2010年6月 7日 (月)

「ブエノスアイレス」の語源

昨晩、少しだけ見た番組「平成教育委員会」で面白いことを知りました。

アルゼンチンの首都ブエノスアイレスは「良い空気」という言葉から生まれた地名だということ。

      

さっそく調べてみたところ、次のブログに参考になることがありました。

※「マジックプレーヤー的地球の歩き方」

http://mtg.takaratomy.co.jp/others/column/nakamura/20081122/index.html

次のように書いてありました。

諸説によると、聖母マリア像の名前『ブエンアイレ』や、

初めてこの場所に到達したスペイン人が『bueno aire』

すなわち「良い空気だ」と言ったところから、

この街の由来は来ているとも云われています。

        

スペイン語『bueno aire』をスペイン語を翻訳できるサイトで英語に翻訳してみました。

http://translate.livedoor.com/spanish/    

見事に「good air」と訳しました。

(こんなことまでできる!便利な世の中になりました)

ただ「良い空気」の意味は、上陸したスペイン人が吸った空気のことを言ったという説と、

船乗りにとってありがたい「順風」を指す説とありました。

どちらであるかは不明。

    

    

ブエノスアイレスと言えば、アニメ「母をたずねて三千里」を思い出します。

主人公のマルコが目指したのはブエノスアイレスでした。

前投稿の「トム・ソーヤの冒険」と同じ

フジテレビ系の世界名作劇場枠で放送されたテレビアニメ。

放映期間は、1976年1月4日から同年12月26日までで、全52話。


YouTube: 母をたずねて三千里 第1話「いかないでおかあさん」

マーク・トウェインの自伝出版

6月6日の朝日新聞「天声人語」より。

    

「トム・ソーヤーの冒険」は19世紀半ばの

米ミズーリ州が舞台だ。

いたずら小僧のトムと、相棒の浮浪児ハック。

少年たちの粗野で気ままな日々は、

西部への出口だった州の空気と無縁ではない。

作者マーク・トウェインの故郷である。

お仕置きの塀塗りをまんまと人に押し付け、

トムがつぶやく、

「結局、この世は、それほどつまらないものではない」。

読者へのエールに違いない。

その作家のつまらないはずのない自伝が初めて本になる。

死後100年、すなわち今春まで世に出すなとの遺志に従い、

出版元は5千ページの手書き原稿を保管してきた。

1世紀の時差を託したのは、

宗教や政治、知人の悪口を正直に書いたためともいわれる。(後略)

     

最近、6年3組で「トム・ソーヤの冒険」を紹介し、

このブログでも作者マーク・トウェインの名前のいわれについて書いたばかり。

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2010/05/post-89df.html

タイムリーで面白い情報が入ってきました。

     

ニュースもありました。

http://www.asahi.com/culture/update/0525/TKY201005250371.html

このニュースによると、

自伝が出版されるのは11月。

トウェインは妻の死後に親密になり、

後に破局した女性との「晩年の恋」についても

400ページの補遺を残しており、

世界中のあらゆる世代に親しまれる作家の

別の一面が自伝を通じてうかがえるかもしれないとのこと。

自伝は3部構成で、11月に出版される上巻の価格は34.95ドル(約3200円)。

   

日本での翻訳本の出版はいつだろう?

   

日本人にとっては、このアニメでおなじみ。


YouTube: トム・ソーヤーの冒険 第1話「トムとハックとブタ騒動」

フジテレビ系の「世界名作劇場」枠で放送されたテレビアニメ。

放映期間は1980年1月6日から同年12月28日で全49話。

第1話の8分ごろに出てくる、先生の似顔絵は楽しい。

この頃の先生は、立たせたり、鞭打ちしたりと、

今の日本の学校ではやっていないことをやっています。

遊星歯車の動き


「遊撃手」から「遊星」に関心が移って、

「遊星歯車」なるもののことを知りました。

遊星歯車とは何だ?

    

Wikipediaには次のように書いてありました。

遊星歯車を含んだ「遊星歯車機構」とは。

太陽歯車(sun gear)を中心として、

複数の遊星歯車(planetary gear)が自転しつつ公転する構造を持った

減速(増速)機構である。

       

     

その動きを紹介する映像を探しました。

YouTube: Five Gear Planetary Gears In Blender 

      

     

     


YouTube: PLANETARY GEAR DRIVE

    

      

これらの映像を見れば、

中央の太陽歯車の周りを回る自転しながら公転する

遊星(惑星)らしい遊星歯車が良くわかります。

しかし、この遊星歯車機構は「減速(増速)機構」とあるけど、

その働き具合が想像できません。

なぜ減速?増速?

