2020年2月 3日 (月)

「バナの戦争」⑤ 生きていくのに疲れちゃった/私たちは生き抜いた

 

今日は令和2年2月3日。

  

前記事に引き続き

バナの戦争」(バナ・アベド著/金井真弓訳/飛鳥新社)

より引用します。

   

【バナ】

もう疲れ切っちゃって、希望なんか持てなかった。生きていく

のに疲れちゃった。爆弾がわたしたちの上に落ちてきて、これ

以上生きなくてもよくなったら楽かもしれない。

(192p)

  

生きていくのに疲れちゃった」は辛い言葉です。

  

バナと家族は、チャーターされたバスで

命からがらアレッポを脱出することができました。

さらに飛行機でトルコに避難します。

  

 

【バナのお母さん】

バナ、あなたを守るためなら私はどんなことでもする。でも、

あなたは黙ってはだめ。あなたの声をあげさせないことこそ、

彼らの望みなのだから。この世の始まりから、平和の担い手を

黙らされようとしてきた。

でも、あなたを沈黙させようとする行為は、あなたのメッセー

ジがどれほど強力なものかを証明するだけ。あなたは世界を変

えられるし、彼らもそのことを知っている。だから私たちは口

をつぐまないし、平和しか望まない幼い少女を傷つけたがる卑

怯者に負けるつもりはない。罪のないシリアの人々や、戦争に

よって被害を受けているほかの国の人々のために、私たちは声

をあげ続けなければいけない。

私たちは、戦争がどれほどむごいものかを知っている。私たち

が声を発しなければ、だれがやるの?私たちは生き抜いた。そ

の奇跡に対するお返しは、ほかの人たちが生きられるように手

助けすること。

(218p)  

   

「私たちは生き抜いた」よかったです。

   

これが最後の引用。

 

【バナ】

難民キャンプで暮らさなければならない人がいるのはまちがっ

ている。いつもこわい思いをして暮らしている人や、友だちや

家族を助けられない人、ママが死ぬところを見てしまう人がい

るのも、ちゃんと飲める水や食べ物や家がない人がいるのもま

ちがってるわ。何かがまちがっているとわかっていたら、直さ

なくちゃね。どこの国に住んでいても、みんな助けあわなきゃ

だめなのよ。

(224p)

 

まちがっていることが、直るような世の中になってほしいと

切に思います。しかし、国レベルでは非常に難しいことも、

昨年読んだ「シリア内戦」でも感じました。

どうにかならないのか。

みんな戦争はまちがっていると思っているはずなのに。

  

  

  

「バナの戦争」④ 世界が何もしてくれないことへの怒り

  

今日は令和2年2月3日。

  

前記事に引き続き

バナの戦争」(バナ・アベド著/金井真弓訳/飛鳥新社)

より引用します。

時間は有限なので、厳選して引用します。(これが難しい)

  

  

【バナのお母さん】

バナ、死についてあなたに説明しなければならないのは、母親

の務めの中でも一番つらいものだった。戦争が起こる前、あな

たは死のことをまだ知らなかったのに、突然、死がそこらじゅ

うに存在するようになったのだから。

(中略)

(バナの友人の)ヤスミンが(爆撃で)亡くなったとき、私の

中でも何かが変わった。あの後の残虐な数カ月、私たちが包囲

されたときも。恐れや苦悩とともに、私は怒りを覚えるように

なった。私たちだけが耐えなければならず、世界が何もしてく

れないことへの怒り。わが子を守れない無力な自分への怒り。

爆弾を落とすことや子どもが殺されることが許されている世界

への怒り。人には寛大で公平にやさしく接しなさいとあなたに

教えた私が、こんな世界しか与えてあげられないことへの怒り

を。

(139p) 

  

バナのお母さんの文章は、戦時下で大人が感じるであろうことが

書いてあります。したがって共感するところが多いです。

私もそう思うだろうなと思います。

特に「世界が何もしてくれないことへの怒り」はドキッとします。

  

【バナ】   

包囲や爆弾にすっかりうんざりだった。ずっとこわがり続けて、

人がけがしたり死んだりするのを見て、それでも希望をなくさ

ないようにするのは、本当に難しい。前みたいに幸せなときが

戻ってくるなんて思えなかったし、ますますひどくなるだけだ

った。

ママに聞いてみたの。シリアやアレッポの外にいる人たちは、

わたしたちに起こっていることを知っているのかなって。どう

して人を殺すのをやめなさいって、だれも政府に言わないの?

