2012年1月 7日 (土)

知多半島へ・・・文字が判読できた軍人像


今日は1月7日。

前投稿のつづき。

  

若くして死んだ兵士たち。

さぞ無念だったでしょう。

遺族は、若くして死んだ息子(夫)の無念さを思い、

現世に息子(夫)の存在の証を残したいと考えたのでしょう。

セメントの軍人像には、制作にかかわった遺族の思いもこもっているように感じました。

でもその人たちも、今はこの世にはほとんどいないことでしょう。

   

遺族が残した文字が、軍人像の台座にあります。

しかしもうだいぶ風化して判読が難しいです。

ひとつ顕著に残っているのがありました。

   

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中央の像です。

    

正面

故陸軍歩兵伍長 勲七等 功七級 梶田勇之像

向って右側面には経歴。

左側面。

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昭和十二年九月七日 上海呉淞鉄道倉庫付近 小吉浦ニ於テ戦死ス 

享年二十五才」(後略)

   

前々投稿に載せた説明板によると、上陸したのは8月23日。

梶田勇伍長は、2週間生き延びたのに、戦死してしまったのです。

半月でほぼ全滅してしまったと言われる名古屋第三師団歩兵第六連隊。

その一人だったのです。

仲間がたくさん死んで、いつ自分の番になるかと恐怖だったろうなあ。

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梶田勇伍長

  

(つづく)

知多半島へ・・・軍人像の顔のアップ

   

今日は1月7日。

前投稿のつづき。

   

軍人像は、写真を見て浅野祥雲氏が制作したを書きました。

私が今回やってみたかったことが、その軍人像の顔写真をたくさん撮ることです。

この人たちが、昭和12年に上海上陸作戦に加わり、

中国人の攻撃で命を落とした人たちだと、

このブログで紹介したいと思っていました。

載せます。

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本人は、こんな姿で後世に残りたくないと思っているだろうなあ。

何より、生きて日本に戻りたかったことでしょう。

12月に読んだ「上海敵前上陸」でえがかれた兵隊の気持ちが浮かびます。(つづく)

知多半島へ・・・軍人像と対面

   

今日は1月7日。

前投稿のつづき。

   

中之院に足を踏み入れました。

人は誰もいませんでした。

そして軍人像を生で見ました。

   

RIMG0521軍人像全体

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RIMG0510右半分

RIMG0511左半分
   

   

この軍人像については、以前の投稿でも説明しました。

しかしその場に設置されてる説明板の内容が詳しくてよかったです。

RIMG0522説明板
    

本当はこの文章をここにうちたいのですが、少々時間がありません。

また後日。

このセメント像の作者は、浅野祥雲(あさのしょううん)氏。

1891年生まれ~1971年没。

1937年(昭和12年)の上海上陸作戦でのおびただしい戦死者。

その遺族に依頼されて、写真を見て制作した軍人像。

制作期間は1937年~1943年だそうです。

したがって最も新しい像でも、制作してから70年近くの月日が流れているわけです。

制作にかかわった人たちもほとんど今はこの世にはいないことでしょう。

でも像は残っています。数が多い!そして顔がリアル。

全員が私を見ているようです。魂が入っているようです。

年月が経てば、さらに存在感を増しそうです。(つづく)

知多半島へ・・・中之院を見つけた

  

今日は1月7日。

今朝は息子を、野球チームの練習グランドに送り、

テントをたてたりする準備を手伝いました。

その足で、知多半島の先っぽまで行ってきました。

目的は、南知多町の中之院(なかのいん)にある軍人像を見るためです。

※参考:12月17日の投稿「知多半島中之院の軍人像/上海上陸作戦」html

    

思ったより順調に自動車は進み、2時間余りで中之院に着きました。

中之院はすぐにわかりませんでした。地図になかったからです。

現地でスマートフォンで調べて、岩屋寺の近くだと判明。

岩屋寺は地図にありました。行ってみたら立派なお寺でした。

中之院はそこから歩いて数分の場所でした。

(下に地図を示します。地図中の岩窟寺とあるのが中之院です)

   

「たぬき寺」と言われるだけあって、あちこちにたぬきの置物がありました。

門も、なんか古くて、人間ではなくてたぬきが管理している雰囲気でした。

夜はちょっと薄気味悪そう。

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でも門の向こうには、さっそく目的の軍人像が見えました。

いよいよ本物との対面です。(つづく)

 

2012年1月 6日 (金)

リチャード・トレビシックは蒸気機関車を製作

  

