(前投稿からのつづき)
消火栓のマンホールの蓋に目が止まりました。
これも先に紹介したマンホールと同じく立山連峰と富山湾、雪、アザミのデザインでした。
こういうオーソドックスなマンホールの蓋もありました。
道々にこういう作品が設置されていました。
富山市は「ガラスの街富山」をPRするためにやっているようです。
調べたところによると、晩はライトアップされるとのこと。
しまったなあ、晩はここを歩きませんでした。
駐停車禁止、駐車禁止の標識の下に「車輪止め」の標識。
これは何だ?と思いました。
調べたところ、違法駐車の車には車輪止めをつけるよと警告している標識でした。
これは富山市に限らず、いろいろな所にあるようです。
私がはじめて見たのはここです。
横断歩道に噴水の口が設置されていました。
雪が積もったりすると、ここから水が出て融かすのでしょう。
バス停3つ分歩いて、いろいろ発見がありました。
最後に富山城。
富山駅から目的の小学校に向けてバスに乗ろうとしましたが、
まだ時間がありました。
少し歩いてみようと思いました。
その時に見たものを紹介します。
スコップが設置されていました。
「雪と汗のひとかき運動/歩道除雪等に御協力下さい。みんなでひとかきやらまいけ」
と書いてありました。シャレと方言が面白い。
実際に使われるのでしょうか。
人通りの多い場所でした。
このスコップを持って「ひとかき」するのは勇気がいりそうです。
縦長の信号機。
雪の多い富山なら当たり前?
右折信号はこう付くんだと知りました。
隣の豊橋市が市電が盛んなように、
富山市の市電も元気でした。
富山ライトレールという会社もできて、
富山市の路面電車は拡大しつつあると聞きました。
市電の視点でも富山市は面白そう。(つづく)
最近驚いたニュースは、
常用漢字表の改定作業を進めている文化審議会の漢字小委員会のニュース。
11月26日のニュースでした。(下は産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/081126/trd0811260711000-n1.htm
新しく常用漢字が加わるのですが、
問題は「しんにょう」です。
記事では次のように書かれていました。
新たに加わる「謎」「遜」「遡」の「しんにょう」部分をめぐって
点が1つか2つかで議論が白熱した。
事務局の文化庁は2点を提案したが、
現行の常用漢字はすべて1点で表記されているため、
一部の委員が「1点に統一すべきだ」と反発。結論を次回に持ち越した。
文化庁などによると、しんにょうは本来2点表記だが、
戦後告示された「当用漢字字体表」で「手書きと印刷の文字を接近させる」ため1点に統一。
昭和56年告示の常用漢字表で加えられた「逝」「遮」の2字も1点表記にされた経緯がある。
驚いた。しんにょうは本来2点表記だったんですね。知らなかった。
しっかり1点表記に慣らされていて?それが当然であって、
2点表記は珍しいのかと思っていました。
ここで「常用字解」(白川静著/平凡社)を出してきました。
それによると、しんにょうのもとの字は「辵チャク」
この字が変形してしんにょうが作られたのなら、点が2つでしょう。
そうだったんだ。
来年1月に新しい「常用漢字表」が発表されるそうです。
ついでに漢字がらみで。
12月12日が「漢字の日」
この1年を漢字一文字で表現するならどんな漢字がいいか募集して、
その中から選ばれた漢字が発表される日です。
楽しみ。何だろう。家族で考えましたが、なかなか浮かびませんでした。
一文字で表現するのは難しい。
先日自転車の前輪タイヤを交換しました。
まだ一度も走っていないタイヤの写真。
まだ溝や突起がしっかりあります。
溝の形は、タイヤについた水を排水するためのものでしょうか。
しっかり滑り止めがききそうなタイヤです。
しかし調べてみると、自転車の場合、
接地面の多い溝なしのスリックタイヤの方が滑らないし、
自転車をこぐのも軽いのだそうです。
ハイドロプレーニング現象も、自転車のスピードでは起こらないとのこと。
ふ~ん。
ちなみに6月に交換した後輪タイヤの写真。
しっかり突起はなくなっています。
目安で後輪タイヤは1年。
前輪タイヤは1年半で交換します。
自転車が後輪駆動であること、
ブレーキでは後輪タイヤの方をよく使うことが、
タイヤ交換の期間で如実に現れます。
今晩は珍しく最後まで学校に残って仕事をしていました。
明日富山県に行くための準備に時間がかかりました。
明日はN先生の授業を見るために、
いろいろ無理を通させていただいて、こぎつけました。
自習の授業の一つで映像を見せる予定です。
3年前に録画した「地球ふしぎ発見 田んぼの王者タガメが飛んだ 愛知県新城市」です。
こんな全国放送の番組で、すぐ近くの新城市が扱われたのがまずすごい。
それも地球規模の自然を扱う番組であるのがまたまたすごい。
タガメ。
わが3年1組にもタガメの赤ちゃんを田んぼでつかまえて飼いましたが、失敗。
この番組には体長7㎝のタガメが出てきます。
あんな大きなタガメを見てみたい。実際に触ってみたい。
タガメは寒い季節にどこにいるかという調査の様子が出てきました。
タガメは里山の落ち葉の中にいました。
適度の湿り気と、暖かい環境が、タガメにはいいようです。
こういう情報を知ると、さっそく山に入って落ち葉の中を探ってみたくなります。
あした自習でこの番組をみた3年生はどう思うでしょうか。
10月12日の朝日新聞朝刊「写真が語る戦争」の記事が印象に残った。
ところが行方不明。記事がどこかに行ってしまった。
家中を探してもわからず。誰かが他のことで使ってしまったか?
