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2019年10月26日

2019年10月26日 (土)

4代目RICHOのCX5/今日から使い始めます

 

今日は令和元年10月26日。

  

ここでも道草 RICOHのCX5の中古を購入 2016年バージョン(2016年3月23日投稿)

2016年3月24日から使ってきたデジカメ、

RICHOのCX5がだんだん不調になってきて、

撮りたいと思った時に動かないことが重なりました。

3年7カ月、常に身近にあって、

たくさんの写真を撮ってきましたが、

ここらが限界です。

次のカメラを注文して、今日届きました。

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何と、またRICHOのCX5です。

写真の手前が新しいCX5。

奥が今まで使ってきたCX5です。

中古で、安く手に入りました。

CX5でいうと4代目(4台目)です。

 

歴史をまとめると・・・・

2009年に接写が得意と薦められて、

RICHOのCX1を買いました。

※関連:ここでも道草 冬芽・葉痕の接写(2010年1月28日投稿)

RICHOのデジカメとは、もう10年のお付き合いです。

  

2012年7月に後継機のCX5を買いました。

※関連:ここでも道草 昨日(7月25日)出会った夕焼け(2012年7月26日投稿)

CX5が気に入ったので、2代目、3代目は中古で買いました。

そして今日から4代目です。

 

世の中、スマホで写真を撮る時代。

デジカメで撮っているのは、時代遅れになってきたかな。

それでも、接写力は魅力だし、使い慣れているので、

今回また購入してしまいました。

  

このブログに頻繁に載せているテレビ画面の写真は

ほぼ全てCX5で撮ってきました。

これからもそうです。

頼むぞ、4代目。

「異色の戦争画」③人を圧倒する絵

 

今日は令和元年10月26日。

  

前投稿に引き続き、9月8日放映の

日曜美術館 異色の戦争画 知られざる従軍画家 小早川秋聲

より。

  

前投稿の聞き書きのつづき。

  

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ナレーター:戦争末期の昭和19年。小早川が戦争画の

  集大成のように描いたのが「国之楯」です。

  暗闇の中から浮かび上がるように

  軍服を着た犠牲者が横たわっています。

  当時、戦死者は「英霊」とされました。

  顔は、寄せ書きの入った日の丸でおおわれ、

  頭の周りは仏の円光(えんこう)のように、

  光の輪が描かれています。

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  この絵には、従軍画家となって以来、

  小早川がこだわってきたモチーフが描きこまれてきています。

   

  一つは「日の丸」です。

  小早川は、ただ「日の丸」がひるがえるだけの絵を

  いくつも描いています。

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  これは「武運長久」の文字と寄せ書きが入った日の丸。

  長年戦場でさらされてきたためか、

  端は破れ、傷んでいます。

    

小早川:国旗に対しての尊厳、ありがたさ。

  一度祖国を離れて、外国で日章旗を仰ぎ見たとき、

  反射的に、無理屈に、祖国を思うの念が、

  湧き上がってまいります。(記事)

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ナレーター:もう一つのこだわりは、「戦争の犠牲者」です。

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  月明かりが浮かび上がらせているのは、戦友の墓の前で、

  敬礼する姿。

  小早川は、こうした弔いの光景を幾度も描きました。

    

  従軍画家として、また東本願寺の慰問使として、

  前線で数多くの戦死者を見て来た小早川。

  これは全ての犠牲者に捧げる絵だったのでしょうか。

  

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浅田裕子さん:この作品が完成する間近に、師団長と部下たちが

  秋聲のアトリエに来て、この作品に圧倒されて、

  帽子をとって、頭を下げたという話が残っています。

  この作品を持ちだすときに、手伝いに来た女性の方が、

  この絵の前で泣き崩れたという話が、伝わっています。

  何度も、この美術館では、展示をしてきました。

  その中で、なかなか作品の前から動けない方がおられましたので、

  お声掛けしましたら、自分の兄だか弟だったと思いますけど、

  戦争で亡くなったんだと、その姿を重ねて、

  涙が出ておられたようでした。

    

  

私も、この絵は圧倒される絵だと思います。

横たわる死体という題材としても、

さらには幅2mを超えるサイズも、圧倒的です。

忘れたくない絵、そして画家だったので、書き留めました。

  

これで「日曜美術館 異色の戦争画 知られざる従軍画家 

小早川秋聲」の読み物化完了。

「異色の戦争画」②作戦記録画

  

今日は令和元年10月26日。

  

前投稿に引き続き、9月8日放映の

日曜美術館 異色の戦争画 知られざる従軍画家 小早川秋聲

より。

  

番組開始から21分過ぎから聞き書きをします。

  

ナレーター:昭和16年。真珠湾の奇襲攻撃に始まった太平洋戦争。

  開戦とともに、日本軍が画家たちに委嘱して、

  戦争画を描かせる動きが明確化します。

  特別に「作戦記録画」と呼ばれた戦争画。

  真珠湾攻撃の絵を軍から依頼されてのは、

  藤田嗣治(つぐはる)でした。

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  奇襲部隊が撮った写真をもとにしたというこの絵。

  アメリカの軍艦が、水柱を上げて沈む姿が、

  上空からの視点で、リアルに描き出されています。

  

  日本軍は、南方の石油資源を確保するため、

  インドネシアの油田地帯を落下傘部隊によって占領します。

  青空をバックに、無数の落下傘が舞い降りています。

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  敵陣の中に降下していく兵士たちは、

  空の「神兵」と称えられ、その快挙が歌にされました。

    

