2017年5月22日 (月)

20170521御池岳付近散策その2/勾配40度であきらめ

 

今日は5月22日。

  

前投稿に引き続き、昨日の御池岳付近登山・散策の報告を書きます。

  

コグルミ谷入り口から入って、

御池岳六合目から、南南東に向かって歩き出しました。

  

登山者の少ないコースでした。

そして新緑が織りなす別世界でした。

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忙しい日々ですが、このような別世界に来ることが、

きっと心にはいいと思っています。

今回も別世界に来ることができました。

  

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↑難しい!ヤマエンゴサク?ムラサキケマン?

以前の投稿のヤマエンゴサクも怪しくなってきました。

その時には自信があったけど・・・

ここでも道草 GWの花々/オカオグルマとチョウの共演(2017年5月9日)投稿

  

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シマリス

本来この森にいなかった種類のリスだそうです。

どなたかが飼っていたつがいを放したために増えたそうです。

今回もよく見かけました。

本来いるリスはホンドリス(ニホンリス)だそうです。

山で出会った方に教えてもらいました。

  

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最初は谷底を歩いていましたが、だんだん谷底から離れ、

谷の側面を歩くようになってきました。

   

そして急斜面。

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前投稿の地図で、

「危険 ココから山頂まで重畳的に大きな石」

「必要に応じてザイル使用」「ルート無し」

と書いてある場所です。

急でした。そして石が浮いていて危ない危ない。

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↑この写真で、勾配を分度器で計ってみました。

40度でした。40度は木がなければきつい勾配でした。

  

 

ここで撤退を決断。

往路を戻りました。

  

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ヒメレンゲ

山で出会った、植物に詳しい方に教えてもらいました。

  

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谷底に戻ってきて休憩。その時の風景↑↓ 

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アカゲラがつついた穴らしきものがクッキリ見えました。

  

 

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↑倒木

ふだん生活している空間で倒木を見ることはめったにありません。

でも昨日はたくさん見ました。

現在の生活のBGMである中島みゆきの曲「倒木の敗者復活戦」の

イメージにあった倒木はないか気にして歩いていました。

ベストはこの1枚でした。

  

中島みゆきさんが歌う動画はなかったので、

カバーの動画を貼り付けます。


YouTube: 倒木の敗者復活戦 / 中島みゆき / cover:伸[nobu]With仲間たち

   

登山・散策の報告は次の投稿につづく。

20170521御池岳付近散策その1/花の多い季節でした

  

今日は5月22日。 

  

昨日は鈴鹿の御池岳付近を登山・散策してきました。

その時の報告を書いていきます。

  

今回の登山口はコグルミ谷入口です。

登山口近くのスペースに駐車。

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↑登山口へ向かいます。

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↑登山口。さあまた出発です。

  

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↑足下に実がたくさん落ちていました。

後で他の場所で、実がまだ木についているものを撮影しました↓

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この木の名前は?

実の形で調べてみて・・・・

カラコギカエデ?ミツデカエデ?

迷ったけどカラコギカエデのように思えます。

でも葉っぱの形が違うかな?

また調べてみます。わかったらその時点でここに書きます。

  

  

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オトシブミの揺籃(ようらん)

Wikipediaには次のように書いてありました。

 

(オトシブミの)名前は、江戸時代に

他人にばれないように手紙を道端に落とし、

他人に渡したという「落とし文」から来ている。

  

江戸時代に面白いことをやっていたのですね。

この風習を知らないと、この昆虫の名前は理解できないです。

  

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↑この花の名前は今は不明。わかりしだい書きます。

ミヤマハコベかな?

  

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↑これまた不明。

ユキザサではないかと教えてくれた人がいました。

ユキザサは花がたくさんできるようですが、

これから花が増えるのでしょうか?

  

※後記:ユキザサで決定したいです。

みんなの花図鑑」に投稿して教えてもらいました。

(5月22日 午後4時12分)

  

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フタリシズカ

まだ花が咲いていなくて白くありません。

   

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イワカガミ

  

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チゴユリ

同行者に教えてもらいました。ピンぼけが残念。

  

  

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コガネムシ

色鮮やかでした。必死に木の皮の下に潜り込んでいました。

  

このようなものを見ながら御池岳六合目へ。

ここで私たちは御池岳頂上に向かわずに、

谷を南南東に向かいました。

同行のSさんが、以前から行きたいと希望していたコースだそうです。

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 ↑今回の登山で参考にした地図です。

  

六合目以後は次の投稿で!

