2021年12月 5日 (日)

「線量計と奥の細道」⑤ 2016年の糸魚川での大火

    

今日は令和3年12月5日。

   

前記事に引き続いて、

「線量計と奥の細道」(ドリアン助川著/集英社文庫)より

引用していきます。

   

  

人生は出会いと別れの連続だ。その後(奥の細道旅行以後)の芭蕉は

伊勢や京都へ足を運び、また江戸に戻るなど、ひとつの地に安住する

ことがない日々を送る。そして元禄七(1694)年、門人のトラブ

ルを仲裁に出かけた大坂で体調を崩し、その人生を終えることになる。

50歳だった。私と同い年で世を去ったのだ。

(356~357p)

    

岩崎弥太郎、五代友厚がともに50歳ほどで亡くなったことを

先日書きました。

松尾芭蕉も50歳だったのです。

長寿の時代に生きる自分は幸運だと思って、

まだまだ頑張って生きたいと思うのです。

まだ60歳代は心身ともにやりたいことができます。

  

  

一方で、こんなこともあった。2016年12月、糸魚川が大火に

飲まれた。一軒の店舗を火元とする火災だったが、強風により延焼

が拡大し、JR糸魚川駅の北側から海浜にいたるまでの市の中心部

が焼失した。人的被害がなかったことは不幸中の幸いだったが、家

屋を失った人々だけではなく、多くのみなさんが厳しい状況に追い

こまれた。宴会や祝いごとなどの自粛ムードが起き、いっさいの商

売が止まってしまったのだ。特に、飲食店や酒屋への影響は大きか

った。大火があったところへ行くべきではない。そんな場所で酒を

飲むのは不謹慎ではないか。そうした意識が新潟県の内外を問わず

生れてしまった。年末年始をまたいでもビールケースひとつ売れな

い。商店主はみな追いつめられた。

そこで、プラムさんと相談して、あることを企てた。燃えてしまっ

た繁華街は仕方ないが、それ以外の店はお客さんを待ちわびている。

不謹慎でもなんでもありません。糸魚川を旅しておいしいものを食

べよう。お酒を飲もう。ネット上でそう呼びかけてツアーを組んだ

のだ。その結果、大型バスをチャーターするだけのお客さんが全国

から集まった。いわば、食べて飲むだけのボランティアである。プ

ラムさんは身を粉にして働き、宿泊先の手配から糸魚川各地の旅ガ

イドまでをすべてやって下さった。そして宴席には、糸魚川が誇る

酒の数々や、「あぐりいといがわ」の珠玉のトマトジュースなどを

大量に提供して下さった。お客さんはみなプラムさんのホスピタリ

ティーに感動し、谷村美術館の仏像に圧倒され、ブラック焼きそば

のとりこになり、一人一人が糸魚川をしっかりと胸に刻んだのだっ

た。プラムさんがいる限り、糸魚川からは光が射し続ける。

(375~376p)

   

2016年の糸魚川の大火はうっすらと覚えています。

でもこのブログでは取り上げていません。

この文章を読んで、将来糸魚川に行くことがあったら、

糸魚川では最近こういうことがあったという歴史として

ちゃんと知って出向きたいなと思いました。

  

   

数えきれない(東日本大震災)の被災者が、デモに訴えるわけでもな

く、テロに走るわけでもなく、ただおのれの手を見ながら立ち上がり、

生活の再建に向けて汗を流している。まさにもの言わぬみなさんの毎

日の努力が、復興基盤の本質なのだ。

だからこそ私は言葉をもって訴えたい。

無言の人々が我慢を重ねている状態に、為政者は寄りかかるべきでは

ない。権力を持った者たちは、訴えようとしない人たちの心の声を把

握するべきだ。

(377p)

   

この文章を後に、筆者は、原子力発電所が本当に危険な場所に

設置されている実態を書いている。そして「あとがき」の最後に

次のように書いています。

   

