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2016年1月5日

2016年1月 5日 (火)

「ブラタモリ」 富士山のこと3本

 

今日は1月5日。

  

年末年始に見た番組について。

「ブラタモリ」の富士山に関する3本を見ました。

10月10日放映「19 富士山」

10月17日放映「20 富士山の美」

10月24日放映「21 富士山頂」

  

写真を並べていきます。

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富士山の裾野にある湧水による池。

湧いてくる水は、15年前に降った雨が、

20㎞をゆっくり下ってきているとのこと。

  

  

粘り気のある溶岩と、流れやすい溶岩には、

ハワイ語で名前があるとのこと。

けっこう楽しい名前です。

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流れやすい溶岩=パホイホイ

流れにくい溶岩=アア

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裾野まで来ている溶岩はパホイホイ。

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山頂付近はアア。

  

  

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宝永火口に迫るタモリさん。

  

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宝永火口の方が山頂火口より大きい。それも3つ火口があった。

この番組を見て、宝永火口に行ってみたくなりました。

  

富士山のでき方↓

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この「大崩落」は原因が不明なのだそうです。

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一気にできたわけでなく、だんだん出来上がっていったのですね。

  

 

山頂:白装束専用の御朱印

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昔は村の代表が富士山頂まで上がって拝んでいったそうです。

今も続いている・・・。

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山頂周囲の峰を観音などに見立てた。

中央に大日如来が登場するとされた。

それはブロッケン現象だったようです。

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昭和39年に富士山レーダーが設置されました。

  

  

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現在頂上の測候所では雷の研究が行われています。

雲の上にも雷が発生していました。

  

 

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山登りすると腹が減る、汁ものが食べたくなる、

カップラーメンがおいしい。

そんなことをタモリが言っていました。

賛成です。

平地では食べないカップラーメンですが、

山登りだとほぼ確実に持って行って食べています。

 

今晩、NHK教育テレビで富士山のことをやっています。

録画しました。

「趣味どきっ!

一生に一度、神の山に旅したい 江戸時代の富士山信仰」

(1月5日/再放送1月12日)

富士山の勉強の書き入れ時のようです。

  

懐かしの「サンダーバード」/atではなくてareでした

  

今日は1月5日。

  

昨年末にふと見たテレビで、「サンダーバード」の新作をやっていました。

ついつい見てしまいました。

Sandabado  

けっこう昔に忠実に作られていて、

1・2・3号機などそのままリニューアルしているし、

登場人物の顔つきも、どこか面影が残っていてOK。

オモチャの飛行機、車などが、リアルっぽくて実にいい。

わざと「本物だ」とだまされて見ている自分がいます。

ただ、番組のタイトルがに気になりました。

  

THUNDERBiRDS(サンダーバード) ARE GO」

  

でした。

「サンダーバード」の後は「ARE(アー)」だったのですね。

子どもの頃からずっと「アッツ」だと思っていました。

なぜかって?

ちょうどYoutubeに映像があったので、見てください。

子どもの頃、テレビで何度も見た映像です。


YouTube: サンダーバード OP(日本放送当時版) & ED

「ファイブ フォー スリー トゥー ワン   ドドドーン

サンダーバード アッツ(at) ゴー」と聞こえます。聞こえるでしょ?

なので、ずっと覚えて、上の言葉を口ずさんでいました。

「アッツ」だと思っていたのが「アー」だったのは驚きでした。

でも、どういう意味なんだろう?

「THUNDERBiRDS ARE GO」

をそのままYahooの翻訳に入れると

「サンダーバードは試みです」と出ます。

これはちょっとおかしい。

こういうことに疑問に思って調べている人はきっといます。

検索してみました。

ほらほらありましたよ、たくさん。

でもここ↓が参考になります。

英語de学ぶ なぜそのタイミング? サンダーバードの「are go」の意味

このサイトによると、ここでの「GO」は動詞ではなくて形容詞。

意味は「用意ができて」とか「正常に作動して」のようです。

したがって、番組のタイトルは、

「サンダーバード、(救助の)準備完了!」

くらいの意味のようです。

他にもいろいろ書いてあって勉強になります。読んでみてください。

  

もしかしてあるかもと思って「at go」を調べましたが、

存在しませんでした。

  

