2022年9月 8日 (木)

「遺留捜査7」第9話/今日の名言は?

      

今日は令和4年9月8日。

   

今晩放映のドラマ「遺留捜査シーズン7 第9話」で、

糸村刑事が、村木さんに言った名言は・・・

   

うまく使えば時間は常に十分ある

  

と、だれかが言っていました。

  

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良いことを言うなあと思いました。

今までの名言の中でも、心に刺さった名言です。

この「だれか」はわかりました。

ゲーテ(1749~1832)です。

Wikipediaによると、ドイツの詩人、劇作家、

自然科学者(色彩論、形態学、生物学、地質学、自然哲学、汎神論)

政治家、法律家。

すごい肩書です。

時間を有効に使ったゲーテだからこその肩書なのでしょう。

   

今日は1日出勤日でした。

明日から3日間の休みです。

しかし、町内会長の仕事、サークル、

教材研究、テストづくり、

2クラス分のノートにコメント書きand so on.※

この3日間はハードです。

3日間では足りないとも思っていました。

その矢先に、突きつけられたこの名言。

  

うまく使えば時間は常に十分ある

   

これを頭に入れて、3日間を乗り切りたいです。

今晩だってまだ使える。

  

※and so on  「~など」の意味で使う英語だと

最近調べて知ったので、使ってみました。

2022年9月 6日 (火)

村瀬先生の楽しい雑学/工事現場から生まれたミネラルウォーター

     

今日は令和4年9月6日。

   

昨晩放映の『ネプリーグSP』を少し見ました。

少し見たけど、収穫がありました。

村瀬哲史先生の雑学がよかったなあ。

村瀬さんは、実に楽しそうに雑学を語ります。

私も社会科教師として、幸いにも生徒の前で話をする機会を

堂々と得ているのだから、もっと楽しく教えないとね。

そのためには、教師自身が面白いと思うネタを

収集しておかなければなりません。日々勉強。

ちなみに、昨晩のネタは、ここに書き留めておきたいです。

フジテレビュー このサイトがちゃんと記録してあるので、

ここに転載します。

  

1

2

上越新幹線が正解だったクイズの後の雑学でした。

  

JR東日本の売店や自動販売機で扱っている「From AQUA 谷川連邦

の天然水」というミネラルウォーターが、上越新幹線と関係あると

いうのです。

上越新幹線には、1982年に開通した「大清水トンネル」という長い

トンネルがあります。このトンネルを掘っている際、工事現場の人

たちは大量の湧き水に悩まされました。

3

この湧き水のお陰で工事にも遅れが発生してしまったのですが、当

時の国鉄が水質を調べたところ、とてもいい水だったことが判明。

4

作業員の方々も「美味しい!」と言っていたことから、商品化が決

定し、今では「From AQUA 谷川連邦の天然水」という名前で販売

されているそうです。  

   

以上です。

災い転じて福となす。

素晴らしい出来事ではありませんか。

  

明日の授業は、大化の改新、白村江の戦いなどを教えますが、

内容が盛りだくさん。

それでも楽しくやる作戦を、今晩考えます。

通算8300本目の投稿/「遺留捜査7」第8話/今日の名言は?

    

今日は令和4年9月6日。

  

9月1日放映のドラマ「遺留捜査シーズン7 第8話」で、

糸村刑事が、村木さんに言った名言は・・・

  

早く行きたければ一人で行け、遠くへ行きたければみんなで行け

  

て、だれかが言っていました。

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「だれか」を調べましたが、特定できませんでした。

アメリカのことわざのようです。

 

If you want to go fast, go alone.

If you want to go far, go together.

   

現在、町内会の仕事にいそしんでいますが、

この気持ちは忘れないようにしよう。

たった1年の任期で「遠く」はないかもしれませんが、

みんなでやることは大事です。

   

一昨日、昨日と、町内で訃報が続きました。

その場合、文書を作成して、町内会役員で分担して、

紙の回覧版で連絡します。

そして加入率が間もなく50%になる電子回覧板でも

発信します。

「〇〇組の◇◇◇◇様は、本日9月4日にご逝去されました。

 謹んでお悔やみ申し上げます。(享年☐☐歳)」

といった文面です。

ご遺族にとっても、亡くなった本人にとっても、

とても大事な連絡です。

丁寧な仕事をしました。

紙の回覧版と違い、電子回覧板は手元に記録が残ります。

我が町内で生きた証としていいことかなと思いました。

  

