2022年7月26日 (火)

ミャンマーの民主活動家ら4人の死刑執行

     

今日は令和4年7月26日。

  


YouTube: ミャンマーの民主活動家ら4人の死刑執行(2022年7月25日)

 

昨晩のこのニュースはショックでした。

ミャンマーの民主活動家ら4人の死刑執行

  

政治犯の死刑は恐ろしいことです。

言いたいことを言えない。

言いたいことを言ったら、命を奪われる。

そんな国が、現在もあるのです。

  

こんなニュースに触れると、

社会科教師であることを思い出します。

できることはないかと考えます。

  

私は寄付ならできます。

寄付は「国境なき医師団」に行っています。

(ミャンマーにも関係する団体です。)

思い立った時には寄付をしています。

今日はその日。

「80歳の壁」⑤ 思い出を残すのが、幸齢者の資産活用

   

今日は令和4年7月26日。

  

前記事に引き続き、

「80歳の壁」(和田秀樹著/幻冬舎新書)

より。

  

年を取ったときの最大の財産は「思い出」だと私は思っています。

人間は年と共に少しずつ体が弱り、行動範囲が狭くなっていきます。

そして、最後はベッドの上で過ごす日が多くなります。そんなとき

に支えとなってくれるのは、「あのときは楽しかった」という思い

出です。

もしもあなたが残せるほどのお金を持っているのなら、思い出にお

金を使う、あるいは自分の幸せのためにお金を使うのがよいと思い

ます。

前項でも話しましたが、子どもに残してもろくなことはないからで

す。自分で稼いだお金、配偶者と貯めたお金なのですから、当人が

使うのは当たり前です。

(107~108p)

  

まだまだわが夫婦は、思い出が少ないと思っています。

仕事中心の日々だったので、退職した今からが思い出づくりです。

この文章は教訓ですね。

80歳になるまでに思い出を作って、再びこの文章と会いたい。

  

  

年を取るということは、経験知が上がるということです。ちょっと

やそっとの刺激では、感動できなくなるのです。

若い頃は350円の牛丼で感動するのに、年を取ると本当に美味し

いものでないと感激できなくなる。初めて東京タワーを見たときは

感動したのに、年を取るとエジプトのピラミッドを直に見るくらい

の刺激がないと、感激できなくなるのです。

目が肥える、舌が肥える、ということです。

世間ではこの事実が見落とされています。年を取ると、脳が衰えて

感動できなくなると思われているようですが、それは大きな間違い

です。

正しくは、年を取ると経験知が上がり、レベルの高いものを求める

ようになる。強い刺激でしか心が動かなくなる、というわけです。

私が「お金を使いましょう」と言ったのには、それも関係していま

す。レベルが高いものを求めようとすると、それ相応のお金がかか

るからです。心を満たすためにお金を使い、思い出を残す。これが

幸齢者の資産活用です。

(112~113p)

  

これは「幸齢者の資産活用」ではなく、

退職した私の資産活用でもあると思えます。

「80歳の壁」④ 栄養不足は、確実に老化を進める

      

今日は令和4年7月26日。

  

前記事に引き続き、

「80歳の壁」(和田秀樹著/幻冬舎新書)

より。

  

食事の量もそうです。くどいようですが「少し太っている人のほう

が長生き」というデータは世界中にあります。つまり、太り気味で

あるほうが好調だと体のほうが知っていて、脳を通して「食べたい」

という信号を伝えているとも考えられるわけです。

たしかに60代くらいまでは、塩分の摂り過ぎも、健康を損なう原

因になるかもしれません。しかし80歳も目前の幸齢者になったの

なら、その常識は一度忘れたほうがいいと思います。

「食べたいものを我慢してダイエット」など自ら寿命を縮める行為

です。栄養不足は、確実に老化を進めるからです。

もちろん、無理に食べる必要はありませんが「食べたい」と思うな

ら、我慢せずに食べたらいいのです。

(95~96p)