  

 

2017年5月21日 (日)

イラストレーター中川学さんを知りました

  

今日は5月21日。

  

5月14日の朝、何気なく見た「京都知新」という番組で、

イラストレーターの中川学さんという方を知りました。

この番組のオープニングイラストを手がけている人です。

「イラストレーター」というパソコンソフトを使ったイラストは、

独特です。

有名なこの本のイラストを担当されていました。

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本業は京都木屋町三条にある瑞泉寺住職。

このお寺が歴史的に有名でした。

豊臣秀吉に命じられて自害した豊臣秀次のお墓がある寺でした。

※参考:「京都・瑞泉寺 処刑された秀次を憐れんで建立した供養塔

※参考:BUSHOO!JAPAN (武将ジャパン)戦国一悲運の美女駒姫

京都で、また行ってみたい場所が増えました。

  

  

中川学さんの作品は、これからも見ていきたいと思いました。

忘れないようにここに書きとめました。

 

※後記:5月21日朝の「京都知新」を録画。

オープニングの写真を撮りました。

並べます。(5月22日記)

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2017年5月20日 (土)

検証:浜松 井伊直親のお墓/紅屋の看板

  

今日は5月20日。

  

前投稿のつづきです。

 

5月4日に井伊直親のお墓にも行ってきました。

参考:ここでも道草 井伊直親の卒塔婆を作ったのは誰?(2017年5月1日投稿)  

  

実際に行ってきました。

都田川の堤防上に自動車を駐めてお墓に行ける、

1台分のスペースはあると聞いていました。

実際に自分で行って、そのスペースを確認しようと思いました。

 

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確かにスペースはありました。

ちょっと怖かったけどね。

堤防から転がり落ちはしないかと。

  

それでは私が撮影した直親のお墓です↓

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↑この説明をしっかり読んでいませんでした。

写真で読む1974年の豪雨で河川が氾濫、堤防が決壊。

当時のお墓は流されてしまったようです。

流された墓石を回収して、再建されたようです。

写し方が悪くて正確に分からないのが難点。

誰か行ったときに、この説明の写真をお願いしたい。

  

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↑この説明板にも興味深いことが書いてありました。

信州で隠遁生活をしていた直親が、

そこの代官の娘と結ばれて息子と娘を授かっていたこと。

娘の名前は「高瀬(たかせ)」

  

14日放映の「おんな城主 直虎」で登場したのがその「高瀬」

21日放映ではドラマのキーになる出演者です。

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どんなお話になるのか楽しみです。

あらすじ

亡き直親(三浦春馬)の娘と名乗って井伊谷にやってきた

少女・高瀬(髙橋ひかる)。

元許婚である直親の隠し子発覚に

ショックを隠しきれない直虎(柴咲コウ)だが、

井伊家の当主として、その真偽がわかるまで

高瀬を屋敷で預かることを決める。

噂を聞きつけた直親の元妻・しの(貫地谷しほり)は

高瀬のもとに乗り込むが、その対応は意外なものだった。

一方政次(高橋一生)は、今川と武田の同盟関係に

亀裂が入ったことから、高瀬は武田が井伊に送り込んだ

スパイなのではないかと疑う。 

※写真・あらすじはNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」HPより。

  

  

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↑5月1日の投稿で話題にした卒塔婆の下には、

アメリカフウロが咲いていました。

卒塔婆に似合っていました。

  

  

  

紅屋(べにや)で「みそまん」を買った話を以前書きました。

ここでも道草 ゆかりの場所巡り その7/地域遺産センター 紅屋 天白盤座遺跡(2017年3月30日投稿)

その時に紅屋のよく見る看板の写真を撮り損ねていました。

5月4日には撮影できました。

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以上、5月4日に浜松で実際に見てきたものの報告でした。

 

検証:浜松 こなもん2店

 

今日は5月20日。

   

5月16日のつづきで「検証:浜松」です。

5月4日に家族で浜松に行きました。

私は運転手役でしたが、買い物後に浜松を少々巡りました。

  

この投稿で紹介した場所に行ってきました。

ここでも道草 「アド街ック天国 浜松」⑪浜松風こなもん(2017年4月29日投稿)

  

