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2018年9月30日

2018年9月30日 (日)

人権週間に向けてアルケミストの研究

今日は9月30日。

  

前投稿に引き続き、アルケミストのこと。  

こんな動画を見ることができました。

 


YouTube: 170610アルケミストコンサート南島中学校人権教育講演会

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ボーカルのこんやしょうたろうさんのことを

ナレーターが説明しているところを聞き書きします。

  

ナレーター:ボーカルのこんやしょうたろうさんは、

  生まれつき左の肘(ひじ)から先がない

  障害をもっていることを理由に、

  夢を諦めていたこともあるそうです。

  小学生の頃の作詞をしたいという夢や、

  高校生の頃、歌手を目指すことを決心し、

  それを周囲にうち明けた時の気持ち。

  その気持ちを後押ししてくれた先生や友人の

  存在の大きさについて語り、

  自分の夢に向かって進んでいくことの大切さを

  生徒に語りかけていました。

  そして今では、大手住宅メーカー、有名スポーツドリンクなどの

  CMソングを手掛けるほか、全国各地でライブ活動を行い、

  プロの音楽ユニットとして相方となる井尻慶太さんとともに

  勢力的に活動しています。

  

  

この人権教育講演会のラストは、アルケミストと中学生が

「あの空」を合唱したそうです。

「あの空」という曲を知りません。

でも素晴らしい動画がありました。


YouTube: 「あの空」アルケミスト with 杉並区立和田小学校児童 映像監督:清水康彦/音楽プロデュース: TOMZUIN H

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「あの空」の歌詞が、動画の説明に載っていました。

ちゃっかり転載します。  

「あの空」

がんばれ 聞こえていた あの日もどんな時も

僕にもできるはずさ きっと がんばれ がんばれ

(間奏)

友達とみんなで 見上げた空の下で

今はまだ届かない 大きな夢を飛ばそう

未来の僕たちが夢をなくして しまわぬように

迷っても 行く先をてらす光になるように

がんばれ 聞こえていた あの日もどんな時も

僕にもできるはずさ きっと がんばれ がんばれ

(間奏)

杉の木は揺れてた ひとりで風を受けて

僕たちを見ていた 生まれるずっと前から

僕らも この長い渡り廊下を飛び出して

いつかは 自分だけの道を行く 歌いながら

がんばれ 聞こえていた あの日もどんな時も

僕にもできるはずさ きっと がんばれ がんばれ

傷ついて涙がこぼれそうな日は この空を見上げて 思い出そう

強く握った手の温もりを 鳥たちが羽ばたいて乗せてった夢を

がんばれ 聞こえていた あの日もどんな時も

僕にもできるはずさ きっと がんばれ がんばれ

つまづき転んでも 見ててね 負けないから

何度でも立ち上がって歩くよ

何度も何度でも


がんばれ 聞こえていた あの日もどんな時も

負けない 忘れない きっと がんばれ がんばれ

ラララ......がんばれ がんばれ

 

いいなあ、この曲も流行させたい。

   

人権週間に向けていろいろ準備をしていこうと思いますが、

アルケミストについて知ることも大事な準備。

今晩はいい準備ができました。

  

台風24号が迫ってきました。

風雨で家が揺れ始めました。

9月の生活のBGMは「アルケミストイレブン」でした

 

今日は9月30日。

  

9月の生活のBGMはこのアルバムでした。

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アルケミストイレブン」(アルケミスト)

12月の人権週間を盛り上げるテーマソングを

薦めてくれる人がいて

アルケミストの「パレードに出よう」としました。

この曲は入っていませんでしたが、

アルケミストの曲を聴いてみたくなり、

紹介してもらったアルバムを、1か月聴き込みました。

いい曲が11曲入ったアルバムでした。

良かった。

カサリンチュと出会った時のような、

さわやかな気持ちになれたアルバムでした。

 

11曲のうち最も印象に残ったのは「旅立つ君に」です。

いいメロディなんです。


YouTube: 【アルケミスト】旅立つ君に

もちろん歌詞もいいです。

行ってしまうんですね、

彼女は電車に乗って。

  

  

「パレードに出よう」は宮崎県の人権啓発CMの為に

アルケミストが書き下ろした楽曲です。


YouTube: 宮崎県人権啓発CM 「みんなで奏でる 素敵なハーモニー」

 

アルケミストさんには全く断りなく、

勤務校の人権週間に流行させようと思います。

歌詞も紹介して、

勤務校のみんなが口ずさめるようにしたいです。

その結果、人権意識が高まると考えます。

しかし、歌詞が不明。

いつもならインターネットで探せばわかるのですが、

アルケミストの曲はなぜか歌詞がネット上に

公表されていません。

そこで聞き書きしてみました。

 