芭蕉と曾良の旅から300余年。象潟が陸地になったように、日本列

島は方々で形を変えている。世界一の活断層の巣であり、薄皮一枚下

はプレートが複雑にうごめき合っているのがこの列島の正体なのだ。

数えきれないほどの大地震の歴史と、実際に起きた原発事故から、私

たちはなにを学んだのか。危機はすぐ目の前にある。

(378p)

   

ドリアン助川さんの主張は明確です。

もう原子力発電は日本では無理。止めましょう。

被災した人たちを見て、被災した場所の線量計を見て、

そう思ったのでしょう。

  

   

富岡町や大熊町など、かつての強制避難地域への住民の帰還問題も

ある。政府にしてみれば、汚染されていた福島の浜通りに住民たち

が戻ってきた、線量がさがったのです、もう安心ですよ、なんの問

題もありませんよとアピールをする腹づもりなのだろう。

しかし、帰還の目処となる基準値は、チェルノブイリの現在の強制

移住基準値である年間5ミリシーベルトを越える20ミリシーベル

トに設定されている。第一原発が事故を起こすまでは、環境省が指

定した基準値は年間1ミリシーベルトだった。それが突然、20ミ

リシーベルトまで引き上げられたのだ。多くの被災者は、暴投でも

ストライクとなりそうなこの無茶なカラクリを知っている。政府が

理想とする帰還劇など進むはずがないのだ。20ミリシーベルト基

準ならおそらく問題は起きませんと御用学者が希望的観測を語った

ところで、将来に於ける保障はなにもないのだから。

(385~386p)

   

実際に富岡町や大熊町に行ってみて、

帰還は進んでいないことを実感しました。

まだ問題が山積みのところに、

私はのこのこ行ったのだなと思いました。

  

  

以上で「線量計と奥の細道」からの引用を終えます。

  

  

「線量計と奥の細道」④ だれも手を抜いて生きているわけではない

     

今日は令和3年12月5日。

   

前々日の投稿の続きで、

「線量計と奥の細道」(ドリアン助川著/集英社文庫)より

引用していきます。

    

プラムさん曰く、「あぐりいとがわ」が挑む新しい農業には、ふた

つのキーワードがあるのだという。ひとつは限界集落。もうひとつ

は耕作放棄地だ。

糸魚川に限った話ではなく、今、過疎と高齢化は日本中の山里が直

面している問題だ。農地はあってもそこを耕す人はいなくなり、か

つての豊穣の里は茫々たる荒れ地になりつつある。プラムさんたち

はここにもう一度鍬を入れ、同時に人も集める。定年退職などで人

生の節目を迎えた人々と肩を組むのだ。ほんとうは価値がある土地。

ほんとうは労働欲も能力も有り余っているみなさん。このふたつが

結びつくことにより、終わってしまったかのように見えていた地域

と人が再び実りの季節を迎えるのだ。

(284~285p)

   

退職を4カ月に控えて、それからの生き方を考えるときです。

ハーフで働くことを希望していますが、

残り半分の時間をどう活かすかが重要になってきます。

体が動くのは65歳までと聞きます。

今の自分の関心事です。

どこかで自分の能力が活きる場所がないだろうか。

  

   

車は国道からすでに離れており、あるいは運河の橋を一つ渡る度に、

昭和の頃からさほど風景が変わっていないであろう集落が次々と現

れる。自転車に乗ったおじいさん。路地から現れる子供たち。なに

やら話し込んでいる奥様たち。一人黙々と歩く男子高校生。一瞬す

れ違うだけでおそらく二度と会うことはない人たちの生活がここに

ある。そこにある。どこにでもある。だれも手を抜いて生きている

わけではなく、それぞれがそれぞれの町で人生と向かい合っている

のだ。そんなことを思いながら富山の海沿いの暮らしというものを

眺めていたら、新湊の富山新港に出た。

(295p)

   

自分も知らない街に出かけた時には、太字で書いたようなことを

思います。

日々の生活に手を抜かずに真面目に取り組んでいる人たちがいるのです。

自分もこの場所で手を抜かず頑張っていきたい。

   

   