ああ、懐かしい。今宵はサンダーバードの曲を楽しみましょう。

6日深夜7日の午前0時40分から、年末に見た放映の再放送あり。

車輪の出ない旅客機が無理やり着陸する話。

Photo_3

https://www.youtube.com/watch?v=6xpGEQWs0lI

元祖「サンダーバード」のこの場面↑を思い出させるシーンもあります。

お薦めです。私はもう録画セットしました。

「それはホロコーストの”リハーサル”だった」より6.「貴重な説教」

  

今日は1月5日。

  

前投稿に引き続き、

2015年11月7日放映の

【ETV特集 それはホロコーストの”リハーサル”だった

             ~障害者虐殺70年目の真実~】より

  

いよいよラストの投稿です。

  

人々が沈黙する中、行われ続けていた障害者の虐殺。

ついにある人が声をあげました。

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それはドイツ北西部の町ミュンスターの司教だった

フォン・ガーレンでした。

説教の中でこう言ったのです。

  

『行われていることは障害者を救済する”恵みの死”ではなく

たんなる殺害だ』

貧しい人 病人 非生産的人な人 

いて当たり前だ。

私たちは 他者から生産的であると

認められた時だけ生きる権利があるというのか

非生産的な市民を殺してもいいとの原則ができ、実行されるならば

我々が老いて弱った時 我々も殺されるだろう

非生産的な市民を殺してよいとするならば 

いま 弱者として標的にされている精神病者だけでなく

非生産的な人 病人 傷病兵 

仕事で体が不自由になった人すべて 

老いて弱った時の私たち全てを殺すことが許されるだろう

 

この説教の原稿を没収しようと、ナチスの秘密警察が動きましたが、

できませんでした。

数多くの書き写しが作られ、どこまでも流れて行ったそうです。

ドイツの隅々まで説教の原稿は広がり、

防空壕の中に避難した人も目にしたそうです。

この説教があった20日後、

1941年8月24日にヒトラーはT4作戦の中止を命令しました。

このような行為があったことを忘れないでいたい。

まずはここに書きとめました。

  

  

次にレポーターの藤井克徳さんの言葉。

この言葉に影響を受けて、さっそくこのシリーズの「2」で

私は自分の意見を書いています↓

「もちろん今だって正しい判断をしているかどうか。

後の人が見たら、とんでもないことをしているかもしれません。

基本は命の扱われ方だと思うようになりました。

命の扱いが軽い場面は、何らかの問題があるはずなのです」

  

藤井さんはこう言っています。

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どんな問題にも、戦争にも、悪行にもね

必ず最初があるわけですね。あるいは前触れがあるわけです。

その段階で気づく力、ここが問われてくるということと、

やはり社会的に弱い立場、障害者にやはり問題が現れやすい。

これが前触れの警鐘であるということを、

とらえていくことが大事だということを感じましたね。

  

藤井さんは目が見えません。

見えない人から「気づく力」を言われてしまいました。

目のある人はちゃんと見とけよと言われている感じです。

  

  

以上で、【ETV特集 それはホロコーストの”リハーサル”だった

~障害者虐殺70年目の真実~】のまとめは終了です。

見ただけでは終わらせたくない内容だったので、書きとめました。

日本の戦争時における障害者については、

以前やはり番組の聞き書きをしました。

ここでも道草 「肢体不自由児たちの学童疎開」引用/職員室の片隅での発見(2014年8月27日投稿)

  

この時も、障害者に対して冷たい風が吹きました。

障害者に問題が現れたら、世の中はおかしくなっているのです。

障害者の尊厳が守られていたなら、まだまだ世の中はまともです。

特別支援学級担任の自分が、子どもたちを大切にしていたら、

世の中が平和な証拠です。

世の中の状況がわかる現場にいるわけです。頑張ろっと。

  

最後にもう一度、現時点でこの番組が見られるところを紹介します↓

dailymotion それはホロコーストのリハーサルだった

「それはホロコーストの”リハーサル”だった」より5.「悲しい沈黙」

  

今日は1月5日。

  

2015年11月7日放映の

【ETV特集 それはホロコーストの”リハーサル”だった

             ~障害者虐殺70年目の真実~】より

 

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藤井さんという方が今回のレポーターです。

藤井さんがいろいろな人に会って話を聞いているのですが、

この人↓の話が最も印象に残りました。

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聞き書きしてみます。

  

ナレーター:

 藤井さん、ハダマーでもう一人、遺族に会いました。

 ギーゼラ・プッシュマンさんです。

 数カ月に1回、花を手向けるために、

 (旧)ガス室に訪れているというギーゼラさん。

 父の妹である叔母が、てんかんのためにハダマーで殺されました。

  

