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今日は令和元年10月10日。
前投稿に引き続き、9月14日放映の
「超スゴ!自衛隊の裏側ぜ~んぶ見せちゃいます!」より。
機雷を処理する部隊「掃海隊」
2018年に就航した掃海艦「ひらど」☟ (左の船)
「ひらど」はいろいろな機雷を処理する器具をつんでいます。
それらを紹介してくれました。
3種類の機雷。
①水圧機雷(船が進むときに起きる波に反応して爆発する)
水圧機雷を処理する器具は自走式機雷処分弾薬、通称EMDです。
EMDを海に沈めます。
EMDを光ファイバーケーブルでつないで、
遠隔操作して機雷に向かわせます。
EMDにはカメラがついていて、船内でモニタリングができます。
機雷発見!
これは驚きの映像です。
実際にこのように機雷は沈んでいるのですね。
どうやって処理するのか?
何と、EMDの先端が爆発して金属ジェットが飛び出し、
機雷を爆破処理するそうです。
EMDは1つの機雷を処理するのに、1台が必要なのです。
つづく
今日は令和元年10月10日。
9月14日放映の「超スゴ!自衛隊の裏側ぜ~んぶ
見せちゃいます!」を見ました。
面白かった!
2時間番組のほんの一部を読み物化します。
クイズが出ました。
日本近海にはある危険が潜んでいるそうです。
その危険から私たちを守っている部隊があるそうです。
その危険とは?
正解の前にこんな映像が紹介されました。
2010年神戸港沖 ☟
2016年関門海峡沖 ☟
何の爆発?と思いました。
これは機雷の爆発です。
機雷とは、船に反応して爆発する兵器です。
日本近海に潜む危険とは、機雷が沈んでいることでした。
上で示した爆発は、自衛隊が処理して機雷を爆発させたものです。
それではなぜ日本近海に機雷が沈んでいるのか。
理由は2つ。
①戦時中、日本軍が他国からの侵略をふせぐため
②戦時中、アメリカ軍が日本の輸送航路を断つため
機雷の数がとても多い。☟
戦後、機雷によって漁船の乗組員など被害をうけています。☟
自衛隊には、機雷を処理する部隊があります。その名は掃海隊。
戦後、約7000発の機雷を処理した部隊ですが、
作業で亡くなった人もいる危険な仕事なのです。
つづく
今日は令和元年10月10日。
今日は「缶詰の日」です。
昨年の今日は、10月10日の
記念日について書いていました。
その中にちゃんと「缶詰の日」が書いてありました。
※ここでも道草 「今日は何の日」クイズで基礎知識を(2018年10月10日投稿)
再引用します。
日本缶詰協会が1987(昭和62)年に制定。
1877(明治10)年のこの日、北海道開拓使が
北海道石狩町に鮭の缶詰の工場を設置し、
日本初の本格的な缶詰の製造が始った。
1年前と違うのは、今回は北海道の開拓の勉強をしている点です。
「北海道開拓使」に目が行きました。
昨年は注目していませんでした。
調べました。
一部引用します。
開拓使は、北海道の産業を振興させるため、
「札幌麦酒醸造所」(後のサッポロビール)や、
「札幌味噌醤油醸造所」、「真駒内牧牛場」など
全道各地で多くの官営事業を行いました。
石狩に開設された「開拓使石狩缶詰所」もその一つです。
(中略)
石狩缶詰所で事業が始まったのは、
明治10(1877)年10月10日のことです。
(工場の)敷地内には製造工場と倉庫、
職人が寝泊まりする宿舎や鍛冶場、
氷室などが設置されていました。
工場に設置された缶詰製造用の機械は、アメリカより
330ドルで購入した手動式のものでした。
従業員は所長(石橋俊勝)のほか、
アメリカ人技師U.S.トリート(当時66歳)と
助手のW.S.スェット(当時25歳)、開拓使の役人、
そのほか11人の伝習生、ブリキや鍛冶職人など、
総勢19人で操業にあたりました。
アメリカ人に教えてもらいながら、
缶詰を作る日本人の姿が想像できます。
缶詰は、サケのほかに、スモークサーモン、
カキ、シカ肉、牛肉があったそうです。
また北海道の勉強ができました。