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2020年2月26日

2020年2月26日 (水)

「はづ」は「HAZU」でもよかった

今日は令和2年2月26日。

  

一つ解決したことがあるので、ここに書き留めておきます。

 

ここでも道草 20200104報告 初詣で鳳来寺山/HAZUにした理由は?(2020年1月10日投稿)

☝ この記事で、「はづ」なのに「HAZU」なのは違って、

「HADU」だよなあと書きました。

 

解決しました。

  

ローマ字にもいろいろあるのです。

  

ヘボン式ローマ字 DA JI ZU DE DO

日本式ローマ字  DA DI DU DE DO

訓令式ローマ字  DA ZI ZU DE DO

  

なのだそうです。

厄介です。

日本式ローマ字を学校でも教えているので、

日本式ローマ字で日本国土では統一すればいいのに、

そうではありません。

 

鉄道駅名標や道路案内標識はヘボン式ローマ字を採用。

パスポートもヘボン式ローマ字です。

欧米の人たちの発音が、ヘボン式ローマ字に近いのでしょうか?

  

そう思って、このサイトを見ると納得します。☟

ヘボン式ローマ字について説明しています

一部引用。

  

ヘボン式の 特徴は つづりが 英語風に してある ことです。

ヘボン式は 英語の はなし手が 日本語を 読む ときの

ふりがなか 発音記号の ような ものだからです。

日本人が「英語」の 教科書に 書きこむ

「ディス イズ ア ペン」式の カタカナだと おもえば

わかりやすいでしょう。

英語を しらない 日本人でも カタカナ表記の 英語を 読めば

英語の 発音を ある程度 再現 できる ように,

日本語を しらない 外国人でも ヘボン式を 英語風に 読めば

日本語の 発音を それなりに 再現 できます。

  

勉強になった。

その他にも、このサイトには書いてあります。

ぜひご覧を。

    

  

「はづ」を外国人にも読んでもらうつもりなら

「HAZU」もありです。

「白村江」② 倭国は白村江の戦いでわざと敗北した?

 

今日は令和2年2月26日。

  

前投稿に引き続いて、

白村江」(荒山徹著/PHP研究所)

より引用していきます。

  

  

仲夏六月に入ってまもなく、最上級班に属する子供たち30人

余りは、残留組の子供たちの羨望の目に見送られ、夜明けとと

もに河内に向かった。針麻呂(はりまろ)ら数人が引率した。

胆駒山(いこまやま)から望む河内湖の全容は、豊璋たちを驚

かせるに充分だった。昔はもっと大きかったが、今では干拓が

急速に進んでいるのだという。大地に大きな鏡を嵌(は)めこ

んだように燦然(さんぜん)と光る湖には、大小数十本の河が

平野をくねりながら流れ込み、それらが描く文様は複雑で、遠

目には銀蛇、あるいは光龍(こうりゅう)が群れをなして自在

にうねくっているかと映じた。

(189p) 

  

「河内湖」について以前書いたことがなかったか検索しましたが、

見つかりませんでした。

以前から関心はあった河内湖。

この小説に登場しました。

※参考:水都大阪 古代大阪の変遷

☝ ここに載っていた地図の転載です。

History_2_2  

こんな大きな湖があったのですね。

  

  

蘇我入鹿が豊璋と田来津に語ったところ。

 

「人間は強運でなければならない」

入鹿は二人に等分に目を呉れながら言葉を継いだ。

「何事かを成し遂げる人間には努力、才覚が必要であるのはも

ちろんだが、最終的には運がものを云う。それがなければ、淘

汰されてしまうんだ。虚(むな)しいことにね。おまえたちは

二人は稀に見る強運の持ち主だ。嵐の海で死ななかったことが

一つ。二つ目には、四里の海は泳ぎ切ったーーー」

(212p)

   

歴史書に残った入鹿、豊璋、田来津は3人とも

強運だと思います。

  

 

小説のラストで、葛城皇子が豊璋らに”策略”を言う場面。

この”策略”は葛城皇子(中大兄皇子)と、

新羅の金春秋との間で結ばれた約束を含む”策略”でした。

  