やがて垂井のいう町に入った。小京都と呼んでもいいような古い街

並が続く。訪れてみなければわからないものだなとつくづく思う。

新幹線の車窓からなら瞬時に過ぎてしまう風景のなかに、こんなに

も趣がある町があったのだ。私が歴史に疎いだけなのかもしれない

が、駅前の案内図を見て、ここに美濃の国府があったことを知る。

日本史の教科書をあらためて読み直し、このあたりをもう一度来て

みたい場所だ。

(353~354p)

   

こんな体験をする旅をしてみたいですね。

それには自転車の旅ですね。

  

昨日まで自転車通勤が4日連続。

その日まで、トレーニングは進んでいます。

2021年12月 4日 (土)

日めくりより/ポップコーンが作れるトウモロコシの種類

     

今日は令和3年12月4日。

       

日めくり「雑学王」(TRY-X)より。

   

Epson046

ポップコーンを作れるトウモロコシの種類とは?

   

そうなんだ。

映画「トンマッコルにようこそ」の名シーンが思い出されます。

時は朝鮮戦争真っただ中。

トンマッコル村で遭遇した韓国軍と人民軍(北朝鮮)。

互いに武器を持ってにらみ合いをしますが、

徹夜でのにらみ合いで、睡魔におそわれた人民軍の若手が、

安全装置を外した手りゅう弾を落としてしまう。

爆発か!と思ったら、幸いにも爆発はしませんでした。

何だ、不発弾かと思って、韓国軍兵士が、

その手りゅう弾を放り投げました。

そこは、村人の食料が貯蔵してあった倉庫でした。

不発弾かと思われた手りゅう弾は、そこで大爆破。

倉庫にはトウモロコシがたくさんあったようで、

爆発で吹き飛ばされ、宙に舞いました。

その時、トウモロコシがポップコーンとなって、

人々の上に雪のように舞い降りてきたのです。

にらみ合いの緊張をほぐす、少々滑稽な面もあったシーンでした。

   

今回の日めくりを読んで、

この名シーンはあり得ないことなのかと思いましたが、

でもまあいいか、映画は映画、あのシーンはあれでいいと

思いました。

   

  

これも体験がある人なら知っていること。

ポップコーンを作った体験のある人ならね。

退職後にやって確かめたいですね。

番画〈543〉〈544〉:卵の透明パック発明物語 「ブラタモリ」糸魚川

    

今日は令和3年12月4日。

    

番画です。

    

〈543〉「チコちゃんに叱られる」

  (2021年12月4日放映)

  

〇疑問:白い卵と茶色の卵ってなにが違うの?

〇チコちゃんの回答:卵を産む鶏の種類の違い そりゃそうだけど

〇赤血球のヘモグロビンに由来する色素によって茶色の卵ができる。

〇現在日本では透明のパックに入れて卵が売られている。

 この透明なパックを発明したのは日本人。

 その発明物語が面白かった。

 ただ透明にしたパックでは、卵は割れてしまった。

 パックに卵を入れた時に、卵が浮くようにした方がいいと考え、

 改良をしていまのパックがある。

 この発明物語は、授業で見せてもいいかなと思った。キープしよう。

 

〇疑問:なんで手のひらに線が入っているの?

〇チコちゃんの回答:お母さんのおなかの中で手を握ったから。

〇皮線(ひせん)というそうだ。一生同じではない。

   

〇疑問:なんでハンコを押すのか?

〇チコちゃんの回答:いつ何回押しても印鑑が同じだから。

〇ハンコと印鑑は違う 印鑑は朱肉でできた印影

〇日本のハンコの歴史 最も古いのは金印

 日本独自のハンコは飛鳥時代から。

 しかしハンコは一時サイン(花押)に取って代わられるが、

 戦国時代くらいからまたハンコが使われるようになる。

 そして現在。デジタル社会になってどうなるか。

  

      

〈544〉「ブラタモリ 糸魚川」

  (2021年11月27日放映)

  