今日は1月6日。

昨年使っていた日めくりより。

   

EPSON048
   

リチャード・トレビシック。イギリス人。

1804年に蒸気機関車を製作しました。

この人の孫が日本に関係していました。

   

孫の一人、フランシス・ヘンリー・トレビシックは1876年に来日、

主として官設鉄道新橋工場の汽車監察方などを歴任して、1897年まで在勤しました。

日本で日本人女性と結婚、1904年に退職帰国しました。

兄のリチャード・フランシス・トレビシックも機関車技術者であり、

1888年に来日、主に神戸工場の汽車監察方などを勤め、1904年まで勤務しています。

兄弟とも、日本の機関車技術の向上と定着に大きな役割を果たしました。(Wikipediaより)

   

この2人のように、幕末・明治期に、

欧米の先進技術や学問、制度を輸入するために雇用された外国人のことを

お雇い外国人」「お抱え外国人」と呼びました。復習、復習。

   

もう一つ面白いことを知りました。

2011年4月13日、リチャード・トレビシック生誕240周年を記念して、

Googleイギリス版のホームページのロゴが特別バージョンとなったそうです。

Trevithick11-hp
   

イギリス人はちゃんとわかっているんだ、この人のこと。

何かホッとしました。いいぞ、イギリス人。

    

     

    

日めくりから勉強がまた広がった。

 

テレビで勉強・・・カムチャツカ半島の名峰クリュチェフスカヤ

   

今日は1月6日。

今年もテレビを使って子どもたちの好奇心をどんどん広げたいと思っています。

そのためには教師がどんどん番組を見ていきたいです。

   

新年、最初に録画した番組は、

1日午前4時から放映された「世界の名峰 グレートサミット クリュチェフスカヤ」です。

カムチャツカ半島にある火山。

活火山としてはユーラシア大陸最高峰の4750m。しかし噴火のたびに標高は変わります。

富士山を彷彿させる山容が素晴らしい。

引退したら・・・引退した時の体力では登れないかもしれませんが、

この山に登りたいと思いました。

噴火あり、氷河のクレバスあり、落石ありと危険たっぷりの山ですが、

本当に姿が美しい。

いくつか番組を撮影した写真を載せます。大判で。

RIMG0494山1

RIMG0495山2

RIMG0496山3

RIMG0497山4 隣の山カーミン

RIMG0498山5

RIMG0500山6

RIMG0501山7

RIMG0492山8
 

どうでしたか?

クリュチェフスカヤにすでに4回登っているベテランの

「高い山は時間をかけて登るべきだ」は大事な言葉。

正月に奥さんの実家で見かけたカレンダーに、同種の言葉がありました。

偶然だけに、心に残りました。

もしかしたら、今年の自分にとって重要な言葉になる可能性がありかな。

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引退したら登りたいと思った山は初めて。

仕事のゴールにしたいほどの山に新年早々出会えました。

   

テレビ番組の写真ばかりでしたが、次のサイトだと、もっといい画像が見られます。

「富士山によく似た『クリュチェフスカヤ火山』の噴火した写真」html

「カムチャツカ半島」html ・・・すぐ隣のカーミン峰の写真もあり

テレビで勉強・・・日本海海戦/複数で跳ぶ8の字跳び

  

今日は1月6日。

今日も頑張るぞう。

   

最近見た番組より。

   

NHKのドラマ「坂の上の雲」の最終回は、

我が家のレコーダーが不調なため、

年末の本放送も再放送も録画失敗。

もう一か所、学校でも授業用に録画予約しておいたのがよかった。

1月になって教室で見ました。

RIMG0471三笠の艦上

RIMG0478海戦の模様
  

旅順攻防戦もすごい映像でしたが、

最終回の日本海海戦も、引き込まれる映像でした。

どこがCG?

この映像は貴重です。

ラストで、主人公の参謀秋山真之の死について語られていました。

秋山真之は大正7年2月4日に49歳で亡くなります。

臨終の言葉。周りの人たちにこう言ったそうです。

「皆さん、いろいろお世話になりました。これからは一人で行きます」

格好いいではありませんか。

      

00040_l 

有名な戦艦三笠の艦上の絵。

中央が東郷平八郎。東郷の右奥でうつむいて何か見ているのが秋山真之。

この時35歳前後ということになります。若い。

   

    

