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2019年12月21日

2019年12月21日 (土)

「報道特集 千曲川決壊」③ 堤防の下に浸透性の高いところがあった?

 

今日は令和元年12月21日。

  

前投稿に引き続き、12月14日放映のTBS「報道特集

千曲川の桜づつみはなぜ決壊したか」を読み物化します。

  

桜づつみが決壊したのは、越流だけではないと言っているのは、

新潟大学の卜部教授。

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もともとお城の堀があったところを、浸透性の高い

砂利で埋めてあって、その上に堤防ができていたと考えました。

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玅笑寺(みょうしょうじ)に残る古文書からも、

予想されました。住職の奥さんです。☟

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指差している堀が、堤防の下にあったと考えられ、

ここから決壊が始まったというわけです。

   

堀を埋めたところが、浸透性が高く、

下のように、越流と浸透によって堤防は決壊したという説です。

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「報道特集」を見て、この決壊はデリケートな出来事だと

思いました。長沼の住民たちは、その都度ベストを尽くして

きたと思いますが、後悔もたくさんあると思います。

外野が、とやかく言うことではないなと思います。

 

私としては、ボランティアでかかわった場所のことであり、

上っ面だけ知っている状態ではいやなので、

記録として残しておきたいと思い、読み物化しました。

 

「報道特集 千曲川決壊」② 平成28年に完成した桜づつみが決壊した

  

今日は令和元年12月21日。

  

前投稿に引き続き、12月14日放映のTBS「報道特集

千曲川の桜づつみはなぜ決壊したか」を読み物化します。

  

千曲川の長野市側の話です。

 

1984年に長野市長沼地区に「完成堤防」が

整備されました。

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完成堤防というのは、100年に1度の大雨に対して、

必要な高さや強さを備えた堤防のことだそうです。

しかし、長沼地区の住民は、より堤防の強度を上げてほしいと

県にお願いをしていた。

その時に「桜づつみ」事業という国の制度を紹介されました。

その事業は、堤防に盛土をして、景観をよくするために

桜を植えるというもの。

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長沼地区の住民は、堤防が強化されるということで、

「桜づつみ」事業に賛成しました。

平成14年から工事が始まり、平成28年に完成しました。

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しかし、桜づつみに反対した人もいました。

「こんな造り方じゃだめだ。一生というわけにはいかない」

「もっと強固な堤防を造るべきだ」

「堤防を高くして、コンクリートで固めるべきだ」

そのような声を発しましたが、反対者は小数だったため、

桜づつみ事業は行われました。

その時に反対した人が映像で紹介されていました。

今回の決壊で被害を受けていました。

「もっと(その時に)真剣にやってもらいたかったな」と

悔し涙を浮かべていました。

  

桜づつみによって堤防が分厚くなるので、

住民の多くはこれで大丈夫と考えたのでしょう。

  

しかし、2013年頃の記録によると、

長沼住民は桜づつみを上回る堤防の強化を要請していました。

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長沼地区は4地区に分かれていて、そのうちの赤沼、津野、

穂保で、湧き水が出ていたのです。

湧き水対策で、矢板を打ち込むことを要請しました。

その結果、赤沼には矢板が打ち込まれました。

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津野と穂保については、「現時点で考えられる整備は、

完了していると考えている」(当時の長野市建設部長)

ということで、矢板は打ち込まれませんでした。

  

矢板が打ち込まれなかった場所が、決壊しました。

今回の決壊は、越流が主原因だと報告されています。

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堤防を越えた川の水が、住宅側の堤防を削って決壊に

至ったのです。

  

でも原因はそれだけではないと言う人がいます。

 

つづく

 

  

「報道特集 千曲川決壊」① 須坂市側には矢板が打ち込まれていた

今日は令和元年12月21日。

  

ちょうど1週間前に放映されたTBS「報道特集」の特集は、

中村哲医師のこと、千曲川決壊のことでした。録画しました。

  

ここでは、「千曲川の桜づつみはなぜ決壊したか」について

読み物化していこうと思います。

  

決壊した場所は、実際に見てきました。

ここでも道草 2019年冬長野(15)自分がボランティア体験をした場所(2019年12月13日投稿)

長野市長沼地区の穂保の堤防が決壊しました。

  

決壊した場所は、住宅地側に盛土されて、

堤防の幅が拡大されたばかりのところでした。

そこには桜も植えられて、「桜づつみ」と呼ばれていました。

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この「桜づつみ」というタイトルの歌が作られ、

長沼小学校で劇が行われたことを、以前記事にしました。

ここでも道草 ニュース/劇「桜づつみ」が避難行動につながった(2019年11月26日投稿)

  

住民の多くの人が、桜づつみは決壊しないとおもっていました。

10月12日の台風19号によって、

千曲川の川の水は堤防を越え、決壊しました。

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その場所を地図で示すと次の通り。

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千曲川をはさんで、東側は須坂市。

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須坂市側でも、千曲川は越水しましたが、堤防決壊には

至りませんでした。

須坂市では、次のような対策が行われていました。

  

須坂市側では、昔から千曲川が増水するたびに、

広い範囲で、地下から水が湧き出ていました。

水が染み込みやすい地盤でした。

地盤に水の通り道ができることで堤防を壊す、

浸透崩壊の危険性が高いとされていました。

浸透崩壊は初めて知った言葉です。

下のように崩壊します。

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この浸透崩壊を防ぐために、須坂市側では、

矢板と呼ばれるものが打ち込まれました。

矢板が、水が染みていくのを遮るのです。

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矢板を打ち込んでいる作業の写真です。

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長さ15メートルの鋼(はがね)の板です。

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須坂市側の赤線の部分に、矢板が5400枚以上打ち込まれました。

1983年から2011年の工事でした。

 

話を長野市側に戻します。

 

つづく

 

2019年12月12日の大イチョウ

今日は令和元年12月21日。

  

12月12日に奥さんと大和の大イチョウを見に行きました。

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大和の大イチョウの見頃は、地面に黄色の絨毯が

できる頃がいいと思っていました。

いい頃合いでした。

  

ここ数年は見逃していたのかな。

「大和の大イチョウ」で検索したら、3年前の記事でした。

ここでも道草 2016年12月18日の大イチョウ(2016年12月20日投稿)

 

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