人には親切にして、助けてあげなきゃいけないのに。パパとマ

マはそう教えてくれた。だったら戦争をしていいはずがないわ。

こんなにたくさんの人や子どもたちが死ぬなんて、まちがって

る。

(159p) 

   

もっともな疑問だと思います。

一人一人ならどの人にも親切心などの優しい気持ちがあるけれども、

国レベルになると、思うようにいかない。

当然のことがそうならない。

  

  

バナは、ツイッターで自分たちのことを発信し始めます。

    

【バナ】   

毎日ツイッターで、アレッポがどんなにひどいことになってい

るか伝えた。こわい思いをしたらそのことを書いた。世界にス

テキなことを伝えるのも楽しかった。わたしの歯が抜けたとき

のこととかね。

ママは、英語でどう言ったらいいか、いっしょに考えてくれた。

わたしたちはたくさんの写真や動画も撮った。世界中の人に、

シリアで起こっていることを見てもらえるように。どんなひど

いか目で見ないと、みんながわたしたちの話を信じてくれない

かもしれないと思ったから。死体の山やぼろぼろになった建物

とかを、全部見ないと。

(163p) 

  

インターネットは力です。内戦中の現場から少女が様子を

伝えることができるのです。

  

【バナ】

すぐにメッセージが届き始めた。世界中の大人からも子どもか

らも。みんながわたしの話を聞いてくれているなんて、信じら

れない気分だったわ。しかもとても親切なメッセージを返して

くれたの。

(162p) 

 

よかったねとホッとした文章。

でも国レベルでの変化はなかなか起こりません。  

  

彼女はこんなものも見てしまいます。

  

【バナ】

一週間後にマルワのお父さんは見つかったけど、遅すぎた。爆

弾で死んだとき、人の体は建物と同じようにぺちゃんこになる。

建物と同じように灰色になる。ぐにゃぐにゃになったり、足と

か腕とか体の一部がちぎれたり、顔がとれてしまうときもある。

とても見ていられない。

けれど、わたしは思ったの。もし世界中の人が、そんなひどい

様子を見たら、ものすごくたくさんの人が一瞬で死んでいるの

を知ったら、わたしたちを助けてくれるかもしれないって。

(166p)

  

  

酷い光景です。

それを7~8歳で見てしまったのです。

  

  

つづく

「バナの戦争」③ もっとしっかり準備しておくべきだった

  

今日は令和2年2月3日。

  

前記事に引き続き

バナの戦争」(バナ・アベド著/金井真弓訳/飛鳥新社)

より引用します。

  

 

【バナのお母さん】

おそらく私たちは、もっとしっかり準備しておくべきだったの

よ。アレッポでの戦争に対する準備を。

何年も前に、この戦いの種はいくつもまかれていた。「アラブ

の春」が招いたほかの国での争いや混乱を、私たちは見てきた。

どこかで政権が倒れ、指導者たちが退けられたり殺されたりす

るさまを見てきた。でも、すいうことははるか遠くの話で、絶

対にシリアでは起こらないーーー手遅れになるまで、だれもが

そう信じていた。

(64p)

  

【バナのお母さん】

シリアで武力衝突が始まったーー2011年、ダルアで暴動が

起こり、政府軍によってティーンエイジャーたちが逮捕され、

むごたらしく殺害されたーーのは、学校でスプレーを使ってア

サド政権に反対する落書きをしたというのが理由だった。私た

ちは衝撃を受け、絶句したけれど、それでもまだ自分には関係

ないことだと思っていた。悲劇ではあっても、現実には思えな

い。他人の苦しみをそう感じるのと同じように。

(64~65p)

  

お母さんのこの正直な気持ちは、共感できます。

きっと私が同じ立場でもそう考えるだろうなと。

お母さんの話から、戦争前のシリアは

平和であったこともわかりました。

  

  

【バナのお母さん】

戦争が起こる前に心配していたあれこれを今思うと、私はわら

ってしまうわ。あなたがくしゃみをしたり、少しでも咳をした

りするたびに、あわててしまったのだから。

この子はお菓子を食べすぎているんじゃないかしら?テレビを

どれくらい見せていいの?そんなことが一番の心配の種になる

のだったら、どんなにいいか。

何か食べるものがあるのかを心配するのではなく、あなたが何

を食べているかを案じるならいいのに。あなたに銃弾や爆弾の

破片が当たることではなく、ちょっとした風邪のことを心配す

るのならいいのに。

(70~71p)