結局図書館に行って、新聞をコピーさせてもらいました。
図書館に感謝。
記事のタイトルは「北千島の激戦/最果て敗戦3日後/ソ連軍奇襲 反撃した戦車隊」
第2次世界対戦が終わったはずの昭和20年8月18日。
千島列島の北のはずれの占守(シュムシュ)島で突然激しい戦闘が始まった。
侵攻してきたのは旧ソ連軍。
日本軍は敗戦を受けて武装解除を始めていたが、急きょ準備。応戦する。
この日の戦いで日本軍の死者1018人、旧ソ連軍の死者1567人。
敗戦後にこれだけの死者がでたのは悲しい。
日本軍捕虜はシベリアに抑留される。
日本軍の中には戦車隊があり、上陸した旧ソ連軍を海岸付近まで押し返したりした。
部下からも信頼された隊長だったようである。
あの司馬遼太郎さんも、旧満州で部下であった。
司馬さんもまた信頼を置いた上官のようだ。
戦闘で池田さんは命を落とす。
敗戦で、これで家族に会えるはずなのに、
戦闘命令を受けて出撃することになった人たちはどんな気持ちだったのであろう。
北の果てで行われた戦闘に興味を持ったし、
池田末男さんの出身が隣の豊橋市で、
今も息子さんが健在であることを知って、自分の好奇心はふくれあがった。
占守島の戦いのことをもっと勉強して、
豊橋に住む息子さんにお会いしたいと思う。がんばろう。
今年はサツマイモをどう料理するか?
学校園で収穫したサツマイモを、子どもたちは家に持ち帰るのですが、
残ったサツマイモは学校でみんなで料理して食べます。
以前やったことがあるやかんを使った石焼きイモをやることにしました。
方法は簡単ですが、時間がかかります。
あらかじめ私があいた時間を利用して準備を進めておきます。
①やかんに小石を半分ほど入れます。
本当は河原に行って拾ってくるのがいいのですが、時間なし。
玉砂利を買ってきて使いました。思ったより安く買えます。
②玉砂利が隠れるほどに水を浸し、沸かします。
水分が全てなくなるまで沸かします。ここまで約40分間。
石は湯のおかげでむらなく高温に温められます。
湯がなくなると湯気が出なくなるのですぐにわかります。
③イモの準備。これは子どもたちにやってもらいました。
イモを持ってきて、洗って、塩水の中につけました。
これでイモが甘くなるそうです。
④湯がなくなったところで、石の上にイモを並べます。
⑤ふたをして、中火で40分間。これででき上がりです。簡単、簡単。
石から出る遠赤外線によって焼かれた焼きイモはおいしいです。
やかんによる石焼きイモもいいのですが、
川原で石をみんなで拾ってきて、大きな鍋に入れて、
下から火を炊いて作る豪快な石焼きイモに憧れます。
以前テレビでやっているのを見て、いつかやってみたいと思いました。
皆さんはどうやってサツマイモを食べましたか?
今日は代休日。
一つの疑問が解決しました。
10月15日に撮影したこの写真。
サトイモ畑の向こうにある大きな緑色の実をつけた木に目が止まりました。
社会見学に行く時の道端にあり、
大きな実だねと子どもたちと言っていました。
あれは何だ?
今日やっとわかりました。
何のことはない。「柑橘」「大きい」とうって検索したらすぐに判明しました。
大きさから「柑橘類の王様」と呼ばれている晩白柚(ばんぺいゆ)です。
この時はまだ緑色をしていますが、
黄色になって、そろそろ出荷の時期でしょうか。
以前食べたことがあることを思い出しました。
晩白柚、またお店でもお目にかかれるかな。
あれは何だ?というものが一つ解決してすっきり!