〇親不知(おやしらず) 昔は難所だった 加賀街道

 波が穏やかになった時に小走りで通る

 源義経も松尾芭蕉も通った道。

 難所なので、ここを境に東西で文化が違う。

 西:天かす 東:揚げ玉

 西:青いポリタンク 東:赤いポリタンク

 我が家は青いポリタンク 西側グループに入るんだ。

〇糸魚川の街 雁木(がんぎ)が発達 雪が深いから

〇塩づくりが盛んであった。

 糸魚川から松本 塩の道 構造線に沿った道だった。

 海と内陸がつながっていた。

〇翡翠(ヒスイ)日本の国石 糸魚川は日本一の産地

 昭和の初めまでここで産出することが知られていなかった。

 忘れ去られていた。その理由は番組では言っていなかった。

 蛇紋岩の中に翡翠は抱かれるようにできる。

 蛇紋岩から緑の成分をもらう。この緑の部分が宝石の価値がある。

 なるほど。だから貴重なんだ。

〇縄文時代 長者が原 暮らしやすい場所だった

 海岸で拾ってきた翡翠を加工していた。全国に行き渡る。

〇「線量計と奥の細道」を読んで、録画して見ることができた。

 知識の蓄積。

 ※参考:ここでも道草 「線量計と奥の細道」③ 糸魚川の翡翠(2021年12月3日投稿) 

  

   

番画〈540〉〈542〉:「日本沈没希望のひと」⑦ 「世界ふしぎ発見!」に堺田の分水嶺

     

今日は令和3年12月3日。

    

番画です。

   

〈540〉フィッシャーズ

フォレスチックパークというアスレチックの森が忍者レベルすぎて大興奮!!

  

〇森渉さんという俳優・タレントさんが作ったアスレチック。

 森さん、見たことあるぞ。

 SASUKEとかで見たことがあるんだな。

〇フィッシャーズのメンバーは、やっぱりモトキと

 シルクロードは、体が軽いです。

  

     

〈541〉ドラマ「日本沈没 希望のひと」第7話

  (2021年11月28日放映)

  

〇CGを期待しつつ、今のストーリーでもいいかなと思う。

〇日本沈没をするという状況下で、

 秘密裏に移民計画を進めようとする政府。

 確かに、日本沈没が起こるとなると、

 日本人をどうするかとアイデアを出さないといけない。

〇日本の企業を外国に与えることで、

 移民を少しでも増やそうと考えるのはなるほどと思う。

〇どうも9話で終わってしまうようだけど、

 もう少し長くやってほしいドラマである。

 CGをそれでも期待してしまう。

  

   

〈542〉「世界ふしぎ発見!地味にスゴイ!ニッポン分水嶺紀行」

  (2021年11月27日投稿)

  

〇この番組を録画したのは、「線量計と奥の細道」を読んで、

 分水嶺が出てきたからだ。さっそく見た。

〇ひるがの高原(岐阜)に分水嶺を見ることができる流れがある。

〇日本の背骨 分水嶺が北から南に5000kmある。

〇乗鞍岳 標高3026m 最も高い分水嶺

〇乗鞍岳にある不思議な建物で保護されている生き物は?

 答え:クビワコウモリ

〇奥羽山脈は、明治時代の地図では分水山脈となっていた。

〇栗駒山 三途の川 四苦八苦坂 地獄谷 特徴のある山。

 宮城・秋田・岩手にまたがる山 いつかは登ってみたい山

〇すごい!松尾芭蕉が登場

 「尿前(しとまえ)の関」を越えるのに難渋した話。

 芭蕉の句

 「関守に あやしめられて 漸(ようよう)として 関を越す」

 中山越(なかやまごえ)