こんな仕組みを考えだした人はすごいなあと思うだけ。

2010年6月 3日 (木)

「遊星」とは?/6月7日の天体ショー

「なぜ遊撃手と言うか」という疑問は解決しましたが、

「遊軍」「遊撃隊」などの言葉を知って、

「遊」の「遊ぶ」意味以外の使い方にも興味を持ちました。

      

     

「遊」を使った熟語で「遊星」と言うのがあります。

知っているようでちゃんと説明できない言葉。

調べてみました。

これはplanetの訳語の一つでした。

つまり、planetの訳語は「惑星」「遊星」の2つあるそうです。

しかし、今はもっぱら「惑星」が使われて、「遊星」は死語になりつつあるそうです。

   

※参考「赤い惑星/惑星と遊星はどう違う?」

http://www.geocities.jp/planetnekonta2/hanasi/yuusei/yuusei.html

    

   

そうだったんだ。

ところで惑星(遊星)と言えば、次の天体ショーが迫ってきました。

6月7日の晩、しし座のレグルスと火星が大接近します。

紅白の同じくらいの明るさの星が並ぶのは見ものです。

※「しし座」http://yumis.net/space/star/leo.htm

6月5日に運動会があり、紅白対抗が盛り上がっている今、

頭上の紅白対抗に注目するのもいいのでは?

2010年6月 1日 (火)

「何で遊撃手と言うのだろう」その2

(前投稿のつづき)

ショートストップがなぜ「遊撃手」と呼ばれるようになったか?

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正岡子規が「野球」という訳語を作ったと覚えてきましたが、

どうやらそうではなく、

中馬 庚(ちゅうまん かなえ)(1870~1932年)という人が作った言葉のようです。

庭でやるのが「庭球」で、

野原でやるのが「野球」としたようです。

この中馬庚が「遊撃手」という言葉も作りました。

「ショートストップは、戦列で時期を見て待機し、動き回ってあちこちを固める『遊軍』のようだ」と表現し、

「遊撃手」という名称を広めたのです。

    

中馬庚は、1970年に野球殿堂入りしています。

※「野球殿堂」http://www.baseball-museum.or.jp/baseball_hallo/detail/detail_039.html

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「遊軍」を国語辞典で調べてみました。

戦列の外にあっていつでも出動できるように待機している軍隊。遊撃隊。

臨機応変に動き、行動範囲の広いショートストップは、

遊撃手の名前が似合うなと思いました。

    

     

帰りの車中で浮かんだ疑問を解決することができました。

夕方から今までうった内容は、

一度打ち終わって投稿したら全て消えてしまいました。

原因不明。

ちょっとくじけそうになりましたが、

頑張って打ち直しました。これですっきり。

「何で遊撃手と言うのだろう」その1

今日は保健主事の出張があり。

なかなか難しい仕事でした。

頭を使いすぎました。

その反動か?帰宅する車中でふと「何で遊撃手というのだろう」と疑問が浮かびました。

いい疑問が浮かんだと喜び、車内にあるメモ用紙に「遊撃手」と書き留めました。

     

帰宅して調べてこうやって書き出すことができます。

    

主に参考にしたのは次の2つ。

※wikipedia「遊撃手」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8A%E6%92%83%E6%89%8B

※「玉木正之のこどもスポーツ研究所」http://www.spopara.com/spmg/backnumber/tamaki/question/030.html

     

     

昔、野球は内野手が5人でした。

1、2、3塁ベースには、ベースを踏んだまま守る選手がいて、

1塁手、2塁手、3塁手でした。

その他に1・2塁間に1人、2・3塁間に1人いました。

この2選手は、ベースより前で、投手の斜め後ろ付近を守っていました。

他の内野手より打者に近い場所で守っていたので、

ショートストップと呼ばれました。

今もショートと呼ばれるのは、その時の名残りです。

      

     

時代がたって、1~3塁手がベースから離れて守るようになりました。

そうなると、2人のショートストップが必要ありません。

1人がなくなって、2塁手が1塁寄りを守り、

ショートストップが3塁寄りを守ることになりました。

現在の野球の内野手の守備になりました。

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ショートストップのことを書いてきましたが、

次の投稿で「遊撃手」について書いてみます。

深夜に移った「雑学王」

昨晩は帰りが遅く、遅い夕飯を食べ、遅い番組を見ました。

深夜に放映時間がずれた「雑学王」を見ました。

     

なぜ「中東」と言うのか?