  

そう思うんだよなあ。日本では、子どものゲーム時間が

問題になっています。

  

  

【バナ】

うちの近くの公園に小さな観覧車が組み立てられていたので乗

りにいった。ちょっとだけだよ、とパパ。まだ長い時間、外に

いるのを不安に思っていたの。安全なときでも、そういう不安

を追いはらうって難しい。

(弟の)ヌールは観覧車を気に入ってくれなかった。一周目、

てっぺんまで着いたときに泣いていた。でも慣れてくると、観

覧車が好きになってくれた。

わたしたちは十分間、観覧車に乗って何周もした。ママとパパ

はわたしたちを見ながらニコニコして手をふり、写真をとって

くれた。

あまりにもつらいことをたくさん経験すると、楽しい時間に気

づきやすくなるし、幸せな気持ちもさらに増えるの。

その日、わたしたちはとても幸せだった。そもそも戦争がある

なんてことを、ほとんど忘れるくらいに。

(110~111p)

  

爆弾が降りそそぐ街で、観覧車を組み立てた人がいることに驚き。

ふだんならささいなことが楽しく幸せに感じると

7~8歳の少女が記しています。

本当はもっと大きくなってから感じることだと思います。

戦争が少女を急速に大人にしていると思いました。

  

  

つづく

「バナの戦争」② 来る日も来る日も、爆弾、爆弾、爆弾

  

今日は令和2年2月3日。

  

前記事に引き続き

バナの戦争」(バナ・アベド著/金井真弓訳/飛鳥新社)

より引用します。

  

この本は、バナとお母さんの共同執筆です。

  

【バナのお母さん】

バナ、知っていた?アレッポは世界でももっとも古くから人が

住んでいた街のひとつなの。何千年ものあいだ、私が歩いてい

るのとまさに同じ場所を歩いてきたまさに同じ場所を歩いてき

た先祖たちとのつながりを感じると、気持ちが安らいだ。

アレッポ城にはいつも家族連れの恋人たちがたくさんいて、そ

の日も早春の一日を楽しんでいる人々でいっぱいだった。ごく

ありふれた、平和な毎日ーーー戦争が起こる前はそうだったの。

パパは仕事に行き、私は買い物をしてアベドおばあちゃんが料

理するのを手伝う。そして、夕食後は家族みんなで近所を散歩

したものよ。

今ではとても考えられない日々だけど、私たちはそんな毎日が

続くのがあたりまえだと思っていた。自分たちが歩いている場

所が、何世紀もそこにあった建物が、まもなく何もかも壊され

てしまうなんて、想像すらできなかった。

(13~14p)

  

舞台はアレッポ。歴史を感じることが出来た街に爆弾が落ちます。

  

  

【バナのお母さん】

あなたの名前はアラビア語で「木」という意味よ。強い女の子

になってほしかったから選んだんだけど、バナ、あなたはその

とおりの女の子ね。

(16~17p)

  

  

【バナ】

そのときから来る日も来る日も、爆弾、爆弾、爆弾。大きな飛

行機がいくつも空を横切ってきて、あっちにもこっちにも、ど

こにでも爆弾を落とした。飛行機がうんと低く飛んでいて、パ

イロットの顔が見えることもあった。

あの人は知っていたのかな?

自分が人を傷つけ、殺してるんだっていうことを。絶対知って

た。でも、どうしてそんなことできるの?

(36p)

  

【バナ】  

戦争を経験したことがない人は、爆弾にはひとつの種類しかな

いと思うかもしれない。でも、実際にはいろいろちがった爆弾

があるの。わたしは覚えが早いから、すぐわかるようになっち

ゃった。

どんな音がするかで、種類がわかる。

笛みたいに長くて甲高い音がして、大きくドカーンと鳴る爆弾。

車のエンジンがふかされるみたいな、ブーンブーンという音が

してから、ドカンと鳴る爆弾。

それから、落ちてくる間じゅう、バッ、バッ、バッと音がして

いる爆弾。これはクラスター爆弾(たる爆弾)で、小さな弾が

いっぱい入った大きな爆弾。地面にあたると、するどい破片が

一面に飛び散るの。

静かな爆弾もある。ほとんど何の音もしなうて、ドカーンと鳴

ったら空を明るい黄色に照らす爆弾。空を明るくする光はリン

と呼ばれるものよ。

(38~39p)