  

気をつけなければならないのは、現在の私は60台であることです。

60代の太り過ぎはよくないのです。

夏休みに入ってから、ささやかに15分間サイクリングを始めました。

少しでもやせて、2学期を迎えたいです。

ただ80歳近くになったら、この文章を思い出しましょう。

食べたいと思ったら、食べる。

きっとその頃もブログはやっていると思うので、

「80歳」で検索して、読み直したいです。

  

  

前頭葉の働きが衰えると、日常生活では次のような変化が生じてき

ます。

たとえば、考えることが面倒になる、感情をうまくコントロールで

きなくなる、喜怒哀楽が激しくなる、意欲が衰える、集中できなく

なる、などです。

人間の体はよくできており、使わない機能は退化していきますが(

廃用性萎縮と言います)、使えば活性化していきます。とくに脳は

その傾向が顕著です。

つまり、衰えるに任せておけばどんどん衰退しますが、奮起して使

えば活性化させることができるわけです。

そして、最も効果があるのが「したいことをする」ということです。

前頭葉にとって、それはとても刺激的なことで、脳が活性化するの

です。

(102~103p)

  

町内会長として、地区のお年寄りと出会うことが増えました。

その中には、些細なことで怒る方がおられます。

前頭葉が萎んできてしまっているのかなと思います。

前頭葉は大事です。自分らしく最期を迎えるためにも、

前頭葉を退化させない生き方をしたいと思います。

それは60台の今からでもやるべきことでしょう。  

  

「80歳の壁」③ コレステロール値を下げると、ガンのリスクは高まる

    

今日は令和4年7月26日。

  

昨日の記事の続きで、

「80歳の壁」(和田秀樹著/幻冬舎新書)

より。

   

臓器別診療は、一概に悪いとは言えません。しかし80歳を過ぎる

幸齢者のような場合は、悪い方向に転がるほうが多いと私は思って

います。

たとえば、循環器内科の医師には幸齢者に「コレストロール値を下

げよ」と指導します。動脈硬化になりやすく、心筋梗塞や脳梗塞で

死ぬ人が増えるからです。

しかしコレステロール値を下げれば、免疫機能が低下してしまうの

です。するとガンが進行したり、感染症にかかりやすくなったりし

ます。

つまり、血管系の疾患で死ぬ人は減ったけど、ガンや肺炎で死ぬ人

が増えた、ということが起こるのです。

事実「コレステロール値が高めの人のほうが長生きできる」という

調査結果は多数ありますが、その逆はほとんどありません。

(60~61p)

  

私はまさに、循環器内科の先生から「コレステロール値を下げない

と、死ぬよ」と言われて、ずっと薬を飲み続けています。

ここでも道草 薬の話/7年間飲んできた薬(2019年10月26日投稿)

☝ この時点で7年なので、もう10年飲んでいることになります。

80歳になっても飲み続けているのかな。

ガンになるのもいやだなあ。

  

 

血圧や血糖値を下げても、ガンのリスクは減らないことです。それど

ころか免疫機能が落ちるため、ガンのリスクは逆に高まるとさえ考え

られるのです。特にコレステロールは免疫細胞の材料になるため、コ

レステロール値が高いほどガンになりにくいという調査データもあり

ます。

では、なぜ医師は、血圧や血糖値やコレステロール値を下げようとす

るのか?