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 ↑父と一緒に写る叔母ヘルガさんの子ども時代の写真が残っています。

 父より3歳年下だったヘルガさんが殺されたのは、17歳の時でした。

 しかしギーゼラさんは、最近まで、

 ヘルガさんが存在していたことすら、知りませんでした。

   

ギーゼラさん:

 父は一度も叔母について話したことがありませんでした。

 私が5~6歳の時に、祖母のところで、

 この写真(上の写真)を見たんです。

 「これは誰なの?」と聞いたら、

 男の子がお父さんで、女の子がヘルガだって。 

 その後、この写真は机の上からなくなりました。

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 なんとなくそれ以上聞いてはいけないという雰囲気があって、

 私はそれから二度と聞く勇気がありませんでした。

  

ナレーター:

 その後も父は一度も妹のことを話題にしなかったと言います。

 しかし、父のいとこが、80歳を過ぎてから、

 ハダマーの施設に問い合わせるように言ってきました。

 そこでギーゼラさんは、叔母ヘルガが、 

 殺されていることを知りました。

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ギーゼラさん:

 手紙を受け取ったとき、すごく泣きました。

 ヘルガはよく犬小屋に閉じ込められていたと聞きました。

 とてもショックでした。

 ヘルガが犬小屋に閉じ込められていたときの犬です。

 ヴァ-タンという名前のジャーマンシェパードです。

 ヴァータンとはゲルマン民族の神様の名前です。

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 私はこの犬の話を聞きながら育ったほど、

 父は自分の愛犬についてたくさん話をしてくれました。

 でも妹については、一言も話してくれたことがないのです。

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 兄弟が自分の妹を忘れる、また忘れたふりをするなんて

 私には理解できません。

 

ナレーター:

 障害者たちの殺害は”恵みの死”であり、

 社会、そして家族の負担を減らすものだと

 国民に言い続けたヒトラー。

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 ギーゼラさんは、いつしか家族までもが

 そう考えるようになっていったのではと疑っていました。

 

藤井さん:

 家族も結果的にやはり差別意識も全くなくはなかったという点ではね、

 それは悲しいこと。

 家庭の差別の背景には戦争があり、

 戦争が一層これを助長した、増幅した、

 そこに問題の本質があるんじゃないかなあ。

  

家族は本当は妹の死を悲しみ、

その出来事が悲惨だったことから、

妹の話をギーゼラさんに話さなかったと思いたいです。

でも当時は、家族でさえ、

障害者の死を”恵みの死”と考えていた可能性は高いです。

この番組を見てきて、ギーゼラさんの話を聞くと、そう思います。

異常なのです。

もしかしたら戦後、ヘルガさんの死は良くないことだと思っても、

一度は”恵みの死”と考えた過去を消し去るために、

妹のことは口にできなかったと考えます。

  

  

ギーゼラさんは次の行動に移ります。番組のラストで紹介されました。

 

ナレーター:

 叔母のヘルガを知らずに育ったギーゼラ・プッシュマンさん。

 ギーゼラさんは、新聞広告に、あるメッセージを載せました。

 

ギーゼラさん:

 叔母が殺されたことは、私にとってとても悲しいことです。

 でも私が本当に悲しいのは、叔母の死ではなく、

 家族がずっと沈黙を続けてきたことなんです。

 それが今でも私は悲しくて仕方がないのです。

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 ヘルガおばさんの尊厳を取り戻し、

 人々の記憶に残していきたいのです。

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ナレーター:

 ギーゼラさんが、亡き叔母に当てたメッセージです。

 

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 ヘルガ・オルトレップ 

 ナチスのいいなりになった協力者によって殺された 

 そして家族によっても黙殺された 

 わたしはあなたを忘れない 

 あなたの姪 ギーゼラより 

  

「ヘルガおばさんの尊厳を取り戻し、

 人々の記憶に残していきたいのです。」

この番組中で最も印象に残った言葉です。

家族からでさえ話が出なかった、

生存していることさえ知らされなかったヘルガさんの存在を知って、

ギーゼラさんから出た言葉です。すごく共感できます。

このブログにもヘルガさんのことを記録しましたよ。

遠い日本のここでも、ヘルガさんのことを記憶した人物がいますよ。

  

あと1本書きます。つづく。

  

肢体不自由教育勉強会での学び/どのような体育をするか

  

今日は1月5日。

【ETV特集 それはホロコーストの”リハーサル”だった

             ~障害者虐殺70年目の真実~】

の聞き書きの続きは次の投稿です。今回は別の話題。

  

  

昨年12月に参加した肢体不自由教育勉強会に参加しました。

そこで配られた要項に次のように書いてありました。

  

肢体が不自由な子に体育なんて何をやればいいんだろう?