  シンガポールを陥落させた日本軍。

  山下奉文(ともゆき)将軍は、イギリス軍のパーシバル将軍に

  イエスかノーかと降伏を迫りました。

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  ニュース映画そのままに、会見の様子をリアルに描き出した

  宮本三郎の絵。

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  当時、戦争画の最高傑作と称えられました。

  

  小早川秋聲は、昭和18年、作戦記録画の制作者に選ばれます。

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  ビルマのイギリス軍の降伏場面を描くように指示されました。

  前の年の昭和17年。日本軍はビルマ全土を制圧しました。

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  しかし、昭和18年に入ると、

  各地でイギリス軍の反撃が始まっていました。

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  小早川が従軍画家として赴(おもむ)いたのは、その頃でした。

    

  小早川はビルマでの体験を、新聞に従軍記として書きました。

  

小早川:数機編隊の空爆をくらった。壕の土を震わし、

  私の肉を通して、骨に響いた。足もやられた。

  そこを守る勇士は、壮烈なる戦死をした。

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ナレーター:小早川は、ジャングル地帯の最前線の

  悲惨な実態を記しています。

  

小早川:水は、池の泥水と、瓶にためた雨水。

  これとても泥で濁っている。

  汁に浮かぶ菜のごときものは、野草である。

  毒草でない限り、牛馬が食うものは人間も食べられると

  将兵はそれを食い、英気を養っている。

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ナレーター:帰国後、小早川が描いたイギリス軍旅団長が

  捕虜となる絵。

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  現在、絵は行方不明。

  絵葉書でようやく絵柄を知ることができます。

  

  これはビルマ従軍の後に描かれた風変わりな戦争画です。

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  陸軍の大佐と思われる軍人が、茶を飲む姿です。

  小早川は、従軍記の中で、こう書いています。

  

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小早川:急に出陣の命令が達したので、部隊長は心静かに

  茶碗で一服、薄茶を立てだした。

  茶は黄土色にがしている。

  香気も風味もないはずである。

  隊長の落ち着き、心構えは、武人として、

  いかにもゆかしい極みである。

  

   

小早川秋聲は、満州事変から日中戦争でも従軍して、

見たものを描いてきました。

戦闘している絵は少なく、兵士が休んでいたり、

寒さの中で火にあたっていたり、あるいは、

上記のお茶を飲む姿といった、

日常の何気ない姿を絵にしました。

その多くが絵葉書になり、戦地と内地との間で交わされた

軍事郵便としても使われました。

イギリス旅団長の降伏の絵のように、

元の絵が行方不明になっていて絵葉書が残っているものが

たくさんあるそうです。

通算6600本目の投稿/「異色の戦争画」①日本兵の死を描いた作品

  

今日は令和元年10月26日。

  

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9月8日放映の「日曜美術館 異色の戦争画 知られざる従軍画家

小早川秋聲」を見ました。 

番組の内容を少しだけ読み物化します。

  

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鳥取県日南町にある美術館に異色の戦争画があります。

横幅2メートルをこえる画面に、戦死者の姿が描かれています。

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絵のタイトルは「国之楯(くにのたて)」

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昭和19年の作品です。描いたのは小早川秋聲

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陸軍から要請されて戦争画を描いていた小早川ですが、

この「国之楯」は陸軍から受け取りを拒否されました。

  

戦争中、多くの画家たちが、国民の士気を高めるために

戦争画を描きました。

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☝ 戦争前期。日本軍の落下傘部隊の勇ましい戦闘の絵。

  

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☝ 戦争後期。日本軍が玉砕した戦いの絵も描かれましたが、

殺されているのは、日本兵はなくて敵国アメリカ兵でした。

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日本兵の死は描かない。

そんな暗黙のルールがあった戦争画にあって、

「国之楯」は異色だったのです。

  

つづく

  

薬の話/7年間飲んできた薬

今日は令和元年10月26日。

  

7年前の記事です。

ここでも道草 コレステロールを減らすぞ(2012年12月27日投稿)  

コレステロールが高くなるのを抑えるために飲み始めた薬。

7年前は「コレステロールをさげるぞ!」と

意気盛んでした。

当初はクレストール錠でしたが、

今はロスバスタチン錠2.5mg「DSEP」を毎晩2錠飲んでいます。

Photo QLIFE

 

もう7年も内科病院に通っています。

4週間ごとです。

自分の性格上、薬はほぼ忘れずに飲んでいます。

時々血液検査をします。

コレステロールの値は確かに正常です。

  

でもふと思ったのです。

一生、この薬を飲み続けなければいけないのか。

4週間に一度内科病院に行き、

待たされる時には1時間以上の時もあり、

短い時間診察されて、「大丈夫ですね」のくり返し。

お金も毎回2350円(診察代・薬代)かかります。

血液検査があると3670円です。

  

動脈硬化で死にたくはないけれども、

一生薬を飲み続けるのは異常ではないかと思ったのです。

ふだんの生活を改善して、自力で治せないものかと

思い始めました。

  

 

先日、内科病院の先生に聞いてみました。

この薬は一生飲み続けなければならないのかと。

そしたら立てつづけにこう言われました。

  

飲み続けなければいけません。

副作用もないし、いい薬です。

検査の結果、いい結果が出ています。

だからやめてはだめです。

私も飲んでいます。

惑わされては行けません。

  

「惑わされては」は、私が何か飲まなくてもいいのではと

アドバイスを受けたと思っての発言だと思います。

う~ん、直接アドバイスを受けたことはありませんが、

気になっている本はありました。

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今度読もうと思って、図書館に予約しています。

  

一度、飲み続けてる薬について考えてみたいです。

  

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