回覧板を組長さんに渡しに行った時に、

「会長さん、会長さん、これを持って行ってよ」と言って、

ペットボトルのコーヒーをいただきました。

こういうことがうれしいですね。

  

あ、決しておねだりしているわけではありませんよ。

2022年9月 3日 (土)

「定本納棺夫日記」④ 親鸞の教え

       

今日は令和4年9月3日。

  

また消えた。

9月2日の晩に、「定本納棺夫日記」のまとめをうったのが

消えてしまった。

ショック。

今から同じことをうつことは、ちょっと辛い。

  

引用するのはやめて、大事なことをここにうっておこう。

  

親鸞は、念仏「南無阿弥陀仏」を唱えることで、

成仏すると教えた、と社会科の授業では教えています。

人は生と死の狭間に揺れ動くと、

人は周囲が光り輝いて見えるのだそうです。

青木新門さんは、自らの体験からそう思うし、

先人の遺稿集や詩集から、それを示します。

その光に出合うと、人は生死を超越した境地になり、

その光に癒され、周囲のものに対して感謝の気持ちがあふれるそうです。

そして死を迎える。

したがって、死者の多くはやすらぎの顏で亡くなっています。

親鸞は、誰にでも死ぬ間際には、その光に出合うことができ、

安らかに死を迎えることができることを、

何らかの理由で知っていました。

でも民衆にその光のことを説明するのは難しい。

だからジタバタせず、念仏を唱えていればいいと説いたのです。

親鸞は死即仏の考え方。

死ぬ瞬間に、光を浴びて、すべてを悟り、仏になるのです。

霊魂の存在を認めていません。

  

「定本納棺夫日記」の後半の難しい部分は、こんなふうに解釈しました。

間違っているかも。

 

8月上旬に、著者の青木新門さんは、

肺がんのために86歳で亡くなっています。

青木さんは、光に包まれて、安らかになくなられたんだろうな。

 

私も、死ぬ間際には、光を見ることができ、

安らかに死ぬことができるのだろうか。

できると思いたいです。

きっと死ぬ直前までジタバタしていると思うけど、

最後はそうありたいです。

2022年9月 2日 (金)

「定本納棺夫日記」③ 人の死へのイメージ

     

今日は令和4年9月2日。

   

前記事の続きで、

「定本納棺夫日記」(青木新門著/桂書房)より。

  

前記事で書いた「機縁」が心に残っています。

毎日、何かと出合っています。

その出合いを大切にして、

自分にとってプラスのことができるかどうか。

それには、このブログとか、日記帳が大事になると思うのです。

例えば、この本との出合いを、よりよいものにするために、

読みっぱなしではなく、こうやってブログに書き留める。

時間はかかるけど、その行為は有意義だと信じたいです。

  

引用していきます。

   

人の死へのイメージは強固である。それは死後のイメージにも連動

している。

最近中国の農村で、当局が土葬を禁止し、火葬に切り替えるとお触

れを出したところ、火葬されると天国に行けなくなると、老人が次

々に自殺したというニュース(AP電)が新聞に載っていた。ある

県で実施15日前に来月から火葬の完全実施の政令を出したところ、

これを知った老人の中には、大量の睡眠薬を飲んで棺桶の中に入っ

たり、川に身を投げたり、服毒や絶食をしたりして、15日間に

67人の自殺者が出たと報じてあった。

死後の死体の処理方法まで思い悩み、死を賭してでも己の望む死に

方に固執する人間の自我に、愕然とさせられる。

(52p)

  

先ごろ亡くなった島田陽子さんは、宇宙葬を選択しました。

自分が宇宙葬だと、地球から未知の空間に行ってしまうので、

怖いなあと思ってしまいました。

死んだ後のことなのに、そんなイメージを持ってしまいます。

中国の老人の行いに共感するところが、自分にはあります。

「葬」という漢字は、上下に草を意味する部分があります。

 

漢字ができた頃には、死者を葬る(ホフル)ということは、草の中

へ放って(ホフッテ)きただけだったのかもしれない。

(52p)

  

案外、死体はぞんざいに扱われていたのかもしれません。

それはそれで、済んでいたのでしょう。

  