これは、かつて中学校の社会科教師をやっている頃に調べた思い出が・・・・

悲しいかな、思い出せない。

正解を待ちました。

   

正解。

ヨーロッパから見て、東に広がるアジアを

近い順に「近東」「中東」「極東」と分けた名残りでした。

「近東」はあまり聞きませんが、「中近東」はよく聞く言葉です。

おそらく日本人は、「中近東」と「中東」の区別がないのでは?

少なくとも自分の中では、同じ地域を指します。

        

英語で書くと、Near East、Middle East、Far Eastらしい。

「極東」ではなくて、「遠東」と訳してもおかしくない英語です。

   

    

他にも面白いクイズはありました。

これより、HPからの引用。http://www.tv-asahi.co.jp/zatsugakuou/

   

ヤフートップページのニュース見出し。

見る人を刺激しないための表記ルールは?(一般正答率 22%)

     

   

正解

!(ビックリマーク)を使わない。
    
一般的に文章を目立たせようとビックリマークを付けたくなることも多いが、

ニュースは真実を伝えることが目的なので、

ユーザーの感情を刺激するような表現は慎むべきと考え、

!の使用を控えているのだそう。     

     

そう言えば、!は見た覚えがありません。

もう一つ。

    

朝食を表す単語「breakfast」 何をbreak(破る)という意味?(一般正答率8%)

    

    

    

正解。

「fast」という単語は、形容詞として使われると「速い」という意味になるが、

名詞として使われる場合は、

「断食」という意味になる。

つまり、「breakfast」とは、

朝 目覚めて前日からの断食を破り食事をとる、ということ。

   

    

fastに「断食」の意味があったのですね。

目から鱗を落としてくれました。

思わず賢くなった深夜でした。

   

    

2010年5月30日 (日)

「週刊 マンガ日本史」

今まで迂闊にも、朝日新聞出版の「週刊マンガ日本史」を見ていませんでした。

本屋の立ち読みで知りました。

これはいい。

  

それに、毎週学年通信で宣伝している「龍馬伝」の「坂本龍馬」が、

6月8日に出版されます。

まさにタイムリー。感謝。

        

     

子どもたちにこの本も紹介しないとね。

こちらがその気になると、

こうやって世間が味方をしてくれます。

これはかつて中学校で社会科を教えている時から感じていたこと。 

カツオとワカメ・・・・の原料を辿(たど)ると

5月10日に放映された「逆流!シラベルトラベル」(TV東京系)を録画してあったものを

昨日やっと見ました。

4月から始まっていた番組。

「原料を辿るとそこには驚きの光景が・・・・世界へ飛び出せ!」

というキャッチコピーも魅力的。

    

5月10日の原料は「鰹節」と「ワカメ」でした。

カツオにワカメ・・・・サザエさんの兄妹でした。

     

鰹節

日本の鰹節輸入量は約5581t。(2009年度財務省調べ)

輸入相手国は量の多い順に次の通り。

①インドネシア

②フィリピン

③ベトナム

④モルディブ共和国

番組では、④のモルディブ共和国に飛びました。

モルディブ共和国では、カツオは国魚となっていて、大事にされている魚でした。

漁の方法は、一本釣り。

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一網打尽に獲るのではなく、一本釣りにすることで、

ある程度大きくなったカツオしか獲らないようにしているとのこと。

カツオをいぶす時には、日本のカシの木が使われていました。

火持ちがよく、火力が強いために使われているそうです。

一説によると、モルディブでは、14世紀前半には鰹節があったそうです。

その鰹節の製法が、日本に室町時代に伝わりました。

つまり日本の鰹節のルーツは、モルディブにあったわけです。

あくまでも一説ですが。

    

     

ワカメ

日本のワカメ輸入量は約53579t。(2008年度財務省調べ)

輸入相手国は、ダントツ中華人民共和国が多く、

中国でも、「大連」でワカメがさかんに生産されています。

大連でワカメが生産されるようになったのは、

1932年に日本の統治下になったときに

日本の技術者が養殖の技術を伝えたことに始まります。

一度は下火になりましたが、20年ほど前から日本の需要が増えて、

生産量を上げてきています。

獲られたワカメは、湯通しされ、

鮮やかな緑色に変わりました。(もともとは茶色)

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さらに保存がきくように塩漬けにされました。

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番組では、理研食品の「ふえるわかめちゃん」が加工されている工場を紹介していました。

中国に工場があるのですね。 

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昨日寄ったお店に、他の会社の乾燥ワカメがありました。

その写真。

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裏面に記されていることを読むと、

大連での作業が目に浮かびます。

    