元祖いそやき」に行ってきました。

自宅の庭で開店しているのが魅力。

行くのに参考にしたのが上記投稿でも紹介したサイト↓

復活!幻の「いそやき」/しずふぁん

地図をコピーします。

Photo  

地図で予想していた以上に、住宅街の中にお店はありました。

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筧利夫さんが訪れたときの写真が飾ってありました。

「サタスパ しずおか」という番組で訪れたようです。

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注文を聞いて女将さんがいそやきをこさえてくれます。

待ち時間に1杯のお茶をいただき、試食もさせていただきました。

お話もしてくれました。

私と同じで「アド街ック天国」を見てやって来る人が多いとのこと。

遠くは北海道から。こちらに来たついでに寄ったとのこと。

テレビの力ですね。

庭での開店なので、駐車できるのは1台。

私は高速道路沿いの道に車を駐めて、

車内で家族に待っていてもらいました。

「いそやき」は少々辛い味でした。

浜松の人のように「懐かしい味」ではありませんが、

おいしかったですよ。

テレビではわからないことを実際に行って、いろいろ知りました。

これが面白い。  

  

  

  

お好み焼き ほんま」に行きました。

観光地、竜ヶ岩洞(りゅうがしどう)の

近くにあると聞いて出向きました。

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突き当たりが竜ヶ岩洞ですが、突き当たりを左折します。

そうすると駐車場があり、

その駐車場の傍らに「ほんま」はありました。

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本当に「駐車場にある」と言ってもいい場所でした。

これも行ってみてわかったこと。

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↑「アド街ック天国」でも映っていた看板。

 

店内の商品リスト↓

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↑遠州焼きのミックスを注文しました。

  

店内です↓

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こんなくらいの広さがいいですね。

   

   

こんな地図がありました↓

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↑「ほんま」も載っていました。

  

たくさん買って、「いそやき」とともに、

この日の我が家の夕食でした。

特徴であるたくあんの感触を楽しみながら食べました。

おいしかったです。

思い出に残る夕食になりました。

  

   

「ほんま」のあった駐車場にあった自動販売機です。

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今年らしさを表すデザインです。

2017年5月17日 (水)

テレビや本で「発達障害」を勉強する

 

今日は5月17日。

  

5月15日朝日新聞朝刊の記事です↓

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5月21日放映予定の番組

発達障害~解明される未知の世界~」は注目です。

「ザ・テレビジョン」の写真です↓

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新聞記事によると、この番組を皮切りに、

今年度は発達障害の最新の研究に迫ったり、

当事者らの声を取り上げたりするそうです。

  

特別支援学級担任になって5年目。

「発達障害」に取り組んできていましたが、

まだまだ未知の部分があり、

これから解き明かされていくことのようです。

確かに指導方法が確立されているわけではないと思います。

日々、良かれと思う指導を実践しています。

  

  

現在読書中の本は

COCOA 自閉症を生きた少女 1 小学校編」(天咲心良著/講談社)

です。

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発達障害の当事者が自らの壮絶な体験を克明に描いた衝撃作。

本書は、自閉症スペクトラム障害である著者が、

自身の半生をもとに描いた、自伝的小説である。

amazon COCORA 自閉症を生きた少女 1 小学校 篇 より

 

 

この本の特徴は、本文中の主人公の行動に対して、

著者が補足説明を行っているところです。

たとえば・・・29p

 

園には当時、幼児だけでも十数人は子供たちがいたはずだが、

三、四歳を過ぎても、私には誰の顔お見分けることができなかった。

※自閉症スペクトラム障害(ASD)の一次障害:

相貌失認(そうぼうしつにん)人の顔が分からず、

人の見分けがつかない障害。

多くの場合、背格好や性別、声の特徴などで人を見分けている。

表情を読み取ることも困難。

  

  

このように、主人公の行動にラインが引かれ、

その行動に対する補足説明が※印の後に書かれています。

小説を読みながら、発達障害の勉強にもなる本です。

『発達障害の子どもたち』の著者で、

児童精神医学の第一人者 杉山登志郎さんは、

「発達障害と精神的虐待がもたらす多重で複雑な内奥を

世界で初めて開示した作品」と最大級の賛辞を贈っています。

参考:講談社BOOK倶楽部

お薦めです。

 

  

テレビや本で発達障害について勉強をする。

そのことがいいきっかけになって、適切な指導法が発見できるかも。

2017年5月16日 (火)

検証:浜松 「チョコバット」は秋冬限定商品

  

今日は5月16日。

  

前投稿のつづき。

  

今回は「チョコバット」

 

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「SANRITSU」の文字が見られます。

三立製菓のお菓子だとわかります。

  

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これは9本入りの「がんばれチョコバットくん」という

商品だそうです。

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当たりの「ホームラン」「ヒット」がありません。残念。

  

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なぜ9本かはこの絵を見るとわかります。

野球チームに合わせたわけです。 

「チョコバット」もWikipediaで調べてみました。

  

チョコバットは、三立製菓が1964年(昭和39年)より

販売しているチョコレート菓子で、

価格は1本30円(2008年価格改定)。

シリーズ含め秋冬限定商品。

  

1964年ということは、「源氏パイ」より早い。

春夏は売っていない?秋冬限定商品!

