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2020年1月6日

2020年1月 6日 (月)

1985年の流氷の写真

  

今日は令和2年1月6日。

  

今年になって流氷のことを書いてきました。

ここでも道草 流氷は「昔の雰囲気」は見られず(2020年1月1日投稿)

ここでも道草 青くてビックリ!「流氷DRAFT」(2020年1月6日投稿)

 

ふと思いついて、天井裏の倉庫へ。

1985年2月に北海道を旅した時の写真を探しました。

特に見たかったのが流氷の写真です。

発見しました。

スキャンしてここに載せます。☟

Epson204

流氷とともに、35年前の私が写っています。

本当は、流氷の上に乗ってはいけないのですが、

乗ったところを、撮影してもらいました。

誰に撮ってもらったのかも忘れてしまったほど古い写真です。

   

この写真を見ると、1月1日の記事の

「氷が押し合いへし合いして、立体的になっていました。」

少しオーバーな表現だったかなと思います。

都合よく記憶が変わってきてしまったのでしょう。

  

  

流氷が観察できるライブカメラってきっとあるはず。

明日探してみよう。

  

  

 

 

 

「地熱の本」① なぜ火山ができるかの説明は難しい

 

今日は令和2年1月6日。

  

本を読破しました。

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地熱の本」(江原幸雄著/電気書院) 

  

引用します。

   

地熱発電はほかの再生可能エネルギーによる発電に比べ、季節

や日々の天候の影響がなく、極めて安定しており、使い勝手が

良い、それだけでなく、火山国日本は発電のための地熱資源量

が世界第3位と恵まれており、まさに日本向きである。さらに、

地熱発電所の心臓部である「地熱蒸気タービン」の供給は、日

本の三大電機メーカー(東芝・富士・三菱日立)が世界の70

%を占めており、技術的に見て圧倒的に優勢である。

 しかし、残念ながら、地熱資源が多いにもかかわらず、発電

技術も極めて優れているにもかかわらず、現在わが国で利用さ

れているのは地熱資源の約3%(地熱発電設備容量に換算して

約50万kW)で世界10位に甘んじている。その状況が近年

いわゆる2011年3.11以降)急激に変わりつつある。

    

「はじめに」からの引用ですが、この本の大事なことは

あらかたここで説明しています。

 

 

沈み込むプレートがマントルに入っていくとき、岩板間に摩擦

が生じる。当初は、この摩擦熱が火山を生成するのではないか

と推定された。

(6p)

  

確かにそう思っていました。でも違うようです。続きを引用します。

  

しかし、計算してみると確かに摩擦熱は生じるが、それは冷え

たプレート自身を温めるだけで、火山が生じるような特別な熱

は出てこない。これは困ったことであったが、次のように説明

された。

(6p)

 

この説明が難しいけど、面白い。引用を続けます。

    

Epson203

沈み込むプレート表面は海水に接しており、そこにある岩石(

正確には岩石を構成する鉱物)中に水が捉えられている。実は、

この鉱物中の水は、浅い(圧力が低い)と鉱物中に捉えられて

いるが、深くなる(圧力が高くなる)と鉱物中から絞り出され

る。これは室内実験で確かめられている。この絞り出された水

は周辺岩石に比べて軽いので、プレート表面から分離しその上

のマントル中を上昇する。いい換えるとプレート上面から周囲

のマントル中に水が注入されることになる。

高温だが融けていない岩石に水が加えられると、融点(岩石の

融ける温度)が下がり、融けはじめる。最初は小さな溶融物(

メルト)であるが、それらは上昇しながら互いに集合し、次第

に大きな塊になる(マントルブルームという)。

Epson203a

融けているので周囲のマントルより軽く上昇を続ける。そして、

マントルと地殻の境界付近でいったん停滞する(マントルより

地殻の密度が低いのでマントルプルームにとっては地殻・マン

トル境界は上昇の障壁となる)。この停滞したマントルプルー

ムはその上部の地殻を温めるとともに、一部は地殻に侵入し、

周囲の地殻岩石とほぼ密度が釣り合ったところで停留する。

多くの場合、深さ数~20km程度である。その差し渡しは、

数~10km程度である。この深度に存在する岩石が溶融した

塊をマグマ溜りという。

(5~7p)

マグマ溜りが地表に出てくれば噴火である。数十万~100万

年といわれる火山の長い寿命のなかで噴火はきわめて稀(まれ)

な現象で、マグマは通常は静かに留まっており、ただ熱だけを

周囲、特に上方に放出している。

(8p)

   

ふ~、何回か読んで、こうやって書き写して

やっと理解できたと思います。

複雑です。

簡単に、プレートが沈み込んだ時の摩擦熱で火山ができるとは

言ってはいけないのだとわかりました。

でもここに書いてあることを説明するのは、難しいなあ。

説明の必要がある時は、この記事を見ながらにしよう。 

 

緊迫のアメリカ・イラク情勢

  

今日は令和2年1月6日。

  

今日(1月6日)、朝日新聞朝刊「天声人語」を書き写します。

  

