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2020年5月23日

2020年5月23日 (土)

この教室風景を、コロナ禍後どう見るか?

   

今日は令和2年5月23日。

  

5月22日朝日新聞朝刊より。

Epson330  

数年後?

コロナ禍が過ぎ去った時に、この光景をどう見るだろうか?

 

唾(つば)の中にウイルスが存在することを知って、

現在の私は、この光景は正しい感染防止方法だと思います。

 

昨日、トイレ掃除のことを書きました。

トイレ掃除を生徒がするなら、

フェースシールドが必要ではと書きました。

しかし、学校の方針は、生徒がトイレ掃除をするとして

次の2点を気をつけることになりました。

・拭き掃除をしない

・手洗いを徹底する

でした。

便器掃除の時に、目から感染することを恐れます。

  

これから感染防止で2つに分かれると思います。

 

感染しないように、思いつくことはできる限りやる方向。

そんなことを言っていたらきりがないから、

ある程度のところでとどまる方向。

 

思いつくことはできる限りやった方が、

後悔は少ないと思うのですが、

そうもいかないところがあります。

  

  

トイレ用のフェースシールドを作ってしまおうかな。

作ってしまい、便利ならば、否定はされないでしょう。

天声人語2本 お助け橋の町/公園は都市の肺

  

今日は令和2年5月23日。

 

休職中に毎日、朝刊に目を通すことを

するようになりました。

我が家は朝日新聞です。

最近書き留めておきたい「天声人語」が連続してありました。

実行します。

  

  

5月20日朝刊「天声人語」

 

 東京・日本橋浜町(はまちょう)で生まれ育った稲崎知伸(いな

ざきとものぶ)さん(54)は、天保年間から続く表具屋の6代目。

額装や掛け軸、びょうぶ絵を扱う職人である。同じ町内にある東横

インのために何かできないかと考えた▼コロナの感染拡大による病

床不足を解消するため、軽症者らを受け入れると決めたホテルだ。

ところが東京都内第1号として公表されると、にぎやかだった隣接

の公園から子どもたちの姿がぱたりと消える。SNSには不安をあ

おるような投稿があふれた▼六つの商店街を束ねる立場の稲崎さん

は、仲間に相談。患者と医療従事者を励ます旗や幕を作ることにす

る。「快癒祈願 せっかくこの下町に来て頂いたのに、何も出来な

いのは心苦しい」「もう少しの辛抱。力を合わせて困難を乗り切り

ましょう」。そんな言葉をホテルの部屋から見えるところに掲げた。

「地域の皆さんに、心配は無用です。落ち着きましょうと呼びかけ

る意味も込めました」▼ウイルスが世の中を一変させて久しい。感

染者の名前や住まいを暴いたり、病院勤務者の子どもとの接触を避

けたり、ぎすぎすした雰囲気は各地でなお消えない▼東横インの周

辺を歩く。目の前の隅田川にかかる新大橋は、地元で「お助け橋」

と呼ぶらしい。1923年の関東大震災で奇跡的に焼失せず、大勢

が橋の上で難を逃れたことにちなむ▼下町っ子が練った言葉はこう

結ばれる。「是非お身体(からだ)を治してから、またいらしてく

ださいませ」。お助け橋の町ならではの心意気である。

 

新大橋に興味をもち調べました。

大震災当時は下のような鉄橋でした。

Photo AERAdot.

 

現在、新大橋は架け替えられ、

この写真の鉄橋の一部は、何と地元の愛知県明治村にありました。

C0112559_1301752

C0112559_1301453 レトロな建物を訪ねて

 

こういう歴史を知って、訪れたい。

県内なので、緊急事態宣言中でも行けるぞ。

  

  

5月21日朝刊「天声人語」

   

 7歳と5歳の子どもが父親と公園にいると、警察官に職務質問さ

れたーー。本紙の「声」欄に先日、そんな投稿が載った。「自粛中

に遊んでいる」との通報があったという。この春、公園の光景が各

地で一変した▼そもそも公園は何のためにあるのか。近代史を調べ

て驚いた。明治時代、政府が初めて公園を造ったのは主に防疫のた

めだった。コレラの伝染は空気中の湿って汚れた「瘴気(しょうき)