 封人の家(ほうじんのいえ)も紹介された。

 「線量計と奥の細道」で記述があった。

 封人とは国境を守る代官のこと。

 芭蕉の句

 「蚤虱(のみしらみ)馬の尿(ばり)する 枕もと」

〇なんと、堺田の分水嶺も紹介された。有名なんだな、この分水嶺。

 栗駒山に行ったなら、この場所にもぜひ行きたい。

〇分水嶺は「みくまり」と呼ばれていた。

 全国に「みくまり神社」がある。

 「みくまり」は「みごもり」に通じて、子宝を授かると言われる。

〇兵庫県氷上(ひかみ)町 本州で一番低い分水嶺 海抜95m

 「水分れ(みわかれ)」という地名がある。

 丹波霧と呼ばれる霧が発生して、雲海を見ることができる。

 霧の水分によって上等なマツタケが入手できる。

 1本1万5千円以上。

 ここでクエスチョン なぜ大納言小豆のように「大納言」がつくか?

 答え:大納言は切腹しないから 小豆を煮ても皮が破けない

   

2021年12月 3日 (金)

「線量計と奥の細道」③ 『おくりびと』のロケ地 糸魚川の翡翠

       

今日は令和3年12月3日。

      

前々日の投稿の続きで、

「線量計と奥の細道」(ドリアン助川著/集英社文庫)より

引用していきます。

    

雲行きがまたあやしくなってきたので、駅の方に戻ろうと歩きだせ

ば、どこかで見た洋館風の古い建物がある。初めての風景のように

は見えない街といっても、いくらなんでもこの既視感はあり得ない。

陰気で芸術的なこの建物はみたことがあるような、ではなく、見た

ことがある、のだ。なんと、映画『おくりびと』で山崎努演じる葬

儀屋の社長がフグの白子を網で焼いて頬張っていたあのビルではな

いか。つもり本木雅弘演じる新人の納棺夫が出入りするあの得体の

知れない会社の社屋だ。好きな作品だったので、私は二度観ている。

独特のオーラを放つこの建物にも興味が湧いていた。『おくりびと』

が山形の物語であるとはしっていたが、舞台はまさにこの酒田だっ

たのだ。しばし建物鑑賞をする。

(234~235p)

   

私も『おくりびと』を見ているが、もう過去のこと。

山崎努さんが何かを網で焼いていたことは記憶しているが、

建物は思い出せません。

こういう時はネットで探します。

おくりびと ロケ地ガイド

☝ このサイトが優秀でした。

2008年の映画。

山形県が舞台だったのですね。

いい機会なので、また見てみようかな。

きっとテレビ放送を録画したのがあるはずだ。

  

  

プラムさんがまず連れていってくれたのは、翡翠(ひすい)の美術

館が併設された日本庭園の「翡翠園」だった。糸魚川周辺は古来か

ら翡翠の原産地として知られており、縄文の頃にはすでにこの石を

崇(あが)める文化と暮らしがあったらしい。いわば翡翠はこの地

の歴史的シンボルであり、また装飾や神事のための貴重な宝石であ

り続けた。人間と大地をつなぐ接点、神性と権威が宿る輝き。その

双方が翡翠だったのだ。美術館には原石をはじめ、装飾品や彫刻な

どがずらりと展示されていた。

(278p)

   

「翡翠」という漢字はこのブログで使うのはおそらく初めて。

しかし「ヒスイ」なら昨年登場させている。

覚えていました。

ここでも道草 2日間で2番組を見て、人類と鉄の歴史の勉強(2020年11月27日投稿)

この時は鉄の勉強をしていました。

鉄は貴重品であって、他の地方と物々交換されたことを知りました。

その中に出てきました。

 

新潟のヒスイ。

   

これこそが、糸魚川の翡翠でしょう。

タイミングよく「ブラタモリ」で糸魚川を訪れていました。

録画しました。

きっと翡翠のことが扱われていることでしょう。

「ブラタモリ」を見て、このブログにまた「翡翠」を登場させたい。

2021年12月 1日 (水)

番画〈536〉〈539〉:歴史にドキリ 大塩平八郎 杉田玄白 本居宣長 伊能忠敬 歌川広重

     

今日は令和3年12月1日。

   

NHK for Schoolの「歴史にドキリ」は時々利用していました。

今回は番画扱いで4本。

   

〈536〉歴史にドキリ

大塩平八郎~庶民の反乱~

  

