
巧:いいなあ、好きなところ飛び回って、それでお金もらえて。
相河:はい。ありがたいです。
この会話は印象に残りました。
「面白いと思うことを話せばいい」
とても魅力的な言葉です。
教師の基本はやっぱりここだと思いました。
最近、遠慮していました。
私の授業は進度が遅いので、早めなくてはなりません。
日々面白いと思っていることを話していると、
時間が足りません。
割愛していました。
でもやっぱり消化不良です。
今日の授業では話しました。
面白いと思っていることを話しました。
なるべく高速で。
このブログに書いてきたことが、
私には面白いと思ったことです。
ネタは大量です。
ドラマのおかげで、
今日の私の授業は、自分にとって納得に近い授業になりました。
面白いことを話して、必要なことも高速で教えたい。
「それでお金もらえていいなあ」
とうらやましがられる教師になりたい。
今日は10月31日。
歴史の授業で、鑑真を教えるにあたって、
2015年9月9日に放映された
「歴史秘話ヒストリア 愛と信念は海を越えて
鑑真と弟子たち 7000kmの旅路」や
2011年8月8日に放映された
映画「天平の甍」(1980年/昭和55年)を見せました。
その他、唐招提寺関連で、
絵本「すみ鬼にげた」(岩城範枝作/福音館書店)を
読み聞かせした学級もありました。
※参考:ここでも道草 日帰りで奈良へ7・・・本物のすみ鬼(2010年8月11日投稿)
そのうちの映画「天平の甍」について。
若い頃に、原作を読んで、映画も見た覚えがあります。
2011年にテレビ放映されたのを、
チャンス!と思って録画しておいたのが、
今回役に立ちました。
テレビ放送を見るといきなりこの画面が出ます。
これには事情があります。
Wikipedia 「天平の甍」から引用します。
ねばり強さで知られる熊井啓監督が、
1957年の小説連載開始から映画化を企画していたもので、
ねばり強い中国ロケ折衝が実り、
非常に困難だった中国ロケの戦後一番乗りを勝ち取った。
最初に1979年6月下旬から8月まで、
蘇州などで中国側から全面協力を得てロケをスムーズに行い、
同年10月から再び中国ロケを行った。
日本と中華人民共和国の間で、
日中平和友好条約が締結されたのは、
1978年8月のことでした。
そのような条約が結ばれた直後とはいえ、
反日感情をもつ中国人が多かっ時代なので、
中国ロケの許可はなかなか下りなかったと想像します。
それなのに、ロケがOKになって、このような映画ができました。
だからこの画面なのでしょう。
そして始まります。
「甍(いらか)」とは?
屋根の瓦のことです。
原作本を読むと、日本に戻ってきた主人公の普照のもとに、
中国から1個の甍が届きます。
それは古い鴟尾(しび)でした。
だれが送ったかは不明でした。
この鴟尾を、普照は唐招提寺の工事の司(つかさ)に差しだします。
できあがった唐招提寺の金堂の屋根には、
この唐からきた鴟尾の形が使われた鴟尾が、
屋根の両端に置かれていました。
今回、授業で映画「天平の甍」を紹介したところ、
原作本を届けてくれた生徒がいました。
(こういう行動が尊い。行動することで、関心が高まる。
好奇心に引っかかるものが確実に増える。
きっと将来、「鑑真」が目の前を通過する時に、
この生徒の好奇心に「鑑真」は引っかかり、
追いかけるでしょう。)
若い頃に読んだ同じ文庫本であり、懐かしかったです。
この表紙だったと思います。
この本は「昭和55年2月20日 41刷」とありました。
まさに読んだ頃です。
200円!
今は500円以上します。
昔の文庫本は字が小さい!
引用したくても文字が小さいのは大変なので、
必要なページは拡大コピーをしました。
また近日中にブログに引用します。
初版が出たのは昭和29年のこと。
漢字とか言い回しなど、今とは違います。
その辺りを、このブログに書き留めておきたいです。
今日は10月31日。
10月17日までに3ページ。
内容は情報教育。
10月30日までに4ページ。
内容は人権教育。
紀要の原稿を書く宿題があった10月でした。
こうやってブログには、日々気ままに文章をうっていますが、
紀要となると、そうは簡単ではありません。
でも、自分らしさは出そうと思いました。
ずっと心の重みでしたが、昨日でどうにかなりました。
ホッとして、昨日は出張先から、
早めに帰路につきました。
ふと見ると、西の空が素晴らしい。
もうすぐ日没で、赤く染まっていました。
思い立って海まで行ってきました。
そこで撮った写真。
水平線に沈む夕日の撮影なんて、
今までありそうでなかった?
3枚目の写真の撮影時刻は、ほぼ午後5時。
この直後に日は没したので、
この辺りの日没時刻は午後5時でしょう。
調べてみよう。
その結果、午後4時59分でした。
写真に映り込んでいた時刻です。
デジカメの時刻は正確でした。
この日は出張に出かける時にも
空を撮影しています。
やっぱり秋の空はいいなあ。
山に行って、秋空を眺めたいと思いました。
※今回写真を掲載してみて、
写真に汚れが写り込んでいることに気づきました。
拭いても落ちない汚れ。
う~ん、厄介だ。
※よく見たら、水平線ではありませんね。
上記の記述は間違いでした。(11月2日記)