「考えてもみよ、百済王。倭国が支援せぬとなれば、鬼室福信

は百済だけの力で頑張り抜こうとしただろう。他に頼る者もな

いからには団結力も強くなる道理だ。だが、なまじ倭国の軍事

的支援を期待したがために、心に緩みが生じた。それが内紛に

つながった。そして肝腎要(かんじんかなめ)のところで倭国

水軍が唐水軍に敗れて逃げ帰ったとなれば、その結果はどうな

るか。頼みの綱である倭国にそれ以上は期待することができず、

ここ周留城だけではなく、百済旧領の各地で戦っている復興軍

の将兵誰もが落胆し、再興の望みを失い、抵抗を止めてゆくだ

ろう。唐、新羅のほうでは大勝利と喧伝(せんでん)するはず

だ。その実、大した勝利でもないのだが、皆が皆、自分の目で

見たわけではない。結局は宣伝がものをいう。我らとしても、

でき得る限り敗北感を演出してみせるつもりだ」

(豊璋)「それが?そんなことが、あなたの狙いだったという

のですか?さっぱりわけがわからない。倭国に唐が敗北したと

いう汚名を内外の歴史に残し、それで何が得られるというので

す」

(葛城)「人だ」

(豊璋)「何ですって」

(葛城)「唐の制度に学んだ百済の百官百僚たち。わたしは彼

らが咽喉(のど)から手が出るほどに欲しいのだ。彼らを手中

におさめる。それがわたしの狙いだ。福信らが百済復興運動に

邁進(まんしん)し続ける限り、彼らはその指揮下で働かなく

てはならぬ。復興させる価値などない祖国のため、徒(いたず

ら)に命を捧げることになるのだ。何と虚しいことか、何とも

ったいないことか。律令の実務に通じた彼らが、そのようなこ

とであたら落命してゆくなど。・・・・・(後略)」

(429~430p)

    

葛城皇子が本当にここまで考えて、

白村江の戦いで敗北したのでしょうか?

もし本当なら、恐ろしい”策略”です。

百済という国を捨て駒にして、皇子が利を得るのです。

深謀遠慮な”策略”です。

新羅の金春秋と約束を交わし、春秋が亡くなっても、

約束は息子に受け継がれました。

16年間かけての”策略”でした。

  

  

この本を読んだことで、

白村江の戦いを生徒に教える時の心構えが変わったと思います。

葛城皇子は、わざと敗北した可能性もあると迷いながら

教えることになりそうです。

「白村江」① 高句麗の戦いの歴史

 

今日は令和2年2月26日。

  

また400p越えの本を読破しました。

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白村江」(荒山徹著/PHP研究所)

  

小説に登場した人物は、実際にいた人たちであり、

その人たちがそれぞれ意思を持って行動し、

絡み合い、一つの大きな歴史的な事件を

かたちづくっていきました。

白村江の戦いの直後は、

日本はあたふたしているイメージでしたが、

この小説そのイメージが覆されました。

白村江の戦いの理解が深まって良かったです。

  

気になった文章を、いくつか引用します。

  

新羅(漢族)の金春秋が高句麗に援助を求めに侵入。

高句麗の宰相の泉蓋蘇文(せんがいそぶん)の

息子泉男産(せんだんさん)が高句麗の歴史を語る場面です。

  

「あなたがた漢族の目には、扶餘族の国である我が高句麗など

半島の侵略者として映じることでしょう。しかし高句麗もまた、

血みどろの被侵略の歴史を負っているのです。初代王は王莽(

おうもう)の新を対手に奮戦し討死を遂げ、後漢とはしばしば

干戈(かんか)を交えました。曹魏に王都を攻め落とされ、前

燕(ぜんえん)には王宮を焼かれたのみか前王の墓を暴かれて

屍を奪われた。そして隋帝の親征を迎え撃ったの僅か30年前

のことです。そのようにして我が国は、周辺諸民族を未開野蛮

と夷狄視(いてきし)する尊大な中華王朝の侵略を受け続け、

手傷を負いつつ、これを敢然と撥ねつけてきました。中華の矢

面に立って、半島を防衛する守護者としての役割を果たしてき

たのです。」

(89~90p)

   

蘇我蝦夷が息子の入鹿に、

建設中の巨大な2人の墓を見せた時の会話です。

(入鹿)「正直申し上げて、わたしともあろう者が、今はひた

すら圧倒されております」

「莫迦(ばか)め」叱るように云いながら、蝦夷は嬉しそうだ

った。「墓の主が気後れしてどうする。ともかく、これが我ら

の力だ。力というものは、誰の目にも見えるよう可視化してお

かねばならぬ。蘇我には迚(とて)も敵(かな)わぬーーーー

常にそう思わせておくのが肝要だ」

「統治の第一条というやつですか」

「もちろん、力をひけらかすだけが能ではない。目に見えぬか

ら恐ろしい、という力もある」

「第二条、と」

「要するに車の両輪だ。可視と不可視、その二つの力を併用し

てこそ支配というものは上手くゆく。覚えておけ」

(116~117p)

  

  

今も、蝦夷と入鹿の墓と思われる墳墓が2つ並んでいます。

その墳墓の前で語られたと思われるセリフです。

  

蝦夷が、入鹿がかくまっている百済の王子、豊璋(ほうしょう)

について語る場面。

    

「奢侈華美な百済の王宮で、乳母日傘(おんぼひがさ)で育て

られたひ弱な幼子だぞ、死んでしまうのではないか」

(126p)

  

「奢侈(しゃし)」が登場!

ここでも道草 難読漢字「紙垂」「奢侈」(2020年1月16日投稿)

☝ ここで話題にしました。

こうやって頻繁に目にすることで、記憶に残ります。

 

「乳母日傘」は漢字四字熟語。昔の参考書にはなかったなあ。

意味は「子供、特に幼児が必要以上に過保護に育てられること。

乳母に抱かれ、日傘をさしかけられるなどして、

ちやほやされながら大切に育てられる意から。 引用:goo辞書  

 つづく

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