あでもできない・・・これもできない・・・。

と、首をかしげるところから始まります。

体育でスポーツ的な競技性や均整のとれた動作性を求めず、

素朴に「体を動かす」からのスタートをしてみましょう。

  

いいなあと思います。

現在担任している子どもにも、

この考え方でいきたいと思うようになりました。

今までは交流学級で行っている体育の内容に

どのように関わらせるかの発想が中心でした。

勉強会で参観させてもらった授業は、まさに「体を動かす」授業でした。

  

要項からもう少し引用します。

  

「楽しい体育の指導」

①障害に応じた種目を考える

 ・身体の動きの状況や生活経験の程度を考慮し、指導内容を精選し、

  基礎的基本的な事項に重点を置く。(学習指導要領より)

 ・「どんなスポーツを行うか?」ではなく

  児童生徒のやりたいことを「どのように行うか?」

 ・児童生徒の体の状況を把握する。

  安全な環境の中で体にかかる負荷を考慮する。

 ・場所、用具、ルールを決める。障害の実態をしっかり捉え工夫する。

  

体育の授業に限りません。

担任している子がバスケット部に入っています。

他の子とは同じことができません。

でもバスケはやりたい。どうするか?上記のことは参考になります。

次の「発想の転換」も参考になります。

  

②発想の転換

 ・転用・・・他の使い方、新しい用途は

 ・応用・・・他からのアイデアを借りたらどうか、

       他にも似たようなものはないか、まね

 ・変更・・・変えたらどうか、意味、色、動き、形

 ・拡大・・・何かを付け加える、回数を増やす、長くする、時間を増やす

 ・縮小・・・小さく、軽く、短く、圧縮、省略

 ・代用・・・他の材料、他の場所、代用品、動力

 ・再配置・・・順番を変える、要素を変える

 ・逆転・・・順番、役割、基準、勝敗、上下逆

 ・結合・・・混合する、組み合わせ、障害の有無

  

肢体不自由児の体育を考える時には、

上記のキーワードをながめながら考えると、何か思い浮かぶかも。

  

収穫のあった出張でした。

  

「それはホロコーストの”リハーサル”だった」より4.「プロパガンダ」

  

今日は1月5日。

  

前投稿に引き続き、

2015年11月7日放映の

【ETV特集 それはホロコーストの”リハーサル”だった

             ~障害者虐殺70年目の真実~】より

  

Photo  

ナレーター:

 殺害施設では、医師の他、看護士、運転手、遺体を焼却する人など、

 多い時には、100人近くが働いていました。

 事前に仕事の説明を受け、ここに来た人たちでした。

  

歴史学者ハンス=ヴァルター・シュムール教授

 当時、精神病院で働いていた看護士や介護士は、

 無条件で医師の指示に従う時代でした。

 また、彼らは何年もかけてプロパガンダの連続射撃を受けていました。

 殺すべき患者は他の人より価値が低い人間だと

 教え込まれてきたのです。

 それで事故を正当化できたため、

 より気楽に関与できたのではないかと思います。

  

ナレーター:

 グラーフェネックで働いていたある看護士の戦後の証言です。

 仕事が生きがいだったというエマ・ベリン。

 看護士になって12年目。

 31歳の時にベルリンで緊急業務命令を受けました。

 その際、こんな説明を受けたと言います。

 「治療不可能な精神病患者が、

 国や国民、家族の負担になっているため法律が作られた。

 いわゆる安楽死計画によって、精神病患者に”恵みの死”を施し、

 命を終えてもらうことになった」

 「我々はそのために選ばれ、 

 法律および計画を実行させる義務があるのだと。」

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施設から離れた空き地にガス室が作られ、

その近くに焼却炉がありました。

エマの仕事は、バスで到着した患者を受付までつれて行くことでした。

その後、障害者患者たちは、医師の診察を受けて、

シャワーを浴びると言われて、シャワー室へ。そこがガス室でした。 

ナレーター:

 (中略)

 供述の最後に、エマはこう述べています。

 「もう一度、次のことを述べさせていただく。

 私は生涯一度も悪いことをしたことがない。」

 「私は常に勤勉で、特に患者に対してとても良心的だったので、

 患者にも人気があり、上司の評価も良かった。」

 「そのような法律が本当にあると私は信じたのです。」

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プロパガンダによる洗脳のため、施設で働いていた人たちは、