知らなかったなあ。

暑くなるとチョコが溶けてしまうのでしょう。

でも春に売っていたなあ。

「9月末頃に販売開始」などという記事を見かけました。

暑くなってきたので、チョコバットは一度消えるのかな?

  

  

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↑遠足で行った公園で。5月1日のことでした。

検証:浜松 「源氏パイ」 なぜ「源氏」なの?

 

今日は5月16日。

  

浜松のことを書こうと思います。

  

浜松に関するテレビを見て、ささやかでも実際に確かめたり、

実際に行ってみたりした活動を書きとめておこうと思います。

シリーズ名は「検証:浜松」

  

  

ここでも道草 「アド街ック天国 浜松」⑩遠州織物⑨お菓子⑧舘山寺⑥さわやか(2017年4月29日投稿)

↑この投稿で、三立(さんりつ)製菓のお菓子のことを書きました。

引用します。

  

三立(さんりつ)製菓が「源氏パイ」「チョコバット」を

作っていたのですね。

5月1日は遠足があります。

「チョコバット」を買って、実際に「三立製菓」の製造であることを

確認したいと思います。

  

確認してみました。

地元のスーパーに行って「源氏パイ」「チョコバット」を探しました。

 

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「源氏パイ」です。

「SANRITSU」の文字が見られます。

確かに「三立製菓」のお菓子でした。

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1965年発売開始。50年以上の歴史があるのですね。

なぜ「源氏」?

Wikipediaにはこう書いありました。

 

商品名には和風の名前を付けたいと考えていたところ、

発売翌年のNHK大河ドラマが「源義経」に決まったことを知り、

そこから「源氏パイ」と名付けられたという。

  

実際に1966年の大河ドラマを調べてみました。

私はまだ幼くて見た覚えがありませんが、

確かに大河ドラマは「源義経」でした。

ここでダイジェスト版が見られます↓

NHKアーカイブス NHK名作選みのがしなつかし

その映像の写真です↓

Photo

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三立製菓の住所が書いてあります。

その住所から位置を調べました。

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浜松駅の近くでした。(青のレ点の場所です)

  

上記Wikipediaには「平家パイ」について書いてありました。

 

「平家パイはないのか」と消費者から問い合わせが来ることもあった。

同社が発売していたレーズンパイ(1993年発売)を

2012年度のNHK大河ドラマが「平清盛」となったことに合わせて

平家パイに改称することで対応している。 

Photo_6 https://rekijin.com/?p=19064

 

やっぱり大河ドラマを絡めてきたところが楽しい。

次のサイトが勉強になりました。

Gigazine 「平家パイ」と「源氏パイ」で現代の源平合戦として食べ比べをしてみた

写真を転載↓

P1180267_m

P1180228_m

すごい!けっこう理由をつけています。

  

  

いかん、「源氏パイ」だけで長い投稿になってしまいました。

行きたくなった備中松山城 その2

  

今日は5月16日。

  

前投稿に引き続き3月10日に放映された「歴史秘話ヒストリア 

戦国・名城の魅力まるわかり!謎と驚きのお城 400年物語」の

聞き書きです。

  

ナレーター:結果、昭和14年、地元の町が予算を捻出して

  天守の復興プロジェクトが始まりました。

  天守は全て解体し新しい柱などで作り替え。

  崩れかけていた石垣も新たに積み直されました。

 

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ナレーター:ところが順調に進んでいた矢先、

  「天空の城」ならではの大きな壁が立ちはだかります。

  お城があるのは麓の町から遙か遙か山の上。

  建設業者が「重い瓦を2万枚も運ぶのは無理」だと

  言ってきたんです。

  町の予算もギリギリ。

  天守の復活は諦めるしかないのか・・・。

 

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ナレーター:そこに思わぬ手助けが。地元の学校の生徒たちです。

   

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ナレーター:その頃はちょうど夏休み。

  男子も女子も手伝いに参加。

  2㎏の瓦を何枚も背中に背負い、山の上に運んだのです。

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松本幸さん:汗がびっしょりで、

  それこそ汗まみれになっていたんですね。

  松山城がどんなにきれいになるんだろうかなあとは思いました。

  