答えは、アメリカ型の医療原則を適用しているからです。

アメリカ人の死因の第1位は心筋梗塞で、血圧や血糖値やコレステロ

ール値を下げることが長寿につながります。ところが日本人の死因の

第1位はガンであり、アメリカとは事情も病気の構造も違っています。

それなのに、わざわざアメリカ型を取り入れている。これもおかしな

話だと思いませんか?しかし、それが日本の医療の現状なのです。

(67~68p)

  

おかしな話だと思います。

日本の事情に合わせて、診察してもらいたいです。

コレステロール値を下げるために飲んでいる薬は、

これからも疑いの目を向けながら、飲んでいこうと思います。

心筋梗塞で死にたくないけど、ガンでも死にたくないです。

  

島田陽子さんが大腸がんで亡くなったことが報じられました。

69歳でした。

まだ若い。

無念だったと思います。

2022年7月25日 (月)

民生委員を引き受けてくれる人がいました

    

今日は令和4年7月25日。

  

町内会長の仕事の話。

  

今日はありがたいことに、

地区の民生委員を引き受けてくれる人がいました。

6人の人に断られて、7人目でOKをもらえました。

よかった。難題解決。

  

昨日は市の市民体育大会の予選がありました。

地区からは、ソフトボールとグランドゴルフに出場。

以前は選手として参加していたのですが、

今回は裏方の仕事。

選手の飲み物を用意したり、飲食のゴミを回収したり、

集会所からイスや机を運びだしたり、しまったり、

試合中はバックネット裏で審判補助をしていました。

テントを組み立てたり、解体したりもしました。

もちろん地区のチームの応援もしました。

天気が良すぎて、だいぶ日に焼けてしまいました。

    

電子回覧板というものに今年度挑戦しています。

紙による回覧板と並行して、

各世帯のスマホに地区の情報を送る試みです。

情報が素早く届くのがいいです。

そして、地区の活動に疎くなりがちな若い人たちを

取り込むことができる可能性もありです。

  

先日は4つの要望を持って市役所に行きました。

公園のキンモクセイの剪定、グランドの壊れたフェンスの修繕など。

写真と地図をそろえて要望すると、すぐに動いてくれるよと

アドバイスをもらったので、実行しました。

あれやこれや。

ハーフで働いていますが、

残りのハーフは、町内会長がんばっています。

やっとけばよかったと後悔しないように、

思いついたことは動いています。

「80歳の壁」② 85歳になればだれもが認知症

     

今日は令和4年7月25日。

   

前記事に引き続き、

「80歳の壁」(和田秀樹著/幻冬舎新書)

より。

   

人はなぜ、認知症になるのでしょうか?

答えはとてもシンプルです。年を取るからです。

ただし、幸齢になってから発症する認知症の多くは、とてもゆっくり

と進行する病気です。じつは発症の20年ほど前から少しずつ進行し

ているのですが、ほとんどの人は気づきません。そして発症後も進行

は続き、止めることはできません。

多数のご遺体を解剖して、わかったこともありました。ガンと同じよ

うに、85歳を過ぎた人のほぼ全員の脳に、異変が見られたのです。

アルツハイマー型の脳の変性のような病変です。

つまり、認知症は病気というより「老化現象」に近いものであり、年

を取ると誰にでも起こる症状、というわけです。筋力が衰えて運動が

できなくなったり、肌にシワができたり白髪になったりするのと、同

じことなのです。

(27~28p)

  

これも父親の体験から実感しています。

当初は焦りましたが、このことを知っていたら、

もっと落ち着いて対応ができたと思います。

  

「闘病」という選択が、かえって自分を苦しめることになるのです。

私が80歳を迎えるような幸齢者にお勧めしたいのは、「闘病」では

なく「共病」という考え方です。病気と闘うのではなく、病気を受け

入れ、共に生きることです。

ガン化した細胞を薬で攻撃したり、手術で取り除いたりするのではな

く、それを「手なずけながら生きていく」という選択です。

「病気とわかっていながら闘わないのは敵前逃亡だ」などと思う人は、

こう考えたらいかがでしょう。「逃げるが勝ち」と。

テレビでは、タレントさんの「闘病」を美談にして語りがちです。だ

から「自分も闘う」という気になるかもしれません。しかし幸齢者に

必要なのは「勇ましさ」より「穏やかさ」。「ガンと闘ってくれる医

師」ではなく「ガンで苦しまぬ方法を共に考えてくれる医師」だと思

います。

(46~47p)  