〇授業では「英雄たちの選択」の映像を数分見せていたが、

 こちらの方が数倍わかりやすいので、あらためて見せている。

〇幕府をひっくり返すような文書を老中に送ったが、

 その文書は老中に届かずに散乱した出来事も紹介していた。

 その映像は「英雄たちの選択」でも使われていたものだった。

  

〈537〉歴史にドキリ

杉田玄白・本居宣長~江戸の学問~

  

〇この番組では、杉田玄白の名前のみが出てきて、

 前野良沢は登場しなかった。

 「仲間たち」となっていた。

 授業では2人の名前を覚えさせたい。

 この番組を見せた後に、

 「正月時代劇 風雲児たち~蘭学革命篇~」を見せる順番。

〇本居宣長は教えにくい人。この番組に頼ろう。

  

  

〈538〉歴史にドキリ

伊能忠敬~蘭学の発展~

  

〇なかなか充実した10分間だった。

 前野良沢と葛飾北斎中心で授業を行い、

 伊能忠敬は脇に置こうと思ったけど、

 この番組は見せたいと思った。

〇伊能忠敬の言葉

 「今までだれもやったことのない

 地図作りに取り組み、諸国をめぐる。

 ありがたいことだ」が印象的だ。

 うらやましい人生。生き方。

 似たようなことを言ってみたい。

   

  

〈539〉歴史にドキリ

歌川広重~江戸時代の町人文化・浮世絵~

  

特集ドラマ「眩(くらら)北斎の娘」を使って、

 葛飾北斎を教えたいと思ってきた。

 したがって、歌川広重は脇に置こうと思ったけど、

 この番組は見せたい。浮世絵の作り方も解説してくれている。

〇写楽は紹介されたけど、北斎は全く出てこなかった。

   

   

以上の4本。

NHKはいい番組を作ってくれています。

どのタイミングで見せていこうか。

「線量計と奥の細道」② 現実に足を運んでみないと分からないこと

   

今日は令和3年12月1日。

    

前投稿の続きで、

「線量計と奥の細道」(ドリアン助川著/集英社文庫)より

引用していきます。

   

津波の被害を受けた仙台市の海岸線の様子。

  

海岸まで走ると、防潮林の松林の跡があった。半分はなぎ倒され、ま

たかろうじて生きている松の上に枯れた松が絡まり、重なった状態が

帯となって続いている。ここを襲った水の力を想像すると思考が止ま

り、いっさいの形容詞が出てこなくなる。だが、それでも振り返ると、

空は精一杯に輝く夕焼けだった。傷が癒えることのない人にも、忘れ

ようとしている人にも、原発なき未来を望む人にも、あるいはその反

対の人にも、まったくどうでもいいと思っている人にも、夕暮れの朱

色の光は等しく降り注ぐ。そして私はその地を自転車で巡っていく。

(133p)

   

光景が浮かぶ文章です。

場所を越えて時代を越えて、夕焼けは存在するのだろうな。

最近まで読んでいた平将門だって、

夕焼けを見て感動したであろう。

津波の跡地でも夕焼けは存在し、

これが地球上での出来事だと語ってくれるようです。

  

  

石巻市での様子です。

  

国民的漫画家、石ノ森章太郎さんゆかりの地ということで、市役所

前には仮面ライダー、駅舎の上にはサイボーグ009の像が建てら

れている。この周辺から駅の西側にかけては街として充分機能して

いるように見受けられる。しかし、駅の東側、旧北上川に沿って海

岸線の方へ進んでいくと、目に見えるものは一変した。市の半分が

水をかぶったのだ。波は襲いかかってきて、根こそぎ破壊していっ

た。通りによっては、ゴーストタウンのように半壊した店舗だけが

残っている商店街もある。唖然としながらも思った。インターネッ

トでの映像やメディアがもたらす情報など、私たちはそれらに触れ

て半ばわかったようなつもりでいる。だが、情報と想像には限界が

ある。被災した街はどうなっているのか。やはりそれは、現実に足

を運んでみないとわからないことだ。

(159p)