  

以前読んだ「シリア内戦」にも何度かでてきたたる爆弾。(樽爆弾)

※参考:ここでも道草 「シリア内戦」① 物理的な達成感も味わった本(2020年1月19日投稿)

動画がありました。

一つの爆弾から広範囲に小さな弾が飛び散って爆発する様が

見てとれます。


YouTube: クラスター爆弾を投下するロシア軍 着弾映像 シリア空爆

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そしてリンが光る爆弾。白リン弾。

Wikipediaによると、白リン弾は照明効果、焼夷効果があるそうです。

次の動画を見ると、落下した街では延焼が起こっています。


YouTube: ロシア軍 白リン弾投下の映像 シリア空爆

Photo

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バナは、爆弾の種類を覚えてしまうように、

普通の子どもがしないような体験を数多く体験します。

  

  

つづく

2020年2月 2日 (日)

「バナの戦争」① 少女から見たシリア内戦

今日は令和2年2月2日。

  

1月30日朝日新聞朝刊の記事です。

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シリア内戦は今も続いています。

この記事の中にあるアレッポで生まれ育った少女、

バナ・アベドさんが書いた本を読みました。

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バナの戦争」(バナ・アベド著/金井真弓訳/飛鳥新社)

  

シリア内戦の最中、2016年9月24日に、

バナはツイートします。

「わたしは平和が欲しい」

そしてアレッポの状態をツイッターで伝えます。

その中の1通。

「今夜、わたしは死んじゃうかもしれない。とてもこわい。

爆弾に殺されてしまう」

彼女は発信をし続けます。

アレッポが包囲される絶体絶命の危機を生き抜き、

トルコに脱出できた後に書いた本です。

少女からみたシリア内戦のルポルタージュです。

  

引用は明日。

おやすみなさい。  

「君が地球を守る必要は・・・」⑥ 食料も水も本当は足りているのに・・・・

  

今日は令和2年2月2日。

  

前記事の続きで、

君が地球を守る必要はありません

(武田邦彦著/河出書房新社)より

引用していきます。

  

  

筆者が10年ほど前にある発展途上国の国立大学の副学長に会

って、大学に施設を見学させてもらった。その大学の研究所は

「どうしたら石油を使って大量生産するか」という目的を持っ

たものばかりだった。そこで筆者が「日本は大量生産を進めた

結果、資源が無くなったり環境が悪くなるのではないかと心配

されています。このまま発展しても良いのでしょうか」と質問

したら、「私たちも日本人と同じ人間です。日本人の生活レベ

ルは一度、経験したいと思います」と言われてグーの音もでな

かった。

その時、筆者も傲慢になったものだと反省しきりだった。日米

や欧米の先進国がやりたい放題やって、環境を破壊し、石油が

枯渇しようとしている。だからといって、これから豊かになり

たいと思っている国に、「私たちが汚したので、セーブしてく

ださい」と言うのはあまりに身勝手なのは当然だ。

しかも世界の多くの国がまだ発展の途上にあって、人口で言え

ば5分の4の人たちが、「これまで植民地として圧迫され、そ

ろそろ発展しようと努力している人たち」だから、日本が石油

を節約したり、節約を呼びかけてもどうにもならないのは当然

だ。もし、節約を呼びかけられる資格があるとしたら、日本や

ヨーロッパではなく、発展途上国の人たちだろう。その人たち

に、「私たちは豊かな生活をあきらめるから石油を節約しよう

ではないか」と言われたら、その時には協力しなければならな

いかも知れない。

(180~181p)

  

10年前に発刊した本です。当時より石油の枯渇は

あまり問題になっていないように思えます。

今はとにかく温暖化です。気候変動です。

二酸化炭素を出さないようにしようと呼びかけられています。

しかし、その点で、武田教授の10年目の意見は同じです。

そして再びこの記事 ☟ に載せた論文

「日本は石炭火力で多くの人々の命を救える」

再読したくなりました。

ここでも道草 石炭火力を考える/石炭火力の勉強を始める(2019年12月28日投稿)