美しい死のイメージもまた同じである。

美しい死のイメージと言っても、その人の世界観や美意識などで一

人一人違ってくる。その人を取り巻く風土や社会によっても違って

くる。だから普遍的な美しい死に方など、こうあるべきなどと簡単

に言えるものではない。

しかし、その時代、その社会で、美しい死の概念が一つの傾向を示

すことがある。

たとえば「武士道といふは、死ぬことと見つけたり」という『葉隠』

の思想などが賛美される時代にあっては、おめおめ生きているより、

いさぎよく死を選ぶ方が善であり美であるとし、その死に方も切腹

や神風特攻隊に象徴されるような壮絶な死に方が最も美しい死に方

とされたこともある。

ところが敗戦による終戦とともに、一つの思想体系が崩壊すると全

てが逆転し、とにかく生きることが善であり、死はいかなる形であ

れ悪とされてゆく。

(53p)

  

ガンで死にたくない、長生きしたいと常々思っている私は、

今の雰囲気に飲まれているのかもしれません。

古谷一行さんが、78歳で亡くなったと知りました。

まだ若い。私は78歳では死にたくない。

そんなことを思うのは、自己中心的な考え方なのでしょう。

古谷さんは、きっと十分生きた人生だと思っているかも。

  

三島由紀夫の自殺に関する記述が印象に残りました。

 

生に絶対の価値を置く社会風潮の中で、昭和45年11月25日、

陸上自衛隊東部方面総監室で割腹自殺した三島由紀夫の死に方は、

当時の人々に大きな衝撃を与えた。

三島は自作の『憂国』を自ら解説して

「私の癒しがたい観念のなかでは、老年は永遠に醜く、青春は永遠

に美しい。老年の知恵は永遠に迷妄であり、青年の行動は永遠に透

徹している。だから、生きていればいるほど悪くなるのであり、人

生はつまり真っ逆さまの頽落(たいらく)である。(中略)」

と言っている。そして作品『鏡子の鏡』の中では

「もし人間の肉体が芸術作品だと仮定しても、時間に蝕まれ衰退し

てゆく傾向を阻止することはできないであろう。そこでもこの仮定

が成り立つとすれば、最上の条件の時における自殺だけが、それを

衰退から救うであろう」

と言って、作中の若者に情死をとげさせている。

三島由紀夫にとっての美しい死に方は、自殺しかなかったといえる。

(53~54p)

  

三島由紀夫の割腹自殺は、知ってはいたけど、

三島由紀夫の考え方を初めて知りました。

美しい死に方のこだわりがあったのですね。

自殺者の中には、このように考えている人は他にもいるのでしょうか。

私は、絶対に思い至らない考え方です。

  

「定本納棺夫日記」② 生死の生と死の割合

   

今日は令和4年9月2日。

  

前記事に引き続き、

「定本納棺夫日記」(青木新門著/桂書房)より。

  

しかしみぞれもその時その時の気温によって雪と雨の割合が変化す

るように、生死の生と死の割合もその時代背景によって左右されて

きた。たとえば戦乱に明け暮れた時代とか大飢饉や疫病が蔓延した

時代には、死の占める割合が多かった。そして死の占める割合が多

い時代では、死は多く語られ、時には美化される傾向にあり、今日

のように日常生活の中にも思想の中にも死が見当たらないような生

の時代には、死は隠蔽され、死は敗北であり悪であるとする傾向に

ある。

死は忌むべき悪としてとらえ、生に絶対の価値を置く今日の不幸は、

誰もが必ず死ぬという事実の前で、絶望的な矛盾に直面することで

ある。

他人の死に出遭っても、一時的に愛情の念が起きるだけで、日ごろ

自らの中に死を認知していないため、他者の死は他者の死であって、

他人の死は仏教でいう機縁とはなり得なくなっている。

たとえば「・・・・朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり

・・・・」と蓮如の『白骨の章』を読み上げても、ほとんどの人は

心に響かなくなっている。

(35p)

  

この文章も、ただ読んだだけで終えたくない文章です。

死が美化されると言えば、戦国時代や太平洋戦争では、

美化された死があったことを思い浮かべます。

今の時代には、とんと聞きません。

  

「仏教でいう機縁」とは?