 

 

パレードに出よう (アルケミスト)

 

※みんな集まれ集まれさあ始めよう

大切にしてる自分だけの楽器で

音が全部違うからこそ響く

リズムとハーモニー 

みんなで繰り出そう

パレードに出よう

  

 

僕はこの小太鼓を歌いながらたたくよ

君の楽器は金ぴかな笛だね

出せない音あっても得意なフレーズ

”こちらをこれ吹いて”

ひとりじゃできない曲みんなで

完成させよう

苦手なとこが来たら

テンポ落としゆっくりやればいい

 

 

※繰り返し

 

 

友だちに誘われて飛び入り参加した人と

初めましてと握手を交わす

のどが乾いたら言ってね

冷たいお水を一緒に飲みましょう

死ぬまで出会える人 人口の何パーセント

せっかく同じ太陽、同じ空の下 見上げるなら

 

 

みんな集まれ集まれさあ始めよう

パレードの道はどこまでも続く

いつか地球をぐるりと一周して

わっかにつながり、大好きな人が”すめたらいいな”

 

 

※繰り返し

  

 

さあ行こう みんなでわっかにつながろう

さあ行こう みんなでわっかにつながろう

さあ行こう みんなでわっかにつながろう

さあ行こう みんなでわっかにつながろう

  

 

”こちらをこれ吹いて””すめたらいいな”は

聞き取れませんでした。

そう歌っているように聴こえますが、

本当にそれでいいか自信がありません。

でも流行させ、歌詞を子どもたちに染み込ませたいですね。

 

「大切にしてる自分だけの楽器で

 音が全部違うからこそ響く

 リズムとハーモニー」 

  

「苦手なとこが来たら

 テンポ落としゆっくりやればいい」

  

「のどが乾いたら言ってね

 冷たいお水を一緒に飲みましょう」

  

死ぬまでに出会う人はそんなにいない。

出会えたのは偶然。縁があるのです。

一緒にパレードに出よう。

そんな出会いを大事にする歌詞もいいです。

1959年の伊勢湾台風並みの高潮となりそう

今日は9月30日。

  

9月最終日。台風24号接近中。

先日の授業で、今日は何の日クイズをやりました。

紹介したのは9月26日の「台風襲来の日」

統計上、台風襲来の回数が多い日で

あることからこの日になりました。

1959年の伊勢湾台風も9月26日に襲来。

東海地方に多くの被害を出しました。

私は生まれていなかったけど、

父親母親から、あの時は家の壁が風で大きく押され、

不安であったという話を聞いた覚えがあります。

伊勢湾台風の名前も授業で出しましたが、

私も体験していないので、名前を出しただけでした。

 

しかし、その伊勢湾台風の名前が

今日のニュースで多く出ました。

あの伊勢湾台風並みの、あるいは上回る高潮が

予想されると言っていました。

伊勢湾台風については、次のサイトにいろいろな写真があり、

様子がわかります。

毎日新聞 写真特集「伊勢湾台風」

何枚か転載します。

今度伊勢湾台風を語る時に使いたいです。

  

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深夜の住宅街、濁流うずまく中で救援の警官が

1人の少女を救出した=愛知県東海市横須賀町で

1959(昭和34)年9月27日撮影

  

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1959(昭和34)年9月27日毎日新聞朝刊1面 

  

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自衛隊ヘリコプターで救出される名古屋市港区南陽町の住民

=1959(昭和34)年9月撮影

  

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名古屋市南区役所に並べられた犠牲者

=1959(昭和34)年9月撮影

 

  

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名古屋市南区の名鉄常滑線大同町駅一体を埋めつくした

流木の山=1959(昭和34)年9月28日撮影 

   

  

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被災地に降り続いた雨は10月5日朝にようやくあがった。

待ち構えていた自衛隊のトラック隊が国道1号を走り、

愛知県蟹江町方面に向かう

=1959(昭和34)年10月5日撮影 

  

 

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やっと持ち出した“全財産”をイカダに乗せて、

わが家に帰る夫婦

=名古屋市南区で1959(昭和34)年10月8日撮影 

 

伊勢湾台風での人的被害は、

犠牲者5098人(死者4697人・行方不明者401人)、

負傷者38921人(「消防白書」平成20年度版)  

  

もうじき台風がやって来ます。

雨戸を閉めて備えていますが、

外の風はだんだん強くなっているのが、

風の音と家の揺れで感じます。

被害が少ないことを祈ります。

できたら死者0で。

  

  