  

これもまた、父親を診てくれているお医者さんの態度でもあります。

こちらは焦りがあったのですが、お医者さんたちは心配ないですよ、

長い目で見ていきましょうという感じでした。

  

今から20年後の80歳代というのは、こういうものなんだなあ。

その20年が短いものに思えたり、長いよと思えたり。

20年経っても元気でいたいなあと思います。

   

   

医師選びでは、医師との相性も大事になってきます。

80歳を迎える幸齢者にとって、病院や医師はとても身近な存在で

す。診察の度に暗い気持ちになったり、気疲れしたりするような医

師とは、つき合わないほうが賢明でしょう。相性がよくないのです。

(中略)病院は具合が悪いときに行く場所ですから、話をしていて

気持ちがいいとか、真剣に話を聞き、応じてくれる医師のほうがい

いに決まっています。

世間的な名医より、自分にとっての「明医」を見つけることが大切

なのです。

「私の最期を看取ってほしい」と思えるようなら、相性は最高でし

ょう。

(58~59p)

  

20年後にそんなお医者さんと出合っているかな。

    

2022年7月24日 (日)

「80歳の壁」① 80歳を超えたら「幸齢者」

    

今日は令和4年7月24日。

  

この本を読みました。

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「80歳の壁」(和田秀樹著/幻冬舎新書)

  

この本のことを誤解していました。

定年を迎えたような人が、

20年後の80歳の壁を乗り越えるための

生き方が書いてあると思いました。

違いました。

和田さんは、80歳前後の人を対象にしていました。

80歳の壁を越えて、100歳までの20年を、

楽しく迎えましょうという本でした。

  

でも勉強になったところはいくつもあります。

引用します。

  

いま日本では、65歳以上を「高齢者」、75歳以上を「後期高齢

者」と呼んでいます。でも「高齢者」も「後期」も、なんだか言葉

の響きが寂しくありませんか。

ここまで頑張って生きてきたのですから、もっと明るくて希望の持

てる呼び方をすべきだと、私は常々思っています。そこで、提案し

たいと思います。

80歳を超えた人は高齢者ではなく「幸齢者」ーーー。

これなら敬意も表せるし、温かみもあります。運も味方です。年を

取ることへの希望も感じられるでしょう。この本では、80歳オー

バーを「幸齢者」と呼びたいと思います。

(24p)  

  

いいじゃないですか「幸齢者」。

何なら65歳以上でもいいですよ。

65歳だって、生きていりゃ幸運だと思いたいです。

  

 

毎年、100人程度のご遺体を解剖させていただいておりました。

すると、本人は自覚していないにもかかわらず、体の中に大きな病

巣があり、それ以外の病気が原因で亡くなっていた、という例が少

なくありません。つまり、最後まで気づかない病気もある、という

ことです。

ガンもその一つです。

85歳を過ぎた方のご遺体を解剖すると、ほとんどの人の体にガン

が見つかります。

つまり、幸齢者になれば誰の体にもガンがある、ということです。

世間の常識では、「ガンは死に至る病で、早期発見・早期治療をす

べき」とされていますが、じつは、それだけとは限らない。本人が

気づかないガンもあるし、生活に支障のないガンもあるのだと、教

えてくれているわけです。

とくに年を取るとガンの進行は遅くなるため、放っておいても大丈

夫なケースが意外と多くあります。みなさんにも、ぜひ、この事実

を知っておいてほしいと思います。

(24~26p)

  

これは90歳の父親で体験しています。

ガンの可能性は高いのですが、安定しているのです。

80歳を過ぎたら、ガンは今より怖くないものになっているかな。

  

ただ、ガンについては、現在なりたくはありません。

ガンで、60~70歳代で死にたくないのが本音です。

最近CMでよく見るN-NOSEが気になっています。

1

n-nose.com

検査価格は13800円~とありました。

どうする?