1914年6月、サラエボでの暗殺事件が起きた時には、それ

が世界を巻き込む大戦につながるとは誰も予想しなかった。多

くの国家指導者が戦争を避けたいと考え、たとえ衝突が起きて

も短期間で終わると信じていた▼第1次世界大戦を詳細に記録

した『八月の砲声』(バーバラ・タックマン著)は、中心人物

の一人だったドイツ皇帝をこう描く。「国際的、開放的でかつ

気の小さかったカイゼル(皇帝)は、けっして全面戦争を望ん

でいなかった」▼皇帝は、ドイツが国際政治の舞台でいっそう

大きな権力を振るうことを求めていた。しかし彼はそれを「戦

争にはよらずに威嚇してかち得たいと願った」。指導者たちの

誤算と過信の末に起きた戦争は教訓に満ちている▼いま思い起

こすのも決して大げさではない。そう感じるのは、イランとに

らみあうトランプ政権が誤算を重ねているように見えるからだ。

核合意を投げ出し、制裁を加えて威嚇したが、イランは屈服す

るどころか敵対姿勢を強めた▼そこに今回の司令官殺害である。

イランの指導者と民衆からの猛反発を一体どこまで計算してい

たのだろうか。「戦争を始めるためでなく、止めるための行動

だ」とのトランプ大統領の発言は、言い訳にしか聞こえない▼

『八月の砲声』は1962年のキューバ危機のさなか、ケネデ

ィ米大統領が参照した書でもある。ソ連との戦争を回避すべく

努め、第3次世界大戦の芽をつんだ。戦争の種をまいた愚かさ

を打ち消すための行動がいる。

  

  

社会科の授業では、サラエボの暗殺事件が、

第1次世界大戦の引き金になったと教えてきました。

しかし、当時の人たちは、その事件が世界大戦になるとは

思っていなかったのですね。

そのことを知って、ドキッとさせられました。

今回のイラン司令官の殺害には、

無人飛行機が使われたと聞きます。

安全な場所からの運転で相手を殺してしまうという、

実感の伴わない戦闘で、世界大戦の引き金を引いて

しまったのではないだろうか。

  

イラクで殺害された司令官の遺体がイランに戻った時に、

棺を大群衆が囲んで、「アメリカを殺せ」等が叫ばれている

ニュース映像が流れていました。

しかし、落ち着こう。

中村哲さんの本を読んで思ったことです。

そういう民衆もいるけど、

多くの民衆は日々の生活がたいへんで、

戦争どころではないのです。

イランだってそうだと思います。

アメリカだって、日本だってそうなんです。

戦争どころではないのです。

戦争が起こっても、何も改善されません。

  

今日の朝日新聞「社説」もアメリカ・イラン情勢のことを

書いていました。

Epson202  

シリアとともに動静を見ていきたいと宣言していた

イランですが、次の「動」がどうなるのか心配です。

青くてビックリ!「流氷DRAFT」

  

今日は令和2年1月6日。

  

新年早々、青いビールに驚かされました。

 

年末年始に、離れて住む妹がやってきました。

家族にいつも手土産は持ってきてくれますが、

私にはいつもビールです。

珍しいビールを選んで買ってきてくれます。

その中の1本。網走ビールの「流氷DRAFT

グラスに注いでみて青さに私のみならず家族も驚きました。

「ねえ、撮ってよ」

その時に撮ってもらった写真です。☟

Img_0724_2  

う~ん、青さがいまいち表現できていません。

通販の写真を載せます。☟

Nipponselect_f04970014_3 paypayモール (もう少し濃い青だったような気がします)

  

この青さは、流氷のあるオホーツク海を連想させます。

そして飲むと、流氷に触れていた海水を飲む気分。

(しょっぱくありません)

缶の写真を撮りました。☟

Rimg2062 

「流氷」を仕込水に使用に本当?と最初は

つい疑ってしまいましたが、信じます。

   

新年最初の記事で「流氷」のことを書いたばかりで、

「流氷」のビールに出合いました。

今年は流氷に縁があるのかな。

流氷接岸のニュースを注目していよう。

  

ちなみに「網走ビール」については、ここが参考になりました。

Travel Note. 網走ビール「流氷ドラフト」が話題に

  

 

プレゼントすると、楽しさが広がっていくビールです。

 

 

 

「退職・入院 そして再び教壇に」を体験した太田さん

今日は令和2年1月6日。

  

昨年12月31日朝日新聞朝刊の記事です。

「声」の欄からです。

Epson200  

私よりも重症な方です。再び生徒の前で社会科を

教えることができて本当によかったです。

私は休職に入った当時は、壊れるほどではなく、

疲れていました。ヘトヘトでした。

定年までは数年だから、もう辞めてしまおうと考えました。

近い人や上司にはそう告げていました。

その時に浮かんだんは、上の記事にある「離任式」

私もきっと欠席を電話で連絡するだろうなと思っていました。

長く休んだ挙句に、その場に立つ自分が想像できませんでした。

実際にそれを実行した太田千昭さんの気持ちはどうだったのでしょう。

30年働いてきた後のけじめの式に参加できない心境。

「こんな終わり方をするはずじゃなかった」という気持ちが

あったことと思います。

 

その後入院。アルバイト。

私も、辞めた後の姿を思い浮かべていました。

もう教師はいいや。

他の仕事を見つけて家族を養おうと思いました。

 

太田さんはその後、免許更新講習に参加。

そして再び教壇に!

  

私はずっと辞めるつもりでしたが、

11月末にすっと気持ちが変わり、

復職したいと思うようになりました。

自分でも驚きの変心でした。

ケアマネージャーさんとの打ち合わせで、

私の父親の介護負担がぐっと減る方針が定まった2日後に

フツフツとやる気が出てきました。

「まだやりたいことがある」と思えるようになりました。

「辞めたい」から上向きに数段気持ちがアップしました。

すぐに上司に連絡して、復職を目指したいことを告げました。

  

 

太田さんの「声」は、私にとってありがたいものでした。

一度はリタイアして、紆余曲折しましたが、

現在は生徒に社会科を教えていて幸福を感じておられます。

私も復職して、その幸福を味わいたいと思いました。

励みになります。

投稿していただき、ありがとうござました。

愛知県の片隅に感謝している者がいます。

  

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