生活の中の仏教用語 機縁

ここを読んでみました。

この文章が大事か。

  

人間は一人では生きられない。そこで「これも何かの御縁です」、

「これを機縁に」と言い、人とお付き合いをしながら日々暮らして

いる。ただ一度のお付き合いもあり、何度も顔を合わせる場合もあ

る。人生において出会いの回数は必ずしも問題ではなく、僅かな値

遇であっても、それが縁となって開眼し、人生の方向が定まること

もある。

   

人の死に出合って、自分の死について考える機会に

なるといいということか。

自分の死は遠いものと考え、積極的に考えないようにするのが現状かな。

  

蓮如の言葉。

コトバンク

☝ ここには次のように書いてあります。

  

この世をわがもの顔に誇る若者の血色のよい顔も、たちまちに白骨

となって朽ち果てるの意で、生死の測り知れないこと、世の無常な

ことにいう。

   

そうなんだよな。

今日は腰痛はあるものの、死とは遠いと思っている自分も、

もしかしたら明日には生きていないかもしれない。

そんなことは考えたくないと思ってしまいます。

「定本納棺夫日記」① ケガレとハレ

     

今日は令和4年9月2日。

   

この本を読みました。

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「定本納棺夫日記」(青木新門著/桂書房)

  

青木山門さんの訃報を見たのが、読むきっかけになった本。

ここでも道草 訃報 青木新門(2022年8月9日投稿)

  

「納棺夫日記」はその通り、日記であり、ストーリーがあるものでは

ありませんでした。

死者を湯灌・納棺する仕事をするにあたって、

死者と死者を取り巻く人たちと接することから

気づいたことや思ったことを綴った本でした。

親鸞に関して力説している箇所は、う~ん半分くらいの理解かな。

   

引用していきます。

  

この「ケガレ」の内容は、既に古代の「延喜式」の中に細かく規定

されている。その中でも特に死穢(しえ)と血穢(けつえ)はケガ

レの最たるものとされている。

死穢とは、死や死者を不浄なものとしてとらえ、死や死者に纏わる

一切のものは不浄なものと忌諱(きき)の対象とされた。また血穢

は、怪我などの出血の「ケガ」の意味もあるが、女の出血(月経)

の穢れが強調され、やがて女性そのものが穢れた存在とされてゆく。

また今日でも、糞尿のことを汚穢(おわい)という地方があったり、

便所のことを御不浄と言ったりしているように、糞尿もまたケガレ

の対象であった。

これらケガレから逃れることが、人々の最大の関心事であった。見

えないように遠ざけたり、一線を引いて隔離したり、女人禁制にし

たり、ありとあらゆる努力をするのである。

しかしどうしても隔離したり遠ざけたりできない場合がある。そん

なときは不浄やケガレを浄化する儀式としてオハライやキヨメを行

い、一瞬にして「ハレ」に転換するのである。

ハレとは晴れの日や晴れ着のハレであって、清浄な神聖な状態のこ

とをいう。

このケガレとハレとの関係において、清められた大相撲の土俵へは

女性は上がれなくなり、比叡山はもちろん、富士山や立山や白山な

どの霊山も女人禁制となる。

死者が出れば、忌中の紙を張り、火葬場から戻れば、清めの塩で清

める。これもまた、ケガレとハレから派生した事例である。

(31~32p)

   

ケガレとハレの関係を知ることができました。

なぜ清めるのに塩なのかという理由は、

続きの文章で知ることができました。

  

なぜキヨメに塩なのかという問いに、『古事記』の神話によるとす

る説もある。それはイザナギノミコトが黄泉の国(死の国)からこ

の世に帰ってきた時、黄泉の国は不浄の世界であったと告げ、穢れ

た体を海水で清めたとされている。すべてがこの『古事記』の記述

によって、海水を塩と水に分けた形で、今日まで千数百年も継承さ

れている。

大相撲の塩と水、葬式の清めの塩と手桶水、料亭などの打ち水と塩

といった具合で、塩と水はケガレをハレに転換する小道具として、

日本神道の神事とともに厳然と生き残っている。実に根深いのであ

る。理屈や何かで解決できる問題ではない。

「穢らわしい」と妻に叫ばれ、寝つけないまま古い書物をペラペラ

めくっていた。

(32p)

   

古事記によって、塩と水で清めるという説があるのですね。

今まで、何も考えずに、葬式帰りに塩を体に振っていました。

理由を知って振るのでは、大きく違います。

歴史の上にいることを感じます。

  

  

鉛色の空からは、絶え間なくみぞれが落ちてくる。このみぞれに濡

れたうら寒いモノクロ風景こそが、この地方特有の貌(かお)なの

である。

気象が風土の貌を作ってゆく。山に雪が降っているのではなく、雪

が山を描いてゆく。

みぞれが降り始めたら、北陸に住む人々は冬が来たと実感する。

(34p)

  

青木新門さんの故郷は富山県です。

「雪が山を描いていく」という表現が強く印象に残りました。

確かにそうであり、雪によって山が描かれた時に、

冬山シーズンが来たことを感じます。

気象が風土の貌を作っているのですね。

  