2022年7月23日 (土)

大魔神を演じていたのは橋本力さん

     

今日は令和4年7月23日。

   

前記事の続きで、

映画「大魔神」について。

  

「大魔神」のことで、ネットを調べると

いろいろ興味深いことがありました。

  

たとえば、大魔神を演じた人について。

眼光するどい目が印象的な人ですが、

名前は橋本力さん。

  

Wikipedia 大魔神には次のように書いてありました。

  

三部作すべてで大魔神役スーツアクターを務めたのは、プロ野球選

手出身の橋本力である。橋本を起用したのは黒田義之で、「主役は

あんただから」と念を押したという。撮影は芋の粉やコルク屑、炭

粉を使った粉塵が飛び交うものだったが、橋本はカメラが回ってい

る間は、決して瞬きをしなかったという。それによって血走った眼

が印象的な当たり役となり、『妖怪大戦争』でも吸血妖怪ダイモン

役で血走った両眼を見せ、強い印象を残している。荒れてしまった

目は、茶でしかきれいにすることができなかったという。森田(撮

影)も「あの人には頭が上がりません」と述べている。

   

プロ野球選手だったというのが気になってさらに調べました。

これもWikipedia 橋本力によると、

1953年に毎日オリオンズに入団。

1957年に毎日オリオンズは大映ユニオンズと合併して、

大毎オリオンズとなりました。この時レギュラーでした。

しかし、翌年、田宮健次郎が入団したことで、

橋本力さんはレギュラーをはずさられることになります。

引用します。(写真もWikipedia)

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1959年(昭和34年)、ケガで二軍落ち。この際に五味康祐原作

の小説『一刀斎は背番号6』が、球団の親会社である大映から菅原

謙二主演で映画化されることとなり、当時二軍にいた橋本はアドバ

イザー兼選手役で出演。実質的な俳優デビューとなった。

しかし、この『一刀斎は背番号6』で、外野でのダイビングキャッチ

を演じた際に鎖骨を折ってしまうアクシデントに見舞われ、この年

オフに自由契約となり、現役引退。

これを気の毒がった本社の意向もあり、『一刀斎は背番号6』で助監

督を務めた中村大十郎が同じ大映の社宅にいたことで「役者になら

ないか」と誘われ、俳優に転身。本人によるとそのまま撮影所長から

大映社長の永田雅一に話が進み、トントン拍子に決まったと語ってい

る。

1960年(昭和35年)1月1日に、「大映ニューフェイス」として

正式に入社発表される。同期入社に伊丹十三等がいる。以後、大映京

都撮影所の専属俳優となる。役柄は悪役を中心とした端役が多かった。

1966年(昭和41年)、上背の高さを生かして『大魔神』で大魔神

のスーツアクターを務める。この年3本製作されたこの「大魔神シリ

ーズ」すべての大魔神役を務める。

  

レギュラーをはずれ、球団の親会社の手伝いをしていて

ケガをして、引退。それじゃあかわいそうだからと、

俳優になったいきさつは、面白いです。

橋本力さんは、2017年に亡くなっています。

橋本さんの演じた大魔神は、テレビで放映されて、

その目は、見るものを虜にしています。

映画「大魔神怒る」「大魔神逆襲」を観ました

    

今日は令和4年7月23日。

   

新聞を見ていて、7月21日に、

映画「大魔神」シリーズが2本放映されることを知りました。


YouTube: 二週連続 7月14日(木)映画「大魔神19時10分~     7月21日(木)映画「大魔神怒る」18時30分~映画「大魔神逆襲」20時15分~新たにオリジナルネガからおこした4K修復版、一挙放送!

