町内会の草取りで、先輩の訃報を聞く
今日は令和6年8月3日。
前記事でも書いた町内会の草取り。
その時に、思いもよらない方の訃報を聞きました。
その方は、社会科教師の先輩です。
1950年生まれなので、私より11歳年上。
つまり享年74歳と思われます。
早いですよ。
先輩が退職されてから、ちょくちょく誘ってくれて、
年に1回ほど、豊川駅前で2人で飲んでいた先輩です。
コロナ禍で、飲み会の間が開いてしまいましたが、
昨年末に「洗濯場踏切」を調査した時に、
その先輩も、踏切を調べていることを知って、
また飲み会をしましょうと、久々に連絡を取りました。
この記事には、お顔を載せちゃいました。
ここでも道草 7年ぶり「洗濯場踏切」が解決しました(2023年12月26日投稿)
今年の1月27日に食事会が実現しています。
また飲み会をと誘いましたが、体調が良くないんで、
先輩のお宅の近くの食堂での食事会でした。
思えば、先輩の体調は良くなかったけど、
まさか死につながるものだとは、全く思いませんでした。
この写真で持たれている「豊川鉄道物語〜踏切から見えた風景〜」は
この食堂でいただいています。
その時の話では、小学校の授業後教室でマジシャンをやったり、
豊橋市の吉田城付近で、観光ガイドをやられていると聞きました。
まだまだアクティブでしたよ。
自分のやっていたことを、全面的に支持してくれていた人でした。
「あんなたは頑張っとる」
「あんたなら大丈夫」
「あんたならできる」
それはずっとでした。
同じ旧宝飯郡の社会科教師だったから、
出会いは早く、両者若い時からです。
会うとホッとした人です。
自信を与えてくれる人でした。
ここに理解者がいる、ここに味方がいる、といった気持ちでした。
お互いに退職した身分での食事会が最後になってしまいました。
豊川市の「さと」でした。
ここでも道草 喪中見舞いというのを初めて聞いた(2012年11月5日投稿)
この記事で埋め込んだ動画は、今は見ることができません。
笹野高史さんが出演して、葬儀などが済んでしまった後に、
訃報を知った場合は、あるいは喪中ハガキで知った場合は、
喪中お見舞いとしてお線香を贈るのがいいと教えてくれたCMです。
YouTubeで探しましたが、見つけることはできませんでした。
先輩の奥さんは、卓球の上手な方。
でも、先輩から話を聞いただけで、ほとんど会ったことがありません。
その奥さんに、お線香を送ろうかな。
やりたいことを手広くやっていた先輩でした。
74歳は早いです。
でも、私だっていつジ・エンドを迎えるかわかりません。
やりたいことはやろうと思いました。
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