 

  

2022年9月 1日 (木)

日めくりより/It's raining cats and dogs

今日は令和4年9月1日。

  

天気が不安定です。

昨日の朝は出勤時が猛烈な雨。

駐車場から職員玄関までおよそ100m。

大雨のために、いつもは難なく歩ける場所が

川になっていたり、池になっていたり。

いつものコースで歩けません。

浅瀬を探して、あちこちコースを変更して、

進みました。

あと少しのところで、大きな池に遭遇。

校舎と弓道場にはさまれた狭い区間が全面池。

「だめじゃん!」とつぶやいてしまいました。

それでもと、弓道場のフェンスにつかまって、

蟹の横ばい。(登山用語ですね)

見ている人がいたら、滑稽だったと思います。

靴は、少しは濡れたけど、水没は免れました。

  

そんな日の日めくりがよかった。

日めくり「雑学王」(TRY-X)より。

  

「猫と犬」がなぜ「どしゃぶりの雨」?

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It's raining cats and dogs

これについて英語の先生と話をしてみたいです。

  

  

昨日で夏休みは終了。

ここでも道草 夏休み1本目(2022年7月20日投稿)

☝ この記事で、夏休み中に100本投稿したいと書きました。

結果は、85本でした。ちょっと足りなかったけど、

まあまあ好きなことをやって、充電できたかなと思っています。

昨日は、朝から夕方まで、ずっと生徒の宿題ノートに

赤ペンでコメントを書いていました。

またこういう生活が始まりました。

これも楽しい。
  

2022年8月30日 (火)

東京都慰霊堂のあの部屋が映った!

    

今日は令和4年8月30日。

   

昨晩の「映像の世紀バタフライエフェクト」には面食らいました。

ラストで、東京都慰霊堂のあの部屋にカメラが入ったのです。

ここでも道草 東京都慰霊堂の25年前の思い出(2022年8月29日投稿)

☝ この記事で書いた25年前に訪れた部屋です。

骨壺がたくさんある部屋です。

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☝ この奥の部屋です。

電灯のスイッチを入れた管理人は、

もしや25年前に出会ったひとでしょうか。

まさかね~でも可能性は0ではありません。

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こんなにたくさんの骨壺があったんだと、

映像を見て思いました。

ナレーターが言いました。

  

関東大震災と空襲の犠牲者あわせて16万3千体の遺骨が

納められている。

  

身元が不明な遺骨がこんなにあるのは、

震災と空襲が凄惨なものだった証です。

東京はすごい歴史を乗り越えてきました。

やっぱり、この部屋は、また訪れたいです。




  

雑学:サンマはなぜ内臓まで食べることができるのか?

    

今日は令和4年8月30日。

   

昨日、薬局で薬が用意されるのを待っている時に、

テレビで面白い雑学をやってました。

東海テレビのニュースでした。

そしたら、家に帰って、Yahoo!ニュースで

同じネタを扱っていました。

東海テレビ NEWSONE

いずれ消えていってしまうので、ここに書き留めておきます。

  

サンマはなぜ内臓まで食べることができるのか?

ニュース画面の写真です。

2

胃がないというのは衝撃的でしたが、

あのスリムな体形は、そのためかと納得。

 

一部引用します。

  

魚の内臓の臭みの主な原因は、消化しきれていないエサが残っている

ことですが、サンマの内臓にはエサが残っていません。その理由は大

きく2つあります。

まず「サンマには胃がないから」。水産研究・教育機構研究員の冨士

泰期さんによりますと、サンマは胃がない魚で、まっすぐ伸びた消化

管で食べたものを直接吸収するため、他の魚に比べて消化のスピード

が速いといいます。

2つめは「秋にエサを食べないから」です。冨士さんによりますと、

サンマは6~7月に北の海に向かいたくさんのエサを食べます。夏の

間に成長したサンマは、秋になって産卵のため南下してきますが、こ

の時期はほとんどエサを食べません。

夏場には多くて4~6gのエサが消化管に残っていますが、秋には1

g未満になります。つまり、秋のサンマは内臓に未消化のエサがほと

んど無く、なおかつ脂を最も蓄えた状態になるので、身も内臓もまる

ごと美味しく食べられるということです。

  

消えていってしまうかもしれなかった雑学を書き留めました。

ビールの「秋味」を飲みながらの、焼かれたサンマはいいんだけどなあ。

  

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