まずは発展途上国で、簡単に消えていく命を救わねばと

あらためて思います。次の文章も同趣旨です。

  

世界には約60億人の人がいて、そのうちの5分の1が先進国、

5分の4が発展途上国で、5分の4の人の収入は日本人の10

分の1ぐらいと覚えておけば良いと思う。つまり日本人から見

ると、生活が苦しい人が世界の80%もいて、日本に住んでい

るのは奇跡に近いとも言えるのだ。

貧しい人にとって、もっとも怖いのは「食べるものが手に入ら

ない」ということで、事実、アジアやアフリカを中心として8

億人の人が飢えていると国連は報告している。

それでも、もし世界中で収穫しているなら、環境問題というよ

り人類の生存に関わる重要な問題だが、実は、「8億人も飢餓

の人がいて、1年に東京の人口よりも多い1500万人が餓死

している」のに、世界全体の穀類生産高は人間の食糧として使

われる分は20億トンで、1人あたり300キログラムを超え

ている。つまり、本当は、「世界全体の人が十分な食事を楽し

めるだけの穀類が採れているのに、8億人の人が飢えている」

というまったく理解が出来ないことが起こっているのだ。

その理由の第一は、「昔は食料をわけたのに、今ではお金で買

うから」ということだ。

(中略)

お金持ちがたくさんの食料を買いこんで、その一部だけを食べ

て残りを捨てる。そうすると、全体としては食料が足りていて

も、お金持ちが余分に買って捨ててしまうから、貧しい人はひ

もじい思いをする。これが現在、世界全体の人が飢えないよう

な量の食料が採れているのに、8億人も飢餓の人がいる理由な

のだ。

(205~207p)

  

今年1月1日放映の「NHKスペシャル 10YearAfter

未来への分岐点」という番組で、淡水についても同じことを

言っていたことを思いだしました。

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食料も水も足りているはずなのに、

不足で苦しむのが現状なのです。

水不足に関する本も読んでみたいとこの番組で思いました。

  

  

最後の引用。

  

今後は是非、テレビの情報を鵜呑みにするのではなく、学校で

習ったことを使って自分で考える習慣をつけてもらいたいと思

う。

(204p)

    

 

読書もテレビ視聴も大事な勉強。

鵜呑みにしないためには、勉強を続け、発信し続け、

人の意見は聴き、できることは実行に移していくことかな。

  

「君が地球を守る必要は・・・」⑤ 僕たちが守らなければならない自然とは?

  

今日は令和2年2月2日。

  

前々記事の続きで、

君が地球を守る必要はありません

(武田邦彦著/河出書房新社)より

引用していきます。

  

  

日本に昔から棲んでいたオオカミはすでに絶滅してしまった。

まだクマやシカはすこしいるけれど、だんだん数を減らしてい

る。タヌキ、リス、イノシシなどのように身の回りにいた動物

もあまり見かけなくなってきた。

でも、このような「田舎や森に棲んでいる動物」とは違い、都

会にも少し前まではよく見かけた、スズメ、ツバメ、テントウ

ムシ、ハエ、蚊、アブ、ガ、チョウなどもほとんどその姿を見

ることが出来なくなった。動物と言えば、犬や猫のような家に

一緒に住む動物しかいなくなった。あまり目立たないけれど、

舗装され、田畑も徹底的に管理されてきたので、ミミズ、ヒル、

ザリガニ、メダカなども姿を消した。確かに、ハエがいると食

品中毒になるし、蚊がいると刺されてかゆい。でも、本当に都

会に住んで、小さな動物すら見なくなった社会はまともなのだ

ろうか?

(中略)

僕たちが守らなければならない自然とは「人間にとって害虫に

なったり、醜いものは絶滅させ、可愛い動物だけをどこかに囲

い込んで管理する」ということなのだろうか?