12月30日放映の「スクールLive Showfor KIDS スペシャル なわとび王選手権2011」を見ました。

これも教室で見ました。

8の字跳びは、勤務校でやりますが、ルールが違いました。

1分間で何人が跳べたかを競います。

大きく違うのが、何人で一緒に跳んでもいいということです。

実際映像では、2~5人!で跳んでいました。

でもこれなら、8の字が苦手で、入るタイミングがとれない子にはありがたい方法ではと思いました。

RIMG0464なわとび1

RIMG0457なわとび2

RIMG0463なわとび3
  

3学期早々、なわとび大会の提案をしなくてはなりません。

例年通りのクラス対抗8の字跳びのつもりでしたが、

少し例年と変えてもいいのかなと思えてきました。

今年は、できるだけ工夫をしていきたい。

テレビからアイデアをもらいました。 

   

    

 

     

 

   

   

   

 

2012年1月 5日 (木)

「ひさしくなおらないやまい」は読みではない/畠山重篤さんの本


今日は1月5日。

   

今日は図書館に行ってきました。

1つの目的は、畠山重篤さん関連の本を借りたかったからです。

畠山さんは宮城県気仙沼で牡蠣養殖業を営む人。

牡蠣養殖のためには、山に緑をと植林をした人。

前から気になっていた人でしたが、NHKの「ザ・プロフェッショナル 仕事の流儀」でも登場。

より知るために本を読むことにしました。

まず4冊。1月19日の返却日までに読むぞう。

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もう1つの目的は、大漢和辞典(大修館書店)です。

話は以前の投稿に遡ります。

「痼の訓読み」html

   

」を1字で「ひさしくなおらないやまい」と読むことを書きました。

しかし、調べていくと、これは「大漢和辞典」の字訓索引に載っているからだそうで、

そこには「字訓」と言いながらも、「読み」ではなく「意味」が載せられているようです。

  

こうなると実際に「大漢和辞典」で確かめたい。

家にはそんなすごい辞典はありません。

やっぱりあるのは図書館です。

確かめてみました。

RIMG0484  

全13巻のすごい辞典。

    

索引巻で、字訓索引で引いてみました。

ありました、ありました。

RIMG0487
   

こんなふうに載っていたのですね。

    

七巻の1182ページを調べました。

RIMG0488

「読み」は「ク」「コ」です。

意味に「久しくなほらない病」とあります。

やっぱりこれは読みではありません。

「大漢和辞典」を見て、そう結論を出しました。

   

 

 

   

 

 

 

雲の写真/クレーンの写真

  

今日は1月5日。

  

雲の写真。

RIMG0412 12月28日撮影 墓参りの時

RIMG0483 1月5日撮影 勤務校にて

雲だけでなく、地上にあるものを一緒に写すと何かいいなあ。

    

   

クレーンの写真。

RIMG0304 12月4日撮影

RIMG0490 1月5日撮影

2枚とも新豊川市民病院の建設現場。

大きなクレーンがいくつもあって目立ちます。

起工式は昨年の5月16日に行われました。

完成は平成24年12月。開院は平成25年5月の予定だそうです。

その頃またブログに書いていることでしょう。   

   

    

 

 

日記が追いついた

  

今日は1月5日。

昨日から今日にかけて、たまった日記を書いていました。

何と昨年8月22日から1月4日までの4か月余り。

毎日何をやったか、何をやりそこなったかの記録はいちいち書いてあったのですが、

その時の思いみたいなのは書いてありませんでした。

1日1日何をやったか読んで、一言感想を書いていきました。

結果、2学期を丸ごと振り返ったわけで、大仕事でした、疲れました。

   

RIMG0482

※これが今年度の日記帳です。

 何でも書いて、何でも貼ってあります。

 私の記憶を担当しています。

 子どもたちには「脳みそ」だと言っています。

     

忙しい2学期でした。

修学旅行・陸上大会・1日がかりのバスの社会見学・学芸会・

指導員訪問授業・かけ足運動・持久走大会・研究授業などなど。

行事的なものが続きました。

今年度は体育主任だったこともあって、よく動きました。

こうやって、4か月余りの期間にやったことを読んでみて、

我ながらよくこなしたなあ、切り抜けてきたなあと感心します。

今から同じことをやれと言われても絶対いやだと思います。

   

2学期はあっという間に済んでしまったと思っていましたが、

細かく振り返ったら、いろいろやってきた積み重ねだと思いました。

日記が追いついたことで、また前を向いて進んでいこうと思います。

バックには積み重ねがあります。その積み重ねを実感しています。

さらに3学期に何を加えるか。

   

残りの冬休みで準備します。いい3学期にするぞう。

最近の写真

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楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