   

まだ大震災から1年半しか経っていない場所に行ったから、

その名残りは残っていたのだと思います。

現実に足を運ぶことは、長野県の被災地にボランティアで行った時に、

やっぱり大事なことだと思いました。

退職後は、現実に足を運ぶことを心掛けたいです。

  

  

山形県堺田駅での光景です。

  

とんでもないものを見つけてしまった。小径に沿うように小川が流

れていた。その水が一度貯まって小さな池をつくっている。そこか

らは左右二つの流れとなって下っていく。そこは「分水嶺」という

標識があり、駅から向かって右には「太平洋」、左には「日本海」

と記されているのだ。こんなものを見たのは初めてだったので、本

当に足が進まなくなった。わずかな水量でありながら、太平洋と日

本海へ分かれていくここが分岐点。どちらに流れていくかは水の知

ったことではない。まさに偶然による振り分けなのだ。それがよく

わかるのは木の葉の動きだった。流されてきた木の葉は小さな池で

くるくる回りながら、左へ、右へと吸い込まれていく。

人の世もまさにそうなのだと思った。運命の分水嶺はいつもどこか

に隠れている。

いつ、どんな家庭に生まれるのか。だれと出会うのか。どんな仕事

と巡り合うのか。そして私はつい、震災のことも考えてしまう。津

波に飲まれた人。逃げ出せた人。原発事故によって家を放棄しなけ

ればならなくなった人。その現状をテレビで見ながら、数分後には

家族の団らんに戻る人。

(188~189p)

  

動画はないだろうかと思って探したらありました。

その中の1本です。


YouTube: 日本でも珍しい!最上町にある見える「分水嶺」!太平洋?日本海?流れる水の運命はここで決まる!山形県の面白マイナー観光スポット

   

先日、プロ野球の日本シリーズでヤクルトが優勝を決めた晩。

2時間20分遅れで始まった「世界ふしぎ発見!」のテーマは

分水嶺でした。

ちょうどこの本で、この部分を読んだ直後だったので録画しました。

この番組を見ながら、分水嶺については書きたいですね。

 

今晩はここまで。

2021年11月30日 (火)

通算7900本目の投稿/「線量計と奥の細道」① 「だったら、世界一のブロッコリーを」 番画〈535〉阿津賀志山の戦い

    

今日は11月30日。

   

この本を読みました。

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「線量計と奥の細道」(ドリアン助川著/集英社文庫)

   

引用します。

    

これを風評被害という言葉で片づけてしまうのは、私は違うと思って

いる。基準値以下であろうと、どれだけかすかな数値であろうと、セ

シウムが検出される農作物を進んで食べる人はいない。福島産と岡山

産の桃が並んでいれば、岡山産を選ぶのが普通の心理ではないか。こ

れは原発事故による実害。そこをはっきりさせないと、福島の農家は

消費者を恨むという妙な方向に行ってしまう。

では、いったい農家はどこに活路を見出せばいいのか。酒が進むうち、

当然これがテーマになった。

一人、ブロッコリーを作る農園で働いている青年がいた。彼を囲むか

たちで話が盛り上がってきたとき、こんなことを言い出す人がいた。

「学校でもらしちゃった子は、もらしたもらしたって、ずっと言われ

るんだよ。それが今の福島。じゃあ、どうしたらいいかっていうと、

走るのが思い切り速いとか、ものすごく勉強ができるとか、もらした

こと以外で知ってもらうしかない。そっちで人気者になるしかない」

なるほど、と思った。福島の農家が直面している問題に限らず、これ

はあらゆる場面で有効なたとえだ。みんなも顔を見合わせた。

補償がどうしたとか、検出値を下げるとか、そうしたことばかりに気

をとられていると、どうしても受け身の姿勢になってしまう。そうで

はなく、これを人生の試練と受け止め、理想の農作物を作るための契

機にできるなら、未来はひらけるはずだ。

「だったら、世界一のブロッコリーを作りましょう」

農家の青年はそう言って、何度もうなずいていた。私もまた、福島に

入って初めて光を見たような気がした。

(98~99p)