【高潮】

風津波とも。台風や強い低気圧の来襲により,

海水の水位が異常に高まり陸地に浸入する現象。

低い気圧によって吸い上げられた海水が,

暴風とともに海岸に吹き寄せられるために起こり,

満潮やうねりの周期と一致するとさらに水位が高められる。

ピークは1回であるが,湾内で反射すると

2回目の高潮が生ずる場合もある。

1949年のキティ台風のとき横浜港内で

高さ6m以上の高潮を起こした例がある。

引用:コトバンク

「列島誕生 ジオジャパン 第1集」より/衝突が富士山とソメイヨシノをつくった

今日は9月30日。

  

前投稿の続きで、昨年7月23日に放映された

NHKスペシャル 列島誕生 ジオジャパン

第1集 奇跡の島はこうして生まれた」より。

これがラストの読み物化。  

   

ナレーター:桜と富士山。日本の絶景の代名詞です。

  実はこの風景も、火山島の連続衝突が生んだものです。

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  伊豆半島の沖合25kmにある伊豆大島。

  春、この島を一斉に白く染めるのはオオシマザクラです。

  伊豆の島々で進化を遂げ、

  大きな花を咲かせるようになった桜です。

  香りが豊かなため、桜餅にはこの桜の葉っぱが使われています。

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  伊豆半島の元がぶつかってきた時、

  この島の桜も一緒に本州へともたらされたと考えられています。

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  このオオシマザクラが本州にあった桜と交配することで、

  大きな花をたくさん咲かせる見事な桜が生まれました。

  それがソメイヨシノです。

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  大きな花を咲かせるオオシマザクラの特徴を

  引き継いだソメイヨシノは、

  江戸時代から日本人の心をとらえ、

  今や日本を代表する花となりました。

  そして桜とともに富士山も火山島の衝突がもたらしたものです。

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  伊豆の島々がぶつかり続けることで、

  大量のマグマがこの場所で生まれ、日本一の山ができました。

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  春、人々を魅了する富士山と桜の姿が、

  かつて東西に分かれていた日本が

  一つになったことを物語る絶景です。

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勉強になった番組です。

桜餅については、10年前に記事を書いています。

ここでも道草 桜餅を買ってきて食べました(2008年4月13日投稿)

10年前の記事に、桜餅はオオシマザクラの葉が使われることが

ちゃんと書いてありました。

香りがいいからとも書いています。

10年ぶりに、桜餅の知識が増えました。

「列島誕生 ジオジャパン 第1集」より/次々と火山島が衝突していくシーン

 

今日は9月30日。

  

前投稿の続きで、昨年7月23日に放映された

NHKスペシャル 列島誕生 ジオジャパン

第1集 奇跡の島はこうして生まれた」より。

  

それでは今回は列島誕生を導いた第2の事件。

  

聞き書きします。

 

ナレーター:富士山を取り巻く南関東の山々。

  日本が二本だった頃、この辺りは海でした。

  この風景はまさに、第2の事件、

  火山島の連続衝突によって造られました。

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こうやって説明が始まった第2の事件。

一部要約。

南関東の山々の一つ、丹沢山地では、

400mの高さから枕状溶岩が発見されます。

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枕状溶岩は海底での噴火で流出した溶岩が、

海水によって急激に冷やされることによってできます。

海底の産物なのです。

さらには、サンゴやオウムガイの化石も発見されます。

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なぜ、山の上にこのような枕状溶岩や

海の生き物の化石が出てくるのか?

  

  

枕状溶岩とサンゴがある場所が、

丹沢山地のはるか南に発見されました。

それが伊豆や小笠原の島々です。

実は丹沢山地も、もともとは南の火山島だったのです。

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ナレーター:これら南の海の火山島こそ、

  第2の大事件の主役たちです。

  この火山島(御蔵島)、実は・・・・

  水中から見ると、広大な裾野をもつ巨大な海底火山です。

  孀婦岩も、海の底から1200m盛り上がった巨大な火山です。

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※「孀婦岩」についてはここを見てください↓

ここでも道草 今晩、まもなく「孀婦岩(そうふがん)」を特集する番組放映(2018年9月29日投稿) 

 

ナレーター:これら伊豆の火山島は、

  関東の方に向かって一直線に並んでいます。

  実はこの並び方こそが、第2の大事件を引き起こしたのです。

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一部要約。

もともと火山島の列は、

日本列島の南で西向きに並んでいました。

日本列島が大陸から引きちぎられ、

日本が二本になっていた頃に、

火山島ののっているフィリピン海プレートが移動して、

北向きになり、ちょうど二本の日本列島の間に向かって

火山島が進むようになりました。

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そして、最後の写真でスポットライトが当たった場所に、

火山島が連続して衝突するようになりました。

  

再び聞き書きします。

  

ナレーター:地球史上稀な火山島の連続衝突。

  (中略)