」によるものと考えられ、土地を乾かすには空間を開放するのが良

策とされた▼「公園は都市の肺である」。伝染病に苦しんだ欧州で

唱えられた説が、維新後の日本にもたらされる。「公園は腐を転じ

て鮮となす」「精神の洗濯場、空気の転換場であれ」。文豪幸田露

伴も著書で熱く訴えた▼なお多くの人々が巣ごもり生活を送る都市

部では、公園は数少ない憩いの場である。とりわけ子どもたちには

貴重な居場所だ。「立ち入り禁止」のテープが巻かれた遊具は、見

るたび悲しい。こぞって使用禁止とされたのは自治体の横並びゆえ

か▼「批判を恐れた行政が過敏に反応した結果かもしれません」と

話すのは立教大の小野良平教授(57)。公園の歴史や設計に詳し

い。「そもそも公園はゆとりの場。だれもがふらりと立ち寄って、

ボーッと過ごすことができる空間であってほしい」▼行く先として

公園しか浮かばないのに、行くのがはばかられる。百五十余年前に

「都市の肺」として生まれた場所で、深呼吸も自由にできないのは、

皮肉な話であろう。

 

 

「公園は都市の肺である」

この歴史を思い出させたい。

今だからこそ。

「長期ひきこもりの現場から」⑯ 孤立するには最適の部屋だったのを変えた

  

今日は令和2年5月23日。

  

前日に引き続き、

ドキュメント・長期ひきこもりの現場から

(石川清著/洋泉社)より引用します。

  

 

石川清さんの具体的手法を述べているところを引用します。

  

 長期ひきこもりが家族以外の第三者と関わるきかっけ

(中略)

 まず1点目は、声かけや手紙のアプローチが彼の心を揺さぶった

こと。

 僕は訪問してすぐに声かけをしない。ゆっくりと、本人の緊張や

恐怖を誘発しないように進める。それが功を奏したのか、手紙を読

んで、いずれ相談したいと思ったという。本人が受け入れてくれれ

ば、手紙はどんな声かけよりも効果がある。なぜなら、手紙は形と

して残るので、気が向いたら、いつでも読み直すことができるから

だ。

(248p)

  

シンプルだけど、後で読み直すことができる手紙はいいのです。

実践しています。

  

  

 2点目に”環境”へのアプローチのひとつがうまくいったこと。

 ひきこもりが深刻化したところで、家族で引っ越してもらった。

もともと2階建ての社宅に住んでいたので、そこから出て、フラ

ットなマンションに引っ越したのだ。社宅では、当事者は2階の

いちばん奥の、孤立するには最適の部屋に陣取っていた。しかし、

引っ越ししたあとのマンションでは、家族の努力で本人の部屋は

リビングに隣接する和室となった。入り口もドアから襖に変わり、

リビングから家族や、来客があったときなど他人の雰囲気を感じ

やすくなった。

(248~249p)

   

環境へのアプローチは具体的にこういうことなのでしょう。

石川さんは「路地の奥の家ほどひきこもりやすい」

とも書いていました。

ここでも道草 「長期ひきこもりの現場から」⑤ 路地の奥の家ほどひきこもりやすい(2020年4月13日投稿)

環境は、影響を与えるのです。

  

  

長期ひきこもりの人にとって、家族以外の第三者と関わりを

もったり、家庭以外の社会と最初に関わりをもつことを

「最初の壁」と石川さんは書いています。

この「最初の壁」を越えたとしても、長期ひきこもりの人には

「第二の壁」があるとしています。

  

 第二の壁は”成長”の壁で、ひきこもっている間に経験できなかっ

たことを、その後の人生でどれだけ追体験できるか、必要な知識や

経験をどれだけ獲得できるかが重要となる。よく学び、よく遊ぶこ

とで自分なりの他者との交わり方をどれだけ会得するかが重要だ。

(253p)

  

第一の壁を越えても、第二の壁があり、

上記のことを配慮しなくてはいけません。

長期ひきこもりに人だけでなく、

長く不登校だった生徒に対しても同じだと思います。

登校したら終わりではなく、そこから次の対応が必要です。

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