   

この本は東日本大震災から、1年半ほど経った時に、

奥の細道のルートを自転車を中心に、鉄道や自動車も使い、

時には自転車を押して歩きながら、旅をした時のエッセーです。

線量計をもって放射線量を測定しながら、

福島第一原発がもたらした被害を目の当たりにして、

そこに暮らす人たちと交流している。

「だったら、世界一のブロッコリーを」という発想を、

今も福島の人たちは持ち続けているだろうか。

自分も、この発想で生きていきたいですね。

「だったら」私は何をしよう。

  

  

「シジフォスの岩」

(116p)

たとえで使われていた岩。

「何度崖に押し上げても落ちてくる」と形容されていた。

どんな岩だろうと思ったので調べてみました。

難しかった。およそ次のような話でした。

最もずる賢い人間であるシジフォスは、

2回も神をだました罰で、死後、冥府で、頂上に着くと

また転がり落ちてくる岩を何度でも山の上に押上げる苦役に

服すことになったのだそうです。

このたとえを理解できたかな。

  

ペダルを漕ぐのはしんどいけれど、巡り合う風景すべてが語りかけ

てくる。

(125p)

   

通勤であっても、自転車に乗っているとこの感覚はあります。

賛成。

  

  

ペダルを漕ぐ。漕いで、漕いで、漕ぎ続ける。

やがて、頼朝軍に対抗して奥州藤原氏が築いた阿津賀志山防塁を越

えた。大昔に造られた人工の土盛が国道4号と垂直に交差している。

(127~128p)

 

そんな防塁が残っているんだとびっくり。

読み方は「あつかしやま」と読みます。

この動画を見ました。

   

番画〈535〉

みちのく歴史紀行、阿津賀志山の戦い…鎌倉と平泉の命運をかけた戦い
YouTube: みちのく歴史紀行、阿津賀志山の戦い…鎌倉と平泉の命運をかけた戦い

   

源義経の死後に、源頼朝と藤原泰衡の異母兄藤原国衡の間で、

このような戦いがあったことを初めて知りました。

これは勉強になった動画なので、番画扱いにしました。

来年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でもこの防塁が出るかも。

このサイトも勉強になりました☟

藤原泰衡と奥州藤原氏の滅亡ドタバタ劇 大河『鎌倉殿の13人』でも注目

2021年11月29日 (月)

番画〈533〉〈534〉:フィッシャーズ「ネタがないです。」 イランの女性はレース場でしかバイクに乗れない

     

今日は令和3年11月29日。

   

番画です。

   

〈533〉フィッシャーズ

ネタがないです。
YouTube: ネタがないです。

 

〇10年YouTuberをやってきたフィッシャーズ。

 よくネタが浮かぶよなと感心していたけど、

 今回の「ネタがないです。」は興味をそそられた。

 正直にネタがないと告白してどうするのかなと思って見た。

 困った顔を見てみたいという意地悪な気持ちもあった。

 結局楽しいことをいくつもやって、

 最後には

 「(今回は)腕の見せどころだった」

 「実際のところ、ネタに困ってないもんね」

 「本当に困ってない」発言で終わる動画だった。

 いつまで続くのだろう、フィッシャーズ。

 いつまで見続けるのだろう、自分。

  

  

〈534〉「ニュース地球まるわかり」

  (2021年11月28日放映)

  

〇特集:ジェンダーバランス 変化するIT業界

 女性の技術者を増やせという動き イスラエル

 日本でも 奈良女子大学で工学部ができる

〇地球ノート:イラン 女性もバイクに

 イランでは「女性は守られる存在」とされて規制がある。

 バイクを乗ることが許されていない。

 レース場では乗ることが許されるようになった。

〇旅する世界:日本人建築家 パリに新美術館

 田根剛さん

   

今回の「ニュース地球まるわかり」では、イランの女性の話が

授業で見せることができるかなと思いました。

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