  日本列島がまだ二本だった頃、今の関東の辺りは、

  東日本と西日本を隔てる海峡でした。

  その南の沖合には、火山島が一列に並んでいます。

  海底から見ればどれも巨大な火山です。

  火山島の周囲では、ひっきりなしにあの枕状溶岩が

  生まれていました。

  浅い海にはサンゴ礁が発達しています。

  そして1500万年前。

  フィリピン海プレートが北に移動します。

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  これが奇跡の始まりでした。

  一列に並んだ火山島が、次々と西日本と

  東日本の間へと向かって行ったんです。

  500万年前頃には、丹沢山地の元になる島々がぶつかりました。

  島の周囲のサンゴ礁も海底の溶岩も

  陸地の高いところへ押し上げられていきます。

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  丹沢の山中にサンゴ礁や枕状溶岩があるのは、

  この大事件の名残です。

   

  空から見たこの光景は、

  連続衝突の規模の大きさを物語っています。

  最も初期に衝突した火山島が櫛形山地になりました。

  その後やって来たのは御坂山地になり、

  続いて丹沢山地になり、最後の衝突で伊豆半島ができました。

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  日本列島誕生、第2の大事件。

  それは2つに分かれていた日本の間を偶然埋めるように起こった

  火山島の連続衝突でした。

  (中略)

  火山島が連続して衝突する山々からは、

  大量の土砂が流れ始めました。

  その土砂は二本に分かれていた日本の間の海を埋め、

  今の関東平野の元となりました。

  偶然に起こった火山島の連続衝突により、

  それまで2つに分かれていた日本列島が、

  ついに一本につながったのです。

  およそ500万年前の出来事でした。

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以前から伊豆半島は衝突した島だとは聞いていました。

それだけではなかった。

次々に火山島が衝突して山地ができたことが

よくわかった素晴らしい映像でした。  

   

このような映像満載のこの番組を、

いつかは授業で使いたいですね。

  

火山島が衝突したことで、

今身近にあるものが誕生した話を次の投稿で書きます。

 

つづく

「列島誕生 ジオジャパン 第1集」より/大地から引き裂かれる仕組み

 

今日は9月30日。

  

前投稿の続きで、昨年7月23日に放映された

NHKスペシャル 列島誕生 ジオジャパン

第1集 奇跡の島はこうして生まれた」より。

  

第2の大事件について読み物化しようとしましたが、

その前に、なぜ日本列島が大陸から引きちぎられたかを

説明している映像の読み物化をしたいと思いました。

実行。

  

  

ナレーター:地球の表面を覆う十数枚の岩盤、プレート。

  仲でも最大のものが太平洋プレートです。

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  この地球最大のプレートの西のはじに接していたこと、

  それが日本列島の運命を決めたと考える研究者がいます。

  地球物理学者の吉田晶樹(まさき)さん。

  最新のコンピュータシュミレーションを使って、

  太平洋プレートの動きを再現しています。

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  右側からもぐりこんでいるのが太平洋プレートです。

  太平洋プレートは地球最大のプレートで、

  厚さは100kmもあり、極めて重くなっています。

  そのため日本付近では、自らの重さで、下へと沈んでいきます。

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吉田さん:沈み込んだプレートの体積を埋め合わせるように、

  時計回りの上昇流が生まれます。

  この上昇流は沈み込んだプレートの側面を押します。

ナレーター:側面を押された重い太平洋プレートが、

  沈み込みを続けることで、右向きの強い流れが生まれます。

  太平洋プレートのように巨大なプレートでないと起こらない

  強い流れです。

Photo_6 (赤い楕円で囲んだ部分が右向きの強い流れ)

  同じシュミレーションを上から見ると

  プレートが沈み込むと、その時生まれる流れに引きずられて、

  ユーラシア大陸が引き伸ばされていきます。

  そして大陸はしだいに薄くなり、  

  次にちぎれました。

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吉田さん:マントルの上昇流が陸のプレートを引き裂きます。

  そうすることによって日本列島は大陸から  

  引き離されたのです。

ナレーター:日本列島誕生、第1の大事件。

  それは地球最大の太平洋プレートが、

  大陸の縁に接していたことで起りました。

  この運命的な場所で、地球の歴史上たぐい稀な

  大陸の引きちぎりが起きて、日本列島が誕生したのです。

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そんなちぎられた土地で、私たち日本人は生きているのですね。

大地は、揺るぎないようなものに思えますが、

この話を知ると、危なっかしい場所に住んでいるのだと

思えてきます。

ただその変化が、人間にとってはとてもゆっくりなので、

大地は揺るぎないものと感じるのでしょう。

  

つづく

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