自分たちが行っていることは正しいことを思っていたのです。

人間の正しい判断は、後になればわかりますが、

その時代、その場所にいた人たちにできるかと言ったら、

やっぱり難しいことなのでしょう。

もちろん今だって正しい判断をしているかどうか。

後の人が見たら、とんでもないことをしているかもしれません。

基本は命の扱われ方だと思うようになりました。

命の扱いが軽い場面は、何らかの問題があるはずなのです。

  

まだ続く。

 

 

「それはホロコーストの”リハーサル”だった」より3.「T4作戦」

  

今日は1月4日。

  

前投稿に引き続き、

2015年11月7日放映の

【ETV特集 それはホロコーストの”リハーサル”だった

             ~障害者虐殺70年目の真実~】より

  

ナレーター:

 強い民族を作り、ドイツの復刻をはかる。

 ヒトラーはそのため、軍備の拡張を進めました。

 同時にアウトバーン建設など、大々的な公共事業で、失業者を雇用。

 経済の復興をアピール。国民の支持を集めます。

 1936年には、ベルリンオリンピックを開催。

 ドイツ民族の優秀さを国内外に誇示する絶好の機会として、

 利用しました。

  

 一方、福祉や社会保障にかかる費用は、大幅に削減。

 障害者は生きているだけで金ばかりかかる価値のない存在だと、

 国民に刷り込んでいきます。

  

  

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 ↑これはナチスが教育用に作ったポスターです。

 遺伝性とされた障害者を支えるのにどれだけの費用がかかり、

 それが国民の負担になっているかを訴えています。  

  

 さらに全国にある5300、全ての映画館でも、

 プロパガンダ映画を上映しました。

  

プロパガンダ映画のセリフ:

 健康な国民同胞を健全にするための資金が、

 白痴者を扶養するために使われている。

 施設にはそのような者がうようよいる。

 この遺伝疾患のある兄弟の世話と

 施設の費用にこれまで154000マルクかかった。

 どれほどの数の健康な人々が、この費用で家を買えるだろうか。

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ナレーター:  

 そしてついに、障害者の殺害計画が動き出します。

 第二次世界大戦勃発の前の年、ヒトラーの側近は、

 全国の権威ある精神科医たちを召集。

 殺害の対象とすべき人は誰か、苦しませずに殺す方法は何かなどと

 話し合いを続けました。

  

 1931年9月1日。

 ドイツ軍はポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まります。

 その混乱に乗じて、ヒトラーは、ある命令書にサインをします。

 側近に当てた極秘命令書。

 「病気の状態が深刻で、治癒できない患者を、

 安楽死させる権限を与える」

 日付はあえて戦争開始日の9月1日にしました。

  

 実行本部が、ティ-アガルテン通り4番地に置かれると、

 「T4(ティーフォー)作戦」と呼ばれました。

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全国にいる障害者の調査票が作成され、

”安楽死”させる障害者が選ばれました。

基準は「生きる価値があるか」です。

殺すか殺さないかは、T4作戦本部の医者が決めていました。

番組では 「統合失調症」の女性患者が、

4人の医者から「殺してよい」と判定されている用紙が

紹介されていました。

本人の知らないところで、とっても重大な判定がされていたのです。

殺害施設の一覧です↓

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人目につかないへんぴな場所の施設が選ばれました。

障害者はバスで運ばれて、受付をすませ、

シャワーを浴びると言われてガス室に送り込まれました。

ガス室で殺害された遺体は、焼却されました。

  

計画は極秘でした。

施設の近所の住民は、毎日のぼる黒煙とその匂いを不思議がりました。

匂いは異臭でした。

バスで満員の人が送り込まれるのに、帰りのバスは空っぽ。

施設は人でいっぱいになっているはずなのにそうなっていない。

謎でした。でもだんだん予想がついてきました。

戦場から帰った兵士が、黒煙の匂いは、

戦場で遺体を焼いた時の匂いと同じだと言いました。

しかし、もうだれも止められませんでした。

 

殺された障害者の肉親の話を次の投稿で書きます。

明朝にしよう。もう寝ます。

追記:この番組がパソコンで見ることができます。

いつまで見られるかはわかりませんが、紹介します↓

dailymotion 「それはホロコーストのリハーサルだった」 

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