ナレーター:2万枚の瓦運びは、子どもたち、

  そして町ぐるみの協力で、2ヶ月かけてようやく終わりました。

 

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ナレーター:昭和15年11月。天守の修復作業が完了。

  美しさを取り戻した「天空の城」は、力を合わせた人々の

  ふるさとの絆、そのものなのです。

  

  

番組のラストに次の写真が紹介されました。

説明はありませんでしたが、おそらく瓦運びをした生徒の写真でしょう。

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白黒の写真はいいですね。

歴史を感じます。

この写真を撮影した時から長い年月が経ったことを感じます。

でもその時その場に人々はいて、

1人1人人生を持っていたのですよね。

  

  

今日から生活のBGMは中島みゆきのアルバムです。

「ヘッドライト・テールライト」を思い出します。

備中松山城にかかわった人たちはテールライトですね。

しっかり、光ってますよ。

  

  

備中松山城。行きたいところがまた増えました。

行きたくなった備中松山城 その1

 

今日は5月16日。

  

4月に1回しか自転車通勤をしませんでした。

5月こそはと思いましたが、なかなかできず。

昨日が5月初の自転車通勤でした。

新年度通算2日。トホホ。

毎年めざしてきた月平均10日、年間120日の自転車通勤。

どうなる?

  

  

担任している子どもで、4年生ながら歴史大好き少年がいます。

その子が、DVD-Rを貸してくれました。

私が録画を忘れていた3月10日放映「歴史秘話ヒストリア 

戦国・名城の魅力まるわかり!謎と驚きのお城 400年物語

の入ったDVD-Rでした。

見ることができました。

そして備中松山城のことを知りました。

歴史大好き少年のおかげで知ることができた備中松山城のお話を

聞き書きしてみます。

  

  

ナレーター:1868年。明治維新の動乱、戊辰戦争で

  数多くの城が攻撃されました。

  お城が邪魔者扱いされる時代の始まりです。

  明治6年、政府は「廃城令」を発布。

  全国の城の多くを大蔵省が管理処分するというもの。

  地方の団体や民間への売却が始まりました。

  先日国宝になった松山城天守、売却価格、180円。

  (現在の約85万円)

  世界遺産姫路城天守、23円50銭。(現在の約11万円)

  100を超えるお城が学校などを建てたり、

  建築資材を取るために解体されてしまいました。

 

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ナレーター:こちらは岡山県の「天空の城」として人気がある

  備中松山城。

  標高400メートルの山頂付近にあり、江戸時代の姿を残す

  美しい天守が山々と神秘的な風景を織りなす。

 

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ナレーター:明治の「廃城令」で売却されたものの、

  険しい山の上にあったため、放置されました。

  60年もの間、忘れ去られてしまったのです。

  「天空の城」の復活。

  それはたった1人の熱意から始まりました。

  地元旧制中学校の歴史教師、信野友春(しなのともはる)。

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ナレーター:昭和の初め、他の県から赴任してきた信野が

  備中松山城を見学しに行ったところ・・・

 

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信野:これは、何ということだ。

  

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ナレーター:手入れが一切されないまま、ボロボロになった天守。

  屋根には草が生え、壁土も多くがはがれ落ち、

  建物自体が今にも崩れそうでした。

  貴重な山城が失われてしまう。

  信野は城の構造や寸法など、あらゆる姿を丁寧に記録していきました。

 

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ナレーター:この見事な天守についてまとめた本が出版されると、

  地元の人々は高い山の上に眠ってきたかけがえのない

  ふるさとの宝を思い出したのです。

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信野友春さんについて調べました。

このサイトが参考になりました↓

高梁人物「し」 2番目に「信野友春」

このサイトによると、信野さんは広島県出身。

広島県下各地の小学校・補習学校で15年間勤務。

その後なぜか遠くの宮崎県の中学校に3年間勤務し、

昭和 2年(1927)9月30日、

岡山県立高梁中学校 (現・高梁市)に赴任しています。

ここで信野さんは、備中松山城に出会ったのです。

ナレーターが言っていた本の名前は「備中松山城及其城下」です。

この本は、平成3年(1991)3月、高梁市郷土資料刊行会により

復刻再版され今日なおこの書は高く評価されているそうです。

このサイトの信野さんを紹介した文の最後はこう書いてありました。

昭和45年、その地味な学研の生涯を終えた。80歳。

  

信野さんの業績によって、備中松山城はどうなったか?

次の投稿に書きます。

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