(168~169p)

  

この本が発刊されたのは10年前のことです。

少し事情が変わっているなと思ったのは、

クマは、猟師が減ってきたために

頭数を増やしているようだということ。

そしてヒル。ヒルは今までにいなかった山にも

出没するようになってきました。増えています。

  

そしてもうひとつ。

ミミズ。

先日、庭で草取りをしていたら、長くて太いミミズと遭遇しました。

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定規は15cm。ミミズの体長は30cmには届かないと思いますが、

25cmは超えていると思います。

久々に見ましたね、これだけ大きなミミズ。

しばらく見とれ、そしてカメラを持ってきて撮りました。

  

今も庭のどこか地中で活動しているんだろうな。

  

つづく

    

通算6900本目の投稿/文章の力・絵の力

  

今日は令和2年2月2日。

  

2月1日朝日新聞朝刊「声」の欄より。

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節分間近。いいですね、この文章。

91歳の方が語られているのがいいなあ。

80年余という時間をこの文章ですっと飛んでいき、

当時のご両親の姿が目に浮かび、

ご両親の思いが枠からあふれ出てきます。

文章の力を感じます。

  

   

次は絵の力。

同じく2月1日朝日新聞朝刊より。

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やっぱり「桜を見る会」はおかしい。

 

「君が地球を守る必要は・・・」④ 自然は荒々しく、人間の普通とはまったく規模が違う

  

今日は令和2年2月2日。

  

前記事の続きで、

君が地球を守る必要はありません

(武田邦彦著/河出書房新社)より

引用していきます。

    

  

でも、なぜ2000年も前から(水銀を)使っていたのに、1

953年になって患者さんが出たのだろう?(水俣病)それは

ロンドンスモッグと同じような理由からなのだ。

生まれて間もない赤ちゃんにお醤油をお猪口(ちょこ)一杯飲

ませると死ぬとも言われている。つまり、この世の物は、ほと

んどが栄養であり、毒物でもある。どれが毒物とか、どれが栄

養と考えるのは間違っている。多くのものは「限度内だったら

栄養、限度を超えると毒物」と言っても良い物ばかりだ。

(134~135p)

  

  

1990年代には毎日のように新聞やニュースになっていたダ

イオキシンという化学物質があった。ダイオキシンが注目され

たのは1970年代に動物実験でラットやマウスに対して強い

毒性があることが分かったからだ。その毒性も普通ではなかっ

た。これまで猛毒というと青酸カリとがフグ毒などが知られて

いたが、少なくとも動物実験では「青酸カリの6000万倍」

というとてつもないものだった。そこで、「ダイオキシンは、

人間が生み出した史上最強の毒物」ということになったのだ。

新聞やテレビは毎日のように報道し、学会でもダイオキシンを

取り上げた研究が盛んに行われ始めた。

(中略)

ダイオキシンがどこにあるかと調べてみたら、焼却炉の中で大

量に見つかった。おそらく焼却炉の中にある「人工的に作られ

たモノ」が原因しているということになり、「プラスチックを

燃やすとダイオキシンが出る」という結論に達した。

その後、よくよく研究してみると、ダイオキシンの毒性はとて

も弱かったのだ。「ダイオキシンは猛毒だ」という錯覚が蔓延

したのは、「人間が生み出した」というのが間違っていたから

だ。人間は最初に一つ間違うと、その間違いが後まで尾を引い

て、次から次へと間違う。

(141~143p)

  

学校の裏庭にあった焼却炉が一斉になくなった大きな理由である

「ダイオキシン」

最近は話題にならなくなったら、このようになっていたのですね。

確かにプラスチックを燃やすのはよくないという話はありました。

ダイオキシンも、それほど強い毒ではないこと、

山火事があった後の灰からも発見されるように、

ダイオキシンは人間がつくり出したものではないことが

2000年ごろにわかってきました。

勉強、勉強。

  

   

自然界は「普通の状態」というのがそれほど多いものではない。

超大型の台風も来るし、100年に一度も大干ばつも襲ってく

る。自然は荒々しく、人間の普通とはまったく規模が違う。数

年前に、アメリカの南部にカトリーナという巨大台風がやって

きて、ニューオリンズなどに大災害をもたらした。あまり勉強

せずに知識の無い人は、「大変だ。温暖化でこれまでにもない

大型台風が来た。きっと人間が勝手なことをするから神様がお

怒りになったのだ」と騒いだ。でも、この100年でもカトリ

ーナより大型のハリケーンはいくらでも来ているし、第一、ア

メリカ合衆国が独立したのはわずかに250年ほど前だけれど、

それ以後でももっともっと巨大なハリケーンは来ている。かつ

てはアメリカもハリケーンに名前をつけていなかったので、単

に「大きなハリケーン」という意味の「グレートハリケーン」

(1780年)などがあるが、記録に残っている中にも、2万

人以上の人が犠牲になったものもある。

(150p) 

  