「逆流!シラベルトラベル」のHPはなかなか詳細に番組内容を紹介してくれています。

※参考:http://www.tv-tokyo.co.jp/shiraberu/index.html

    

      

日々、こういういい番組が放映されています。

全てを見ることはできませんが、

見た場合には、こうやってブログを書いたりして、

自分の血や肉にしていきたいと思います。

2010年5月29日 (土)

国分寺・国分尼寺についてあれこれ

最近のマイブームの一つが、「奈良」

平城京遷都1300年祭の年でもあるからです。

奈良を舞台にした映画「沙羅双樹(しゃらそうじゅ)」(2003年)も、

奈良に誘われて見ました。

が、今一つ楽しめませんでした。

築地塀(ついじべい)が街中にけっこうあるんだなあ。

そんな印象を持ちました。

     

      

豊川市の国分尼寺の見学に行きました。

ボランティアの方の説明は、知らなかったこともいくつかあって勉強になりました。

   

中門と回廊の復元のための費用は3億2千万円。

   

中門の瓦は全部で16000枚。

1枚の瓦は5~6㎏。5㎏としても、80000㎏。80t。

大きな象が12tくらい。つまり7頭弱の重さになります。

それだけ重くして、建物が礎石からずれないようにしていたわけです。

   

中門復元のために使った木材はスギの木で、

樹齢が100年以上のものを使った。

     

中門の赤色は、魔よけのため。

    

中門を復元する時にモデルにしたのは、法隆寺東大門。

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※法隆寺東大門    

    

    

鬼瓦の表情は、国分寺・国分尼寺ごとに違う。

   

国分寺には塔が建てられる。

そうだったんだ。

豊川市の国分寺には塔があったと知って、

国分寺の中でも特別なのかなと思っていました。

国分寺には塔を建てることがルールだったのですね。

塔はお釈迦さまのお墓として建てられたもので、

本来は塔の中心の柱の下に

お釈迦さまの骨(仏舎利ぶっしゃり)をおさめるそうです。

※参考:http://edu.city.ebina.kanagawa.jp/syakesyo/watashi/onko/kokubunji/kokubunji.htm「相模国分寺」

     

    

   

国分寺・国分尼寺がどのような過程で作られたか。

次のサイトはすごく参考になります。

※参考:http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Sumire/8209/mania2.htm「国分寺の世界」

聖武天皇の詔(みことのり)で、国分寺・国分尼寺が作られるようになったのですが、

その詔も、このサイトを見ると、読むことができます。

聖武天皇がとても謙虚な人だったと想像されます。

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サイトから少々引用。

「続日本紀」からの引用の引用。

    

朕(聖武天皇自身)は徳の薄い身であるが、

忝けなくも重任を受け継ぎ、

まだ民を導く良い政治を広める事が出来ず、

寝ても覚めても恥じることが多い。

   

しかし古来よりの名君は皆祖先の仕事をよく受け継ぎ、

国家は安泰で人民は楽しみ、災害無く幸いが齎されてきた。

どのような政治を行えばこのような統治が出来るのであろうか。

   

このごろは田畑の稔りも豊かでなく、疫病も多い。

それをみるにつけ、我が身の不徳を恥じる気持ちと恐れとが湧き上り、

心を痛め自分を責めている。

   

そこで広く人民の為に普く大きな福があるようにしたい。

先年駅馬の使を遣わして全国の神宮を修造し、

去年は全国に一丈六尺の釈迦仏一体を造らせると共に大般若経を写させたところ、

秋の収穫まで風雨が順調で五穀もよく稔った。

   

これは真心が伝わった為で、不思議な賜り物があったというであり、

恐ろしくもあり驚きでもあり、自分でも心が安まらない。

そこで、経文を考えるに、金光明最勝王経には、

「国内にこの経を講義したり読経暗誦したり、恭しく供養し、

流布させれば、一切の災いは消滅し、憂愁や疾病も除去されるであろう。

願いは心のまま、いつも喜びが訪れるであろう。」とある。

   

そこで、全国に七重の塔一基を造営し、

会わせて金光明最勝王経と妙法蓮華経を書経させることとする。

また、朕は別に金光明最勝王経を写経し、

七重の塔毎に一部を置くこととする。

仏法が盛んになり、天地に永く伝わり、

四天王のご加護を死者にも生者にも届かせて、常に十分であることを願おうと思う。

(「続日本紀」より)

     

ああ、貴重な資料を見ることができました。

これにて、国分寺・国分尼寺のことをブログに書くのは一休み。

5月は、国分寺・国分尼寺のことをたくさん書きました。

     

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