7月14日の放映の「大魔神」は録画しそこないましたが、

「大魔神怒る」「大魔神逆襲」は録画することができました。

そして昨晩と今日で、2本観ました。

  

「大魔神怒る」(1966年)の写真です。

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このセットはすごいなあと思いました。

Wikipediaによると、

縦22メートル×横40メートルという広大なもので、武神像の岩壁は

鉄板2000枚、丸太500本、トラック10数台分の伊豆から運んだ火山

岩を用いて作られた破格のものだった。

だそうです。

この武神像を破壊してしまうのだから、すごいことです。

  

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埴輪と思われる顔が、強面の顔に変身する場面は、

印象に残っています。

いつかどこかで、この映画を観ているのでしょう。

  

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今見ても迫力がある巨人像です。

当時、映画館で観た人は、さぞ喜んで観たことでしょう。

大魔神が登場するのは、最後になって、

人間ではどうしようもなくなった場面です。

それまでは時代劇です。

斬り合うシーンや、互いに言い合うセリフはしっかりしたもので、

時代劇を楽しめます。

悪役の俳優さんは、お馴染みの人で、上手です。

若者で、見たことがあるぞと思ったのが、平泉征(成)さん。

りりしい若者でした。

  

映画「大魔神逆襲」(1966年)の写真です。

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こちらは雪景色が、場面を盛り上げていました。

大魔神が剣を抜く場面がありました。

あれは飾りではないんだ。威力があるものなんだと思いました。

  

2本に共通して言えることは、

かなりの犠牲が出てから、大魔神が現れることです。

「大魔神怒る」では、家来や農民がかなりやられています。

「大魔神逆襲」では、子どもの命が一つ失われています。

もう少し早く「大魔神」が登場していたらと思います。

  

最後の最後に出てきて、敵を片付ける姿から、

プロ野球の佐々木主浩(かずひろ)投手は、

大魔神と呼ばれていたのでしょう。

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週刊ベースボールONLINE   

つづく

2022年7月22日 (金)

「ゴールデンカムイ」5巻 シャチは「レブンカムイ」と呼ばれていた

    

今日は令和4年7月22日。

   

前記事に引き続き、

マンガ「ゴールデンカムイ」5巻より。

   

5巻41話には、突然シャチが登場します。

1

浜辺で主人公杉元と囚人辺見が格闘している時に、

シャチが大きな口を開けて、辺見を持ちさってしまったのです。

  

先の日曜日の晩、「ダーウィンが来た!」で、

イルカを襲うシャチを見たばかりでした。

大きな巨体なシャチですが、

すばしっこいイルカに、何度も体当たりをして弱らせ、

餌食にしていました。

シャチのフットワークの良さを見たばかりだったので、

辺見を持ちさってしまったのは納得です。

  

アイヌの少女が、シャチを見て叫びました。

「レブンカムイだ!!」

  

「レブンカムイ(沖にいる神)」が人を襲うなんて。

本当はクジラを追ってこの時期集まって来る」

「私たちはシャチに追われて浜に打ち上がった

『寄りクジラ』も食べる。

だからシャチは山のような肉を届けてくれる神として

イソヤンケタル(獲物を浜に上げる神)、

イコイキカムイ(それ”クジラ”をいじめる神)とも呼んでいる。」

(第41話)

  

よく調べているなと思います。

杉元は、悪戦苦闘して、シャチから辺見の死体を取り戻します。

シャチは結局、浜辺に打ち上げられます。

そのシャチの肉を竜田揚げにして、みんなで食べます。

このマンガの著者は、料理にも詳しいみたいで、

そのレシピまで描いています。

クジラの竜田揚げを思い出しながら、読みました。

  

アイヌの少女アシリバは、

シャチの背筋(はいきん)をもらいます。

なぜか。

弓の弦にするそうです。

クジラの背筋を乾かして叩き、細く裂いて作った弦は、

湿気や乾燥で伸びたり縮んだりしないそうです。

「レブンカムイのなら、もっと強い弓になるはずだ」

(第42話)

  

知的好奇心をくすぐるマンガです。

夏休み期間中に、何巻まで読めるかな。

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楽餓鬼

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