私は昨年の台風15・19号が、

温暖化について勉強したきっかけでした。

でもあの台風も、かつてあったことなのでしょうか。

でも勉強したことはいいこと。

これからも温暖化を勉強していきたいとは思っています。

武田教授の意見もだんだんわかってきました。

  

  

つづく

  

「君が地球を守る必要は・・・」③ 1952年12月5日ロンドン

 

今日は令和2年2月2日。

2月3つ並ぶ日です。

2月22日は4つ並ぶんだ。

  

前々日の記事の続きで、

君が地球を守る必要はありません

(武田邦彦著/河出書房新社)より

引用していきます。

  

長い引用ですが、歴史的な事件を書き留めておきます。

  

1952年12月5日。その日もいつもの冬の朝と同じように

始まり、朝、まだ暗いうちから家々では石炭をくべ始めた。そ

の頃のロンドンではほとんどの家に暖炉があり、そこに石炭を

くべていた。だから、暖炉を使い始めると煙突から煤煙(ばい

えん)が出たものである。

また、運の悪いことに、ロンドン市の交通局は、開発されたば

かりのディーゼル・バスの運転を始めたところだった。朝のラ

ッシュ時を控えてバスも一斉に排気ガスを出した。かくして、

朝の出勤時間になると、市民が家の外に出て何となく異変に気

がついた。むせるような気がしたし、堰も出た。でも、それが

何なのか、何が身の回りに起こっているのかハッキリわからな

いまま出勤した。

やがて、朝の10時になり、映画館が開かれる頃になると、ス

モッグが全市を覆い、濃いスモッグが映画館の中にも侵入した。

記録によると、映画の始まりを告げるベルがけたたましく鳴っ

ても、客席からスクリーンが曇って見えにくかったという。客

席とスクリーンの間に空気がすっきりスモッグで曇ってしまっ

たのだ。

昼頃になると、患者が病院に運ばれるようになり、さらに夕刻

には「スモッグがひどく危険な状態にある」ということが分か

ってきた。

その日から4日目、ロンドンにはスモッグが立ちこめ、実に「

推定」で4000人ほどが死亡した。推定というのは、直接的

に気管や気管支の病気で7亡くなった人もいるが、そのほかに

も体力を失って別の病気で死んだ人もいる。だからこのような

時には、この期間にどのぐらいの人が死んだかという数から「

普通の12月のこの時期に亡くなる人」の数を引いて計算する

から推定になる。

でもどうして、ロンドンなんかで、こんなひどいスモッグが起

こったのだろうか?

ロンドンスモッグの直接的な原因は、亜硫酸ガスで、その亜硫

酸ガスがロンドン市内を覆ったからだったkれど、なぜ、亜硫

酸ガスがその日に限ってロンドンを覆ったのかというと、北海

の方から移動してきた寒気団が原因していた。

事件が起こる少し前、イギリスの東北に面した海、北海にあっ

た冷たい寒気団が気圧配置の関係でロンドン上空に移動してき

た。その寒気団の気温はとても低く、それがロンドン上空にき

て止まった。そうなると上空に冷たい重い空気が居座るので、

気流の逆転現象が起こる。

ロンドンスモッグの悲劇はまさにそれが原因していて、暖炉の

煙突やバスの排ガスの亜硫酸ガスは、一度、空に昇ったものの、

逆転層にはね返されて、人間が生活している地表に下降してき

たのである。

人類は長い歴史を持っているけれど、このロンドンスモッグ事

件が起こるまで、人間がしたことで環境が汚れ、それで大量の

犠牲者を出すなどということは無かった。今では信じられない

話だけれど、「まさか人間が出すなにかのものが、自然に影響

をあたえるはすがない」と思っていたのだ。事件が起こり、バ

タバタと人が死んでいっても、空気が汚れたのが原因だとは気

が付かなかった。

結局、このロンドンスモッグは、人間がその原因に気が付いて

対策をとったのではなく、北海の寒気団が数日後にロンドンの

上空から移動して終わった。

(130~132p)

  

※Gigazine 史上最悪規模の犠牲者を出した公害「ロンドンスモッグ」とは?

☝ ここで詳しく知ることができました。

このサイトでも使っているグラフも分かりやすいです。

4   

霧で霞むロンドンの写真を探しました。

5 サイエンス365days

 

これも社会科教師のネタとしてストックしました。

  

つづく

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