通算7900本目の投稿/「線量計と奥の細道」① 「だったら、世界一のブロッコリーを」 番画〈535〉阿津賀志山の戦い
今日は11月30日。
この本を読みました。
「線量計と奥の細道」(ドリアン助川著/集英社文庫)
引用します。
これを風評被害という言葉で片づけてしまうのは、私は違うと思って
いる。基準値以下であろうと、どれだけかすかな数値であろうと、セ
シウムが検出される農作物を進んで食べる人はいない。福島産と岡山
産の桃が並んでいれば、岡山産を選ぶのが普通の心理ではないか。こ
れは原発事故による実害。そこをはっきりさせないと、福島の農家は
消費者を恨むという妙な方向に行ってしまう。
では、いったい農家はどこに活路を見出せばいいのか。酒が進むうち、
当然これがテーマになった。
一人、ブロッコリーを作る農園で働いている青年がいた。彼を囲むか
たちで話が盛り上がってきたとき、こんなことを言い出す人がいた。
「学校でもらしちゃった子は、もらしたもらしたって、ずっと言われ
るんだよ。それが今の福島。じゃあ、どうしたらいいかっていうと、
走るのが思い切り速いとか、ものすごく勉強ができるとか、もらした
こと以外で知ってもらうしかない。そっちで人気者になるしかない」
なるほど、と思った。福島の農家が直面している問題に限らず、これ
はあらゆる場面で有効なたとえだ。みんなも顔を見合わせた。
補償がどうしたとか、検出値を下げるとか、そうしたことばかりに気
をとられていると、どうしても受け身の姿勢になってしまう。そうで
はなく、これを人生の試練と受け止め、理想の農作物を作るための契
機にできるなら、未来はひらけるはずだ。
「だったら、世界一のブロッコリーを作りましょう」
農家の青年はそう言って、何度もうなずいていた。私もまた、福島に
入って初めて光を見たような気がした。
(98~99p)
この本は東日本大震災から、1年半ほど経った時に、
奥の細道のルートを自転車を中心に、鉄道や自動車も使い、
時には自転車を押して歩きながら、旅をした時のエッセーです。
線量計をもって放射線量を測定しながら、
福島第一原発がもたらした被害を目の当たりにして、
そこに暮らす人たちと交流している。
「だったら、世界一のブロッコリーを」という発想を、
今も福島の人たちは持ち続けているだろうか。
自分も、この発想で生きていきたいですね。
「だったら」私は何をしよう。
「シジフォスの岩」
(116p)
たとえで使われていた岩。
「何度崖に押し上げても落ちてくる」と形容されていた。
どんな岩だろうと思ったので調べてみました。
難しかった。およそ次のような話でした。
最もずる賢い人間であるシジフォスは、
2回も神をだました罰で、死後、冥府で、頂上に着くと
また転がり落ちてくる岩を何度でも山の上に押上げる苦役に
服すことになったのだそうです。
このたとえを理解できたかな。
ペダルを漕ぐのはしんどいけれど、巡り合う風景すべてが語りかけ
てくる。
(125p)
通勤であっても、自転車に乗っているとこの感覚はあります。
賛成。
ペダルを漕ぐ。漕いで、漕いで、漕ぎ続ける。
やがて、頼朝軍に対抗して奥州藤原氏が築いた阿津賀志山防塁を越
えた。大昔に造られた人工の土盛が国道4号と垂直に交差している。
(127~128p)
そんな防塁が残っているんだとびっくり。
読み方は「あつかしやま」と読みます。
この動画を見ました。
番画〈535〉
YouTube: みちのく歴史紀行、阿津賀志山の戦い…鎌倉と平泉の命運をかけた戦い
源義経の死後に、源頼朝と藤原泰衡の異母兄藤原国衡の間で、
このような戦いがあったことを初めて知りました。
これは勉強になった動画なので、番画扱いにしました。
来年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でもこの防塁が出るかも。
このサイトも勉強になりました☟
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