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2017年5月 1日 (月)

井伊直親の卒塔婆を作ったのは誰?

 

今日は5月1日。

  

井伊直親のお墓について書いたことがありました。

ここでも道草 「十九首」が直親終焉の場所と言われている(2017年4月1日投稿)

この投稿に対して、kurarin maxさんがコメントを寄せてくれています。

一部引用↓

 

今度近くに行く機会があれば立ち寄りたいと思います。

  

kurarin maxさん、予告通り、

井伊直親のお墓に行きました。4月26日のことでした。

その時の写真を送ってくれました。

許可をいただいたので、掲載します。

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撮影された順番に掲載しました。

だんだんお墓に近づいて、

全体から部分を撮影していく様子が

写真から手に取るようにわかります。

kurarin maxさんの視点(関心)がどこにあるかわかります。

もう1枚、写真をいただきましたが、

次はどこの撮影をするか予想がつきませんか?

 

私は予想がつきました。

卒塔婆の背面が気になります。

墓石の背面もです。

kurarin maxさんも気になったようです。

最後の写真は背面からの撮影でした。

10  

 

卒塔婆は平成28年12月14日建立とあります。

4月1日の投稿で紹介した

3月26日放映の「おんな城主 直虎」の「直虎紀行」には、

この卒塔婆は映っていませんでした。

「直虎紀行」の映像は、昨年12月14日以前の撮影となります。

あらかじめちゃんと準備をしているのですね。

さすがNHK!

  

調べていくと12月14日に意味がありました。

直親が殺されたのが永禄5年(1562年)12月14日でした。

命日でした。

  

誰かが命日に法要をして、卒塔婆を作成し、設置したのでしょう。

誰?NHK?いやいや龍潭寺?

  

検索してみました。

キーワードは「龍潭寺 2016年 12月14日」

 

奇跡!ヒットしました。

豊川上流域 そーなんだ! 2016年12月14日 井伊家ゆかりの地 今日は直政(虎松)父親・直親の命日

直親のお墓の墓前での法要の様子が報告されていました。

法要の主は龍潭寺でした。

卒塔婆の作成したのは龍潭寺さんでした。

上記サイトに載せてあった写真です↓

Photo

法要に訪れた人たちと思われます↑

 

L

↑真新しい卒塔婆が墓前にあります。

 

Photo_2

↑龍潭寺の和尚さんと思われます。

 

コメント

龍潭寺による法要とは存じませんでした。卒塔婆に平成28年とあったので、直虎ブームにあやかったものなのか、それとも毎年行っていることなのか気になりました。この日、12月14日が命日だったんですね。よく見れば、説明版にも明記されていました。

コメントをありがとうございます。
思うに、以前の直親の墓には卒塔婆がないんで、
やはり直虎ブームにあやかったものだと思います。
今年の12月14日が気になります。

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